南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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時期は第八話(第八条)後。

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筆者もお酒はさほど得意ではありませんが、普段とは違う一面が見れる飲み会の雰囲気は割と好きです。勿論飲む相手次第というところはありますが。


番外編
秋の夜長に盃を


 深海棲艦の飛行場を鎮圧してから数日。

 日本やソロモンの政府も交えた今後の対策についてのやり取りが一段落つき、ようやく日常に戻ってきた。

 とは言えそれで暇になるかというとそういうわけでもない。

 ショートランドや近隣の島から護衛をはじめとする依頼が次々と舞い込んでくる。群島国家であるソロモン諸島では海路を使った交流が盛んなのだが、今のご時世海路を利用するためには艦娘の護衛が半ば必須で、艦娘を抱えているこの泊地は護衛依頼に事欠かないというわけだ。

 実際に任務に就くのは艦娘たちだが、依頼人との交渉をしたり無理のないローテを考えたりするのは自分の仕事だ。艦隊育成も考えないといけないし物資・備品の管理にも気を配らないといけない。

 

「……休みたい」

「おじさん、お疲れ?」

 

 机からひょっこりと頭を出してきたのはナミだった。隣にはナギもいる。

 ショートランドにある集落の子だが、祖父が日本贔屓だったとかで日本語を扱える。島の人たちとの交流に一役買ってくれている子たちだ。

 

「なんか眠そう」

「ご飯食べてる?」

「食べてるよ。……あれ、食べたよな?」

 

 最後に食事をとったのがいつだったか思い出せない。記憶を手繰ろうとするが、どうにも何かを食べた記憶というものは出てこなかった。

 

「良かったら今度お母さんにご飯作ってもらう?」

「いや、それは悪いよ。うん、間宮さんのところで食べるかな。……ただ、まだ少し片付けておきたい書類が残ってるから、それが終わってからだね」

「そっか。兄さん、おじさん忙しそうだしまた今度にしよ」

「そうだな」

 

 特に依頼を持ってきたという感じでもないし、遊びたかったのかもしれない。

 

「叢雲」

 

 部屋の片隅で事務仕事に専念していた叢雲に声をかける。

 

「後は私がやっておくよ。せっかくだからナギたちと遊んできなさい」

「え、いいわよ私は別に」

 

 叢雲をじっと見つめる。ナギたちも彼女をじっと見つめていた。

 

「……了解。それじゃ先に上がらせてもらうわ。ほら二人とも、行くわよ」

「わーい」

 

 子どもたちは嬉しそうに叢雲と一緒に出ていった。

 叢雲は吹雪たちの妹分だが、面倒見の良さからお姉さん気質を持っているように見える。ナギたちとたまに遊んでいる姿を見かけることもあった。

 

「さて、残りの仕事を片付けないとな……」

 

 いつもなら大淀が手伝ってくれるところなのだが、今日は非番で不在だ。前線に出ることはないものの、彼女や明石・間宮さんはいつも忙しい。だから定期的に休ませるようにしていた。

 

「自分で自分の首絞めてる気がするなー。俺も休みたい……」

 

 愚痴っていても状況は好転しない。覚悟を決めて、作業に集中することにした。

 

 

 

 ようやく今日の分の仕事が終わった。

 既に日は沈んでいる。腹の虫が絶賛大合唱中だった。

 

「さーて、間宮間宮っと。間宮だけがオアシスだ」

 

 だが、足を運んでみるとオアシスの営業時間は終わっていた。

 

「嘘だろ、そんなのって、そんなのって……」

 

 がっくりと膝をつく。

 間宮さんに頼み込めば夜食を作ってくれそうな気はしたが、仕事が終わった後に発生する予期せぬ追加作業というのがどれだけ苦痛かはよく分かっている。頼むのはよしておこうと心に誓った。

 しかし、腹の虫は静かにならない。

 

「自炊するしかないか」

 

 料理は特別得意というわけではないが、簡単なものならある程度は作れる。

 何を作ろうかと思索にふけりながら歩いていると、泊地から少し離れたところの岩場に人影が見えた。

 

「……あれは、古鷹たちか」

 

 六戦隊のメンバーが集まっている。

 向こうもこっちに気づいたらしい。大きく手を振っていた。

 振り返すと、衣笠がこっちに駆け寄って来た。

 

「提督、今暇してる?」

「暇じゃない。腹の虫と命懸けの戦いをしているところだ。早く部屋に戻って自炊しないと死ぬ」

 

 半ば本気で言うと、衣笠は呆れたような憐れんだような、なんとも微妙な表情を浮かべていた。

 

「不健康過ぎるでしょ。ご飯全然食べてないの?」

「記憶にございません」

「あんたはどっかの政治家か」

 

 衣笠のツッコミに何か反応しようとしたが、その前に腹の虫が鳴った。

 

「……ま、ちょうどいいや。今六戦隊の懇親会やってるんだ。提督も参加しない?」

「六戦隊の懇親会なら私は邪魔だろう」

「何言ってんの。青葉と古鷹が和解するきっかけ作った功労者でしょうが。邪魔者扱いする子なんていないいない」

「そうか?」

「そうそう。それに美味しいご飯もあるよ?」

「よし参加しよう」

「現金だなあ」

 

 何と言われようと知ったことか。空腹以上の難敵はいないのだ。

 

 

 

 衣笠に引っ張られていくと、他の三人は既にそこそこ飲んでいるようだった。

 岩場の陰にシートを敷いて月見酒というわけだ。なかなかに洒落ている。

 

「あ、提督! 来ていただけたんですね」

 

 古鷹が笑顔で出迎えてくれた。

 

「腹が減ってしまってな……」

 

 正直に言うと、青葉が手にしていた弁当箱をこちらに寄せた。

 

「どうぞどうぞ。古鷹特性のサラダの盛り合わせですよ」

 

 緑の野菜を中心としたサラダと、海の幸をふんだんに盛り付けたシーフードサラダである。

 そして加古からは一升瓶を差し出された。

 

「ほら提督、飲みな飲みな」

 

 加古は他の三人と比べて相当飲んでいるようだった。漂う酒の匂いが他と比べてかなりきつい。

 

「大丈夫なのか、加古。そんな飲んで」

「あたしゃ酔い潰れるけど翌日には持ち越さないんだ」

「……翌日の大分遅い時間まで寝てること多いけどね」

 

 古鷹がぽつりと捕捉する。

 

「それより提督は飲めるの? あんまり聞いたことなかったけど」

「下戸ってわけでもないけど、そこまで強くもないな。ただ飲み会自体は結構好きだね」

 

 余っていたコップに注いでもらいながら、これまで参加した飲み会を思い返す。

 乾杯、と杯を打ちつけた。

 

「私たちはずっとこっちにいるので今の日本の飲み会がどういうものかあまりよく分からないですね。どうなんです?」

「多分青葉たちが実艦だった頃とそう変わらないと思うぞ。最近はあんまり若い人がお酒飲まなくなったとは言われてるけど」

「お酒の味を知らないなんて気の毒だねえ」

 

 加古がぐびぐびと飲み干しながら言った。こやつ飲み過ぎではなかろうか。

 古鷹に「大丈夫なのか?」という視線を送るが、返ってきたのは諦めが見え隠れするような曖昧な笑みだった。明日のシフトに加古を入れていたかどうかが気になってくる。もし入っていたら後で外しておいた方が良さそうだ。

 自分もちょびちょびと飲む。疲労と空腹のおかげか、久々に飲むからかとても美味い。そして酔いがすぐに回りそうになる。

 

「お、提督顔真っ赤だ。ちょっと可愛い」

「いい年したオッサン捕まえて可愛いはよせ、衣笠。これは仕方ないんだよ」

「そういえば司令官って年いくつでしたっけ」

「ん? えーと……」

 

 正確な年を言おうとしたが、妙に頭がもやもやして言葉が出てこない。

 

「……あれ。いくつだっけ」

「司令官、さすがにボケるほどの年ではないと思ってますよ」

「いや、なんか頭に出て来なくて……。三十路は過ぎてる。うん。四十はまだ」

「なら言うほどオッサンじゃないですよ」

「そうかなあ。三十過ぎればオッサンじゃない?」

 

 昔は高校生ですら大人に思えた。子どもの頃やったゲームでは二十代半ばを過ぎたキャラはオッサン呼ばわりされていた気がする。

 

「でも三十くらいならアレですね」

 

 青葉が少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「司令官司令官、ズバリ聞きますけどこの艦隊で好きな子とかって誰かいたりするんですか?」

「へ?」

 

 思わぬ質問だった。きょとんとしていると、いつの間にか加古に酒を注がれていた。注がれたものは飲まねばならない。ぐい、と飲み干しながら、青葉の質問の意味を考える。

 

「好きな子って、好きか嫌いかでいえば皆好きだぞ」

「そういうんじゃないですよ。ほらほら、誰か意中の人とかいないんですか?」

「青葉、やめとこうよ。そういう質問は……」

「でも古鷹も気になりません?」

「え? えーと……」

「衣笠さんは気になるなー!」

「あたしもー!」

 

 衣笠と加古が瓶を掲げながら叫んだ。古鷹も顔を赤くしている。全員相当酔いが回っているらしい。

 

「意中の人って言われてもなあ。俺からすると皆子ども……とまではいかないまでも、年の離れた妹くらいに見えるからなあ」

「んじゃ質問変えましょう。この艦隊の中で休日誰か一人と過ごすなら誰と過ごします?」

「一人と?」

 

 急に振られても困る。

 どちらかというと休日は一人で読書でもしながらゴロゴロしていたいのが本音なのだが、さすがにそれを口にしたら大ブーイングだろう。いかにアホでもそれくらいは察しがつく。

 

「んー……一人、一人か……」

 

 できれば静かにまったり過ごしたい。

 こちらに向けられた顔を眺めて、うん、と頷いた。

 

「古鷹かな」

「わ、私ですか!?」

 

 そんなに騒がしくなさそうだし、一緒にいて落ち着けそうだ。

 そう口にしようとしたが、古鷹が妙にそわそわしていてなんだか口を挟みにくい。

 

「結構意外な名前が出ましたね。私は叢雲ちゃんかと思ってたんですが」

「叢雲?」

 

 考えてみれば、叢雲という選択肢もありといえばありだ。余計なこと言わないし、一緒にいるのが半ば当たり前になってきている感があるので二人で過ごすのも気楽そうな感じがする。当たり前過ぎて頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 

「どうせだったら今度古鷹と一緒にどこか遊びに行ってきたらどうですか?」

「んー、遠出は正直ちょっと疲れるな……。できればのんびり過ごしたい」

「提督って、本質的には引きこもりタイプだよね」

「否定はしないぞ、衣笠。俺は省エネ志向なんだ」

 

 いいじゃないかインドア派でも。この泊地ではそんなこと言ってられないのが辛いところだが。

 さっきから古鷹がひょいひょいとこちらに弁当箱を寄せてくるので、箸がよく進む。

 

「うん、美味い」

「そ、そうですか? えへへ……。まだまだありますからね! どんどん食べてください!」

 

 古鷹はハイテンションになっているようだった。酔うとこんな感じになるのは意外な発見である。

 

「ほれほれ飲みな飲みな~」

 

 加古は加古で次々とコップに酒を注ぎ続けてくる。そろそろ止めて欲しいのだが、すっかり出来上がっている加古に言って通じるかどうか少し不安だった。

 

「司令官司令官、他にもいろいろ聞きたいことがあるんですが……」

「あいよー、なんだいなんだい、言っちゃいけないこと以外なら言っちゃうよー」

 

 身体が熱い。

 段々物が考えられなくなっていく。

 空っぽだったお腹が急速に満たされたせいで眠気が出てきたのだろうか。

 そんなことを考えながら、意識は少しずつ薄れていった。

 

 

 

 頭が物凄く痛い。

 どうやら昨晩飲み過ぎてしまったらしい。気づいたら自室に戻っていたが、どうやって戻ったのかさっぱり覚えていなかった。

 

「……酒に飲んでも飲まれるな、というのが信条だったのに」

 

 はあ、とため息をついているところに叢雲が顔を出した。

 

「おはよ……って、酒臭っ!?」

 

 即座に鼻をつまみながら抗議の眼差しをこちらに向けてくる。

 

「新八郎。あんた、昨日飲んだでしょ」

「……うん。まあ、そのようだ」

「歯を磨いてきなさい。臭いから。早く」

「はい、すみません」

 

 親に叱られるような気分で執務室を後にする。

 共用の洗面所に行くと、そこでは青い顔の青葉と衣笠がいた。

 

「……お、おはようございます司令官」

「そっちも……調子悪そうだね」

「まあな……二人もか」

 

 不健康そうな顔の三人。

 そこに、寝ぼけまなこの加古とそれを引っ張る古鷹が通りかかった。

 

「ほら加古、今日は演習だよ。しっかりしないと!」

「んー、眠いぃ」

 

 二人はこちらには気づかなかったようで、そのまま通り過ぎていく。

 

「あの二人は、強いんだな……」

「古鷹はそもそもあんまり飲んでなかったですけどね」

 

 大分顔を赤くしていたから飲んでいたように見えたのだが、そうでもないのだろうか。

 

「今後あの二人と飲むときはいろいろと気を付けるようにしよう……」

 

 うぷ、と胃からこみ上げてくるものを抑えながらそう心に誓うのだった。


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