貧乏神の遠足   作:紅野生成

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7 地主神と、鈴の鼻水と

 山間に佇むような村に立ちよった。 

 

  リン

 

「うわ、びっくりさせるなよ」

 

 昨日は姿を見せるどころか、どんなに揺らしても悪態をついてもチンとも鳴らなかったすずが、高志のシャツの裾をぎゅっと握って立っていた。

 

「放せよ暑いんだから。まったく気まぐれにでてきてどういう……」

 

 高志が途中で言葉を切ったのは、すずの丸い瞳いっぱいに涙が溜まっていたから。

 

  ぐずり

 

 すすり上げても追いつかなかったらしく、片方の鼻から鼻水が垂れている。

 

 一点を見つめるすずは、涙を零すまいとしているのか瞬きひとつしない。

 

「きったないから、鼻かめよ」

 

 ティッシュをだそうとしたとたん、すずの姿がすいと消えた。

 

「勝手だなぁ」

 

 すずが目をやっていた場所をみると、バス停に老人の姿があった。

 

 色あせたチェック柄のシャツを着て、薄茶色の大きなリュックを背負い、バス停の小さなベンチに座っていた。

 バスが来るまで数分の時間、高志は老人の横に座らせてもらおうと思った。

 

  リン

 

 鈴の音がひとつ鳴った。

 

 その音で高志に気づいたかのように横を見た老人は、自分のことを地主神だと名乗った。

 高志はその言葉を素直に聞き入れ、こう問うた。

 

「どちらの地主神様なのですか?」

 

 少し俯きながら、老人はまるで大地に語りかけるかのような、しんしんとした声で語りはじめた。

 

 

 私がいた土地は、昔は村がぽつりぽつりと点在するところでした。

 貧しくとも季節の折には祭りが執り行われ、子供たちが野を駆け回り、それは賑やかなものでした。

 

 でもね、文明は良くも悪くも、人々を野山から引き離しますでしょう? 最後まで残っていた老人たちも、時の流れの中ひとり、またひとりと天に昇っていきました。

 

 人の営みの無くなった土地にはゴミが捨てられるようになり、森を守る木々も端から伐採されましてね。

 人が居なくなり荒れ果てた土地に、地主神は必要ないのです。

 

 だから、懐かしい産土を胸にさげて旅に出ました。

 

 風の便りに、あの土地にはゴミが埋められると聞きました。

 地主神が出ていったあとの土地は、荒廃するものと決まっております。

 さみしいものです。

 

 わたしは旅にでて外の世界を見たかったですし、今までお世話になった他所の地主神様たちにもいっぺん会って、お礼をいいたかったのです。

 なにしろわたしは地主神ですから、あの土地を一歩も離れたことがなかったので。

 

 え? 神様同士は知り合いなのかとお聞きになる。

 はいそうですよ。全てとはいきませんがね。

 

 たとえばこの土地に産まれて住んでいる人や、新しくやってきた人がお参りに来るでしょう?

 

「地主神さん、ここに住まわしてもらいますから、よろしく頼みます」

 

 とかなんとか。

 

 そしてその人が他の土地に移り住むことになりますと、その人は新しい土地でまたお参りしますよね。

 

「こちらに越してきましたので、どうぞよろしく」

 

 するとあっちとこっちの神様が、ぴーっとつながるわけですよ。

 

「ここの者がそちらに行きましたから、よろしくお頼み申します」

 

「今来た者ですな、心得ました」 

 

 という感じです。

 

 まぁ、今ではそんな風に地主神に礼を尽くす御仁も少ないですが。

 

 はいはい、旅が終わったらどうするのかと?

 

 この旅が終わるというより、最後のひとつまみを撒いたら、わたしは消えますでしょう。

 撒くのは、この胸の小袋に入れた産土です。

 わたしが土地神として、長い時代を過ごした大切な土地の土です。

 これはねぇ、他の神様のおわす土地に入ったら、挨拶がわりに己の土地の土をひとつまみ撒かせていただくのです。

 わたしの土地は、これほど豊かな土地でありました、と。

 

 ですからこの旅、どこまで足を伸ばせるかわたしにもわかりません。

 

 おっと、そろそろわたしはこの辺りで失礼を。

 

 この先の稲荷神社に顔を出しますので。

 

 はいはい、どうして神なのに人であるあなたに丁寧に語るのかと?

 

 神はもっと偉い存在ではないかとおっしゃるのですね。

 まあ、人の身では触れられぬ御神体もございましょう。

 でもここは、万物に神が宿る国ですから。

 神はいつの時代も、人と共に歩いてきたのですよ。

 

 いずれ忘れられる身だとしても、今までわたしを参ってくれた数多の人々を忘れることはありません。

 この身に積もった古人たちの想いに報いるため、礼をもって人に接するのです。

 人の思いが存在に名を付けたのが、数多おわす神々なのですから。

 

 なになに、あなたも旅の途中ですか。

 わたしの旅は終えるための旅ですが、あなたの旅は先へと続いていく旅。

 

 大抵の人間は、その短い人生をうずくまったまま過ごしたことに、老年になって気づくものだけれど、あなたはもっと早くに気づけそうですね。

 あなたを取り巻く多くの想いを、無駄にしてはいけませんよ。

 

 心に留め置くことはただひとつ。

 棺桶に入るとき、やらなかったことを後悔しない生き方をなさい。

 

 おやおや、無駄話が過ぎましたな。

 

 話を聞いてくれたお礼に、旅先でおもしろいものでも見つけたら、便りでもだしましょう。

 

 では、

 

 さようなら。

 

   




 
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