南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第六条「決断したことは成否を語らず行動で示せ」

 聞いただけで急いでいることが分かるような足音が、部屋の前で止まった。

 しばらくしてから遠慮がちに扉が開かれる。

 

「……あ、司令官」

「青葉か。古鷹たちなら大丈夫だ、命に別状はないぞ」

 

 そう告げると、青葉は安堵の息を漏らした。

 

「今はこの中の治療室で二人とも休んでいる。艤装は修理したが、古鷹も赤城もしばらくは安静にさせておくつもりだ」

 

 艦娘の負ったダメージは艤装の状況とリンクしている。艤装が大きく破損すると艦娘の怪我も治りにくく、修復すると人間とは段違いの速さで治っていく。ただ、何もかも回復するというわけではない。疲労は溜まっていくのだ。

 

「司令官。二人になにがあったんですか?」

「気になるか。……そうだな、別段隠しておくようなことでもないし話しておこう」

 

 古鷹たちは霧島たちと別れてから、ホニアラを超えて更に東部へと向かったらしい。

 そこには多くの深海棲艦の姿があり、地上には指揮官と思しき白い深海棲艦の姿があったという。

 その深海棲艦の周囲には無数の艦載機と、建設中の基地らしきものがあった。

 

「赤城曰く、あれは飛行場基地を作っている可能性が高い、とのことだ。正確な敵戦力を調べようと偵察を粘ったが、その結果敵に見つかって逃走を余儀なくされた。何度か危うい場面もあったが、日が落ちて敵の目が効きにくくなったこと、古鷹が赤城を懸命に庇ったことでどうにか泊地まで帰還できたようだ」

 

 道中のことを語る赤城は時折悔しそうな表情を浮かべていた。

 夜になると空母は基本的に戦うことができない。灯りのない夜間に艦載機を扱うのは至難の業だからだ。深海棲艦はどういう理屈か夜間でも艦載機を飛ばしてくる個体もいるらしいが、艦娘でそういうことができる子はいない。

 だから夜は古鷹に守られっ放しだったという。古鷹は限界ギリギリまで敵の攻撃から赤城を守り抜き、やがて戦う力を失った。一歩間違えば沈んでもおかしくない有り様だったらしい。そこからは赤城が古鷹に肩を貸して、どうにかこうにか帰り着いた、とのことだった。

 

「古鷹は変わりませんね」

 

 青葉はどことなく悲しそうだった。

 

「……古鷹との付き合いは長いんだったか?」

 

 彼女たちの前身――オリジナルとも言うべき艦の経歴にあまり詳しくなかった。

 提督という立場上知っておかなければとは思うのだが、日々の業務に追われてなかなか全員の経歴は確認できていない。

 

「ほとんど姉みたいなものです。従姉と言った方が感覚的には近いのかもしれません。私と衣笠は青葉型重巡洋艦。古鷹と加古は古鷹型重巡洋艦。青葉型は、古鷹型の改良版のようなものなので」

「ということは結構一緒に行動することも多かったのか」

「はい。第五戦隊や第六戦隊として一緒に活動していました」

 

 であれば付き合いは長かったのだろう。心配してここに駆けこんでくるのも頷ける。

 

「古鷹は、かつて私を庇って沈んだんです。元々は私が敵を味方と誤認して狙われたせいだったんですが……。ヘマをした私が生き残ることになってしまったんです」

「……その場にいたわけではないからあまり踏み込んだことは言いたくないが、自分が生き残ったことを過ちのように語るのは感心しないな」

 

 少なくとも、それは古鷹の行動を否定することになる。

 味方を庇って沈むという行為も肯定したくはないが、誰かの命懸けの行動を簡単に否定するのもまた何か違う気がした。

 

「すみません。でも、私はもう古鷹にそういう行動をして欲しくないんです」

「その気持ちは分かる。古鷹が目を覚ましたら、そのことを伝えてやればいい」

「……司令官」

 

 青葉は表情を引き締めてこちらをまっすぐに見てきた。

 

「古鷹は今回十分な働きをしました。少し休ませておくべきです」

「ああ、そうだな」

「古鷹はそれでもきっと無理をしようとします。そのときは止めてください。彼女の分は青葉が頑張りますので」

「……いや、そういう気遣いはいい。青葉にも無理をさせるつもりはないよ」

 

 誰かに無理をさせれば、そこにひずみが生じる。

 無理をさせないような艦隊運営を心掛ける。それは大前提だった。

 

「司令官ならそうおっしゃると思いました。ですが大きな作戦のときはそうも言ってられないときが来ると思います。誰かが無理をしなければならないときが、否応なしに訪れる。戦いとはそういうものです。そういうとき、無理の利く者がいるということを覚えておいてください」

 

 青葉の言葉には不思議な説得力があった。

 自分はなんだかんだで素人だ。戦いの経験なんてない。そういう点においては彼女たちの方がずっと上だ。

 

「……分かった。頭の片隅には留めておくよ。ただ決して自ら無理をしにいくような真似はしないように」

「了解しました」

 

 一礼して青葉は出ていった。

 途中で話を逸らされたが、そこに切り込んで良いのかどうかの判断はつかなかった。

 そういう点で、自分は提督としてもまだまだだと感じる。

 ため息をついて腰を上げたとき、かすかに奥の方で誰かが動いた。

 

「提督」

 

 古鷹の声だった。

 こちらとの間を仕切っていたカーテンを開けると、古鷹は上半身を起こしていた。

 

「起きていたのか」

「はい。青葉は……もう行ってしまったんですね」

 

 古鷹の顔色はお世辞にもいいとは言えなかった。無理せず横になるよう促すと、大人しく指示に従った。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしたみたいで……」

「迷惑だなんてとんでもない。古鷹と赤城が持ち帰ってくれた情報は今後の指針を決めるうえで大いに役立つ。むしろ感謝しているよ」

 

 それは偽りのない本心だった。

 

「……青葉とは上手くいっていないのか?」

 

 先ほどの青葉の様子が気になったので、失礼を承知で聞いてみた。

 

「ほとんど話ができていません。薄々そうではないかと思ってましたが……やっぱり、かつて私が沈んだときのことを気に病んでいるみたいですね」

 

 青葉の方が古鷹を避けているのだろう。

 自分の気持ちを直接伝えようとしなかったのがその証拠だ。

 

「提督。青葉はああ言ってましたが……あまり無理をさせないでください。あの調子だと、今度は青葉が誰かを庇って沈んでしまいかねません。もし人手が必要なら私がその分頑張りますので」

「……青葉にも言ったが、私は基本的に誰かに無理をさせるつもりはないよ」

「提督がそう思ってくださっても、無理をせざるを得ない状況も出てくると思うんです」

「それはそうかもしれないが……」

 

 困ったものだ。

 なんだかんだで二人は似た者同士である。だからこそ、上手く嚙み合っていない。

 

「それぞれの意見は頭の片隅に置いておくことにしよう。軽視するわけではないが、編成はいろいろな要素を加味して何人かのメンバーと相談しながら決めている。必ずしも二人の要望通りになるとは限らない。その点は理解しておいてほしい」

「分かりました」

 

 古鷹は素直に頷いた。

 

「あまり強く言っても提督を困らせてしまうだけですね。すみません」

「なに、意見や要望自体はむしろ言って欲しいところだ。何分こちらは素人だからね。多くの意見を聞かせてほしい」

 

 あまり長居をしても悪い。

 そろそろ失礼しようと腰を上げると、古鷹が不安そうな視線をこちらに向けていた。

 

「……青葉のことで何かまだ不安が?」

「いえ、それもあるんですけど……。提督、少し顔色が」

 

 言われて自分の顔に手を当ててみる。特に冷たかったり熱かったりはしない。

 

「ありがとう。気を付けておくよ」

 

 特に変な感じはしなかったが、古鷹の言葉を否定するのも悪い気がしたので、無難な回答をしておいた。

 

 

 

 執務室に、泊地の主要メンバーが集まっている。

 初期艦の叢雲、戦艦たちのリーダー格である金剛、空母の代表として加賀、巡洋艦からは球磨と妙高。

 そして、全体のとりまとめ役として新八郎と大淀。

 日々増え続ける新メンバーのこともあって明確な組織体系が整っているわけではないが、現状の各艦種の代表格はこのような顔ぶれとなっていた。空母に関しては赤城が普段は代表格なのだが、今は療養中ということもあって加賀が代役を務めている。

 

「赤城と古鷹が持ち帰った情報を整理してみた。敵戦力は現在も増え続けていると仮定した方が良いと思い、報告時の三割増しくらいで見ている」

 

 地図上に深海棲艦の駒が並べられている。それを見て一同は揃って唸った。

 

「当泊地の戦力だけでこれをどうにかするのは不可能ではないでしょうか」

 

 妙高の言葉に全員が頷いた。単純に数だけで見てもうちの二~三倍はいる。この数から逃げ延びてきただけ赤城と古鷹は良くやった方だ。

 

「二人が確認したのは敵基地とその付近までだ。東側には更なる敵戦力がいる可能性もある」

「悩ましいところですね。航空基地が本格的に完成してしまうと余計手を出し難くなりますが、迂闊に手を出せばこちらが返り討ちにあうのは必須です」

 

 加賀が険しい表情で言った。

 

「増援のアテはあるクマ?」

「この情報は既にトラックに共有済みだ。トラックの毛利提督は日本からの増援も引っ張り出すよう交渉しているとのことだが、本国からの増援は急いでも一週間くらいはかかるだろう」

「その間に基地が完成したらより苦戦するのは必須デース……」

「ああ。だから牽制を仕掛けたい」

 

 大淀と相談した結果、ただ座して待つよりも行動を起こした方が良いという結論に至った。

 

「牽制?」

「積極的に仕掛けるのは危険だから、上手く敵を釣り出して叩く。それを何度か繰り返す。敵を基地建設に集中させないようにするのが目的だ。倒すことが目的ではない」

 

 一応念を押しておく。無理をするなということだ。

 

「敵の警戒網にギリギリ引っかかるポイントまで行って、今回の赤城たちと同様敵に狙われ始めたらすぐに退却する。それでも敵が追って来るなら迎撃部隊で迎え撃つ。これが基本戦略だ。現場指揮官には難しい注文になると思うが、どうだろう」

 

 深追いは駄目だし、早く撤退しすぎても駄目。敵にこちらの狙いを悟られないように振る舞わなければならない。現場にとってはやりにくい注文だろう。

 

「この先余計厳しくなるなら、やるしかないクマ」

「同感です。今後はそういう戦い方も必要になるでしょうし、ここで経験を積んでおくのは悪い話ではありません」

 

 球磨と妙高の意見に他のメンバーも頷いた。

 

「分かった。ではこの基本戦略で編成を検討したい。まずは――」

 

 釣り出すための部隊と迎撃部隊をいくつか編成し、交代で仕掛けられるようにしておく。不測の事態に備えて予備隊も考えておく必要があった。作戦期間中は普段行っている哨戒任務に人を割けなくなるが、その点については近場のブイン基地に協力してもらう手筈になっている。

 ブイン基地はこちらより少し後に創設された拠点だ。今回の大規模作戦ではこちらのフォローに徹することになっている。

 

「次の部隊編成ですが、青葉・衣笠・長良・吹雪・飛鷹・隼鷹を考えています」

 

 部隊の編成案について妙高が口にした。

 

「……すまない、妙高。青葉は外してくれないか」

 

 普段こちらが部隊編成に口を出すことがほとんどないからか、妙高は少し意外そうな表情になった。

 

「理由をお聞きしても?」

「古鷹の怪我でやる気を出している。やる気があるのはいいんだが、あり過ぎるように見えた。こういう作戦で無茶をしないかという懸念がある」

「なるほど……」

「加古の名前がまだ挙がっていなかったが、加古はどうだ?」

「艤装が本調子ではないようですが、釣り出し部隊としては問題ないかと思います。では青葉のところは加古に変えておきます」

 

 妙高が編成表を書き替えた。

 

「古鷹と赤城についても今回の編成にはなるべく加えたくない。二人にはしっかりと休養してもらって、本格的な攻勢作戦を開始するときに戦力になってもらいたいと思う」

「……了解しました。それでもおそらく問題はないかと思います。ただ戦況次第では二人にも出てもらわないといけなくなるかもしれません」

「妙高、すまないな。他の皆も無理なら無理と言ってほしい」

「現状ならおそらく問題ないでしょう」

 

 加賀が言った。

 

「ただ、戦いでは何が起こるか分かりません。こちらにも怪我人が大勢出たら、戦力を温存しておけなくなる可能性もあります」

「分かった。状況が変わったらすぐに報告してくれ。もし報告している余裕もないようなら現場の裁量に任せる。責任はすべてこちらで取るから気兼ねなくやってくれ」

 

 情けない話だが、今の自分にあれこれと報告をあげてもらっても適切な判断をすぐに下せる自信はない。それで時間を無為に費やすくらいなら、皆を信じて任せた方がまだマシだと思えた。

 

 

 

 ショートランドと敵拠点の中間地点に急造の拠点を設置した。

 釣り出し部隊と迎撃部隊が毎回ショートランドまで戻るのはあまりに効率が悪いからだ。

 もっともここには入渠施設等はないので、怪我人は逐次ショートランドまで戻す手筈になっている。

 作戦を開始してから二日が経過していた。この中間拠点で指揮を執る金剛はせわしなく動いている。

 

「ヘイ叢雲、待ってたヨー!」

 

 そんな金剛から呼び出しを受けたのは、日も大分暮れた頃だった。

 

「敵戦力がどの程度減っているか確認したいデース」

 

 金剛はそう言って地図上の敵戦力を表す駒を指した。

 

「こちらは誘き寄せられた敵を何度か叩いてるけど、どれくらい効果が出てるか正直あまり見えてないネー」

「あまり効果が出てないようなら別の手を考えないといけないってことね」

「そういうことデース。確かにこの作戦は敵にとってはノーサンキューだけど、それが本気のノーなのかを見極める必要があるネ。あくまで直感だけど、あんまり動じてる感じがしないヨ」

 

 確かに、この二日間の動きからそういう印象はあった。

 敵はそこまで必死にこちらに食らいついてくる感じではない。そのおかげでこちらも大きな怪我人は出ていないが、敵に揺さぶりをかけるという目的が達成できていない場合、戦力を整えた敵が一気にこちらへと攻め寄せてくる恐れもある。

 

「この作戦、新八郎には?」

「さっき思いついたばかりなので言ってないネ。それに言っても反対されそうデース」

「確かに。なら事後承諾ってことにする?」

「提督には悪いけどそうしマース」

 

 新八郎は少しずつ提督として慣れてきてはいるが、慎重すぎるきらいがあった。

 あの件がトラウマになっているのだろう。余裕があるときはそれでも良いが、今回のような場合はそれが裏目に出ることもある。

 幸い現場で判断して動いていいとは言われているから、命令違反という形にはならない。

 

「提督が私たちを大事に思ってくれるのはとても嬉しいデース。けど、私たちは戦いに身を投じているわけだから、いつもそのスタンスが通じるわけではないネー……」

「分かってるわよ。あいつも言えば納得はするでしょ」

「嫌われないことを祈りたいデース」

 

 困ったように笑いながら金剛が言った。

 

「で、私を呼びだしたってことは私にその確認をして来いってこと?」

「私はここを動けまセン。あまり深入りせず状況を見極めて進退を決められるほど経験のあるメンバーも限られてきマース」

「高評価でちょっと照れ臭いわね。その期待に応えられるよう頑張ってみるわ」

「こちらからは榛名をつけマース。あと数人、待機中のメンバーから選んで連れていってくだサーイ」

 

 金剛の脇に控えていた榛名に視線を向けると、やや緊張した面持ちで頭を下げてきた。

 彼女は金剛四姉妹の一人だ。泊地に着任したのは姉妹の中でもっとも遅く、実戦経験も他の三人と比べるとやや心許ない。少しでも戦いに慣れさせておきたいという金剛の思惑もあるのだろう。

「分かったわ。メンバーを見繕ったらすぐに行く。榛名、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

 

 今後の作戦方針にかかわる偵察である以上、出発は早い方が良い。

 榛名を連れて金剛のテントを後にしてから、すぐに手が空いてそうなメンバーを集めた。

 

「まったく、いきなり何なのよ……」

 

 不服そうなのは最近第二改造を終えた重雷装巡洋艦の大井だ。姉妹艦の北上も一緒である。

 

「いきなりで悪いわね。これから先もっときつい作戦にするかどうかが決まる偵察だから、少しでも頼れる戦力が欲しかったのよ」

「そう言われると悪い気はしないねー、大井っち」

「……それは、そうですけど」

 

 大井は少々扱いが難しく、北上もマイペースで考えが読み取りにくいところはあったが、どちらも戦力としては一線級だった。大量の魚雷がもたらす破壊力は、まともに当たりさえすれば戦艦の砲撃をも凌駕する。

 

「戦力といえば、夕立さんは連れて来なくて良かったんですか?」

 

 そう尋ねてきたのは雪風だった。

 

「夕立は純粋な戦力としては申し分ないけど、敵を見るとガンガン突っ込んでいくから偵察向きじゃないでしょ」

 

 戦闘要員は北上・大井・雪風・榛名で十分だろう。あくまで偵察が任務なのだから。

 

「偵察って意味では衣笠が一番重要だからね」

「はーい、衣笠さんにお任せ!」

 

 衣笠が腕をまくってみせた。

 今回は夜間偵察ということもあって空母は連れてきていない。衣笠も昼間ほど上手く偵察はできないだろうが、いざ敵に襲われても自力で戦える分空母よりも安全と言える。

 

「――前方に敵影あり」

 

 中間拠点を出てしばらくした頃、衣笠が静かに言った。

 

「どんな様子?」

「大きい。大きな深海棲艦が周囲に囲まれてる。これは……拠点かな」

「拠点?」

「そこまで本格的なものじゃないけど、ちょうど私たちが今使ってるような中間拠点みたいな感じ。そこに大型の深海棲艦と、その護衛らしい艦隊がいる」

「……もしかして泊地棲鬼って個体かしら」

 

 これまでに何度か姿を見せたことのある大型の深海棲艦。通常の深海棲艦と違って基本的に移動はしないが、代わりに他の深海棲艦たちの拠点としての役割を担うという。

 

「本格的でないにしても、前衛拠点をそのままにしてたら敵戦力の漸減には支障が出ますね」

 

 雪風の言う通りだった。

 

「衣笠、敵戦力はどの程度? こちらの面子でこのまま叩けそう?」

「伏兵がいなければどうにか。伏兵についてはいないと思うけど……この暗さだと正直ちょっと自信はないかな」

 

 夜の海は吸い込まれそうな暗さだ。確かにこれでは正確な索敵は難しい。

 一度状況を金剛に連絡しておこうかと思ったが、通信が上手く繋がらなかった。

 

「――短期決戦で行くわ。初回でありったけの砲弾・魚雷をぶち込む。それで仕留められなかったらさっさと撤退する」

「それだと仕留めきれなかったときに敵が警戒強めて余計やり難くならない?」

 

 大井が当然の懸念を口にした。

 

「正直それが不安ではあるけど、ここで何もせず撤退したらあの拠点がより堅固なものになる恐れもある。だからこれは一つの賭けになるわね。だから反対意見があるなら言って」

 

 全員を見渡すが、反対意見はなかった。

 

「ま、私たちが仕留めれば良い話だよね」

 

 北上はいつも自然体だった。気負わないその様子に、全員の緊張感が良い意味でほぐれる。

 

「それじゃ総員戦闘準備。榛名は遠距離からタイミングを見計らって思い切りぶち込んで。私と雪風、それに衣笠は敵の雑魚を散らすわよ。北上と大井は泊地棲鬼と思しき個体を集中攻撃。異論は?」

「ない」

 

 全員が口を揃えて言った。

「それじゃ――戦闘開始よ!」

 

 

 

 こちらの強襲は完全に想定外だったらしい。敵の狼狽する様子が見て取れた。

 泊地棲鬼以外は軽巡・駆逐クラスだけだ。これなら十分に仕留めきれる。

 

「雪風!」

「はい!」

 

 こちらの呼びかけに応じて雪風が主砲を敵艦に向けて放つ。驚くべきことに一撃で砲撃は敵に命中した。敵艦が炎に包まれて沈み始める。

 他の敵は気を持ち直したのか、こちらへの攻撃を仕掛けてくる。攻撃の手が北上・大井に向かわないよう意識を引き付ける必要があった。

 

「こっちよ!」

 

 威嚇目的で主砲を撃ち放つ。雪風のそれとは違い命中はしなかったが、気を引くことには成功したらしい。こっちに砲撃が雨あられのように降り注いできた。

 

「衣笠、雪風!」

 

 こちらが指示を出すまでもなく二人は雑魚散らしに専念していた。しかし夜間ということもあって思うように砲撃が当たらないらしい。砲撃の勢いはなかなか止みそうになかった。

 そのとき、ぞくりと背筋が震えるような感覚を覚えた。

 直感的に主機をフル稼働させてその場から離れる。それとほぼ同時に間近で大きな飛沫が飛んだ。海が隆起する。何か大きな砲弾が近くに落ちたのだ。

 視線を感じて首を動かす。少し離れたところにいた泊地棲鬼が、真っ赤な眼をこちらに向けていた。

 

 ……ハッ、上等。

 

 北上たちが気づかれなければ勝機はある。それまではせいぜい逃げ回ってやる。

 そう思った矢先――身体に大きな衝撃が走った。

 腕が、足が痛む。一瞬頭が真っ白になりかけたが、どうにか踏み止まった。

 一発もらってしまったらしい。主機が大きく破損していた。

 意識を泊地棲鬼に向けていたせいで、足元をすくわれたらしい。

 

『叢雲さん、大丈夫ですか!?』

 

 少し離れたところにいた榛名が無線経由で声をかけてきた。砲撃が直撃する様子が見えたのかもしれない。

 

「気にしなくていいわ。それより敵に集中しなさい。そうしないと私みたいにドジ踏むわよ……!」

『は、はい。榛名、集中します!』

 

 強気に言って無線を切る。

 しかし、状況はなかなか酷いものだった。逃げ回ってやるなどと言っている余裕はない。敵の砲撃が当たらないよう祈りながら距離を取るしかなかった。

 

「……やっぱり、まだ力不足ってことかしらね」

 

 先日のトラック泊地の面々の戦いぶりを思い返す。そして今も戦い続けている仲間たちの姿を思い浮かべる。

 

「これじゃ、新八郎に偉そうなこと言えないわ……」

 

 幸い、敵の砲撃の勢いは少しずつ弱まってきていた。衣笠と雪風がやられたような感じはしない。二人は順調のようだった。

 やがて、遠くから大きな振動と爆発音が聞こえてきた。どうやら北上たちが泊地棲鬼に一撃を入れたらしい。

 

「……どう?」

 

 無線で大井に確認を取る。

 

『手応えはあったわ。雑魚も衣笠と雪風がほとんど散らしたみたい』

「了解。それじゃさっさと撤退しましょう」

『合流できそう? もしきついなら回収しに行くけど』

「心配いらないわ。榛名のところで合流するわよ」

 

 大井の気遣いに対しても強気で返す。

 通信を切った状態で自分の状態を確認する。自然とため息がこぼれた。

 

「はぁー……しんどいわね」

 

 誰も聞いていないからこそ、口にできる言葉だった。

 

 

 

 敵戦力の漸減作戦は順調。犠牲者はゼロ。ただ、叢雲が大破してしまった。

 完璧な戦果とは言い難いが、うちの戦力としては上々の出来だろう。

 叢雲は護衛と共にこちらに帰還していた。今は入渠施設で安静にしている。

 

 ……しかし、叢雲が欠けた穴をどうするか。

 

 泊地のメンバーは半数近くが中間拠点に出払っている状態だ。ここを空にするわけにもいかないので、取れる選択肢はどうしても限られてくる。

 

「提督」

 

 どうするか考えあぐねていると、大淀が声をかけてきた。

 

「どうした?」

「その、青葉さんが……」

 

 それだけでおおよそのことは分かった。

 叢雲が戻って来たことは既に泊地に知れ渡っている。交代要員として自分を出させて欲しいと頼みに来たのだろう。

 実際、青葉は戦力としては十分頼りになる。メンタル面に不安がなければ最初から出していただろう。

 

「大淀。どう思う?」

「……青葉さんのやる気がプラスに働けば期待以上の成果に繋がるのではないかと思います」

「プラスにいくかマイナスにいくかは現時点では何とも言えないか。戦力としてはこちらに残っているメンバーの中でも上位に食い込むが……」

 

 胃がキリキリと音を立てているようだ。

 安全策を取るなら青葉の嘆願を却下すればいい。しかしそれには青葉を納得させられるだけの理由がいる。一歩間違えば青葉との信頼関係に傷がつく恐れもあった。

 

「……あまり待たせても悪い。話だけでも聞こう。通してくれ」

 

 今日は、苦しい夜になりそうだった。


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