藍染との戦いを終えて死神としての力を失った黒崎一護。

戦いからしばらく時は経ち、高校2年生になった彼は日々を悶々と過ごしていた。

そんな彼はある日、一人の少女と出会う。



※作者はBLEACHの知識に乏しいので、設定の違い等が多々あるかもしれませんが、その際はそういう世界線だということにしてください。お願い致します。
もしくはご指摘頂けると助かります。

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茜色に輝く月

「う…ん…」

 

ゆっくりと、眠っていた意識が覚醒していく。

 

寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こし、時計を見てみれば針は10時を指していた。

 

一瞬『やべ!学校!』と思いかけたが、今日は土曜日で学校は休みだったことに気がつく。

 

気づいたところで一息つき、ベッドから身体を起こして日の光を全身に浴びる。

 

窓の外を見渡せば明るく、人や動物が闊歩している。

 

幽霊や虚、ましてや死神なんて見えやしねえ。

 

藍染との戦いを最後に、俺は死神の力を失った。いや、それどころか物心ついた時から持っていた霊感すら失って、普通の…そう、全くもって普通の高校生になった。

 

昔からの念願が叶ったんだ。

 

なのに…

 

「あー!うぜえ!」

 

ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしる。

 

最近はいつもこんな感じだ。

 

何もしていないと、無性に虚しさを感じてしまう。

 

それを紛らわすためにもバイト等色々始めたが、今日はそれもない。

 

「…くそっ」

 

なげやりにそう吐き捨てて下の階に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

 

「おう、はよ」

 

階段を下りてリビングへ向かうと、遊子が台所でなにかを作り始めていた。

 

「そろそろ起きる頃かなって思ってたんだ。座ってて、そろそろ出来るから」

 

「サンキュな」

 

我ながら出来すぎな妹だと感心する。

 

……最近少しブラコン気味な気もしなくもないけど。

 

と、そこでふともう一人の妹がいないことに気づいた。

 

「遊子、夏梨は?」

 

「もうお友だちと遊びに行ったよー」

 

「相変わらず元気だなアイツは」

 

きっとまたサッカーでもやってんだろうな。

 

もう来年には中学生なんだが、いつ女らしくなるんだか。

 

「そういえばお兄ちゃん、今日はバイトも部活のお手伝いもないんだよね?」

 

「あ?ああ、ねえけど」

 

「じゃあ部屋の掃除した方がいいよ。最近散らかってきてるから」

 

「あー…」

 

そう言われればばそうかもしれない。

 

まあなにもしないでいたら、また変に感傷的になるだけだし、たまには片付けでもするか。

 

「ああ、分かった。飯食べ終わったらやっとく」

 

「うん、りょーかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後すぐに出来た料理を完食し、約束通り部屋の片付けに勤しんでいる。

 

酷く汚れてるわけではないが、よく見れば物が散らかっている。

 

「これはいらねえ」

 

とにかく、まず必要な物と不必要な物とで分別。

 

要らない物はごみ袋にまとめておく。

 

問題は要る物の方で、置場所を探さないといけない。

 

とりあえず机の上や引き出し、クローゼットなどに物を置いていく。

 

「…?」

 

そろそろ一段落…というところで妙な物をクローゼットに見つけた。

 

真っ赤なリボンだった。

 

「なんだこれ?こんなの買った覚え…」

 

『お願いします』

 

ふと頭を過ったのはそう言ってこのリボンを購入している自分の姿だった。

 

「…はぁ?」

 

いやいや待てよ。こんなの…髪を結ぶ必要もない俺が買うわけねえだろ…

 

でもここにあるという紛れもない事実がさらに頭を困惑させる。

 

しかもそのリボンを握っていると、とても懐かしい気持ちが胸に湧いてくる。

 

何かすごく大事なものだったような、そんな気持ちも。

 

「お兄ちゃーん、終わったー?」

 

「へぅっ?!」

 

と、感傷的になっている時に不意にドアを開けられ遊子が入ってきた。

 

思わず隠すようにズボンのポケットへしまってしまう。

 

「ゆ、ゆゆゆゆ遊子!入るときはノックしなさい!」

 

「ごめんごめん。でもなんでそんなに焦って…はっ?!まさかお兄ちゃん…」

 

な、なんだ…まさかポケットからリボンがはみ出しているのか?

 

「う、ううん…お兄ちゃんだって男の子だもんね…しょうがないよね…」

 

何故かもじもじして顔を赤くしている遊子を見て、俺の沽券に非常に関わる誤解をされていることに気がついた。

 

「ち、違うぞ遊子!俺は…」

「いいの!いいから!私部屋に戻っとくね!じゃあ!」

 

「ちょっと…待って…」

 

俺の言葉などまるで届かず、遊子は部屋を後にした。

 

妹にアダルト作品を持っていると勘違いされてしまった…

 

「…くそ、気晴らしに散歩でもするか…」

 

 

 

 

 

 

 

財布や携帯等最低限必要な物だけ持ち、あてもなくふらふらと散歩に出かけた。

 

外はすっかりと涼しくなり、辺りは紅葉がちらほらと姿を見せ、色鮮やかになっていた。

 

それが過ごしやすく、綺麗だと感じる反面、この涼しさが何故か胸にくる。

 

まるで胸に空いた穴から隙間風が入ってくるようだ。

 

暮らしやすい温度というのは、それだけ考え事もしやすいということで、今の俺はすぐ失った力のことに思考がいってしまう。

 

するとまた、やるせない気持ちばかりが生まれてくるんだ。

 

今も見えないところでルキアや恋次、石田たちは戦っているんじゃないか。

 

そんなどうしようもないことを考えてしまう。

 

気晴らしだってのに、気分が曇っていく一方だ。

 

「うわぁぁぁん!」

 

考え事で上の空だった頭に子供の泣き声が響いた。

 

声のした方向を見てみると、小学生くらいの男の子と、俺と同じくらいの年の女子がいた。

 

「大丈夫大丈夫!お姉さんが絶対見つけてあげるって!」

 

…迷子か?

 

とにかく見てみぬ振りも出来ないし、近づいていく。

 

「どうした?」

 

「ひっ!」

 

話しかけた途端に子供にビビられる始末だ。

 

慣れてるけど…やっぱ地味に傷つくな。

 

「ねえ、顔怖いんだけど直してくんない?」

 

「ああ?!整形しろってか?!」

 

「うわぁぁぁん!!」

 

つい声を荒げてしまい子供がさっきよりも激しく泣き出してしまった。

 

「あー!ほら言ったじゃん、もう!大丈夫だよ、このお兄ちゃんなんかあたしの敵じゃないからねー」

 

子供をあやすためだと分かっていてもカチンとくるものの言い方だ。

 

くっそ…腹立つ女だなコイツ…

 

そう思いながら改めて少女をじっと観察する。

 

背はそこまで高いわけでも低いわけでもなく平均的で、紫色にも見えるような綺麗な黒髪をリボンで束ね、琥珀色のクリッとした大きな目が印象的だった。

 

口の悪ささえ目を瞑れば紛うことなき美少女だった。

 

「よーし泣き止んだ。えらいぞー」

 

子供をあやす姿だけをくり貫けば優しいとも言える。

 

「で、あんた何?」

 

しかし俺に対すると途端に態度が急変していた。

 

…まあ今回は俺が子供を怖がらせたのが悪いししょうがないか。

 

「散歩してたらあんたらを見つけて、困ってるみたいだから声をかけたんだよ」

 

「ふーん…」

 

あるがままの事実を話すと、値踏みするような目でこちらを見てくる。

 

「まあ嘘じゃないみたいだしいいや。で、なに?手伝ってくれんの?」

 

「お、おう。親とはぐれた…んだよな?」

 

「みたい。この子が言うにはあそこではぐれたみたいなんだ」

 

少女の指差す方を見てみると、色んな店やちょっとしたアトラクションが集まっている複合施設があった。

 

「親とはぐれて、しかもあそこから出ちまったってことか」

 

「うん。今ごろこの子の親も探してるはずだから、早く行かないと行き違っちゃうかも」

 

「だな、おい」

 

「うぅ…」

 

話しかけると、すぐさま少女の後ろに身を隠されてしまう。

 

「だーから顔怖いってば!あと髪の色もヤンキーか!」

 

「つったってよ…」

 

目付きも髪の色も生まれつきで変えようがない。

 

「とりあえず笑ってみなよ」

 

「こ、こうか?」

 

「ぎこちない!何あんた笑ったことないの?!」

 

「うるせえ!楽しくもないのに笑えるかよ!」

 

「あーもー、ほら何言おうとしたの?あたしがこの子に伝えるから」

 

呆れたようにため息を吐きながらも協力はしてくれるらしい。

 

意外といいやつなのかもしれないな。

 

「時間もないし、この子が走るより俺が肩車して走るほうが早いだろうと思ってな」

 

「そりゃ確かにそうだね。よーし」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後少女の仲介によってなんとか肩車を成功させ、目的地の複合施設に到着した。

 

「とりあえず迷子センター探しつつ、お店も確認していかないとだね」

 

「だな」

 

既に親御さんが迷子センターに訪れていれば、多少待っていたとしても、もう痺れを切らして自ら探し始めていてもおかしくない。

 

「どこ回ったか覚えてるか?」

 

「んと、あそこ」

 

ようやく俺の顔にも慣れてくれた純(さっき聞いたこの子の名前だ)が指差した場所はゲームやオモチャを扱っている店だった。

 

「よーし、まずはあそこにレッツゴー!」

 

「元気いいな…」

 

「アホねぇ、こういう時こそ元気に行かないと!暗くなっても良いことないんだから!」

 

「はっ、それもそうかもな」

 

つられて笑みが溢れる。

 

親とはぐれて不安な純を少しでも励ましてやんねえとな。

 

「よっしゃ、行くぞ純!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

意気込んで行ったものの、やはり簡単には見つからず、入り口から近い順に純の記憶を頼りに通った道を辿っていく。

 

しかし中々純の親は見つからず、この施設の地図を見つけたので、とりあえず迷子センターに向かうことにした。

 

「すみませーん」

 

「はい、どうしました?」

 

「この子迷子みたいなんです。名前は純くんって言うんですけど」

 

「純くんを探している方が先ほどいらっしゃってたんですが…行き違いになってしまったみたいですね」

 

やっぱりそうか、と少女と目線を交わす。

 

自分の子供とはぐれてじっとしてられるわけねえよな…

 

「放送で呼びかけますので、あちらでゆっくりしてしてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

「純!」

 

しばらく待っていると、純から聞いていた親の特徴とぴったり当てはまる男性が息を切らして駆け込んできた。

 

「パパ!」

 

それにすぐさま反応し、嬉しそうに抱きついていく純。

 

「ああ…純…!心配したんだぞ…!」

 

「ごめんなさい…」

 

涙を流しながら抱きついてきた純を抱き締め返す親父さん。

 

と、そこで俺たちのことを思い出したようで手を話して立ち上がった。

 

「ご迷惑をおかけしました…!なんと感謝すれば良いのやら…」

 

「いえ、放っておけなかっただけですから」

 

親子共々頭を下げる二人に少女は困ったように言葉を返す。

 

「そうっすよ、気にしないでください」

 

「しかし…」

 

「本当に大丈夫ですから!子供大好きですし!」

 

にっ、と笑顔を浮かべて見せる少女に純の親父さんも折れたようで、ようやく頭を上げてくれた。

 

「せめてお礼をさせてください」

 

「えぇ?!うーん…そうだな…あ!じゃあ純くん、ありがとって言ってくれる?」

 

「ありがとお姉ちゃん!顔の怖いお兄ちゃん!」

 

「こ、こら!」

 

一言余計だったが、さすがにこんなに慌ててる親父さんを見ると苦笑が漏れるだけだった。

 

「ぷくく…うん、じゃあこれで大丈夫です」

 

「いや、でも…」

「いいんですよ、笑わせてもらいましたし。ね?」

 

パチン、とウィンクで合図を送ってくる。

 

「俺も、お礼のためにやったわけじゃないですし、二人が会えただけで十分っすから」

 

「そう…ですか。本当にありがとうございました」

 

そして今日何度目かという感謝の言葉を述べ、「では、失礼します」と、がっちりと繋いだ手を引いて二人は歩き出し

 

「ありがとー!」

 

しばらく純はこちらに手を振りながら、去っていった。

 

「ふぅ、良いことしたね」

 

「おう」

 

と、達成感を得たところで気がつく。

 

「そういやまだ名前聞いてなかったよな?」

 

「ん、そういえばそうね。でも、名前を訊くときはまず自分からが礼儀じゃない?」

 

やっぱ生意気だなコイツ…!

 

「…一護、黒崎一護だ」

 

「ふぅん…一護ね。いい名前じゃない、美味しそうで」

 

「うっせぇ!いいから早く名乗れよ」

 

もう何回も言われ続けてきた台詞にうんざりしながら改めて訊き直す。

 

「うっせぇなぁ、分かってるってば。あたしは茜雫、秋月茜雫」

 

「茜雫…」

 

「何よ、いきなり人の名前呼んで」

 

「あ、いや…わりぃ」

 

無意識に反芻してしまったいたことに指摘されてから気がついた。

 

茜雫という名前を聞いた瞬間に、何か懐かしさが込み上げてきたのだ。

 

この感じ…どっかで…

 

「まあいいけど、つかさ、お腹空かない?」

 

「あ?いや別に…」

「今日手伝ってくれたお礼に奢るし!行こう行こう!」

 

「あ、おい!ちょっ、分かったから手ぇ離せ!危ねえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半ば強引に連行されたのはこの複合施設内にあるファストフード店の1つだった。

 

「本当にそれだけでいいの?」

 

茜雫の言う、それとはチョコシェイクのMサイズのことだ。

 

「いいんだよ、そもそも腹もまだ空いてねえし」

 

「折角奢りなのに、欲がないね」

 

「ここぞとばかりにつけまなくちゃいけないほど金に困っちゃいねえんだよ」

 

欲しいものがあるわけでもないのにこちとら金にだけはうるさく…

 

そこではたと気づく。

 

そういやコイツと会ってから、ごちゃごちゃと考えてなかったな…

 

「ふーん、お金持ちなんだ…って、何?そんなにじっと見て」

 

「…いや、お前…」

 

「な、何よ」

 

会った瞬間から暴言スレスレの発言をされて、そこからもずっと振り回されっぱなしで、他のこと考える暇もなかった。

 

コイツといると…

 

「…よく一緒にいると疲れるって言われねえか?」

 

「……はぁ?な、何よそれ?!」

 

「いやだってお前散々人のこと振り回すし、生意気だし、お前の友達も大変だなと思ってよ」

 

わなわなと震えだす茜雫。

 

「余計なお世話よ!」

 

そしてバンっと机を叩いてふんぞり返る。

 

「怒んなよ、悪かったって」

 

「怒るに決まってんでしょ!じっと見つめてきたと思ったらそんないきなり貶されて!」

 

「なっ…お前だって初対面でいきなり暴言吐いたろうが!」

 

「事実だからしょうがないでしょ!あんたのは的はずれ!」

 

ヒソヒソ…

 

ついカッとなって忘れていたが、ここは沢山の人でごった返す場所なのだ。

 

そしてそんな場所で年頃の男女が口論していたらどう思われるかなんて決まっている。

 

痴話喧嘩だ。

 

「ちょ、ちょっと場所変えんぞ!」

 

羞恥で顔が赤くなるのを感じながら茜雫を無理矢理立たせる。

 

「はぁ?!まだ食べ終わってないんだけど!」

 

「バーガーくらい歩きながら食べれんだろ、行くぞ!」

 

「ポテトー!」

 

「ポテトは持ってやるから!」

 

くそ、なんでコイツは恥ずかしがってねえんだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポテト」

 

「へーへー」

 

ポテトなんて名詞だけの指示を受けて、甲斐甲斐しく片手に持ったポテトを差し出す。

 

もはやどこの執事だよ、とツッコミたくなるような扱いを受けながら施設内を歩く。

 

さっきのファストフード店からそれなりに離れたことで注目こそされなくなったが、未だに茜雫の機嫌は直っていない。

 

「……悪かった」

 

「何が?ポテト」

 

「…あいよ。何がって、いきなり失礼なこと言ったことだよ。謝るから機嫌直してくれよ」

 

「………」

 

もぐもぐとポテトを咀嚼しながら何か考えてるように眉間に皺を寄せている。

 

「…てかさ、一護はなんであたしの機嫌直そうとしてんの?」

 

「はぁ?なんでって、気まずいだろうが、このままだと」

 

「あのさぁ、あたしたち別に友達じゃないんだよ?今日このあと別れたら2度と合わないかもしんないんだよ?そんなのの機嫌直す意味あんの?」

 

「あ…」

 

茜雫の指摘したことは当然こと、なのに俺は指摘されるまで気づいていなかった。

 

このまま放ってたら後々めんどくせえな、という気持ちを抱いていたのだ。

 

まるでまた会うことが決まってるかのように。

 

「そう…だな」

 

今日はたまたま目的が一緒だったから行動を共にしていただけで、他意はない。

 

今後会うことはないし、会ったとしても挨拶するかどうかというところだろう。

 

「でも、やっぱ謝っとくわ。悪かった」

 

「はあ?」

 

頭を下げていて顔は窺えなかったが、意味が分かんないと言っているのは声音で分かった。

 

「悪かったもんは悪かったんだから謝るっつってんだ。悪いか」

 

ふん、と意味もなく威張ってみせる。

 

「ぷっ、あはははは!何それ!意味わかんない!あはははは!」

 

腹を抱えながら笑っている茜雫を見て、思わずこっちまで笑みが漏れてしまう。

 

「あーアホらしー」

 

「機嫌、直ったか?」

 

「アホらしすぎてどうでも良くなってきたよ、バカ一護」

 

「バカは余計だっての」

 

相変わらず人にはアホだのバカだの言いやがって…

 

と思いながらも今は不快には感じないのが不思議だ。

 

「一緒にいると疲れる奴と、わざわざ仲直りするなんて本当変わり者」

 

「あれは…」

 

本当はあのとき、コイツといると嫌なことを忘れられる。そう思った。

 

でも、それを口にしかけてすんでのところで思い止まった。

 

なんて言えば良いのかわからなかったというのもあったが、それだけじゃなく、照れというか、そんなこと言ってどうすんだ、という思いが強かったんだ。

 

結果咄嗟に最悪の1手を打ってしまったわけだが…

 

「悪かったって…」

 

「もう責めてないって。ただ変なやつって思っ…」

 

喋っている最中に何かに気づき、会話をぶったぎって鏡に向かっていく茜雫。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「んー、やっぱ黄色似合わないなぁ~」

 

何かと思って心配してみればそんなことか…マジで本能で動いてるって感じだな…

 

「あ、何そのくだらね~って顔!」

 

「いやそこまで思ってねえよ」

 

「当たらずも遠からずでしょ。ったく、女の子にとってこういうのって死活問題なんだから」

 

その後もぶつぶつと鏡を見ながら不満を垂れ流していく。

 

別に黄色似合わないってことないと思うんだが…

 

まあこういうのは女子にしか分からない感性があるんだろうと自分で自分を納得させる。

 

「つか、なんでそんな文句言ってんのに着けてんだよ?」

 

「これ友達がプレゼントしてくれたんだ。なのに着けないわけにはいかないじゃん?」

 

「はー、なるほど」

 

そういう常識はあるのか。

 

リボン…か

 

「あ」

 

ふと自分のポケットの中にあるものを思い出した。

 

「なに?」

 

「あー、いや…」

 

「ん?」

 

さっきまでまるで目を離そうとしなかった鏡から視線が俺へと移ってしまった。

 

「その…赤色は好きか?」

 

「赤?好きだけど…それがなに?」

 

ここで嫌いだと言ってくれれば出さずに誤魔化してやろうと思っていたのに…

 

しゃあねえ…ここまで来たら腹括るか!

 

ポケットから乱暴にリボンを取り出す。

 

「…やる」

 

「え…」

 

「…ほら」

 

困惑してるのか中々受け取ろうとしない茜雫の手を取ってリボンを握らせる。

 

「こ、これなんで?」

 

「なんか家にあったのをポケットに入れて忘れたまんまだったんだよ。そんで、赤が好きっつったから…あと、他の人のプレゼントっつったら多少黄色のを着けない理由にはなんだろ」

 

茜雫の言うなんで、がなにを指しているのか分からないからとりあえず思い付く限りの答えを返す。

 

「あ、あり…がと…」

 

「…おう」

 

一瞬俺たちの間に静寂が訪れる。

 

「あ、あたしちょっとトイレで着けてくるから!」

 

「お、おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茜雫がトイレに向かい、一人になる。

 

思い浮かんだのは茜雫のリボンを受け取ったときの表情だった。

 

ほんのり顔を赤くして、手の中にあるリボンと俺の顔を交互に見つめて、最後にはそれを誤魔化すように走り去っていった。

 

言い訳みたいな理由を置いて。

 

今ごろせっせとリボンを付け替えてるのかと想像すると…

 

やべぇ…ちょっと可愛いな…

 

今ならこれまでの生意気な態度も愛らしく思えてしまいそうだ。

 

こんなの…

 

「はぁ…落ち着け」

 

顔がにやけそうになるのを抑えるためにあえて言葉を口に出す。

 

俺の風貌でにやけていたら通報されちまう。

 

「しかし…なんつー偶然だよ」

 

今日たまたま見つけて咄嗟に持って出たリボンと、同じくたまたま出会った茜雫がリボンで困っていた、なんて出来すぎにも程がある。

 

こういうのが運命ってやつなのか…とか柄にもなくメルヘンチックなことを考えてしまう。

 

でも…マジでそれくらいしか

 

「お、お待たせ!」

 

「うぉっ」

 

考え事で上の空だったせいで帰ってきた茜雫に気づかず、驚いて声をあげてしまう。

 

「どしたの?」

 

「いや、考え事して…た…」

 

改めて茜雫を見る。

 

あの赤いリボンを着けた茜雫を。

 

「どう…かな?」

 

込み上げてきたのは今日何度か感じた懐かしさ。

 

茜雫といる時に感じ、それ以前にも感じていた感覚。

 

それ以前がいつだったのかも思い出した。

 

リボンを見つけた時、あの時にも感じていたんだ…

 

「きゃっ?!ちょ、ちょっと!」

 

気づけば抱き締めていた。

 

大事な大事な何かが帰ってたような、そんな気がして我慢なんて利かなかった。

 

「わりぃ…少しの間、こうさせてくれ」

 

「……うん」

 

きゅっ、と優しく抱き返してきた腕がたまらなく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「最っ悪だ……」

 

我に帰ったあと真っ先に感じたのが恥ずかしさ、次いで自己嫌悪。

 

もう頭の中が滅茶苦茶だ。

 

「あはは…」

 

その場で崩れそうになった膝をなんとか奮い立たせて近くにあったベンチまで移動したが、腰を落とすともう自分の足下しか見れなかった。

 

「いや、ほら、あたし別に嫌じゃなかったよ!そりゃ…ちょっと恥ずかしかったけど」

 

ついさっきまでの生意気さが消え去って優しく接せられると余計に自己嫌悪が激しくなる。

 

あー…痛すぎる…あれは痛すぎる…なに?我慢が利かないってなに?懐かしさが溢れてどうしようもないとかなんの言い訳にもなんねえよ。

 

やべぇ…こういうキャラじゃねえってのに…

 

「はぁ…」

 

「…あーもー!いつまでもうじうじしてんなっての!」

 

茜雫の方も流石にこの空気に耐えられなくなったのか、怒ったように声をあげた。

 

ぎゅっ

 

殴られるかと思って身構えた身体に降ってきたのは抱き締められた感触だった。

 

「せん…な?」

 

「あのさぁ…あーいうことされてこっちだって、結構色々混乱してんだから…」

 

「す、すまん…」

 

「違うんだって…嫌とかじゃなくて…その…一護はなんで抱き締めたのか、理由を考えちゃうっていうかさ…」

 

「あ、ああ…」

 

「普通、しないじゃん?今日会った人に…さ。だからなんでかなぁ…とか…考えるじゃんやっぱり!もう!」

 

ばっ!と、急に抱き締めていた腕を離してどこかに走っていこうとする。

 

「茜雫!」

 

咄嗟に叫んで呼び止める。

 

呼び止めたからと言って、何もない。

 

理由を訊かれても、答えられるほど明確な理由なんてない。

 

懐かしさ?

 

そんなの言ったところで伝わるものでもない。

 

それでも何か言うとしたら…

 

「好きだ!」

 

「―――っ?!」

 

抱き締めてしまった理由を、どうにかして伝えるとすれば、これしかなかった。

 

リボンを付け替えた茜雫を見て感じたものとは別に、付け替えにトイレへ行っている間に感じたこと。

 

可愛いな、と。

 

今までだって、周りにいた女子に感じなかったわけではない。

 

だけど、それでも可愛いと感じて、更に愛おしいとも感じてしまった。

 

こんなの、人生で初めてのことだった。

 

これが、恋かもしれないと思った。

 

「好きになっちまったから、抱き締めた」

 

「………なんで?」

 

「それは…」

 

一瞬答えに詰まってしまうが、今日一日のことを思い出しながら、言葉を紡いでいく。

 

「今日会って、お前に振り回されてると、最近ずっと感じてたもやもやが晴れていくみたいで、久しぶりに…俺が俺でいれた気がしたんだよ」

 

無力な自分なんて気にしている暇がなかった。

 

茜雫を待っている一人の時間さえ、茜雫のことで頭が埋め尽くされて、他のことを考えることなんてなかった。

 

「たった1日でなにをって思うかもしんねえ。でも、お前が好きだ」

 

「…うん」

 

「……………?おい、告白返事は?」

 

俺的には一世一代のつもりで告白したのだが、肩透かしを食らってしまう。

 

「う、嬉しいよ!?」

 

「……いや、そうじゃねえよ。OKなのか無理なのか…」

「わ、分かってるよ!うっせえなぁ!」

 

何故俺がキレられてるのか分からないが、とにかく真剣に考えてくれてるらしいので溜飲を下げる。

 

うーん、うーん、と頭を抱えながら考えた結果

 

「その…と、友達からお願いします…」

 

なんとも言えない答えが返ってきた。

 

「…それは付き合えないってことでいいのか?」

 

「ち、違うって!まだ会って一日目だし…これでOKしたらなんか、尻軽みたいで嫌じゃん…」

 

「…え?じゃあOKなのか?」

 

「だ、だからそれはこれからの一護次第だってこと!以上!終わり!かいさーん!」

 

「待てぃ」

 

勢いのまま本当に逃げられそうだったので腕を掴んで捕まえる。

 

「は、離せよ!まだ文句あんのかよ!?」

 

「いや、納得してないっちゃしてねえけど、そうじゃなくて連絡先。連絡も出来ない家も知らないでどうやって今後があんだよ?」

 

「………あ」

 

本気で考えが回っていなかったらしい表情を見て笑いが漏れる。

 

「くっそ、笑うなバカ一護!」

 

「わりぃわりぃ…マジで、忘れてたから…くはっ」

 

ああ…やっぱり…

 

「…好きだわ、お前のこと」

 

「わ、笑いながら言うことかよ!バーカ!バーカ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

月は太陽が無いと輝かない。

 

死神の力の失ってからの俺は正に輝けない月だった。

 

でも、今日、俺は手に入れたのかも知れない。

 

輝かせてくれる太陽を。

 

 

 

 



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