南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第四条「過ちをなかったことにしてはいけない」

 戦艦との戦闘で負った傷が癒えてから数日。

 この拠点では、以前と変わらない日常が流れていた。少なくとも――表面上は。

 新八郎は淡々とやるべきことをこなしている様子だった。ソロモン政府への応対、シーレーン維持のための体制立案等、やることは山積みのようだった。

 艦娘たちは戦力増強に努めていた。明石は日本政府から派遣された協力者と共に工廠の拡張に勤しんでいる。間宮も小さな食堂を建ててもらってからはそちらで食品管理の体制作りに勤しんでいるようだった。

 特殊な力を持たない艦娘たちは、島の近海で訓練をしたり哨戒任務をしたりしている。

 少々拠点がグレードアップしたことを除けば、やっていることは今までと同じだ。

 一点違うことがあるとすれば――新八郎と艦娘たちの距離感が変わったということだろう。

 あの出来事があってから、艦娘側には新八郎へ不信感を抱く者が増えた。

 一人の仲間が沈んだ。

 あの作戦は新八郎の焦りが見え隠れしていた。彼女が沈んだのはその焦りによるものではないのか。そもそも新八郎は元々民間の出で、軍人ではない。人を指揮するような立場になったこともなかったらしい。そんな人間を提督として認めて問題ないのか――そんな疑念を抱く者がいた。

 一方、あの出来事の後もすました顔で日々の業務をこなしている新八郎の情に不安を抱く者もいた。表面上は優しそうに見えるが、本当は仲間の死にも心を動かさない冷血漢なのではないか、と。

 そういう艦娘側の心情の変化を察しているのかいないのか、新八郎はひたすら自分の仕事をこなし続けていた。

 

「……このままじゃこの拠点は駄目になるかもしれないわね」

 

 訓練の後、曙と並びながら呟く。

 

「なんでそれをあたしに言うのよ」

「曙はあいつのことまだ信じてそうだと思ったから」

「……そういう叢雲はどうなのよ」

「正直、よく分からない。あいつのこと分かってたつもりでいたけど、全然分かってないんじゃないかって思うようになったわ」

「最古参のあんたがそうなら、あたしにだってよく分からないわよ」

 

 曙が深くため息をついた。

 

「叢雲、一度あいつにぶつかってきてよ」

「ぶつかるって……文句言いに行けってこと? 現状ちゃんと理解してるのかって」

「まあ、そういう方法でもいいけど」

 

 曙の言葉はなんだか力がなかった。彼女もまだ先日の出来事を引きずっているのかもしれない。

 私たち艦娘は実際の艦艇だった頃に沈められた者が多い。だから戦って沈むということへの覚悟はあった。そのつもりだった。

 しかし、実際に仲間が沈んでいくのを見るとその覚悟にひびが入ってしまう。

 陸に上がって艦娘用の小屋に向かう。小屋の前では響と五月雨が立ち話をしていた。

 

「どう? 二人の様子は」

 

 声をかけると、二人は困ったような表情を浮かべた。

 あの出来事以来、如月と電はふさぎ込むようになった。

 電は彼女を助けられなかったことに対する強い後悔が、如月はその前後の新八郎の振る舞いに対する不信感が原因のようだった。

 響と五月雨もあの場にいたからショックを受けはしただろうが、如月たちほど表には出ていなかった。

 

「相変わらずだよ。訓練にも身が入ってない。……私も人のことは言えないけどね」

「さっき司令官が一度顔を見せに来たの」

 

 五月雨が意外なことを言った。新八郎の方からこの小屋に来るのは珍しい。

 

「やっぱり如月と電のことが気になってたみたい。けど、二人ともほとんど話ができなかったみたいで……」

「すぐに引き上げていったよ。けど……司令官、なんだか本当にいつも通りだった」

 

 響が肩をすくめる。

 

「あんまり考えたくないけど、あの作戦のことを本当に気にしてないんじゃないかって気もしてくる。信じたいけどどこから信じていけばいいのか分からない」

「こうして二人の様子を見に来てくれたから、きっと思うところはあると思う……けど」

 

 五月雨が擁護する。しかしその言葉にも力がない。

 信じるに足る根拠が見えないのだ。

 考えてみれば、自分たちと新八郎はまだ一月にも満たない付き合いなのだ。彼のことをどこまで信じていいか迷ってしまうのも当然だろう。

 

 ……やっぱりこのままじゃ駄目ね。

 

 一度しっかりと話しておく必要がありそうだった。

 

 

 

 昼間は忙しそうだから夕方になってから執務室に行こう。

 そう思っていたのだが、疲れのせいかいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 壁にかけられた時計は二十時を指し示していた。

 

「……まだ仕事してるのかしら、あいつ」

 

 艦娘用の小屋から出て執務室のある小屋を目指す。

 灯りはない。扉を何度かノックしても反応はなかった。

 鍵なんて上等なものはないので、そのままそっと開けてみた。

 

「いない……」

 

 寝てるのかと思ったが、姿が見えない。

 こんな時間にどこへ行っているのだろう。

 艦娘は、深海棲艦の気配を感知できるのと同程度に提督の気配も感知できる。

 おぼろげながら気配は感じられるので、そう遠くには行っていないはずだが。

 仕方ないので周囲を散策してみる。

 艦娘用の小屋、できたての食堂、工事中の工廠――。

 少しずつ発展の兆しを見せつつある拠点の中に、新八郎の姿はなかった。

 

 ……ナギたちの村にでも行ったのかしら。こんな遅くに?

 

 そんなことを考えつつ周囲に視線を走らせていると、少し離れたところにある岬で何かが動くのが見えた。

 もしやと思いそちらに足を運ぶ。近づくにつれて動いた何かの姿が見えてきた。

 新八郎だ。

 何か大きなものを岬の先端に運んでいる。

 それは――石のようだった。

 相当な大きさで、新八郎は何度も足を止めながら少しずつそれを運んでいた。

 やがて岬の先にそれを置くと、そのまま座り込んで動かなくなってしまう。

 五分。

 十分。

 三十分。

 いつまで経っても動く気配がない。まるで事切れてしまったかのようだ。

 

「……あんた、こんなところで何してるのよ」

 

 意を決して声をかける。

 新八郎は動かなかった。ぴくりとも反応しない。

 

「聞いてる?」

「――ああ、叢雲か」

 

 ひどくしわがれた声だ。

 日中の『普段通り』の声とはまるで違う。この世に未練を残して化けて出た幽鬼が発しそうな声だった。

 

「すまない……聞こえてなかった。どうかしたのか?」

「どうかした、っていうか……」

 

 言葉に詰まる。何をどう言えばいいのか分からなくなってしまった。

 だって――分かってしまったのだ。

 新八郎の前にある石は墓石だ。彼女の墓石だ。

 それを前にしてじっとしている新八郎の後ろ姿は――とても悲しげに映る。

 彼も、傷ついているのだ。

 

「……それ、夕張の?」

「ああ。如月から預かったリボンをな。それくらいしか、残らなかったから」

 

 夕張の最期は壮絶なものだった。艤装は原型をとどめておらず、それでもなお敵を引き付けんと足掻きに足掻き続けた。

 彼女の奮闘がなければ、自分たちもやられていただろう。

 

「叢雲。沈んだ艦娘はどうなるんだ?」

 

 どういう意図の問いかけなのかは分からなかった。だからストレートに答える。

 

「定められた手続き通りに艤装を解体した場合、艦娘は艦艇の御魂の元に還るかそのまま受肉して普通の人間として生きるかを選ぶことができる。けど、戦いで艤装が損壊して沈んだ場合は違う。その魂はどこにも還らず消えていく」

 

 中には深海に引きずり込まれて深海棲艦になるなんて説もあるが、今はそんな不確かなことは言わない方が良さそうだった。

 

「どこにも還らず消えていく、か」

 

 こちらの言ったことを反芻して、新八郎はまた動かなくなってしまった。

 

「……あんた、大丈夫? もう戻った方がいいんじゃない?」

「もう少しだけ、ここにいさせてくれないか」

「朝までそうしているつもりじゃないでしょうね」

「――」

 

 何か言い返してくるかと思ったが、予想に反して言葉は返ってこなかった。

 その代わり、新八郎の状態がぐらりと揺れて、横向きに倒れた。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 慌てて駆け寄り、倒れた新八郎を抱え起こす。

 新八郎の身体は怖いくらいに熱かった。少し触っただけで異常と分かるくらいの高熱だ。

 

「あんた、こんな状態でずっと働いてたってわけ……!?」

 

 思い返せば、あの作戦のときも新八郎は調子を崩していた。あれからずっとこんな状態で働いていたのか。

 

「この大噓つき……!」

 

 新八郎を背負いながら叢雲は毒づいた。

 なんであんな平気そうな顔をしたんだ。いろいろな意味で平気ではなかったくせに。

 なんでこうなるまで気づけなかったんだ。こんなに酷い状態だったのに。

 こちらの不平にも新八郎は答えない。全身の力が抜け落ちているようだった。

 

「アンタまでいなくなるとか、絶対許さないわよ。気をしっかり持ちなさい!」

 

 聞こえていないと分かりつつ、声をかけ続ける。

 その日の夜は、眠ることができなかった。

 

 

 

 島の医者に診てもらってから数日。

 新八郎の容体は少しずつ回復しつつあった。

 診断結果は過労である。命を落とす一歩手前だと言われるような有様だった。

 おかげで、新八郎がこなしていた仕事は私と大淀が担当せざるを得なくなった。

 

「あいつが目を覚ましたら私たちは恨み言を言っても許されると思うのよ」

 

 そう言うと大淀は困ったような表情で笑みを浮かべた。

 

「正直、私は少しホッとしました。提督があまりにも動じてなくてどうしようかと思いましたが――いえ、決して提督が倒れたことを良いと思っているわけではないのだけど」

 

 大淀の言わんとしていることもなんとなく分かる。

 新八郎は頼りなくて情けない――けど信用はできる人だった。

 それがあの出来事以降、一切の動揺を見せず淡々と仕事をこなすようになって、まるで別人のようになってしまった。そのことで不安を抱いていた者は、大淀以外にもいただろう。

 

「多分、あいつは自分が動揺したら駄目なんだと思ってたんでしょうね。そうでもなければあの振る舞いに理由がつかないもの。本当馬鹿なんだから」

「でも、提督なりにいろいろと考えられていたんだと思いますよ。あまり責めては可哀想です」

「弱りきってる本人相手には言わないわよ。しっかり回復したらガツンと言ってやりたいけど」

「またそんなことを言って」

 

 そんな調子で仕事をしていると、扉を叩く音がした。

 入ってきたのは木曾たちだ。

 

「おかえり。哨戒任務お疲れ様」

「ああ。そのことなんだが……少し気になるものを見てな」

「気になるもの?」

「深海棲艦の艦載機らしきものだ」

「……詳しく聞かせて」

 

 木曾の報告だと、水雷戦隊での哨戒任務中、遠方に艦載機の集団が飛んでいるのを見たというのだ。

 幸い先日の戦闘で切り開いた輸送路からは少し離れた位置だが、これは放置しておけない問題だ。

 

「近くに空母クラスがいるってことよね」

「そうなる。うちは先日着任したばかりの千歳を除いて空母がいない。水上機母艦である千歳だけじゃ相手するのは難しいだろう」

「それ以前に千歳はまだ基礎訓練が終わってないわ。戦場に出すにはあと数日訓練を受けないと駄目。……それでも空母の相手は厳しいわね」

 

 戦艦も強敵ではあるのだが、水上戦力という点では駆逐艦や軽巡洋艦と同質だ。魚雷を上手く当てれば勝てる見込みはある。

 しかし空母はまったく違う性質の戦力である。空からの波状攻撃は、戦艦の強烈な主砲よりも恐ろしい。こちらも航空戦力を揃えないと厳しい戦いになる。

 

「とは言え提督がこの調子だからな……航空戦力の増強はすぐには難しいか」

 

 艤装を建造するだけなら明石の力でどうにかなるが、その艤装に分霊を降ろして受肉・契約を行うためには提督の力がいる。結構な体力を消耗するので、今の新八郎にさせることはできない。

 

「……確か予報ではもうすぐ天候が荒れるって話だったわよね」

「ああ。それに乗じて討つか?」

「それくらいしかできないでしょ。放置してたらこの拠点が直接狙われるかもしれないし、早々に叩いておかないと」

 

 雨天なら敵空母の艦載機も発艦しにくくなるだろうし、発艦したとしても視界不良で攻撃が当たりにくくなる。

 こちらも相応の問題を抱えることになるが、現有戦力で空母の相手をするならこれが一番ましな手だ。

 

「叢雲さん、本当に行かれるのですか」

 

 大淀が心配そうな眼差しを向けてきた。

 

「……大丈夫よ。きちんと帰ってくるわ」

 

 半ば強がりだが――それぐらいのことしか言えなかった。

 

 

 

 誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 何と言っていたのかはよく分からなかったが、呼びかけてくる声の主が自分を必要としているのは分かった。

 必要とされているなら行こう。だが、どこへ行けばいい?

 行き先が分からず立ち尽くす。どこかへ行かねばという焦りが胸の内を焦がしていく。

 そこで目が覚めた。

 記憶がはっきりしない。

 見えるのは小屋の天井。聞こえてくるのは大淀の声だった。

 

「――叢雲さん、聞こえますか。返事を――」

 

 大淀の声からは切迫した様子が感じ取れた。

 しばらく大淀は呼びかけ続けていたが、やがてため息をつきながら先日手に入れたばかりの通信機を置いた。

 

「どうかしたのか」

 

 声をかけると、大淀はびっくりしたような表情でこちらを見た。

 

「て、提督。目が覚めたのですか」

「ああ。今の通信は?」

 

 話を逸らされそうな予感がしたので先手を打つ。今の様子はただ事ではない。

 大淀は若干ためらいながらも状況を説明してくれた。

 空母クラスの深海棲艦が出現したということ。それを倒すため叢雲や木曾たちが出撃したこと。

 そして、叢雲たちからの定期連絡が途絶えたこと。

 

「……最後に定期連絡があったのは?」

「三十分前です」

「叢雲たちが向かったのはどのポイントだ?」

「それは……」

「教えろ。私も行く」

 

 まだ身体は重かったがどうにか起きて、地図を広げる。聞くまでもなかった。その地図にメモがされている。

 すぐに出ようとしたが、大淀はこちらの腕を掴んで止めてきた。

 

「駄目です。提督はまだ病み上がりですし安静にしてないと。それに空母が相手では、提督が直接狙われる危険性がこれまで以上に高くなります。航空戦力に乏しい現状、提督自身が行かれるのは自殺行為でしかありません!」

「……確かに大淀の言うことには一理ある。だが今天候は大荒れだ。敵の攻撃が当たる可能性だって低くなってるだろう。叢雲たちが全力で戦えるよう近くまで行かないと――」

 

 艦娘は契約した提督が近くにいないと全力で戦えない。今頃叢雲たちは、全力も出せずに難敵に挑んでいるということになる。

 小屋の外に出る。既に大雨だ。目を開いているのも辛い有り様である。

 どうにか泊めていた指揮官用の船に乗り込もうとしたところで、大淀が再び止めてきた。

 

「やはり駄目です。今のままじゃ死にに行くようなものですよ、提督!」

「死にたくはないな。……けど、誰かが死ぬのはもっと嫌だ」

 

 頭を振る。どうしても脳裏に彼女のことが浮かんでしまう。こうして浮かび上がる人を、もう増やしたくなかった。

 船に乗り込んで出発しようとしたとき、肩を力強く掴まれた。

 天龍だった。後ろには龍田や他のメンバーの姿もある。

 

「なにしてんだよ提督」

「天龍……」

「一人で突っ込むつもりだったのか? もう少し冷静になれよ。あんた一人で行ったらすぐやられて終わりだぞ」

 

 それは当たり前のことだった。護衛もなしに一人で行けばいい的だろう。

 そんな当たり前のことすら、考えられなくなっていた。

 

「……すまない」

 

 頭を下げる。

 

「それで行くのか? 行かないのか?」

「行きたい……と考えている」

「それは、なんでかしら」

 

 龍田の問いかけに反射的に答えかけて――少し堪えた。

 冷静になれよと言われたばかりだ。

 ただ、冷静になって考えてみても、よく分からなかった。

 出会って一ヵ月も経っていない相手のために、なぜそこまでしようとするのか。

 

「……正直、自分でもよく分からない。ただ、もう後悔はしたくないんだ。ここで行かないと――どんな結果であれ俺は後悔する」

「そう」

 

 龍田は頷いた。

 

「あなたは後悔したのね」

「……私も、その気持ちは分かるのです」

 

 おずおずと進み出てきたのは電だった。まともに顔を見るのはあの作戦以来かもしれない。

 

「だから、司令官さん。電も連れていって欲しいのです。もう仲間を守れないままでいるのは嫌なのです」

 

 電の眼差しには強い決意の色が見えた。

 彼女も、あの作戦を後悔しているのだろう。

 

「私も行くわ」

 

 如月が進み出てきた。

 

「正直、まだ司令官のことをどこまで信じていいか分からない。だから一緒に行って確かめたいの。これから一緒に歩いていける人なのかどうかを」

 

 電と如月の願いを退けるのは難しそうだった。危ないから駄目だとは口が裂けても言えない。危険だと分かっていて行こうとしているのは他の誰でもない自分なのだから。

 

「ったく、世話の焼ける奴らだな。なあ龍田」

「そうねえ。でも仕方ないから私たちも行きましょうか」

「……え?」

「何を呆けた顔してんだよ提督。空母相手にするのに提督と駆逐二人だけで送り出せるわけないだろ」

 

 天龍が如月と電の肩をがっしりと掴んだ。

 一方、龍田はどこから取り出したのかレインコートをこちらにかけてくれた。

 

「駄目ですよ提督。病み上がりなのに豪雨の中そんな恰好じゃ。きちんと雨具を用意してくださいね」

「あ、ああ……。いや、ありがたいが、いいのか?」

 

 これは自分の我儘だ。なるべく人を巻き込みたくないと思っていたのだが――。

 

「いいんだよ。俺も後悔したくないしな」

「私は天龍ちゃんが行くなら御供するだけよ」

「――なら私も連れていってください」

 

 そこで手を挙げたのは千歳だった。

 

「航空戦力としては心許ないかもしれませんが、先行した皆の捜索にはお役に立てると思います」

「オーケー、いいんじゃないか。なあ提督」

 

 確かに千歳の申し出はとてもありがたい。天龍や龍田は偵察機を使えないので、捜索に不安を覚えていたところだ。

 

「……大淀」

「もう止めませんよ。止められなさそうですし」

 

 大淀は怒っているようだった。こちらが我儘を通す形になったのだから当然だろう。

 

「――必ず皆で帰ってきてください。そうしたら許してあげます」

「厳しい条件出されちゃったわね。大丈夫かしら、提督?」

 

 龍田の問いに頷いてみせる。

 

「そのために行くんだ」

 

 嵐の中、船を出す。

 後悔しないために、この荒波を越えていく。

 

 

 

 荒天の影響で大淀との通信が繋がらなくなってからどれくらい経っただろう。

 波も高く、普通に航行しているだけでもかなりの疲労が溜まっていく。

 それは木曾たちも同じのようだった。

 

「早いところ空母を倒して帰りたいもんだな」

「……敵影らしきもの、確認しました!」

 

 先頭の五月雨の報告に、全員が戦闘態勢を整える。

 波の向こうに複数の影が見える。

 

「空母が二体、重巡が二体、軽巡と駆逐が一体ずつってところか……。一体を中心に輪形陣組んでるな。多分真ん中の奴が旗艦だ」

「どうする? まず旗艦から叩く?」

「いや、この状況下なら空母もすぐには艦載機を発艦させられないだろう。先に護衛を蹴散らす。至近距離ならこっちのもんだ」

 

 木曾の指示に全員が頷き、全速力で接近する。相手は輪形陣で四方を警戒している。バレずに近づくのは無理だ。一気に接近するしかない。

 重巡洋艦がこちらに気づいた。こちらに向けて砲撃を放ってくる。後列にいた漣が一撃をもらってしまった。

 安否を気遣っている余裕はない。一気に迫る。

 

「オラアッ!」

 

 木曾が重巡洋艦目掛けてほぼゼロ距離の射撃を放った。頭部に直撃を受けた重巡洋艦はたちまち沈んでいく。

 しかし、その頃には他の敵艦も戦闘態勢を整えていた。

 

「ハッ……俺に勝負を挑む馬鹿はどいつだ?」

 

 木曾はすかさず魚雷発射管からありったけの魚雷を放った。

 こちらも支援のために砲撃を間断なく行う。敵の動きを封じ込めて、魚雷から逃げられないようにする。

 狙い通り軽巡と駆逐が倒れる。残りは重巡一体と空母二体だ。

 ここで、思わぬことが起きた。

 荒れに荒れたこの天候の中で、敵空母が艦載機を発艦させたのだ。

 

「ちっ、飛ばしたか……!」

 

 木曾が舌打ちするのとほぼ同時に、発艦した敵艦載機が上空から爆撃を仕掛けてきた。

 うち一つが響に直撃する。

 

「こいつは、きついな……!」

「無理するな! 下がれ!」

 

 木曾の指示に従って響が後方に退く。

 

「駄目、効かない!」

 

 五月雨が空母目掛けて主砲を撃ち続けるが、決定打は与えられていなかった。

 十分な改修がされていない駆逐艦の主砲では空母にダメージを与えられない。

 敵空母たちはそうしている間にも距離を取り始めた。波が激しいこの状況、距離を開けられてしまえば魚雷の命中率は一気に下がってしまう。

 

「逃がすか……!」

 

 後を追おうとする木曾だったが、その前に残った重巡が立ちはだかる。

 命中精度こそ高くないが、敵艦載機の爆撃も続いていた。

 

 ……この状況はまずい!

 

 身動きが取れない上に有効打が失われつつある。唯一の対抗手段である魚雷も、これ以上距離を離されたら使い物にならない。

 漣と響が倒れ、木曾は動きを止められている。こちらで動けるのは私と五月雨、それに曙だけだ。

 

「木曾!」

「分かってる、行け!」

「五月雨、曙! 突っ込むわよ!」

 

 二人に声をかけ、一か八かの突撃を敢行する。

 そうしようとした矢先、頭上に何かが落ちてくるのが見えた。

 敵の爆撃機が落とした爆弾だ。それがまっすぐ自分のところに落ちてくる。

 

「叢雲――!」

 

 誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 恐怖はない。ただ、もし自分が沈んだらあいつはまた墓を作るのだろうかと、そんなことを考えた。

 だが、爆弾はこちらに落ちてくる前に空中で爆散した。

 

「させねえよ!」

「機銃いっぱい持ってきて正解だったわね」

 

 機銃満載の天龍と龍田がそこに立っていた。突如現れた二人に思わず足を止めてしまう。

 

「な、なんで二人が……?」

「お前らを沈めさせたくないって我儘言うやつがいたからな」

「その付き添いよ」

 

 視線を巡らせると、いつの間に来ていたのか、見覚えのある船があった。

 そこに、蒼白い顔をした男が立っている。

 

「……あの馬鹿、なんで来てるのよ」

「ははっ、文句言ってる割には嬉しそうな顔だな」

「んなわけないでしょ」

 

 全力で否定する。来られても迷惑なだけだ。後で絶対説教してやる。

 

「悪い、助かった」

 

 重巡洋艦に足止めをくらっていた木曾も合流した。

 木曾の隣には如月と電の姿がある。二人はこちらを見て頷いてみせた。

 

「それじゃ最後までやっときますか。敵艦載機は俺と龍田で牽制するから、空母はお前らで沈めてこい」

「ああ。頼んだぜ天龍、龍田」

 

 木曾に率いられて、逃走しつつあった空母たちの後を追う。

 今は――もう負ける気がしなかった。

 

 

 

 帰り道は散々だった。

 叢雲をはじめとして皆から説教をくらうはめになったのだ。

 自分のしたことを考えると致し方ないとも思うのだが、もう少しお手柔らかにお願いしたいところである。

 

「半病人相手に厳しくないか……?」

「半病人ならなんでおとなしく寝てないのよ」

「返す言葉もございません」

 

 ショートランドに戻る頃には、正座のし過ぎで足が痺れて立てなくなる有り様だった。

 

「おかえりなさい、提督」

 

 出迎えた大淀の視線もそこはかとなく厳しいものに見える。

 ただ、どんな形だろうと全員無事に帰ってこられた。それだけで十分な戦果だ。

 そこに明石が何かを抱えて駆け寄って来た。

 

「提督、少しお見せしたいものが」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、どこかで見覚えのある艤装だった。

 

「……明石。これは」

「ええ。夕張の艤装です。間違いありません」

 

 艤装は狙った通りのものが建造できるわけではない。最終的にどういう艤装が仕上がるのかは作る側でも読めないという厄介な代物である。

 明石も狙って作ったわけではないのだろう。だからこそ、何か運命めいたものを感じる。

 

「夕張の艤装……」

「……提督。酷なことを言うようですがその艤装で新たな契約を結んでも……」

「前の夕張とは違うということか。そうだろうな。以前の夕張は――私のせいで消えてしまったのだから」

 

 だが、それでも。

 

「形は違えど夕張とまた出会えるのは嬉しく思うよ。……今度はもう、沈めさせない。夕張だけじゃない。誰も、沈ませない」

 

 新たな夕張の艤装を前に誓いを立てる。

 

「俺はこれからも戦うよ。もう誰も沈められたりしないような穏やかな海を作るために……微力ながら、力を尽くしていきたい」

 

 あんな悲しい思いをするのはもう嫌だから。

 この子たちには、大切な仲間には元気で生きていて欲しいから。

 甘っちょろいと言われそうだが、今の自分にとってはこれが『戦う理由』だった。

 

「いいんじゃない?」

 

 叢雲がいう。

 

「そうね。私も一緒にやるわ、司令官」

 

 如月が頷く。

 

「電も、できることをしたいのです」

 

 電が同意した。

 先のことは分からない。困難な道のりではあるのだろう。自分はまだまだ提督として頼りないに違いない。

 だが。

 

『提督はいい提督になりますよ。そして、この艦隊もきっといい艦隊になります』

 

 そう言ってくれた子のことを、俺は忘れない。

 その言葉を本当にするためにも戦い続ける。そう――誓った。

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