南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第十二条「理解せずとも並び立つことはできる」

 戦艦長門はこの国の誇りである――。

 昔、まだこの海を巡って人間同士が争っていた頃に言われていたことだ。

 その言葉を重荷だと感じたことはない。ただ、その期待に応えたかった。

 だが、時代は海の上から空の上へと移っていった。

 戦う機会はほとんどなく、後方で仲間たちが沈んでいくのを黙って見ていることしかできなかった。

 何のための誇りか。

 何のための武装か。

 守るべきものを守れず、なぜ自分はここにいたのか。

 自分がいた意味はあったのだろうか。

 遠い異国の地で最期を迎えたときも、その答えは得られなかった。

 

 

 

 最初にかすかな光を感じて、次第にそれが眩しく思えてきた。

 少しずつ眼を開くと、そこには見覚えのある男の姿があった。

 

「……提督」

「起きたか。おはよう、長門」

 

 身体のあちこちが痛む。どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。提督から水を受け取って喉を潤す。

 

「調子はどうだ」

「全身あちこち痛むが、意識はハッキリとしている。私はどのくらい意識を失っていたんだ?」

「およそ一週間だ。……挨拶追加しておこうか。あけましておめでとう」

「あ、ああ」

 

 霧の艦隊の出現を聞かされて泊地を出たのがクリスマス前後だから、もう年は明けている。

 しかし、こういう状況で年始の挨拶をするとは。提督はときどきとぼけた言動を取る。

 

「……それで、提督。あの作戦はどうなった?」

「戦艦ハルナとキリシマは無事撃退できたよ」

「撃退された」

 

 そのとき、提督とは別の声が聞こえた。

 隣のベッドを見ると、金色の髪の少女が横になっていた。

 

「……君は?」

「その子が戦艦ハルナだよ。横にいるクマのぬいぐるみの中にキリシマもいる」

「余計なことを言うんじゃない、人間」

 

 ハルナの側に置かれていたクマのぬいぐるみが突然立ち上がって提督に文句を言い始めた。

 突然のことに頭が混乱する。戦っていたはずの相手がなぜここにいるのか。しかも一人はクマになっている。

 

「あの戦いでハルナは大破、キリシマは船体を失うほどのダメージを受けた。長門のおかげでこちらの策がすべてハマったからだ」

「完膚なきまでに嵌められた」

 

 ハルナの言葉には悔しそうな響きが含まれている。

 

「一気に大人数で攻め込まれたから、私たちはまず主力を潰そうとした。反撃によりキリシマがまず戦闘不能になったが――」

「ハルナの超重力砲で主力部隊を壊滅させられるはずだった。お前だけじゃない。あの場にいた奴らは全員仕留められると踏んでいたんだ。あそこに伊401が潜んでいなければな」

 

 そう。

 出撃前、側面からの挟撃で仕留めきれなかった場合に備えて、毛利仁兵衛は超重力砲を無効化するためのジョーカーを隠していた。それが霧の一員イオナ率いる潜水艦部隊である。

 超重力砲を発射する寸前、イオナや伊168たち潜水艦はヒュウガ特製の『霧にも効く魚雷』をハルナの砲身目掛けてぶち込んだ。それによってハルナは船体の維持が困難になるほどの打撃を受けたが――超重力砲はそれより僅かに早く発射されてしまった。

 

「それを喰らって私は今日まで眠っていたというわけか」

「直撃だったらもっと酷いことになっていたはずだ。イオナやイムヤたちの攻撃で射線が僅かに狂ったのが幸いしたらしい」

「そうか。では後で礼を言っておかねばならないな」

 

 横を見ると、ハルナがじっとこちらを見ていた。

 

「……それで、彼女たちはなぜここに?」

「イオナが彼女たちを回収してきたんだ。コンゴウと合流されたら厄介だから捕まえておくって」

「コンゴウ……まだ霧の戦艦はいるのだな」

「残りはコンゴウ・マヤの二人らしい。金剛・榛名・霧島と来たから比叡もいるんじゃないかと警戒してたんだが、どうも今回は目覚めていないそうだ」

「コンゴウは強い。霧の艦隊の旗艦を務めている」

 

 ハルナが淡々と言った。

 

「だが、私はお前たち艦娘の強さも知った。どちらが勝つのか――興味がある」

「ハルナの悪い癖が出たか……」

 

 クマのぬいぐるみが頭を抱えていた。どうやらこれがキリシマらしいが、どうにも信じられない。

 

「霧の艦隊は船体含めてナノマテリアルというもので構成されているそうなんだが、キリシマは大和と武蔵の直撃弾をもろに喰らって形状維持が困難になるくらい消耗したらしくてな。クマのぬいぐるみの中にコアを入れてどうにか急場を凌いでいるそうだ」

「だから余計なことを言うんじゃないと言っているだろう、この人間め」

 

 ブンブンと腕を振り回して抗議の意を示すキリシマだったが、見た目のせいかとても愛らしい動きに見えてしまう。

 

「現在、艦娘たちはコンゴウ打倒のために出撃している。私もその様子を見に行きたい。お前たちの艦隊に敵対しないと約束する。いや、むしろ協力してもいい」

 

 ハルナが驚くべき提案をした。もっとも提督に驚いた様子は見受けられない。ただげんなりとした表情を浮かべていた。

 

「何度も言うがそれは許可できない。君が約束を守る保証はないし、土壇場で敵に回られたらこちらにとっては厄介だ。ほとんど力を失っているとしてもだ」

「そもそも人間に協力するなど正気か、ハルナ。伊401みたいにバグでも起こしたか?」

 

 提督とキリシマに要望を否定されて、ハルナは眉根を寄せた。助けを求めるかのようにこちらを見てくる。

 

「……そもそも、なぜ今回霧の一部は人類に対して敵対行動を取ったんだ?」

 

 イオナやヒュウガのように人類側につく霧もいる。つまり今回の行動は彼女たちそれぞれの思惑によっているはずだ。

 本来霧はアドミラリティ・コードと呼ばれる絶対的命令権によって動くらしいが、今回アドミラリティ・コードはないという。

 

「私やキリシマに私的な目的はない。ただコンゴウが語った言葉に納得したから従っていただけだ」

「では、コンゴウの語った言葉というのはなんだ?」

「人類は信じるに値しない。奴らに従わされている艦娘の在り方も間違っている――と」

 

 信じるに値しない。そう言われて、不意にかつての戦争のときのことを思い出した。

 人間をどこまで信じていいのか――そう思わされるような出来事は、いくつもあった。

 

「コンゴウはなぜ人類を信じられないと言ったんだ? その言葉に納得したからには、君たちもその理由を知っているんだよな」

 

 提督が手で口元を覆いながら尋ねた。目が据わっている。

 

「……」

 

 ハルナはちらりとキリシマを見た。

 言っていいものかどうか迷っているのだろう。

 キリシマは「好きにしろ」と言いたげに手をひらひらと振るだけだった。

 

「この言葉を信じるかどうかはお前に任せる。……コンゴウが目覚めたのはこの国の沖合にある地図にも載っていない島だった。そこは、艦娘を作り出すための実験場だったらしい」

「……実験場?」

「人間を艦娘に作り替える実験場――と言った方が正確かもしれない」

 

 場を沈黙が支配した。

 

「艦娘というのは艤装に対して艦の御魂を降ろし、提督が御魂と契約することで受肉して生まれるものだと認識している」

「私もその辺りは詳しくない。ただコンゴウから共有された映像・音声情報には、実験体として扱われている少女たちの姿・声があった。あれが改竄されたものだとは思えない」

「……」

 

 提督は目を閉じて、険しい表情のまま考え込んでいた。

 

「国としては深海棲艦への対抗戦力になり得る艦娘は少しでも多く補充したいところだろう。それには提督という存在が不可欠だ。しかし提督というのはなろうと思ってなれるものではない。誰が提督になるのかは完全に運だ。提督が増やせなければ、艦娘の数も頭打ちになる」

 

 語り聞かせるというよりは、自分の考えをまとめるために口にしているような感じだった。

 

「……そういう事情を鑑みるなら、国が別の方法で戦力を増強しようとアプローチするのは当然と言えば当然か。人工的に艦娘を作り出す。あるいは提督を作り出す。そういうプロジェクトは――あってもおかしくない」

 

 しばらく沈思した後、提督はハルナを見据えて頷いた。

 

「証拠はないが否定するだけの根拠もない。今は暫定的に君の言葉を信じるとしよう。それから君の要望についてだが、他の提督にも口添えをしておく。さすがに私の一存でどうこうするわけにもいかないからね」

 

 そう言って、提督は部屋から出て行った。おそらく他の提督とハルナの扱いを協議しに行ったのだろう。

 

「……霧のハルナ。君はこちらに協力してもいいと言った。それはつまり、先ほどの話が事実だと思ったうえで――やはり人類は信じてもいいと判断したのか?」

「その質問に回答するのは難しい。ただ、戦ってみてお前たち艦娘のことは認めざるを得ないと思った。その艦娘が信じる人間は信じても良いかもしれない。そう思うようになった」

 

 ハルナの回答は腑に落ちるものだった。

 これまでは国のためにこの身を挺して戦うのが自分の役目だと思っていた。しかし先ほどの話を聞くと、このまま国を妄信していいのか分からなくなる。

 だが、あのとき――超重力砲の脅威に晒された自分に対し「足掻くのをやめるな」と言ってくれた提督のことは信じてみたい。

 ハルナの出撃許可を取り付けて提督が戻ってきたのは、それから一時間後のことだった。

 

 

 

 前線での戦いは膠着状態に陥っていた。

 ハルナ・キリシマを退けた艦隊は、中部太平洋に展開した霧のコンゴウ率いる大艦隊と相対することになった。

 敵の霧も残すはコンゴウと先の戦いで仕留め損ねたマヤのみ。三浦剛臣や毛利仁兵衛は早晩片が付くと見ていたが、コンゴウの戦術眼が思っていた以上に優れていたことで長期戦の様相を呈してきた。

 ハルナたちと異なりコンゴウは己が率いる艦隊の戦力を決して過大評価せず、慎重な戦いぶりを見せた。加えて彼女は勝つための戦い方を取らず負けない戦い方を取った。

 少しでも敗色が見えたら艦隊を後方に下げる。それを追って来る者がいれば周囲の艦隊で集中攻撃を仕掛ける。

 コンゴウの艦隊は自らこちらに押し寄せてくるような真似はしなかった。そのため全体の陣容が崩れず、艦娘たちも突破口を見出せずにいる。

 こちらの艦隊は遠くから来ている者も多い。そろそろ燃料や弾薬が足りなくなってくる頃合いだ。

 

「このまま攻めきれず撤退……ということになったら私たちの負けだね」

 

 古鷹の言葉に妙高たちが頷く。被害はこちらもさほど出ていないが、ペースは完全に向こうが握っていた。

 

「強行突破しようとしても、待ち受けているのは霧の艦隊二隻。マヤについてはこれまでの戦闘データからどうにかなる相手だと見て良いですが……コンゴウは何とも言えませんね」

「同じ金剛型でもハルナたちとはいろいろと違ってるらしいわ」

 

 伊168をはじめとする潜水艦娘たちも会話に加わっていた。状況を打破しようと何度も威力偵察を行っているが、未だに敵陣営の穴は見つけられていない。

 

「武蔵さんはどう思う?」

 

 古鷹に問われて、頭を振った。

 

「正直なところ私に打開策は思い浮かばない。上に期待するしかないな」

 

 情けない回答だったが、実際のところ何も浮かばないのだから仕方がない。

 どうも、ハルナ・キリシマとの戦いから調子が優れなかった。体調は問題ない。艤装も特に異常はない。それでも自分の戦い方は精彩を欠いていた。

 

『お待たせ。良い知らせと悪い知らせ、それから何とも言えない知らせがあるわ』

 

 通信機から叢雲の声が聞こえた。

 声の様子からするとあちらも疲労が溜まっているようだ。前線にいるときとは別の苦労があるのだろう。

 

「悪い知らせからお願い」

『分かったわ、古鷹。悪い知らせはこちらの備蓄が残り三日分程度ってこと。戻るときに必要な分も考えると、この海域で使える分はもうほとんど残ってないわ』

 

 もう後がない。ということは次が最後の戦いということだろう。

 

『良い知らせは、これまでの戦闘から敵戦力の分析が済んで――こっちの現有戦力全部を活用すればどうにか決着をつけられる見込みが立ったってことね』

「ほう」

 

 それは吉報だった。

 ここ数日の戦いは、もしかすると敵戦力分析のために行われていたのかもしれない。振り返ってみると、どうにも覇気が感じられない指示が多かったように思う。勝つための戦でなかったならそれも納得のいく話だった。

 

『本当はもう少し早い段階で分析できたら良かったんだけど……敵の立ち回りが上手くて、精度が目標値まで届かなかったのよ』

 

 敵の分析も戦いの一つということだろう。叢雲の疲れはそのせいかもしれない。

 

「こちらに連絡してきたということは、もう作戦も決まっているということか?」

『そうよ、武蔵。と言っても作戦と呼ぶのもおこがましいようなやり方だけど』

 

 提督たちが決めた作戦の概略を聞かされて、思わず顔をしかめてしまった。私以外のメンバーも皆似たような表情である。

 正面からの総攻め。それが今回の作戦の基本骨子だった。

 コンゴウは手堅い布陣を敷いている反面、個々の戦闘では釣りを好む傾向にある。戦力を逐次投入していくやり方では敵にペースを握られてしまうのがオチだ、ということだ。

 当然、総攻めを仕掛けた後の展開によって攻め方は変えていく、とのことだった。

 本当にそれで大丈夫か若干不安は残るが、他に妙案が浮かぶわけでもない。この作戦でいくしかなさそうだった。

 

「……それで、最後のは?」

 

 伊168が叢雲に尋ねた。

 確か、何とも言えないような知らせ、とか言っていたはずだ。

 

『あー。それなんだけど』

 

 叢雲から伝えられたその知らせは――良いとも悪いとも言えないものだった。

 

 

 

 

「長門」

 

 出撃準備をしていると、提督が顔を見せに来た。

 

「鬱陶しいかもしれないが重ねて聞くぞ。……本当に出るのか」

 

 心配性な提督だった。こちらはもう十分休んでいる。艤装も修理されていたようだし、戦線に出ることに問題はない。問題があるとすれば私自身の練度不足くらいだろう。

 

「足手まといだと言うなら大人しく控えているさ。だが、今は戦力の選り好みをしている余裕もないだろう?」

「……まあ、そうだな」

 

 提督は苦い顔つきで頷いた。

 

「すまないな。私は無力で、いつも皆に無理をさせてしまっているような気がする」

「あまり過度に自分を卑下しないでくれないか、提督。確かに貴方は指揮官としてはどうにも頼りないし至らない点もあるが……それでも出来ることはすべてやってくれている。その姿勢はとても尊いものだと私は思うよ」

 

 それはお世辞でも何でもない。まだ提督との付き合いは短いが、この人が物事に対して誠実に向き合う人だということはよく分かった。

 

「だから、私はそれに応えたいと思う。そういう意味で、私は我が提督が貴方であることに感謝をしたい」

「……」

 

 提督はそれでもまだ苦い顔のままだ。

 

「長門。先ほどハルナが言っていた件だが……あれはしばらく口外しないでくれ」

 

 艦娘を作り出すための実験場があるという件のことだろう。言われなくとも、証拠を掴むまで迂闊にそんな話はできない。

 

「元より口外するつもりはないが、提督はどうするつもりだ?」

「さっき仁兵衛に相談してみた。彼もそのことは初耳だったようだが、思い当たる節はあるそうだ。その辺りから少し探りを入れてみるとのことだった」

「毛利仁兵衛か。中央からは信頼されているようだが、信用できるのか?」

「信頼されていても信用はされてないと思うよ。私も彼も所詮は外様だ。そういう意味で、今回の件に関しては信用できる」

 

 三浦剛臣たち内地の拠点の提督は皆海上自衛隊出身――つまり国家サイドの人間だ。我が提督や毛利仁兵衛は民間サイドである。両者の間には、もしかすると大きな溝があるのかもしれない。

 

「この件について今はここまでだ。うちの泊地では私と長門しか知らない。叢雲にも言っていない。あの場に居合わせていなければ君にも言わなかっただろう。それくらいデリケートな話題だということは覚えておいてくれ」

「承知した」

 

 こちらが頷くと、提督の表情は少し柔らかいものになった。

 

「すまないな。決戦を前にして、こんな話をしてしまって」

「仕方あるまい。そういうところも、こうして改めて謝罪するようなところも、貴方らしいと私は思うよ」

 

 提督と拳を打ち付け合う。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「ああ。……あ、長門」

 

 最後に、と付け加えて提督は笑いながら言った。

「武蔵だがな――」

 

 

 

 ラバウル艦隊、第一陣突破。

 リンガ艦隊、第二陣と交戦開始。

 ブイン艦隊、押され気味。タウイタウイ艦隊を救援に向かわせる――。

 次々と通信機から戦況報告が届く。

 こちらは現在第一陣と突破し、第二陣を蹴散らしているところだった。

 拠点別に艦隊を編成しての一斉攻撃。敵の層が厚い中央付近は横須賀艦隊を中心とする精鋭部隊が担当し、経験の浅い艦隊は両脇付近を担当する。ショートランドは左翼中央を任されていた。

 戦闘経験豊富な古鷹と妙高が司令塔になり、伊168たち潜水艦娘が遊撃部隊として活躍していた。敵の目がそちらに集中しないよう私と加賀が暴れ回る。今のところこのスタンスで上手くいっている。

 コンゴウ旗下に組み込まれた深海棲艦に大物はいない。コンゴウが慎重な姿勢を示したのはこういうところにも理由がありそうだった。

 

『突出し過ぎないよう敵を蹴散らしたら左右の状況を確認して。もし遅れ気味の艦隊がいるなら手を貸すように』

 

 叢雲の指示も少しずつ様になってきているような気がする。

 最初はどうなることかと不安だったが、思いの外この作戦は有効だったのかもしれない。少なくとも戦いの流れは今こちらが握っているという実感があった。

 

『敵第三陣接近中。あとは第四陣を超えればコンゴウよ』

「了解!」

 

 砲撃音が海を騒がせる。艦載機が空を埋め尽くす。

 これだけの戦力を前にしては、霧であっても勝機は薄いだろう。

 そのとき、通信機越しに警報が聞こえてきた。これは司令部室のものだろう。

 

『コンゴウおよびマヤ、多数の浸食魚雷を発射! 超重力砲ほどじゃないけど当たればやばいわ、避けなさい!』

「無茶を言いますね……!」

 

 珍しく妙高が愚痴を言った。

 それも仕方ない。浸食魚雷とやらは驚くべき数でこちら目掛けて飛んできたのだ。海中の魚雷を避けるのも楽ではないが、アレはまた訳が違う。

 運よく私はどうにか避けられたが、古鷹・妙高・加賀には直撃してしまった。いずれも大破とまではいかないものの、無視できないダメージを負っている。

 

『状況報告を』

「武蔵だ。私と潜水艦たちは無傷で済んだが他の皆は中破。まだ戦闘は継続可能だが戦力は半減している」

 

 叢雲が息を呑む音が聞こえた。

 

『……他の艦隊も似たような被害状況ね。ここからは艦隊を左翼・中央・右翼に分けるわ』

 

 浸食魚雷による被害は当然想定していたのだろう。叢雲の声に動揺は見られなかった。

 

 

 

 実際に動揺がなかったわけではない。

 ただ、三浦剛臣や毛利仁兵衛が予めこの展開を予期していただけだ。自分だけでは気が動転していただろう。

 三つに分かれた艦隊はそれぞれ仁兵衛の指揮に従ってコンゴウ旗下の艦隊を撃破していく。隣を見ると仁兵衛は脂汗を流しながら獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「コンゴウか。一度直接会って話してみたいところだ。いろいろと有意義な話が出来そうな気がするよ」

 

 あれは好敵手と相対している戦士と同じ顔だ。きっと彼とコンゴウの間では現在進行形で読み合いが行われているのだろう。

 有意義な話とやらは戦略・戦術に関することだろうか。それなら自分も参加してみたい。ついていけるかどうかは不明だし、そんな日が来るかどうかも分からなかったが。

 

「敵艦隊、九十パーセント撃破。残りは右翼のマヤと中央のコンゴウ艦隊だけです!」

 

 オペレーターの言葉通り、コンソールに映し出されたマップにコンゴウ旗下の艦隊はほとんど表示されていなかった。

 

「……油断するなよ」

 

 側に立つ新八郎が険しい表情で言った。

「数の上ではこちらが有利だが……こっちは連戦で疲弊しきっている」

 

 

 

 どれくらい戦っただろう。そろそろ疲労もピークに達しようとしていた。

 共に戦っていた仲間たちも大半は後退していた。自分の側に残っているのは伊168と伊58だけだった。

 

「大丈夫か、イムヤ・ゴーヤ」

「なんとか……」

「これくらいなら平気でち……」

 

 二人とも気丈に振る舞っているが疲れが隠せていない。

 ただ、二人のガッツには目を見張るものがあった。これまで潜水艦は偵察と奇襲くらいしかできないものだと思っていたが、それは偏見だったようだ。いざ大戦を経験してみると見えてこなかったものが見えてくる。

 視線の先にはコンゴウの艦影が見える。ただ、向いている先はこちらではない。トラックの大和が率いる中央艦隊だ。

 あちらも疲労はピークに達しているだろう。この状況でコンゴウを相手にするのは相当難儀なはずだ。

 側にはイオナも控えているそうだが、到底楽観できる状況ではなかった。

 助けなければ。

 そう思ったが、弾薬はとうに尽きている。イムヤたちも魚雷は撃ち尽くしていた。

 ただ見ていることしかできないのか。自分には何もできないのか――。

 誰かのために戦うということが許せなかった。その理想を抱いて沈んでいった艦を知ってしまったからだ。それによって失われたものを知ってしまったからだ。

 国名を冠しながらも人々に知られぬまま、勝ち目のない戦いに駆り出された姉。

 国の誇りとうたわれながら、最後まで戦う機会をほとんど得ず、遠き異国の海に消えた先達。

 どちらも自分にとっては憧れの艦だった。

 しかし、どちらも戦艦としての本分を全うすることなく――人間たちの都合でその艦歴を閉ざすことになった。

 彼女たちは何のために作り出され、そして消えていったのか。

 その在り様は――あまりに無残ではないか。

 物言わぬ艦艇ならその在り様しかなかった。しかし今は違う。今の自分たちには意思がある。他人の都合で戦わされるだけの存在ではない。

 そう思っていたのに。

 結局、自分にできることに変わりはないのか。

 上の指示に従って敵を倒すことしかできないのか。助けたいと思った相手を助けることはできないのか。

 脳裏に、先日の長門の姿が浮かび上がる。あのときも結局自分は長門を助けることはできなかった。

 そのことを責める者はいなかった。役割は全うしたのだから、と。

 コンゴウがその船体を変形させる。海が割れる。超重力砲だ。

 その狙いは――真っ直ぐ大和たちに向けられている。

 

「大和……!」

 

 この声は届いていないだろう。だが、口に出さずにはいられなかった。

 

「誰でもいい……! 大和を、あいつらを助けてやってくれ……!」

 

 みっともない。

 情けない。

 そう思ったが、言葉が止まらなかった。

 

「――ならば、助けるしかないな」

 

 声がした。

 そういえば、まだ姿を見ていなかった。

 叢雲から、来ると聞かされていたはずなのに。

 全然来る気配がないから、とっくに撤退したものと思っていた。

 振り返る。そこには見知った長門の姿があった。

 

「お前……!」

 

 長門の砲身は通常のものと異なっていた。表面がナノマテリアルらしきもので覆われており、通常の主砲よりもかなり大きくなっている。その傍らにはあのハルナと呼ばれる少女が立っていた。

 

「船体維持は私も困難。本来は自分の身を守るくらいしかできないが――艦娘の力を借りるならこれくらいのことはできる」

「重力砲――発射!」

 

 ハルナの力を借りたのか、長門の主砲から青き光が放たれた。超重力砲と比べると見劣りするが、その直撃を受けてコンゴウの船体が大きく揺らぐ。

 その隙を大和たちが見逃すはずもなかった。急速浮上したイオナと共に波状攻撃を繰り広げる。

 

「私は、誰かのために戦うということが間違いだとは思っていない」

 

 眼前の最終決戦を眺めながら、隣に来た長門が言った。

 

「その行き着く先が無残なものであったとしても――この在り方は変えられそうにない。良い悪いではない。これはもう性分だ」

「私は、やはりその考え方は嫌いだ。……だが、否定はしない。多分、そういう在り方だったからこそ――大和や長門は皆の憧れだった。だからこそ、私は……」

 

 その先は言うのをやめておいた。言ったところで意味はない。

 

「……すまなかったな。私はもうお前を否定しないよ、長門」

「私もすまなかった。今思えばむきになっていたよ」

 

 気恥ずかしいから絶対口にはしないが――きっと、互いに相手のことを思うが故の衝突だったのだろう。

 

「今後も私とお前の考えは相容れないのかもしれない。だが、それでも共に戦うことはできる。共に並び立つことはできる。何のために戦うのかは別でも、目指しているものは同じはずだからだ」

 

 長門が手を差し出してきた。

 こういう恥ずかしいことを平気でやる辺りは、やはり好きになれそうにない。

 

「握手など後にしろ。戦いは終わってないんだ」

 

 とは言え、コンゴウの戦闘能力はほぼ失われつつあった。実質、戦いはほとんど終わろうとしている。

 

「まったく……泊地に戻ったら鍛え直してやる。覚悟しておけ」

「お手柔らかに頼む」

 

 長門の物言いにはどことなく余裕が感じられる。どうせ提督が余計なことを――長門の無事を確認したときの私の反応辺りをべらべらと話したのだろう。帰投したらあいつにも一言言わねば気が済まない。

 

『作戦終了。コンゴウ艦隊の全滅を確認したわ。お疲れ様』

 

 叢雲の言葉を受けて、長門が改めて手を差し出してきた。

 仕方がないので、力強く握り返した。

 まったく――憎たらしい憧れの存在である。

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