二月に入り百貨店ではバレンタインフェアが始まっている。そう伝えるニュースを尻目に俺はちらりと携帯を確認した。
時刻は午後十時を過ぎている。夕刻に仕事を切り上げた光秀は仕事の延長として飲み会に出席していた。その時は九時には帰ると言っていたが無理だったらしい。
ため息を吐き出した俺のそばでテレビは相変わらずバレンタインの話題に触れている。そちらに耳を傾けた俺はある一言に目を丸めた。
『ホットチョコに洋酒を入れるとリラックスできていいんですよ』
甘いものの苦手な光秀はそういった類いを口にしない。しかしアルコールが入っていれば話は変わるのではないだろうか。
軽く逡巡した俺は意を決して試作品を作ってみることにした。24時間スーパーで必要な材料を買いそろえるとキッチンに立つ。
「ビターチョコレートと牛乳と洋酒を鍋に入れて弱火で…」
携帯で検索した方法でホットチョコを作り始めるとすぐに独特の匂いに包まれた。確か、チョコレートには疲労回復効果があったはずだ。正確にはカカオポリフェノールによる効果で、他に性欲増強効果などがある。
弱火でゆっくりと暖めた液体をカップに注ぎ入れるとしばし中身を見つめた。
「性欲増強なんて、光秀は知らないよな」
普段から仕事づめで疲れている光秀だが、決める時は決める男だ。特に学会での光秀は凛然としていて頼もしい。基本的に格好良い男なのだが、ベッドでは違う一面を見せてくれる。
本当に格好良くて頼りになって、誰よりも可愛い俺の恋人だ。
「……帰ってきたら甘やかしてやるか」
ぽつりとつぶやいた俺はホットチョコを一口飲んだ。ほんのりと甘いそれは光秀とのキスに似ている。
「まーこーとー!」
俺の甘い時間を打ち壊して、それは突然帰って来た。
慌てて振り向いた俺は抱き着こうとしたらしい光秀とあっけなく激突する。
その衝撃でカップの中身が光秀の服を汚してしまった。
「…なに……やってるんだ」
足元にこぼれたホットチョコもそのままに俺は呆然と光秀を見つめる。酔っているらしい光秀も青白い顔で自分の腹部を見た。
「なんだこれ」
「上着を脱げ!」
茫然自失の光秀に向かって声を上げながらチョコレートをかぶったコートを脱がせる。しかし光秀はコートの前を開けていたため中のスーツまで汚してしまっていた。
「全部クリーニングだな」
「…これチョコレートか?」
汚れた部分の匂いを嗅いだ光秀が眉をひそめる。そんな光秀を眺めたまま俺は仕方ないとため息を漏らした。
「ホットチョコの代わりをもらうか」
「また別のモンを作るってことか。それなら俺も手伝うわ」
俺のせいだし、とつぶやく光秀のワイシャツのボタンをひとつずつはずしていく。さらにその場に座るよう告げると罪悪感があるらしい光秀は素直に従った。
「まさかじゃねぇけどさ……おまえここでヤるとか言わねぇよな」
問いかける光秀の足の上に馬乗りになった俺はカップの中身を確認した。冷めてとろみが出ているがチョコレートはまだ少し残っている。
「ああそうだ。クリームがあったんだ」
「は?」
光秀を座らせたまま、立ち上がった俺は冷蔵庫からホイップクリームを取り出した。ホットチョコが完成したら上に乗せてみようかと購入したものだ。
再び光秀の上に座ると、ベルトを緩めないまま開かれたワイシャツの隙間に手を滑らせた。それだけでびくりと震える光秀を無視して胸元に冷めたホットチョコを垂らしてみる。
光秀の白い肌に垂れたチョコレートは重力に逆らえず腹部へ垂れていった。その上にホイップクリームを垂らすとその冷たさに光秀の腰が引ける。
「それ冷蔵庫に入ってたやつだろ」
「冷たすぎるよな」
それならやめようと最後にクリームを光秀の口許に付けて終わりにする。ホイップクリームの容器を脇に置く俺を光秀はやや呆れた顔で眺めた。
「楽しいか?」
「ああ、すごく楽しい」
「……そいつは、何よりだけどな…」
俺の返答に、光秀は口許を緩めて苦味を含んだ笑みを浮かべる。そんな光秀をまっすぐに見つめたまま俺は目を細めて微笑んだ。
「食べ物を無駄にしないから大丈夫だ」
「は? どういう意味だよ」
「きちんと、全部、俺が美味しくいただいてやる」
わからないと言った顔を見せた光秀は俺のわかりやすい説明に顔色を変えた。一気に朱に染まった顔を背けると馬鹿じゃねぇかと力無くつぶやく。それでも逃げようとしないのは、罪悪感がまだ生きているためか。
何にしても可愛いと思いながら俺は光秀にそっとキスをした。
「おかえり」