南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第十条「任せることにも責任は伴う」

 戦うことを恐れたことはなかった。

 敵を倒すことは必要なことだと信じていた。いつか敵によって沈められることもあるだろうとも思っていた。それも別段構わなかった。戦いとはそういうものだと割り切っていたからだ。

 ただ、自分の戦いが無意味であることだけは恐ろしかった。何の意味もなく倒し倒される――そんな馬鹿なことはない。

 肉食獣は生きるために他の動物を倒す。

 では、自分たちは何のために相手を倒すのか。

 乗艦する人間たちに問いかけたかったが、あの頃自分にはそうする術がなかった。

 だから、信じるしかなかった。

 自分と仲間たちの戦いが――決して無意味なんかじゃないということを。

 

 

 

 白昼夢のようだった。

 甲板の上でぼーっと立ったまま、どこかの誰かの記憶を垣間見ていたような気がする。

 

「どうかした?」

 

 隣にいた叢雲が気遣うような声をかけてきた。

 

「……いや、ちょっと呆けてただけだ」

「疲れてるんじゃない? 少し休んでたら?」

「大丈夫だよ。それにほら、もう見えてきたみたいだ」

 

 前方に島影が見えてきた。トラック諸島だ。

 今回はここを経由して横須賀に向かう手筈になっている。ショートランドだけでなく、他の南方拠点の艦隊も一旦ここに集結することになっていた。

 

 

 

「やあショートランドの皆、ようこそトラック泊地へ」

 

 出迎えに来たのか、埠頭まで仁兵衛が顔を出した。

 

「お邪魔するよ仁兵衛。他の皆さんもお元気そうで」

 

 仁兵衛の周囲には、秘書艦の朝潮をはじめとして大淀や金剛たちの姿があった。うちの朝潮・大淀・金剛とはよく似ているが細かいところが異なっている。ベースとなる艦の御魂は共通しているが、受肉する際に依代や契約者たる提督の影響を受けてそれぞれ個性が出るようになっているのではないか、という説があるらしい。

 そんな中、うちにはいない艦娘の姿が目に留まった。視線が合ったことに気づいた彼女は、丁寧にお辞儀をしてくる。こちらも頭を下げた。

 

 ……彼女が大和型戦艦一番艦、大和か。

 

 軍艦についての知識がまるでなかった頃から名前は知っていた。戦後に生きる日本人にとっては、日本の戦艦の代表格である。

 大和の依代である艤装は、かつて大規模戦闘で深海棲艦が落とした分があるだけらしい。当時存在すらしていなかったうちには回ってくるはずもなく、契約しようにもできないという状況が続いている。

 ふと視線を感じた。

 どうやら長門と武蔵も大和の方を見ていたらしい。二人ともそれぞれ思うところがありそうな顔をしている。

 

「お疲れのところ申し訳ないが簡単に状況説明をしておきたい。ブリーフィングルームへ来てもらえるかな」

 

 仁兵衛の提案に頷く。こちらとしても遊びに来たわけではない。のんびり歓談している場合ではなかった。

 先導する仁兵衛たちの後についていく。

 トラック泊地はかつての戦で南方の重要拠点として扱われていたらしい。今も本土はここを重要視しているようで、同じ『泊地』でもショートランドとは大分趣が違う。設備がとても充実していた。

 艦娘たちの私生活を行うために複数の寮が建てられている。工廠も先日改修を終えたばかりのショートランドの工廠と同程度のものがあった。他にも複数の演習場や司令部棟など様々な建物があるらしかった。

 うちはというと艦娘たちは大部屋で寝泊まりしている。いくつか部屋は分かれているが、寮といえるほどきちんとした建物にはなっていない。司令部棟と呼べるようなものもなかった。執務室は前より多少綺麗になったが、相変わらず小屋である。

 

「なんだ新八郎、そんな妬ましそうにうちの施設を見て」

「……別に羨ましいわけじゃないぞ」

「なんだ、羨ましいのか。はっはっは」

 

 笑って流す仁兵衛。

 

「……みっともないからあんまりキョロキョロしないでよ」

「はい、すみません」

 

 叢雲に窘められて大人しく視線を前方に集中させる。叢雲は怒らせると怖い。

 やがて辿り着いたブリーフィングルームで、仁兵衛は簡単な状況説明をしてくれた。

 霧の艦隊と呼ばれる者たちが、今度は小笠原諸島沖に出現した。そのためトラック泊地に集結した南方拠点の艦隊は東京まで行かず直接小笠原諸島を目指すように――というのが大本営から出た指令らしい。

 

「現在三浦たちも南下中らしい。本土のゴタゴタ具合からすれば割と早く動いたなという感じだね」

「そんなにゴタゴタしてるのか」

「少数とは言え民間に被害が出たから、マスコミが勢いづいて政府批判中」

 

 それはそうだろうなと思う。

 東京にいる自分の身内は無事だったが、もし被害者になっていたら剛臣たちを非難せずにはいられなかったかもしれない。

 とはいえそれで動きが鈍って新たな被害が出たら意味がない。人々を守る立場というのは、立ち振る舞いも難しいものだ。

 

「まだリンガの艦隊が来てないし、彼らが到着したら即出発――というのも体力的にきついだろう。出発は早くて半日後ということで大本営と調整済みだ。しばらくは休んでくれ」

「ありがたい。少し調子が悪いみたいでな」

「新八郎は健康でいるときの方が少ないな。ちょっと身体鍛えた方がいいんじゃないか」

 

 仁兵衛が軽口を叩く。会議はこれで終わりということなのだろう。場の空気が少し柔らかくなった気がする。

 

「そういえばショートランドの叢雲君、先日送った本はどうだった?」

「なかなか面白かったわ。参考になりそうな話もいくつかあったし」

「ほう、叢雲は読書も嗜むのか。どういう本なんだ?」

 

 叢雲と仁兵衛の会話に興味を抱いたのか、長門が尋ねてきた。

 

「退役した海軍指揮官の戦術論をまとめたものよ」

「戦術論か。……それはどちらかというと提督が読んだ方が良いのではないか?」

 

 長門の言葉がぐさりと刺さる。

 

「……いや、私もそうは思っているんだけどね」

「僕と叢雲君が止めたのさ。新八郎はそういうことには向いていない」

 

 仁兵衛が助け船を出してくれた。正直あまり嬉しい言葉ではないが。

 

「新八郎は何に対しても慎重居士で決断が遅い。十の時間をかけて十の成果を出すタイプね。けど戦場では即断即決が求められる。状況はすぐ変わってしまうから、一の時間で一の成果を出す判断ができないと話にならない。だから、新八郎が戦術を学んだとしても深海棲艦との戦いでは全然役に立たないと思ったのよ」

「むしろ半端に知識を身につけて変に自分の意見を言い出したら周りの足を引っ張りかねないからねえ」

 

 二人揃って言いたい放題である。少しはマイルドにものを言うことを覚えて欲しい。

 

「おっと、気を悪くしないでくれ。あくまで戦術家には向いてないと思ってるだけだ。そういう風に新八郎に足りない部分は周囲が補ってあげればいい。周囲を上手く活用する力は、新八郎に十分備わっている」

「あれか。私は劉邦とか西郷従道みたいなのを目指せばいいのか」

「僕は、新八郎の本質は吉田松陰だと思っているがね」

 

 劉邦や西郷は部下の力を上手く活用するタイプの人間だった。

 一方、仁兵衛が語った吉田松陰というのは指揮官というよりは教育者としてのイメージが強い人だ。彼の教え子は歴史上に名を遺した者が多いが、松陰自身は生来純真過ぎたこともあって長く生きられなかった。

 そういう人に例えられるのは嬉しいようなやめてほしいような複雑な心境である。

 

「伊勢提督も歴史がお好きなんですね」

 

 私と仁兵衛の会話を聞いて、トラックの大和がクスクスと笑っていた。

 

「新八郎は手広く浅くといった感じかな。歴史そのものというか、歴史の中で生きた人間たちが好きなタイプだろう?」

「歴史というのは人間ドラマの蓄積物だと思っているからね」

 

 ちなみに仁兵衛は興味の持ったことを集中的に調べるタイプで――なおかつ本業は歴史作家である。

 元々民間の人間だという話は聞いていたが、作家だと知ったのは少し前のことだ。しかも作家としてのペンネームは私も知っているくらいの――著作物も何冊か持っているくらいの――ビッグネームである。

 仁兵衛は戦史ものを描きたいがために世界各地の戦略・戦術を独学で学んだそうで、それが指揮官としての能力に生かされている。民間出身であるにも関わらず南方拠点のとりまとめ役を任されているのは、その能力が机上のものではないと大本営が認めたからなのだろう。

 そういう経歴だけに、自衛隊出身の提督とは反りが合わないところもあるようだが――それは私がどうこう言う話ではあるまい。

 

「……しかし、叢雲は大変ではないのか? 通常の訓練に加えて戦術も学ばなければならないのは」

「そうでもないわよ。結構面白いし。なんだったら長門も勉強してみる?」

「今は己の練度を高めることに専念したいが……それが一段落したら学んでみるのも悪くはないかもしれない」

 

 長門は個の強さに執着しているのかと思っていたが、他の分野にも興味があるようだった。

 トップの私が指揮能力をろくに持たないので、戦略・戦術面に強いメンバーが増えるのはありがたかった。現状うちでそういうことを任せられるのは叢雲や金剛くらいだから、どうしても彼女たちに負担が集中してしまう。

 

 ……もし私に何かあっても、あの泊地が機能し続けられるような状態にするのが理想的ではあるが。

 

 泊地自体がまだまだ発展途上ということを考えると――道のりは険しそうだった。

 

 

 

 ある人物を探して、トラック泊地内を歩き回る。

 その人物は思ったよりも早く見つけることができた。

 

「大和さん」

 

 先ほどブリーフィングルームを出ていった彼女は、一人ベンチで休憩していた。

 

「あら、ショートランドの叢雲さん。どうかされたんですか?」

「以前助けてもらったときの御礼をまだしてなかったから」

 

 秋のアイアンボトムサウンドで、戦艦棲姫に追い詰められたときのことだ。

 あのときトラックと横須賀の大和たちが来てくれなければ、自分は沈んでいたかもしれない。

 

「気になさらないでください。私たちは命令に従っただけですから」

「それでも助けられたことに変わりはないわ。もし今回の戦いで私に何かできることがあったら言ってちょうだい」

「ありがとうございます。戦場では何が起きるか分かりませんし、何かあったときは頼みにさせてもらいますね」

 

 大和の言葉に頷く。

 所属こそ違うが、共に戦う仲間だ。信頼関係を築いて助け合わなければいけない。

 

「そちらの泊地にはまだ『大和』はいないんでしたっけ」

「ええ。今うちにいる大和型は武蔵だけよ」

 

 大和の艤装を建造するための研究はほぼ完了しているという話も聞くが、まだ詳しいことは分かっていない。

 もし大和も着任してくれるなら、どれほど心強いことか。

 

「……そういえば、トラックにも武蔵はいるのよね」

「ええ。不器用なところもありますが、優しい子ですよ。私のことをお姉ちゃんと呼んでくれないのは良くないと思いますけど」

 

 冗談めかして大和が笑った。

 大和は楽しそうに武蔵の話をしてくれた。着任してから今日に至るまでの様々な話を。

 話の断片から察するに、トラックの武蔵は長門とも仲良くやれているらしい。

 

「うちは長門さんたちの方がずっと先輩でしたから、私も武蔵も相当しごかれたんですよ。最初は嫌になったりすることもありましたけど――長門さんに悪意がないことは分かっていましたし、私たちが敵にやられて沈むようなことがないよう鍛えてくれてるんだって分かりましたので。訓練で初めて勝ったときにかけてもらった言葉は、今でもはっきりと覚えています」

 

 羨ましい話だった。うちの長門と武蔵に聞かせてやりたいくらいだ。

 思い切って、大和にうちの長門たちが抱えている問題について打ち明けてみる。

 

「……そうですか。そんなことに」

 

 こちらの話を聞いて、大和は表情を曇らせた。

 

「長門さんが武蔵さんに負けて悔しがっている――という話ならもう少し簡単なのですが。互いの考え方の問題になると難しいです。考え方というのは突き詰めてしまうと正解なんてありませんから。どちらかが正しくてどちらかが間違っている――ということはないんです」

 

 それはその通りだと思う。

 他者のために戦うことを良しとする長門も、己のために戦うことを良しとする武蔵も、どちらも間違いではないのだ。ただ、そういう考え方があるというだけの話である。

 

「……もしかすると、武蔵さんが『他者のために戦う』ということを嫌う理由は私にあるのかもしれません」

「大和さんに?」

「厳密には――私の大元となった、オリジナルの戦艦大和に、ですね」

 

 戦艦大和の最期は有名だった。坊ノ岬沖海戦。海上特攻。

 坊ノ岬沖海戦に至るまでには様々な人間の思惑があったのだろうが、後世の評価はお世辞にも高いとは言えない。当時からして作戦に対して批判があったくらいだ。あの戦いに意味はあったのか、無用な犠牲を払ったのではないか――という声も多い。

 

「うちの武蔵は、戦艦大和の最期を承服しかねると言って怒っていました」

「その気持ちは少し分かる気がするわ」

 

 自分の姉妹艦が無謀な作戦でいたずらに命を落としていた。現世で新たな生を受けたとき、その情報を得て最初に抱いたのは憤りだった。

 戦いを恐れていたわけではない。ただ、自分たちが命を賭して戦ったことには意味があって欲しかった。無意味な戦いで命を落としたのでは――何のために生まれて、何のために戦ってきたか分からないではないか。

 

「私自身もあの作戦には思うところがないわけではありませんが……自分のことですから、ある程度は割り切れているんです。ただ、武蔵からすると自分のことではないからこそ、逆に割り切れないみたいで」

 

 他人の都合に振り回されて、意味があるかどうか分からない戦いに駆り出されて沈んでいった。そういう身内がいたなら――確かに『誰かのために戦う』という行動理念を忌避するようになっても仕方がないのかもしれない。

 もっとも、そういう思いが根底にあるのだとしたら――。

 

「武蔵は、そういう目にあって欲しくないからこそ、人の行動理念にケチをつけてるって可能性もあるのかしら」

「きっとそうだと思います。そちらの武蔵さんも、うちの武蔵と同じで……優しくて不器用なんじゃないでしょうか」

 

 大和はそう言って、少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

 

 

 南方艦隊が集結し、急ぎ北上することになった。

 霧の艦隊は今のところ小笠原諸島近辺に現れただけで、島々に何かしようとする素振りはないという。

 

「だからと言って悠長に構えてもいられない。それに相手の正確な戦力も不明なままだ。本格的な戦いになる前に一度偵察をしておきたい」

 

 母艦の司令室に集まったメンバーに方針を伝える。

 

「ってことは、私たちの出番ね」

「ああ。イムヤ、危険な任務だがよろしく頼む」

「了解、任せておいて!」

「他のメンバーは待機だ。だがいつでも出撃できるよう準備はしておいてほしい」

 

 特に質問も出なかったので、そのまま解散ということになった。

 私は伊168の後についていく。出立する彼女たちを見送るためだ。

 甲板には既に他の潜水艦娘たち――伊58、伊19、伊8の姿があった。

 

「あ、てーとく! 見送り?」

「そんなところだ。ゴーヤ、無理はしないようにな。イクは突っ走らないように。ハチ、イムヤのサポートを頼む」

「大丈夫だよぉ!」

「倒せそうだったら積極的に倒していくのね!」

「大丈夫です、提督。きちんと二人は抑えますから」

 

 伊8の言葉が頼もしい。

 伊58と伊19も優秀な艦娘ではあるのだが、割と好戦的な部分があるので、こういう偵察任務のときは些か不安が残る。

 四人を見送って司令室に戻る途中、艦橋の端に腰かけている武蔵の姿が目に入った。その視線の先には、陸奥と歓談している長門の姿があった。

 

「どうかしたのか、そんなところで」

「提督か」

 

 武蔵はどことなくばつの悪そうな表情を浮かべている。

 

「……今更だが一つ聞いてもいいか?」

「ん、なんだい?」

「なぜ今回の援軍に長門を入れたんだ? まだあいつは未熟だ。未知の脅威たる霧の相手をするには不安要素が大きい」

 

 それはもっともな指摘だった。

 周囲に誰もいないことを確かめてから、武蔵の疑問に答える。

 

「正直なところ、今回長門を出撃させるつもりはない」

「ならば、なぜ連れてきた?」

「先々のことを見越してだよ。今すぐ戦力になるわけではないが、長門は何といっても戦前の日本海軍の象徴とも言える存在だ。いずれはうちの艦隊の中核を担うようになって欲しい。そのためには泊地以外の世界を知ってもらいたかった」

 

 多くのことを見聞きして、多くのことを経験して、それに挫折して、再び立ち上がって――それを繰り返しながら、皆の支柱となり得る存在になってもらいたい。

 

「期待されているのだな、長門は」

「他人事のように言うねえ。私は武蔵にも同等の期待をしているんだが」

「……私は、そういうことには向いておらんよ」

「そうは思わないけどな。他の誰かのように――とは言わない。ただ武蔵は武蔵なりのやり方で皆の支えになってくれればと思う」

 

 だからこそ、今回連れてきたのだ。

 

「長門は叢雲に触発されたのか、トラック泊地で各地の艦娘の話を聞いて回っていたそうだよ。普段どういう形で艦隊に貢献しているのか。戦うことだけがすべてではないと気付いたようだ」

「……私はトラックの武蔵と、少し話をしていた」

「何か、得るものはあったかな」

「まだよく分からんよ。戦って皆を勝利に導く。それがすべてだと思っていた。他のことは他の者に任せておけば良いと思っていたからな。ただ、それでは駄目だという気もする」

「……自分で任せると決めて任せたならそれでいい。ただ、何も考えず任せてしまうのは駄目だ。それで任せた相手が取り返しのつかない間違いを犯してしまったら、悔やんでも悔やみきれないからね。少なくとも今の武蔵は自分で考えて行動することができる。だったら――考えることをやめるのは駄目だ」

 

 言われて、武蔵は神妙な顔で頷いた。

 

「同じ武蔵でも、向こうの武蔵はいろいろと考えているのだという印象を受けた。人それぞれ、いろいろな考え方があるのだということもな」

「トラックに到着する前に言っていた『戦う理由』の件かい?」

「……」

 

 武蔵は曖昧に応じて、視線を再び長門に向ける。心なしか以前よりもその眼差しは柔らかくなっているように見えた。

 

 

 

 小笠原諸島が近づくにつれて、海を覆っている雰囲気が少しずつ変わっていくのが分かった。

 水上を移動する他の艦娘と違って、潜水艦娘は海中を移動することが多いからか海中の気配に対して敏感である。いかに見つからず敵を発見するかが潜水艦娘としての腕の見せどころだった。

 遠方に艦影が見える。艦娘や深海棲艦のものとは違う。実際の艦艇と同等の大きさだ。ただ、曇天模様の中、自分の存在を誇示するように全身から不気味な光を放っている。

 その周囲には、見慣れた姿もあった。

 深海棲艦だ。

 東京湾に霧が現れたときも深海棲艦たちは姿を見せていたらしい。霧と深海棲艦は協力関係にあるとみなされていた。

 

「イムヤ、どうするでち?」

「もう少し近づいてみよう。ただし攻撃は合図するまで厳禁だよ」

 

 深海棲艦はともかく、霧の艦隊はこちらの攻撃がまともに通らないと聞いている。横須賀の艦隊は特殊な攻撃でどうにか敵を撃退したらしいが、自分たちにそれはできない。

 ただ、伊168は撤退直前に一発撃っておくつもりでいた。敵の攻撃を誘発するための一撃だ。敵がどういう攻撃をするのか一度は見ておきたい。

 近づくにつれて霧の艦隊がまとっている雰囲気の異質さが浮き彫りになっていく。

 そこにあるのに、本当は存在していないかのような奇妙な印象を受ける。

 視線を艦橋に向ける。そこには、黒いコートで全身を覆っている金髪の少女の姿があった。

 

 ……艦娘?

 

 少し違うような気もする。アレはもっと別のものだ。根拠はないがそんな確信がある。

 その金髪の少女が――こちらを見た。

 ぞくりと全身が震えた。気のせいなどではない。見つかった。

 

「皆、急速潜航! 次いで一気に離脱するよ!」

「イ、イムヤ。ど、どうしたのね?」

「見つかったのよ! 急いで!」

 

 海中に潜り込み、全速力でその場を離れる。速度を出すなら潜らない方が良いのだが――水上に身を出していては即座にやられるという予感があった。

 海が揺れる。まるで地震が起きているような感じだ。

 思うように進めない。激流に飲み込まれそうだ。

 

「皆、飲み込まれたら終わりよ! 踏ん張って!」

「分かってる……! けど、きつい……!」

 

 伊8が苦しそうに応える。これまで深海棲艦とは何度も戦ったが、こんな経験を味わったことはなかった。

 不意に、先ほどまでのものよりも一際強い予感がした。

 

「皆、浮上して! 早く!」

「ふ、浮上!?」

「言ってること無茶苦茶なのね!」

「浮上したらやられるんじゃ……」

「いいから、早く!」

 

 急ぎ浮上し――そこで伊168は、海が割れるのを見た。

 霧の艦艇は、その全身が砲塔であるかのように変形していた。

 その先は、自分たちが少し前までいた場所だ。そこに何らかの力場が生じている。

 

「……少し遅れていたら、あの力場の中に閉じ込められてたかもしれない」

「閉じ込められてたら……ああ、いや、言わなくていいや。砲塔が向けられてる時点で察しはつく」

 

 捕捉した敵を力場でロックオンして砲撃を放つ――そういう類の兵装だろう。

 敵を見失ったことに気づいたのか、霧はそのまま艦を元の形に戻した。どれくらいの威力なのか見ておきたい気もしたが、推測が当たっているなら犠牲なしで見るのは難しいだろう。

 

「それじゃ逃げるよ――イムヤ?」

 

 伊8の言葉に、伊168は頷かなかった。

 

「あ、やばい。イムヤやる気になってるのね」

「ええ……よりによってこのタイミングで?」

「――そうね。撤退するのは大前提だけど、その前にやっぱり一撃お見舞いしておかないと気が済まなくなったわ」

 

 敵の威容を見せつけられてそのまま逃げ帰ったのでは、艦娘としての矜持にかかわる。

 艦娘侮るべからず。その記憶を刻み付けてやらなければ気が済まない。

 

「普段臆病なくせに、追い詰められると俄然やる気出すのがイムヤの怖いところでち」

 

 呆れたように言う伊58に、伊168は不敵な笑みを返した。

 

「怖いなら帰ってもいいけど?」

「……冗談言わないでよね。元々ゴーヤはやる気満々でち」

「ああ、これもう止められない流れじゃない」

 

 伊8が頭を抱える。

 

「仕方ない、さっさとぶちかまして逃げるわよ」

「はっちゃんのそういう切り替えの早いところ、イクは結構好きなのね」

「言ってなさい。イムヤ、どうすんの?」

「敵はまだ警戒してるだろうし、さっきの反応からすると半端な隠れ方じゃすぐに見つかって終わる」

 

 つまり。

「……やるなら、予想外のところからの速攻ね」

 

 

 

 敵の姿が見えなくなった。

 一瞬検知したあの姿は――艦娘と呼ばれる者たちのようだった。

 海中に潜っていたことを考えると、おそらく潜水艦なのだろう。

 艦娘は人間と同程度の大きさというのが最大の特徴だ。端的に言ってしまえば、小さくて捕捉しにくい。

 

『逃げられたようだな、ハルナ』

 

 同型艦であるキリシマが声をかけてきた。

 

「どうだろう。まだ逃げたかどうかは分からない」

『逃げたに決まっている。彼我の戦力差は十分理解したはずだ』

 

 確かに、単純な戦力としては相当な開きがある。普通ならもう逃げ出しているところだろう。

 逃げたという確証を得られなかったので警戒し続けていたが――そろそろ解いても良いかもしれない。

 そう思った矢先、センサーに反応があった。魚雷だ。

 

「……まだ逃げていなかったみたいだ」

『こちらでも検知した。これは……!』

 

 魚雷は真下から垂直に放たれていた。

 真っ直ぐに突き上げられた魚雷は、自分やキリシマの身体を掠めて外れた。

 否。外れたのではなく――その先にいた深海棲艦の集団に直撃した。

 次々と魚雷に被弾して沈んでいく深海棲艦たちが、海を揺り動かす。

 

『ハルナ、連中の場所は――』

「深海棲艦が邪魔で精度が落ちている。上手く拾えないかもしれない」

 

 結局、仕掛けてきた艦娘たちを捕捉することはできなかった。

 逃げたと思っていた敵に引っぱたかれて、今度こそまんまと逃げられた、ということになる。

 

『くそっ、やってくれるじゃないか……!』

 

 言葉とは裏腹に、キリシマの言葉は嬉しそうだった。

 

「……艦娘か」

 

 東京湾でも霧の艦隊を退けたという――かつての軍艦の魂を宿して戦う少女たち。

 かつての軍艦の形を模している自分たちとは対極の存在とも言える。

 

「興味深い」

 

 おそらく艦娘たちはまたやって来るだろう。

 少しだけ、それが待ち遠しかった。


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