貧乏神の遠足   作:紅野生成

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19 小天狗テンテン天狗酒

「もう遅いから今日は泊まれ」

 

 そういって小男は、布団を外に運び出した。

 小屋の中には神々が湯上りに休まれる御上り処があり、人の子を同じ場所で眠らせるわけにはいかないのだと、申し訳なさそうにいった。

 

「この布団、かなり小さいね。まるで子供用だ」

 

 高志が布団に入ると、もぐり込んだ先から足が膝まで飛び出してしまった。

 

「仕方がないさ。それはここにいた小僧の使っていた物だもの。ずっとがんばっていたのに、突然姿を消したきりだ。森をうろつく天狗どもに聞いても、知らぬ存ぜぬでな」

 

 小男は悲しそうに口を小さくつぼめた。

 髪を乾かしながら、むくれていたすずがにやりと笑う。

 

「なんだよすず、気持ち悪いな」

 

「なぁ御湯番よ、この山々が天狗の住処なら、あれがあるのではないのか?」

 

 両頬を包み込むように手をあて、満面の笑みですずがいう。

 

「あれとは何のことだ?」

 

 小男が小さな目をクリッと開けて、ちょっとだけ首を傾げる。

 

「天狗といえばあれだろうが、天狗酒だ」

 

「その名をよく知っているな。呑んだことでもあるのか?」

 

 感心したように聞く小男を、高志は手のひらで制した。

 

「桜塚のコンビニにおいてあって、桜の神様が天狗酒のことを教えてくれたんだよ。もちろん呑んでなどいないよ。なにしろ高いんだ値段がね」

 

「桜塚の御仁の噂なら幾度も聞いた。なんでもこの世の物全てが揃うという噂ではないか。いいな、桜塚のコンビニに行ったことがあるのか」

 

 本気で羨ましいのだろう。小男は胸の前で両手を握りしめ、どこぞのスターでも見るような潤んだ眼差しで高志を見ている。

 期待に頬を赤らめるすずと、羨望の眼差しで頬を赤らめる小男。小さな二人が高志を見上げていたが、それほど嬉しい光景ではない。

 

「おい、天狗酒だ天狗酒。わしの生還祝いに酒を買え」

 

「ここに天狗酒はないぞ。天狗どもはケチだから滅多なことでは天狗酒を手放さないのさ」

 

 あいつらは本当にケチんぼだ、と小男は肩を竦める。

 

「聞いたかすず。諦めろ」

 

 風船のようにふくれたすずをみて、小男が慌てて胸の前で手をふる。

 

「本物の天狗酒はないが、酒ならあるぞ」

 

 すずが飛び上がって、くるくると回り小男に抱きついたものだから、小男はしんばり棒みたいに固まって、つるんと丸められた頭のテッペンまで赤くなった。

 小男からすずが離れ、またひとりコマのように回りだしてからも、小男は無理やり立たされたこんにゃくみたいにゆらゆらしている。

 

「御湯番さん、悪いけどあまり高い酒は買えないよ」

 

「そ、それは心配ない。なにしろタダだからな。小さな湧水のように、岩の裂け目からちょろちょろと流れ出ているのだ」

 

 ゆでダコのように真っ赤な小男は、目をぱちくりしながらそういった。

 

「タダ、無料? どこにあるのだ? アホにでもわかるように説明してやってくれ」

 

 死にかけていたとは思えないほどはしゃぐすずを横目に、小男は木の枝で土に道を描き、ここから十分ほどでいけるといった。

 どこから見つけてきたのか、大きな瓢箪をみっつもぶら下げて来たすずを押さえ込み、無理やりひとつ取り上げる。

 

「酒をつめたら重くなるってのに、どうせ帰りに持たされるのはぼくだろ?」

 

 瓢箪を取り返そうとするすずに、帰りの瓢箪をすずが持つならいいよ、というと黙って両手を引っ込めた。

 一緒にいかないのかと聞いたが、小男は神様がいらした時に、御湯番がいなくてはならないから二人で行ってこいと手を振った。

 

「山の入口だから心配はないと思うが、用心はするんだぞ。天狗にあったらすぐに隠れろよ。あいつらはケチで粗暴だから。まぁ大丈夫だと思うがな」

 

 大丈夫な確率が高いなら、敢えていわないで欲しかった。日も暮れた山に入るというのに、これではまるで肝試しだ。

 浮き足立った心に任せ、ずんずんと先をいくすずは、夜目がきくのか小男が持たせてくれた提灯の灯りなど気にもしていない。

 

「すず、あまり遠くにいってはぐれるなよ」

 

「おまえがな」

 

 小憎たらしさは死にぞこなう前と変わっていない。やっぱり助けなきゃよかった、と高志は心の隅っこでかなり真面目に後悔した。

 まったくの獣道を右に左にと進んでいくと、岩肌の崖に突き当たった。

 

「あったぞ! このちょろちょろ出ているのがそうではないのか?」

 

 すずが指差す先では、岩の裂け目から細く流れ出す液体が、下の方の岩の先端で溢れ落ちていた。

 手のひらに少しすくって飲んでみる。

 

「酒だ、しかも旨い」

 

 高志の言葉にすずは、細い酒の滝に直接唇を寄せてこくりこくりと喉をならす。

 

「旨いな、うまいぞ!」

 

「これを瓢箪にためるには少し時間がかかるな」

 

 流れる酒の先に瓢箪を置こうとしたとき、高志の頭に何かがぶつかった。

 

「いて!」

 

 絵本に出てきた天狗の姿を思い出して、身震いしながら背後を提灯で照らしたが、そこには動物がいる気配さえない。

 木の実でも落ちてきたのかと頭をさすっていると、夢中で酒を舐めていたすずが顔を上げて目を細めた。

 

「いつまでそうしている気だ? そんなに離れていては酒にありつけんぞ」

 

 すずの言葉に驚いたかのように、頭上の木の枝がばさりとしなる。

 次の瞬間、高志の目の前に落ちてきたのは木の実ではなく、背中に小さな黒い羽を生やした子供だった。

 

「大丈夫か?」

 

 高志が肩に手をかけようとすると、子供は身を捩ってその手を払った。

 

「汚らわしい人の子が触れるな!」

 

 刺のある言葉とは裏腹に、まだ甲高い子供の声だった。

 痛みに歯を食いしばりながら尻をさする子供は、顔を背けていたが痛さに涙でも滲んでいるのだろう。唇を一文字にしたまま鼻をぐずりと鳴らした。

 

「まさか童子の小天狗がでてくるとはなあ」

 

「えっ、天狗なの?」

 

 絵本で見慣れた天狗と違って鼻も高くない。とはいってもその顔が見えるわけではなかった。鼻の長くない小天狗は、逆三角形の黒い面を付けていて、みえるのは桜色をした小さな唇だけ。

 

「おまえは人の子ではないな」

 

 小天狗がいうと、すずはいつにない優しい笑顔でそうだよ、と答えた。

 

「こっそり酒を呑みにきたのであろう? ひと口呑んで、まずは落ち着け」

 

 そういってすずが大きな葉にためた酒を渡すと、小天狗はぐいっとそれを呑み干した。

 

「すず、おまえじゃあるまいし、子供に酒を呑ませるなよ」

 

「馬鹿が、これは天狗にとって修行のひとつ。小天狗は天狗酒を呑ませてもらうことはできないが、産まれた時から乳より先に酒を呑むといわるほどの豪酒だ。歩き始めた子なら、すでに酒くらい呑んで当たり前だぞ」

 

「呑んでいいなら、どうしてこっそりここまで来たの?」

 

 高志の問に小天狗は、ぷいと顔を背けて答えようとはしない。

 その様子に調子に乗ったのはすずだった。

 

「そうだよなぁ、むさ苦しい人間の男など相手にしたくないだろうよ。このアホを相手にするのは本当に骨が折れるぞ。どれ、この姉さまと話さぬか?」

 

 小天狗がこくりと頷くのをみて、高志は喉まででかかった反撃を呑み込んだ。

 

「おらはまだ小天狗だから、一人前の天狗に見つからないように、ここまで酒を呑みに来なきゃならないんだ。これはみんなしていることだよ」

 

「そうだよな。好きなだけ呑め」

 

 自分の酒でもないのに、すずが新しい酒を注いだ葉を偉そうに小天狗に渡す。

 

「ねえちゃんはどうして、こんな汚らわしいやつと一緒にいるの?」

 

「うん、なかなかモノのわかる子だ。こやつはぼんやりしているアホだから、姉さまのように世に長けた者がついていてやるのさ。まぁ、子守みたいなものだ」

 

「そうか、納得だ」

 

 いいやそこで納得するな、と思い反撃に出ようとした高志だが、すずに睨まれて口を結んだ。

 すずが渡す酒を水のように小天狗が呑んでいく。

 

「名は何という?」

 

「テンテン」

 

「小天狗のテンテン?」

 

 高志が思わず吹き出すと、すずの蹴り上げた枝が額に当たって目に火花が散った。

 

「テンテンか良い名だな。ところでな、テンテンはどうして人の子を汚らわしいと思うのだ?」

 

 テンテンが高志を睨みつけたのが、黒い面を通してもなお伝わってくる。

 

「人の子のせいで、おら達天狗は山に住めなくなるかもしれないって、天上天狗様がいってた」

 

「ほう、どうして住めなくなるのだ?」

 

「人の子が恐れ多くも、神の召される薬を口にしたらしいって。そいつはその薬から得られる力をもって、この世を人だけのものにするつもりなんだって」

 

 テンテンは、自分の腹にのめり込みそうに項垂れた。

 

「可愛らしいテンテンの住処を奪おうとしている極悪人とは、どうやらおまえのことのようだぞ?」

 

 高志を見つめるすずの様子でその言葉の意味がわかったのか、テンテンは身震いしたかと思うと尻をついたままざっと後退る。

 

「おまえなんか死んじゃえ。神様の薬が、きっときっとおまえを内から喰い尽くすぞ。死んじゃえ!」

 

 堰を切ったように泣き出すテンテンの肩を、すずがそっと抱きしめた。

 

「テンテンよ、人は嫌いでも姉さまのことは嫌いではないだろう? それとも同じように信用ならんか?」

 

 テンテンはふるふると首を振り、すずの胸に縋って大声で泣いた。

 

「天上天狗様のおっしゃったことは、正しいのだろうと思うよ。大体はな」

 

「だいたい?」

 

「うむ。テンテンよ、この者は馬鹿でアホだが、天狗に喧嘩を売るような度胸も器量も持ってはおらん。ただのアホじゃ」

 

 まだ震えている、テンテンの頭をすずがそっと撫でる。

 

「テンテンからこの御山を奪おうとしているやつは、別にいる。この男ではないよ。だって、この男はそいつに殺されかけたのだから」

 

 真偽を確かめるように、すずの腕の隙間からテンテンが自分を見ているのを感じて、高志は少し視線をずらす。

 

「テンテン、わしの目を見てごらん。真意を見抜く眼を持つと言われる天狗ならわかるであろうよ。姉さまは嘘をついているか?」

 

 頬をすずの手で挟まれ、その視線を注がれたテンテンは大きく頭を振る。

 

「ねえちゃんは、本当のことをいってるよ。ごめんね、ごめんね」

 

「なぜ謝る? テンテンは悪くないのだよ?」

 

 すずの腕の中で少しだけ落ち着きを取り戻したテンテンは、ぐずりと鼻を鳴らして立ち上がると、葉を丸めた筒の中に酒をため、それを高志に差し出した。

 

「すまなかったな。小汚い人の子」

 

 汚らわしいと大して変わらないのではないだろうかと、高志はにがり顔で首筋を掻いた。

 

「ありがとう」

 

「そんな顔をするな。小汚いとは天狗にとってわんぱくなという意味らしいぞ」

 

「どうしてすずが、天狗の方言紛いを知っているのさ」

 

「桜塚のコンビニで天狗酒の説明を聞いていたとき、天主が教えてくれたではないか。呑みすぎて何度も同じ話をしていたぞ」

 

 確かに酔っ払ってけっこう適当に、聞き流していたかもしれないな、と高志は肩を竦める。

 

「今夜はほかの天狗に、見つからないで酒を呑めたから合格点だ」

 

 ほっとしたようにテンテンがいう。そして少しだけ俯いた。

 

「本当の敵は誰なの?」

 

「さあな、姿はみたが、正体はわからんよ。山の里に戻っても無用なことを口にしてはならないよ。テンンテンはまだ小さい。天上天狗様の眼を欺いたほどの者だ。下手につついてはならないよ。天上天狗様は良い天狗様なのだろう?」

 

「うん、おらも大きくなったらあんな風に、堂々とした天狗になってみたいんだ」

 

「なら心配するな。天上天狗様もそのうち気づかれるさ」

 

 テンテンは大きく頷くと最後にもういっぱい、といって小さな酒の滝に口をつけた。

 テンテンが酒を呑む間瓢箪をよけて手に持っていたすずは、瓢箪を振るとにこりと笑う。

 

「酒が満杯だ。わしらも帰るか」

 

 そういうと、てっぺんまで酒の入った瓢箪を二つ高志に突き出した。

 

「はいはい、持ちますよ。テンテンも気を付けて帰れよ」

 

 高志の声に振り返ると、テンテンは黒い手甲をはめた手をひらひらと振った。 

 

――そうか桜坂のコンビニで売っていた手甲は、こんな山奥で需要があるわけか。

 

 妙な感心の仕方をしている高志を置いて、すずが手ぶらで先をいく。

 

「ねえちゃん!」

 

 木に登りかけていたテンテンに呼び止められて、すずが振り向く。

 

「どうやってこの山を抜けるのか知らないけれど、夜は山道に入っては駄目だよ。山を下りるなら朝日が昇ってからがいい。夜闇にこの山の上を飛んでいる者を見つけたら、それは鳥じゃなくてたぶん、天狗だから。見つかったら、殺されちゃう」

 

 心配してくれているのだろう。最後のほうは消え入りそうに小さな声だった。

 

「心配するなテンテン! このアホには、姉さまがついているからの!」

 

 テンテンは嬉しそうに頷くと猿より身軽に木の幹を登り、茂った枝葉の闇の中へと姿を消した。

 

「守ってくれるのか? すず姉さま?」

 

 高志がテンテンの声色を真似て笑う。

 

「自分の身は自分で守れ! わしにはアホに砕く余分な心などないわ!」

 

 すずが口を尖らせ背を向ける。

 何かすずが恥ずかしく思うようなことをいっただろうか、と高志は首を傾げた。

 

「まあいっか」

 

 天狗達のことを考えるのは明日しよう。

 ガニ股でのしのしと歩くすずのあとを、少し微笑みながら小走りに追いかけた。

 

 

 

 




 ではまた。
 読んでくれてありがとうです
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