萃香!萃香!萃香!
萃香は、いいぞ
空には黒々とした雲が渦巻き、時折ゴロゴロと機嫌悪そうに駄々を捏ねている。
曇天の下、かつては鬼が宴を開き、遊び、唄った山が在る。
──その名は、大江山
「すっかりと、寂しくなっちまったねぇ……」
岩に座る少女は、彼女を象徴する瓢箪を持ち、二つの
──稲妻が走る。
閃光を背にしたその鬼は、寂しそうに瓢箪を煽った。
険しい山道、覆い被さる木々を抜けると、突然開けた場所がある。鬱蒼とした木々が囲む、かつての宴会場。
少女は、宴会場の跡地を見つめていた。
閑散とした広場に、呟いた声が響く。
少女は、更に喉を潤す。
──人に騙され、人に裏切られた
鬼はそのたびに数を減らす。
ある者は殺され、ある者は地底へと潜り、ある者は姿を消した。
今、この山を支配している者は、鬼から天狗へと移り変わりつつあった。
山に鬼の歓声が聞こえなくなって幾月か、鬼の技術で建てられた豪勢な住み処は、手入れをされなくなって久しい。忘れられた住み処達は、寂しそうに主人の帰りを待ち続けていた。
その足跡達の中、頭領として在ったその鬼は、ぽつんと取り残されていた。
──ポツポツと雨が降り始める。
その雨を気にする事無く、少女は酒を傾け続ける。
葉に雨粒が当たる音が聞こえる。
──サァサァと、音が響く
「愉しかったなぁ……」
雨音に隠れるように、声を
その声を聞き届ける者は、何処にも居ない。
──雨足は激しさを増していく
少女は天を仰ぐ。
容赦なく降り注ぐ雨粒は、少女の顔を激しく叩いていく。
少女の頬には雨粒が伝っていた。
──雨は降り続く
「──あぁ、寒いな」
強靭な肉体を持つ鬼には本来有り得ない言葉。
しかし少女は何故か、その言葉を口にする。
──あ、と少女は呟く。
酒の尽きる事の無い瓢箪から酒が途切れる。
逆さに振っても、瓢箪から何かが出てくる事は無かった。
「ははっ、何だよ、お前までも居なくなるのか……」
既に怒る元気も無く少女は項垂れる。
項垂れた少女に、雨が容赦無く畳み掛ける。
ザアザアと雨は降り注ぐ。
雨音が跳ねる音だけが辺りを支配していた。
──不意に、雨が止む
激しく降っていた雨がピタリと止む。そんな不思議な事態にも構わず、少女は顔を伏せ続ける。雨は完全に降り止み、雲の隙間から光が漏れ出ていく。
そして、ザワザワといつの間にか、懐かしい喧騒が辺りを支配していた。
ようやく変化に気づき、ゆっくりと顔を上げようとすると頭上から声が掛かる。
「なぁに項垂れてんだ。萃香?」
バッとその声に頭を上げる。
「勇義……」
顔を上げると、懐かしい親友の顔。
雲間から日光が差し、辺りを照らしていく
「お前達……いつの間に戻って来たんだい?」
「何言ってんだい?寝惚けてるのかい?」
一本角の鬼が呆れたように此方の額をつつく。
その言葉が理解できずに辺りを見回すと、ボロボロになった建物は修繕され、宴会場は懐かしい姿を取り戻していた。
そして、その中心には仲間達が酒を飲み交わす、懐かしい光景が広がっていた。
状況の変化についていけず、思わずポカーンと口を開けてしまった。
そんな呆けた顔を見られたのか、勇義から軽口が飛んでくる。
「おいおい?どうした萃香、酒の飲み過ぎでボケたか?」
「バカ、私がそんな事でボケるかよ!!」
そんな軽口で懐かしい感覚を思い出し、何時もの調子で親友の軽口を投げ返す。
そんな様子に気づいた誰かが、宴の輪から言葉を投げ掛ける。
「頭領!! あんたが居なくちゃ始まらねぇ! 早く此方に来てくれ!」
「だってさ」
そんな声に勇義も楽しそうに片目を瞑り、此方を促す。
懐かしい風景に思わず景色が霞む。
目頭が熱くなり、雫がこぼれそうになる。
しかし、それとは対照的に頬は弛み、自然と笑顔になっていく。
懐かしい宴会が自分を待っている。
「あぁ!! そっちに行くから待ってろ!!」
そんな風に声を返し、騒がしい宴会の輪にいち早く加わるように飛び出していた。
──耳にガヤガヤとした声が聞こえてくる。
気がつくと周りは暗く、時刻は夜だと分かる。
ぼんやりとした明かりが暗闇を優しく照らし出す。
絶えずガヤガヤとした声が耳に届き、沢山の人が話しているようだ。
目の前には自分の瓢箪が横向きで宙に浮いていた。
否、自分が横たわっているという事が分かる。
ようやく、自分は眠っていた事に気づき、ゆっくりと目をしばたたかせる。
「あ……」
だんだんと意識がはっきりとしていき、横になったままで状況を掴む。
辺りは宴会の真っ最中。
人里、紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、妖怪の山、地底、命蓮寺
様々な勢力の連中が、どんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
頭の上から声が掛かる。
「あんたが宴会中に寝るなんて珍しいじゃない?」
横になったまま顔を向けると、見慣れた紅白の巫女が酒を片手にすぐ傍に座っていた。
その巫女は少し離れた所から、宴会の様子を見守っている。
その様子が何故か可笑しくて、寝転んだままにじりより、その細い身体にガバッ、と抱き付く。
「聞いてくれよー、霊夢ー、懐かしい夢を見ちゃってさぁ」
「えぇい、うっとぉしい!!
飲み足り無いんだったら向こうへ行ってこい!!」
抱き付き方が緩かったのか、心底嫌そうな顔をした巫女さんからすぐに引き剥がされ、宴会に近い方に蹴り飛ばされる。
「ひどいねぇ……まぁいいや」
蹴り飛ばされ、懐かしい夢から完全に覚めた。
片手に持つ、瓢箪をぐいと煽る。
「さーて、起きた事だし混ざってくるかー」
夢に酔うことは無いが、酒には酔う。
場の空気に酔いつつ、懐かしい背中を探す。
笑う者、絡む者、泣く者
酒飲み達は彩り豊か、夜の戸張は落ちきっているのに宴会の幕は下りそうに無い。
自身も相当飲んでいたみたいで、フラフラと千鳥足で歩みつつ雑多な人から、目的の奴を探す。
幾つかの声を無視し、大きな声を上げるあいつのもとへと目指す。
通常よりも巨大な盃をもつ、自分よりも広い背中。
「みぃーつけた!」
その背中を見つけ思わず、突っ込むように抱き付く。
「うぉわ!?」
そいつは随分と驚いたようで盃を揺らす。
しかし、酒は一滴も溢さない。
懐かしい様なそんな癖。
そいつ、星熊勇義は一瞬誰だと思ったのか顔を向けようとしたが、腕にある鎖を見て、振り向くのを途中で止め、此方に喋りかけてきた。
「なんだい、萃香か」
「なんだいとは、なんだい!
折角鬼の大将が来てやったんだぞ!!」
「はいはい、大将大将」
慣れた様子で帰ってくる言葉が耳に心地好い。
夢を見たせいなのか、どうなのかは分からないが、勇義に抱き付く事がやけに愉しい。
そんな心持ちを知ってか知らずか、勇義は私に抱きつかれたままで盃を口に運んでいる。
「なぁ──」
私は勇義の耳を弄りつつ囁きかける。
「なんだい?」
優しく勇義は返す。
いつまでも変わらない事に安堵しつつも、広い背中に体重を乗せ、昔よくやっていた事を提案する。
「飲み比べ……しないかい?」
「おぉ、久々だねぇ!
いいよ!やろうじゃないか!」
そんな事を言いながら愉しそうに肩を揺らし、此方の頭を揺さぶってくる。
酒に酔う前に、背中で酔わされちゃたまらないと完全に体重を預けていた背中から飛び降り、勇義の前にスイスイと出る。
対面にはにんまりとした一本角。
飲み比べであれば準備はいつでも万端。それが鬼の心意気。
勝負の前の前口上とばかりに、勇義に話し掛ける。
「さて──」
「ルールは?」
「特に無し!酒が切れたら奪え!以上だ!」
「あっはっはっは、随分と懐かしいルールじゃないか!!
良いね!乗った!」
「じゃあ始めようか」
「あいよ」
「「絶対にお前には負けん!!」」
二人の声が重なり勝負は始まる。
始めは、自分達が座っている御座からありったけの酒を奪い飲み始める。
当然そんな量では足りず、隣、更に隣と酒を略奪する。
当然抵抗する奴はいたが、鬼の前には吹いて飛ばされるような奴等ばかり。というわけには行かず、宴会の参加者には、幻想郷のパワーバランスを担ってると言われる奴等だらけで、だいぶ骨が折れる。
しまいには勇義と協力し合い、酒を奪いに行くが、向こうは更に協力し合い、ツマミになっていた豆やらイワシやらが飛んでくる始末。
そんな乱知己騒ぎの最中、勇義に問い掛ける。
「なぁ、お互いどんぐらいだっけ?」
「私が樽1と11瓶、萃香は樽2と瓶8だね」
「んじゃ私の勝ちか」
「馬鹿を言え、まだまだ残ってるだろ?」
そう言いつつも、勇義は構築されかけの防衛線の奥にある、酒樽達を指す。
勇義は更に言葉を繋げる。
「さて、これぐらいの酒飲みがいるんだ、随分と楽しめそうじゃないか!!」
その言葉と共に、準備体操の様に、首やら手首やらを回していく。
同時に妖気を練っているのが分かる。
彼女は随分とやる気のようだ。
そんな、妖気に当てられて私もすっかり場の空気に酔ってしまう。
瓢箪をぐいぐいと煽り、更に酔いを加速する。
酒により闘いの遺伝子を燃え上がらせる。
「ちょっとぐらい本気出しても、問題ないよな!!」
と、貯めていた妖気を放出しひたすら威嚇する。
向こうも警戒したようで、幾つかの妖怪達がざわつき始める。
そんなざわつきをニヤニヤと眺めた後、横にいる勇義に目をやる。
勇義もやる気満々のようで、此方の号令を待っている。
──今、鬼の恐怖が再び顕現する。
「さて、行くかぁ!!」
「おうよ!」
その言葉と共に一直線に酒樽を目指して突っ込んだ!
──そんなどんちゃん騒ぎの宴会を彩る夜空は、輝く星達がひしめきあっていた。
結末から言って、勇義との飲み比べは決着がつかなかった。
余りにも騒ぎ過ぎ、紅白の雷が落ちてしまい、此方に退魔の力を付与した豆を叩きつけられた。
他と取っ組み合いしてる中、叩きつけられた様で、上手く避けきれなかった事は覚えている。
同じ頃に勇義も祝福された豆を叩きつけられて、ノックアウトしたらしい。
酒の飲み過ぎと、鬼巫女のありがたい仕置きで見事気絶し、神社の外に鬼は外、されたらしい。
程なくして目覚めたが、目の前に勇義の気絶した顔があり、お前も駄目だったかと笑ってしまう。
そして、自分の腕を見ると、豆の跡が残っており、更に笑った。
朝焼けが明るく地平線を照らす。
世界に光が満ちていき、黒色の空を赤く切り裂いていく
「ふぁーあ。もう朝か」
朝焼けを眺めていると、いつの間にか勇義が隣に来ていて、大あくびをかます。
そろそろ幻想郷も目を覚ます頃、宴会は終わったのか騒ぎは鳥居の外までは聞こえない。
「なぁ、勇義」
「なんだい、萃香?」
まだ誰も起きていない世界の中、二人の鬼は語らう。
「盃出して」
「はいよ」
突然の願いに理由も聞かず、勇義は盃を差し出す。
そこに自分の瓢箪を傾ける。
トクトクと注ぐ音が響き、鬼の秘宝へと酒が注がれる。
時折、朝日を反射し、キラキラと飛沫が跳ねる。
「ん!」
「ほいほい」
盃へと波々に注いだ後、自分が持つ瓢箪をグッと勇義の方に突き出す。
それに応え、ちゃぽんちゃぽんと盃に波をたてながら、勇義は瓢箪へと寄せていく。
──静寂の朝に鬼の秘宝がぶつかり合う音が響いた。
「「乾杯」」
節分の関連で作ってみたかったので、書いてみました。
豆なんて無かったんや!!
鬼は、いいぞ