南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第十八条「先のことは分からなくとも考えよ」

 艦内の慌ただしい気配が伝わってくる。

 深海棲艦掃討作戦の準備に奔走しているのだろう。この個室の中にいても、何かを確認し合う艦娘たちの大声が聞こえてくる。

 戦いが始まる直前の、若干ピリピリした空気。

 しかし、この部屋はそんな空気から隔絶されていた。

 中にいるのは吾輩とまだ幼さの残る兄妹だけだった。密航者たるこの二人の面倒を叢雲から押し付けられたのである。筑摩は手伝いを申し出てきたが、あやつは作戦に参加しなければならない身なので、結局吾輩一人で見ることになった。

 密航者とは言え、我らが提督の命の恩人であり、ショートランド島の住民と我々の懸け橋になっている子どもたちでもある。無下に扱うわけにはいかないし、何かあれば大問題に発展する可能性もある。とんだ爆弾を押し付けられたものだ。

 その爆弾二人は、部屋の外の喧騒が気になるのか、やけにそわそわしていた。様子を見に行きたいが、密航していた件について叢雲から鉄拳制裁を喰らったばかりなので自重している――といったところだろう。

 

「利根さん、もうすぐ戦いが始まるの?」

「……」

 

 いちいち答えずともそんなことは分かるだろう。そう思って無視した。

 

「利根さん」

「利根さーん」

「利・根・さーん!」

「……」

 

 二人揃って代わる代わる名前を呼んでくる。正直鬱陶しい。

 

「うるさいぞ童ども。戦いが始まるかどうかなど見てれば分かるわ。いちいち聞くでないわ」

「えー、利根さん意地悪だ」

「意地悪!」

「……」

 

 殴りたい衝動を必死に抑える。相手は子どもだ。子ども相手に本気で怒るなど燃料の浪費である。

 

「言っておくが、吾輩は密航者二人に親切にしてやるつもりは毛頭ない。命令ゆえ仕方なく面倒を見ているだけじゃ。くれぐれも余計なことをするでないぞ」

「むぅ」

 

 二人が押し黙る。一応、自分たちが悪いことをしているという自覚はあるようだ。

 そうして、今度は一目で分かるくらいの落ち込みっぷりを見せてきた。揃って俯いたままじっと動かない。

 別段仲良くするつもりはないが、これはこれで空気がどんよりして居心地が悪い。

 

「……今後勝手な行動をされないよう一応確認しておくが、お主らはなぜ潜り込んでおったのじゃ」

「それは、島の外がどうなってるのか気になって……」

「なぜ気になった」

 

 先ほど叢雲は追及しなかったが、この二人は単なる好奇心で大それたことをするタイプには見えなかった。子どもゆえ軽率な判断をしてしまう部分はあるようだが、本質的には悪童ではない。未知への好奇心もあったかもしれないが、それを後押しする別の理由があるように思う。

 

「……島の大人たちの中には、今も泊地の皆を良く思わない人がいるんだ」

「オジサンたちがいるときはニコニコしてるのに、いなくなった途端悪口言う人もいるの」

「皆が皆そういうわけじゃないけど……。なんか悔しくて」

「私たちは、泊地の皆が一生懸命やって島のことを助けてくれたのを知ってるから」

「だから、実際この目で皆が戦ってるところを見て、島の人たちに伝えようと思ったんだ」

 

 子どもなりの義侠心ということだろう。

 吾輩はあまり気にしたことはなかったが、島の住民が我らをどう見ているかというのはある程度察しはついていた。

 一部こちらに親しい者たちを除けば、皆我らを厄介者扱いしているのだろう。

 軍事拠点はいつそこが戦地になってもおかしくない。その争いに巻き込まれることを恐れるのは――普通のことだと思う。

 ないと困る。されど近くにはいて欲しくない。そう思うのが普通のことなのだ。そういう意味では、この二人は我らの方に寄り過ぎているとも言える。

 

「お主らの義侠心に水を差すようで悪いが、おそらく吾輩たちが戦っているところを伝えても、何も変わらぬであろう」

「……そうかな?」

「ああ。ここでの戦いはショートランド島の者たちには関わりのないことだし――」

 

 それに。

 誰かを助けるためと言おうが、国のためと言おうが、結局のところ。

 

「――やっていることは、所詮ただの殺し合いじゃからのう」

 

 それが悪いことだなどと青臭いことを言うつもりはない。

 ただ、子どもの口から他人に語って聞かせるような事柄ではなかった。

 

 

 

 周囲の視線がこちらに集まっている。

 先日のレ級騒動の際に受けた負傷は、やはり目立ってしまうようだった。

 横須賀艦隊の母艦である三笠の艦内で、ゆっくりと歩きながら会議室に向かう。護衛役として側に控えている長門と加賀もやや居心地悪そうにしていた。

 

「新八郎」

 

 会議室まで半ばというところで三浦剛臣が姿を見せた。

 

「顔を合わせるのは霧の艦隊のとき以来か」

 

 剛臣は肩を貸そうかと言ってくれたが、その申し出は丁寧に辞退した。別に剛臣がどうという話ではなく、自分にできることで他人に頼りたくない性分なのだ。叢雲に以前それを問題点として突かれたことがあるが、齢三十を過ぎるとなかなか性分は直せない。

 

「……その子が康奈君か?」

 

 こちらの背中に半ば隠れるようにしている康奈に、剛臣は手を振りながら笑いかけた。

 

「はい、康奈と言います」

 

 康奈は軽く会釈しただけで、剛臣の前には出ようとしなかった。

 どうもこの子は警戒心が強いところがあるようで、初対面の相手にはいつもこんな調子になる。

 康奈のことは、艦娘人造計画の被験者だったというところを除き、事前に剛臣に伝えていた。

 

「提督としての素質があるということだったが」

「私はそう見ているんだが」

 

 提督としての素質を持つ者は、他の人と霊力の波長が少し違っている。以前その説明を受けたときは何のことだと思ったが、ある程度艦娘と一緒に過ごして霊力の扱いに慣れてくると、その意味合いがなんとなく理解できるようになった。

 もっとも、それはなんとなく分かるという程度の話に過ぎない。康奈からは他と違うものを感じるが、例えばナギやナミからも微弱ながら似たような波長を感じることがあった。

 

「確かに、俺もこの子からは何かを感じる。……ふむ、会議まではまだ時間もあるし、ここは専門家に見てもらわないか?」

「専門家?」

「ああ。海自の人ではないが霊力の扱いに長けている人がいる。俺もお世話になっている人だ。ちょうど乗艦されていてな。信頼のおける人物だ」

 

 剛臣がそういうなら見てもらうのも良いかもしれない。海自の人間でないなら、康奈の素性について突っ込んでくる可能性も低そうだ。

 案内されて艦内の中心部に進んでいく。大分警備も厳重になっているように見受けられた。

 

「もしかしてその人って、かなり凄い人だったりするのか?」

「俺個人としては様々な点で尊敬しているし、幕僚長を始めとする海自の要職についている者も一目置いているな。あの人がいなければ、我々と艦娘が手を携えて深海棲艦に立ち向かうこともできなかったかもしれない」

 

 話を聞いているうちに、剛臣の提案に乗ったことを後悔し始めていた。以前水元幕僚長と話したときの印象のせいかもしれないが、お偉方というものに苦手意識ができてしまっている。

 剛臣が足を止め、正面の扉をノックする。

 

「三浦です。今、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「構わないよ」

 

 中から聞こえてきたのは、年季を感じさせる女性の声だった。

 

「失礼します」

 

 剛臣が扉を開けて入っていく。こちらもその後に続いた。

 賓客用の部屋かと思っていたが、中は質素な作りだった。さほど広いわけでもなく、豪華な装飾があるわけでもない。

 そんな部屋の片隅に、椅子へ腰掛けた老年の女性がいた。涼し気な色合いの着物を自然と着こなす、どこか上品さを感じさせる女性である。

 

「おや、客人かい」

「はい。こちらは伊勢新八郎。ご存知かもしれませんが、俺と同じ提督です。……新八郎、こちらは北川富士子さんだ」

「はじめまして、伊勢新八郎です」

「はじめまして。あたしはしがない霊能力者とで言っておこうかね。堅苦しいのは苦手だから、気軽に富士とでも呼んでおくれ」

 

 身なりは上品だったが、言葉遣いはさばさばとしていた。それでもどことなく気品を感じさせる。

 

「しがない霊能力者とはご謙遜を。貴方は――」

「他人の経歴をペラペラと吹聴するんじゃないよ」

「おっと、失礼しました」

 

 剛臣と富士さんはそれなりに親しい間柄のようだった。

 

「それよりどうしたんだい、随分と来客が多いじゃないか。そっちの長門と加賀は新八郎のところの子かね。……その子は?」

「……康奈と言います」

 

 意外にも、康奈は前に出て丁寧にお辞儀をした。私や剛臣のときとは随分な差である。些かショックだった。

 富士さんは康奈をじっと見て、少し顔をしかめた。

 

「ちょっと、手を出してもらっていいかい?」

 

 言われるがまま、康奈は富士さんに手を差し出した。その手を富士さんは両手で包み込む。

 ゆっくりと、そこから淡い光が生じた。その光が霊力によるものだというのはなんとなく分かるが、富士さんが何をしているのかはよく分からなかった。

 

「……なるほど。お嬢ちゃんは随分な目に遭ってきたようだね」

 

 富士さんは康奈から何かを読み取っているのか、痛ましげな表情を浮かべていた。

 やがて光が収まると、富士さんは康奈の手を離してこちらに視線を向けた。

 

「一応聞いておくけど、これはアンタたちがやったわけじゃないだろうね」

「……これ、というのは?」

 

 何も知らないからか、剛臣は戸惑っている。

 富士さんはこちらに険しい視線を送ってきた。

 どう反応すべきか僅かに迷ったが――素直に頭を振ることにした。この反応からして、富士さんは艦娘人造計画に加担している人ではないだろう。ならば正直に回答するのが良い。

 

「お富士さん、その子は提督になり得る素質があるようなんです。ただ我々の判断だけでは少々心許ないので、お富士さんに見ていただけないかと……」

「なるほど。あたしの見立てじゃ、確かにこの子は素質ありだよ。単純な霊力値なら剛臣と同格だ。国内最高レベルと言っていい」

 

 恐ろしいくらいの高評価だった。ついでに言うと、剛臣がそんなに凄かったというのも意外である。最高の提督という称号は伊達ではないということか。

 

「だけど、これは元々の素質じゃないね。いろいろなものを無茶苦茶に弄って強引に増強されたものだ。これは推測だけど、お嬢ちゃんはそうされる前のこととか全然覚えてないんじゃないかい」

 

 富士さんに尋ねられて、康奈は躊躇いがちに頷いた。

「この子は好き好んでこの素質を得たわけじゃない。……そういう経緯を考えると、この子を提督にするのは反対だね」

 

 

 

 重巡クラスが率いる深海棲艦の大軍が広がっている。

 霧の艦隊やレ級のように強力な個体はいないようだが、それでも敵の数は脅威だった。

 

「どれだけ強い英雄・豪傑でも、百人の雑兵相手には勝てない。だから数というのはそれだけで怖いものです」

 

 前方の敵軍を望遠鏡で観測しながら青葉がそんなことを言った。

 

「数という点ではこちらも負けてはいないわよ。ま、私なら百人の雑兵相手でも勝ってみせるけど!」

「ビスマルクさん、油断してると足元をすくわれますよ」

 

 自信満々のビスマルクの横には、それを窘める榛名の姿もあった。

 

「そもそも私たちは基本待機してないと駄目だからね。勝手に出撃したら始末書よ」

「大丈夫よ叢雲!」

 

 何がどう大丈夫なのか問い質したい気もしたが、それよりも戦況の確認に集中しなければならない。

 今、私たち南方拠点の艦娘たちの軍勢は約半数の戦力を以てサメワニ沖の深海棲艦と相対している。

 ショートランド泊地の艦隊は増援部隊という位置づけのため数が多くない。そのため中央や両端といった激戦区ではなく、それらの合間を受け持っていた。合間と言っても重要性が低いわけではない。他のポイントが崩された場合は戦局を維持するために死に物狂いで踏み止まらねばならない。窮地の味方がいれば救援部隊を手配する必要もあった。

 現在前線で戦っているのは、那珂や曙たちの水雷戦隊だ。近頃は大型艦に主力の座を譲る形になっていたが、日々の任務の中で練度向上に励んでいたらしく、かなりの暴れっぷりを見せつけている。特に那珂は第二改装も済ませているので、水雷屋としても前線指揮官としても頼りになった。

 

「今のところは順調ね」

 

 ビスマルクがやや含みのある言い方をした。

 

「何か気がかりでも?」

「敵の攻め寄せ方が消極的な気もするわ。かと言って積極的に退こうとする気配もない」

 

 それは先ほどから私も感じていた。こちらを罠に嵌めようとする素振りも見せないが、勇猛果敢に押し寄せてくるわけでもない。何か動き方が中途半端なのだ。

 

「持久戦狙いかもしれませんね」

 

 青葉がぼそりと呟いた。

 

「拠点は手放したくない。と言って現時点で妙手があるわけでもない。ただ、耐えて待てば状況は変わる。そういう動き方のように見受けられます」

 

 彼女は艦艇時代様々な戦いを見聞きしていたからか、観察眼に長けているところがあった。かつてサボ島で戦況を正確に判断できなかったことが、彼女に観察眼を磨かせたバネになっているのかもしれない。

 

「増援ですかね」

「そうね、榛名。……待機中の部隊の一部を周辺哨戒に回しましょうか。敵の後詰や別動隊がいたら大問題だし」

「それなら私が何人か連れて行ってくるわ。ここは当面状況動きそうにないもの」

 

 ビスマルクの申し出を容れるかどうか思案する。彼女はまだ練度に不安があるから、主力艦隊に組み込むのは不安があった。一方で状況を判断する能力はそれなりに備わっている。自分の実力に対して妙な自信を持っている点だけが些か気がかりだったが。

 

「……榛名も一緒に行ってちょうだい。この敵艦隊がアテにする別部隊がいるとしたら、強力な力を持つ個体の可能性もある。単独で高い生存能力を持つ艦隊で行ってきて」

「では、誰か代わりにここへ来させますか?」

「今はいいわ。いざとなれば私と青葉でなんとかする」

「さらっと無茶言わないでくださいよ」

「なるべく温存しておきたいのよ」

 

 戦力はなるべく取っておかないと、もし第二戦があった場合苦しいことになる。

 そしておそらく――第二戦は行われることになる。

 

「ビスマルク、榛名、頼んだわよ。どの戦いでもそうだけど、今は情報が必要になるわ」

 

 敵の目的がまだ見えてこない。単純に各地を占拠することが目的なのか、それとも別の狙いがあるのか。

 嫌な予感が晴れない。もう一歩調査をしておきたかった。

 

「了解。私に任せておきなさい!」

 

 意気揚々と出ていくビスマルクたちを見送る。同じく見送る青葉はどこか不安そうな様子だった。

 

「ビスマルクたちのことが心配?」

「はい。ビスマルクさんのあの自信が強がりでなければ良いんですが――」

 

 確かに、あの根拠のない自信は一種の強がりのようにも思える。

 雑兵百人でも勝つとは言ったが――数の力の恐ろしさを、彼女は艦艇時代の経験でよく知っているはずだった。

 

「榛名もつけたし、大丈夫だと思いたいところね」

 

 まったく、この艦隊は不安要素が多過ぎる。

 だが、任された以上はしっかりとやらねばなるまい。

 頬を両手で叩き、気合を入れ直しながら敵影を睨み据える。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 少し落ち着きつつあった艦内がまだ騒がしくなった。

 どうやら戦いに出ていた一部の艦隊が戻ってきたらしい。

 もっとも吾輩には関係ない――そう思っていた矢先、いきなり個室の扉が勢いよく開かれた。

 

「誰か手の空いてる人はいないかし――ら」

 

 開けたのはこの前絡んできた金髪の外人だった。向こうも部屋にいるのが吾輩だと気付いたらしい。言葉の途中で固まっていた。

 

「……生憎と吾輩は暇ではない」

「そう」

 

 相手は――確かビスマルクとかいう名前だったか――見るからに機嫌悪そうな顔つきになった。

 

「増援が必要か」

「違うわよ。敵の動きを掴むために調査隊を出すの」

 

 こちらの形勢が不利になったわけでないなら、護衛に支障はなさそうだった。

 

「敵情視察なら筑摩を連れていくと良い。あやつは吾輩と違って協調性もあるし索敵能力も高い」

 

 すぐさま扉を閉めようとしたビスマルクに、一応アドバイスを送っておいた。

 ビスマルクは手を止めて、少し意外そうにこちらを見た。

 

「敵に不意打ちを喰らったりすれば、この童どもを守るのが困難になる。そうならぬよう助言しただけじゃ。さっさと去ね」

 

 しっしと手を振ると、ビスマルクは再び嫌そうな表情を浮かべた。

 

「一応、御礼は言っておくわ」

 

 それだけ言って扉を閉める。

 一部始終を見ていたナギとナミは、揃って不安げにこちらを見てきた。

 

「ええい、怯えるでない。今のところは大丈夫じゃ」

「……う、うん」

「大丈夫だよね」

 

 無論、いつどこから奇襲を受けるかは分からない。他の者の邪魔にならぬよう偵察機をこの船の周囲に飛ばしているが、一人でカバーできる範囲は限られている。死角から一気に攻め寄せられる可能性もなくはないのだ。

 待ちの戦は神経が磨り減る。

 前線で戦っている方がずっと気楽で良かった。生きるも死ぬもすべて自分と敵だけの話だからだ。自己責任ですべて片付けられる。

 戦場にいる敵でも味方でもない者ほど、扱いが厄介なものはなかった。

 味方なら放っておけばいい。敵なら倒せばいい。

 では、どちらでもない者は――どうすればいいのか。

 

 

 

 

「伊勢新八郎」

 

 北太平洋攻略のための会議の後、自分たちの艦に戻ろうとしたところで声をかけられた。

 通路の物陰から顔を出したのは富士さんだ。

 

「この後少し良いかい」

「え、はあ」

「返事はしっかりとすべきだよ」

「……はい、大丈夫です」

 

 まるで母に叱られているような気分だった。

 

「悪いがお嬢ちゃんは先に戻っていてくれないかい」

 

 後ろに控えていた康奈に富士さんは優しげな声をかけた。

 何人もの人に挨拶をして疲れていたのだろう。康奈は素直に頷いた。

 

「……加賀、康奈を連れて戻ってくれないか」

「構いません。長門、提督をよろしくお願い」

「ああ、任された」

 

 康奈の手を引いて去っていく加賀を見送ってから、三人連れだって富士さんの部屋に移動する。

 富士さんは、長門の同席については何も言わなかった。

 

「さっきは時間がなくて話を中断してしまったけど、新八郎。あんたはあの子をどうするつもりだい?」

「……できれば、あの子自身で先を決めて欲しいと思っています」

「なら、なぜ自分のところで預かった? 提督に仕立て上げようという腹積もりがあったんじゃないかい」

「失礼ながら」

 

 長門が口を挟んできた。

 

「我らの提督は、そのような人ではない」

「……随分と信頼しているんだね」

 

 富士さんは長門を見て、僅かに口元を緩めた。

 

「過程はどうあれ、あの子に提督としての素質が宿っているのは事実です。ならそれも選択肢の一つとして提示しておかないと、彼女自身に選ばせることにならない。何も教えず隠し続けることがあの子のためになるとは思えないんです」

「なるほど」

 

 富士さんは、こちらの考えについて肯定も否定もしなかった。

 

「新八郎。あんたも少し手を出してくれないか」

「構いませんが」

 

 右手を差し出す。改めて見ると、提督になる前と比べて随分細くなった。

 康奈のときと同様、富士さんはこちらの手を包み込んだ。そこからほんのりと光が生じる。

 

「……なんだか、康奈のときと比べて光が小さいような」

「そうだね」

 

 富士さんはそう言ってすぐに手を離した。

 なんというか、康奈のときと違って随分と盛り上がりに欠ける感じがする。

 

「あんたの霊力がそれだけ少ないってことだよ」

 

 厳しい一言が胸に突き刺さる。他の提督と比べて不足している気はしていたが、こうもきっぱりと言われたのは初めてだ。

 

「ちなみに、どれくらい?」

「一般人がFランクならあんたはEランクだ。あのお嬢ちゃんや剛臣はAランクだね」

 

 二人とは天と地ほどの差があるようだ。

 

「……しかし、実際に確認してみて確信したよ。新八郎。あんたは――このままだと危険だ」

 

 鋭い眼光がこちらの目をまっすぐに射抜いてきた。

 

「……危険?」

「自覚はないのかもしれないけど、あんたはこれまでかなり無理を重ねてきている。真っ白になった髪。平均と比べても痩せ気味の不健康そうな身体。……元からそうだったわけじゃないんだろう?」

 

 確かに、ショートランドに流れ着いたあの日から比べると、見た目はかなり変わっていた。黒髪は真っ白になり、肌も青白さを増した。体重はきちんと計っていないが、昔と比べるとそれなりに減ったように思う。

 

「あんたは割と頻繁に限界以上の霊力を使い続けてきたはずだ。そして、その影響で霊力の源とも言える部分が欠損している」

「欠損していると、どうなるんですか? それを治すことは難しいのでしょうか」

「……治すなら療養しないと駄目だね。提督を続けながらでは無理だ。誰かにあんたの艦娘を託して、一時的にしろ引退でもしないと治療はできない」

「それは難しいです。私はうちの子たちを託せるような相手を知らない」

 

 剛臣や仁兵衛なら信用できそうだが、彼らは既に自分の艦隊を持っている。うちの子たちを受け入れることはできないはずだ。

 

「……あのお嬢ちゃんに託すというのは?」

「それはもっと駄目です。私は艦娘たちにとっての提督ですが、あの子の保護者でもある。あの子の進む道を勝手に決めるような真似はしたくないし――覚悟のできていない者にうちの艦娘たちを託すことはできない」

「……そうかい」

 

 富士さんは静かに目を伏せた。

 静寂が訪れる。

 こちらは、じっと富士さんの言葉を待ち続けた。

 時計の音が大きく感じる――そう思ったとき、富士さんが目を開いた。

 

「だけどそれなら――このまま提督を続けるというなら――あんたは命を落とすことになる」

 

 その回答を、予想していなかったわけではなかった。

 ただ、そこまで酷いことにはなるまいと甘く見ていたのも確かだった。

 元々身体が丈夫な方ではなかったが、提督になってから体調を崩す頻度が一気に増えた。

 何か無理をしているという自覚もあった。

 それでも、なんとかなる、命までは落とすまいと思って続けてきた。

 

「霊力は命そのものだ。それを生み出す源が欠損している。放っておけば――確実に死ぬことになるよ」

 

 こちらの希望的観測を断ち切るように、富士さんは言葉を重ねてきた。

 

「……急に言われても、何と返せばいいのか」

「だろうね。あたしは別にあんたの回答を求めちゃいない。ただ、言っておかないといけないと思ったから言っただけさ」

 

 左胸に手を当ててみる。

 まだ、心臓は動いていた。

「どういう選択をするにしても、あんたは覚悟を決める必要がある。……あんたの命が尽きるまで、あたしの見立てではまだ数ヵ月の猶予がある。それまでに――覚悟を決めることだ」


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