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クリスマスということなので、久々の南端泊地物語を。
「提督、どうされたんですか?」
執務室で視線をカレンダーに向けていると、今日の秘書艦を務めている古鷹に声をかけられた。
真面目で気立ても良く、細かいところにも気を利かせてくれる重巡洋艦の艦娘だ。私の意識が執務以外のことに向けられていると気づいたのだろう。
「いや、もうすぐクリスマスだなと思って」
「クリスマス……ですか」
古鷹はカレンダーを見て、少しぼんやりとした様子で頷いた。
「古鷹たちにはあまり馴染みがなかったかな」
「いえ。私たちが艦艇だった頃にはもう普及していましたよ。戦時中もクリスマスを祝っている方はいました。まあ、見ているだけでしたけど……」
クリスマスの歴史は意外と古いらしい。明治維新で西洋文化が大々的に導入され始めたのだから、大正・昭和前期にはもう十分普及していたとしても不思議ではないか。
「提督はクリスマスに何かされるんですか?」
「今までは身内にプレゼントを贈るくらいだったな。ケーキと、少しけち臭いプレゼント。あまり受けは良くなかった」
弟も妹も贅沢を口にする方ではなかったから、表立って文句は言わなかったし、お礼も言ってくれたが、どこか物足りなさそうにしていた。とは言え、こちらとしてもあまり豪勢なプレゼントを用意してやれるほどの余裕はなかったのだ。仕方がない。
社会人になってからはそれなりのものをプレゼントできるようになったが、今度は「あまり無理をするな」と遠慮されるようになってしまった。大きくなったなという喜びと、ほんの少しの寂しさを感じたことを覚えている。
「そうだ、泊地の皆にもクリスマスプレゼントを用意しよう。任務の関係もあるから皆で集まって大々的なパーティとかは無理だけど……プレゼントを配るくらいならいいだろう」
「えっ、いいですよ。悪いです」
古鷹は慌てて手を振り遠慮の意を示してみせた。
「遠慮するな。普段皆にはいろいろと助けてもらってるんだ。感謝の気持ちを示させて欲しい」
「感謝だなんて。私たちは艦娘――軍艦です。深海棲艦の脅威から人々を守る。そのためにこうしてここにいるんです。だから、私たちはやるべきことをやってるだけですから」
古鷹のその言葉に、ほんの少し引っかかるものがあった。
確かに、艦娘の役目は深海棲艦と戦うことにあるのだろう。人間を守ることにあるのだろう。
だが――それだけか。
「古鷹たちは艦娘――つまり人でもある。昔とは違う。戦うのが役目だとして、それがやるべきことだとして、やるべきことをやり続けるということは決して当たり前なんかじゃない。それができない人間だって沢山いる。命懸けで困難なことをやり続けるのは――とても立派なことだ。そこを卑下するのは、私は良くないと思う」
こちらが不意に怒ったからか、古鷹は戸惑いの表情を見せた。
自分の何がいけなかったのか必死に考えている――そんな顔だ。
「……すまない。別に君に落ち度があるという話ではないんだ。ただ、もっと自分たちの行いに誇りを持って欲しい。艦娘として生きるということは、半ば人として生きるということだからね。人は、やるべきことをやったなら、それを誇りに思うものだから」
そう言って、古鷹の側に立って頭をポンポンと撫でた。
弟や妹を怒らせたり泣かせたりしたときによく使った手だが――幸い、古鷹にも効いたようだ。動揺はもう見えない。
「感覚としてはまだ分からないところもありますが……提督の仰りたいことは、なんとなく分かったような気もします」
「うん。いきなり全部理解して欲しいなんてのは我儘だしな。少しずつ互いのことを知って、少しずつ歩み寄っていければいい」
私も、艦娘と出会ってからまだ半年も経っていない。こちらも彼女たちのことを理解する努力を怠るべきではないだろう。
「……それで、話を戻すけど。クリスマスプレゼントの件、どうだろう。私は皆に感謝してるし、その行いに何らかの形で報いたいと思ってるんだ。駄目かな」
「いえ、いいと思います。駆逐艦の子たちは喜ぶと思いますし」
「そうか。……ふと思ったんだが、古鷹はサンタを知っているかい?」
「ええ。……多分、駆逐艦の子たちは正体までは知らないと思いますけど」
「古鷹は知っているのか」
「艦娘として生を受けるときに、ある程度の知識は入って来るんです。個人差や艦種差などがあって、だいたい見た目相応の知識量が得られるみたいですけど。多分軽巡以上なら皆知ってると思います」
それなら軽巡以上の子には普通にプレゼントを渡した方が良さそうだ。
駆逐艦の子たちは――どうするか。普通に渡すという手もあるが、サンタからのプレゼントということにして、夢を見させてあげるという手もある。もしサンタのことを信じている子がいるなら、その方が嬉しいだろう。
「……きちんと計画を練った方が良いかもしれない」
「ご協力しますよ、提督」
クスクスと笑いながら古鷹が言った。
どうやら――またしても助けられることになりそうである。
「それで工廠をプレゼント置き場にしたい、と」
やれやれ……と言いたげに溜息をついたのは工作艦の艦娘である明石だ。泊地創建時からいる最古参の一人で、艦娘たちの装備の整備・改良・管理の責任者でもある。
「執務室には大量にものを置けないし、すぐに叢雲とかにばれてしまう。その点工廠ならいろいろものが置いてあるから隠し場所にも向いてると思うんだが、どうだろう」
「今工廠は立て直しの真っ最中で、作業できるエリアも限られてるんですよ。そのエリアを更に狭めろと」
明石の言う通り、今工廠は工事の真っ只中だ。元々は小さな建物でどうにかやっていたのだが、泊地の規模も大きくなりつつあるということで、本格的なものを用意する必要があると判断し、建て直すことにしたのである。
ただ、立て直しの最中でも明石の仕事がなくなるわけではない。彼女は今、工事中の工廠の一角でどうにかこうにか作業をする日々を送っている。
そんな彼女に対しエリアを貸してくれというのは無体かもしれない。しかし工廠以外に適当な場所が思いつかなかったのだ。
「後生だ。今度必ず何か礼をするから」
両手を合わせながら頭を下げる。
「別にいいんじゃないか。心掛けは立派なもんだと思うぞ」
助け舟を出してくれたのは、先日泊地のスタッフとして入ってくれた伊東信二郎さんだった。彼には工廠の管理者になってもらう予定である。
「艦娘に報いようなんて人情に篤いじゃないか。提督なんていうから、俺はもっときつくておっかない男だと思ってたぜ」
「ご期待に沿えず申し訳ない……。私は基本こんな感じの男です」
「いやいや、良い意味で期待を裏切られたよ。どうだ明石。多少は空けられそうなスペースあったろう」
「……むう。分かりました。仕方ないですね」
はあ、と項垂れる明石。なんというか悪いことをしてしまった気がする。
「その代わり、一回私の言うことを何でも聞いてもらいますよ」
「え?」
そこまでは言っていない。
なんでも、と言われると何やら不穏なものを感じる。何かとんでもない要求をされるのではないか。
「不服ですか?」
「いや全然」
唇を尖らせる明石に、思わず首を振った。
「では、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ。……ありがとう」
若干恐ろしい予感を覚えつつ、自分には、その場を後にすることしかできなかった。
「で、そこまで計画進めておいて何を買うか決められてないと」
説明を一通り終えると、夕張は呆れ顔を浮かべた。
「駆逐艦の子たちってどういうものをあげれば喜ぶか、改めて考えるとよく分からなくてな……」
考えてみれば、弟や妹にプレゼントをあげるときは予算や時間の都合もあって選択の余地がほとんどなかった。だからあまり悩むことがなかったのだ。
今は違う。立場上それなりの予算は用意できた。時間もまだ多少はある。しかし、駆逐艦の子たちが何を好むのか全然分からないのだ。
「好みは個人差がある、ということは分かる。ただ不公平感は出したくないし個別に注文すると時間がかかるから、できるだけプレゼントは統一させたいと考えているんだが……」
「面倒臭い条件入れてきますね……」
「自覚はしている」
こんな条件で相談されても――というところだろう。
「ずばり決めて欲しいなんて無茶を言うつもりはない。ただ、何か手掛かりがないかと」
「そう言われても。うーん、私ならゲーム機とか欲しいって答えるところですけど」
「予算上きつい」
「ですよね……」
二人して並んでうんうん唸る。しかし状況は一向に好転しない。
「そもそも、提督はどうしてプレゼントなんて贈ろうと思ったんです?」
「日頃の感謝にと思ったんだが……」
「だったら――それが一番伝わるようなものがいいんじゃないですか。皆が欲しそうなものをあげるんじゃなくて、ありがとう、ってメッセージを伝えられるような」
夕張が指を立てて、そんなことを言った。
なんだか一瞬――別の子のことを思い出しそうになって。
どうにか、踏み止まった。
「……ああ。そうか。そうだな。欲しがりそうなものをあげたいなら、きちんと皆に話を聞けばいい話だ。今回はそういうつもりのプレゼントじゃないからな」
「おっ。何かいいものを思いついたって顔してますね、提督」
「おかげさまで。……また助けられたな」
きょとんとした表情の夕張に手を振りながら、その場を立ち去る。
早めに準備を進めよう。感謝を形にするには――少しばかりの時間が必要だ。
せっかくだし、ナギやナミたち島の子たちの分も用意しようか。
思いは巡る。誰かを祝福できる聖夜というのは――きっと、楽しいものになるだろう。
泊地に戻ってから、初めて執務室に入る。
クリスマスの日に急遽新たな作戦が発動し、聖夜を祝う暇もなく泊地を離れ、ようやく戻ってくる頃には年が明けていた。
……結局、プレゼントを配ることはできなかったなあ。
執務室のカレンダーをめくろうとして、二十四日の赤丸に気が付いた。
「……その。残念でしたね、提督」
励ますように古鷹が声をかけてきた。
「ああ。……あのプレゼント、どうしようかなあ」
そんな風に返した矢先、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「提督っ! これなに!?」
キラキラした目で飛び込んできたその子が持っていたのは、とても見覚えのあるもので。
「なんかサンタからのメッセージってあったよ! サンタってあのサンタ!? どう思う!?」
とても嬉しそうに質問を浴びせかけてくるその子を見て――少しばかり遅いクリスマスの到来を感じた。
大事なのは祝う気持ちだ。少しばかり日付がずれたって構うまい。そんな風に思うのだった。