貧乏神の遠足   作:紅野生成

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21 はぐれ提灯

 ぱちぱちと火の爆ぜる音で、高志は目を覚ました。

 この季節でも森の夜は冷える。小さな布団からはみ出した膝小僧が冷たくて、高志は手のひらでこすって暖めた。辺りを見回したがすずの姿はない。酔っ払って鈴に戻っているのだろうと高志は思った。

 

「観光で見に来られないのが残念なくらいだ」

 

 眼前に広がる大小の湯が、顔を出したばかりの朝日に照らされ、目映いばかりに輝いている。

 ぱちぱちという音は、石造りの小屋の前に置かれた、大きな鍋の中にから聞こえていた。白い煙が上るその中を覗き込むと、炭が赤く火の粉を散らしている。

 

「おぉ、目覚めたか」

 

 小男が額を指先で押さえながら、よたよたと小屋の中から歩きでてきた。

 

「天下のお湯番様が二日酔いかい?」

 

「酒に吞まれた訳ではないからな! 酒に敬意を表して酔ってやっただけだ」

 

「厳しい言い訳だね」

 

 高志の言葉を無視して、小男は大鍋の横にしゃがみ込み、竹筒で鍋に息を送り始めた。

 よく見ると鍋は二つ重ねられており、両方に大小様々な大きさの穴が沢山開けられている。

 

「御湯番さん、そんなに大量の炭をおこしてどうするつもり?」

 

「もしものためだ。道が繋がっていないから、神様がいらっしゃらないのはわかっているさ。でもな、おまえのように運良く途中の看板を見つけて、お暇だからと立ち寄られる神様がいらっしゃるかもしれないから」

 

「万が一神様が来たときのために、使わないかもしれない炭を?」

 

 小男は息を吹き込む手を止めて、額の汗を拭う。

 

「考えても見ろ。もし神様がいらしたとき、魚を召し上がりたいといわれたらどうする? 炭が用意できていませんなどとはいえない。一人来られるのも、大勢来られるのも同じ。ここはいつ来て同じ湯浴み処だと、いつ来ても変わらぬといわれるように、備えを怠らないのが御湯番の誇りなのだ」

 

 小男は小さな体いっぱいに息を吸い込み、竹筒から息を吹き込む。

 手にしている竹筒は、湯を調節するときの物とは違い、長いこと炭にまみれて黒光りしていた。

 

「飯を食ったら昼のうちに森を歩いて、今夜花見が行われる場所に、あたりをつけておいたほうがいいぞ。夜は暗くて探しにくいし、何より天狗がいるからな。昼間が勝負だぞ」

 

 改めてこの游湯屋を囲む山々を見渡して、高志は気が遠くなる思いがした。

 見えている山の向こうには、さらに山が連なっているだろう。そのどこかで行われる花見の場所を見つけるなど、千里眼でもない限り無理に思える。

 

「ねえ、場所を探す手がかりはないの? 去年は東の山だったから今年は西の山とか、提灯がぶら下がって花見の準備がされているとか?」

 

「ないな」

 

「やっぱりねぇ」

 

「だが、目印ならあるぞ」

 

「本当に? どんな物? わかりやすいのかい?」

 

「すごく、わかりずらいだろうな」

 

 小男の話だと花見を行う場所は、前の祭りの終わりにすでに決められていて、一年前から印が付けられているのだという。

 だがその印というのは、人にとっては有ってないようなものだった。

 

「細くしなる木の枝を、くるりと結んであるのだ」

 

 この森の中からそれを見つけるのは至難の業だろう。野花が満開に咲いた平原の中で、花を編んで作った指輪を探してくれといわれているようなものだ。

 

 

「花見をする場には大きな結び目があるが、そこへ行くには小さな結び目がいくつかあってな、うまくそれを見つけることができたら、あとはその結び目の、枝の先端が指す方へ歩いていけばいいのだ。一つ見つければ、矢印のように花見の場所まで導いてくれる」

 

「見たことがあるの?」

 

「小さい結び目を一度だけみたぞ。結び目を辿ってみたかったが、御湯番の仕事があるから、それは叶わなかった」

 

 小男は真っ赤になった炭の上に薪をおいて、さらに息を吹き込んでいく。

 

「日暮れ前には一度戻ってこいよ。四季神様にお会いする前に、ちゃんと御湯で身を綺麗にしておかないとならないからな」

 

「わかった」

 

 塩漬けにした山菜を使ったといって、朝飯に山菜の炊き込み飯を出してくれた小男はすずの茶碗も用意していたが、とうとう姿を見せなかったので少し残念そうにしていた。

 

「さっきから気になっていたのだが、袋からはみ出しているものはなんだ?」

 

 小男にいわれてリュックを見ると、破れ提灯がひょっこり顔を出していた。

 

「ここに和紙と糊はあるかな? 拾った提灯なんだけれど、なんだか捨てられなくて紙を貼って直してみようかなって。色つきの和紙だと、灯をいれたときに綺麗かなと思うんだ」

 

 少し待っていろ、と小男は石造りの小屋の中へ入っていった。

 戻ってきた小男に手には、使い込まれた小さな木箱が持たれていた。

 

「十年ほど前になるが、遠方からいらした池の神が土産だといってくださったのだ。この季節に似合う桃色の和紙だぞ。糊はそっくいしかないがいいか?」

 

 そういって小男が木箱から取り出しのは、見た目にも上等な桃色の和紙だった。

 

「そっくい?」

 

「米粒を潰して水でといたものだ。薄めれば綺麗に貼れるさ」

 

「嬉しいけれど、大切な神様からのお土産をいいのかな?」

 

「二枚下さったのだ。神様は使えといっておられた。だからいいのだぞ」

 

 礼をいって、早速破れ提灯の裂け目を直しにかかる。

 ど真ん中を半分裂かれ、その他にも小さな破れが数カ所見られた。

 

「小さな破れは四角く切ったものを張るとして、問題はこの大きな裂け目だな」

 

 小男が糊を溶いている間、高志は首を捻って考えた。

 真横に細長く一本貼ったのでは、あまりかっこいいとはいえないだろう。

 

「ここは長さ違いのクロスといきますか」

 

 傷にあわせて切った長さの違う長方形をバッテンにして貼り、大きな裂け目には太めに切った長方形を少しずれたバッテンにして貼りつけた。

 

「なかなかいい」

 

 屋号さえ読み取れないほど古い提灯に、桜色のバッテンが散りばめられた。

 

「この提灯、もはや接ぎ当てだな」

 

「デザイナーになれるかも」

 

「褒めたわけではないぞ?」

 

 小男はイマイチという顔をしていたが、高志はけっこういい線いってる、と本気で思った。

 

「乾くのに時間がかかるぞ。それまではぶら下げて歩け。湯の側では乾くのが遅くなるからな」

 

 乾くまでは絶対に提灯を膨らましたままでいろ、と小男はすっかり提灯職人気取りだ。

 背負ったリュックに柄を差し込むと、提灯を背中でぶらぶらさせる形になるが、しばらくは我慢するしかないだろう。

 

「目を覚まして鈴から出てきたときに、酒がないとだだを捏ねられては、おまえが困るだろう?」

 

 そういって小男は、朝早くに汲んできたのだと、酒の入った小さな瓢箪を持たせてくれた。

 本当はすずが喜ぶ顔を見たかっただけだろうと、高志は顔を背けて少し笑った。

 

「気をつけていけよ。枝の結び目を探すんだぞ。あとは今夜にも花開きそうな蕾をつけた、桜の木が固まっているところさがせ。花見の桜は、宴と共に花開くそうだからな」

 

「うん。探してみるよ」

 

 声がやっと届くほどに離れても、小男はまだ手を振っている。

 

「天狗には気をつけろ!」

 

「気をつけるよ。ありがとう!」

 

「すずに怪我をさせるなよ!」

 

「……はいはい」

 

 結局はそこに収まる。少しは生身の人間の心配もして欲しいものだと、高志はひとり肩をすくめた。

 

 

 日が昇ったとはいえ、木々に覆われた朝の森には、まだ夜の冷え冷えとした空気が残っていて、歩いていなければ鳥肌が立ちそうなほどだ。

 人の目の高さほどに有るという結び目を探しながら歩いても、見渡す限り木の枝だらけで、たとえそこに結び目があっても見逃してしまいそうだ。

 

 木々の隙間をぬって光が差し込むほど日が高くなると、高志は額の汗を何度も拭いながら前へと進んだ。

 小男が持たせてくれた水の入った瓢箪に口を付けると、口に入れた水分でどっと汗が吹き出る。

 

「絶対に見つけるぞ。三ヶ月足止めされたら、死ぬ前に留年しちまう」

 

「命より留年の心配か?」

 

 いつの間にか横に、すずが立っていた。

 

「やっと目が覚めたの? 二日酔いだろ?」

 

「とっくに目覚めていたわ。ここからは道の勾配が緩くなるからな、少しくらいは歩いてやろうと思っただけだ」

 

「急勾配の道を登るのが嫌だから、姿を現さなかったのか?」

 

「そうだが、別に負んぶとはいっていない。鈴ひとつ持って歩くくらい何ということはないだろうが?」

 

「まあね、気分の問題だけど」

 

「その提灯、なおしてやったのか? まだ糊が乾いておらんようだが」

 

「乾くには時間がかかるらしいよ。ほとんど乾いただろ」

 

 ふんと鼻膨らませてすずは横を向く。

 

「この広い山々の中を網の目のように走る獣道を、端から調べるわけではないだろうな? 獣道ならよいが、この山は他と違って天狗道もあるかもしれんぞ?」

 

 天狗のことは忘れようとしているのに、わざとだ。絶対わざといってる。

 

「ところで酒は持ってこなかったのか?」

 

「ない!」

 

 すずを置いてどんどん歩き始めた高志は、他の木々より頭一つ背の高い杉の木を見つけて立ち止まった。

 

「高い所からなら、桜の木が見えるかな?」

 

 今夜満開になる開花直前の蕾なら、遠目にもそこだけが桃色に薄く染まって見えるのではないかと高志は思った。

 

「どうしたのだ?」

 

 のんびり後をおってきたすずがいう。

 

「この木に登ってみようと思う。今にも咲きそうな桜の木が目印だから」

 

「たまには、まともな方法を思いつくのだな」

 

「わかったから、昇ったらすずも一緒に探してくれよ」

 

 そういって横を見たときには、すでにすずの姿はなかった。

 

「まったくもう、木登りはしたくないってか?」

 

 鈴に籠もった、すずの返事はない。

 

「仕方ない、登るか」

 

 大きい杉だけあって、幹もそれなりに太かったが、手の届くあたりに枝が張っていた。それに手をかけ折れた枝の根元を足がかりにして登りはじめた。

 

「木登りなんて、小学生以来だ」

 

 子供の頃は校庭の立ち木に登って、よく先生に怒られた。

 リュックからぶらさがっている、提灯を枝に引っかけないように登るのは、思いのほか骨が折れたが、せっかく直したのだから傷つけたくはない。

 そんなこんなで、かなり無駄な力を浪費して、やっとの思いでまわりの木々より高い場所まで辿り着いた。

 山のあちらこちらで桜が、桃色の花を満開につけているのが見えた。

 

「満開の桜は目当ての場所じゃない。うっすらと色をつけて見えるところを探さないと」

 

 上まで登り切ったというのに、桜の蕾を探すことさえ手伝う気がないのか、すずは姿を現さなかった。

 

「冷たいやつだよな。御湯番さんには悪いけど、あれはぼくが吞んでやる」

 

 腹いせに瓢箪の酒を吞みきってやろうと、高志が喉を鳴らして笑ったとき、手をかけている枝に燦々と降り注いでいた日の光が、すーっと流れる影に遮られた。

 

「雲ってきたのかな?」

 

 高志は影を落とす上空をみた。

 その刹那、シャツの背をを引きちぎらんばかりの勢いで掴まれ、高志は杉の木から引き離された。

 シャツで首が絞まらぬよう両手で押さえても、細々としか通らない酸素は、次第に高志の意識を遠のかせる。

 

――空を飛んでいる、いや、落ちているのか?

 

 眼下に絨毯のように広がる、山の木々を見たような気がした。

 これを最後に高志の意識は完全に途絶え、暗い闇へと落ちていった。

 

 高志が空へ舞い上がったその時、枝に柄を引っかけられて、真逆に下へと落ちていくものがあった。

 桃色のバッテンを、いくつも接ぎ当てられた提灯だった。

 幾つもの枝をすり抜け柔らかな地面に落ちたそれは、新たな傷を負うことなくころりと転がった。

 

 

 同じ時、森の中を小さな足音を立てながら、小走りに行く者がいた。

 いつも目印にしている杉の大木を見つけて、これまたいつものようにその木肌を両手で撫でていると、背後でごそりと音がした。

 

「天狗の子よ、手を貸してくれないか」

 

 驚いて跳ね上がったのは子天狗のテンテンで、その目の前にいたのは若い男。生成り色の地に、桃色のばつの字模様がはいった浴衣を着ている。

 

「あんた、誰だ!」

 

 震える声で子天狗が問うと、若い男は名は無いといった。主人と決めた者とはぐれてしまったのだと。

 

「天狗の子よ、酒を吞みにいって会った人の子を覚えているか?」

 

「あぁ、覚えているともさ。にいちゃんは知り合いなのか? 人の子じゃないよな?」

 

 若い男は小さく頷く。

 

「あの男は、わたしの知人だ。昔から知っていて、助けなければならなかったのに、真逆のことをしてしまった。だから、今度はわたしが助けなければならないのだよ」

 

「あいつがどうかしたの?」

 

「攫われた」

 

 テンテンがびくりとして、面をつけた顔を跳ね上げる。

 

「だ、誰に?」

 

「天狗だ」

 

 テンテンの肩がわなわなと震え、面の下から涙が零れる。

 

「殺されちゃう。おらこっそり聞いたんだ。あの人の子の目玉には苦緑神清丸の力が宿っているから、その目をえぐり出せば力を奪えるって。人ならぬ者を見ることができなければ、その助けを得ることもできないだろうって」

 

 テンテンは、しゃがみ込んで嗚咽をもらす。

 

「でも見つからなければ大丈夫だって思っていたから、だから今日だってのんびり春きのこを採って」

 

「泣くな、おまえのせいではないよ。わたしは自力ではここからそう遠くへはいけない。この提灯を持って、わたしを運んで欲しいのだよ」

 

 しゃくり上げているテンテンの頭を、若い男の手が優しく撫でる。

 

「今夜中に四季神様に会えず、ここに三ヶ月の足止めをくらえば、天狗に目をくり抜かれるまでもなく死んでしまうだろう」

 

「あいつが、死ぬのか?」

 

 若い男はゆっくりと頷く。

 鼻水をすすりながら、それでもテンテンは小さな拳を握って立ち上がった。

 

「どこへいけばいい?」

 

「小天狗には、辛い仕事になるよ」

 

 テンテンは、強く頷いて顔を上げる。

 

「連れて行ってくれ。天上天狗のもとへ」

 

 生成り色の地に、桃色のばつの字模様のはいった浴衣を着た若い男の姿が、吸い込まれるように提灯の中へと消えていった。

 

 

 

 

 




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