南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第二条「結果を出すために必要なことはすべて評価せよ」

 ナギたちの村から離れた海辺近くの平野。

 そこに新しく建てられた小屋があった。見るからに急ごしらえといった感じで、ところどころに隙間もある。

 入り込んでくる隙間風を肌で感じながら、九名の艦娘と向き合う。

 

「これからソロモン諸島の首都ホニアラに戻るウィリアムさんたちに同行し、護衛を務める」

 

 昨日皆で話し合った方針を確認する。

 ホニアラまで行けば日本国大使館がある。そこでなら日本と連絡も取れるだろう。自分の現状を国許の家族や友人に伝えておきたい。

 

「いくつか島を経由し、休憩しながら片道二日で向かうことになる。用事を済ませたらまたここに戻ってくるつもりだ」

 

 ずっとホニアラにいた方が楽に過ごせそうだが、この島の人々には今日までいろいろと世話になった。その恩がある以上、食糧難に苦しんでいる彼らを見捨てることはできない。

 

「大淀、明石、間宮はここに残って島の人たちのサポートを頼む」

「承知いたしました。提督もお気をつけて」

 

 本来は彼女も軽巡洋艦として深海棲艦に対する戦力にもなり得るのだが、今は艤装を持っていないため戦う力がない。その代わり、右も左も分からない自分の補佐役として動いてもらっている。

 

「提督、艤装の建造と兵装の開発も進めちゃっていいですか?」

「ああ。資材と相談しながら進めてほしい」

 

 明石、それに間宮も大淀と同様に艤装を持っていない。彼女たちは叢雲の艤装を介して仮契約という形で受肉している。本来の力は発揮できていないが、明石は開発・建造で、間宮は食料方面でそれぞれ皆をサポートしていた。

 

「護衛任務に向かうのは叢雲、漣、曙、白雪、那珂、夕張だ。くれぐれも無理はしないように」

 

 叢雲以外はこの一週間で四苦八苦しながら新たに呼び出した艦娘たちだ。

 

「那珂ちゃん、旗艦を任されたからには活躍しちゃうよっ!」

「おっと、これは漣も負けてられませんな」

「置いていかれないように頑張りますよっ」

 

 那珂、漣、夕張が景気のいい声を張り上げる。契約を交わしてからまだ数日しか経っていないが、この元気の良さには随分と助けられている。

 

「叢雲と白雪は落ち着いているな」

「そういうキャラじゃないのよ、私たちは」

「その、もう少し盛り上げた方が良ければ盛り上げますが……」

「いや、別に駄目だって意味で言ったんじゃないんだ。誤解させたならすまない」

 

 まだ出会って数日しか経っていないため、今一つ誰にどう接するべきなのかが分からない。その最たる例が残りの一人だ。

 

「曙はどうだ?」

「は?」

「……い、いや。もうすぐ出ることになるけど大丈夫?」

「なに、あたしが大丈夫じゃなさそうに見えるわけ?」

「……大丈夫そうだね。うん、よろしく頼む」

 

 他のメンバーと慣れ合わず、一人でいることが多いのが曙だった。叢雲も少しきついところはあるが、曙はそれだけではなく他者と関わること自体を嫌っているような節がある。

 別に自分も人付き合いがいい方ではないから無理に皆と仲良くしろと言うつもりはないが、これから護衛任務をするにあたって一人だけコミュニケーションが取れないというのはあまり良い状態ではない。

 

 ……と言っても、どうすればいいのかさっぱり分からないのが正直なところだけど。

 

 クラス替えして間もない頃とかはこんな感じだったろうか。もう遠い記憶と化した学生時代のことを思い返してしまう。

 コンコンと扉を叩く音が聞こえた。「どうぞ」と返すとウィリアムさんたちが姿を見せる。

 

『そちらの準備は整ったかな?』

『ええ。行きますか』

『ああ。行こう』

 

 我が艦隊の初出撃だった。

 

 

 

 ウィリアムさんたちが乗ってきた船が、波をかき分けて大海原を駆けていく。

 その周囲には、船を守るために叢雲たちが展開していた。時折休憩を挟みながら、油断なく周囲を警戒している。

 普段の様子からは想像しにくかったが、那珂は旗艦として他のメンバーに的確な指示を出していた。彼女と夕張は叢雲たち駆逐艦よりも一回り大きな軽巡洋艦という艦船らしい。かつては軽巡洋艦を旗艦に据えた駆逐艦たちの部隊を水雷戦隊と呼んでいたという。そういうこともあって、那珂たち軽巡洋艦は指揮官に向いているようだ。

 

「提督、お疲れ様です」

 

 休憩時間に入った夕張が船上にやって来た。彼女も那珂と同じ軽巡洋艦だが、少し特殊な立ち位置の艦だったと聞いている。

 

「お疲れ様。皆に比べれば私は疲れてるなんて言えないさ」

「そうですか? ずっと船上をグルグル回って私たちの様子見てたじゃないですか」

「そうだっけ」

「自覚なしですか」

 

 言われてみれば足が結構痛い。どれくらい歩き回っていたのだろう。

 

「提督も少し休みましょう。休息しないと、いざってとき何もできませんよ」

 

 休息しても何もできなさそうな気がしたが、それは言わないでおくことにした。さすがに惨めな気がする。

 夕張と並んで甲板に腰を下ろす。はい、と彼女が差し出したのはカンパンだった。ありがたく頂戴する。

 

「潮風が気持ちいいですね。自力で海の上に立ってるとそう感じる余裕もないですけど」

「やっぱり、ああしてるのは大変なのかい?」

「大変というかある程度の集中力を要するというか。例えとして適切かは分かりませんけど、ずっと自転車乗ってるような感じだと思います。自転車乗ったことないですけど」

「ああ、でもなんとなく分かった気がするよ」

 

 夕張は話が上手い。他の艦娘とも良く喋っているところを見かける。那珂とは違う意味で艦隊の潤滑油になっているような印象を受けた。

 

「……なあ、夕張。この際だから少し相談したいんだけど、いいかな」

「どうしました?」

「曙のことだ。あの子はいつも一人でいるように見える。まるで他の人を避けているみたいだ。あれはどうしてか分かるかい?」

「そういえば提督は、私たちのオリジナル……艦船のことを知らないんでしたね」

「ああ。その艦船時代のことが関係してるのか?」

「本当のところは本人にしか分からないでしょうから、あくまで推測になりますが……やっぱり引きずってるところはあると思いますよ。私もまったくないとは言わないですし」

「艦船時代の記憶というのは、辛いものか?」

「どうでしょうね。基本的に戦争の記憶だから良い思い出とは言いにくいところもあります。でも戦いを誇りとする子もいるから、皆が皆辛いと思っているとは限りません」

「捉え方次第ということか。戦争を知らない世代の私がみだりに踏み入っていいところではなさそうだ」

 

 後世の人間としては、あの戦争の話を聞くたびに「悲惨」「無謀」という言葉が脳裏に浮かんでしまう。だが艦娘たる彼女たちは当事者で、自分とは違う視点であの戦争のことを捉えているのだろう。安易に口を出すべきところではない。

 

「……けど、曙ちゃんに関しては多分辛かったんだと思います。私も伝聞によるところが大きいですけど、あの子は働きの割に結果に恵まれなかったそうです。そのせいで心無い言葉をぶつけられることもあったみたいで」

「それはキツイな。そういうことが積み重なるといろいろ嫌になる」

 

 確かに結果は大事だが、どうしたって上手くいかないときというものはある。そういうとき、いたずらに上手くできなかった相手を責め立ててしまうと萎縮したりやる気を削いでしまうことになる。そんなことでは、それこそ結果に繋げられなくなる。

 

「ありがとう、おかげで少し分かったような気がする。曙のことについては私の方でも少し考えてみよう」

「お願いします。私にできることがあれば言ってくださいね、お手伝いします」

 

 夕張の元を辞してウィリアムさんたちのところに向かう。ホニアラに着いた後のことを少し話しておきたかった。

 

 

 

 予想に反して、ホニアラまでは何事もなく到着した。

 警戒していた深海棲艦はついぞ現れなかった。おかげで叢雲たちは皆怪我一つしていない。

 

「それでは、我々は雇い主のところに向かう。世話になったな」

 

 そう言ってウィリアムさんたちは去っていった。同行するかと誘われたが、こちらは現状行方不明になっている日本人の漂流者だ。正規の入国審査もしていない。まずは日本国大使館の元に向かって今後の身の振り方について相談するのが筋だろう。

 ウィリアムさんたちに教えてもらった情報を頼りに大使館に到着すると、受付の人が怪しげにこちらを見てきた。

 

「……ええと。すみません、実は――」

 

 経緯をどう説明するか迷ったが、嘘を言っても仕方ないのですべて正直に話すことにした。

 受付の人は最初胡散臭いものを見るような眼差しを向けてきたが、話を進めていくうちに戸惑いが表情に出てきた。

 

「私では判断が難しいところですね。責任者をお呼びしますので少々お待ちください」

 

 やがて、大使らしき人が出てきて応接間に通された。

 

「事情は聞かせていただきました。この度は災難でしたね」

 

 その人は長崎さんといって、ソロモンの駐在大使だという。

 

「先日の事故は生存者ゼロと言われていました。貴方だけでも無事でいてくれて良かった」

「今って本国と連絡は取れるんでしょうか。往来はなかなか難しいと思いますが」

「国際電話は今も有効ですので連絡は可能です。ただ――」

 

 そのとき、長崎さんの言葉に被さるような形で電話が鳴った。

 長崎さんは電話が鳴ることが分かっていたようで、落ち着いた様子で受話器を取った。

 

「――伊勢さん。貴方に替わって欲しいそうです」

「どなたですか?」

「海上幕僚長です」

「……はあ」

 

 なんだか偉そうな肩書だが、正直どういう立場の人だかよく分からない。

 とりあえず失礼のないようにしておけばいいだろうと、軽い気持ちで受話器を取った。

 

「もしもし、お電話替わりました。伊勢新八郎と申します」

『海上幕僚長の水元だ。伊勢新八郎君、君が提督になったというのは本当かね』

 

 突然の質問にどう答えるべきか少し迷う。

 

「……ええ。今のところ九名の艦娘と契約を結んでいます」

『名前を挙げてみたまえ』

「叢雲、大淀、明石、間宮、漣、曙、那珂、白雪、夕張です」

『スラスラと出てきたな。そして今挙げた名前はいずれも呼び出すことのできる艦娘だ。……大淀、明石、間宮を呼び出したのは他の艦娘の助言によるものか?』

「はい」

『どうやら本当のようだな。では単刀直入に聞くが君はこれからも提督でやっていくつもりはあるかね』

 

 こちらにゆっくりと考える暇をくれないタイプの人らしかった。こういう人との会話はちょっと苦手だ。

 

「……事故の後、ショートランド島に流れ着きました。そこの人には命を救われましたし、今日に至るまでいろいろとお世話になっています。彼らは今食糧難に陥っていて深海棲艦のせいで輸送もままなりません。その現状はどうにかしたいと思っています」

『その後のことは?』

「それは……まだ決めかねているのが正直なところです」

『早めに決めてくれ。先ほどソロモン政府から内々で依頼があった。君が本当に提督ならばソロモン諸島に常駐させてほしいと』

 

 話が早く進み過ぎている。ウィリアムさん経由でこちらのことをソロモン政府が知ったのだろうか。

 深海棲艦のせいで海路と空路が封じられている現状は、ソロモン諸島のような群島で構成されている国家にとって致命的だ。対抗し得る戦力――艦娘は是非とも欲しいところなのだろう。それは分かる。分かるが――。

 

「即答は難しいです。考えてはみますが猶予をいただきたい」

『そうだな、さすがにこの場で決めるというのも酷だろう。だが考えてみてくれ』

「……ちなみに、もし常駐を断った場合私たちはどうなります?」

『どうにかして本国に帰還させる。その後については君や君の艦娘の意見を尊重しよう』

 

 さすがに、その言葉を素直に受け取るほど自分は素直ではない。

 提督というのは偶発的になるものらしい。つまり訓練してなれるものではないのだ。そんな提督がいなければ艦娘を戦力として使うことはできない。深海棲艦に対する有効戦力が現状艦娘だけということを考えると、本国に戻っても自由の身になれる気はしない。

 その後少し言葉を交わして電話は終わった。なんだかどっと疲れた気がする。

 

「とても圧倒されるような感じがしました。海上幕僚長ってどういう役職なんでしたっけ……」

「海上自衛官の最高位ですよ」

 

 うへえ、と内心溜息をつく。今の自分はそんな相手から電話がかかってくるような状況なのだ。

 目立たずひっそりと平穏に暮らしていければそれでいいというのが自分の望みだったのに。これではまるっきり逆だ。

 先行きに暗澹たるものを感じながら、長崎さんと今後のことについての話を続けた。

 

 

 

 仮眠を終えて甲板に出ると、ちょうど休憩中の曙と目が合った。

 

「お疲れ様。何か異変はなかったかい?」

「別に」

 

 極めて素っ気ない対応だった。くじけてしまいそうになるが、ぐっと踏みとどまる。

 

「そうそう、さっきクッキーもらったんだ。曙も食べるかい?」

「……いらない」

「そうか」

 

 仕方なく曙の隣に立ってクッキーをかじる。

 今は夜。月明りと波の音だけが存在する世界だ。

 

「曙はこれからどうしていくべきだと思う?」

「なによ、急に」

「皆に聞いてるんだ。これからどうしていくべきか迷っててね。他の皆の意見も聞きたいな、と」

「……どうでもいいんじゃない。ここにいようと本国に帰ろうと、大して変わらないわよ」

 

 そう言って、ぷい、と視線を逸らす。

 

「まあ、そうだろうねえ。私はできることなら適当に楽な仕事をして適当に暮らしていきたかったんだが」

「それは残念だったわね。どういう選択をしようと、そういう生活はもう無理よ」

「だろうねえ。だから今人生プランについて改めて検討しているんだけど、どうするかなあ」

「……あんたって、切り替えが良いのか悪いのかはっきりしないわね」

「そうかな。切り替え悪い方だと思うけど」

 

 過去のことは結構引きずるし、即断即決とかは苦手中の苦手だ。

 

「艦娘を指揮する力を手に入れたんだったら、もっと調子に乗るとか、そんなの御免だっていじけるとかしそうなものだけど」

「調子に乗る度に痛い目見てきたからなあ。いじけるのも意味ないし。良し悪しとか望む望まないとか関係なく『そうなってしまう』ってことは誰にだってあるだろう。そうなってしまったって事実は変えようがないし、ならそれに対してどうするかを考えていくしかないんだ」

 

 曙は少し意外そうな表情を浮かべていた。

 

「どうかしたかい?」

「別に」

 

 そのことについて尋ねると、途端にいつもの表情に戻ってしまった。

 

「あんたって、仕事で失敗したこととか結構あるの?」

「そりゃ、いっぱいあるよ。納品後にミスに気づいたり、メンテナンス中に手順ミスが発覚したり、顧客が後から無茶ばかり言ってきて慌てて対応したら要望と違うって言われることもあったっけ。全然、上手くなんてやれてない」

 

 思い出したら頭が痛くなってきた。どれも辛い思い出だ。糧にはなってるのだろうが、極力振り返りたくはない。

 

「社内でもいろんな人のサポートさせられてね。でもサポートだからあまり評価の対象にはならないんだ。なかなか悲しいもんだね、半分近く自分がやったはずなのに、その仕事で評価されてるの他人だけなんだ。……まあ、要領が悪かったんだろうとは思うけど」

「情けないわね。それで提督としてやっていけるの?」

「大いに不安があるのは確かだ。だからいろいろと助けてほしい」

 

 強がっても仕方ないので素直にお願いする。

 

「……ふん」

 

 曙は特に答えず背を向けて去ってしまった。

 夜風がなんとも身に染みる。若い子との会話に難渋するとは、俺も本格的にオジサンになってしまったようだ。

 

 

 

 もうすぐショートランド島に到着するだろうという時間になって、叢雲が甲板に上がってきた。

 

「島に戻ったらホニアラでもらった食料を配って回るんだったわね」

「ああ。焼け石に水だろうけど、ないよりはいい。分配についてはこっちで決めない方がいいだろうね」

 

 長崎大使と話を進めていく中で、ショートランド島の食糧難についての話題が出た。

 ショートランドに限らず今年はソロモン諸島全体が凶作で、あちこちの島で食料が不足しているのだという。

 幸いホニアラにはある程度の貯えがあったので、いくらか分けてもらうことにした。他の島の分についても一応尋ねてみたが、そちらは別途輸送を考えているとのことだ。物資を大量に積んだ船が深海棲艦に沈められたら損失が大きいので、輸送は小分けにしているらしい。

 

「食料や物資の問題は常に起こり得る。今回だけ輸送できればそれでいいというものではない。安全に輸送するための環境を維持しないと意味がない」

「あら、分かってるじゃない」

「いや、実際は大淀からの受け売りだけどね。かつての戦争のときはそうしたシーレーンの維持に随分と苦戦したらしいけど」

「そうね。私も詳しくは知らないけど、戦争が進むにつれてシーレーンが維持できなくなって輸送が過酷なものになっていったらしいわ。それで失われたものも沢山ある」

「……」

「どうしたの?」

「普通に会話が続くことに有難味を感じていた」

「はあ? ……大丈夫?」

「大丈夫だと思いたい」

 

 そのとき、叢雲の表情が瞬時に険しいものへと変わった。彼女のこういう表情を見るのは二度目だ。

 

「深海棲艦か」

「ええ。近くにいるはず」

「今、哨戒に出てるのは誰だ?」

「曙よ」

 

 現在、叢雲たちは船の周囲に留まって護衛を務める者、そこから少し離れて哨戒を行う者、休憩する者でローテーションを組んでいる。今船の周囲には那珂、夕張、白雪、漣の姿があった。

 

「曙一人か」

「ええ」

「休憩中のところ悪いが叢雲は曙の様子を見てきてくれ。もう一人誰か連れていってくれ」

「敵を見つけたらどうする?」

「敵の数が二体までならその場で撃退。それ以上いるならこっちに誘引だ。数に劣る状態で戦うのは良くない」

「了解――!」

 

 叢雲が艤装を展開しながら船上から飛び降りる。

 自分が戦うわけでもないのに、身体が震えた。

 

 

 

 相方に漣を選んだのは、曙と姉妹艦だからだ。

 撤退する際に曙にごねられたら困る。そういうときに説得してもらおうという考えだ。

 

「叢雲ちゃん、ご主人様とは何話してたんですー?」

「今後の方針について……だと思うんだけど、なんか途中で脱線した感じがするわ。会話が続くことがありがたいとか」

「あー。多分それ、その前に曙ちゃんと話してたからだと思いますな」

「ああ……」

 

 曙相手では確かに会話は続かないだろう。自分もあまり長時間話せそうな気がしない。なんというか避けられている感じがする。

 

「姉妹艦としてフォローしとくと、悪い子じゃないんですよ」

「それは分かってるわ。あの子も……多分何かを引きずってるんでしょ」

 

 言ってしまえば、艦娘は皆一度死んでいる。それも、多くの者は無念を残したまま。曙はそれが色濃く出ているタイプだが、他の子も大なり小なり似たような側面はある。漣の一見ふざけているような口調も、彼女が引きずっている何かに影響しているのだろう。

 

「一応私も広い括りでは姉みたいなものになるわけだし、もう少し話せたらとは思うんだけど」

「お姉様?」

「……なんだろう。漣にそう呼ばれるのはなんか嫌だわ」

「ショック!」

 

 そんなふざけたやり取りはすぐに終わった。砲撃音が聞こえたのだ。

 

「もう始まってるみたいね」

「行きますか!」

 

 音のした方に向かうと曙が五体の深海棲艦に追われているのが見えた。

 敵は二体が軽巡クラス、三体が駆逐クラスだ。曙一人は勿論こちらの二人を加えても少々厳しい。

 

「まずは曙のフォローよ。その後敵を船まで引きつけて、那珂たちと合流して一気に叩くわ!」

「異論なし!」

 

 主機を全力で稼働させ、曙たちのところに突っ込みながら主砲を構える。

 

「てーっ!」

 

 掛け声に合わせて漣との一斉砲撃を行う。曙の側に迫っていた軽巡クラスに直撃したが、倒すには至らなかった。だが、その隙を突いて曙はこちらに合流する。

 

「大丈夫?」

「……少しやられたわ。けど、まだやれる」

「よし、それじゃ船まで戻るわよ」

「戻る? それじゃ船が危ないじゃない!」

 

 敵から距離を取りながら曙が反論する。

 

「あいつの指示よ。私たちだけじゃあいつら倒せないでしょ。那珂たちと合流しないと」

「だったら向こうが来ればいいじゃない!」

「護衛役が皆離れたらそれこそ船危ないでしょ」

「っ……それは、そうだけど!」

 

 何か言いたそうにしながらも、曙は視線を逸らしてしまう。

 いつもはこちらも無理に踏み込まず、ここで会話が終わる。しかし今は戦闘中だ。

 

「言いたいことがあるならはっきり言う!」

 

 突然怒鳴られて曙は目をぱちくりとさせた。

 

「今は戦闘中で、あんたは戦闘方針について異論を唱えようとした! だったらはっきり言いなさい! 言わずにやられて後悔したいわけ!?」

「そ、そんなわけないでしょうが! あたしはただ、あいつが戦闘に巻き込まれないかって思っただけで……」

 

 それを聞いて、確信した。

 やっぱり曙は悪い子なんかじゃない。ただ人を避けて、素直に思いを伝えられないだけだ。

 

「だったら曙、敵を引き付け終わったらあんたは船の……提督の護衛に専念しなさい。あんたが守るの。それなら文句ないでしょ」

「あ、あたしが!?」

「ほら、行くわよ」

 

 敵が態勢を整えて再び速度を上げてきた。こっちも追いつかれないよう逃げる。

 ただ逃げるだけだと怪しまれそうなので時折撃ち返す。当たらないかと期待したりするが、そうそう上手く当たることはなかった。自分の練度不足を痛感する。

 程なくして船が見えた。船上で身を乗り出して心配そうな顔をしているのが約一名。大人しく引っ込んでいた方が安全なのになぜそうしないのか。

 

「ったく、世話の焼けるのばっかり! ほら曙、後は護衛!」

「わ、分かったわよ!」

 

 下がる曙と入れ替わるように那珂、夕張、白雪が出てきた。

 普段見せる明るいキャラとは打って変わって、戦場の那珂は凛々しい顔つきになっていた。

 

「お疲れ様、叢雲ちゃん、漣ちゃん。まだやれるね?」

「当然」

「イエス、マム!」

「ならやるよ。夕張ちゃん、白雪ちゃん、囲んで撃とう」

 

 那珂がさっと手を挙げて二人に指示を出す。夕張と白雪もそれに応えてすぐに動いた。

 こちらめがけてまっすぐ突っ込んでくる深海棲艦たちは、やや密集しつつあった。

 それを囲むように夕張、白雪、そして私と漣が動く。深海棲艦もこちらの狙いに気づいたのだろう。正面の那珂に向かって勢いよく突っ込んでいく。

 

「――狙いよし、撃ち方はじめ!」

 

 そこに横合いから白雪が主砲を撃ち込んだ。容赦ない連撃に深海棲艦の足が止まる。

 

「……止まっちゃっていいのかな?」

 

 那珂が不敵な笑みを浮かべる。

 深海棲艦たちの何体かは白雪の攻撃に耐えながら主砲を那珂に向けた。

 そのとき、深海棲艦たちのいたポイントで大きな音とともに飛沫が上がった。

 魚雷だ。白雪が敵を止めた隙に、他の全員が魚雷を一斉に撃ち込んだのだ。

 それがすべて直撃し、密集状態だった深海棲艦たちはまとめて沈んでいく。

 

「いえいっ、那珂ちゃんたち大勝利ー!」

 

 那珂の勝利の掛け声が、大海原に響き渡るのだった。

 

 

 

 無事ショートランド島に帰り着くと、大淀たちやナギ・ナミが出迎えてくれた。

 

「おじさん、おかえり!」

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 

 二人の頭を撫でながら積荷のことを伝える。

 

「本当? それじゃ村に帰ってどうするか決めないと!」

 

 そう言って二人は駆けていってしまった。

 

「それじゃ積荷は二人が戻ってくるまでこのままにしておくか。となると――ああ、さっきの戦闘についてまとめておこう」

 

 船の前で皆が整列する。ただ、曙だけ何か気まずそうに視線を逸らしていた。戦闘が終わってからずっとこんな感じだ。

 

「ええと、MVPを決めればいいんだっけ」

「はい。それから良かった点と悪かった点をまとめてください。その積み重ねが、艦隊を少しずつ強くしていくことになります」

 

 大淀のアドバイスに頷いて、六人の姿を見る。

 これまでは評価される立場の人間だったから、こうして誰かを評価するというのも妙な感じがした。だが自分以外に彼女たちの働きを評価できる人間はいない。なら思ったようにやるしかないだろう。

 

「それじゃあ……MVPは曙かな」

「え?」

 

 曙がさも意外そうな声を上げた。一方他の皆はある程度予想できていたのか、さほど動じているようには見受けられない。

 

「な、なんであたしなのよ。一体も倒せてないし、指揮執ったのは叢雲とか那珂ちゃんだし、敵足止めしたのだって白雪じゃない」

「哨戒中に敵を発見したこと、そこで敵の攻撃に耐えながら叢雲たちと合流し、敵を誘引したこと。そして他の五人が敵を倒すまでの間に船の護衛を務めあげたこと。……この三点で評価したんだけど、何かおかしいかな」

「いいんじゃない?」

「那珂ちゃんもそれでいいと思うよ」

 

 叢雲と那珂が同意する。夕張たちにも視線を向けたが、全員が頷いてくれた。

 

「他の人はどう思うか分からないけど、私は敵を倒すことだけが評価すべきポイントではないと思っている。他の仲間のサポート、護衛、作戦立案……結果を出すために必要なことすべてを評価対象にしたい。例えば、敵を倒さず目的を達成できるような作戦を立案したら、これはもうとても大きな成果だと評価するよ」

 

 そこまで言っても曙はまだ戸惑っているようだった。夕張の話からすると、こういう風に評価されるのに慣れていないのかもしれない。

 少し大袈裟かとも思うが、曙の正面に立って頭をわしゃわしゃと撫でてみる。

 

「今回は助かった。これからもいろいろと助けてくれると嬉しい」

「……ふ、ふん! 仕方ないわね、これからも助けてあげるわよ。私に十分感謝しなさい、このクソ提督!」

 

 こちらの手を跳ね除けて、曙は逃げるように駆けていった。

 

「……クソ提督って」

「ご主人様、あれは曙ちゃんなりの照れ隠しです」

「そもそもいきなり頭撫でるとか何? クソ提督って言われても仕方ないわね」

「む、叢雲ちゃん……」

 

 いろいろと心に突き刺さるものがあった。やはり若い子とのコミュニケーションは難しい。

 

「大丈夫ですよ」

 

 と、夕張がこちらの肩を叩いてきた。

 

「提督はいい提督になりますよ。そして、この艦隊もきっといい艦隊になります」

「だといいけどな……」

 

 先行きはまだまだ不安だ。

 だが、それでもやっていくしかない。足を止めていられる状況ではないのだから。


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