南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第十一条「相手には相手の考えがあることを忘れるな」

 

「つまり……敵に見つかり、喧嘩を売って帰ってきたと」

 

 こちらの重苦しい言葉に、伊168たちが目を逸らす。

 偵察から戻ってきた彼女たちの報告は、吉とすべきか凶とすべきか迷うところだった。

 

「まあ、こちらが弱腰でないと見て、相手が慎重に動くようになる可能性もあるか」

「そ、そうよ。それを見越しての対応だったんだから!」

「ただ、敵の警戒は強まっただろうね」

「……」

 

 四人が揃って項垂れる。

 横にいた叢雲が脇腹を小突いてきた。もうそろそろ勘弁してやれ、ということらしい。

 

「この状況は一長一短とも言える。なら長じているところを活かすよう作戦を立てればいい。そういう意味では『よくやってくれた』と言いたい。けど、あまり無茶をして心配をかけさせないでくれ。……それじゃ、今日は解散だ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げながら退室する伊168たちを見送る。あの様子だと、あとで少しフォローしておいた方が良いかもしれない。

 今後の方針を仁兵衛に相談しようとしたところ、ちょうど向こうから連絡が入った。

 

『あと三十分で三浦たちと合流する。各艦隊の主要メンバーは三浦のところの母艦――三笠に集合しろ、とのことだ』

 

 情報を整理しつつ出かける準備をしていたら三十分はあっという間だった。

 叢雲一人を伴って三笠――かつての戦艦の名を有する横須賀艦隊の母艦――に移動する。

 乗艦したこちらを出迎えたのは、剛臣と二人の少女だった。青白い色の髪を腰元まで伸ばした小柄な少女と、白衣を身にまとった眼鏡の少女。二人が持つ雰囲気は、どことなく常人のそれとは違っているように見えた。

 

「彼女たちが協力者ってやつか?」

 

 一緒に移動してきた仁兵衛が剛臣に尋ねた。

 

「そうだ。イオナ、ヒュウガという」

「人間でも艦娘でもなさそうだね。向こうの……霧の事情に通じているってことは、彼女たちも霧ってことかな」

「そうだ」

 

 仁兵衛の推測を剛臣が肯定すると、場の空気が若干強張ったような気がした。

 皆、その可能性については考えていたのだろう。驚いている様子の者はいない。

 

「霧って一括りにされて警戒されるのは心外ですけどね。貴方たち人間だって別に一枚岩じゃないでしょうに」

 

 そこでヒュウガと呼ばれた眼鏡の少女が口を開いた。

 

「気を悪くしないでくれ、ヒュウガ君。ここに集まった皆はまだ君たちのことをよく知らない。まずは説明をお願いできるかな」

「分かったわ」

 

 コホンと咳ばらいをして、ヒュウガが提督一同に霧についての説明を始める。

 

「さっき三浦提督が言ったように私とこちらのイオナ姉様は霧の一員よ。と言っても、人類と交戦状態にある一派とは別の一派。同じように扱わないように」

「では、君たちの目的は?」

 

 仁兵衛の問いを受けて、ヒュウガは傍らのイオナに視線を向けた。

 イオナが一歩前に出る。どうやら主導権を握っているのはヒュウガではなくイオナの方らしい。

 

「私たちの目的はこの状況の収束。具体的にいうと、私たち自身を含めた霧の――この海からの撤退」

「撤退?」

「私たちはアドミラリティ・コードの命を元に活動方針を決定する。しかし今回はアドミラリティ・コードの命もないまま突然起動してしまった。これは本来あり得ないこと」

「アドミラリティ・コードというのは彼女たち霧にとって絶対たるものらしい。詳しいことは彼女たち自身もよく分かっていないそうだが、艦娘にとっての提督のようなものだそうだ」

 

 三浦が補足する。

 つまり、今の霧は提督もいないのに勝手に受肉してしまった艦娘のようなものか。

 

「私やイオナ姉様はまた眠りにつこうとしたんだけど、一部の霧はなぜかこの状況がお気に召さなかったみたいで、深海棲艦と組んで人類に喧嘩を売り始めたのよね。霧に対して通常兵器は効かないし、このまま放っておいたらバランスが悪いから、やむなくそちらに協力することにしたってわけ」

 

 イオナやヒュウガの事情は分かった。

 それだけで信頼できるかどうかと言われたら正直かなり微妙なところだが――横須賀の艦隊と協力して霧を迎撃したという実績も込みで考えるなら信じられそうだった。

 

「霧に通常兵器が効かないという点について詳しく聞きたいな」

 

 仁兵衛が矢継ぎ早に質問を続ける。イオナたちが信用できるかどうかではなく、どうやって敵の霧を倒すか、ということに集中しているようだった。

 

「霧の艦隊は、物理的なエネルギーを蓄積して放出・吸収する特殊な装甲を持っている。当然蓄積量に限度はあるけど、人類の通常兵器でそこまでのダメージを与えるのは現実的じゃない。その前に沈められる」

 

 イオナが丁寧に解説してくれた。内容はこちらにも理解できるものだったが――聞くだけで頭が痛くなるような話である。そんな無茶苦茶な防御をどうやって突破しろというのだ。

 

「あー、若干絶望してるみたいだけど問題ないわよ。艦娘の装備でも突破できるよう細工できるから」

 

 ヒュウガがあっさりと言った。思わず剛臣の方を見ると、力強く頷いてくれた。どうやらこの点については実証済みらしい。

 

「ただ、攻撃についてはともかく防御についてはフォローできないからそこはなんとかしてもらうしかないわ」

「んー、なるほど。……新八郎、その辺りはどう思う?」

 

 突然仁兵衛が話を振って来た。おそらく伊168たちの戦闘報告を受けてのコメントが欲しいのだろう。

 

「うちの子たちは直接敵の攻撃を見たわけじゃないから正確なことは分からないが……どうやら標的を捕捉して放つタイプの砲撃があるらしい。霧の艦隊自身が砲塔のように変形したと言っていた。砲撃準備の段階で海を割っていたとも聞いている。幸いうちの子たちは捕捉される前に避けられたが――もし捕捉されて撃たれていたら無事ではなかったろう」

「おそらくそれは超重力砲ね。だとしたらその推測は正しい。超重力砲の直撃を受けたら霧の艦隊も無事では済まない。必殺の兵器だと思っていた方が無難よ」

 

 ヒュウガのコメントに肝が冷えるような感じがした。

 伊168たちが無事戻ってきて良かったと思うのと同時に――そんな威力の兵装を持つ相手にこれからまた挑むことへ恐怖を覚える。

 

「相手に捕捉されなければ良いのよね。だったら勝ち目は十分にあるわ」

 

 傍らの叢雲が淡々と言った。こちらの不安を感じ取って励ましてくれたのかもしれない。

 

「ご明察。超重力砲は捕捉されなければ特に問題じゃない。それに捕捉されても実際に撃たれるまでは若干のタイムラグがあるし、その間割と隙だらけになるのよ。だから多対一の状況に持ち込めばそこまで脅威ではないわ」

「他の兵装について注意すべきものはあるかな」

「いずれも直撃すればかなりの被害が出るでしょうけど、艦娘なら耐えられると思うわよ。火力に関しては貴方たちが秋に遭遇したとかいう戦艦棲姫と同等だし」

「……あれと同等か」

 

 仁兵衛が若干苦い顔つきになる。データ上は耐えられるかもしれないが、一発でも直撃したら戦力外だろう。

 

「勝ち目があるなら挑まぬわけにはいくまい」

 

 剛臣が言うと、ヒュウガは大きく頷いた。

 

「確かに相手は強大かもしれない。けどこっちは数で勝ってる。戦略というものも立てられる。十分勝機はあるわ」

「……私たち霧は戦略・戦術について十分な学習ができていない。その点では人類側にアドバンテージがある」

 

 イオナとヒュウガの言葉で、提督たちの表情から恐れがなくなっていった。いずれも今日まで艦娘たちと共に戦い続けてきたのだ。ここで尻尾を巻いて逃げ出すような者はいないのだろう。

 

「――作戦を思いついたが、立案しても良いかな」

 

 仁兵衛が挙手をした。反対する者がいないことを確認してから、仁兵衛は前に出てホワイトボードに敵艦隊を書き込んでいく。

 

「偵察部隊からの報告だと、連中は霧の戦艦二隻に重巡一隻を中心に構成されている。他は全部深海棲艦だ。幸い空母の数は少ないようだから、最初に空母部隊による先制攻撃で深海棲艦を蹴散らす。その後に二艦隊が正面から霧に対して挑む」

「……正面から?」

 

 剛臣が疑問を口にする。真っ向勝負はかなりリスキーではないか。

 

「この正面突破部隊の仕事は残った深海棲艦の撃破と囮だ。霧の連中に本命だと思わせて、超重力砲を撃つよう誘い出す。そうすれば隙だらけになるという認識でいいんだね、ヒュウガ君」

「ええ。演算能力の大半を『撃つ』ことに持っていかれる。その間に横合いや背後から急襲を受ければひとたまりもないわ」

 

 仁兵衛は頷くと、霧の艦隊の横合いに矢印を追記した。

 

「囮部隊が敵を引き付けたら一気に叩く。敵に気づかれないよう超長距離からの攻撃が必要になる。囮部隊も奇襲部隊も今回は大型艦を中心に構成した方が良いだろうね」

 

 一通り作戦の流れを説明し、仁兵衛は周囲を見回した。

 

「――異論は?」

「……それでいこう」

 

 剛臣が頷くと、他の提督たちもそれに続いた。こちらとしても異論はない。

 

「それで、囮部隊はどうする。うちから出すか?」

「華の横須賀艦隊なら囮としてはうってつけだが、今回は奇襲側に回ってくれ。一度霧と相対した経験で敵を一気呵成に仕留めて欲しい」

「心得た。では他のところから出してもらう必要があるが――」

 

 剛臣が提督一同を見るが、立候補する者はいなかった。自分たちの艦隊をみすみす危険な目に合わせたい者はいないだろう。

 

「ま、言い出しっぺだし一艦隊分はこっちから出すよ。けど戦艦級の霧が二隻だから、もう一艦隊は欲しいところだ」

 

 仁兵衛の言うことはもっともだが、それでも名乗りを上げる声はなかった。

 自分としても危険なことはさせたくない。仁兵衛には悪いが、ここは沈黙に徹することにしよう――。

 

「……」

 

 仁兵衛がやけにこちらを注視してくる。あれは期待の眼差しなのだろうか。やめてくれ。こちらはそんな重荷を背負えるほど大層な艦隊ではない。

 

「……新八郎。君のところは長門、陸奥、武蔵を連れて来ていたよな。主力艦隊ここにあり、と言わんばかりの面子だと思う」

「そ、そうだな」

「よし、それなら決まりだ」

「……」

 

 待て。こちらは一言もやるとは言っていない。

 

「ふむ。こうも期待されているのでは応えるしかないのではないか、提督」

「長門。今は黙ってなさい」

「なぜだ」

「……いや、もういい」

 

 ちらりと武蔵を見る。こういう形で囮を引き受けるのは一番嫌がりそうな気がしたからだ。

 

「囮か。正直あまり良い気分ではないな」

 

 こちらの視線に気づいたのか、武蔵はふんと鼻を鳴らした。

 

「だが正面から挑むというのは別に嫌いではない。……毛利仁兵衛。霧の艦隊、別に我々が倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 武蔵の挑発的な笑みを受けて、仁兵衛は「もちろん」と返した。

 

「……胃が痛い」

「胃薬常備した方が良いかもね」

 

 叢雲がやや同情するように言った。

 

 

 

 作戦会議が終わってからすぐに出撃準備が始まった。

 囮部隊のメンバーに割り当てられた一室に集まったのは、トラックの大和・扶桑・山城・北上・大井・木曾、そしてショートランドの武蔵・長門・陸奥・古鷹・妙高・加賀である。

 

「私は今回出撃しなくていいのかしら?」

 

 新八郎に確認すると、彼は少し困ったような表情を浮かべた。

 

「……もしかして怒ってる?」

「いえ、ただ疑問に思っただけよ」

 

 外されるほどの失態をした覚えはない。ならどういう理由で外されたのか、知っておきたかった。

 

「今回は敵の目を引き付けるような大型艦、あるいは攻撃的な編成にする必要があった。その点駆逐艦は火力に乏しい」

 

 存外ずばっと言う男だった。

 言っていることはもっともなので何も言い返せない。

 

「……それじゃ、今回は後方支援かしらね」

「いや、叢雲は俺と一緒に作戦指揮をしてもらいたい」

「作戦指揮?」

「ああ。前線指揮官としての経験は十分積んでいるけど、後方からの指揮はしたことがないだろう? 叢雲には高い指揮官適性があると見ているから、いろいろな立場でそういう経験を積んでほしいと思っている」

 

 そう言われると悪い気はしない。仁兵衛から書物を借りていろいろ勉強しているのだ。その成果をここで見せようではないか。

 

「よろしくね、叢雲ちゃん」

 

 艤装の手入れをしながら古鷹が笑いかけてきた。

 心なしか視線が生暖かい気もするが、きっと気のせいだろう。

 

「提督。ちょっといいか」

 

 と、そこで武蔵がやって来た。少し込み入った話になりそうな気配を感じたので、少し距離を取る。

 周囲の様子を見ると、艤装を前にして微動だにしていない艦娘の姿が目に入った。

 

「長門」

 

 声をかけると、長門は若干強張った表情をこちらに向けてきた。

 緊張していることが丸分かりである。

 だが、考えてみれば本格的な実戦は今回が初めてだったはずだ。緊張するのも無理はない。

 

「準備はもうできてる? しっかりと準備しておかないと危ないわよ」

「ああ、それは分かっている。だが、どうにも落ち着かなくてな……。準備に集中できない。これではいかんと分かっているが」

「仕方ないわね。今回私は留守番だし、少し手伝ってあげるわ」

 

 戦艦の艤装でも簡単な整備くらいならできる。チェックポイントを一つ一つ見ながら長門の緊張をほぐそうと口を動かした。

 

「武蔵はああ言ってたけど、今回私たちの役割はあくまで囮よ。敵を倒そうとする振りは必要だけど、いざとなったら自分の身を守ることを最優先にしなさい」

「ああ。そこまで自分の力を過信しているわけではない。だが、逆に最初から守勢一辺倒の考え方で囮になるのかどうかが不安でな。消極的な姿勢だと敵に悟られたら、作戦に感づかれてしまうかもしれない」

「そういうのは他の連中に任せればいいのよ。艦隊の中で一人か二人くらい士気が上がりきらないのがいても、そこまで不自然じゃないもの」

「そういうものか」

「そういうものよ」

 

 長門の身体から少し力が抜けたように見えた。作戦についてあれこれと考え過ぎていたせいで力んでいたのかもしれない。そういうところは新八郎っぽいと思う。

 

「――いらぬことを心配するな。お前はお前自身のことだけ考えていればいい」

 

 いつから話を聞いていたのか、武蔵がこちらを見下ろしていた。

 長門と武蔵の視線がぶつかり合う。傍から見ていると冷や冷やする光景だった。

 

「作戦について思うところがあるなら提督に進言すればいい。進言しないなら提督を信じて戦えばいい。どっちつかずで一人うだうだ悩んで艤装の手入れも怠るのは職務放棄と変わらんぞ」

「……言われずとも分かっている」

「ならしっかりと準備しておけ。不測の事態についてのフォローはしてやるが、職務放棄のフォローはしてやらんからな」

 

 それだけ言って武蔵は去っていった。

 長門は釈然としない顔だ。

 しかし、これは――。

 

「今のって、もしかして武蔵なりの励ましだったのかしら」

「……かもしれん」

 

 長門は憮然とした面持ちでいた。

 

「言っていることは分かるけど、もう少し言い方というものがある――って顔してるわよ」

「……」

 

 長門はむすっとしたまま再び手入れを再開した。

 いろいろと思うところはあるようだったが、もう緊張はしてなさそうに見える。

 

 

 

 

「武蔵さん」

 

 三笠から出撃する直前に、トラックの大和が声をかけてきた。

 

「大和か。今回の作戦、よろしく頼む」

「こちらこそ。ふふ、本当はうちの武蔵も参加したがっていたんですよ」

「護衛艦隊に回されたのだったか。そちらも大事な役目だと思うがな」

「本格的な大規模作戦に参加する機会を逃した、と愚痴っていました」

 

 なるほど、自分が同じ立場であればやはり愚痴っていたかもしれない。

 細かいところで差異はあるものの、やはり根っこのところでは似てしまうものらしい。

 

「……大和。出撃前に一つ聞いてもいいだろうか」

「作戦行動についてですか?」

「いや、個人的な話だ」

「答えられる範囲でよければ」

「……大和は、今、何のために戦っている?」

 

 ここ最近、何度か繰り返した問いかけだった。

 答えは多種多様だった。認め難い回答もあれば、なるほどと思う回答もあった。

 大和はどうだろうかと様子を窺うと――なぜか大和は若干照れるような素振りを見せた。

 

「なぜ顔を赤くしている?」

「……笑わないでくださいね?」

「うん?」

 

 大和は周囲に人がいないかどうか確認し、

 

「私が戦っているのは、提督のためなんです」

 

 と小声で言った。

 他人のために戦う。そういう意味では長門寄りの回答だった。

 ただ、ちょっと雰囲気が異なる気がする。

 

「……もしかすると大和よ。お前、提督に惚れ込んでいるのか」

「武蔵さん、そういうことは言わぬが華ですよ」

 

 たしなめられてしまった。

 しかし、意外な反応だった。うちの泊地ではあまりその手の話題を聞かない。金剛のあれはそういうカテゴリのものと考えるべきか悩ましいところだが。

 

「そうか、惚れ込んだ男のために戦うか。私には正直よく分からない感覚だが、不思議と良い理由のように思える」

「昔はお国のために戦うことが正しいことだと、そう思っていたんですけどね」

 

 昔というのは艦艇時代の話だろう。あの頃は自分もそう思っていた。

 艦娘という、人と同じように物事を考える身になるまでは、それが正しいのだと信じていた。実際、艦艇としての在り様はそれで正しかったのだろう。

 だが我々は変わってしまった。今の我々は艦艇ではない。艦娘だ。人とも違うが――ただの艦でもない。

 立場が変われば、何が正しいかも変わる。

 

「武蔵さんは何のために戦っているんですか?」

「私か。私は、自分のために戦っている」

「自分の?」

「戦艦の艦娘として生まれたのであれば、その力を存分に振るってみたい。だから戦う。それだけだ」

「……それだけですか?」

 

 大和はこちらの回答に不服があるようだった。

 

「それだけでは駄目か」

「そういう思いは私にもあります。これは艦娘としての性なのだと思います。だから駄目だとは思いません」

 

 やんわりと、上手く逃げられたような気がした。

 お前の回答は間違いとは思わないが――何かが欠けていると、そう言われたような。

 

『武蔵、聞こえるか』

 

 通信機から提督の声が聞こえた。

 

「ああ、問題ない。準備もできている」

 

 隣の大和と視線を交わす。向こうにも提督からの通信が入ったらしい。

 

『出撃の時間だ。私からの命令は二つ。任務の完遂のために尽力すること、そして生還すること。これを遵守してくれ』

「了解」

 

 思考を切り替えていく。あれこれと考えるのは一旦やめておこう。

 今は、戦いそのものに集中するときだ。

 

 

 

 頭上を飛んで行った艦載機たちが、前方に群がる深海棲艦たちを蹴散らしていく。

 戦艦の時代を――大艦巨砲主義を終わらせた頼もしき仲間たちの快進撃を見ると、若干複雑な気分になる。

 

「空を制することで戦いは有利に進められるけど、それに見惚れていては思わぬ方向からの奇襲にやられてしまうわ」

 

 こちらの様子がおかしいと思ったらしい。たしなめるように加賀が言ってきた。

 

「大丈夫だ、警戒は忘れていない」

「そう」

 

 加賀は頷くと、自身の艦載機を発射した。前方にいる敵艦隊に向けての先制攻撃だ。

 前方の艦隊の中心には、戦艦と思しき大きな船影があった。

 報告にあった霧の戦艦――ハルナとキリシマだろう。妙な光を発している点を除けば、かつての金剛型の姿にそっくりだった。

 加賀の弓から放たれた数十機の艦載機は、その周囲に群がる深海棲艦たちを蹴散らしていく。

 

「私たちも続きます。トラック・ショートランド泊地の戦艦は前へ!」

 

 トラックの大和の号令に従って、武蔵・陸奥・扶桑・山城が前に出る。私もそれに続いて先頭に並び立った。

 

「まずは長門型のお二人から、撃ち方はじめ!」

「照準良し。……長門、行けるわね?」

 

 陸奥の問いに頷く。砲撃訓練はこれまで散々やって来た。実戦と訓練の違いについても、武蔵や叢雲から散々叩き込まれている。

 

「撃てっ!」

 

 第一撃が火を噴いた。轟音と共に放たれた長門型二人分の主砲は、霧の戦艦には当たらず、その随伴艦に直撃する。

 

 ……当たっただけ儲けものだ。

 

 この一撃目の主目的は観測にある。

 次の――大和型二人が確実な一撃を入れるための観測だ。

 

「……修正良し」

 

 こちらの砲撃を見て、武蔵が射線を修正する。大和も同様に主砲の角度を調整していた。

 

「照準良し。主砲、斉射!」

「てーッ!」

 

 先ほどの砲撃を上回る衝撃が走った。

 音だけではない。周囲の海を揺り動かすほどの一撃が、大和型の二人から放たれたのだ。

 二人の46cm砲から放たれた砲弾は、二隻の霧のうち一隻に直撃する。

 船体が大きく揺れ動く。手傷は負わせられたように思う。

 

「ここからが本番だ……。敵も動くぞ」

 

 武蔵の言葉に応じるかのように、霧の二隻が大きく形を変えようとしていた。船体が大きく裂けていく。まるで怪物が獲物を喰らわんとしているかのようだ。

 周囲の空気が変わる。なんとなく――というレベルではない。

 

「海が……割れるぞ……!」

 

 超重力砲というやつだ。まるでモーセの行進のように海が真っ二つに割れる。

 霧からこちらに向けて――道が伸びてきた。

 

「部隊展開! 裂け目から離れろ!」

 

 武蔵の号令で舞台のメンバーが大きく広がる。

 海の裂け目に飲み込まれないよう必死に逃げる。だが、戦艦ゆえの重さからか思うように速度が出ない。

 

「長門!」

 

 こちらに手を伸ばそうとする陸奥に、さっさと逃げろとジェスチャーを送る。

 私は――もう間に合わない。

 視線を巡らすと、武蔵と目が合った。何か叫んでいる。よく聞こえない。

 海の裂け目に落ちる寸前のところで、見えない何かに全身が覆われた。

 

『長門!』

 

 通信機越しに提督と叢雲の声が聞こえた。

 身体が宙に持ち上げられる。まるで狙いを外さないよう位置を調整しているかのようだ。

 抵抗しようとするが、身体が思うように動かない。艤装も悲鳴を上げている。

 

「ぐっ、この……!」

『大和、武蔵、陸奥は敵の真正面を狙え! 超重力の発射口だ! そこが敵の防御がもっとも脆い!』

『長門はとにかく足掻いて! 超重力砲は標的を正確にロックしないと撃てないらしいわ!』

 

 毛利仁兵衛と叢雲の声が聞こえた。言われなくても足掻いている。足掻いているが――思うようにならない。

 

『長門、足掻くのをやめるな』

 

 諦めかけたそのとき、提督の声が聞こえた。

 

『武蔵、敵を倒してもいいかと豪語したな。なら――頼んだぞ』

 

 半ば挑発するかのような物言いに、武蔵が鼻を鳴らして笑う声が聞こえた。

 

 

 

 珍しく提督が挑むような言葉を投げてきた。それだけ焦っていて、その焦りを見せまいとしているのだろう。

 超重力砲とやらにロックされて、長門は宙で足掻き続けていた。そのおかげか敵はまだ超重力砲を発射するに至っていない。

 

「第二撃は一度で決めるぞ」

 

 並び立った大和と陸奥に宣言する。二人とも無理とは言わない。やらねば長門がやられてしまう。

 二隻の霧が大きく口を開いている。その口に主砲をぶち込んでやればいい。

 見ると、霧の左右に展開した部隊も攻撃を始めているようだった。多方面からの攻撃に混乱しているのか、霧の戦艦二隻の動きが鈍くなっている。しかし敵の防御が硬く、決定打を入れられずにいるようだった。

 古鷹たち巡洋艦は既に真正面からの突撃を敢行している。こちらの主砲で仕留めきれなかったら、後は彼女たちに任せればいい。ただし、それまで長門が無事でいられるという保証はない。

 

「武蔵さん、焦らないでくださいね」

「……ハッ、緊張しているように見えるか、私が」

「ええ。大丈夫、私たちなら長門さんを助けられます」

 

 長門はどうでもいい。敵を倒せればそれでいいのだ。

 そう言おうとしたが、なぜか声にならなかった。

 

「照準良し」

 

 代わりに出たのは号令だった。

 陸奥が、大和がこちらに続いて主砲を霧の戦艦に向ける。

 一個の巨大な砲塔と化した敵艦に、エネルギーが充満していく様が見える。もう、時間がない。

 

「我々の主砲は伊達ではない。……撃てーッ!」

 

 海を割った怪物の口目掛けて、超弩級戦艦の砲撃が叩き込まれる。

 巨大な爆発と共に、霧の戦艦が炎上していく。

 

「やったか……!」

 

 思わず声が出る。

 だが、それは気の緩みから生じたものだった。

 確かに霧の戦艦は炎と共に海へと沈みつつある。

 だが、それは一隻だけだった。

 もう一隻は――健在だ。

 超重力砲のロックも解除されていない。

 

「な……」

 

 巨大な光が怪物の口から溢れ出そうになるのを見た。

 

「長門――!」

 

 海上を、青い光が貫いた。


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