第二十一条(1)「言葉に意味を与えられる者になれ」
浜辺に小さな人影が見えた。
このまま海の中に消えてしまうのではないか――そんな風に思えてしまうほど、小さくて儚げな影だ。
「新八郎」
声をかけると、その人影はこちらに顔を向けた。
「叢雲か。どうしたんだ、こんな夜更けに」
「それはこっちの台詞よ。一人でこんなところに来て」
新八郎は、春先から更に痩せ細っていた。
体力も落ちて、杖をついて歩くことも難しくなっている。そのため最近は車椅子で生活するようになっていた。
普段は康奈が側についているのだが、今はいなかった。おそらく康奈が寝ている隙にこっそりと出てきたのだろう。
「今までのことを振り返りながら、いろいろと書いていた。部屋でやっても良かったんだが、ものを書く音というのは意外と静かな場所ではうるさく感じる。康奈を起こしてしまっては悪いからね」
新八郎の膝の上には大量の文字が書き連ねられたノートがあった。
「見ていい?」
「ああ、いいよ」
ノートには、この泊地が発足してから今日に至るまでの出来事と、所属する艦娘一人一人のことが記載されていた。
「記録を残しておこうと思ったんだ」
「記録?」
「ああ。くだらないことかもしれないが――いつかこの泊地がなくなったとしても、ここに皆がいたということを、忘れて欲しくないと思ってね。感傷と言えば感傷だが」
艦娘については、プライベートに抵触しない範囲でこれまでの事績と人柄について記載されていた。新八郎はデスクワークが多く、比較的接する機会の少ない艦娘もいたはずだが、そういった子たちについてもよくまとめられている。
「ま、後は康奈の参考になれば……という意図もある」
「直接アンタが教えてあげればいいじゃない」
「聞かれれば答えるが、いつでも答えられるわけではないからなあ」
新八郎は、春先の作戦の後で康奈と何度も話し合い、提督としての権限を一部譲渡することにしたらしい。
ただ、譲渡自体はまだ行われていない。提督権限の譲渡はされる側に多大な負担がかかるので、なるべく負荷をかけずに譲渡できるよう霊力の制御方法を学習しているのだそうだ。
そのために何度か本土からお富士さんというお婆さんが訪れている。お富士さんは霊力の制御に長けているそうで、新八郎や康奈の健康状態もチェックしてくれているようだった。
そのお富士さん曰く、このままだと新八郎は九月頃に危険な状態になるらしい。新八郎の霊力でカバーしきれないくらいの艦娘と契約しているせいで、新八郎の霊魂が壊れてしまっているからだそうだ。最近ますます痩せているのもそのせいだという。
「……康奈は良いって言ってるんだし、早めに譲渡した方が良いんじゃないの。お富士さんも時間がないって言ってたし」
「まあ、そうかもしれないんだがな。もう少しでこうコツが掴めそうな気がするんだ」
「同じセリフを一週間前にも聞いた気がするんだけど」
「そうだっけ?」
まいったな、と新八郎は困ったように笑う。
そんな新八郎が今にも消えてなくなりそうで、こちらとしては落ち着かないものがあった。
「AL/MI作戦が無事終わったら、その頃には譲渡するよ」
新八郎が口にしたのは、春先に行われた大規模作戦の続きとなる作戦のことだ。
北太平洋の制海権を確保するため、AL方面とMI方面を同時に攻略する。かつてない規模の艦娘を投入する最大規模の作戦になるそうだ。大本営はこの作戦にかなり本腰を入れているらしい。
もしかすると、新八郎が康奈に権限を譲渡しないのはこの作戦のせいなのかもしれなかった。
大規模作戦を前に提督が替わるとなると、どうしても影響が出てしまう。新八郎はその点を懸念しているのかもしれない。
「次の作戦は、どうにも嫌な感じがする」
「嫌な感じ?」
「元々俺はこの戦いにあまり乗り気じゃないからそう映ってしまうのかもしれないけど……」
新八郎の一人称が『俺』になった。建前ではなく本音を話そうとしているのだろう。
「大本営は北太平洋になぜこうも執着しようとしているのか。深海棲艦に立ち向かえる力を保持していることを利用して、何か他の国に対して優位に立とうとしているんじゃないか、という感じがする。国としてそういう欲を持つこと自体は否定しないが――欲に目がくらむと人間はどうしても物事を見落としがちになる」
「何か、大本営が失念してるってこと?」
「戦力の投入の仕方が過剰に感じるんだ。敵勢力を叩き潰すのに十分な戦力を向けるのは良いんだが……それで守りが疎かになるのはどうにも良くないと思う。深海棲艦がその隙を突いて本土を急襲したらどうするつもりなんだろうか」
「……乾坤一擲の大勝負のつもりなのかもしれないわね」
「そうする必要性が見えてくるなら俺もとやかく言わないさ。……ただ、今回はそこまでやるような作戦に思えない。北太平洋なんて確保したところで維持できると思えないんだよ」
新八郎の言うことはもっともだった。おそらく他の提督の中にも同様の懸念を抱いているものはいるはずだ。大本営は、そういった意見を黙殺するつもりなのだろうか。
「そもそもの話、俺たちは深海棲艦についてよく分かっていない。敵の目的も分からず思考も読めないまま、こんな大博打に出るというのは――些か楽観的過ぎる気がする」
新八郎の目が鋭くなった。視線の先には静かな夜の海が広がっている。新八郎には、その光景がどう映っているのだろうか。
「……けど、もう決まっちゃったんでしょ。それなら、できる範囲でやるしかないんじゃない?」
「そうだな。俺単独で臨む最後の作戦だ、あまりぐちぐち言わずにやれることを頑張っていくしかない」
康奈に提督権限を譲渡した後、新八郎はしばらく治療に入る。その後十分に治療ができたら再び提督に戻ることになっていた。二人の提督で泊地を切り盛りする形になる。
「そうだ、叢雲」
「なに?」
「この作戦が終わって康奈に提督権限を譲渡したら、俺はしばらくここを離れることになる。その前にせっかくだから祭りをしたいと思うんだが、どうだろう」
「祭り?」
「もうじき一年になるからな。一周年記念の祭りだよ」
ああ、と思い至る。
この泊地が発足したのは昨年の八月の終わり頃だ。もうすぐ一年になるのか――と今更気づく。
「いいんじゃない? けどうちにそんな余裕あるの? 大淀がまた泣くわよ」
「お金をかけずともやりようはある。ま、その辺のことは任せてくれ」
新八郎がいたずらっぽく笑った。
「そこまで言うなら反対はしないけど。……じゃ、約束ね」
「ああ。約束だ」
二人で指切りをする。
二〇一四年七月末。
そのときは、もうすぐそこまで迫っていた。
泊地の司令室に主だった艦娘たちが勢揃いした。
集まった者たちの表情には緊張が見え隠れしていた。今度の作戦はかつてない規模のものになるからだ。
それに、作戦の舞台となる場所が問題だった。AL/MI方面。そこはかつて南雲機動部隊が――私や赤城さんたちがいた部隊が一戦で壊滅した地でもある。
赤城さんや蒼龍・飛龍たちもいつも以上にピリピリしている。私自身も例外ではない。どこか心が落ち着かない。
「……加賀さん、大丈夫?」
側にいた鳳翔さんが心配そうにこちらを覗き込んできた。よほど酷い顔をしていたのだろうか。
「大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
「いえ、いいのよ。ただ、あんまり力み過ぎないようにね」
鳳翔さんに言われて、少し楽になったような気がした。すべての空母の母とも称される彼女は、艤装の性能によらない不思議な力を持っているような気がする。一緒にいると心が安らぐのだ。
そのとき、車椅子に乗った提督が司令室にやって来た。車椅子を押しているのは康奈だ。二人は後見人と被後見人だが、実際の関係は師匠と弟子のようにも見える。
「皆集まっているかな」
提督に言われて周囲を見る。この泊地にいる部隊指揮権を持つ艦娘の大半が揃っていた。一部遠征に出ている軽巡洋艦が不在というくらいだ。
「それではAL/MI方面作戦についての編成発表を行う。もし異論があれば遠慮せず言ってくれ」
提督が手にした用紙を見ながら次々と艦娘の名前を読み上げていく。
AL方面の総指揮官は那智。副官として龍驤がこれを補佐する。その下に扶桑型や伊勢型といった航空戦艦がつき、実戦部隊を牽引する。その下には重巡洋艦や駆逐艦たちがつく。
一方、MI方面は空母主体の編成が発表された。主要メンバーは赤城さん、私、蒼龍、飛龍、榛名、霧島。この下に水雷戦隊を中心とした護衛部隊が多数つく、という編成内容だった。
主要メンバーの人選は、以前から私たち自身が提督に希望していたものだ。皆、かつてMI海域で苦汁をなめさせられている。あのときの雪辱を晴らしたいという思いは共通のようだった。
「MI方面の総指揮は赤城に任せたい。副官は少し迷ったが……今回は加賀に任せようと思う」
「私、ですか?」
「赤城は一旦戦場に出るとなかなか引かなくなるからな。そういうとき赤城を抑えられるような副官でないと不安だ」
「おや提督、まるでそれでは私が猪突猛進みたいではないですか」
「猪突猛進とは言わんが危ういと思うことはある。お前は場合によっては自分の命を捨ててでも勝利を取ろうとするきらいがある」
即座に返されて、赤城さんも「むう」と押し黙った。
蒼龍たちや榛名では赤城さんを止めきれないだろうし、霧島はむしろ赤城さんと似た性質の持ち主だ。いざというとき赤城さんを抑える、という理由なら確かに私が適任なのかもしれない。
「ま、私も副官が加賀さんという点には異論ありません。他の点についても特に問題はないと思います」
「……そうですね。私としても異論ありません。こちらの要望を聞き入れてくださってありがとうございます」
他の意見もなく、AL/MI作戦の編成はこれで決定となった。司令室にいなかったメンバーへの通達をこれから行い、明朝ここを出立することになる。
会議の後、どことなく気分が落ち着かなくて、人気を避けるように泊地のはずれの方に足を向けた。
かつて、赤城さんや私が所属した第一航空戦隊、蒼龍たちが所属した第二航空戦隊は各国から恐れられた最強の機動部隊だった。
それがたった一度の戦いで壊滅状態に追いやられたのがMI海域で行われた海戦である。
敵戦力と比較してみても、十分勝ち目のある戦いだった。まずかったのは戦い方だった。どれだけ強かろうと、一手間違えれば簡単に沈んでしまう。それが海の戦だった。
あの戦いによって日本が受けたダメージは計り知れない。あの戦いで日本の敗北が決定したという意見もあるくらいだ。
今回の相手は深海棲艦だし、こちらの戦力も以前とは違っている。それでもあの苦い敗北が頭からどうしても消えない。リベンジしたいという思いに偽りはないが、あの海域へ向かうことの恐れも生じている。
「こんなところにいたのか」
一人物思いに耽っていると、不意に声をかけられた。
顔を上げると、そこには提督と康奈の姿があった。
「どうかされたのですか」
「今度の作戦が皆にとってどういう意味合いを持っているかは私も知っているからね。出立前に個別に声をかけておこうかと」
今回、提督はどちらの作戦にも参加しない。体調不良が主な理由だ。AL方面は呉の提督が、MI方面は横須賀の三浦提督が全体の総指揮を執ることになっている。
だから、今のうちにやれることをしておこうと考えているのかもしれない。
「私なら大丈夫です」
「そうは見えないが」
こちらの強がりを提督はきっぱりと否定した。
「何か困っていることがあれば遠慮なく言って欲しい。無論、どうしても言いたくないというなら無理強いする気はないが」
「……言って解決することだとは思えませんが」
「言うことで楽になることもある」
提督はじっとこちらを見たまま、私の言葉を待っているようだった。
「先ほど提督は、赤城さんを『場合によっては勝利のために命を捨てようとするところがある』と評していましたね」
「ああ」
「私も時折そう思うことがあるのです。そして、そんな赤城さんを止められる自信が私にはありません」
赤城さんは常に勝つために最善を尽くそうとしているようなところがある。戦いに臨む以上それは当然だが、赤城さんの場合は些かその傾向が強過ぎる気がした。
「提督は赤城さんを抑えることを私に期待されているようですが、私自身それができるかどうか分かりません。何かあったとき赤城さんが無茶をしないよう止めたいとは思っているのですが……。どうしても不安が消えないのです」
「ふむ」
提督は目を閉じて何か考えているようだった。
「……不安や緊張というものは嫌な隣人に似ている。消そうとしても消えるものではない。上手く付き合っていくしかないな」
「付き合っていく……ですか」
「見てみぬ振りをしろということではないよ。不安が生じるということには必ず理由がある。そこから目を背けてはいけない。……加賀は赤城を止められる自信がないというが、ではなぜ加賀が止められないくらい赤城は勝ちに固執するのだろう。そこが分かれば不安も多少は和らぐかもしれない。一度、赤城と話をしてみると良いんじゃないかな」
赤城さんが勝利にこだわる理由。推測はできるが、そのことについて話したことは一度もなかった。
このまま一人で不安を抱え続けるよりは、赤城さんと一度言葉を交わしておくべきかもしれない。
「……そうですね。折を見て、声をかけてみようと思います」
「それがいい」
提督はそう言うと、ポケットの中から小さな箱を取り出した。
「これも渡しておこう」
箱を開けてみると、中に入っていたのは簡素な作りの指輪だった。以前叢雲がもらっていたものと同じだ。あれから古鷹や北上・大井、潜水艦の子たちも受け取ったと聞いている。
「赤城さんではなく私で良いのですか?」
「ああ。この指輪が十分な効力を発揮できるだけの練度になっているのは加賀だけだし、今回の作戦に関しては加賀と連絡を取り合った方がスムーズに話が進められると思う」
指輪を送るという行為には相応の意味があると思うのだが、この人はあくまでこの指輪を道具として見ているようだった。それによって艦娘間で変にギスギスした雰囲気にならないのは良いのだが。
「……提督は、きっと行き遅れますね」
「いきなりどうした」
「いえ、なんとなくそう思っただけです」
「行き遅れは嫌だな。私も人並みに結婚願望はあるんだが」
提督は、なぜ突然言われたのかまるで分かってないようだった。首を傾げながら「うーん?」などと唸っている。後ろに控えている康奈も半ば呆れ顔だった。
「……この戦いから戻ってきたら、提督に一度女心というものを伝授してあげます」
「え、いや、それは別に……」
「でなければ行き遅れます」
「……分かった。ではよろしく頼む」
提督は不承不承頷くと、すぐに表情を改めた。
「必ず皆で戻って来い、加賀。私が望むのは勝利などではない。皆の成長と生還だ」
「ええ、必ず戻ります。提督がここで待っている限り」
「待っているさ。待つことくらいしかできないからな」
提督が笑った。その顔を忘れないようにしようと心に決める。
きっと、あの海域での戦いは熾烈を極める。追い詰められそうになったとき、この人の顔を思い出せば――勇気が湧いてくるような気がした。
ショートランドからの出立は特にトラブルもなく済んだ。
浜辺で見送る提督や叢雲たちに別れを告げてから海路を北上し、トラック泊地で他の艦隊と合流、そこから更に北東へと向かう。
春先に攻略したピーコック島は、トラック泊地の艦娘たちが守っていた。今回はそこを拠点に北の海域を攻略する。AL方面に向かう龍驤たちとは既に分かれていた。
赤城さんとはまだ話せていなかった。あの後話そうと赤城さんを探したのだが、見つけられないまま出立の時間を迎えてしまったのである。そこからはずっと作戦行動中ということで、個人的な会話ができる雰囲気ではなかった。
どこの拠点も考えることは皆同じなのか、今回の作戦でMI方面に向かうメンバーに赤城・加賀・蒼龍・飛龍を入れている艦隊が多かった。どの私たちも、やはりMI方面で起きたあの戦いに対する思いは同じらしい。
ただ、艦隊全体がそんな調子なので、雰囲気は出立前よりも更にピリピリしたものになっている。
斥候の報告によれば、この先には敵の大軍が待ち構えているらしい。敵にとってもこの辺りの海域は重要な拠点のようだった。
「――先行していた横須賀の赤城隊から連絡がありました。敵艦隊との交戦を開始。相手には見慣れぬ新型の深海棲艦が含まれているとのことです」
指揮官にのみ渡された通信機を手にしながら、赤城さんが戦況を報告した。
「新型……また鬼クラスもしくは姫クラスでしょうか」
「暫定的に大本営はこの個体を中間棲姫と名付けたそうです。飛行場姫や港湾棲鬼と同じタイプの陸上型みたいですね。相当タフな相手で横須賀の艦隊も攻めあぐねているようです。私たちも行きましょう」
赤城さんは普段よりも厳しい表情をしているが、指揮は普段と変わりないように思えた。
進んでいくにつれて、空が赤くなっていくような気がした。不気味な空模様だ。見ていると不安が募ってくる。
「加賀さん」
「……何でしょう」
「大丈夫ですよ」
赤城さんは前を向いたまま、こちらを振り返ることなく続けた。
「私たちはあのときの失敗を知っている。あのときと同じくらいの力を持っている。味方はあのときよりずっと多い。これだけの条件が揃っているのですから――今度は勝てます」
「……赤城さんは強いですね。私には、そうやって言い切ることはできません」
「そうですか? 私とて今回の戦いには不安を抱いているのですけど」
とてもそうは見えなかった。普段通りの凛とした立ち振る舞いに、勝利を確信したかのような言葉。とても不安があるとは思えなかった。
「もしそう見えないのでしたら、それは加賀さんたちのおかげですよ」
「私たちの……ですか?」
「出立前に提督から言われました。これから向かう戦場がどんなところだろうと、お前の側にはいつもと変わらない仲間がいる。そのことを忘れるな、と。加賀さんたちがいなければ、私はもっとうろたえていたと思いますよ」
そういえば提督は皆に声をかけていると言っていた。赤城さんや他の皆のところも回っていたのだろう。
「私たちのところにも来ましたよ。帰ったら祭りやるから絶対帰って来いって」
「ご馳走用意するって約束も取り付けてます」
飛龍が得意げに報告してきた。資金面で余裕はなかったはずだが、どうするつもりなのだろう。戦場の真っ只中だというのに、そんなことを考えてしまう。
「提督は不思議な人ですね」
赤城さんが感慨深そうに言った。
「最初はどうしようもないくらい頼りない人だと思っていました。実際、今も軍事組織の指揮官としては全然頼りになりません。ですが、私はなぜかあの人が提督として不適格だと思えないのです」
「なんとなく分かります。あの人の言葉には妙な力強さがある。それは人間にとっては何でもないものなのかもしれないけど――私たちにとっては得難いものなのでしょう」
話しているうちに、敵艦隊が見えてきた。交戦中の味方艦隊の姿もある。
中心部には、これまで見たことのない深海棲艦の姿があった。あれが先程話に出てきた中間棲姫なのだろう。
「……お喋りはここまでです。各員、戦闘準備!」
「――了解!」
赤城さんの声に応じるように、神通や長良たちが率いる護衛艦隊が前に出た。それに続く形で榛名・霧島の両名が私たちの前方に移動する。
「まずは敵航空戦力を削ぎます。南雲機動部隊、艦戦隊を前へ!」
南雲機動部隊。それはかつての私たちの部隊名だ。
随分と時間がかかってしまったが――私たちはようやくこの海に戻ってきた。今度は、勝って、生きて帰る。
「加賀、了解」
「蒼龍、了解っ!」
「飛龍――了解!」
一航戦、二航戦自慢の艦戦隊が矢として空に放たれる。空中で戦闘機に姿を変えた艦戦隊は、そのままMI海域の制空権を奪取すべく敵艦載機へと攻撃を開始した。
「球磨隊、長良隊は苦戦している味方艦隊を積極的に救援してください。私たちの護衛は神通隊にお任せします。榛名、霧島は球磨隊と長良隊の支援砲撃に専念を」
「了解!」
赤城さんの指揮の下、それぞれが乱れなく動く。第二改装を終えている者も少しずつ増えてきて、皆頼もしくなっている。
「……赤城さん、蒼龍たちの艦戦隊を下げて艦攻隊に切り替えませんか。制空権確保なら私たちだけでどうにかなりそうです」
「いいですね。二人は第二改装済みですし、その力を見せてもらいましょうか」
「なんかプレッシャー感じるなあ」
こちらの会話を聞きつけて蒼龍が苦笑いを浮かべた。
「できますか?」
「やれと言われたらやりますけど。ね、飛龍」
「勿論。赤城さん、私たち二航戦にお任せください」
二人は艦戦隊を回収し、艦攻隊に切り替えて中間棲姫目掛けて放った。
一直線に向かう二人の艦攻隊の前に敵艦載機が立ちはだかるが、それはすべて赤城さんと私の艦戦隊で蹴散らす。
艦攻隊による集中攻撃が中間棲姫を襲う。他の艦隊の艦攻隊もこれに合流し、雨あられのような攻撃を浴びせかけた。
中間棲姫はしばらく耐えていたが、やがて撤退を開始した。他の深海棲艦たちもそれに合わせて引いていく。
「追いますか?」
「それはさすがに独断では決められないですね」
赤城さんが通信機を使って他の艦隊と連絡を取る。
初戦はこちらの大勝と言えた。先行していた横須賀艦隊は多少の被害を負ったようだが、深海棲艦にはそれ以上の打撃を与えられたはずだ。
「……他の艦隊の間でも意見が割れましたが、まずはMI島に向かうことを優先することになりました。中間棲姫がどこに引いたかは分かりませんが、この辺りの重要拠点はMI島くらいですし、もしかするとそこで鉢合わせになるかもしれません」
「分かりました。油断せずに行きましょう」
勝ちを収めたとは言え、ここは敵地だ。いつどこで急襲されるか分からない。
「――赤城さん。新手が現れました!」
と、そのタイミングで護衛艦隊に属していた筑摩が声を張り上げた。
筑摩は戦闘に参加せず索敵を継続していた。そこで何かを見つけたのかもしれない。
「これは……また新型のようです。多数の艦載機が周囲にいることから、おそらく空母の深海棲艦と思われます。ヲ級やヌ級を引き連れていることから鬼もしくは姫クラスである可能性が高いかと」
「……連戦ですか。とは言えやるしかないですね」
赤城さんは通信機で急ぎ他の艦隊に連絡をしていた。
「蒼龍、飛龍。私たちは先に艦戦隊を出しておきましょう。空母相手ならまず相手の航空戦力を潰しておかないと」
「了解。妖精さんたちには無理させちゃうけど……生きるための努力を怠るなって提督にも言われてるしね」
「祭りでは妖精さんたちにもたらふくご馳走食べさせてあげないとね」
三人で艦戦隊を再び空に放つ。
MI海域の戦いは、まだ始まったばかりだった。
「……今頃赤城たちはMI海域で作戦行動中か」
ソロモン海域の端で、天龍が北を眺めながら呟いた。
民間船の護衛任務の帰り道のことだ。AL/MI作戦のことは聞いていたが、私たちは護衛任務の真っ最中だったので作戦参加メンバーからは外されることになった。
「参加したかったの?」
「そりゃな。俺だって大きな作戦に参加して活躍してみたい」
「護衛任務だって大事なことよ。これで得られる報酬がないと泊地が立ち行かないんだから」
「分かってるって曙。こういうことの積み重ねが大事だってことは、よーく分かってる。ただ、それとこれとは別というか……」
と、そこで天龍は言葉を止めた。
「おい、なんだありゃ」
天龍が指し示した方を見る。
遥か彼方、見えるか見えないかギリギリのところに――無数の影のようなものが見えた。