南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第二十一条(3)「誰かを救い誰かに救われる者になれ」

 中間棲姫が絶叫しながら艦載機を射出した。

 戦いは結末に近づこうとしている。

 周囲の随伴艦は軒並み沈み、残った者たちも勝機が薄いと見たのか散り始める有り様だった。

 

「――引導を渡しに行きましょう」

 

 赤城さんはそう呟いて更に前面に出ようとした。

 

「待って、赤城さん。空母である私たちがあまり前に出る必要は……」

「あれは、かつての私たちです」

 

 最後の気力を振り絞りながら足掻く中間棲姫を見据えて、赤城さんはそう言った。

 

「勝ち目がないと頭では理解しながらも、最後まで徹底的に戦い続ける。……だからこそ、あの敵には我々が引導を渡さねばなりません」

 

 その言い方は、どこか熱に浮かされている風にも感じられた。

 止めなければ。そう思ったが、こちらが手を伸ばすよりも早く赤城さんは主機を稼働させて前進していった。

 

「赤城さんはきっと、あのときのことを引きずっているんじゃないでしょうか」

 

 飛龍は、赤城さんの背中を痛ましげに見ていた。

 

「私はある意味暴れるだけ暴れて全力出しきったんで、悔いはないです。でも赤城さんは違うんじゃないですかね。責任感の強いところがありますし……あのとき負けたのは自分が至らなかったからだ、と考えても不思議ではないと思います」

「だから、今度こそ勝つのだと……?」

「自分たちは勝てるのだと、その実感が欲しいのかもしれませんね。ほら、赤城さんてかなり負けず嫌いなところありますし」

 

 飛龍はそう言ってこちらの背中をポンと叩いた。

 

「行きましょう、加賀さん。今の赤城さんを一人にしちゃ駄目だってことは私にも分かります。きっと蒼龍がここにいても同じことを言っていたでしょうし」

「……ええ」

「――緊急連絡です!」

 

 出発しようとしたまさにそのとき、筑摩が鋭く声を張り上げた。

 

「島を離れていた空母棲鬼が他の地域の深海棲艦たちを糾合し、MI島を包囲するような形で戻りつつあるとのこと!」

「くっ……このタイミングで!?」

 

 中間棲姫はもうじき倒せるだろう。しかし、現在前線に出ている艦娘は皆疲労を重ねていた。今の状態で増援として駆けつけてくる空母棲鬼相手にどこまで戦えるかは怪しかった。

 

「既に三浦提督と毛利提督は事態を把握されています。現在撤退も込みで急ぎ方針を検討――」

 

 そこで筑摩は言葉を止めて、遥か東方の空に視線を移した。

 遠方から無数の黒い艦載機が迫ってくる。まだ遠く羽虫のようにしか見えないが、それらはこちらに敵意を持って急速に近づきつつあった。

 

「空母棲鬼のアウトレンジ攻撃ね。こちらに考える時間を与えないつもりなのでしょう」

 

 各所に連絡が行き渡ったからか、どの艦隊も中間棲姫への攻撃が弱まっている。

 それを好機と見たのか、中間棲姫の艦載機が攻勢を強めてきた。その猛攻に押されて何人かの艦娘が大破に追い込まれる。

 

「――飛龍、私たち空母は空母棲鬼のアウトレンジ攻撃を迎え撃ちます。榛名、霧島。二人は砲撃戦で早急に中間棲姫にトドメを」

「分かりました!」

 

 先行してしまった赤城さんに代わり皆に指示を出すと、威勢の良い声が返ってきた。

 私の指示を聞いてもらえるか不安だったが、杞憂だったらしい。

 

「筑摩は引き続き戦況の把握に努めて。何かあればすぐ私に報告を」

「了解しました。……赤城さんはこのままで良いですか?」

 

 筑摩であれば偵察機を使って赤城さんの居場所を突き止められるだろう。連れ戻した方が良いか、少し迷った。

 だが、今筑摩には戦況把握に集中してもらった方が良い。赤城さんは――きっと自分の身くらいなら守れるはずだ。

 

「構いません。筑摩、休みなしで申し訳ないけどお願いします」

「これが私の役目ですので」

 

 気丈に返事をする筑摩だったが、その表情には疲労が見え隠れしていた。直接前面に出て戦うわけではないが、戦況を把握するために四六時中意識を研ぎ澄まさなければならないのは、相当の負担になるはずだ。

 

 ……焦ってはいけない。そう分かっていても短期決戦を望んでしまうわね。

 

 ふと、提督と話をしたいと思ってしまった。それどころではないのだが、彼の声を聞けば――何かが思いつくような気がしたのだ。

 ショートランド島を離れる前にもらった指輪を握り締める。

 微かな間、様々な思いが去来した。

 

「……いえ。まだね。連絡するなら戦勝報告が良いわ」

 

 彼に余計な心配をかけてはいけない。そう思って、指輪をポケットにしまい込んだ。

 

 

 

 利根が立案し、私や長門たちが調整することで迎撃プランは完成した。

 

「迎撃部隊は比叡・古鷹・妙高・羽黒・千歳・千代田。これを第一陣とし、第二陣には利根・北上・大井・大和・武蔵・長門・陸奥・大鳳がつく。第一陣は基本的に先陣切って敵の陣形を崩すことを優先、第二陣は圧倒的な火力で敵の親玉――空母の新型を叩く。他のメンバーは島の人たちの安全確保を最優先にして動く」

 

 私の――叢雲の名が出撃部隊に入っていないのは残念だが、敵には大型艦が多く駆逐艦では火力不足になってしまう。だから仕方ないのだと自分に言い聞かせた。

 

「名前だけ並べると壮観ではあるが、敵の布陣からするとこれでも勝てるかは怪しいところじゃ。五月雨の報告通りなら伏兵の存在も考慮せねばならん」

 

 こちらが補足したのはあくまで五つの艦隊だが、五月雨は敵を軍勢と評していた。その点が気になって連絡を取ったところ、実際にはもっと多くの深海棲艦がいたとの報告があった。

 もしかするとブインや更に西方に向かったのかもしれない。だが、どこかでこちらを待ち受けている可能性も十分あった。

 

「叢雲、お主らも島の者どもを逃がし終えたら、なるべく早く救援に来てくれ」

 

 利根が誰かの助けを当てにするのは珍しい気がした。それだけこの戦いが過酷なものになると見ているのだろう。

 

「私たちが出撃したら、提督と康奈ちゃんも早く逃げてくださいね。この泊地も安全とは言えませんから」

「伊東さんや道代先生たちには例のシェルターに逃げるよう言っておきましたから」

 

 古鷹や夕張の言葉に、新八郎は笑って頷いた。

 

「分かっているよ。今回は皆と一緒に前に出て戦おうとは言わないさ。さすがに死んでしまう」

「そういえば、最近はすっかり大人しくなったけど、最初の頃は何かと前線に出ようとしてたわね」

 

 泊地が出来て間もない頃のことを思い返し、そんな軽口が出てしまった。

 新八郎はばつの悪そうな顔で頭を掻く。

 

「提督が側にいた方が艦娘に霊力が行き渡りやすくなるから全力が出せる――そういう理由があったからだ。好き好んで無茶をしたわけではないぞ」

「なんだ、そんな頃があったのか」

 

 長門が意外そうに言った。そういえば長門は比較的着任が遅かった。彼女が来た頃には、新八郎も多少無茶を控えるようになっていたはずだ。

 

「今はもう皆十分に強くなった。私が前に出ると気を使わせてしまうし、却って良くない結果になるだろう。だからもう無茶はしないさ」

「そうだな。いくら全力を出せると言っても、提督がすぐ側にいたのではやり難くて仕方がない。自分の心臓を敵前に晒しているようなものだからな」

 

 武蔵の言葉に周囲一同が頷く。新八郎はますます困ったような表情を浮かべた。

 

「あまり提督を苛めない方が良いんじゃない?」

「後でご馳走いただく約束してるのに、拗ねられて反故にされても困りますし」

 

 北上と大井までもが、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

 

「分かった。分かってるって。もう無茶はしない。さっさと安全なところにちゃんと逃げるから」

 

 たまりかねた新八郎は降参のポーズを取った。だが、すぐに手を下げて、皆に真剣な眼差しを送る。

 

「だから――皆も無理はするな。必ず生きて戻れ」

 

 皆が、その言葉に頷いた。

 

 

 

 中間棲姫の粘り強さは尋常ではなかった。

 大破状態まで追い込まれているのに、残された力を振り絞って苛烈な攻撃を続けてくる。

 一人、また一人とこちらの艦娘が大破させられていく。空母棲鬼率いる部隊が迫りつつある今、ここで時間をかけるわけにはいかなかった。

 

『赤城君、戻るんだ』

 

 通信機越しに三浦提督の切迫した声が聞こえてきた。どうやらこちらが最前線に飛び出していることに気づいたらしい。

 

「大丈夫ですよ、一気に片を付けるだけですから」

 

 これまで温存していた艦攻隊を解き放っていく。自分の持てる力をすべて中間棲姫にぶつけるつもりだった。

 自分に向けられた殺意に気づいたらしく、中間棲姫が血走った眼でこちらを見た。咆哮をあげながらこちらに砲撃を放ってくる。それらを紙一重で避けながら、次々と艦攻隊を発艦させていった。

 だが、攻撃に意識を集中させているせいか避けきれなくなってくる。最初はかする程度だったが、次第に身体は傷だらけになっていった。

 最後の艦攻隊を出して、意識を中間棲姫に向けて集中させる。

 

「貴方の奮闘には敬意を表しますが――これ以上付き合ってあげる義理はありません」

 

 艦攻隊から放たれる攻撃が次々と中間棲姫に炸裂する。今度こそ、彼の敵は断末魔の悲鳴をあげながら倒れていった。

 

『赤城君、すぐに退避しろ!』

 

 そのとき、三浦提督が焦ったような声をあげた。

 空を見上げると、何機かの敵艦載機がこちらに向けて爆弾を落とそうとしていた。

 中間棲姫のものだろうか。あるいは空母棲鬼のものだろうか――。

 そんなことを考えたのは、おそらく一瞬にも満たない間のことだろう。

 そうして、私の意識は激しい衝撃と共に断絶した。

 

 

 

 赤城さんとの通信が途絶えたとの報告が、筑摩経由で三浦提督から入った。

 最前線で中間棲姫にとどめをさしたところで、空母棲鬼たちの艦載機による急襲を受けたらしい。

 その後辺り一帯は混戦状態になっており、大量の艦載機がぶつかり合う修羅場と化した。水上にいる艦娘たちは対空射撃を試みたり早々に撤退したりしているそうだが、赤城さんの現状は不明なままだった。

 探しに行きたい衝動に駆られるが、ここで私まで持ち場を離れてはうちの艦隊がバラバラになってしまう。

 どうすれば良いか、思考がまとまらない。

 

「――提督」

 

 思わず、指輪を握り締めて彼方にいる提督に念話をかけていた。

 

『……どうしたんだ、加賀。何かあったのか』

 

 提督はすぐに応じてくれた。いつも通りの声だ。この声を聞くと、少し気分が落ち着く。

 手短に状況を説明すると、提督は落ち着いた声で尋ねてきた。

 

『加賀、そこに榛名と霧島は?』

「二人とも側にいます」

『分かった。だったら指揮は二人に任せて赤城を探しに行くといい。ただし、今は榛名が指揮を執るように。耐えきって攻勢に転じるときは霧島に代われ。その条件付きなら、二人は十分指揮を執れる』

「……しかし、良いのでしょうか。私までここを離れて」

『迷いを持ったままでは十分に戦えないだろう。こう言ってはなんだが、加賀はあまりそういうところは切り替えが上手くない』

 

 手厳しい言葉だが、反論はできなかった。今もこうして気もそぞろになっている。

 悪いと思いつつ榛名たちに相談すると、二人は快諾してくれた。

 

「榛名で良ければ、この場は引き受けましょう」

「司令からまだ半人前扱いされている気がするのが引っかかるけれど、この場を任されることには異論ないわ。早く赤城を」

 

 力強く胸を叩く二人に頭を下げて、赤城さんが向かったと思われる方へと進んでいく。

 

「……すみません、提督。こんなことで連絡をしてしまい」

『こういうときだからこそ、だろう。また何かあれば気軽に連絡してくれ』

「ありがとうございます、提督」

『そのかわり、必ず皆で戻って来るんだ。頼んだよ、加賀』

「ええ。心配無用よ」

 

 つい強気の言葉が口から出た。先ほどまではうろたえていたというのに。

 そんなこちらの様子がおかしかったのか、提督も少し笑っているような感じがした。

 

 

 

 出撃する古鷹や利根たち、島の人々の救援に向かう叢雲たちを見送ると、先生は手短に身の回りの持ち物をまとめていった。

 一刻も早く逃げた方が良いのでは――そう思ったが、残しておきたい資料があるのだと言って先生は聞かなかった。

 

「よし、これでいい。すまないね、康奈。私たちも逃げるとしよう」

 

 先生は普段使う車椅子ではなく、明石特製の電動車椅子に乗っていた。いざとなれば軽自動車並の速度で走ることができるという優れものだ。

 泊地から出ると、既に正面海域の空では小競り合いが始まっていた。千歳・千代田のものと思われる艦載機が、敵の艦載機と激しい空中戦を繰り広げている。古鷹たち水上艦も、じきに敵艦隊とぶつかり合うことになる。

 そのことを先生に告げると、先生は感心したように「よく見えるなあ」と頷いた。

 私は元々艦娘になるための実験をいくつか受けていたからか、身体能力が常人よりも高いらしい。視力もその一つだった。

 

「皆が頑張ってくれているうちに私たちも逃げよう。先生に何かあったら一大事だよ」

「そうだな。……ああ、だが康奈。いざとなれば君は自分の命を最優先で考えるんだ。そこは間違えてはいけないよ。これからのことを思えば、この泊地に必要なのはむしろ君の方だ」

「提督は先生だよ。馬鹿なことを言ってないで、早く逃げよう」

「おっと、そうだね」

 

 二人で急ぎシェルターに向かう。

 シェルターと言ってはいるものの、実際は簡素な防空壕だ。しっかりとしたシェルターを作る余裕などこの泊地にはない。

 

「……!」

 

 だが、その途中で嫌な音が聞こえてきた。

 正面海域からではない。その逆――島の裏手、北の方からだ。

 

「先生、何かが来る!」

 

 空を見上げると、そこに大量の艦載機が現れた。

 艦娘のものではない。生物じみたグロテスクな形状――あれは深海棲艦のものだ。

 

「北の方にも兵力を回していたか」

「そんなことを言ってる場合じゃないよ! 早く逃げないと……!」

 

 現れた艦載機は、皆爆弾らしきものを積んでいた。

 それが、次々と投下される。

 ――空爆だ。

 周囲一帯が爆音と衝撃に包まれる。すぐ側で一際強い衝撃が走った。激しい熱風を浴びせかけられる。

 生きた心地がしなかったが――衝撃が収まっても特に痛みは感じなかったし、意識は明瞭だった。どうやら助かったらしい。

 

「先生、大丈夫!?」

「ああ。おかげさまで何ともない」

 

 敵艦載機は空爆用の部隊だったらしい。一通り爆撃を終えて、撤退したようだった。

 

「早く逃げよう。また第二陣が来るかもしれない」

「皆には?」

「叢雲と古鷹には簡単に連絡を入れておいた。こちらは無事だということ、空爆隊はどうしようもないから、今はまず自分の任務に集中するようにということをね」

 

 確かに、うちの残存戦力はすべて出払っている。これ以上の余力はない。

 空爆により立ち込めていた煙が晴れる。私たちの泊地が、あちこち破壊され、燃えていた。

 

「行こう」

 

 先生はその光景を見ると、すぐさまそう言った。

 

「泊地はまた建て直せばいい」

「……分かった。そうだね、先生」

 

 ここに来て半年になるかならないかの私でも結構なショックだった。先生はもっとショックを受けていてもおかしくない。だが、先生はいつも通りだった。

 しかし、避難しようとしていたシェルターの入り口は、先ほどの空爆で完全に埋められていた。

 周囲には何人かの遺体もある。おそらく逃げようとしていたところで空爆にあったのだろう。皆、つい先日まで普通に話したりしていた相手だった。さすがにこの光景には、先生も言葉を詰まらせていた。

 

「……誰か、無事な人はいますか!」

 

 先生が声を張り上げると、塞がれたシェルターの内側から何人かの声が聞こえてきた。どうやら既に逃げ延びていた人もいるようだった。保健室の道代先生、工廠の伊東さんの声も聞こえた。

 先生はしばらく入り口を塞いでいる土砂を眺めていたが、小さく頭を振るとこちらを見た。

 

「近くの村に行こう。そっちの避難場所がまだ無事だと良いんだが」

「……」

「康奈」

 

 こちらが呆けていたからだろう。先生は少し厳しめの口調で呼びかけてきた。

 

「どういう状況であれ、できることはできるしできないことはできない。……大事なのはできることを諦めないことだ。私の言いたいことは分かるね?」

「……う、うん」

「なら良い。――行こう」

 

 先生は躊躇なくその場を後にした。

 ここで犠牲になった人にしてあげられることはない。そう言われたような気がした。

 

 

 

 敵の重巡部隊の射程圏内に入る。互いに射程は同程度。つまりそれは――砲撃戦の始まりを意味していた。

 

「妙高、羽黒、斉射!」

「了解!」

 

 こちらの声に応じて妙高と羽黒が一斉に敵艦隊目掛けて砲撃を放つ。同時に放たれた砲弾は、敵の重巡洋艦三体に直撃した。

 先手はこちらが取った。だが敵兵力はこちらよりも多い。常に主導権を握っていないと勝ち目はなかった。

 

「古鷹、やっぱりこっちはきつい……!」

 

 偵察任務からそのまま合流してきた千代田が、悲鳴に近い声を上げていた。

 

「敵艦載機の数が多いし、見慣れない新型も混じってるみたいで、どうにか制空権を完全に奪われないようにするのがやっと! 完全には防ぎきれないから、空の警戒も怠らないで!」

「分かった。千歳と千代田は現状維持に専念して!」

 

 制空権を奪取できないのは痛かったが、贅沢を言っていられる状況ではなかった。

 泊地が空爆を受けた。慎重に長期戦を挑んでいるような時間はない。

 焦ってはいけないが――私たちの最大の目的は、皆で生き延びることだ。

 眼前の敵を少しでも早く倒して、提督たちを助けに行かなければならない。

 

「比叡さん、私たち重巡で敵に接近します! 後方からの支援お願いします!」

「了解です! 金剛お姉様の分まで、この比叡、気合たっぷり入れていきますよ!」

 

 両手の拳を握り締めて比叡さんが力強く応じてくれた。

 妙高と羽黒も覚悟を決めた顔をしている。

 

「AL作戦に向かった那智や足柄に笑われないよう、戦い抜いてみせましょう」

「わ、私も……皆を助けるためなら、頑張れます!」

 

 二人の言葉を受けて、私自身の覚悟も定まる。

 沈まない。沈ませない。皆で生きる。あの日――そう誓ったのだ。

 

「皆で――生きるんだ!」

 

 迎撃態勢を整えようとする敵艦隊めがけて、突撃を開始した。

 

 

 

 

「古鷹め、やる気を出しているな」

 

 前進する第一陣の奮闘ぶりを目の当たりにして、長門が思わず感嘆の言葉を口にした。

 

「見ていて少々危うくなる奮闘ぶりではあるがな。我々も――」

「ならぬ。この先にあの戦艦棲姫が二体も控えておるのじゃ。お主らは力を温存しておけ」

 

 好戦的な長門と武蔵が前に出ていきそうだったので、釘を刺しておく。

 

「古鷹たちなら大丈夫じゃ。何が蛮勇で何が勇敢であるかは分かっておろう」

「ほう。……昔に比べると利根も随分と他者を信じるようになったな」

 

 武蔵がからかうように言ってきた。

 

「尖り具合で言えばお主も大概であったろうが」

「違いない。お互いすっかり丸くなったということか」

「一緒にするな。吾輩は必要以上に誰かと絡むつもりはない。今は必要だからこうしてここにいるだけじゃ」

「十分丸くなっていると思うぞ」

 

 武蔵の物言いに、思わず鼻を鳴らす。

 

「無駄口叩くな。早々にケリをつけて提督のところに向かうぞ。吾輩たちの敵は正面だけではないのだからな」

 

 後背からの空爆。完全にしてやられたと思った。

 攻撃は一度だけでは済まないだろう。いつまでも正面の敵にかかずらっている場合ではない。

 ここに金剛やビスマルクがいてくれれば、と思う。二人はAL作戦に参加していて不在だが――もしいてくれれば、その機動力と戦闘力で北側を任せられただろう。

 

「……いや、ないものねだりをしても仕方があるまい。吾輩たちは、今いる戦力でここを凌がねば」

「問題ないさ」

 

 長門がこちらの肩を叩いて言った。

 

「私たちなら、大丈夫だ」

 

 根拠などない。そのはずなのに、長門の言葉には不思議な説得力があった。

 

 

 

 空爆の影響で各地の木々がなぎ倒され、普段使っている道の多くが使えなくなっていた。

 そうして何度か回り道をして近場の村へ辿り着いた頃――二度目の空爆が行われた。

 幸い今回も難を逃れたが、眼前で村が壊される様を見ると、気持ちが不安定になりそうだった。

 

「……村の人たちは皆避難したみたいだな」

 

 村の様子を見てみたが、遺体らしい遺体は見当たらなかった。人影一つ見当たらない。

 ほっとしているのか、もぬけの殻となった村に寂しさを覚えているのか、段々とよく分からなくなってきた。

 

「避難場所はこの近くだったはずだ。大まかな場所は覚えている。そこに向かおう」

 

 そのとき、遠くから何かが近づいてくるような音がした。

 深海棲艦の艦載機の音に聞こえる。空爆のときほど多くはなさそうだが、どこか近くにいるのかもしれない。

 

「先生、気を付けて移動しよう。敵が近くにいるかもしれない」

「分かった。異変があればすぐに教えてくれ」

 

 なるべく物音を立てないよう、先生の車椅子はこちらで押すことにした。

 周囲を警戒しながら村の中央から離れていく。緊張感で神経が張り裂けそうだった。

 物陰に隠れたとき、上空に深海棲艦の艦載機がその姿を現した。間一髪だった。後少し遅ければ発見されていたかもしれない。

 爆弾搭載型ではない。ただ、機銃を多めに積んでいるようだった。

 

「……空爆は十分と見て、直接生き残った人を掃討しに来たのかもしれない」

「可能性はあるな。……発見されるとまずい。慎重に行こう」

 

 艦娘なら渡り合える相手だが、こちらは先生も私もただの人間だ。向こうからすれば格好の的である。

 艦載機が離れていくのを見届けて、再び移動を再開する。

 

「……こちらは駄目だな」

 

 村の避難場所の近くまで移動したところで、先生が無念そうに口にした。

 避難場所の入り口付近の木々がなぎ倒されて、まともに進める状態ではなくなっていた。先生を背負って無理矢理通ることはできそうだったが、近くには深海棲艦の艦載機が飛んでいるようだった。敵前に姿を晒せば、二人ともまず助からない。

 

「また少し移動することになるが、ナギたちの村に行こう」

「……先生。いっそ、ここでじっとしていた方が良くない?」

「上策ではないと思う。敵艦載機は獲物を探しているようだった。敵の目が届かない場所に行かないと、いずれ追い詰められる」

 

 先生の言葉を裏付けるかのように、周囲を飛んでいる深海棲艦の艦載機が機銃を周囲一帯に撃ち始めた。隠れている者を炙り出そうとしているかのような動きだ。

 ナギたちの村を目指して道なき道を駆けていく。どこまで逃げれば良いのか、終わりがまったく見えない逃避行だった。

 

「すまないな」

 

 不意に、先生が謝罪の言葉を口にした。

 

「私が君を引き取らなければ、こんなことに巻き込まずに済んだかもしれない」

「……それ以上言ったら、先生が相手でも怒る。確かに今は怖いけど――私はこの泊地で過ごしたことを後悔はしてない」

「そうか」

 

 先生はそれきり、何も言わなくなった。

 余計な謝罪だったと、後悔したのかもしれない。

 

「……先生。もうすぐナギたちの村だよ」

 

 沈黙が若干気まずくなり、そんなことを言ってみる。

 そのとき――上空から何かが急接近する音が聞こえた。

 ぱっと空を見上げると、機銃をこちらに向けた敵の艦載機がこちらめがけて急降下してくるのが見えた。

 

「――横に逃げるぞ!」

 

 先生が叫ぶ。

 敵の機銃が放たれる音が聞こえるのと同時に――私と先生は、道の外れにあった草叢に飛び込んだ。

 ふわりと、身体が宙に浮く。

 草叢の向こうは――小川へと続く小さな崖になっていた。

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