富士さんの部屋からの帰り道。
少し歩き疲れたので休憩しようと、通路上にあった椅子に腰を下ろした。
長門は先程から難しい顔で押し黙っている。
「どうした長門、そんな険しい顔をして」
「いや、どうしたと言われても……。提督は、普段とあまり変わらないな」
呆れ半分感心半分といった感じの表情を向けられる。
普段と変わらないように見えるなら、私も大概嘘つきになったものだと思う。
「提督は……もしかしてもう腹を括っているのか。康奈に全てを託すのか、自分の命を投げ打ってでも提督であり続けるのか」
「いや。それは決めてない。というか決めるつもりはない。決めるのはそこじゃないよ、長門」
「……どういうことだ?」
「命を投げ打って提督を続けたとして、私が死んだらどうなる。皆が消えるか、康奈にすべてを押し付けるか。深海棲艦の残存戦力がどの程度か分からない以上、艦娘の数を減らすことはできない。つまり――結局康奈にすべて押し付けることになる」
長門が「そうか」と頷いた。先ほど長門があげた選択肢は、選ぶまでもないものなのだ。
「すまない、少し動揺していたようだ。……しかしそうなると、選ぶべきは……」
「康奈なら今うちの泊地にいる全艦娘を問題なく扱える。私は無理をしないとカバーしきれない。……私が提督を続けるなら、私の霊力でカバーしきれる範囲まで艦娘との契約を切る必要がある」
艦娘を減らすのか、康奈にすべてを託すのか。選ばなければならないのはその二択だ。
「……提督はどちらを選ぶつもりだ?」
「個人としての感情を排するなら、康奈にすべて託すのが最良の選択肢だと思う」
現有戦力を無理なく運用できる体制に移行するわけだから、戦略的には改善の一手になる。
「ただ、個人的感情込みで考えるなら……それは避けたいと思っている」
周囲の都合で研究の被験者にされ、過去を奪われた康奈に、提督として生きることを強要することになる。それは大人のやるべきことではない。
「提督として生きることが悪いことだとは思わない。私は提督になっていろいろなものを得た。皆と会えた。それは得難きものだと感じている。しかし、同時に大勢の命を背負うことになる。大きな責任を負うことになる。あの子はまだ子どもだ。叢雲たちと同じくらい、せいぜい中学生か高校生程度の子どもだ。そんな子どもが背負うには重過ぎる」
今でも、時折夢に見る。
自分の過ちによって命を落とした一人の艦娘のことを。
たった一つ救えなかった命でも、これだけ重い。命を背負うというのは生半可なことではないのだ。
「ただ、背負っているという意味では、艦娘との契約を切るというのも耐え難いものではある。艦の御魂の元に還るか人間として生きるかの選択肢は提示できるが――それでも皆の期待を裏切ることになってしまう。これまで皆と積み上げてきたものが崩れてしまう。それも、私には耐え難い」
酷い二択もあったものだ。どちらを選ぶのも辛い。
だからこそ、富士さんは覚悟を決めろと言ったのだろう。
「……あの御婦人は、どうお考えなのだろうな。康奈のことを大分気にかけていたようだったが」
「康奈の境遇に同情はしてるんだろう。ただ、現状を鑑みると康奈に提督の役割を押し付けるのも一つの手だと考えている。そんなところじゃないかな。ただ、私があまりに康奈のことを軽視してるようだったら、このままだと死ぬってことは教えてくれなかったような気がする」
あえて康奈の扱いについていろいろ尋ねてきた以上、そこには何かしらの意図があったはずだ。
その後の話の内容からすると、こちらを試していたと考えるのが妥当なところだろう。
「なんにしても安心したぞ提督。平静でいるように見えたから、貴方が自分の命を軽視しているのではないかと危惧していたんだ」
「何を馬鹿な。私だって命は惜しい。無駄に散るのは本望ではないよ」
肩を竦めて見せると、長門は安堵したような笑みを浮かべた。
命は一つしかない掛け替えのないものだ。そう易々と使っていいものではない。
もし使いどきがあるとするなら――他に手段が残されていないときだけだろう。
「敵影発見しました。南東の方角。六体編成の艦隊が五つ程です」
偵察機を出していた筑摩が、淀みのない口調で報告した。
双眼鏡を手に南東を見る。確かに敵影が見えた。それなりに数を揃えているらしい。
こちらは偵察用の部隊と言うことで、榛名・筑摩・島風・雪風・龍驤――そして私ビスマルクの六人しかいない。迎え撃つには少々心許なかった。
「読み通り敵は増援を当てにしていたようですね」
「ええ。けど、あれが増援のすべてだとは思えないわ」
確かにそこそこの数ではあるが、こちらの軍勢に対して逆転を狙えるような規模ではない。
おそらく更に増援が控えているか、別方面から他の増援が向かっているかのどちらかだろう。
「榛名としては、ここで一度報告に戻るべきだと思いますが……どうでしょうか」
部隊の面々に榛名が問う。彼女は自らの意思と判断で皆を引っ張っていくタイプではなく、皆の意見を汲み上げながら一歩ずつ進んでいくタイプの指揮官だった。
「私はもっと先まで偵察に行くべきだと思うわ。あの規模ならどこかに根拠地を築いている可能性が高い」
深海棲艦がどこから来ているのか――というのは未だはっきりとしていない。ただ、一定以上の規模でまとまって動く場合、どこかしらに拠点を築いて行動することが多い。そういうときリーダーシップを発揮する個体を鬼クラスや姫クラスと呼ぶ。
今回も、どこかにそういった指揮官クラスがいるような気がする。もしいるなら指揮官の所在を突き止めない限り、こちらは防戦一方になってしまう。
こちらの説明を受けて榛名は迷っているようだった。
「確かにビスマルクさんの仰ることも分かります。ただ、敵の増援が他の方面からも出ている場合、早急にそのことを伝えないとこちらが大打撃を受ける可能性もあると思うんです」
「それも分かるわ。けど、私はこちらの現有戦力ならどうにか凌ぎきれるんじゃないかと思ってる」
「榛名もそこは信じたいところですが……」
榛名が危惧しているのは、別方面からの増援部隊がいるのか、いるとしたらどの程度の規模なのかが不明瞭だという点だろう。
そこは私たちだけで調べるのは不可能だし、ある程度割り切るしかないと思うが――。
「どちらもやるというのはいかがでしょう」
膠着状態に陥りそうなところで、筑摩が折衷案を出してきた。
「本件の一次報告も必要ですが、敵根拠地の確認も重要性において同等ではないかと思います。なら、両方やりませんか」
「戦力分散のリスクがありますが……」
「私たちが来た道はまだ敵が展開してなさそうでしたし、榛名さんと島風ちゃん・雪風ちゃんならそこまで危険性はなさそうです。私たちの方は多少危険だとは思いますが」
「うちは別に構わんで」
龍驤が即座に答えた。軽空母の艦娘の中では小柄で子どもっぽい印象だが、その実艦載機の扱いに関する腕前や戦略眼においては赤城や加賀と並ぶものを持っている。
「私も構わないわ。榛名、私は筑摩の提案に賛成よ」
「……分かりました。あまり長考している余裕もありませんね。ここは二手に分かれましょう。ビスマルクさん、筑摩さん、龍驤さん……必ず生きて情報を持ち帰ってください」
一度決断すると榛名は迷いがなくなる。すぐに島風たちを連れて母艦へと撤退していった。
「さっきは助かったわ。話が平行線にならなくて済んだ」
「私は私の意見を言ったまでですよ」
筑摩は柔らかな笑みで応じた。
「……こう言ってはなんだけど、貴方は利根と随分感じが違うのね」
「姉妹だからって似るとは限りませんよ。というより、そっくりな姉妹艦というのもあまり見かけない気がします」
確かに、泊地の姉妹艦で似ていると言えそうな組み合わせはなかなか出てこない。
私にも姉妹艦はいたが、艦娘としてはまだ会ったことがなかった。やはり自分とはあまり似ていないのだろうか。
「私たち艦娘は、かつて艦だった頃の経験と艦娘になってからの経験の両方を抱えています。人によっては艦だった頃のことをあまり覚えてないこともあるようですが……利根姉さんは、ある出来事を鮮明に覚えているようで。きっと、ああいう風になったのはそのせいだと思うんです」
「ある出来事?」
「利根姉さんにとっても、当時の人たちにとっても忌まわしい出来事だったと思います。……すみません、それが何かは私から語るべきことではないと思うので、これ以上は」
筑摩はそこでやんわりと話を終えた。
単に不真面目で和を乱すだけの艦娘だと思っていたが、よく考えてみると私は利根のことをそこまで知っているわけではない。
彼女には彼女なりの来歴があって、その結果現在の彼女が構成されるようになったということなのだろうか。
波に揺られながら、かつての戦いのことを思い返す。
英国戦艦からもぎ取った勝利。そこから仕掛けられた復讐戦。
数の暴力に押され、結局自分は沈むことになった。そのことに対する悔しさはあるが、同時に見事だとも思った。
一つの目的のために皆が一丸となって攻め寄せてくる。それはまるで巨大な一つの生き物を相手にしているかのようだった。
個の力を凌駕する数の力。その経験が今の自分を形作っているのかもしれなかった。
いくつかの島で小休止を挟みながら南東へと進み続ける。
途中、何度か深海棲艦の軍勢を見かけた。少しずつだが数が増えてきているような気がする。それは敵の根拠地に近づいていることの証左ではないだろうか。
「んー、なんかヤバイ感じするなあ」
偵察機・彩雲を出していた龍驤がそう呟いたのは、オーストラリアに近づきつつあるときだった。
オーストラリアは本作戦の大分前から大多数の湾岸線を放棄していた。守らなければならない範囲が広過ぎて手が回らないからだ。現在向かっているのも、そういった放棄された箇所の一つである。
「敵部隊の数が明らかにこれまでより多いで。それに何か見たことない奴がおる」
「新型の姫クラスかしら」
「かもな。だとしたら……ビスマルク、あんたの予想通りってことになる」
敵はやはり根拠地を構えていた、ということだろう。ここを拠点に東南アジアの制海権を握ろうというのが狙いなのかもしれない。
「……それじゃ撤退しましょうか。場所が分かったならここに長居する必要は――」
「ビスマルクさん、龍驤さん。敵艦隊がいくつかこちらに向かっています!」
筑摩が緊迫した声を上げた。
「動きからしてこちらは既に捕捉されていると見るべきでしょう」
「なら、尚更長居は無用ね。全速力で逃げるわよ」
「異論なしや。とっととずらかるで!」
海路をUターンし、主機を稼働させる。こちらは三人しかいないのだ。戦ったところでひとたまりもない。
耳障りな音が聞こえる。撤退するこちらを追って、深海棲艦側が艦載機を飛ばしてきたのだ。どことなく生物的な形状をした艦載機がこちらに向かって大量に飛んでくる。
「どうする、うちが足止めするか!?」
「ここで対抗しても数で押し切られるわ。まだこちらの艦載機は取っておいて!」
「けど、そうなるとある程度のダメージは覚悟せんと……!」
敵艦載機から魚雷が放たれる。海面に落ちた魚雷は真っ直ぐこちら目掛けて突き進んできた。
「左!」
魚雷の軌道が見えたおかげで、どうにか回避できた。しかし何度も仕掛けられてはこちらの足が鈍る。
「迷ってる余裕はないわ。とにかく逃げるのよ!」
方針がぶれては致命的なことになりかねない。
今はただ――生きて帰ることだけを考える。
大規模な海戦というのは時間がかかる。
長時間の緊迫感に勝てなかったのだろう。ナギとナミはすやすやと寝息を立てていた。
「まったく、呑気なものよ」
二人の寝顔を見ているうちに浮かび上がってきた安心感を、そう言うことで打ち消した。
まだここは戦場の只中である。吾輩はそこでお荷物を二つも背負わされているのだ。気を緩めることはできない。
戦場において、敵でも味方でもない第三者は厄介なものだった。特に戦えない第三者というのは扱いに困る。
「まったく……こんなのは吾輩の得意とすることではない。叢雲も将としてはまだまだじゃな」
あえて文句を口にするのは心が萎えかけている証拠だった。それを自覚しているからこそ、脇腹の辺りがムズムズするような苛立ちを感じている。
ナギとナミは、最初こそ愛想のないこちらに少し遠慮していたが、時間が経つにつれて慣れてきたのか、よく話しかけてくるようになった。黙っているのが退屈だったということもあるのだろうが、こちらがどれだけ素っ気ない対応をしてもめげない。
次第にこちらも素っ気ない対応をするのに疲れてきて、適当に相槌を打つようになった。
子どもというのは不思議なものだ。大人だったら引いてしまうような場面でも構わず踏み込んでくる。そして疲れ知らずだ。
ふと、まだ手に紐を握っていることを思い出した。先ほどまで二人にあやとりを教えてやっていたのだ。二人が次々と話を続けるのに参って、興味を逸らしてやろうと始めたものだ。
適当にやっただけのあやとりだったが、二人は真剣な顔でまじまじと見つめていた。
「……やれやれじゃ」
ポケットに紐をねじ込みながら意識を外の偵察機に繋げる。
「――!」
遠方に黒々としたものが見えた。先ほどまではなかった。
あれは、敵影だ。しかも相当の数に見える。小粒な影が多い。おそらくは艦載機の群れだろう。
舌打ちして部屋を飛び出し、母艦の司令室に向かって駆け出す。
扉を乱打すると、中から明石が出てきた。
「あれ、利根さん。どうしたんですか」
「敵艦載機の集団がこちらに迫っておる。早く手を打たねばまずいことになるぞ!」
「えっ、本当ですか!?」
明石は慌てて部屋に飛び込み、部屋に備え付けられたレーダーをチェックし始めた。
「……来ました。確かに反応が出始めてます!」
レーダーの範囲よりもこちらの索敵範囲の方が広かったようだ。次々と敵影の数が増えていく。
「母艦に戦力はどの程度残っておる」
「先ほど前線から戻ってきた子たちがいますけど、艤装の状態が万全ではありません。この数を迎え撃つのは正直厳しいです」
「ならさっさと母艦ごと逃げるしかあるまい」
「に、逃げるって言ったってどこに……!? この周辺の陸地で安全な場所はよく分かってませんし、そもそもこの船そんなに足速くないんですよ!」
明石はパニック気味になりながらも船を動かし始めていた。考えながら動くタイプなのだろう。
「他の艦隊の母艦と合流すれば戦力も多少ましになるであろう。それでも駄目なら――」
そのとき、船が大きく揺れた。動き始めたから揺れた――というわけではない。もっと嫌な揺れ方だ。
揺れは一度では済まなかった。二度、三度。これは揺れというより衝撃だ。
「敵の艦攻の魚雷でも喰らったというところか。……この母艦は放棄して各自で散るしかないかもしれん」
「この船ソロモン政府からレンタルしたものなのに……。後で文句言われそう」
「そんなことを言っとる場合か。……明石、この船に民間人は?」
「今回は私たち艦娘と――ナギ君にナミちゃんだけです」
ならばあれこれと気を回す必要はなさそうだった。艦娘なら自分の身は自分で守れば良い。
「そうか。ならさっさとお主らは逃げよ」
「利根さんは逃げないんですか?」
「たわけ、逃げるに決まっておるわ! ナギとナミを連れてな」
明石はどこかほっとしたように胸を撫で下ろしていた。
「一人で大丈夫ですか?」
「余計な気遣いは要らぬ。一人の方がやりやすいわ。お主らは己の身の安全だけ考えておれ。特にお主など戦う力をほとんど持っていないのだからな」
「返す言葉もありません。……それでは私は他の子たちの様子を見に行ってきます。二人のこと、お願いしますね」
そう言って明石は駆け去っていった。これまであまり話したことはなかったが、意外とタフな性格をしているようだ。
「さて、吾輩も呑気してる場合ではないな」
荷物を――決して手放してはならない荷物を二つ抱えて、ここから逃げおおせなければならない。
はっきり言って至難の業だ。だが、戦いに関してはやるべきことを必ずやると決めている。
護衛ありの撤退戦。
腕の振るいどころである。
度重なる敵の襲撃にこちらは疲弊していった。
やはり、数の差というのは如何ともし難い。敵が艦載機中心で攻めかかってきたのも良くなかった。私はあまり対空戦が得意ではないのだ。
「……筑摩。龍驤。この状況で最悪なことはなんだと思う?」
「なんや急に。……まあ、うちらが全滅して終わりというのが最悪やろな」
「ええ。最善は言うまでもなく全員生還。だけど、この状況だとそれも難しい気がしてきたわ」
「誰か一人が残って敵を引き付けますか」
こちらの意を汲んだ筑摩が言葉を続けた。
「そうね。だから私が残るわ。この中じゃ一番足が遅いし、対空能力もない。けどしぶとさには多少の自信がある」
無論、敵の追撃部隊を一人でどうにかできるとは思っていない。十中八九無事では済まないだろう。かつての経験から、それは十分に理解していた。
だが、このまま全員で逃げようとしても限界が来る。ならばこの場に留まって、また数の力に抗ってみるのも良いかもしれない。そういう欲求が湧き上がってきた。
筑摩と龍驤は険しい顔をしてこちらを見てきた。二人とも心情としては反対なのだろうが、他に良い方法が浮かばないからか、反対意見は口にしなかった。
「ここが私の命の使いどころってことみたいね。……ま、この私がそう簡単にやられるはずはないけど」
そう言って身を翻し、こちらに迫っていた敵の艦載機に向き合う。
「ドイツ海軍が誇ったビスマルクとは私のことよ! この私が相手をしてあげるのだから感謝しなさい!」
艤装に標準搭載された機銃を艦載機群に向けて撃ち込む。
無論、こんなものは大して効かないだろう。それでも、敵の注意を引きつけられればそれでよかった。
突然反撃してきたこちらに対し、敵は僅かに戸惑いを見せたようだった。そこに全力で攻撃を仕掛ける。敵の意識が筑摩たちに向かえばおしまいだった。
「……なら、こいつはどう!?」
遠方に見える艦載機たちの母艦――空母ヲ級目掛けて、主砲を構える。かなり距離はあるが、十分狙える位置だった。
「Feuer!」
轟音と共に放たれた一撃は、寸分違わずヲ級に命中した。
敵の動揺が更に広がる。しかし、今度の動揺は先程のものとは性質が異なる。どうするか、という動揺ではない。予想外の出来事にただうろたえているという感じがした。
その隙に偵察機を飛ばし、弾着観測射撃の準備を整える。
「こんなものかしら。それなら私一人で貴方たちを壊滅してあげるわよ!」
主砲の装填を進めながら敵部隊への距離を詰める。そんなこちらの動きを見て、ようやく敵はこちらに狙いを定めたようだった。
敵艦載機が殺到してくる。こちらの対空能力がさほど高くないと見たのかもしれない。次々と艦爆隊によって爆弾が投下される。
どうにか避け続けようとするが、戦艦は駆逐艦ほど小回りが効かない。一つ、二つと命中し、ダメージが蓄積されていく。
こちらも対空戦は諦めて、敵空母を少しでも減らそうと砲撃に集中した。
空母たちを次々と沈めていくが――さすがに数が違い過ぎる。すぐに、こちらの限界が先に来た。
爆弾が主砲に命中し、砲撃が不可能になる。
こうなると、後は少しでも粘りながら逃げ回るしかない。
「……参ったわね。結局、今回もこうなるわけか」
だが悔いはない。今回はただやられるわけではなかった。筑摩と龍驤を逃がすことができた。そういう意味では既に勝利しているようなものだ。
真上を見る。大きな爆弾が落ちてくるのが見えた。
……ああ、ここまでか。
あれは避けられそうにない。
この艦隊は居心地も良かったし、もっといたかったが――ままならないものだ。
「――勝手はさせません!」
そのとき、聞き覚えのある声がして、爆弾が空中で大爆発を起こすのが見えた。
誰かが爆弾に砲撃を叩きこんだのだ。
声のした方を見る。そこには、撤退したはずの榛名と雪風、そして筑摩たちの姿があった。
「ビスマルクさん、今です。逃げますよ!」
榛名がこちらにやって来て、私の身体を抱きかかえた。突然のことに、何とコメントすればいいか分からなくなる。
「対空戦はうちと雪風に任しとき!」
「任されました! しっかりお守りします!」
入れ替わるように龍驤と雪風が前に出て応戦を始める。
「……な、なんで?」
「報告には島風ちゃんに行ってもらいました。『私一人の方が速いし、あっちについていった方が良いよ』って。通信しようとしたんですが、ジャミングされていたみたいで連絡がつかず……」
そう言いながら、榛名は私の額にデコピンをしてきた。
「駄目ですよ、ビスマルクさん。命を粗末にしては。命は一つしかないんですから。本当にどうしようもないくらい追い詰められたとき以外は、投げ出してはいけません」
「……結構、追い詰められてたのよ」
「そうかもしれませんけど、それでも駄目です」
榛名の言葉は、理屈ではないようだった。こうなると抵抗しても仕方がない。
龍驤と雪風の奮戦のおかげか、敵はこちらを追うのを諦めたようだった。
「敵根拠地のことは早めに伝えた方が良いと思いますが、まずはどこかで休憩しましょう。このまま戻ろうとしても体力が持ちませんし」
筑摩の提案で、近くに見えた小島に上がることになった。
敵地に近いということもあって多少の不安はあったが、強行軍を続けるだけの余力は残っていなかった。
浜辺に上陸し、艤装を外して一息つく。
「榛名、ありがとう」
状況が落ち着いたので、改めて礼を言っておいた。
「あのままだと私はまだ沈んでいた。それでもいいかと思ってしまったけど――こうして助かってまた会えたことを嬉しく思うわ」
「私もです。島風ちゃんの提案のおかげですね」
「ええ。後で会ったら島風にもお礼を言っておくことにするわ」
礼を言ったことでスッキリしたからか、急に眠気が襲ってきた。
「悪いけど、少し休ませてもらうわね」
「ええ。……実は榛名たちも強行軍を続けてきたので少々ヘトヘトで。皆、少し休みましょうか」
「異議なしです」
「うちも賛成や」
「私は多少余力があるので、見張りをしておきますね」
浜辺に横たわり夜空を見上げる。
静かな空というのも悪くはない。仲間と一緒に見上げる空なら尚更だ。
そんなことを思いながら、意識が沈んでいくのを感じた。
「……そう。増援部隊は一通り掃討できたのね」
通信機越しの報告を受けて、傍に立つ島風を見た。
「助かったわ。島風の報告が遅れていたら、こちらの被害はもっと増えていたかもしれない」
「でしょー? でも、母艦の方は大丈夫なの、叢雲」
「船自体は駄目だったみたいだけど、乗ってた子たちは退避して他の艦隊と合流したみたいね。……ただ、利根たちだけ連絡がつかないのが気がかりだけど」
明石の話ではナギやナミを連れて逃げたそうなので、ジャミングが効いていた間に通信機の有効範囲外に逃げたのかもしれない。
「こちらは一段落つきましたけど、これからどうしましょうか」
青葉の問いかけに考えを巡らせる。休みを挟みたいところだが、ここで動いておかないと状況を変えられずまた後手に回ることになりそうだった。
「……部隊の再編を急ぎましょう。それと並行で榛名や利根たちの捜索を。何か情報を掴んでるかもしれないわ」
これだけの軍勢なら必ず敵も拠点を構えているはずだ。
そこを叩いて――この戦いを終わらせる。