南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第四章「索敵機、発艦始め!」(利根・ビスマルク編)
第十七条「語りかけるなら相手を見て語りかけよ」


 どれだけ美辞麗句を並べようと。

 どんな大義を掲げようと。

 どれほどの栄誉に包まれようと。

 やっているのは、殺し合いだ。

 否。殺し合いならばまだ対等なだけましかもしれない。

 時には、一方的な殺戮さえ平気で起こり得る。

 それが――戦争というものだ。

 

 

 

 ひどく、嫌な夢を見た。

 身に降り注ぐ錆のような臭い。聞こえてくるのは嘆きの声。

 泣きながら命を落とす者がいた。

 嘆きながら命を奪う者がいた。

 そんな――辛く苦しい夢だ。

 

「……今のは、誰かの夢か」

 

 時折、艦娘の夢を見ることがある。彼女たちがまだ艦艇だった頃の夢だ。

 これまでも何度か見てきたので、なんとなく自分の夢と艦娘の夢の違いが分かるようになってきた。

 しかし、酷く不快な夢だった。まだあの臭いが鼻腔に残っている気がする。

 夜風にあたろうと、杖を頼りにゆっくりと歩いていく。

 右足首のない生活には慣れない。そう簡単に慣れるものでもないだろうし、愚痴を言ったところで仕方ないから、これはそういうものだと割り切っている。大本営が近々義足を用意してくれると言うが、フィットするのかどうか等の懸念はあった。

 ただ、ゆっくりと歩くようになったからか、今までより周囲がよく見えるようになった気はする。おかげで、これまで見落としていたことに気づくことが増えた。

 例えば――建物の外に設置されていた椅子に腰を下ろしている艦娘の姿とか。

 

「……利根?」

 

 小柄な重巡洋艦の艦娘に声をかけるが、反応はない。

 寝ているのかと思い様子を窺う。寝ているなら何か毛布でもかけておいた方が良いと思ったのだ。

 

「何か用か」

 

 利根は起きていた。その双眸は眠たそうに――気怠そうに半ば閉ざされていたが、意識はしっかりとしているようだった。

 

「用がないなら去ね。吾輩はお主と話したい気分ではない」

 

 普段から愛想がいいとは言い難い利根だったが、今日は一段と機嫌が悪そうだった。

 どうも他の拠点の利根とうちの利根は、大分性格が違っているらしい。いつも気怠そうにしており、人と接することを嫌う。戦いおいては優秀なのだが、普段は大艇一人でいるか、姉妹艦の筑摩と二人でいることが多かった。

 

「……そこで寝るなら、何かをかけて寝た方が良い」

 

 それだけ言ってその場を去ることにした。無理なコミュニケーションは逆効果にしかならない。

 だが。

 

「お主から嫌な臭いを感じる」

 

 こちらの背中に向けて、利根が苛立ち混じりの声を投げかけてきた。

 

「血の臭いが――死の臭いがする。およそお主に似つかわしくない臭いだ。……何か不愉快な夢でも見たか」

「……まあ、そんなところだ」

「ならばそれは、きっと吾輩の夢だ」

 

 振り返る。

 利根はこちらを見ていなかった。

 彼方に広がる夜の海へ――どこか羨むような眼差しを向けていた。

 

 

 

 学び舎に顔を出すと、何人かの艦娘たちが集まって何かをしていた。

 中心にいるのは由良だ。その周りには夕張や古鷹たちもいる。

 

「おはよう。皆どうしたんだ?」

「提督さん、おはよう。今、皆でタロット占いをしていたの」

 

 由良の席にはカードが並べられていた。タロット占いと言うからにはトランプではなくタロットカードなのだろう。

 

「由良はタロットを嗜んでいるのか」

「本を読みながら少しずつ勉強しているところなの。ね、提督さんもやってみない?」

「いや……私はやめておくよ。信じないわけではないが、占いに関するちょっとしたジンクスがあってね」

 

 昔から占いをしてもあまり良い目を見たことがない。

 占いの結果自体は特に偏ったりしないのだが、結果に関係なく占いをすると大なり小なり不幸に見舞われることが多い。

 

「そっか、残念」

「ちなみに皆はどんな結果になったんだ?」

「私は女教皇でしたよ」

 

 夕張が手を挙げた。

 

「確か知性とか聡明とか、そういう感じの意味合いでしたね」

 

 タロットカードは確かカードによっていくつかの意味を持っているはずだった。夕張が引いたカードの意味はお気に召すものだったのだろう。非常に上機嫌である。

 

「私は女帝でした。豊穣とか愛情、という意味を持っているらしいです」

「そうか、古鷹らしい意味合いだな」

「そ、そうですかね?」

 

 古鷹もご機嫌のようだ。尻尾があれば嬉しそうに振ってそうな感じがする。

 

「それじゃ――次は私が引いてみようかしら」

 

 不意に、新しい声が聞こえてきた。

 教室の入り口のところに、長いブロンドの髪をたなびかせた女性が立っている。

 

「ビスマルク、おはよう。君も授業を受けに?」

「グーテンモーゲン。レーベとマックスの話を聞いて、少し興味が出たものだから」

 

 彼女の名前はビスマルク。かの鉄血宰相ビスマルクの名を冠する――ドイツの艦娘だ。

 先日のレ級騒動に前後して、日本政府はドイツと艦娘技術の交換を行った。その一環として、日本に建造方法が伝えられた艦娘が三人いる。それが駆逐艦レーベレヒト・マース、マックス・シュルツ、そして彼女――戦艦ビスマルクである。

 艦艇の御魂はドイツに座しているが、建造自体はこちらで行っているので、ある意味ハーフのようなものだった。そのおかげか彼女たちは最初から日本語をマスターしている。どうコミュニケーションを取ればいいか不安だったのだが、それは杞憂だった。

 

「それより面白そうなことをしているわね。占星術というものかしら」

「ええ、ビスマルクさんもどう?」

「是非とも」

 

 ビスマルクは無造作に一枚引いてみせた。

 そこには、女性が獅子の口を押えている絵が描かれている。

 

「『力』のカードですね。強固な意志や実行力、知恵、勇気を表すようですよ」

「悪くないわね。私にピッタリじゃない」

 

 自信たっぷりなビスマルクに、皆が温かな視線を向ける。

 実際ビスマルクのポテンシャルは大したものだと、武蔵や長門も認めていた。ただ、今のところ着任から日が経っていないのでどうしても経験は不足している。

 それでも彼女は終始自信たっぷりな態度を崩さず、ポジティブに艦隊へ溶け込みつつあった。教導艦として榛名をつけたのが良かったのかもしれない。榛名は個々の戦闘力だけでなくチームワークも重視する性格だ。人付き合いを大事にする榛名のそういう面が、ビスマルクにも良い影響を与えているのではないだろうか。

 

「な、なに? このなんかこそばゆい感じの空気は……」

「今は気にしなくていい。さて、それじゃそろそろ授業を始めようか」

「な、何よアトミラール。貴方何か誤魔化しているわね!」

 

 ビスマルクの言葉をスルーしながら教壇に向かおうとしたとき、ふと足元に一枚カードが落ちているのに気付いた。

 

「由良、落ちてたぞ」

「あれ、いつの間に……。ごめんなさい、拾ってくれてありがとう」

 

 裏返しになっていたカードをそのまま渡す。

 受け取ったとき――由良の表情が、一瞬強張っていたような気がした。

 

 

 

 剛臣から久々に通信が入ったのは、三月の終わり頃だった。

 

「大本営からの出動命令?」

『そうだ。全拠点から戦力を結集しての作戦が発令される。……大怪我をしたばかりの新八郎には申し訳ないが』

「剛臣が謝ることじゃないだろう。しかし要請ではなく命令か」

 

 国内に置かれている拠点は海上自衛隊直轄の組織が運営しているが、ここみたいに国外に置いている拠点は表向き民間企業という体を取っている。バックには海上自衛隊や拠点を置いている国家がついているため、基本は自衛隊や国家の要請に従って動いていくことになる。

 ただ、今回は要請ではなく命令である。こちらに拒否権を与えない、ということだろう。

 理屈の上ではこちらが海上自衛隊の命令を受ける必要はないのだが、実際のところ逆らえば組織の維持ができない。そういう事情を踏まえて大本営は命令を出したものと思われる。

 

「元々さして役に立つ身ではなかったし、参加する分には問題ないよ。それで作戦概要は?」

『今回は二方面作戦になる。本命は北太平洋にあるピーコック島の制圧だ。大本営はこちら側の戦力が整ってきたことを踏まえて、北太平洋の制海権を確保したいと考えているらしい。同島の制圧はそのための第一手というわけだ』

「北太平洋……。制海権を維持するのはかなり骨が折れそうだな」

 

 拠点にできる場所が限られている上に範囲が広い。深海棲艦は海洋生物だろうから拠点の場所にも困らないだろう。

 

「……それで、もう一方面は?」

『ああ、インドネシア政府から救援要請があってな。どうもあちらで深海棲艦が大量に発生しているらしい。リンガ・タウイタウイ・パラオ・ブルネイが対応する手筈になっているが、敵戦力がどの程度が測りきれていない状況だ。難しいところだとは思うが、応援を頼みたい』

 

 インドネシア・北太平洋両方に艦隊を出さなければならない、ということか。

 当然このソロモン海を守る分の戦力も残しておかなければならないし、なかなか厳しい注文だった。

 

「こちらで派遣させる艦隊編成について検討してみる。編成が決まったら改めて連絡させてほしい。明日中くらいで良いか?」

『ああ。すまないが、よろしく頼む』

 

 心苦しそうに言いながら剛臣は通信を切った。なんとなく、通信機越しに頭を下げられていたのではないかという気がする。

 

「それでどうするの?」

 

 尋ねてきたのは、話をずっと横で聞いていた叢雲だった。

 

「先日のレ級の件があるから、ここにも四割くらいの戦力は残しておきたい。優先度の低い依頼は待ってもらう必要がある旨を連絡しないとな……。インドネシアと北太平洋にはそれぞれ三割程の戦力を向かわせようかと思っている」

「各方面の指揮官は?」

「北太平洋側には私が行こうと思っている。康奈を他の提督にも会わせておきたい」

 

 まだそうと決まったわけではないが、康奈が提督としての道を選ぶなら他の提督の助けが必要になる。私の身に何があるか分からない以上、できることは早めに済ませておくべきだった。

 

「叢雲、インドネシア側の指揮は任せたいが良いだろうか」

「私でいいの? 金剛や赤城じゃなくて」

「ああ。向こうの詳しい戦況は行ってみないと分からないから、どんな状況でも対応できそうな、バランス感覚が優れていて全体をまとめられるタイプの指揮官がいい。この泊地の皆も叢雲なら異論はないだろうし」

 

 金剛や赤城はスタンスがハッキリしている指揮官だ。状況にマッチした戦場では最高の指揮を執ってくれるだろうが、マッチしなかったときが少し怖い。

 

「分かったわ。……今回は別行動ってことね」

 

 そういえば、これまでの戦いで叢雲と分かれて行動するということはほとんどなかった。

 もしかすると叢雲は、そのことに不安を抱いているのかもしれない。

 

「なに、必要だったらいつでも指輪の力で連絡を取ればいいさ」

 

 提督と艦娘の間には、契約を交わした時点で霊力の道ができる。その道を更に強固なものとし、得られる霊力を蓄積しておくのが指輪の効力だった。蓄積した霊力によって艦娘の潜在能力を引き上げたり、強固になった道を通して念話をすることが可能になる。

 

「あの念話って距離離れてもできるのかしらね。それにやると少し頭痛くなるんだけど……」

 

 叢雲は首飾りにつけた指輪を摘まみ上げた。

 

「無理にしろというわけじゃない。必要になったり、不安になったりしたときに連絡をくれればいい。別行動だからと言って、一人で気負う必要はない。私が言いたいのはそういうことだ」

「あら、優しいこと言うじゃない」

 

 叢雲がクスクスと笑う。

 

「その言葉に甘えさせてもらうわ。けど、今の言葉はアンタにも言えるわよ。何かあったらいつでも連絡しなさいな」

「優しいことを言うんだな」

 

 先ほどのお返しとばかりに言い返す。しかし、叢雲にはさっぱり効いていないようだった。

「何言ってるの。私は最初から優しかったじゃない」

 

 

 

 インドネシア方面に向かう途中の休憩ポイントで、物憂げな表情を浮かべて横になっている利根を見かけた。

 周囲に他の艦娘の姿は見受けられない。現在、巡洋艦以上の艦娘は艦種ごとに分かれて、偵察機を使った新戦術の訓練を行っているはずだった。

 

「利根、貴方訓練は?」

「もう終わった」

 

 嘘だろう――とは思わなかった。

 新戦術というのは、偵察機の妖精と艦娘のリンクを強化し短い時間で弾着観測射撃を行う、というものだった。

 リンクを強化した偵察機の制御、観測結果を元に隙の生じぬ二回目の砲撃を実施することが課題になるが、兵装改良に携わった明石は「慣れるまではかなり大変」と言っていた。

 ただ、利根なら難なく弾着観測射撃をやってのけても不思議ではない。こと戦闘において利根は天才だった。他の艦娘とは違う特別なセンスを持っていると言ってもいい。

 もっとも、その反動なのか、戦闘以外はすべてにおいて駄目だった。本人のやる気がないのだ。戦うこと以外は何もしないと決めているかのような振る舞いをする。何度注意されても、利根が改めることはなかった。

 

「……今日の訓練は集団で行うものだったはずだけど」

「別に一人抜けるくらい構わんじゃろう。吾輩はできておる。あれ以上付き合うことに意味を見出せん」

「貴方一人ができたところで戦局への影響は微々たるものよ。集団としてまとまった動きができなければ意味がない」

「できぬというのは吾輩の責任ではない。……別段あやつらとて阿呆ではない。もうしばし訓練すればできるようになる」

 

 何を言ってもこんな調子だった。

 腕は立つし理屈もそれなりに使いこなす。皆との協調を諭そうとしてもまったく聞き入れてくれない。

 これ以上付き合っても時間の無駄かもしれない。そう思って立ち去ろうとしたとき、別方向から戦艦組がやって来た。中心にいるのはビスマルクである。

 

「そっちも訓練終わり? 随分と早いみたいだけど」

 

 声をかけると、ビスマルクたちはにこやかな笑みで応じてきた。

 

「割と簡単にできたのよ。さすが私といったところかしら」

「相変わらず自信満々ね……」

「でも実際、ビスマルクさんがいたからこそ早く終えられたんですよ」

 

 ビスマルクをフォローするように言葉を添えたのは榛名だった。

 最初の頃は何かにつけて自信のなさが見え隠れしていた榛名だったが、最近は随分と落ち着いてきて、周囲のことにも目を向けられるようになっている。

 

「弾着観測のコツを最初に掴んだのはビスマルクさんだったんです。それで、どういう風にやればいいのか皆で共有して――」

 

 そういえば、ビスマルクについても独特のセンスがあるという報告を受けていた。練度はまだ他の戦艦と比べると低めだが、それでも光るものを感じさせる、というものだ。

 

「ま、まあ私は説明上手くできなかったけど……。そこは榛名のおかげね。その点は感謝しているわ」

「いえいえ、榛名もお役に立てて嬉しいです」

 

 戦艦組は連携も含めて上手くやれているようだった。ビスマルクという新しい要素が良い意味で刺激になっているのだろう。

 

「ところで、叢雲と……利根……だったかしら。二人はここで何を?」

 

 ビスマルクの疑問にどう答えようか、少し迷った。

 

「吾輩がサボっておったのを叢雲が注意しておっただけよ」

 

 意外にも、利根が自ら説明した。

 ビスマルクの表情が少し硬くなる。

 

「サボりは感心しないわね。私たちが臨むのは命懸けの戦場よ。そこで足手まといがいたら他の皆の命まで脅かされるじゃない」

「……足手まといにはならぬよ。吾輩とてやるべきことはやっておる。他の者に付き合うのが面倒なだけじゃ」

 

 心なしか、利根の双眸が鋭さを増したような気がした。

 ビスマルクも利根に対して険しい眼差しを向けている。

 

「……日本は和を尊ぶというけれど、貴方みたいな艦娘もいるのね?」

「なんじゃ、喧嘩でも売っておるのか」

「どうかしら。けど、貴方みたいなタイプをあまり好ましいとは思わないわね」

 

 二人の間の空気が剣呑なものになっていく。今にも艤装を出して撃ち合いそうな気配だ。

 

「二人とも、そこまでよ」

「そうです。これから戦場に向かおうというときに内輪揉めは避けるべきです」

 

 私と榛名の制止を受けて、二人は互いに視線を逸らした。

 

「訓練課程が終わったなら戦艦組は休憩に入ってちょうだい。出発は予定通り明日の早朝になると思うから」

「分かりました。それでは行きましょう、ビスマルクさん」

「……ええ。悪かったわね、叢雲、榛名」

 

 ビスマルクはまだ消化不良のようだったが、榛名に押されるようにしてその場を後にした。他の戦艦組も会釈をして去っていく。

 

「珍しいわね、利根が誰かに絡むなんて」

「別段絡んだつもりはない。お主の口からはあの状況を説明し難かろうと思い代弁しただけじゃ」

 

 本当にそうだろうか。

 これまでの利根なら無視していたような気がする。

 

「もういいじゃろ、早く去ね。……吾輩のことなど放っておけば良い」

 

 ごろりと寝返りを打ってこちらに背を向ける。

 

「……利根。言っておくけど、貴方はうちにとっては貴重な戦力よ。だからこそ放ってはおかないわ。面倒臭いだろうけど」

 

 それだけは言っておきたかった。偽善でも何でもなく、指揮官として利根を遊ばせておくことはできない。

 

「本当に――面倒なことじゃな」

 

 聞こえてきたのは、心底嫌そうな響きの伴う言葉だった。

 

 

 

 インドネシアも大小様々な島がある。今、そうした島々の多くは深海棲艦によって占拠されているらしい。

 電撃的な侵攻だったと聞く。人も大勢やられたらしい。生き残った人々は安全地帯に避難したが、幸い深海棲艦による追撃はなかったそうだ。

 湾岸エリアの多くが敵の手に落ちているため、陸地に拠点を設けることが難しくなっている。補給等も困難なので、本作戦はできるだけ短期で片付ける必要があった。

 

「……まあ、作戦のことは上に任せておけば良いか」

「駄目ですよ姉さん、そんなことを言っていては」

 

 独り言に釘を刺してきたのは姉妹艦である筑摩だった。

 

「筑摩か。いつからいた?」

「さあ、いつからでしょう」

 

 筑摩は吾輩と違って人当りも良く、周囲の信頼も勝ち得ているようだった。そのせいか、周囲と吾輩の橋渡し役を自負しているようなところもある。時折それが鬱陶しく感じることもあるが、さすがに姉妹艦である筑摩には強いことを言えずにいた。

 

「何か用か」

「用がなくてはいてはいけませんか?」

「そうは言っておらん」

 

 他人の行動に興味はなかった。こちらに干渉してこなければどこで何をしようと別に何も感じない。

 

「……やはり利根姉さんは遠くを見ているのですね」

「は?」

「こちらを、見ようとしていません」

「……」

 

 筑摩が何を言わんとしているか、なんとなく分かった。会話に付き合えば古傷を抉られる。そんな予感がして、口を閉ざした。

 

「青葉さんも気にされているようでした。利根姉さんが抱えているものについて――」

「それ以上は言うな、筑摩」

 

 思わず筑摩の胸倉を掴み上げてしまった。しかし筑摩は怯んでいない。怯んでいるのはこちらの方だ。

 何を言うべきか迷っていたとき――不意に側で何か物音がした。

 ここは倉庫。近くにあるのは食料や医療品が入った箱だけだ。

 

「……何者か潜んでおるのか?」

 

 筑摩から手を離し、周囲の様子を窺う。今までそういう事例はなかったはずだが――深海棲艦側の工作員が忍び込んでいるような場合、即刻始末する必要があった。

 

「筑摩は反対側から迂回するのじゃ。吾輩はこちらから行く」

「……はい」

 

 薄暗い倉庫の中を警戒しながら進んでいく。

 海上での戦闘とは勝手が違う。艤装を出してドンパチやるわけにはいかないので、慎重に動く必要があった。

 一歩ずつ床板を軋ませながら進む。

 

「……む」

 

 荷物の陰に、人がいた。

 二人いる。まだ幼さの残る男の子と女の子だ。

 衰弱しているのか、ぐったりと倒れていた。

 

「あら」

 

 筑摩が二人を覗き込んで声を上げた。

 

「ナギ君とナミちゃんですね」

「……ああ、どこかで見たことがあると思ったら」

 

 ショートランド島の住民で、うちの提督の命の恩人らしい。日本語と現地の言葉が分かるということで、日常的に泊地へ出入りして手伝いをしていると聞いている。吾輩は何度か姿を見たことがあるだけだが。

 

「なぜこんなところにおるんじゃ……」

「さあ。それより早く外に出してあげましょう。かなり弱っているようですし、きちんとしたところで休ませてあげないと」

 

 面倒だったが、このまま放置して死なれても目覚めが悪い。

 

「……仕方ないか」

 

 二人を背負って、休憩室まで運んでやることになった。

 

 

 

 作戦の打ち合わせに出ていた叢雲が休憩室に飛び込んできたのは、二人を運んでから数時間経った後のことだった。

 その頃には二人の意識も戻っており、大分調子も良くなっていたようだった。狭く薄暗い場所で長時間じっとしていたせいで気分が悪くなっていたらしい。加えて空腹状態に陥っていた。先ほど食事を与えたときはガツガツと美味そうに食べていた。あれならまず問題はないだろう。

 二人は飛び込んできた叢雲の顔を見て、少しぎょっとした表情を浮かべていた。

 

「あ、あの。叢雲姉ちゃん……」

「――なんで、ここに、いるのかしら?」

 

 叢雲は笑いながら噛み締めるよう言葉を紡いだ。ただし、目だけは据わっている。

 明らかに激怒していた。

 

「……ナギ、素直に言って謝ろうよ」

「う、うん。……その、たまにオジサンたちが出かけるの見て、島の外がどうなってるか気になって、つい」

「つい?」

「……こっそり船に入っちゃったんだ」

「ごめんなさい」

 

 二人揃って叢雲に頭を下げる。

 その頭に向かって叢雲は拳骨を振り下ろした。

 

「……ここは今危険な場所よ。命懸けで戦わないといけない場所。興味本位で来ていい場所ではないわ。だからこそ二人には来てほしくなかった。本来、アンタたちが来ていい場所じゃないの」

 

 痛そうに頭を抱える二人に、叢雲は諭すように言った。

 

「二人が死んだらアンタたちのお母さんはどうするの? お母さんを悲しませたくないなら、こういう勝手なことをしては駄目よ」

「……はい」

 

 叱責を受けて二人はすっかり萎れてしまった。元々悪いことをしているという自覚もあったのだろう。だからこそずっと倉庫で隠れていたのだ。

 

「しかし叢雲さん、二人はどうしましょうか。今から二人だけをショートランドまで送り返すのは難しいでしょうし」

「そうね、筑摩。かと言って周囲の陸地は深海棲艦の手に落ちているから、手近なところに預けておくわけにもいかない。……ここに置いておくしかないんじゃないかしら」

 

 二人の頭をさすりながら叢雲がため息をついた。

 そんな叢雲の視線が、部屋の片隅にいた吾輩の方に向けられる。

 

「……なんじゃ?」

「利根。貴方に二人の護衛を任せるわ」

「はあ?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

「突然じゃな、叢雲よ。なぜ吾輩がそんなことをせねばならぬ。言っておくが戦うこと以外で吾輩が役に立つと思うなよ」

「護衛だって戦いじゃない。それに今の貴方は艦隊行動を乱す一因になりかねない。作戦に参加させるより護衛を任せた方が適してると思ったのよ」

「ぐっ……」

 

 そう言われては反論できない。ただ嫌だと駄々をこねても叢雲は承服しないだろう。

 いつの間にか、ナギとナミも涙目のままこちらをじっと見ていた。

 

「言っておくけど、二人に何かあったら私たちはショートランドの人たちからの信頼をなくして拠点も失う可能性がある。二人の護衛は決して楽な任務ではないわよ」

「分かっておる。そこまで理屈で念押しせずともな。……その二人に何かあれば、まずお主に殺されそうじゃ」

 

 ひどく面倒だったが、この任務は断れなさそうだった。

 戦うことが――敵を屠ることだけが今の自分の生き甲斐だと思っていたのに。

 ひどく、憂鬱な気分だった。


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