東方生還記録   作:エゾ末

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参拾壱話 懐かしき背中

 

 

 八雲紫が有志を募り、練りに練られて行われた月攻め。

 各種族の要望を反映させつつ、生斗の故郷である月の都の被害を最小限にするという無理難題を前に、紫は見事なまでの回答を見せつけた。

 

 たった二人。

 たった二人の月人を倒せば、妖怪の居住権を獲得することが出来る。

 此方は複数の大妖怪及びそれと同等以上の強さを持つ実力者を有した軍勢。

 

 そう、『軍勢』なのだ。

 妖怪とはいえ、ここまで統率の取れた集団は立派な軍となる。

 

 しかし、‘‘彼ら’’にとっては500の妖怪の集団などどこまでいってもただの『群れ』に過ぎないのである。

 

 

「ぃっでぇえ! すげぇ……」

 

「強過ぎるだろ……」

 

 

 数百の妖怪が倒れ伏し、立つ事もままならぬ程疲弊しており、壊滅状態と表されても差し支えないこの状況。

 その中央に佇むのは、この惨劇を作り出した人物_____綿月依姫。

 彼女はただ、軽く息を吐いて眼前に立つ二(・)人(・)の強者に辟易する。

 

 

「もういいでしょう。どう見ても貴方達の負けよ」

 

「まだこっちが立っているってのに早計だねぇ」

 

「私は片眼を斬られて割と満身創痍なんだが」

 

 

 倒れ伏す妖怪達の中で、傷だらけになりながらも膝すらつく事はなかった二人______星熊勇儀と魂魄妖忌が、今も尚絶望を前に立ち塞がる。

 

 

「その程度寝りゃ治る軽症じゃないか! 私なんて何度も腕斬られて再生しきってないんだよ!」

 

「そうか、失明は軽症なのか……まあ治るからいいか」

 

「はあ……」

 

 

 上空で結界の維持に注力しながら外部への警戒を怠らず、果ては眼前の二人が戦闘不能にならないよう後方支援までこなす紫を見上げる依姫。

 

 

「……そろそろ頃合いか」

 

 

 戦闘が起こるまでの間にしてやられた意趣返しとして、能力を使わず妖怪の群れをほぼ壊滅状態まで追いやった。

 そして後は元凶である紫を戦闘不能にし、事の顛末を洗いざらい吐かせれば格(・)好(・)が(・)つ(・)く(・)。

 

 依姫は生斗が月の都脱出に乗り出した事を、妖怪の群れに突貫する前に豊姫から報告を受けている。

 だからなるべく傷つけず、時間を稼ぐ為に祇園様の力を借りて剣山を生成したのだ。

 だが、ここまで良いようにされたままでは防衛組織のトップ2として見逃すわけにはいかない。

 

 このまま何も出来ず生斗が脱出してしまえば防衛組織としての信用がなくなり、上層部から現体制の解体を勧告されるだろう。そうなれば依姫達の立場も危うくなるどころか、生斗の関係者諸々がなんらかの処罰を受ける恐れがある。

 

 ある程度の成果を上げ、上層部を黙らせなければ生斗に負い目を感じさせてしまう。

 黙らせるには、最低でもこの遊戯(戦争)の戦利品となる1000年の安寧と漏洩した月の都の情報の取得。

 本来ならば元凶である紫を討伐せねばならないが、今の紫がどれだけの情報と質を持っているかが未知数な段階で討伐する事はできない_____という体で行く。

 情報を吐かせた後の処遇は上手い事立ち回れば命を奪うまではいかないだろう。

 

 

「(でなければ、熊口君が悲しんでしまう)」

 

 

 親友の家族を葬れば、きっと修復のできない溝ができてしまう。

 だからこその譲歩。

 それであるからこその壊滅的状況を作り出した。

 

 

「(______あと少し。月の都の安寧のため、痛い目に遭ってもらうわよ)!!」

 

「来るぞ!」

 

「分かってる!!」

 

 

 二人へ肉薄する依姫。

 瞬きをする間もなく距離を詰められる二人は気圧される事もなく迎え撃つ。

 

 

「ぐっ!!(重い!!)」

 

「出来(でか)した侍!!」

 

 

 依姫の横凪に対し、両の手の刀で受け止める妖忌。あまりの衝撃により後方に吹き飛ばされる。が、肉薄による勢いは殺した。

 その隙を逃さんと勇儀は拳に溜めていたありったけの妖力を解放する。

 

 

「三歩____」

 

「!」

 

 

 柄の持ち手を変え、円を描くように振られた斬撃が勇儀の腕を豆腐の如く切断する。

 しかし渾身の三歩必殺を封殺された勇儀であったが、直撃させる事ができない事は、これまでの経験から織り込み済みである。

 

 

「(自爆!?)くっ……」

 

 

 切り離された右腕の妖力が暴走し、辺り一体は爆風により吹き飛ばされる。

 

 爆風により舞い上がる噴煙により視界が遮られる強者達。

 その噴煙の中を切り裂いたのは妖忌であった。

 

 

「これを受けるか!」

 

「私は貴方を認めている。少しだけね」

 

 

 妖忌の一太刀は視界を遮る一切を両断する。

 霊力を辿り、吹き飛ばされながらも渾身の斬撃を標的である依姫に向けて飛ばしたが、意図も容易く霊力剣で受けられてしまう。

 そんな状況を嬉々として受け入れ、刀を地面に突き刺して地面に着地する妖忌。

 

 

「ならばこれは______どうだ!」

 

 

 数十の斬撃が依姫に対し襲い掛かる。

 地を抉り、空気を裂く真空波を前にして、彼女は若干頬を緩ませながらも霊力剣を下に構える。

 

 

「鎌鼬の真似事ね」

 

 

 目には目を、技には同じ技をと言わんばかりに依姫も真空波を繰り出す。

 衝突した斬撃の波は同時に霧散し、目視出来てしまうほどの空間の歪みが発生する。

 

 

「!!!」

 

 

 飛ぶ斬撃に気を取られている隙に重心を低く構えを取る妖忌。

 彼にとって最大最速の居合い。

 初見では生斗ですら遅れを取ったその技は、城すらも一太刀で両断するまでに進化を遂げ、更なる高みへと至った。

 

 

 

 ______そんな至高である技を、依姫は二本の霊力剣を交差して受け止めていた。

 

 

「……冷や汗をかいたな」

 

「少しね」

 

 

 キリキリと音を立て、鍔迫り合いとなる両者。

 渾身の剣技を止められたショックは妖忌にとって計り知れない。

 けれども、手応えはあった。

 計り知れない実力を持った依姫の額に汗をかかせた事が何よりの証拠。

 

 

「「!!!」」

 

 

 鍔迫り合いが解かれ、一時の剣戟が繰り広げられる。

 普段の戦いにおいて、剣同士を交差させ合うような行為は数手程度であり、大体は数手先を読み勝った者が相手を斬り伏せるのが常である。

 相手の型を崩す上でなら露知らず、態々刃を傷つけるような真似は避けたいからだ。

 だが、剣術の高みへと至った者達の見解は違う。

 コンマ数秒単位の剣戟は瞬くことすら許されない死の領域。

 一振り一振りが崩しであり必殺の型。

 それが実力が拮抗することにより必殺の型同士が反発し、偶発的に打ち合いが発生しているのだ。

 

 お互い長引かせよう等と微塵も考えていない殺意の剣戟。

 その剣戟を眼で追える者がいたならば、周りに霧散していく砂埃が静止して見えているだろう。

 それだけに妖忌と依姫の剣戟は常軌を逸していた。

 

 だが、拮抗はそう長く続かない。

 

 

「残念ながら」

 

「ぐうっ!?」

 

「貴方の剣自慢に付き合うつもりはないの」

 

 

 打ち合いにより欠けていった霊力剣の残骸が周囲に滞留し、妖忌が気付いたと同時に射出され、彼の身体中に突き刺さる。

 霊力剣の利点は欠けたり折れても、使用者の技量次第では即時に直す事ができ、切れ味も自由自在である事。

 生斗がよく利用していた、『物体にある程度余分に霊力を込めてワイヤレスで遠隔操作を可能にする技術』を応用しており、妖忌の動きを一時的に止めるには十分過ぎるほどの代物である。

 

 

「まずは一人______またか」

 

 

 妖忌を気絶させようと依姫は霊力剣を振るうが、彼が立つ地面から発現した境界に飲み込まれたことにより回避する。

 

 

「一人で突っ込むなと言ったはずよ」

 

「……すまない。彼女と腕比べをどうしてもしてみたくなってな」

 

 

 然程離れていない位置に現れた妖忌の前には、扇子で口元を隠した紫が待ち構えていた。

 

 

「高みの見物は終わり?」

 

「ええ、誰か様のおかげでなりふり構ってられなくなったの」

 

 

 結界の維持を最低限に留め、外からの攻撃への対処を放棄した紫。

 周りには呻き声をあげ、立ち上がることすら出来ない妖怪の群れ。

 二本柱の一柱である妖忌は霊力剣の破片が全身に刺さり回復に時間を要する。

 綿月依姫という傑物を相手に相対するには、勇儀や妖忌レベルが最低でも二人はいないと成り立たない。

 故に紫は賭けに出た。

 時は十二分に稼いだ。ここに来て賭けに出たとしても、最悪の結果にはならないと彼女は踏んだのだ。

 

 

「くはあぁ! 一歩分とはいえ、自分の必殺技を諸に受けたのは効いたねぇ!」

 

 

 爆心地からゆっくりと足を踏み出し、相対する三人の前へと姿を現す勇儀。

 斬られた右腕は再生が間に合わず、傷を塞いだ程度で収まっているが、彼女の闘志は未だに消えてはいない。

 

 

「見ての通り私も再生限界だ! 後方は頼んだよ!」

 

「その状態でもあくまで前は貴女なのね」

 

「そりゃ勿論! どれだけ実力差を見せつけられようとも、引かないのが私の心情だからね!」

 

 

 そう言い放ちながら、勇儀がない拳を振り上げる。

 

 

「「「!!!」」」

 

 

 ______瞬間、振り上げられた風圧により付近にいた全員が空中へと舞い上がる。

 地上から舞い上がった者達を見上げる勇儀。

 その馬鹿げた怪力を活かすには、地上は余りにも脆過ぎる故、対象を仲間ごと空中へと無理矢理引き込むことに成功した彼女はニヤリと含んだ笑みを見せつけた。

 

 

「紫ぃ! 合わせな!」

 

「貴女……!!」

 

 

 無差別に、霊力を含んだ風圧が月の上空に吹き荒れる。

 

 連打、連打、連打、連打、連打、連打。

 

 両の手と腕で空間を一秒間に万を超える速度で殴打し続ける勇儀。

 一発一発に全妖力を込める勢いで放たれるその殴打は、直撃すればいくら依姫とはいえ致命傷は避けられない程の威力を有する。

 

 これが星熊勇儀の本気。

 これが鬼の意地。

 幾度となく傷付き、再生限界がきても尚、ここまでの胆力を見せ付ける。

 

 

「(馬鹿げた力技ね!)ぐっ!!」

 

 

 鮮やかな剣技で風撃を受け流す依姫であったが、後方に受け流した筈の風撃が再び四方八方から出現し追撃の応酬を繰り広げる。

 それを為せるのは紫の境界による転移があってこその所業。

 寸分違えば目を覆いたくなるような風撃の嵐に飲み込まれるこの瞬間。

 

 依姫は捌きながらも、深く、息を吸い込んだ。

 

 

「!!」

 

 

 以前、生斗の霊力線を振り払う際に見せた、周囲を無造作に斬り付ける乱撃。だが、以前見せた斬撃は霊力が乗っていない地力での話。

 神速を超える速さに、霊力を乗せたそれは________

 

 

 半径50mのありとあらゆる物質を切り刻む無慈悲な剣技へと変貌を遂げる。

 

 

「かっは……」

 

 

 障害となる境界と風撃を切り刻んだ斬撃は、軌道を変えて勇儀に直撃。

 

 それでもまだ、彼女は倒れない。

 

 

「まだま______」

 

「知ってた」

 

 

 そしてそれは、幾度も斬り伏せた依姫が誰よりも理解していた。

 

 

「へっ……後は頼んだよ」

 

 

 そう勇儀が呟いたと同時に、追撃となる斬撃により彼女諸共地表が吹き飛ばされる。

 

 

「あと二人」

 

 

 まるで雑務処理を終えたように、大妖怪である勇儀を打ち倒した依姫は、境界を破壊された影響で蓄積ダメージを負った紫を見やる。

 

 

「紫殿、私はもう大丈夫だ。下がっていてくれ」

 

「……駄目よ。あの相手は一人では太刀打ちできない」

 

 

 紫の出す境界はあらゆる空間との境目を操りこじ開けたもの。

 本来ならば時空を斬ることによりその境目を見出すことができても、境界自体を破壊すること、ましてや術者本人にダメージが負うことはない。

 

 

「(私の仮説が正しければ、綿月依姫は_____能力自体を斬っている)」

 

 

 術者の特殊能力を斬る。

 あまりにも馬鹿げた仮説ではあるが、そうでなければ紫に蓄積したダメージの説明がつかないのも事実である。

 そしてその仮説は信じ難い事実でもある。

 

 能力自体を斬る技術。

 これは紫や萃香のような概念すらも一方的に干渉してくるような特殊能力を持った敵に対抗する為編み出された、月の技術である。

 最新機器を使った代物だけが月の技術ではない事を、綿月依姫が実力を持って証明したのだ。

 

 能力に干渉された物体や概念を斬られれば術者にダメージが入る。

 その事実は紫の能力の使用を躊躇させるには十分過ぎる手札となる。

 

 

「(本来は八雲紫を確実に戦闘不能にする為に残しておきたかった手札だけれど、贅沢は言ってられないわね)!!」

 

 

 愚直に、ただ愚直に自由落下をする二人へ空を舞う依姫。

 小細工などする必要のないほどの実力差があるが故の強気の姿勢。

 慢心と捉えられても致し方のない程の直進してくる彼女を前に、紫は危険を顧みず能力を行使する。

 

 

「(これは……!!)んむっ?!」

 

 

 依姫の全身が凍えつくような痛みと共に息が出来なくなる。

 紫が行使したのは_____空間。

 依姫が紫の能力の有効範囲に侵入したと同時に、彼女の周りの空間を真空状態にしたのだ。

 本来ならば禁じ手としていた命を意図も容易く奪い去る無法の境界操作。

 そんな禁じ手を解放したのには理由がある。

 

 

「はあ!は_________」

 

 

 この程度の初見殺しでは綿月依姫を無力化することはできないという確信が、紫にはあったからだ。

 ただ、万が一が起こったとしても、失神した段階で能力を解除すればいい話。

 結果は依姫の体内の内部圧を上げたことによる負傷と軽い呼吸困難を与えるのみ。

 再度振るわれた能力ごと斬る斬撃により真空状態は解除され、今度は紫の全身から打撲痕が浮かび出す。

 

 相対的に言えば紫の方がダメージは大きい。

 だが、依姫は酸素不足を補う為に大きな呼吸が必要な状況へと陥った。

 

 ほんの刹那の隙。

 それだけの時間があれば、あ(・)の(・)男(・)ならばやってくれる。

 

 

「見事だ、紫殿」

 

 

 地面へと着地した時には既に、低く姿勢を構えていた妖忌。

 先程は意図も容易く受け止められた一閃の居合い。

 

 ならば更に深く、強く、早く、速く、捷く、疾く。

 

 光すらも超えんと踏み込む大地に亀裂が走る。

 

 二人がお互いの絶技により彼への意識が離れた刹那______彼は依姫に向け、跳んだ。

 

 霊力剣で防がれようものなら剣ごと叩っ斬る。

 死なないように加減する余裕なんてない。両断するつもりで斬ろうとしてもまるで足りないのだから。

 

 今の妖忌に油断も慢心も、果てや加減など微塵も存在しない。

 ただ、これまで出会った強者が霞んで見えない程の傑物をこの手で斬り伏せる。

 

 彼が生を受けて史上最高の居合いが依姫の腹部へと到達しようとした_________その時。

 

 

「はあ! はあ! はあ!!」

 

「がっ!?」

 

 

 依姫は自身が真空を斬り伏せたその瞬間から、間合いの内部に薄い結界膜を張り巡らせていた。

 結界膜を破った相手を条件反射で迎撃する、脳のリソースを他に割かざるを得ない場合にのみ発動させる依姫の緊急回避手段の一つである。

 

 

「はぁ、はぁ……後はスキマ妖怪、貴女だけよ」

 

 

 袈裟懸けに斬り伏せられた妖忌の襟首を掴んで、大地へと落ちていく依姫。

 そのまま妖怪達が倒れる地帯へ放り投げる。

 

 隙は作った。

 最高の技を使った。

 それでも届かない。

 

 妖怪の中でも精鋭を募り、攻めたてた。

 考えうる限り最高な形で先頭に持ち込めた。

 能力も封じ込めた。

 なのに勝てない。

 

 

 紫の身体は二度の蓄積ダメージにより心身共に疲弊している。

 彼女が気絶すればより姫を止める者はいなくなるため、ただでさえ劣勢の中奮闘している萃香も崩れて完膚なきまでの敗北を喫するだろう。

 

 

「……最後まで、みっともなく足掻かせてもらうわよ」

 

「それで良いの。その方が納(・)得(・)さ(・)せ(・)ら(・)れ(・)る(・)」

 

 

 傑物が構える。

 近付かれればそのまま押し切られる事を理解している紫は周囲に法陣を多重展開し、遊び要素の一切を廃した本気の弾幕群を張る。

 

 

「(これでも恐らく……)」

 

 

 超々高密度の弾幕群。

 辺りは太陽と見間違う程の光度を前に、依姫は_________

 

 

「ふん!」

 

 

 一筋の斬撃が、光の波を分断する。

 分断の終点で待ち構える紫。

 今この瞬間、二人の間の隔たりが消え去った。

 

 

「待っていたわよ、綿月依姫!」

 

「なっ!?」

 

 

 法陣で弾幕を生成したのには二つ、理由があった。

 一つは即座に出す弾幕よりも広範囲かつ高密度に展開できる点。

 もう一つは、法陣や結界には式神と同じ様に内部若しくは生成物に能力(術式)を付与できる点。

 サグメが結界内の霊力反射や法陣自体に罠を張り巡らせていたのが良い例である。

 無論、使用者の能力を超えた代物は付与できない。

 

 紫が法陣______光の波に付与したのは、『再展開』。

 一度斬られた弾幕が分裂し、波の中へと誘われた依姫を飲み込んでいく。

 

 その隙に紫は空中へと退避する。

 

 光の波へと飲み込まれた大地を見やる。

 多少妖怪達も巻き込んでしまったが、そこは待(・)機(・)役(・)が上手く立ち回ってくれるのを期待するしかない。

  

 

「私の固有能力以外なら、攻撃は当てられない様ね」

 

 苦しめられた能力自体を斬る技術は、ある縛りを持って成立している事を分析する紫。

 下手な能力使用が出来ない今、素の妖怪としての力量が試される。

 

 

「……やってくれる」

 

 

 真空状態による負傷に続き、光の波を受け切った依姫が、地上から原因となった妖怪を見上げる。

 500の妖怪を戦闘不能に追いやって尚、無傷を貫いていた彼女に対して値千金の立ち回りを見せた。

 雑な動きでは紫を捉えきれない可能性がある事を認識した依姫は、動きを変える。

 

 

「(受けの構え……)それは悪手では?」

 

「そう見える?」

 

 

 霞の構えのまま微動だにしない依姫を見て、時間を稼ぎたい紫は悪手であると批難する。

 境界を利用した攻撃は封殺され、法陣による一発芸も手札を晒してしまった。

 今、紫に残された手札は______

 

 

「カアァァ!!」

 

 

 懐から取り出した御札から無数の鴉型式神を召喚する紫。

 以前萃香との戦闘でも見せた、式神を隠れ蓑に姿を眩ませる紫の常套手段である。

  

 

「(結界だろうと綿月依姫を拘束する事は不可能。ならば私という存在をチラつかせつつ、綿月隊長との合流を阻害する)!!」

 

 

 止めどなく御札から繰り出される式神達に、呆気なく取り囲まれる依姫は、構えを取ったまま動く様子がない。

 視界は阻害され、式神達のジャミングにより霊力探知もできないこの状況に、依姫は眼を閉じる。

 その瞬間_____

 

 

「……っ」

 

 

 鴉型の式神が連鎖爆発を引き起こす。

 空中に展開された御札は既に十を超えており、その内の一つに自爆特攻の式神を紛れ込ませていたのだ。

 連鎖爆発による上昇気流に式神が入り乱れつつも、静止を貫く依姫。

 

 

「……何を狙っているの」

 

 

 傷は浅く無い筈。

 まともに剣を振らず受ける事すら放棄する依姫に、気味の悪さを感じる紫。

 

 

「見せたわね」ボソッ

 

 

 爆風と式神の羽ばたき音により依姫の呟きは遮られている。

 そんな彼女の呟きを聞き逃してしまった紫は、防御を確固たるものにするべく、式神を更に展開しようとしたその時______

 

 

「なんで_____」

 

 

 眼前に突如として現れた依姫を前に、紫は理解を拒むかのような掠れた悲鳴が喉を伝って漏れ出す。

 

 依姫が狙っていたのは、紫が欲を出そうとしたタイミング。

 彼女は既に霊力剣をアンテナに霊力阻害を掻い潜って紫を探知しており、防御がままならない状況を見計らっていたのだ。

 現に紫は最初の式神展開時には細心の注意を払っていたが、無抵抗の依姫を見てほんの少し、ほんの少しではあるが防御が緩んでいた。

 それだけの隙があれば、依姫ならば付け入る隙は巨万とある。

 

 振り下ろされる霊力剣を前に紫は防御すら間に合わない事を理解する。

 

 

「(……敗け、ね)」

 

 

 間に合わないというのに、時がスローモーションのようにゆっくりと進んでいく。

 なのに身体は意識と反して動いてくれない。

 紫が今出来るのは、目蓋を閉じ、現実を受け入れる事。

 

 悔しさはある。

 今日に至るまで、百余年の年月を費やした。

 考えうる想定を考慮し、道半ば出会った人脈を全力で使い事に望んだ。

 

 けれども、受け入れるしかない。

 綿月依姫は強かった。

 余りの強さに、もはや悔しさよりも清々しさが優ってしまうほどに。

 

 

 目蓋に力を込め、これから来たるであろう痛みを覚悟する紫。

 

 敗北の印が刻まれるその時が、すぐそこまで来ている。

 

 

 

  だが、紫の賭(・)け(・)がここに来て功を奏する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「背、伸びたな。紫」

 

 

 

 耳元から懐かしい声色が響いてくる。

 

 声の主を確認するため、恐る恐る目蓋を開けるとそこには______

 

 

「遅いわよ、生斗」

 

 

 服は違えど、慣れ親しんだ彼の背中が、そこには映っていた。

 

 

 




すいません。今話で5章終了予定でしたが、想像以上に長くなりそうなので区切ります。
次話が正真正銘5章最終話です!
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