南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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本作品は拙作「南端泊地物語―草創の軌跡―」の番外編です。
※ただし内容は本編とあまり関係ありません。


一緒にお昼はいかがでしょう

「提督、そろそろ少し休憩にしませんか?」

 

 古鷹の穏やかな声が耳に入ってきた。

 時計を見ると、針は午後二時過ぎを指し示している。

 

 きりの良いところまでやろうと奮起していたが、いつまで経ってもそのきりの良いところが訪れない。

 多少すっきりしないところはあるが、これ以上遅くなると昼食を取るには遅くなってしまう。

 

「すまない、もしかして付き合わせてしまう形になったか」

「いえ、お気になさらず。私もきりの良いところまで進めておきたかったので」

 

 古鷹はそう言うが、自分に合わせて昼休みを先延ばしにしていたのは明白だった。

 先に休んでお昼を取ってくれても構わなかったのだが、考えてみれば、古鷹はそういうところで遠慮してしまうところがあった。こちらが気を払うべきところだったのだろう。

 

「では昼休みに入るとしようか。間宮に行こうと思うが、どうだ?」

「あ、それでしたら提督。実は――」

 

 古鷹は少し慌てた様子で自分の鞄から弁当箱を取り出した。

 シンプルだが柔らかい印象を与えるデザインの包みに覆われている。

 ただ、その弁当箱は二つあった。

 

「実は、今日加古の分も作ろうとしたんですけど、少し作り過ぎてしまって!」

「おお」

「……その。どうでしょう……いりませんか……?」

 

 自信なさげに弁当箱を抱えながら問いかけてくる。

 ここでいらないと言うのは古鷹にも食材にも悪い。

 若干気恥ずかしいようなくすぐったいような感じもするが、それは断る理由にならないだろう。

 

「私でよければいただこう」

「あ、ありがとうございます!」

「いやいや、むしろ礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう、御馳走になる」

 

 ガクガクと首肯してこちらに弁当箱を差し出す古鷹の頭をポンポンと叩く。

 

 そんな冷血漢に思われていたのだろうか。

 だとすると、今後艦娘と接する際の立ち振る舞いについて再考する必要があるかもしれない。

 

「そうだ。普段は執務室で缶詰になることが多いし、せっかくだから外で食べようか」

「そ、外ですか……?」

「駄目か? たまにはそういうのも風情があって良いと思うんだが」

「いえ、駄目ではないんですけど、他の皆に見られるというのは少し落ち着かないというか……」

 

 顔を赤らめてもじもじと両手の指を忙しなく動かす。

 

 弁当の見栄えに自信がないのだろうか。

 少し気になったが、ここで開いて確認するのはいくらなんでも失礼というものだろう。

 

「とは言えここで食べる気分でもないしな……。なら私の部屋にでも行くか」

「てて、提督のお部屋ですか!?」

「いや、嫌なら別に構わないが……。以前古鷹が私の部屋の本を気にしてたみたいだから、ついでに見るかと思っただけでな」

「それは、その……気になりますが、さすがに悪いです」

 

 遠慮しなくても良いと思うのだが、こうなると古鷹はなかなか引かない。

 やむを得ない。いつも通りという形になってしまうが、ここでそのまま食べるとするか。

 

 そう口にしようとしたとき、古鷹がややテンパった様子で身を乗り出してきた。

 

「私の部屋は、どうでしょう!」

「……古鷹の部屋?」

「はい!」

 

 妙に力の入った様子に、何とも逆らい難いものを感じる。

 さすがに女子の部屋にお邪魔するのは気が引けるが、断ったら古鷹を落ち込ませてしまいそうな気もした。

 

「古鷹が構わないなら、お邪魔するとしようか」

「はい、構いません」

 

 古鷹はパァッと表情を明るくした。

 妙なことになったが、この表情を見れたのであれば、上々と言って良いだろう。

 

 

 

 なぜこんな提案をしたのか、少し前の自分を問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

 

 自室の前まで提督を連れて来て、いざ扉を開けようというところになって、ようやく我に返ったのだ。

 返らなければよかったのに、と後悔する。

 

 そもそも、提督が悪い。

 急に外で食べたいなどと思い付きを口にして、挙句の果てに自分の部屋に行こうなどと、デリカシーがなさすぎる。

 

 確かに興味はある。

 本だけではない。

 部屋で提督がどんな風に過ごしているか、いろいろと聞いてみたいところではある。

 

 しかし、部屋に行くというのは心の準備が必要なものだ。

 急に「来るか」と言われて行けるはずがないではないか。

 

 ……って、それ全部ブーメランだよ私……!

 

 提督の方は特にあれこれ意識している様子もなく、普通にここまでついてきた。

 正直、もっとあれこれ反応してくれても良いではないかと思わなくもない。

 こちらのことをどう想っているのだろうか。

 

「古鷹?」

「――ハ、はい?」

「いや、開けないのか?」

 

 ドアノブに手をかけて硬直していたので、さすがに提督も妙に思ったのだろう。

 こちらを気遣うような表情を浮かべて、

 

「やはり急にお邪魔するのは良くなかったんじゃないか。あれだったら私は戻るが」

「いえ、大丈夫です。大丈夫ですが、万一散らかっていたら申し訳ないので、少し様子を見てきますね!」

「あ、ああ。終わったら呼んでくれ」

「了解です!」

 

 さっと一礼して部屋に飛び込むと、勢いよくドアを閉めて中の様子を確認する。

 特に目立って散らかっている様子は見受けられない。

 加古の生活エリアも朝点検したからきちんと片付いていた。

 

「……ふうっ」

 

 一通り部屋の状態をチェックして、何度か深呼吸をして気を落ち着かせる。

 普段通りに振る舞えば問題はないのだ。

 単純に、提督とお昼を一緒にするだけなのだから。

 

「お待たせしました。どうぞ」

 

 扉を開けて外にいる提督を呼び込もうとする。

 しかし、そこにいたのは提督だけではなかった。

 

「あ、どもどもー!」

 

 気さくな様子で挨拶してきたのは、古鷹の戦友でもある重巡洋艦の艦娘・青葉だった。

 

「……あ、青葉? えっと、どうしてここに?」

「いやー、機関紙のネタ探しに泊地をぶらついてたら、艦娘寮に珍しい姿があったので取材をと」

「なぜか最初は無断で侵入した狼藉犯扱いされてな……」

「やだなあ、冗談ですよ冗談」

 

 青葉は屈託なく笑いながら提督の背中をバシバシと叩く。

 心なしか、前よりも二人の距離感が近くなっているような気がした。

 

「……えっと、そうだ。良かったら青葉も一緒にどうかな、お昼」

「んー。いや、それは遠慮しておきます。この青葉、空気の読める女と自任しておりますので!」

 

 そう言って青葉は提督から離れると、こちらに寄ってきて、

 

「それじゃ、頑張ってくださいね」

 

 と耳打ちした。

 カァッと顔が赤くなるのが分かる。

 

「あ、青葉!」

「あははは。後で話聞かせてくださいね~!」

 

 青葉は軽やかな足取りで去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、提督は「なんだったんだアイツは」と溜息をついた。

 

「……ん、どうした古鷹」

「いえ。なんでもないです」

 

 今日はいろいろとペースを乱されてばかりいる気がする。

 そのせいか、提督への返事も少し素っ気ないものになってしまった。

 

「……よし、古鷹。やっぱり場所を変えよう」

「え?」

 

 ここまで来てどこへ行こうと言うのだろう。

 そんなこちらの疑問には答えず、提督は「ほら行くぞ」と足早に歩き出してしまった。

 

 やがて辿り着いたのは、いつもの執務室だった。

 ただ、司令官は室内に入るとすぐに梯子を下ろして、そこから上り始めていく。

 

「ほら、古鷹も」

「は、はい」

 

 促されて梯子を登りきると、強い潮風が正面から吹き付けてきた。

 

 一足先に上った提督は、屋根に腰かけてこちらに手を伸ばしてくれた。

 その手を取って身を出す。

 

「わっ――」

 

 泊地正面の海が視界に飛び込んでくる。

 執務室には仕事でよく出入りしていたが、屋根の上に来るのは初めてだった。

 

「ここなら他の皆に見られることもないし、殆どいつもと同じ場所だが、気分転換にはなる」

「……提督はよくこちらに来られるんですか?」

「ときどきな。この場所は暑いから、ときどき風を浴びたくなる。そういうとき、ここは最適だ」

 

 言いながら、提督は渡した弁当箱を開けた。

 おにぎり、唐揚げ、ブロッコリー、プチトマト、きんぴらごぼう。

 改めて見ると面白味のない内容だと思ったが、提督は嬉しそうに顔をほころばせていた。

 

「誰かの作った弁当を食べるのは、久しぶりかもしれないな――」

「そうなんですか?」

 

 考えてみれば、提督がここに来るまでどんな生活を送っていたのか、聞いたことはなかった。

 あまり、自分のことは語らない人だ。だからこそ知りたいという想いもあるが、迂闊に踏み込んで嫌われないかという恐れもある。

 

「……うん、ありがたくいただくとするよ」

「ふふ。ええ、どうぞ」

 

 潮風のおかげで気持ちが落ち着いたからか、今度は普段通りに受け答えすることができた。

 

 波と風、そしてときどき聞こえる他の艦娘の声を聞きながら、箸を進め、他愛ない言葉を交わし合う。

 随分と回り道をしてしまった気もするが――辿り着いた場所は、悪くないものだった。


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