この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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150話

 出したい()は、最上位悪魔族にさえ通用する状態異常、氷結による行動停止、といったところか。出したくない(もの)は地下ダンジョン階層崩壊で、そこはゆんゆんにフォロー体制を整わせてもらっている。

 

 子供の姿になってから、奇跡魔法は控えてきたが、はたして今の俺に望んだ効果が引き出せるか……。

 いや、何かのきっかけとなってくれるだけでいい。

 それが直接突破口とならないものでも、状況を変えてみせるだけの自信がとんぬらにはある。

 

 

 この姿勢に、ダクネスは昂った気を鎮めてしまう。

 この子供……。

 どこか無鉄砲であり、未熟さも抜け切っているわけではない。達観する程に熟れてもなく、傍観するのが性に合っていない。でもそれは、それだけ真っ直ぐに物事を見ているということなのだろう。如何なる結果にも目を逸らさず、見据える眼差し。この者の強さとは臆さない胆力ことを指すのだ。

 そんなダクネスの記憶を刺激する……どこか見知った男の物影が見え隠れするのだが、思い出せない。だが、これほどの者を忘れるとは到底思えない。それが気になってか、今更ながら誰何を問う声が出た。

 

「その目。見かけは幼い子供そのものだ。だが、その目は、やると決めた男の目をしている。……一体何者なんだ?」

 

「神主だ。紅魔族随一の神主にして、神と人の仲を執り持つ者! 仲を執り持つ者(なかとりもち)として、その縁、再び結び直してみせる!」

 

 その瞳が、真紅に輝く。

 そう、真紅のサインを燃え上がらせるのは決め時だ。

 

 

「奇跡魔法よ! この世界一頑固な聖騎士を本来の姿へ解放せよ! ――『パルプンテ』ッ!!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ダクネスは、本当の姿に………………………………………………………………………………………………裸一歩手前のアンダーシャツ姿となった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「先程の責めで身体が熱くなっているというのに……む、そういえば、ここも何だか暑いな? どうして、こんなに暑いんだろうか? 仕方がない、よし、脱ごう――!」

 

 別にとんぬらが脱がしたのではない。

 ダクネスが自分から鎧を解除したのだ。まるでひどく泥酔して自分で何をしているのかもわかっていないご様子で、こちらが止める間もなく鎧の下に着込んでいた上着まで豪快に脱いだ。

 

 あ、これ、前にゆんゆんに出しちゃったヤツだ。

 混乱してどういうわけか脱衣したくなる効果。ダクネスの状態異常耐性を貫通した奇跡魔法は、(結果的に見れば)相手の防御力を剥いだのだった。

 

「……後輩君の魔法もセクハラ仕様になってるんじゃない?」

 

「違います。俺はこんな展開望んじゃいませんから。ですからこの効果はセクハラではなく、武装解除です」

 

 推した手前あまり強くは言ってこないが先輩からジト目を向けられる。少年も目を逸らしたい現実である。

 それでダクネスは肌に張り付くピチピチなインナー、凹凸が見事なボディラインが目に見える姿である。それにクリスが先程『窃盗』して下着(ブラ)もないので上半身辺りの防御力(つつしみ)が非常に危うい。目に毒な状態である。

 ごくりととんぬらは生唾を呑み込む。

 ただ、これはダクネスの艶姿に当てられたからではない。純粋な、危機感からだ。

 

「………………………ねぇ」

 

 ビックリ(ビクンと)するくらい艶消しな一言。

 現在進行形で、スタイル抜群なお姉さん(ほぼ裸)の脱衣(ストリップ)ショーの真ん前最前列にいるとんぬらの背中は、穴が開きそうなほどの真っ赤な熱視線に見つめられている。

 

「うん、わかってる私ちゃんとわかってるから。ダクネスさんにかかってるその『パルプンテ』の効果は、私も一度……ううん、私が、一番最初に受けた……そう、私がとんぬらの初めての女だってことはちゃんとわかってる!」

 

「なんで徐々に言い直すんだ? それも着眼点もなんかズレてってる気がするというか、無理に自分を納得させようとしてないか」

 

「違うの?」

 

「事実的には違わないんだが。その節は大変ご迷惑をおかけしました」

 

「だから、とんぬら、ちょっとこっち、向いてくれない?」

 

「いやな、ゆんゆんさん。貴方がこちらに杖を構えていらっしゃるのは気配でわかるので、よろしければそのご説明をしていただけないかな、と」

 

「そんな、魔法を放ったりなんてしないわよ。ちょっとね……とんぬらの目に『フラッシュ』したいだけ」

 

「目潰しは攻撃の部類に入ると思うぞゆんゆん」

 

 これは降って湧いたご褒美(ラッキースケベ)な見方もあるかもしれないが、とんぬらからすればとんでもない。パートナーの目の色に反してこっちの顔色は蒼褪めちゃってる。そんな切羽詰まってるとんぬらは、両手を上げながら、説得(弁明)を試みた。

 

「これは、一般常識の話なんだが……『アルカンレティア』では、こめっこぐらい幼児は、親御さんと一緒にお風呂、男の子でも女湯に入ることが許されているんだ。それでな、ゆんゆん……その、ちょうど今の俺は(外見上)こめっこと同い年ぐらいだとは思わないか?」

 

 つまり、とんぬら(幼子)が、ダクネスの肢体を見てもセーフだという三段論法。

 子供扱いは脱却したいとんぬらが手のひら返してアピール。それくらい必死だった。

 とんぬらの弁明を聞き届けたゆんゆんは、赤ランプの瞳を一端閉じてから、沙汰を下す。

 

「じゃあ、とんぬら、今日から私と一緒にお風呂に入りましょ!」

 

「はあ!?」

 

「だって、それが常識なんでしょ! 問題ないならいいじゃない!」

 

「大ありだ! ほら、先輩からも何か言ってやってください! 節度を大事に! って」

 

「お幸せにー」

 

「先輩!?」

 

 常識人だと信じてた先輩に無情にも見捨てられた。とんぬらはショックを受けた。

 

「どこに問題があるのよ。私ととんぬらは、ふ、夫婦なんだから! お互いの……を見たって別に、問題ないでしょ! ……それとも、とんぬらはダクネスさんのは見ても、私のはダメ、なの……?」

 

「いやいや、たとえ今ここでダクネスさんが裸踊りしたところでそんな気はちっとも起こらない。それに断固拒否する理由もゆんゆんだからというわけじゃなくて。俺が子供になって、その……小さくなってるを、もしも見られて『かわいい』とか感想だされたら、泣くかもしれない」

 

「面倒くさいね君」

 

「男としての切実な見栄(プライド)があるんです」

 

 生温い視線をくれる先輩に心情を理解しもらおうとしたとんぬらだったが、やれやれとクリスに肩を竦められた。

 これに少々カチンときた。

 とんぬらにだってプライドがあるのだ。

 たとえそれがゆんゆんの前ではウィズ魔道具店(バイトさき)の地雷商品のように使い道に困り果てるものであろうと、男の意地というのはそう易々と手放せない大事なものなのである。

 

「(先輩だって『お可愛らしい胸部ですね』とか言われたくなくて“嵩増し”してるんですからこの気持ちはわからなくもないでしょう)」

「今言ってはならないことを言ったね後輩君!」

「ですからこれはたとえ話で……!? ああもう、先輩も面倒くさいですね!」

 

 バシバシバシバシ! と先輩の連続肩叩きパンチ(弱)が炸裂。

 

「……お、おい。おーい! (ふく)を脱いだのは私のはずなのに蚊帳の外になってないか?」

 

 二人がじゃれつく中で、ポツンと立ち呆けるダクネス。

 放置されようがその辺自らの妄想で滾らせる(おぎなう)ことのできる女騎士だ。最初は勝手に喜んでいたのだが……こちらから背を向けてパートナーとの話し合いを白熱されては流石に寂しくなる。渾身の一発芸を滑っちゃった感がある。

 

「おい、真面目にやれ! 私はまだ貴様らに屈してはいないんだぞ!」

「――いいや、もう、詰んでいる」

 

 くるり、と振り返ったとんぬらは、腰袋から取り出した薄絹を巻いた横笛――『春風のフルート』に口を添えていた。

 

「正直、この手は使いたくなかった。だが、ダクネスさんを無傷で無力化するにはこれしかない。――『春一番・常闇桜』!」

 

 笛から喚び起こされるのは、一陣の桃色突風。

 薄着になったダクネスを包んだ旋風が、肌を撫でる。くすぐる。

 

「あひゅん!?」

 

 全身鎧を解除してしまったダクネスは、春風の精霊のくすぐりの刑にあまりに無防備。

 奏でる音色は、ふっと耳に息を吹きかける悪戯心。裡までまさぐられるような感覚にダクネスは見悶える。

 調伏前は世の男共の夢とロマンを糧にし、女性のスカート捲りばっかりしていた『春一番』は、感度を刺激する(キモチイイ)弱点(ツボ)というのを熟知しているテクニシャンだった。

 

 ダクネスの精神はタフ(ドM)だ。筋金入りの、骨の髄までタフ(ドM)

 苦痛や屈辱では心が折れない。

 だからこそ逆に、快楽を与えられるのは弱いのだ。

 いくら根性や気位があったところで、耽溺する快感の前には無力である。

 

「ぐ、ぐ……ぐぐぐっ」

 

 生暖かい柔風に全身を撫で回されるのに、敏感に反応するダクネス。歯を食い縛って辛抱強く耐え続けているのだが、ピクピクと痙攣していて、今にも膝をつきそうだ。

 

(だがしかし……私をよがらせているこれは、向こうにも“報復”されているはず……!)

 

 そんな疑問を感じ取ったのか、とんぬらは一端、春風を活気づかせる吹奏を止めた。

 

「ダクネスさんが、受けている“それ”は俺にも効いている」

 

「ひ、ひう……はあ、はあ、はあ。う……ぐ……!」

 

 一息つくことが許されたダクネスは、余韻で朦朧としながらも口の中に溜まったとろりとした唾液をゴクリと飲み込んでいて、そんな話を聴くことしかできない彼女へとんぬらは解答を述べる。

 

「だが、その感じ方は人それぞれだ」

 

 ゆんゆんに大ダメージだった雷撃魔法は、ダクネスにはマッサージ程度でしかなかった。

 とんぬらやゆんゆんが行動不能となった状態異常でさえ、ダクネスは動きを止めることはなかった。

 この“実証”から、相手の効果についてとんぬらは予想を立てていた。そして、それは正しかった。

 

 害と見なされ跳ね返されるダメージは、同じ。それで受ける衝撃は、その当人次第で、ダクネスはこちらよりも魔法防御や状態異常耐性が高いために軽微だったのだ。

 

「ならば、俺よりもダクネスさんに効果抜群なものを見舞えばいい」

 

 そこで、逆転の発想である。

 こちらの攻撃が“気持ち良い”としか思われない。上等だ。ならば、思いきり“気持ち良く”させてやろうではないか、というのがとんぬらの守護騎士(ダクネス)攻略法だ。

 

「ダクネスさんの“硬さ”には今の俺では到底かなわない。だけど、俺は今までダクネスさんには積んでこなかったであろう“経験”がある。

 幼い頃に、変態師匠から百裂舐めの洗礼を受け、オークの集落では思い出しただけで身の毛のよだつ狂宴の贄にされかけた……そのことを思えば、この程度は俺にとってはそよ風に等しい! 我が名はとんぬら。紅魔族随一我慢強い、鋼の精神力を持つ男。この手の責め苦における耐性には国随一硬い『クルセイダー』をも超えている自負がある!」

 

「くぅ、なんて奴だ……!」

 

 自分を悶えさせる快楽にも微動だにしないとんぬらに慄くダクネス。

 

 

「後輩君が、真剣な顔でダクネスをよがらせてる……」

 

「これはダクネスさんを無力化しようとしているんです。真剣に集中してるので茶々入れないでください先輩」

 

「……とんぬら、今日帰ったらちょっと家族会議しようね?」

 

「家族になって初めての議題はできれば穏当なのがいいなあ」

 

 そして、それを立ち位置を一歩引いてみている外野(ギャラリー)の反応。

 先行きを思うととんぬらは涙が出そうになってくるが、それは一旦棚に上げる。

 

 

「ま、まだだっ、まだ終わりゃん! わたひは屈ひないぞ! 我慢勝負(がみゃんひょうぶ)で負けるわけにはいかん!」

 

 くすぐり地獄はダクネスにとっても刺激に満ち溢れた新体験に誘うものだが、向こうは屈しない。

 ――それはダメだ。これは、我慢勝負なのだ。我慢で私が他に後れを取ることなどあってはならない。

 

 

「いいや残念だが、これは我慢()()とはならない。敗北必至のハンデを課せさせていただこう。――『カレイド・マジックゲイン』からの『過剰感覚器増加』!」

 

 

 それは、五感の感度を鋭くさせる支援魔法。つまりは、()()()になる。とんぬらはこれを『オーバー・パワード』と同じ要領で、万華鏡の暴走魔法陣に通して、()()()までに効果を倍増させた。

 さわり、と肌を撫でられた途端、ダクネスはビクンと上体を弓なりに仰け反らせて、白目を剥きかけていた。

 こんなの、耐え切れるものじゃない。だけど、ダクネスはガクガクと産まれたてこの小鹿のような四つん這いになりそうなくらい前屈みになっていながらも、完全には倒れぬよう抗っている。身の裡をいじられて漏れ出そうになる喘ぎを、唇を噛んで必死に押し殺している。

 だが、そんな強がっている内心とは裏腹に、ダクネスの表情はうっとりしているかのような、とろけているような、何か本懐を遂げそうなくらいのヘヴン状態である。

 

「支援魔法は“害”ではない――その“報復(カウンター)”の対象には非ず、実際、俺には効果を及ぼさない。……だが、薬も過ぎれば毒となるよう、誤った使い方は益をもたらすものでも逆効果ともなりうることがある」

 

「あふっ……ふ、うううっ。う……くぅ」

 

 ……とんぬらも、罪悪感を覚えている。

 いくら彼女の為と考えているとはいえ、このシチュエーションを演出するのは心が痛い。それから女性陣からの視線が痛い。これは説教フルコースが待ち構えているのは間違いない。幼気な悪戯で無罪を主張できる範疇(レベル)ではないことくらいとんぬらも百も承知だ。だからといって、ここで攻め手を緩めるわけにはいかない。あとでたっぷりと絞らることになっても、ダクネスを無傷で無力化することが今、課せられている最優先事項だ

 こうなると、とっととケリをつけるしかない。

 

「そして、必死に耐えているところ残念だが、これは上限ではない。ご在知の通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 くわっ! と眼を見開くダクネス。

 ま、まさか、この(くすぐり)地獄には、まだ“上”があるのか!

 今でさえ気を抜くとあっという間におかしくなってしまいそうだというのに……! 果たして自分はどうなってしまうのだろうか!!

 ダクネスは身震いを制御できないくらいに慄い(きたいし)た。未体験の領域へ誘う予感が急き立てるよう口を動かした。

 

「ぁ、ひ……ふぅ、ふぅ! ふひゅぅぅ……ッ! ……――こ、こい! まりゃ、わたひはくっひてないぞ!」

 

「……そうか。まだ屈さないのならば、容赦はしない。先程のは、独り置いていかれたアクア様の分! そして、これは断りなく他の宗派に乗り替えら(うわきさ)れたエリス様の分だ! 『カレイド・マジックゲイン』――そして、『過剰感覚器増加』!」

 

 二つ同時に神聖魔法が扱える悟りの境地に達し、アクシズ教とエリス教、多神教の神主故に双方の神聖魔法を扱えるとんぬらだからこそできる裏技。

 掛け合わされた相乗効果でダクネスの感度は、軽く十倍を超え、二十倍にまで達したであろうか。

 

「っ――――んひいぃぃぃぃぃっ!?!?!?」

 

 そして、魔笛から、快楽へ誘う旋律が再び奏でられる。

 ふっと耳に息を吹きかける悪戯心の音色(かぜ)に、ダクネスは本気の悲鳴を上げた。

 過剰な幸福感。ドバドバと迸る衝動が脊髄を伝って脳を刺激する。頭の中にスパークが弾けるような痺れに頭が真っ白になる。だがその程度では終わらない。甘美な震えに内側を満たされながら、外側は荒ぶる『春一番』が、最初のよりもハードに責める。乳房、首筋、脇、耳、臀部、太股をいっぺんに抱きしめるようダクネスの全身を包囲する桃色旋風が弛まなく、容赦なく、荒々しい愛撫で責め立てた。

 

「やっ、はあぁっ!? んっ、ああっ、ふあぁぁんっ、んひぃっ、っあぁぁぁぁぁっ!」

 

 視界だけでなく、思考までホワイトアウトするような、凄まじい快感。連鎖する絶頂が快楽の嵐となり、ダクネスの全てを耽溺させてゆく。

 長い髪を振り乱し、白い喉を反らせ、激しい快感に全身を打ち震わせる。腰砕け。もはや立っていられないのだが、それでも春風の精霊はダクネスに巻き付かせるよう渦を巻いていて解放してくれなかった。

 

「……っ、ぁ……ゃ……ぁぁ、っ……ぁぁ……っ!」

 

 息を吐く間もなく連続で訪れる波に意識と呼吸を溺れさせ、そして、あっという間に肺の中にあった酸素を嬌声と共に出し尽くしたこちらに対し、

 

「―――」

 

 少年は、静かな瞳を、蒼く蒼く――その色彩の純度を藍よりも青く澄ませていく。

 この自分(ダクネス)の滑稽な様を笑っていない。思うままに苛めるドSな愉悦を覚えている風でもない。

 何故ああも、仮面に覆われたかの如く、透徹させた面構えをしていられるのか?

 そんな意を、朧気な視線からくみ取ったのか、ダクネスを見つめながら、揺るがぬ硬い声で、彼の中では簡潔(シンプル)極まる回答を述べた。

 

「まったく笑えるものか。仲間(パーティ)を裏切ってるあんたを見て、笑い者になどできるものか」

 

 鋼の精神力に、今の彼には断固たる意志がある。

 陽気に浮かれさせる春風は過ぎ去り、冬の(かぜ)の如き凍てつく魔力の波動が空間をさざめかす。比喩と比喩でない両方の意味で、この場の空気が張り詰めていく。

 

「だから、この茶番はここで幕引きだ」

 

 対象に施された魔法を解呪する神聖魔法である『ブレイクスペル』では効果がなかった。

 そう、これは単なる“呪い”ではない。神の“加護”だ。ただし、対象者に代償を強いる類いの。

 だが、時に神を糺す神主(もの)として、人に不当な負債を押し付ける一方的な貸し付け(けいやく)など、断ってみせよう!

 

「『ディスペル・マジック』!」

 

 ダクネスが行動不能になる――この奇貨をものにすべく、六文銭を布石に敷いた大仕掛けは既に整っている。

 破邪力が大きく増幅・強化される六芒星の聖域(フィールド)でとんぬらが右手で握りしめる神聖魔法は、魔法解呪のそれではない。魔力そのものに働く魔法消去。

 とんぬらが狙い定めたのは、人心操る呪いではなく、それを為すための“加護(かし)”そのもの――

 

「――『光刃付与』ッ!」

 

 更に唱えられるは、『アークウィザード』にして『ドラゴン使い』である『ドラゴンロード』独自(ゆんゆんオリジナル)の『竜言語魔法』。

 パートナー(とんぬら)の右手五指に光迸らせる“爪”を展開。その“爪”は紅魔族の十八番である『ライト・オブ・セイバー』と同様に、篭められた魔力の分だけ切れ味が増し、魔力ですら裂く、万象割断の切り札。

 

 指示がなくても(いわれずとも)、彼の意を察してゆんゆんは動き。

 そして、合図がなくても(いわれずとも)、彼女の魔法(しえん)にとんぬらは自分の魔法を融合させる。

 

 

「俺のこの手が光って唸る」

 

 

 『ディスペル・マジック』と『ライト・オブ・セイバー』が右手に集中して、鋭利に研ぎ澄まされ――眩い金色に閃く。

 

 

「その人の意思を無視したふざけた幻想をブチ殺せと輝き叫ぶ! ゴォォォルドォフィンガァァァー!!」

 

 

 『鎧の魔剣』もなく、立ち呆けているダクネス自身から抗う意志が消えている。身体に押し当てられた黄金の右――『ゴールドフィンガー』を避けられず、ただ受ける。

 会心の一撃が、通った。

 切り裂く、のではなく、光の如く透き通った一突きは、肉体を傷つけずにその魔力のみを破却――ダクネスに押し付けられていた“恩恵(かし)”を、不当な負債を、帳消し(ゼロ)にする。

 

 

 パキン、と極低温下に空間がひずんだかのような響き。それは繋がっ(しばられ)ていた傀儡糸(パス)が微塵に砕かれる音だった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ああ――!

 一気に外された蓋から飛び出すよう、脳裏を駆け巡る記憶。思い出した。

 クリス! ――ゆんゆん! ――そして、とんぬら!

 小さくなってて仮面も外れてるがわかる。同士(ドM )でありながらもあれほど壮絶な責め(プレイ)をするのは、ダクネスが見込んだ男に他ならない。……そんな女騎士の内心を知れば、当人は否定したことだろうが。

 

 ああ……

 カズマ、めぐみん、アクア――この三人の顔が過る。

 仲間たちを助けたくて、それが裏目に出てしまった。そして、解放されたというのに、意識が暗転しかけている。

 これは支援魔法の反動。例を挙げると、『パワード』で筋力増強すれば力が増すが、効果が切れた後に筋肉痛に苛まれることがある。それと同じで、常時過剰に強化されていた分だけ、反す負荷がダクネスにのしかかっている。

 それに長らく加護に――邪神の魔力に浸らされていた弊害もあるだろう。ダクネスは接続(パス)が断絶した途端に、糸が切れた操り人形のように、ままならぬままに昏倒させられる。

 

 しかし、彼女は心身ともに頑固な守護者だった。

 

「ダクネスさん!」

 

 一言。たった一言でも搾り出す。彼らに、忠告を……!

 

 

「……“借り”を、作るな……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ぱたりと昏倒するダクネス。

 最後、その目に正気が宿ったように見えたがそれも一瞬のことで、深い眠りに堕とされたように、目を覚ます気配がない。

 それでも呼吸と脈拍は安定しているし、とんぬらの見立てでは問題ないだろう。

 

「……とりあえず、ダクネスさんを無事に確保できたか」

「じゃないよ」

 

 ポカッと拳骨が落とされる。

 ダクネスの容体を見ていたとんぬらに、腕を組んだクリスと杖を握り締めるゆんゆん。

 睨むようにこちらの顔を見据える顔は見るからに不機嫌そうで、こめかみがぴくぴくと震えている。これが漫画なら、二人の顔には怒りマークが乱舞し、背後からは『怒怒怒怒(ドドドド)……!』とかいう効果音が聞こえてきただろう。

 とんぬら、即座に正座体制を取る。

 

「あ、あの二人とも目が怖い……いや、その理由も察してるんですが」

 

「後輩君なりに考えていたんだけど、やり過ぎじゃないかなあ?」

 

 女性陣が問題視するのはやっぱりあれだ。感度増幅してのくすぐり地獄。ダクネスが倒れた一因には、激しい快楽責めのせいもあるだろう。

 

「ただでさえ、アレなのに……これでダクネスが余計に拗らせ……変な癖がついちゃったらどうするのさ」

 

「後遺症が残るようなことはない、と願いたいです」

 

「それに、アクア…さんに私…が崇めるエリス、様のことも持ち出してたよね?」

 

「勝手ながら、そのお気持ちを代弁して……ええ、まあその方が魔法の口上に気合いが入り易かったというか、気持ちが盛り上がるとそういうセリフを勝手に口走ってしまうという、紅魔族ならではの習性でありまして、はい、わかってます。謝罪案件ですよね。謝ります。――アクア様、エリス様、申し訳ございませんでしたーっ!!」

 

 じーっと睨んでくるのに途中で屈して、土下座するとんぬら。

 こんな地下での出来事にまで天に御座(おわ)しめす女神様が視察しているかは定かではないが、大変お怒りなエリス教徒の先輩を前にしたら、平身低頭で額ずくのみである。

 そんな反省した様子の後輩に、はぁ、とクリスは溜息を吐いて、

 

「……まあ、反省したならいいけど。あたしもスカっとしたことはなくはないし」

 

「先輩……っ!」

 

「じゃあ、後のことはゆんゆんさんにお任せだね」

 

「先輩ぃ!」

 

 無慈悲だ。助けてくれないのか。クリス先輩は後輩が可愛くないのだろうか、ととんぬらは思う。クリスは救援を求める後輩に目もくれず、昏倒しているダクネスのところへ行ってしまう。

 

「とんぬら」

 

 バトンタッチされたパートナーは、うわあ目が紅い。もうこの状態がデフォルトであるかのように赤目が染みついちゃっている。これ絶対うやむやに出来ない奴だ。

 堪忍袋ゲージが臨界点に達しちゃってるっぽい。けど爆発していないあたり十分に冷静さは保っているとも言えよう。これがめぐみんだったら間違いなくエクスプロじょっている。なんにしても、とんぬらはゆんゆんを無視できない。一度、深呼吸。今、正面から向き合って赤信号(レッドシグナル)の瞳を見つめる勇気をかき集めてから、この不発弾の解体に臨む。

 

「と、とりあえず、ダクネスさんを介抱しなければならないし、とっとと脱出した方が良いと思うんだが……その、吐き出すのを我慢できないくらい溜め込んでるものがあるならガス抜きに付き合おう」

 

「そんな心配しなくても、私はあれぐらいで引いたり軽蔑したりしないから。ただ……そういうことは他の人にはしないでほしいかなあ」

 

「いや、ゆんゆんそれは違うからな! 勘違いするな! ダクネスさんへの仕打ちに俺の趣味ははいってない!」

 

「うんうん。ちゃんとわかってるわよとんぬら。とんぬらの趣味ならダクネスさんに猫耳つけさせてるはずだよね」

 

「なるほど、言われてみると確かにそうだ。流石ゆんゆんさん、すごい理解力だね」

 

「理解してくれるのは嬉しいがその納得のされ方はなんかこっちが納得いかない。先輩もだが、俺を本当になんだと思ってるんだ! 神聖なる猫耳は、お墨付きの霊験あらたかな代物なんだと『悟りの書』にも記されている! そんな己が我欲を満たす為に安売りするわけがないだろう! 布教はしても!」

 

「後輩君ほど猫耳にこだわる子はそうはいないと思うけどなあ……」

 

「そんなことはありません。この前、幸運の女神エリス様の猫耳はきっと白が似合うと力説したらエリス教徒たちにもこの素晴らしさをわかってくれましたよ。今頃、隠れ猫耳信者たちは俺が配った白猫耳を懐に忍ばせて、エリス様に感謝の念を抱いていることでしょう」

 

「ちょーっと、後輩君! お話ししようか? 君のエリス…様への信仰の在り方というかその理解力を修正しないと大変なことになりそうかな~って今日色々と気づいたから!」

 

「先輩のターンはさっきご自身で締め切ったんですから、順番は後回しにしてください。今は先輩のありがたい説教を聞くよりも、ゆんゆんの誤解を解消するのが先決です。ようやっと本格的に次期族長デビューしてもゆんゆんの対人スキルは3歩進んでも2歩下がって迷子になってるような困ったちゃんで、俺はそんな低成長なところもなんかもういっそかわいいと思えるくらい末期ですが、しかし思い込みが人一倍激しくて誰かに相談するのも遠慮して一人悶々と抱え込んでヘンな方向に拗らせるんです! ですから、これを後回しにして俺が変態師匠のような変態だというイメージが固定されて手の施しようがないと思われちゃったらどうするんですか!」

 

「それはもうわりと手遅れだと思うなあ後輩君」

 

「大丈夫だよとんぬら。奇跡魔法を外したり、猫耳が大好きだったり、めぐみんと同じで変なこだわりようがある格好つけでも、そういうところもひっくるめてとんぬらなんだって、むしろ猫耳に見向きもしないとんぬらはとんぬらじゃないってくらい思ってるから。そして私はパートナーとしてそれを受け入れる、そう決めてるの。……だからね、優しくしてほしいけど、私のこと、とんぬら好みに……して、いいからね」

 

「あははー、ゆんゆんさんも覚悟決まっちゃってるなあ……」

 

「ほら先輩わかったでしょう。ゆんゆん、落ち着いたところでまたちゃんと話し合おう!」

 

「そうね。あとで、ゆ~~っくりと! お話、しようねとんぬら?」

 

「お、おう」

 

 ゆんゆんの瞳から赤い色素を抜く作業は、どれだけ弁明の言葉を尽くすことになるであろうか。とんぬらの目は遠くなった。

 

 

「――あ、これって……」

 

 『テレポート』で『アクセル』へ帰還するその直前のことだった。

 なにかに気付いたゆんゆんが声を漏らす。

 

「どうした、ゆんゆん?」

 

「とんぬら。……私、ずっとどこかで見たことがあるなーって気になってたんだけど、この地下室に描かれてるのは、転移の魔法陣よ」

 

「! 確かに『転送屋』で使われているのとは若干異なるが、形式は『テレポート』のものだ」

 

 ポンと掌に拳を落として相槌を打つ。

 実際に転移魔法(テレポート)を扱う『アークウィザード』のゆんゆんだからいの一番に気付けた。この陣図、見落としていたがとんぬらの記憶とも適合したのと重なるものがある。

 

 現在は廃墟となっているが、かつて魔王軍幹部ベルディアが占領していた古城。

 この隠し部屋の奥に敷かれていたのは、軍の一部隊が優に収まりそうな巨大な転移魔法陣。

 

(魔王軍と争った砦での攻防戦でも王城から支援物資や増援は転移の魔法陣による供給で繋いできた。線ではなく、点と点でモノを移すことの有用性は戦略的にも大きい。その分、一度に転移できる制限はあるが、これほど大きなものなら……そして、ここはダクネスさんに守護されていたとすればその狙いは――)

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……ねぇ、ダクネスに一体何が遭ったの? 剣の扱いがへっぽこで頑丈なところが唯一の取り柄だったのにグロッキーしてるなんて。それにこんな……」

 

 言い淀むアクア様の言葉の続きが気になる。

 こんな……、うん、アクア様が言わんとすることはわかっている。

 

「はい……ひどい魔力欠乏になっています。回復すれば目が覚めるかと」

 

「身体が無事なのはわかるわよ。わかるんだけど、眠ってるのにこんなしまらない顔になってるのを見たら精神面が心配になるんですけど」

 

 ですよねー……

 とんぬらは内心で何度となく首肯し、激しく同意する。

 

「……んっ……ぁっ、ぁぁっ……くっ、んっ……」

 

 ダクネスの部屋のベッドで眠っているダクネスの表情は、苦悶に歪む形相ではないが、安らかな寝顔とは大変言い難い有様……アクアの言う通りにしまらないもので、おかげで雰囲気もシリアスにしまらないと言った次第なのだ。

 

 昏倒した彼女の身柄を、早くアクア様に診てもらおうと屋敷に運んでいる最中、その端正な顔立ちがだらしなく崩れていったのである。

 支援魔法の悪用(おうよう)による感度数十倍からは脱しているはずなのだが、きっと夢でも見るくらいに衝撃だったということなのだろう。こんなに効果抜群だったとは誤算だった。これでは後遺症はなくても黒歴史は残してしまいそうだ。あの技は禁じ手にしようととんぬらは心に決める。

 

 それで、背負って運んでいる際の僅かな振動にいちいち反応しては『…くぅ、ぁ…』とどこか艶ある吐息を()いては、段々と呼吸が荒げにして頬を火照らせていくダクネス。しまいには、『くっ、(コロ)!』と時折寝言でぼやく彼女にとんぬらは非常に居た堪れなくなった。このままアクア様やご家族に会わせていいものかとちょっと悩んだ。特に幼いシルフィーナには自主規制(モザイク)をかけておかないとまずいだろう。母と慕っている従姉をこんな風にした下手人がとんぬらだと知れたら、師弟の縁に三行半を叩きつけられるかもしれない。

 

「……実は、俺達が見つけた時、ダクネスさんは魔王軍と思しき輩に囚われていて、いいように扱われていました」

 

「やっぱり! ダクネスをこんなアヘ顔にさせたのは、魔王軍の仕業なのね!」

 

「…………ええ、魔王軍が発端であることは間違いないので、そう捉えても間違いではないと思います」

 

 拳を握って憤慨を露にするアクアへ、いったん沈黙を挟んでから目を逸らすとんぬら。

 ウソは吐いていないつもりだが、純粋な女神様を騙しているようで非常に心苦しい。とんぬらの胸の内ではペコペコと何度となく頭を下げている自身の姿が容易にイメージできる。

 

「ですから、その、あまり触れずにそっと優しくしてあげてください」

 

「わ、わかったわ。ものすんごい目に遭わされたダクネスには、何が遭ったのか訊いちゃいけないってことね」

 

「はい、そうしてくださるとこちらも助かります」

 

 世の中にはきっと知らない方が良いこともあるはず。

 それはそれとして、目が覚めたらダクネスさんにちゃんと謝罪しよう。とんぬらは改めてそう決めた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「じゃあ、私、お夕飯の支度とかいろいろと準備があるし……先にとんぬらがお風呂に入ってきて。今日は疲れたでしょ?」

 

 こうして、屋敷に帰還したとんぬらが説明を終えると、アクア様はそのままダクネスの看病。クリス先輩はダクネス帰還を心配していたご家族イグニス領主らに伝え、それから廃城の地下での一件をギルド等へと報告しに行っている。それでゆんゆんから、今回一番功労者なとんぬらへ風呂へ入って寛いでくるよう勧めてきた。とんぬらも小さい身体で動き回るのはいつもの倍以上に疲労感を覚える。それに今日収集できた情報で気になる符号も多く、落ち着いたところで検討がしたかったので、パートナーの気遣いに素直に甘えることにした。

 

「ふぅ……。家の風呂に文句はないんだが、屋敷の広いのもいいなぁ」

 

 広い浴槽にうーんと身を伸ばすと、全身からその日の疲労が染み出ていくのがわかった。

 ゆったりできる寛ぎ空間。風呂は良い文化だ。とんぬら自身もこうやって水に浸っていると体の調子も大分回復していく。

 

「昔もアルカンレティアでは温泉に入って……って、そういえば、今、アルカンレティアは、“水と温泉の都”から、“水と聖水の都”へとクラスチェンジしたんだっけか」

 

 ある日突然、源泉が湧き出ていたところから聖水が噴き出してきたそうで、現在はそれがアクシズ教団の新たな看板に掲げられている。

 

(ふむ。聖水、か)

 

 両の掌を合わせてお椀にし、水をすくい上げる。

 聖水はアンデッドを追い払うのに有用だけど、他にも武器にかけて鍛えれば仕上がりが上質になり、食事に混ぜれば病気の予防にもなる。おかげでそれを売り出している教団はますます水の都での勢力を強め、財も潤っていることだろう。

 

 アルカンレティアの聖水発生の原因はとんぬらも話しか聞いていないが予想がつく。

 アクシズ教徒たちが崇め奉る水の女神様が起こした奇跡であろう。

 魔道具店でも、彼の女神は、ちょっと触れただけで地雷なポーションを水に――店長(リッチー)にもダメージを与えるくらい高純度の聖水に変えてしまう特性がある。その神性が強く働きかければ、温泉を聖水に変質させてしまうことくらいできてしまえるだろう。

 

 それで、アクア様は今日、屋敷で信者たちとの宴をこの浴槽でしていたそうなのだ。何でも鬱憤晴らしに“ビール(シュワシュワ)かけ”というお酒を全身で浴びるように掛け合う派手な催事がやりたかったそうで、それで濡れても問題ない浴室でアクシズ教徒らとやらかしたそうだ。

 おかげで、浴室内に仄かにアルコール臭が漂っている。

 

『来てる……。来てるわ……! ――ここ!! ここに物凄いのが来てるのを感じるわ!』

 

 どんちゃん騒ぎで最高潮になったところでダウジングな女神様の直感が地下水脈を探り当て、さらに酔った勢いで天然温泉を噴き出させた。

 そんな女神様の神気が浸透している天然温泉――つまりは聖水でこの浴槽内が満たされているというわけである。

 

(この前、マネージャーがポーション代を弁償させようと女神の出し汁とかいうのを作らせていたが、それと同じ感じだ。この湧き水から確かな神性を覚える)

 

 とんぬらは提げていた蒼いお守りを首から外す。

 『水のアミュレット』、アクシズ教最高司祭に与えられるという代物で、稀少鉱石の『水精石』が填め込まれている。超高純度の『水精石』は水を精製するだけでなく、泥水へ浸せば清らかに澄んだ水へと浄化し、長時間にわたって浸していれば聖水の効能を高めてくれる。

 

(もし、この湧き水の効力をアミュレットでさらに増幅させてやれば、元の姿に戻れるか)

 

 今回の件は、一筋縄ではいかない上に、未だに大人になれる兆しが不明となればかなり不安だ。

 だけど、水の女神様の恩恵にあやかれば、それが改善されるかもしれない――

 

「ふにゃあ~~~」

 

 そんな思い付きを試そうと、アミュレットを指の腹で擦り洗うように浴槽に浸したところで、伸びた鳴き声を耳が拾った。

 湯気立っていて確認が遅れたが、風呂には先客がいた。

 

「おや、いらしてたんですか、ウォルバク様」

 

 浴槽にぷかぷか浮いている黒猫は、紅魔族随一の天災児の使い魔ちょむすけにして、その実の正体は、怠惰と暴虐を司る女神ウォルバク様。

 ふたつに別たれていた存在がこの黒猫(けもの)の姿を基点として一つになってからというものの、女神の影響からかこの通り風呂好きになっている。

 でも、風呂をご一緒するのを厭う方ではない。女神の時も許してくれたし、今、猫の御姿ならば尚更遠慮することはないだろう。

 なので、とんぬらは、気を抜いてしまう。

 もし、この時、不敬だと慌てて浴槽から飛び出していたら結果が変わっていたかもしれなかったが、そうはならなかった。

 

「ふにゃぁ……」

 

「気持ち良さそうですね。そうだ。もっと気持ち良くなれるようマッサージしましょうか」

 

 女神の御姿であったなら馴れ馴れしく触れるどころか視界に入れるのも畏れ多かっただろうが、黒猫の状態なので、英才教育が施された猫耳神社の倅としては何かと可愛がり(かまい)たくなる対象に入ってしまう。

 

「紅魔族随一の猫マスターとして、猫の気持ち良くなる要点(ツボ)は完璧に押さえていますよ」

 

「ふにゃ、にゃっ、ふにゃぁぁぁ~~~ん」

 

 手櫛の要領で毛並みに沿って背中からお尻、お尻から後ろ脚にかけてゆっくり優しく掻く。各部位にあるツボを指の腹で徐々に力を入れて3秒ほど押し込む。首や背中、脇腹の皮膚を摘まみ上げるように揉み解して、それから円を描くように撫でる。

 背中にお湯をかけ流しつつ、淀みなく行うとんぬらの手際はとても手慣れたもので、ふにゃふにゃと猫の身体を骨抜きとしてしまう。

 もうすっかりと抵抗の強張りもなく陥落したちょむすけを仰向けにして、赤ちゃん抱っこするように腕で支えながら、顔の部分も丁寧に揉みつつ、ふやけた鳴き声を上げさせるとんぬら。

 

「どうです? 怠惰を司る貴方様を堕落させる我がご奉仕。満足していただけたでしょうか」

 

 とんぬらはウンウンと頷いて、気づく。

 

 あれ? なんかちょむすけ(ウォルバク)の身体が光っているような……??

 

「ニャー!!」

「あ、いきなり暴れると危な……!?」

 

 ハッと焦点がぼやけていた猫の瞳に光が戻るや、打ち上げた魚のように腕の中でもがき暴れるちょむすけ。とんぬらの腕から飛び跳ねて、ぼちゃんと湯の中に落ちる。

 

「!? なんだ一体!? っ、それより溺れたら大変だ!」

 

 途端、浴室内を瞬く間に染め上げた眩しい光に視界が真っ白に。

 目を晦まされたとんぬらだったが、落としてしまったちょむすけを掬い上げんと手探りで――

 

 たぷん、とした感触。

 伸ばした手に、何か……柔らかくて、手のひらサイズには収まらないとても大きなものが当たった。

 

「!!」

「きゃ」

 

 相手のリアクションよりも僅かに先んじて腕を引くとんぬら。

 接触した瞬間、いかに驚きに思考が霧散したままでも、直接触れるにはあまりに畏れ多いことを本能で悟る。高温に熱された鉄板に触れたのと同じ。とんぬらにとっては条件反射が働くレベルで委縮してしまう、それくらい高位な気配だった。

 

(なんだなんだなんだ!? 何が起こった!? パルプンテ唱えてないのにパルプンテってるぞ!!?)

 

 爆発したかのように一気に圧が増した存在感。

 そして、この気配、とんぬらに覚えがある。

 

(ま、まさか……!)

 

 薄らと眼を開けてみれば、目の前にいたのは、赤髪黄眼の美女。

 気だるげな表情(かお)でさえ、その妖しげな色香のひとつとして際立たせる。濡れた髪の艶めきも相俟って蠱惑的である。そして、野生(けもの)の名残であるかのように、瞳孔は猫のように細く、曇る湯気に浮かび漂うよう揺らめき輝いている。

 

 その裸身と同じく、隠さずに露わにされている膨大な魔力は、常人のそれを遥かに超える。

 間違いない。

 ここにおわすは、女神モードのウォルバク様(ちょむすけ)だった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「もががぼぼぼごぼぼぼがーーっ!」

 

「待って待ってちょっと顔を上げなさい! 何を言ってるか意味不明だから!」

 

「がもごもごばぼばぼがぼーーっ!」

 

「だから落ち着いてって言っているの! いいから、このままだとあなた溺れちゃうわよ!」

 

 湯の中に沈む土下座体勢のとんぬら。

 己が仕出かしてしまった不遜を察するや即座に、湯船の中だろうが構わず頭を下げて底に額づき、肺の酸素を全部一気に吐き出す勢いで謝罪を述べる。

 

「あー、もう、まったくもうっ!」

 

 これに慌てたのは女神様の方で、小さくなってるとんぬらの首根っこを摘み上げて、水中からサルベージした。

 まるで母猫に咥えられた仔猫のように宙ぶらりんとなったとんぬら。その状態でまた真正面で女神の肢体を目の当たりにしてしまう。

 濡れている髪から、温かそうな水滴が、首筋から左右の鎖骨の間を伝って胸元へ堕ちて溜池(プール)を作ってる。そんな起伏に富んだ女性的な肉体は目のやりどころに困るもので、当然、紳士的な配慮ですぐに目を伏せる。

 そして、猫から人へ膨れ上がった見た目以上に格が大きくなったのは見ずともわかった。

 

「申し訳ございませんでしたー! お猫様であったとはいえ、女神様であるウォルバク様に大変不埒な真似を!」

 

 なんか今日は謝ってばっかりである。

 こんなありがた迷惑なラッキースケベが連発するなんて、幸運の女神様の不興を買ってしまったのだろうか、ととんぬらは思い悩む。

 

「別に気にしてないから。風呂の中でまでそんな畏まる態度は取らないでちょうだい」

 

 寛大な、あるいは厳かな神として肩肘張った対応が面倒なので適当なウォルバク。

 その処置に心の中でほっと一息ついたとんぬらは、そう何度も裸身を拝まぬよう、しかし背を向けるのは女神に対し不敬と心得ており、結果、水面に自分の幼い顔と見つめるような低頭に落ち着く。

 

「それでウォルバク様……力が、お戻りになられたのですか?」

 

「うーん、私としてもわからない――というか、小さくなっているあなたのこともよくわからないのだけど……おそらくはこの不思議なお風呂のおかげね」

 

 ウォルバクは掌を皿にして湯水を掬う。

 指の間からさらさらと零れるこの水の手触り。聖水にしても過飽和な程の神々の魔力が感じられる。これによって、ウォルバクの失った神としての魔力が補填されたのである。

 そして、

 

「トドメにあんな“暴虐”を堕落させちゃう奉仕(マッサージ)をされたものだから。まあ、一時的なものでしょうけど、おかげで“怠惰(わたし)”の意識が表出してきたわけ」

 

 元々それまで苦手だったのに風呂好きとしてしまうくらいにちょむすけの性格に影響を及ぼしていたのだから、奥底には女神ウォルバクが根付いていたのだろう。

 それで、“暴虐”の方を担当するちょむすけが陥落したので、代わりにアクア様の神気を貰い受けて活性化していた、“怠惰”の方を担当するウォルバク様が出てきた。

 偶然に助けられた特例のような条件であるが、怠惰と暴虐を司る女神が一時復活を果たしたのだった。

 

「そういうことでしたか。なるほど……しかし何というか、温泉で力を取り戻すとは貴女様らしいと思います」

 

「ふふっ、そうね。自分でもちょっと呆れちゃうわね。……あの水の女神(オンナ)のおかげというのがものすっごく気に食わないけど! ……ちょっとこの水質を私の神格(いろ)に染め上げてやろうかしら」

 

 ああ。そういえば、ウォルバク様と統合してからちょむすけがやたらアクア様を爪で引っかくようになったと聴く。とんぬらはその場にいなかったが、ウォルバク様とアクア様が初対面から大人げなく喧嘩をしたそうだ。大量の水に陣地を押し流されそうになったこともあって、ちょむすけにまで持ち越すほど根に持っているのだろう。

 その辺りはとんぬらとしては突っ込み辛いところなので、話題を転換する。お姉さんの復活を誰よりも心待ちにしている同族の少女のことへ。

 

「ウォルバク様、あのような対決を画策しておきながら、このような願いを口にするのは汗顔の至りなのですが、どうかお願いがございます。――めぐみんに会うことはできませんか?」

 

 厚かましくも願い出たのはとんぬらの中に残るしこりから。

 もっと模索していれば万事上手く収められる最善手があったのではないか、とどうしようもない感傷を懐いて。とんぬらの中の冷静な部分は、そんな益体のない後悔は女神の返答を聴く前に切り捨ててはいるが。

 

「仮面をしていないけど面の皮が厚いのねあなた」

 

「申し訳ございません。私は道理の弁えぬ若輩者のようです。これでは身体は子供でも頭脳は大人などとは言い張れません」

 

 (こうべ)を垂れるとんぬら。しかしながら、項垂れる彼に向けた声色は揶揄うときのような軽い響きで。そして、ウォルバクが嗤う対象はとんぬらではなく。

 

「冗談よ。あれは暴力以外の決着を一考だにしなかった私の怠慢のせい。信者の言葉を無視し、そのせいでその身を滅ぼしたなんて、驕った邪神の末路らしいとは思わない?」

 

「いいえ。私はそうは思いません。それに、たとえそうなのだとしても、邪神として、魔王軍幹部としての貴女様は、あの時、めぐみんの爆裂魔法で葬り去られた――禊ぎは済まされた、と思います」

 

 どこかの仮面の悪魔なんて、一度倒されたことをいいことに魔王軍を抜けて、駆け出し冒険者の街で堂々と(図々しくも)“Ⅱ号”を名乗って日々を謳歌している。自由過ぎる。少しは自粛してくれないだろうかと被害者筆頭は常々思っている。

 

「七面倒なしがらみから一抜けした地獄の公爵という一例があるのですから――仮面の悪魔を見習えとは断じて思いませんが――これから女神として振る舞われてもよろしいのではないでしょうか」

 

「甘い理屈ね」

 

「それは信仰を捧げている女神の影響かもしれません」

 

「相変わらず口がよく回ること」

 

 とんぬらの屁理屈な主張に、ウォルバクも呆れた感じに息を吐いて、

 

「でも、無理ね」

 

 軽く手を振られ、さらりと女神の口から断られる。

 

「さっきも言ったけれどもこの状態は長くはないの。今はうたた寝している“暴虐”が起きれば、私は再び微睡みの中に沈む。一時限りの夢現みたいなものなのよ。だから、今はどこにいるのかもわからないあの娘を待つことなんてできないわ」

 

「そうですか。……非常に、残念です」

 

 しかし、状況を把握している話し振りから察するに、ちょむすけの状態でも、外の様子は窺い知れていたのか。そして、現在起こっているこのやり口に心当たりが思い浮かぶのか。

 魔王軍幹部であったウォルバクは目を瞑る。それから、湯気をそよがす溜息を吐いた後で、

 

「……まあ、そうね。私の信者()()られているのは、面白くはないわね」

 

 獣性を有する女神の口元がつり上がる。

 その下に見えるは刃のように尖った八重歯だ。とんぬらはゾクリとした。

 ”怠惰(ウォルバク)”の影響で”暴虐(ちょむすけ)”が温泉好きとなった。ならば当然、逆もあり得るのではないのか。或いはこれが本性であるのか。

 そんな以前には表出していなかった好戦的な面を垣間見せる貌のまま、ちろりと舌なめずりをする。その仕草は獲物を前にした肉食動物そのものだ。

 

「ええ、めぐみんほど怠惰と暴虐に信心深い――貴女様の赤猫耳が似合うものはいません」

 

「信者にそのような基準は設けてないから。変に猫耳とか広めないでちょうだい」

 

「猫耳は、女神様の容姿的にもピッタリなアイテムで、十字架とかと揃って基本装備の一式にするべきかと具申する次第でしたのですが」

 

 ウォルバクは、普通に信仰心が高くて礼を尽くしてくれる……変なこだわりを持っていなければ信徒の鑑なとんぬらの扱いに頭を悩ませた。

 比較的、彼はまともだ。話も通じる。ただし比較にしている対象が、変態のハイエンドなアクシズ教団である。本人的には善意でもおかしな方向に舵を取りそうで、それも無駄にカリスマ性があるから、他の信者に伝染しそうなのがまた厄介。

 マイナー宗派でも、いくら人気が出ようが猫耳装備がデフォルトな広められ方は遠慮したい。奇しくも、最もメジャーな女神様と同じような悩みを共有したウォルバクは、切実な声音で諫める。

 

「お願い。アクシズ教色を持ち込まないで」

 

 解せぬ。

 わりと真剣に訴えれば――アクシズ教と同じ扱いをされるのは非常に不本意であるが――意見を退けるしかない。猫耳神社の神主として、女神様の理解を得られるまで説得を粘りたいところではあるが。

 そんな不満げな童顔のふくれっ面に、ウォルバクは“この話はもうおしまい”と一つ咳払い。

 甘い顔は出さない。

 相対している人間(もの)は、幼くなっていても頭脳明晰、そして、たった一日で砦を仕切るようになった才気煥発な扇動者である。こんな口が達者な相手と論議を重ねたら、女神でもいつの間にか丸め込まれていたこともありうる。

 

「それで、話を戻すけど……今回の一件、私に心当たりがあるわ」

 

「すいません。待ってください」

 

 論戦ターンなどスキップして、ウォルバクは横道に逸れていた本題に方向修正を図る……が、そこで待ったをかけるとんぬら。

 

「あの、ウォルバク様」

 

「何?」

 

「これから真面目な話をなされるのでしょうか?」

 

 おそるおそる窺うとんぬら。

 ウォルバクは鼻を鳴らす。

 

「騙そうとなんて面倒なことはしないわよ。信じてくれるかどうかはそちらの勝手であるけど」

 

 所詮は気まぐれの行いであっても、茶化す気はない。

 少しへそを曲げたふうに唇を尖らせるウォルバクだったが、とんぬらの心配事はそこではなく。

 

「ウォルバク様の言は信じております。ただ……こうして風呂に入ったままウォルバク様が真面目に話をされようとすると、俗にいう“フラグ”が立ちそうなので」

 

「? だから何?」

 

「状況と状態を考えましょう。できるのならば、風呂から出てからちゃんとした席を設けて――」

 

 瞬間、ハッととんぬらが動く。

 ウォルバクは風呂にくつろぎ気が抜けているが、とんぬらは“同じ二の舞にはならない”と警戒していた。この状態が女神の謁見とか抜きでも常識的におかしいのは重々承知だった。

 

 

「とんぬら、お風呂に入ってる?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――『フリーズ』ッッッ!」

 

 

 浴室の前に誰かが――いや誰かなどと不特定を指すのではなく、“彼女”が立つや否や、即座に初級氷結魔法を唱えるとんぬら。

 鍵をちゃんと掛けてあるはずの脱衣所への侵入は許してしまったが、風呂場への戸はとんぬらが会心の集中力を発揮して凍り付かせた。魔力(ちから)入れ過ぎたせいでドアがぶ厚い氷に覆われたが、間一髪で阻止できた。

 節度を守る最後の一線は厳守。というか、今この最終防衛線を超えられたら修羅場突入待ったなしだ。

 そんな男の奮闘を空回りさせてしまう、戸惑いの一声。

 

 

「え、え? いきなり何をしてるの??」

 

 

 空気が読める方であるが、状況把握が追い付いていないウォルバクがついあげてしまった、()()()()

 扉の前に立つ人物は、このありえざる気配に敏感に反応した。

 

「今の声は」

「『あ、あー、声真似の練習中に何かしら、ゆんゆん』?」

 

 とんぬら、強引にも誤魔化す。

 ここにきて、ウォルバクも察した。

 “あの娘(ゆんゆん)”が、来ちゃってる、と。

 

 この状況、とんぬらは“風呂場で裸のお姉さん(ウォルバク)と二人きり”である。

 こんな密室状況を視界に入れられたら、瞳が真っ赤になる。古城では不発弾に抑えられたものが、風呂場で爆裂する。

 己が失態をフォローしてくれたとんぬらへ目配せしたウォルバクは吐息も零さぬよう手で口元を押さえたが、しかしもう一瞬でも声は拾われた。この疑念を拭い去るのは簡単じゃない。

 

「……ねぇ、とんぬら、誰かと一緒にいるの?」

 

「何を言っているんだゆんゆん。ここにいるのは俺だけだぞ」

 

「でもさっき、とんぬら誰かと話してなかった?」

 

「芸を磨く練習として一人芝居を演じていたんだがそれじゃないか。いやあ、こう広い風呂場だと声が反響していい練習になるな」

 

 常のゆんゆんならぬ淡々とした問いかけに、心臓が収縮したが、肺の強張りは意識して抑え込んだとんぬらが平然とした声音を返す。

 声に震えはない。そこからは気取られることはないはずだ。だけど、パートナー(とんぬら)のことになると人一倍に敏感。近頃、特に女性関係となるとやたらと冴えわたる、女の勘なる女性専用スキルを働かせるようになったゆんゆんのことだから、僅かの油断でも、鋭く刺される。

 

「ちょむすけ、どこにいるか知らない?」

 

「はあ? なんだいきなり」

 

 唐突に名指ししてきた質問に、ぴくん、とウォルバク様が震えた。なんかちょっと、ますます怖い子になってない?

 やましいことは本当に無いのに、空気が凍り付く。一秒、二秒、三秒。

 しばらくの無言の間の後に、ドア一枚挟んで向こうにいるゆんゆんは、ゆっくりと口を開いた。

 

「ちょむすけの分のご飯を作ったんだけどどこにもいなくて、そしたらアクアさんがもしかしたらお風呂にいるんじゃないかって。最近はよく一人でもお風呂に入るみたいだから」

 

「そうなのか。ああ――うん。ちょむすけはここにいるぞ。湯船の中でゆったりと寛いでいる」

 

 ウソを重ねれば、それだけ余分なリスクを重ねる。少し悩んだが、そう答えるとんぬら。

 これで、ちょむすけを探しに来たという理由が一つ潰れて、ゆんゆんも大人しくここから離れてくれるかもしれない。そんな淡い期待を懐いたとんぬらだったが、

 

「……もしかして、ちょむすけ――お姉さんに戻っていないよね?」

 

「何を馬鹿なことを言っているんだゆんゆんは」

 

 何がどうなったらそこに飛躍するんだ!!?

 普通は思いつかない、パルプンテってる展開だぞ。実際そうなってるけど!

 

「ゆんゆん、常識的に考えればそんな事態が起こるはずがないだろ!」

 

「でも、とんぬら、常識外れな事ばっかりするから……だから、中を確認したいんだけど」

 

「ダメだダメだ! ゆんゆん、まさかだがちょむすけを探す体であわよくば一緒に風呂に入ろうとしていないか?」

 

「そ、それは……っ」

 

 僅かな動揺をドア越しから察知。

 どうやら疚しい思惑がなくはなかった模様。図星を突かれたゆんゆんの追及が弱まる。

 

「そういうのは時期尚早だって話はついたはずだぞ」

 

「だから、私達結婚したんだし、一緒にお風呂に入ってももう問題ないと思うんだけど! そう思うんだけど!」

 

「だとしても、こんな他所様の家ですることじゃないと思うんだが。めぐみんがいたら屋敷への出禁を言い渡されるぞ間違いなく」

 

「う」

 

 ここはホームじゃないことを強調するとんぬら。

 ゆんゆんがその気になればドアを氷漬けにしたところで一刀両断して突破してしまえるだろうが、他人の――それも数少ない友人の家を壊すような振る舞いは心情的に禁忌である。

 慎み深いというか、根っこから他人に遠慮してしまう性格である。とんぬらの注意にむくむくと育てられた躊躇いがゆんゆんの中で大きくなる。それを感じ取ったとんぬらは音を立てずにゆっくりと深呼吸。呼吸を整えてから、

 

「俺だって、ゆんゆんに甘えたい」

 

「と、とんぬら!?」

 

 ここにきて掌返すような発言。いや、普段の彼ならばまず言いそうにないセリフに驚くゆんゆん。

 ここはあえて同意する。正論で反発を封じ込めるのではなく、肯定しながら無事着する方へと誘導する。

 とんぬら、頭のネジを調整するようこめかみをグリグリとやって、その精神年齢を見た目相応のところにまで落としてから、

 

「今日はいっぱい大変だったから。ご褒美に、いっぱいいっぱいゆんゆんに甘えたかったんだ」

 

「そう、なの? いいいいっぱいいっぱい私に甘えたい?」

 

「うん! だからね。本当は今日のお夕飯、ハンバーグやエビフライ、オムライスが山盛りに盛られて、デザートにプリンがついた、お子様ランチが食べたい!」

 

「えっ」

 

 アップテンポなとんぬらの言葉、その一句一句に打ち震えていたゆんゆんだったが、その瞬間、ぴたり、と固まる。

 今日の献立……アクア様の要望で、お酒に合うメニューとなっていた。これではとんぬらの要望を叶えられない……!

 ――とんぬらはそれをわかっている。さっきキッチンを覗いた時にメニューが子供舌に合いそうにないのは把握していた。

 無茶な要望だ。けど、ゆんゆんの性格上、これを無視できない。全力で相手のご要望に応えようと無理しても頑張っちゃうのだ。

 

「それでね。ゆんゆん……ゆんゆんお姉ちゃんにあーんして食べさせてほしかったんだー!」

 

「――わかったわ。ちょっと足りない食材を買い物してくるけど待っててね! すぐ作るから!」

 

 最後の方は自己暗示をかけても羞恥がこみ上げてきて、やけっぱちになったけれども、度々要望していた念願の“殺し文句(おねえちゃん)”にちょろいゆんゆんは奮起。

 脱衣所を出て、お買い物袋をもって屋敷を飛び出して街へ――

 

 

 ♢♢♢

 

 

『え、ゆんゆん、どこにいくの?』

『お買い物に。足りない具材があるので』

『え? 今日の霜降り赤ガニと極楽フグのデラックス海鮮鍋の材料は準備できてるんじゃないの。お鍋にピッタリな高級酒も用意したし』

『ごめんなさい、アクアさん。でも、私、ゆんゆんお姉ちゃんですから! とんぬらをうんっと甘やかしてあげないとダメなんです!』

『ええっ!? 本当にどうしちゃったのゆんゆん!?』

 

 

(……よし。回避成功!)

 

 計算通りに誘導されてくれた。

 が、黒歴史として封印した記憶……『甘えん坊辞典』の一件がぶり返すような感じで、キャラ作った反動の精神負担が中々にくる。しかも、これで終わらず、後の夕飯で甘えることが予定づけられてしまったので先が思いやられるのがまた。

 

「……ウォルバク様、そんな何とも言えないような顔してこちらを見ないでください。大丈夫です俺はまともですから」

 

「あの、その……ごめんなさいね」

 

 急に精神年齢一桁台になったとんぬらに、『頭大丈夫?』と心配したウォルバクだったが、終わってから若干背中が煤けて見えるその姿につい謝ってしまう。

 

「ウォルバク様が謝られることではありません。これは俺自身の甲斐性のなさが招いたようなものですから」

 

 告解のつもりはないが、少し、とんぬらはこの心中を目の前の女神へ吐露する。

 

「式も挙げられず、夫婦らしいやり取りができない俺は、ダメな男です。けど、ゆんゆんはそんな俺を責めたりはしない。そういう性分なのはわかっているんですが、むしろ自分が至らないせいなのかと思い悩む点も見受けられます。そのせいか最近は特に過保護というか……」

 

 水面越しに仮面無き己が無表情を映す瞳が、ゆらりと揺れた。

 

こんな体(こども)となってしまったのは自分の不幸、だが、これで彼女に不満を覚えさせる体たらくはあまりに不甲斐ない、これ以上自分を格好悪くさせる弱音など吐けません」

 

 気を緩めると零れそうになる溜息を、呑み込む。

 揺れが定まった双眸には、己が己に課す責任感の程を示す、強い光がある。

 

「俺は俺がゆんゆんにできることは全部すると決めているんです。待たせてる利子分を巻き返すためにも休んでる暇なんてありませんから」

 

「大変ね。そんなに無理ばかりしてるとあまりよくないんじゃない?」

 

「もっと楽がしたいんですよ俺も。ゆんゆんに言ったこともまったくのウソというわけじゃないんです。なので、その辺りを、怠惰を司る女神様に願掛けしたいところです」

 

 いつもの不敵な眼差しでこちらを臨むとんぬらに、ウォルバクは『参ったわね』と苦笑をひとつ。そして、

 

「そうね。……それじゃあ、ご祝儀代わりに、“神託”でももらっておきなさいな」

 

 ポン、と小遣いでもやるような調子でウォルバクは語り出す。

 

「まず、重要な拠点には結界を張っていることもあるから気をつけなさい。特にまやかしの術を敷いているわね。侵入者に安らぎを与える。でも、それは幻、騙されてはダメよ」

 

 主語は伏せていても、それが触れているのが何であるかの説明は不要。諜報工作なる裏方仕事、表舞台には出ない暗部、同じ魔王軍幹部であったからこそ知り得た秘中を明かす値千金の情報――!

 

「そして、彼女が崇拝する神が司るのは――」

 

「………………………………」

 

 と最重要の忠告を口にしようとしたウォルバクだったが、そこで気づく。

 とんぬらが、聴く状態にない。ぐて~~~っと浴槽の縁に上体を乗せて、眼をグルグル回している。

 一見すると風呂にのぼせてしまったかのように思えるが違う。

 

「あ」

 

 鼻腔をくすぐる仄かな臭いは、硫黄臭――そこから感じ取るは、自身の神気。

 触れた液体を聖水としてしまう水の女神への対抗心から無自覚にやらかしてしまった。温浴中の女神から浸透する『怠惰』の神格。

 そう、今、この浴槽に満たされている湯水は、人を堕落させ体力魔力をゼロとしてしまう『ヘルハーブ温泉』と化しているのだった。

 

「ちょ……!? ぼうっと見てる場合じゃない! とにかく、この子ダウンしたままじゃ危ないから早く出さないと。子供になって体力が落ちてるだろうし――って、戸が凍り付きっぱなしじゃない!? ああもう! どうすんのよこれーー!?」

 

 その後。

 脱衣所にて、ぐったりと倒れた子供(とんぬら)黒猫(ちょむすけ)が発見された。

 それで、原因は長風呂による湯あたりと判断が下される。『子供ひとりでお風呂は湯あたりして危険』という前例を作ってしまった以上、安全面からパートナーの要求が断りづらくなる始末に……

 その結果、怠惰と暴虐を司る女神へ願掛けしたとんぬらの冗談半分なお願いは、願ってもない形で叶えられたのだった。

 

 

 参考ネタ解説

 

 

 ゴールドフィンガー:ドラクエに登場する特技。単体にダメージを与えつつ、凍てつく波動のようにかかっている魔法効果などをすべて打ち消してテンションもゼロにする。

 作中では、『ライト・オブ・セイバー』+『ディスペル・マジック』の合わせ技。

 

 不思議な泉:ドラクエⅧに登場する土地。泉の水を飲むと呪いで馬に姿を変えられていたお姫様が一時だけど元の姿に戻れる。また体力魔力を全快にしてくれる。

 作中では、アクアが掘り当てた温泉。OVAでカズマに風呂ご奉仕の際にアクアがやらかした展開と同じ。それに染み込んだ水の女神の恩恵(ちから)のおかげで、ウォルバクが元の姿に戻った。




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