貧乏神の遠足   作:紅野生成

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13 狛犬の白べえ~だって恋をする

「おにぎり、三つとも置いてきちゃったな」

 

 美味しそうに食べていた縁結びの神の顔を思い出すと、それも悪くないと思える。

 考えようによっては宿代が浮いたのだから、一泊の恩におにぎり三つは安い。

 今日の夕方にはここを出るつもりだったが、さっき居酒屋の看板で見かけた石焼塩辛に未練が残っていた。

 

「もう一泊しようかな」

 

 ぼんやりとそう呟く。

 

「それはやめた方が良いぞ」

 

 男の声にあたりを見回したが、声が届きそうな場所には誰もいない。

 

「まだ酒が残っているのかな」

 

 あれしきの酒で幻聴など、いくらなんでも情けない。

 

「どこを見ておる」

 

 同じ声が、さっきまでより近い場所で響く。

 見下ろした足元に、真っ白な毛をこれみよがしに纏う中型犬がいた。

 

「えっ……犬?」

 

「失敬だな!」

 

「犬がしゃべった!」

 

「それ以上の無礼許さぬ! 噛み捨ててくれるわ!」

 

 大きな犬歯をむき出しに唸る犬を見ながら、それを言うなら切り捨ててくれるわ、の間違いだろうと、高志はぐふっと笑った。

 

「笑うとは何事だ! 面と向かえ! いざ尋常に勝負!」

 

「嫌だね、噛まれたら痛いし。牙があるやつと丸腰じゃ勝負の公平さにかける」

 

 鼻の上にしわを寄せて唸っていた犬は、諦めたようにぴんと立てていたしっぽをぱたりと地に下ろす。

 

「噛まぬから、話を聞け。争ったままではこちらの用が足せぬではないか」

 

「犬がぼくに用事?」

 

「ワシは犬ではない。由緒正しき狛犬の白べえと申す」

 

「白べえ?」

 

「白べえである」

 

「ふふ、白べえ~」

 

「伸ばすな! ワシの名を伸ばして呼んで良いのは、我が主様だけである」

 

 白べえが豊かな尾をたて、自慢げに顔をあげる。

 

「白べえの主様って誰?」

 

「人の子よ、おまえが昨夜膝を交えて酒を酌み交わしたお方だ」

 

 縁結びの神が、白べえの主様か。

 いわれて思い返すと、鳥居をくぐった所に二体の狛犬が置かれていた。

 

「きみだけ? もう一匹はどうしたの?」

 

「雪は主様の世話をしておる。まだ酔が覚めておられぬのだ」

 

 折り目正しく見目美しい縁結びの神が、ご機嫌で千鳥足になっている様子が目に浮かんだ。

 

「白べえは、素敵な主様に仕えているのだね」

 

「やはりおまえもそう思うか、人の子よ。そうか、そうだろうな。我が主様はこの世で一番素晴らしい方なのだ。おまえ、なかなか見所があるではないか」

 

 うまい表現が見当たらないが、白べえは笑ったのだと思う。

 

「ぼく達仲良くなれそうじゃない? もう噛もうなんて思わないだろ?」

 

「おう、安心するがよい。我が主様を慕う者は、みな友だ」

 

 いったことは本心だが、狛犬陥落はやし。ちょろい。

 

 高志は腰を落として、狛犬の位置まで顔をさげる。

 道端に咲いている黄色い花が、ゆらゆらと風に揺れていた。

 

「しかし本当にワシの姿が見えるのだな。不思議な人の子よ」

 

「イ……狛犬が話しているのに、疑問も感じず会話していた自分が怖いよ」

 

 高志が笑うと、白べえも鼻からふふんと息を漏らした。

 

「ところで、ぼくに何の用?」

 

「主様に頼まれたのじゃ。昨夜渡しそびれたから、これを持っていくようにとな」

 

 よく見ると、白べえの太い首には小さな袋が紐で結えられている。

 

「これは何?」

 

「なんでもおまえは素晴らしい女性と縁があるらしくてな、その方と必ずや巡り逢い結ばれるよう願いを込めた、ありがたい護符じゃよ」

 

 紐ごと白べえの首からそれを外した手に、心なし震えが走った。

 高志の頭の中を、何度も同じフレーズが駆け巡る。

 

 小さな目で、ぷっくり丸めのチンチクリンと必ず結ばれるありがたい護符、小さな目で、ぷっくり丸めのチンチクリンと……。

 

「ありがとう、ほんと、うれ、うれしい」

 

 満足そうに白べえが頷く。

 

「その護符は、その方に逢えるまで片時も肌身離さず持っているのだぞ」

 

「はい、できるだけ」

 

 白べえが疑うように睨みつけるので、高志は震える指で護符を首にかけた。

 

「よろしい。出逢えたのなら、おまえにはすぐにそれとわかるそうだ。よかったな」

 

 そりゃあすぐにわかるだろう。だって、丸くてチンチクリン。

 

「そうだ、もう一つ大切なことを伝えに来たのだ。この町を観光していいのは夕刻日が暮れるまでだ。日が沈むまでには、必ずこの町をでるのだぞ」

 

「どうして?」

 

「そのような先のことを、人の子ごときに教えるわけがなかろう」

 

 意味がわからないが、神様の忠告を無視する気にもなれない。ということは、今から町を見て回れるのはあと数時間ということか。

 

「白べえ、あまり時間がないからさ」

 

「だからなんだ」

 

「だからぁ、短い時間で見て回れそうな所を案内してよ」

 

 白べえが豊かな尾の毛を、寒気がしたように逆立てる。

 

「はあ? なんでワシが人の子ごときの案内をせねばならんのだ? 神に仕えるこの身を、そのような雑事に使えるわけがなかろう!」

 

「白べえ~」

 

「伸ばすな! 甘えるな!」

 

 すったもんだの十分後、高志と白べえは相変わらず言い合いを続けながら浜辺を歩いていた。

 白べえはむくれていたが、おまえの身に何かあっては主様に叱られてしまうからと理由を付けて、結局は高志と一緒に歩いている。

 

「白べえは普段は何をしているの?」

 

「主様の身の回りのお世話だ。あとは使徒としての役目もある。由緒正しき狛犬とは、なかなか忙しいものなのだ」

 

「狛犬の雪ちゃんとは、夫婦なのかい?」

 

 すると白べえは、毛の先まで赤く染まったかと思える程に毛を一気に逆立てた。

 

「なんと血迷ったことを、狛犬とは、雄雌がついになっていることが多いのだ」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

「……雪ちゃん」

 

 冷水を浴びたように、落ち着きかけていた毛が再びぶわりと立つ。

 

「ゆーきーちゃーん!」

 

「遊ぶな!」

 

 照れる狛犬か、面白い。

 

「さっさと行くぞ」

 

「いったいどこへ向かっているわけ?」

 

 何もない沿岸の砂地を歩き続けて、結構な時間がたった。

 

「あそこの岩間に、たいそう珍しい物があってな。今日は特別に見せてやる」

 

 白べえが顎をしゃくった方をみると、大きな岩があった。

 あそこまで行って引き返すとなると、今日の見物はこれで終わりだろう。

 

「旅とは楽しいものか?」

 

 なぜか遠慮がちに白べえが聞く。

 

「本当なら楽しいと思うよ。ただし、今は旅行というより自分の命を救うためにあちこちを廻っている感じかな。本当は、こんなにへらへらしていちゃいけないんだと思うよ。でも、苦しい時に苦しい顔をしたって何も変わらないからさ」

 

 聞こえるか聞こえないかの声でいいな、と白べえはいった。

 

「白べえは、この土地を離れたりはしないのかい?」

 

 すると白べえは、不思議そうな顔で高志を見上げた。

 

「用もないのにこの土地を離れるようなことはない。ワシは神に仕える狛犬だからな。今日みたいに主様の使いで仕入れものをしにいくとか、ほかの狛犬に年始の挨拶にいくとか、ここを離れるのはそれくらいなものよ」

 

 白べえは誇らしげに凛と尾を立て、そして少しだけ寂しそうにそういった。

 

「今日は仕入れにいくの?」

 

「あぁ、去年の暮れ以来だな。桜塚のコンビニに、ほかの神様へ届ける酒を買いにいくのだ」

 

 桜塚のコンビニ?

 

「もしかして、看板に堂々とコンビニって書いてある店のこと?」

 

「そうだぞ。永き時を経て三又となられた、桜の木に宿りし神が営まれている店でな、この世のもの全てがあるのではないかと思うほどの品揃えよ。それにしても、人の子のおまえがなぜ知っているのだ?」

 

 高志はおっさんと呑み交わした、あの日のことを話して聞かせた。

 

「今年は何十年ぶりに桜の花が蕾をつけていたよ。きっと咲いたらきれいだ」

 

「そうか、あのお方と知り合いであったか。人の子とはいえ、それは失礼をしたな」

 

 あの方と呼ばれる御仁と酒を呑んだのかと思うと、今更ながら失礼の数々が思い浮かぶ。

 

「おっさんに会ったら、ぼくがお礼をいっていたと伝えてよ」

 

「おっさん?」

 

「ごめん、神様でした」

 

 てっきり怒鳴られるかと思ったのに、ふんと鼻を鳴らしただけで、白べえはさっさと歩き出した。

 

「白べえも縁結びの神様みたいに、気がついたら狛犬だったの?」

 

「いいや、ワシはただの野良犬じゃった。人を恨み、何人もの人間を噛んだ野良犬じゃった。業が祟ってなぶり殺しにされたワシの魂を、主様が拾ってくださったのだ。あれはまだ、人々が腰に刀なるものを差していた時代のことよ」

 

 歩みを緩めて、白べえはぽつりぽつりと話しだした。

 

 

 

 あの時代は川が氾濫することが多くあった、母も父も押し寄せた川の水に流され、目も開かぬうちにワシは天涯孤独となった。

 寒さに震えるワシを襲ったのは、理不尽な痛みだった。

 

 腹や頭に感じる、意識が飛びそうなほどの痛みを与えているのが何者なのか、知ったのは目が開いてすぐだった。

 子供、大人かまわずそれは人であった。

 

 洪水で人々の暮らしも底をついていたであろうから、震える子犬など遣りどころのない怒りの捌け口でしかなかったのであろうよ。

 そのように思えるようになったのは、主様に拾われ癒されてからのこと。

 あの頃のワシには、人とは理不尽な痛みを与える鬼でしかなかった。

 

 体が大きくなると二度と棒で打たれないよう、人が近づけば片端から噛み付た。

 己たちが最初に何をしたかなど覚えているわけもなく、ワシは一方的に悪者にされた。

 

 排除しなければならない野良犬。

 凶暴な野犬。

 早く打ち殺さねばならぬ畜生。

 それがワシに与えられた呼び名だった。

 

 だが生涯ただ一度だけ、それ以外の名でワシを呼ぶ者と出会った。

 他所から越してきた童女は、ワシの悪名を知らなかったのだろう。

 痩せてアバラが浮き、弱った体で蹲っていたワシに呼びかけた。

 

 聞いたこともない優しい声で『シロ』と呼んだのだよ。

 

 だが、不幸は突然やってくるものよ。

 上流で大雨が降り、濁流が大木を押し流して寄せたあの日、童女はなぜか川淵を歩いていた。

 まだ荒れていない川淵を歩く童女を、ワシはそっと草の影からみていた。

 堰を切ったように押し寄せた濁流にその小さな体が呑まれたとき、ワシは飛び出していた。

 

 理由などない。

 

 やっとの思いで童女の襟を咥えて岸へと引き上げた。

 

 死んでいたよ。

 

 流れる木っ端や石に打ち当てられて、小さな体は無残に裂けていた。

 諦めきれなかったワシは、今息を吹き返すか今かと、二度月が昇り、二度目の日の光を見るまでその場を離れられなかった。

 頬を舐めても、胸に前足を乗せても童女が息をしてくれることはなかった。

 三度目の月が昇ったとき、己の身も二度と歩けぬ程に傷ついていることに気づいた。

 

 この童女と共に朽ちるのも、悪くはないと思った。

 だがそんな穏やかな終焉など、所詮は叶わぬ夢だった。

 水が引けて人間どもが河原へ様子をみにきたとき、最初に見つけたのは冷たくなった童女と傍らで横たわるワシの姿。

 ワシが少女を嬲り殺したと思ったか、死体を喰らおうとしているとでも思ったか、手に棒や大きな木槌を持った男どもが押し寄せ、いっせいにワシの体を打った。

 

 苦しくはなかった。

 

 弱っていたワシは、最初の一撃でこの世の者ではなくなっていたから。

 少し離れた土手の上で、己の体が打ち据えられているのを眺めていたとき、主様に声をかけられた。

 

「おまえは良い子だな。わたしと共にこないか?」

 

 主様はそうおっしゃると、小汚いワシを綺麗な着物の胸に抱かれた。

 

「この子も一緒だから、何も怖いことはないだろう?」

 

 主様の傍らには、白い毛の子犬がいた。

 まだまともに歩くことすら出来ないほどに小さかった。

 

『シロ』

 

 子犬の口は動いていないというのに、懐かしい声が確かに聞こた。

 

「この子の名は雪。二人でわたしを支えてはくれまいか」

 

 あの子は雪というのか。

 

 雪がもう痛い思いをしていないのだと思うと、心底救われた。

 ワシは主にお仕えすることを決めた。

 何よりも幼い雪の面倒をみながら、世の中のことを教えてやらねばならぬし、何かあったら今度こそ、守らねばと思っていた。

 

 今思えば笑える決意よ。

 

 主様に仕えている以上、雪は大きく包まれ守られているのだから、ワシのでる幕などないというのに。

 人は嫌いだが、人の世に産まれたことを後悔してはいない。

 あの日々があったから、ワシの今があるのだからな。

 

 

 

「とはいえ、おまえのような人の子の守りをしなくてはならんのは心外だが」

 

 白べえは面白くなさそうに牙を剥いたが、高志にはそれが照れ笑いに思いえた。

 人間のエゴは残酷で、慰めたくて謝りたい衝動に駆られたが、白べえに失礼な気がして言葉をのみ込む。

 白べえが欲しいのは、今も昔も慰めなどではないだろうから。

 

 人に残酷な仕打ちを受けた白べえ。

 人を助けた白べえ。

 人に殺された白べえ。

 憎しみを乗り越えて、今は誇り高く存在する白べえ。

 

 高志は胸いっぱいに息を吸い込んだ。

 

「やっぱりおまえ、いいやつだな! 白べえ~」 

 

 大声で叫んで白べえの首に抱きつくと、驚いたように目を剥いた。

 

「おまえは馬鹿か? 主様はおまえを良きやつとおっしゃったが、はじめて主様に逆らうぞ。おまえは馬鹿だ!」

 

 無理やり高志の腕を振りほどき、ぶつぶついいならが歩く白べえのあとを、高志は笑いながらついていった。

 

「雪ちゃんに、好きだって伝えたの?」

 

「殺す! 今すぐ咬み殺す!」

 

 狛犬に顔色というものがあったなら、白べえの顔の毛は真っ赤に染まっていただろう。

 牙を剥く白べえをおいて、高志はゆっくりと歩きだす。

 

「主様に会えて良かったな」

 

 むき出しの犬歯を収めると、白べえは丸い目を僅かに細めた。

 

「あぁ」

 

 波音にのまれそうに小さな声は、大切な白べえの想い。

 その後も人と狛犬は、賑やかに歩みを進めた。

 人が意地悪をいっては、狛犬が牙を剥く。

 狛犬の問に人が答え、人の冷やかしに毛が赤く染まりそうなほど、狛犬は毛を逆立てた。

 

 

「着いたぞ、その岩を登って水底をみろ」

 

 ツルツル滑る岩を登り、日が差し込んできらきらと光る水面に目をこらす。

 

「なんだ、これは?」

 

 サラサラと波に揺れる砂から生えていたのは、水面に当たって屈折した光が時折姿を映し出す、薄緑色で半透明の水草だった。

 

「それはシチグサという」

 

「質草?」

 

「違うわい、この貧乏人が! 正式には七光り草といってな、本来人の子には触れることも見ることも叶わぬ神の水草じゃ」

 

 薄緑に見えた七草は、波に揺れては桃色に染まり、かと思えば夏のひまわりを思わせる黄色に染まる。

 

「人の子よ、それを採ってこい」

 

「神様の水草を?」

 

「主様がお使いになるのだ。早くしろ」

 

 高志は少ない足場につま先を引っ掛けて、はてと動きを止めた。

 

「白べえ、自分の仕事をぼくに押し付けて、楽しようって魂胆だろう?」

 

 豊かな白べえの尾が、僅かにビックと動く。

 

「なにをいう! 本来ならワシがする仕事だが、貴重な体験を人の子にさせてやろうという気遣いではないか!」

 

 高志が目を細めて睨むと、正直な狛犬はついっと顔を背ける。

 

「はいはい、採りますよ。ありがたくねぇ」

 

 七色に光る半透明な七草は、目を凝らさないと今にも海の水に溶けてしまいそうに儚い。

 

「きれいだな」

 

 そっと入れた指先に、冷たい海水が寄せては引く。

 水の中で揺らぐ七草の根元に手を伸ばすと、意外なことに確かな手応えがあった。

 少し力を入れただけで、するりと抜けた七草を水面から引き上げると、それは高志の手の中ではっきりとした形を成し、わかめに似た色の見据えることができる水草となった。

 

 潰さぬようにそっと岩を這い降りて、開き直って胸を張る白べえのもとへと戻った。

 

「どうぞ、不思議な水草だね」

 

「うむ、ご苦労であった」

 

 白べえが七草を自分の背に乗せろというので、高志はいわれたとおり、そっと七草をふわふわの毛の上に乗せてやった。

 

「縁結びの神様は、これを何に使うのかな」

 

「桜塚のコンビニを営まれている、あの方にお渡しするのだ。受け取ってくる酒代としてな」

 

 これと引換なら、さぞかし良い酒なのだろう。

 

「そろそろ時間だ。急ぐぞ」

 

「もう時間? 理由を教えてよ」

 

「主様がこの土地に、雨降り小僧がくるというのだよ。どうしてかは知らぬが、あまり機嫌が良くないから、天は大荒れになるだろうとな」

 

「それって妖怪?」

 

「まあな。そやつは雨を降らせる神の使いの童子でな、根は子供らしい良い子なのだ。菓子でも貰いそこねてふくれたのかもしれん。ともかく雨降り小僧が通ると、そのあとを追うように雨が降るのじゃよ」

 

 雨くらいどうってことは無いと思う高志だったが、神様のいうことは聞いておくに越したことはないのだろうと。

 町へ戻った高志は、白べえを待たせてコンビニによった。

 大人しく待っている白べえの元へ戻ると、高志はコンビニの袋を揺らして見せる。

 

「白べえ、ぼくのお使いも頼まれてくれないかな?」

 

「由緒正しき狛犬は、主様以外の使いなどせぬ」

 

 鼻先を顰める白べえの首に、高志はコンビニの袋をぶら下げた。

 

「何をするのだ。これはなんだ」

 

「お酒がふたつ入っているから、ひとつは主様の今夜の迎え酒に。もうひとつはコンビニの桜の神様へ届けて欲しい。あの神様は、頂いたもの以外口にできないらしいから」

 

「神への贈り物か?」

 

「そうだよ」

 

「今回だけ、特別に引き受けよう」

 

 主様への贈り物があると知って、白べえの鼻が嬉しそうに膨らむ。

 首を曲げて袋の中を覗き込んでいた白べえが、顔を上げて高志をみた。

 

「このきらきら光る珠はなんだ?」

 

「綺麗だろ? ゴムでできた玉だけど、雪ちゃんにあげなよ。女の子はこういうものが好きだと思うから」

 

「余計なことを」

 

 そういう白べえのふわりとした尾が、嬉しそうにゆらりと揺れる。

 

「人の子ごときが、なかなか良い奴ではないか」

 

 狛犬、物に弱し。

 

「おおぉ、雨降り小僧だ。もうやってきたか」

 

 白べえの視線の先を見ると、ずり落ちそうなほど後ろに笠をかぶった小僧が歩いていた。

 つんつくてんの縞地の着物に草履をはき、小さな背には荷物を詰め込んだ風呂敷が背負われている。

 雨降り小僧は小さな口を尖らせ、確かに機嫌が良さそうとはいえない。

 

「早くいけ、雨雲がくるぞ。必ずとなり町まで抜けきるのだぞ」

 

「わかったよ。いろいろありがとう」

 

 バスに乗り込んで、窓の下にいる狛犬に手をふる。

 遮る窓をを通して、狛犬の声が聞こえてきた。

 

「かの素敵な方と結ばれたなら、必ず顔を見せにくるのだぞ」

 

 せっかく忘れかけていたのに、丸いチンチクリン。

 

「うん、来るよ。会えたらね」

 

 バスが走り出すと同時に、白べえも背を向けて走り出した。

 白べえが今どんな顔をしているかなんて、高志にでもわかる。

 

 正直で意地っ張りで、恋する狛犬は涙もろいのだ。

 

 ぽつりぽつりと雨が降りだし、バスの窓を叩くようになるまでさほど時間はかからなかった。

 

「これ以上むくれるなよ、雨降り小僧」

 

 となり町へ抜ける沿岸の道をバスに揺られながら、高志は少しだけ天に祈った。

 

 

 一時間ほどかけてとなり町についた高志が、白べえが最後まで口にしなかった事実を知ったのは次の日の朝だった。

 

 昨日バスで通った沿岸の道に、雨でゆるんだ山肌が崩れ落ち道を塞いでいた。

 幸い怪我人はなかったが、復旧には最低でも三日はかかるという。

 

「あの町で、三日も足止めされるところだったのか」

 

 神の住む町の方へ、高志は静かに頭を下げた。

 そして心の中で、美しい縁結びの神様に詫びた。

 こんなにお世話になったのに、白べえに持たせたのは。

 

「安いお酒で、ごめんなさい」

 

 もう一度、高志は深々と頭をさげた。

 

 

 

 




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