護衛任務に出ていた天龍たちが不審な影を報告してきたのが数時間前。
何か分かり次第追って連絡するとのことだったが、一向に続報が入ってこなかった。
「叢雲、確かあの近くには千歳たちがいたはずだな。彼女たちに天龍隊の様子を見てもらうようにしよう」
新八郎も嫌な予感がしていたのだろうか。こちらが話を振ると、すぐにそう言って千歳たちに連絡を取っていた。
千歳たちの任務は、偵察機を使ったソロモン海域の哨戒任務だ。普段は多くの空母たちがローテーションを組んで担当しているのだが、今は半数以上がAL/MI作戦で不在なので、残った空母たちは皆外に出て各自哨戒任務にあたっている。
千歳からの続報が入ったのは、それから一時間後のことだった。
『天龍隊と合流しました。……ただ、半数以上が大破しています』
「無事なのは?」
『五月雨ちゃんが』
『て、提督……』
通信機越しに五月雨の声が聞こえた。どこか怯えたような声音だ。
「五月雨か。まずは無事で何よりだ。何があったか教えてもらえるかな」
艦娘が大破状態になっているということは、おそらく天龍隊は深海棲艦と遭遇したのだろう。
もしあのレ級のような相手が再び現れたのだとしたら、天龍隊の惨状にも納得がいく。レ級を相手取るなら戦艦・空母が必要不可欠だ。水雷戦隊だけでは厳しい。
しかし、続く五月雨の言葉はこちらの予想とは少し違うものだった。
『あれは、軍勢でした』
「軍勢?」
『はい。一部隊とかそういう規模じゃありませんでした。……こうして逃げられたのが信じられないくらいです』
「……発見してからどうしたんだ?」
『天龍さんはすぐに相手の数が多いことに気づいたみたいで、偵察だけして早く逃げる、と言ってました。けど相手に気づかれて。追いかけてきた深海棲艦を何体か倒しましたけど、それが限界でした』
追撃を振り切って命からがら逃げ延びてきたところを千歳に拾われた、ということらしい。
天龍の判断でギリギリのところを潜り抜けた形になる。少しでも欲を出せば、今頃天龍隊は壊滅していたかもしれない。
「五月雨、ありがとう。……千歳、天龍隊は自力で泊地まで戻れそうか?」
『ううん……ちょっと厳しいと思います。艤装の修理はできませんが、ここからならホニアラ市が近いですし、そこで少し休ませるのが良いのではないかと』
「分かった。すまないが千歳は五月雨たちを手伝ってホニアラに向かってくれ。それと、並行で周辺海域の偵察を頼む」
『大丈夫です、もう始めてますので』
「助かる。万一敵を見つけたら報告することと生き延びることを最優先にして欲しい」
そう言って新八郎は通信を切った。
「ホニアラで大丈夫なの? いつぞやの飛行場姫みたいに、あの辺りを狙ってくる可能性もあるんじゃない?」
「その可能性もなくはないが、今は何より休ませることが重要だ。千歳からの続報次第ではこっちに戻ってもらうことになるかもしれないが」
新八郎はいつになく難しい顔をしていた。
「私は他の哨戒任務担当者全員に警戒するよう連絡を入れておく。叢雲は泊地内に残ってる艦娘全員に有事に備えるよう通達しておいてくれないか」
「分かった。今後のことも考えると古鷹や長門たちをここに呼んでおいた方が良いかしら」
「頼む。今は大淀や明石もAL/MI作戦で不在だ。泊地の頭脳はもう少し増やしておきたい」
新八郎は自分で何かを考えだすタイプではない。何が起こるか分からないこの状況、物事を考えられる人材を集めておいた方が良さそうだった。
急襲を仕掛けてきた鬼・姫クラスと思しき空母型深海棲艦は、小一時間戦い続けた後に撤退していった。
沈められた艦娘はいないが、向こうも多少の手傷を負っただけだ。痛み分けといったところだろう。
連合艦隊も相応の痛手を負ったので、一旦後方に下がることになった。
うちの艦隊では蒼龍が酷い損傷を受けたので、後方の母艦に下がって修理に専念することになった。横須賀艦隊の三笠のような本土の拠点の母艦には、各拠点にあるものと同じような入渠施設が入っている。言ってしまえば海上移動が可能な拠点なのだ。
「すぐに戻ってきますね。その間は持ちこたえてください!」
大淀に支えられながら三笠に移乗する蒼龍は、元気そうにそう言い残していった。本当はそんな余裕もないはずなのに。
「今回の敵は手強いですね」
小休止中、赤城さんが珍しいことを口にした。
「あの個体――空母棲鬼と名付けられたあの個体は、これ以上戦えば自分も無事では済まない、という絶妙なタイミングで撤退を決め込んだように見えました」
「引き際を弁えている相手ほど厄介なものはない、ということですか」
「ええ。これまでも深海棲艦に対して知性を感じたことはありますが、今回は今までで一番強く感じています。相手をただの怪物か何かだと思っていては、足元をすくわれるかもしれませんね」
「……」
ふと、赤城さんと二人きりになっていることに気づいた。
「赤城さん、一つ質問しても良いかしら」
「良いですよ。私に答えられることであれば」
赤城さんは普段と変わらない様子だった。
戦場で普段通りというのは――超然としているとも取れる。
「赤城さんは、戦うことで何を求めようとしているの?」
「……なかなか難しい質問ですね。勝利――という回答ではご満足いただけませんか」
「ええ。艦娘として、軍艦の魂を持つ者として勝利を求めるのは当然のこと。それは大前提に過ぎません。ただ、赤城さんはときどき勝利のためなら手段を選ばないようなところがあるように思います。その理由を、今のうちに聞いておきたいんです」
赤城さんは表情を変えぬままじっとこちらを見据えてきた。
「加賀さんからすると、私はそのように映るのですね。いえ、きっと加賀さんだけではない。他の皆からも同じように見えているのでしょう。私自身はあまりその自覚はありませんでしたが」
「気分を害してしまったのなら謝ります。けど、戦っている赤城さんを見ると不安になるんです。どこかに行ってしまうのではないかという気がして。特に――今回はあの戦いに似ているから」
そのとき、また警報音が鳴り響いた。先ほどから不定期に続いているこの音は、敵の襲撃を知らせるものだ。
「本格的な攻勢ではないと思います。おそらく我々を疲弊させるための襲撃でしょうね」
「そう断定してしまうのも危険ではないでしょうか」
「この軍全体がそう思うようになっていれば危険だと思いますが、割と皆律儀に警戒しているようですし大丈夫でしょう。私は一度休んでおこうと思います。皆が疲弊しきった頃、動けるようにしておかないとまずいですからね」
「赤城さん。先ほどの話は――」
「……私も、そのような自覚はなかったのです。ですから今すぐ加賀さんの求めているような回答は出せそうにありません。少し、考えさせてください」
それでは、と赤城さんは自室に戻っていった。
逃げられた。ただ、赤城さんも答えるのに苦慮しているような気もした。今は――待つべきなのだろうか。
そんな風に悩んでいるところで、こちらの船に近づいてくる小型のモーターボートに気づいた。乗っているのはトラック泊地の毛利提督と、その秘書艦である朝潮だ。
「やあ、ショートランドの加賀さん。そちらの赤城さんはいるかな」
「先ほどお休みになりました。皆が頑張ってる今のうちに休んでおくそうです」
「……なるほど」
毛利提督は面白そうな表情で頷いた。
「結構結構。加賀さんもそんなところに突っ立ってないで休んでおいてくれ。ここからは交代制で行きたい。今から二時間はうちとリンガので迎撃対応するから他は休んでてくれ、と言って回ってたんだ。敵の誘いに乗って疲弊するのも馬鹿らしい」
毛利提督は横須賀の三浦提督とMI方面の作戦指揮を執る立場にあった。この方針も三浦提督と相談して決めたことなのだろう。
「やはり、この襲撃は敵がそういう狙いで行っているものなのでしょうか」
「十中八九な。深海棲艦てのは何を考えてるか分からないし正体もまるで不明だけど、頭がそれなりに切れる個体がいるのは間違いない。実際去年の秋も今年の春も先手を取られてるし、その後の戦いでも敵は戦略的・戦術的な動きをしっかりと取っている。獣の群れとは違うさ。いや、獣も馬鹿にしたものではないが、質の問題だな」
「質……ですか」
「ああ。深海棲艦は人間に近しい思考形態――知性と言うべきかな――を持ってる。証拠はないけどね」
こちらを疲れさせるために細かい襲撃を繰り返す、というのは明らかに人間の戦いの仕方だ。人間に近しい考え方をする、というのも別段驚くべきことではないのかもしれない。しかし、なんとなく受け入れがたいものもあった。
「深海棲艦の中には艦娘を凌駕する力を持つ個体もいます。そんな相手がこちらと同等かそれ以上の知性を持っているというのは、正直ぞっとします」
「だからこそこちらも頭を使わないといけない。……さて、それでは僕は次のところに向かうとするよ」
「……僭越かもしれませんが毛利提督、ご自身で向かわれるのは危険では?」
敵の襲撃が行われている中、指揮権を持つ者がこんな風に出歩くものではない。言外にそういうニュアンスを込めて言うと、毛利提督の隣にいたトラックの朝潮が渋い顔つきで頷いていた。
そんな秘書艦に気づいているのかいないのか、毛利提督は笑みをたたえたまま答えた。
「今回は様々な拠点から部隊が集まっている。連合艦隊などと言っちゃいるが、要するにこれまで以上の寄せ集め部隊だ。指揮権を持っている提督も僕や三浦含め数人しかいない。そんな状態でまとまった行動を取るためには、こうして直接対面で話をしてみるのが大事だと思うのだ」
そういうものだろうか。艦娘になってから指揮官という立場に身を置いたことがないので、その辺りのことはよく分からなかった。
「新八郎から預かってる大事な部隊だ。一人も欠けさせない。そういう心積もりでやっていくから、まあよろしく頼むよ」
ではしっかり休んでくれ――そう言い残して毛利提督は去っていった。
襲撃に対する緊張も和らいだし、赤城さんたちの言う通り今は少し休んでおいた方が良いかもしれない。
警報音も――いつのまにか止まっていた。
千歳から続報が届いたのは、先の連絡から更に数時間後のことだった。
『ソロモン政府と大使館には連絡を入れておきました。今のところホニアラ周辺では異常はありません。敵影も発見できていない状況です』
それが千歳の報告のすべてだった。
他の空母たちからの連絡でも、天龍隊が遭遇した深海棲艦の軍勢は発見できていない。
「この辺りを通過してどこかへ去った……ということでしょうか」
古鷹が海図を見ながら眉をひそめた。
「五月雨と千歳の報告を合わせてみると、天龍隊が敵と遭遇したのはソロモン海域の東部の外れ。ホニアラ近辺で見当たらなかったということは北上したか南下したかのどちらかだろうが……」
「北東にずっと行けばMI島に行き着くな」
新八郎が険しい顔つきで言った。
「赤城や加賀にはもう連絡したの?」
「いや、大規模作戦ということで向こうも大変な状況だろうから、もう少し確証を得られるまでは伝えない方が良いと思う。剛臣と仁兵衛には後で言っておくつもりだが」
「南の方はタスマニアやニュージーランドか。あの辺りに拠点でも作るつもりかな」
「……どうでしょう。私はその可能性は低い気がします」
古鷹が新八郎の推測に頭を振った。
「これまで深海棲艦は私たちに先手を打って拠点を作るケースが多かったです。占拠地からの報告でも、最初は少数で土地を占拠し、そこから少しずつ仲間を呼び寄せることで拠点を大きくする……とありました」
「深海棲艦は艦娘にしか倒せないからな。奴らがそれを自覚してるなら、艦娘のいない土地を占拠するのにいきなり数を揃える必要はないと考えるだろう」
古鷹の言葉に長門が頷く。
今の会話で、少し気になるところがあった。
「……深海棲艦が艦娘以外敵なしだと考えてるなら、数を揃える必要はない……って言ったけど、もしそうなら今の状況はどうなのかしら。五月雨の報告では相当の数を揃えてるらしいし」
「可能性として考えられるのは『既にこの近くに拠点を持っていてそこから出てきた部隊である』というのと……『艦娘との決戦を目的とする部隊である』っていうの……じゃないかな」
古鷹の言葉が尻切れトンボになっていく。言いながら、何か嫌な予感が湧き上がってきたのだろう。
この場にいる全員が同じような表情を浮かべていた。
「敵軍がMI島に向かった場合、赤城や加賀たちが後方を突かれる形になる。……このケースだと今から追いつくのは難しいな。トラック泊地に連絡して状況を確認してもらうよう依頼しておこう」
「それもあるが提督……」
「分かっているよ、長門。――ここやブインが襲撃されるという可能性も、十分考慮しておく必要がある」
もし深海棲艦の軍勢が艦娘との決戦用なのだとすれば――この辺りで艦娘が集まっているのは、こことブイン基地くらいだ。
「……AL/MI作戦でかなりの戦力が出払っている。もし今ここを襲撃されたら迎撃できるか不安ね」
「周辺で各任務に携わっているメンバーも出来る限りこちらに戻そう。千歳たちにも戻ってきてもらった方が良いかもしれないな。ただ、天龍隊のように戦闘ができない子たちは、その場で待機してもらってた方が安全だと思う」
「提督、偵察はどうする?」
「ここやブインが狙いなら南だろう。一人か二人くらいは北の偵察もした方が良いと思うが、それ以外の空母は皆南の偵察に集中させたい。敵の規模と位置を知ることが第一だ」
「了解した。私もそれで異論はない。連絡はこちらでしておこう」
早速長門は通信機を手に各地の空母たちへ連絡を取り始めた。早く敵を発見しないと次の手が打てない。そういう意味で偵察は今もっとも重要だった。
「古鷹はこの島の集落に偵察機を飛ばすなりして連絡をしておいてくれ。集落ごとに防空壕を設けているはずだ。いざというときすぐ避難できるようにしておく必要がある」
「分かりました」
古鷹は駆け足で外に出て行った。他に偵察機を飛ばせるメンバーのところに行ったのだろう。
艦娘の足でも、ショートランド島の各集落を回っていたらかなりの時間がかかる。手分けして偵察機で連絡しないと、敵襲に間に合わない可能性があった。
「それじゃ、私は他の子たちに状況を説明してくるわ」
「ああ、頼む。……叢雲」
「なに?」
新八郎は、少し溜めてからその言葉を発した。
「――いざというときは、この拠点を放棄して逃げる。その可能性も考えておいてくれ」
長い夜が明けた。
あれからも敵の襲撃は四時頃まで断続的に続いていたらしい。ただ、それ以降は静まったそうだ。
敵の襲撃パターンを三浦提督と毛利提督が分析し、襲ってきた相手を都度壊滅状態に追い込んだらしい。
「それでは割に合わないと敵も懲りたのでしょう」
話を聞いた赤城さんは一言そんな感想を口にした。
昨晩の話の続きをしようかとも思ったが――赤城さんから話してくれるのを待った方が良いと思った。今話を振っても、また同じように逃げられてしまう気がする。
現在私たちの艦隊はMI島へと迫っている。敵に主導権を握られる前に強襲する、というのが本作戦の主目的らしかった。
「春は長逗留になった結果、艦隊の士気が著しく低下していました。おそらく同じ轍を踏むまいという意図があるのだと思います」
「兵は神速を貴ぶとも言いますし、きちんと見込みがある状況で勝負を決めにいくということなら私は良いと思いますよ」
敵戦力の調査・分析は、昨晩から今朝未明にかけて極秘裏に行われていたらしい。うちの筑摩も偵察に一役買ったそうだ。
「この地に集結していた深海棲艦の半数近くが、空母棲鬼に率いられてどこかへと出て行きました。行き先は現在も一部の艦娘が追っているところなので、何かあれば続報が来ると思います」
筑摩が補足してくれた。春の大規模作戦の後、第二改装を済ませたことで彼女の索敵能力は大幅に向上した。本作戦でも、艦隊の目として頑張ってくれている。
その筑摩からの報告によると、昨日襲い掛かってきた中間棲姫と空母棲鬼はMI島を根城にしているとのことだった。二体同時に相手取るのはかなり厳しいが、現在は片方が不在ということになる。
空母棲鬼側への警戒も怠っていないのであれば大丈夫だとは思うが――若干嫌な予感がする。
「見えてきましたね」
赤城さんの言う通り、MI島が見えてきた。島で暮らしていた人々は深海棲艦に追いやられている。今あそこにいるのは深海棲艦たちだけだ。
一望しただけでも相当数の敵艦隊が確認できる。これで半数というのだから恐ろしい。
「では行きましょうか。まずは手筈通りに」
赤城さんの指示に従って艦戦隊を発艦させる。
中間棲姫は艦載機を操る陸上型深海棲艦と見られていた。昨日は海上に出て来ていたが、今日は島の防衛に専念するつもりなのか、陸上に陣取っているようだった。
まずは中間棲姫の艦載機を黙らせる必要がある。制空権を確保したら揚陸艦を組み込んだ戦隊が突入し、一気に島を占拠する。それが本作戦の主な流れだ。ただ、戦況というのは流動的だ。場合によっては各艦隊で独自に判断して動いて良いとも言われている。無理に全体をまとめようとするより、こちらの方が良いと判断したのだろう。
春先に明石から渡された新型・烈風改を解き放つ。これまで最高峰の対空能力を持っていた烈風を改良したものだ。烈風改を中心とした艦戦隊が果敢に敵艦載機に向かっていく。
「護衛部隊、前へ」
長良・球磨・神通率いる水雷戦隊が周囲に展開する。水雷戦隊に属する駆逐艦たちは皆高角砲を手にしていた。発艦を終えて無防備になった空母が狙われないよう厳戒態勢に入る。
敵艦載機と艦戦隊のぶつかり合いが始まった。それとほぼ同時に、敵軍が前進を開始する。
「敵は制空権確保を待たずに突っ込んできますか。やる気満々ですね」
赤城さんがどこか感心するかのように言った。
「私たちも出ましょうか」
涼しい顔で進言したのは神通だ。普段は大人しいのだが、一旦戦場に出ると赤城さん顔負けの戦いぶりを見せる。
かつて日本海軍には、華の二水戦と呼ばれる最前線で戦い続ける切り込み部隊が存在した。極めて高い練度と充実した装備で裏打ちされた実力で恐れられた二水戦――神通はその旗艦でもあった。
見ると、他の拠点の水雷戦隊も次々と前衛に出ている。
「そうですね、私が水雷屋でも突っ込んでいたところです。神通隊は敵前衛の殲滅をお願いします。摩耶・鳥海は神通隊に同行してサポートしてください。敵前衛がある程度片付いたら三式弾で中間棲姫に集中攻撃を」
「了解」
神通隊や摩耶・鳥海が頷いて飛び出していく。深海棲艦たちもすぐに気づいたようで、神通たちの元へと群がり始めた。しかし神通隊は苦もなく敵を屠っていく。その様子は、見ているこちらが怖くなるくらいだった。
「榛名・霧島の両名はもう少し待機してください。こちらに近づく敵が現れたときだけ撃破してくれれば結構です」
「私たちが前に出るのは中間棲姫の周囲が片付いてからですね」
「最大威力の砲撃を雑魚相手に向けるのは勿体ないですから」
霧島の言葉に赤城さんが頷いた。
こちらの艦戦隊のサポートもあってか、敵の空母や重巡部隊が次々と蹴散らされていく。
やがて島の奥から戦艦部隊が姿を現した。おそらくあれが中間棲姫率いる深海棲艦最後の部隊だろう。
「さすがに戦艦部隊相手では水雷戦隊だけだと厳しいのではないかしら」
「そうですね、加賀さん。……では、我々が援護しましょう。敵の艦載機も大分落としましたし、一部を艦攻隊に切り替えて神通隊をフォローします。榛名・霧島両名は前に出てください。戦艦部隊は良いので中間棲姫を」
榛名は凛とした表情で、霧島は不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「あきつ丸さん。そちらの準備は良いですか?」
「準備万端、抜かりはないのであります」
あきつ丸が答えた。陸軍出身の艦から生まれた艦娘という異色の経歴の持ち主で、今のところ存在が確認されている日本の艦娘の中では唯一の揚陸艦である。今回のMI島攻略に必要だろうということで提督が艦隊に加えたのだ。
「では球磨隊、あきつ丸さんを伴って上陸準備を。道はこちらで切り開きます」
赤城さんが指示を出している間に、艦戦隊を艦攻隊に切り替えて再び放つ。こちらの攻勢に耐えていた敵陣営が一気に崩れるのが見て分かった。
胸中に不安が湧き上がる。このまま本当にいけるのだろうか。
側にいた筑摩に視線を送る。
「大丈夫です。空母棲鬼追跡部隊からの連絡はありません。私も周囲を警戒していますが、今のところ不審な点はありませんね」
彼女はこちらの意図を察したのか、すぐに答えてくれた。
中間棲姫目掛けて戦艦たちの砲撃が始まる。今度は逃げられないよう周囲をすっかり囲んだうえでの攻勢だ。
あちらも今度は逃げられないと覚悟を決めているらしい。四方に向かって砲撃を放ちつつ、更なる艦載機を空に放った。
これだけの大軍勢から攻撃を受けても尚足掻くその姿は――どこか美しく映った。
南方に出向いた瑞鳳から、敵艦隊発見の報告が届いた。
敵軍は五つの艦隊で構成されている。その中にはあの戦艦棲姫の姿もあったという。加えて今まで見たことのない新型の鬼・姫クラスらしき個体も確認したらしい。
『戦艦棲姫は二体いたわ。あいつら、やっぱりうちの泊地を目指してるみたい。かなり迂回して来てるみたいだけど――それでもあと半日程度で着くと思う』
「報告ありがとう。瑞鳳、すまないが引き続き奴らに張り付いていてくれないか。危険だと思ったらすぐに逃げてくれ」
『了解。何かあればまた連絡するね』
新八郎はそこで通信を切った。
司令室には古鷹や長門だけでなく、陸奥・大和・武蔵・北上・大井といったメンバーも集まっている。皆、一様に緊迫した面持ちだった。
「先生……」
新八郎の後ろに控えていた康奈も、珍しく不安そうな表情を浮かべていた。今は危急の事態だと理解しているのだろう。
「そう不安にするものじゃないよ、康奈。上が不安そうな顔をすると皆にそれが映る。苦しいときこそ余裕をもって振る舞う提督の仕事だ。……五十鈴や摩耶からの受け売りだけどね」
そういう新八郎も表情は硬かったが、怯えているような感じはしなかった。あれは、この事態をどう切り抜けるべきか考えている顔だ。
「優先順位をはっきりさせておこうと思う」
皆を前にして新八郎が告げた。
「最優先は島の人たちの安全だ。元々この泊地はそのために創設された。そこは絶対に揺らいではいけない。次いで我々が生き延びること。生きてさえいれば再起は可能だ。これも最優先とほぼ同じ優先度と考えておいてくれ。敵の迎撃はその次だな」
一同反応は様々だったが、異論を口にする者はいなかった。こういうことに関して、新八郎は頑固なところがあった。異論を挟んだところで絶対に折れないだろう。
「では、各自に問いたい。瑞鳳からの報告を受けて、現在この泊地に残っている戦力で敵艦隊を迎撃し、島の人々の安全を確保できるだろうか」
「難しいな」
武蔵が即座に答えた。
「敵には相応に航空戦力がいるようだが、うちは偵察に出ている大鳳や軽空母たちがいるくらいだ。敵がこちらを無視して艦載機を島に送ってきた場合、そのすべてを迎撃できるとは思えない」
「敵艦隊自体を叩くことは?」
新八郎の問いに、武蔵は鼻を鳴らした。
「航空戦力の不利はあるが、ここには長門型と大和型が揃っているのだぞ。火力に関しては北上と大井もいる。叩けというなら叩いてみせるさ。そうだろう?」
武蔵は一同を見渡す。司令室に集まった皆は迷いなく頷いた。
「分かった。では泊地の残存戦力を二つに分けようと思う」
「二つ?」
「敵の迎撃を担当する部隊と、島の人々を助ける部隊だ。……利根!」
「なんじゃ」
新八郎に呼ばれて、部屋の片隅でじっと話を聞いていた利根がこちらを見た。彼女は本来AL/MI作戦に参加する予定だったのだが、嫌な予感がすると言ってここに残留していたのである。
「利根の戦闘に関するセンスを頼りたい。利根が中心になって、敵戦力を打倒するための策を練ってくれ」
「……どれくらいの人数まで使えるのじゃ」
「正直、島の人たちを助けるのは、全員で取り掛かっても難しいと見ている」
「つまり、敵戦力の打倒は必要最小限で――ということか。贅沢な注文じゃな」
利根が溜息をついた。確かに無茶な注文だ。
「じゃが、やってみようではないか。やる前から無理と言うのは吾輩の矜持が許さぬ」
ニヤリと笑う利根に、一同が笑って同意する。
純粋な戦力差でいえばこちらが不利だ。しかし、誰一人として諦めていない。
「無理だと思ったら言ってくれ。さっきも言ったように、敵の迎撃よりも生き延びることが重要だ。いざとなれば島の人たちを逃した後で我々も逃げれば良い。逃げて生きることは恥ではない。そんなことで――私たちが培ってきた誇りは損なわれないはずだ」
ゆっくりと、新八郎は車椅子から立ち上がった。
「最後にまた皆で集まって笑い合う。それがこちらの勝利条件だ。――さあ、やれることをやろう」
そう告げる新八郎の顔は、この一年ずっと見続けてきたものだった。
今回もなんとかなる。そう思わせてくれる――そんな顔だった。