南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第八条「挑戦と成長は生ける者にのみ許される」

 中間拠点を発ち、いよいよ敵の飛行場基地が近づいてきた。

 本格的な攻勢作戦が開始されようとしている。そんな中艦隊から離れるというのは若干後ろ髪を引かれる思いもあった。

 行方知れずとなった仲間を探したいというのは、結局のところ自分のわがままだ。それを聞き入れてくれた提督たちには感謝と申し訳なさを感じる。

 

「大丈夫?」

 

 並走する叢雲の気遣いに対し、古鷹は首肯した。

 

「この前大破してから、ずっと考えてたんだ。青葉に会ったらなんて声をかけようかって」

 

 明確な言葉を届けないと、青葉はまた逃げてしまう。

 それでは今までと何も変わらない。それはもう嫌だった。

 

「私、自分の判断が間違っていたとは思わないんだ。あのときは青葉を守るべきだと思ったし、それが果たせたことについては後悔してない。ただ――青葉を一人にしちゃったことについては、後悔してる」

 

 沈みたくなかったというほどの後悔はなかった。

 仲間を守ることができた。自分の役割を果たすことができた。そういう意味では満足のいく最期だった。

 後悔したのは、艦娘として新たな命を得て、青葉のその後を知ってからだ。

 自己満足だったのではないか。本当の意味で青葉を守れたと言えるのか。

 そんな自問自答を繰り返してきた。青葉から避けられるたびに罪悪感が募っていった。

 それでも、あのときは青葉を守るべきだったという考えは変わらなかった。

 

「……私は、強くなりたい」

 

 悩みに悩んで考え付いたのは、シンプルな答えだった。

 

「仲間を守って、自分も沈まない。それだけの強さが欲しい。ううん、強くなるって――決めたんだ」

「それって理想論じゃない?」

「うん。でも、目標なんて最初はそんなものだと思う。理想論だからって目指しちゃいけない理由にはならないよ」

「……そう返せるなら大丈夫そうね」

 

 叢雲が笑った。今の挑発するような言葉はわざと言ったものらしい。

 

「けど、強くなるって言っても一人じゃできることに限度があるわ。突っ走って無理しないでよ」

「うん。提督にも注意されたしね」

 

 出発前、提督は何度も「一人で動くな」「互いに支え合え」と繰り返していた。

 振り返る。そこには加古が、衣笠が、吹雪がいた。

 

「――行こう」

 

 夜のアイアンボトムサウンドを駆けていく。数多の艦の墓場とも言える忌まわしき地だが、今は不思議と怖くなかった。

 

 

 

 通信機からは切羽詰まった声が聞こえてくる。

 情報共有のために横須賀・トラック・ショートランドの各艦隊で通信チャンネルを共有しているのだが、そのせいかひっきりなしに状況報告が飛び込んでくる。室内に用意した海図の駒を動かす手が止まらなかった。

 夜戦ということもあって敵味方ともに視界が悪く、奇襲を受けて撤退を余儀なくされる艦娘も何人も出ている。

 

 ……大丈夫なのか。

 

 駒の配置を見ながらも、胸中には絶えず不安があった。

 今のところ作戦は想定通り進んでいる。しかし通信機から聞こえてくる砲撃音や艦娘たちの悲鳴を聞いていると、本当にそうなのかという疑念が浮かんでくる。

 だが、これが戦というものなのだろう。

 自分は戦に関して素人だった。できることは限られている。その一つが、弱音を吐かないことだ。

 

「……榛名、状況は?」

『こちら榛名っ、現在本艦隊に大きな被害はありません! 飛行場基地も――そこを守る深海棲艦の姿も視認できる距離です!』

 

 今回、金剛と榛名には飛行場基地破壊のための強襲部隊を任せていた。かつての戦争で同じ場所を砲撃したこともあり、地形に明るいという理由からだった。横須賀とトラックの金剛・榛名もそれぞれ強襲部隊を率いている。

 

「横須賀・トラックの部隊は?」

『どちらも視認できる距離にいます。……凄いです。何度か敵に襲われましたが、鎧袖一触という感じで……』

「感心するのは後にしよう。彼らは経験を積んでいる分我々より凄くて当たり前なんだから」

『は、はい。すみません……』

 

 榛名は素直なところが美点だが、着任してまだ日が浅いからか今一つ自信を持てずにいるようだった。

 

「榛名」

『はい』

「私も横須賀・トラックのメンバーは皆凄いと思う。だからこそ、一緒に追いつけるよう頑張っていこう」

『……はい!』

 

 そこで榛名との通信を切る。

 少し怪我人の状況が気になったので船室から甲板に出た。

 甲板は大破して撤退してきた艦娘たちでいっぱいだった。明石や夕張たちが駆けずり回って応急手当をしている。

 

「どうしたんだよ、提督」

 

 腕に包帯を巻きつけた重巡洋艦・摩耶が声をかけてきた。

 

「摩耶、大丈夫か?」

「なんとかな……。艤装も修復材で突貫修理してる。もしかしたらまだ戦線復帰できるかもしれない」

「無理をするな。摩耶は十分戦ったろう」

 

 そう言うと、摩耶は「ハッ」と笑った。

 

「甘いぜ提督。十分戦ったって台詞は作戦を完遂するまで言うべきじゃない。……無理をさせて艦娘を沈める奴は馬鹿だが、過保護になって作戦を完遂できない奴は阿呆だと思うぜ?」

「……なかなか手厳しいな。私は馬鹿だった。そして馬鹿にされるのを恐れて阿呆になったということか」

「そう言われたくないならシャキッとするんだよ」

「……摩耶の言う通りよ。こういうとき指揮官は右往左往するもんじゃないわ。もっとドンと構えてなさい」

 

 近くで話を聞いていたのか、軽巡洋艦・五十鈴が言った。

 

「見なさい、皆アンタの姿を見て不安がってるじゃない」

 

 五十鈴に言われて周囲を見渡す。確かに皆何事かという視線を向けてきていた。

 

「姿を見せるなら何か景気のいいことでもやらないと」

「……そうだな、すまない」

 

 一旦姿を見せた以上、このまま引っ込んでは余計不安にさせてしまうことになる。

 あまりこういうのは得意ではないが、やるしかなさそうだった。

 

「――皆、今のところ作戦は順調だ! 金剛・榛名の強襲部隊も間もなく飛行場基地に到達する! 勝利は近いぞ!」

 

 おお……というざわめきが甲板中に広がっていく。

 その様子を確認してから、摩耶と五十鈴に頭を下げて船室に戻った。似合わないことをしたせいかどっと疲れた気がする。

 

「……提督?」

 

 大淀が不安そうにこちらを覗き込んできた。

 

「大丈夫ですか。大分顔色が悪いようですが」

「問題ないよ。慣れないかっこつけをしたせいでちょっと……」

 

 言いかけて、膝から力が抜けていくのを感じた。危うく倒れそうになる。

 

「……すまない。ちょっと調子が悪くなったみたいだ」

 

 風邪とは少し違う感じがする。この激戦で霊力供給が追い付かなくなっているのだろうか。

 どうにか椅子まで戻って腰を下ろす。少しだけ楽になった気がした。

 

「大丈夫だ。作戦はまだ続いている。皆が頑張っている中で、一人倒れてなどいられないさ」

 

 どうにか笑ってみせる。大淀はまだ不安そうな表情を浮かべていたが、それ以上は何も言ってこなかった。

 

 

 

 先日の戦いでは何もできなかった。

 衣笠や大井たちは気にするなと言ってくれたが、それでも役に立てなかったという事実はずっと心に残り続けている。

 今度の戦いでは絶対に成果を出して見せる。そう息巻いていたが、今はただ周囲に圧倒されてばかりだった。

 旗艦である金剛をはじめとするショートランドの仲間たちもそうだが、横須賀・トラックの艦娘たちの戦い方は凄まじかった。

 挙動一つ一つが洗練されている。そして自分の行動に迷いがない。

 そんな周囲を見て、劣等感が募っていった。

 提督の言葉のおかげで、かろうじて潰されずに済んだ。

 

「榛名、もう大丈夫デスカー?」

 

 振り返らず、金剛が言った。

 

「……はい。大丈夫です。榛名は、今自分にできることを精一杯やります」

「それでこそマイシスターデース! 敵も出てきたし、一発お見舞いするネ!」

 

 金剛の言葉通り、飛行場の周囲から多数の深海棲艦がこちらに向かってきていた。これまでも大分多くの深海棲艦を相手にしてきたはずだが、まだ相当な数が残っているらしい。

 

「恐れることはありまセーン! 私の見立てではあれで最後ネ! そしたら一気に飛行場姫を叩くヨ!」

 

 飛行場姫。それは飛行場の中心部に座している新型の深海棲艦のことだ。積極的に動く様子はないが、真っ赤な双眸は絶えずこちらにじっと向けられている。

 だが、今見るべきはそちらではない。まずは眼前に展開する敵たちだ。

 

『トラック・ショートランドの皆サーン、用意は良いデスカー?』

 

 先頭に立つ横須賀の金剛から通信が入った。

 

『こちらトラック、問題ないデース!』

「ショートランドも問題ないネー!」

『では、一斉に行くヨー!』

 

 横須賀・トラックの艦娘にも、ショートランドの仲間たちにも自分はまだ及ばないかもしれない。

 だが、そんな凄い艦娘たちは皆味方なのだ。悔しい思いもあるが――同時に頼もしくもある。

 

『てーッ!』

 

 横須賀の金剛の掛け声と同時に、各拠点の艦娘たちによる一斉砲撃が放たれた。

 各地の砲撃音をかき消すような、戦場一帯に轟くような凄まじい轟音が響き渡る。

 まだ遠い。敵を十分に倒しきれたとは思えない。より距離を詰めて第二撃を入れる必要がある。

 

『前進!』

 

 横須賀の金剛の指示に従って、前線部隊は一斉に進んでいく。敵に近づけば自分たちが撃たれる可能性も増えていく。だがそのことを恐れる者はいなかった。

 

 

 

 敵の放った砲弾がすぐ側で飛沫を上げた。

 少しずつ距離を詰められている。避けながら逃げるこちらと攻めながら追ってくる敵とでは、どうしても速度に差が出る。

 青葉はホニアラ市から借り受けた小型ボートで西に向かっていた。艤装は既に大破しているから、まともな攻撃手段はない。自力航行もできない有り様だった。

 大人しくホニアラで待機していれば良かったのかもしれない。だが、そうも言ってられない状況だった。

 東に大軍勢が控えている。

 味方の視線はおそらくホニアラ市の側の飛行場に集中している。現に先ほどからそちらで激戦が繰り広げられているようだった。

 周囲にも警戒はしているだろうが、それでは足りなかった。おそらく敵の本丸は東側のあの軍勢だ。飛行場ではない。東への対策に本腰を入れないと、横合いから強襲を受けてこちらの軍勢が壊滅する恐れがある。

 一刻も早くこのことを指揮官に伝えなければならない。

 だが、適当な艦娘を捕まえて状況を説明していられるような状態ではなかった。どこも凄まじい激戦が繰り広げられている。下手に近づけば沈んで終わりだ。

 そのため激戦区を避けながら指揮官を探そうとしたのだが――途中で深海棲艦の部隊に捕捉されてしまった。

 必死に逃げ回っていたが、一向に撒ける気配がない。戦場を避けるようにして動いていたせいで周囲には他の艦娘の姿も見えなかった。

 

「これは、もう駄目かなー……!」

 

 間近に着弾し、ボートが大きく揺れ動いた。もう余裕がない。

 

 ……せめて、東に警戒するようにという情報を誰かに伝えないと。

 

 ボートに積んである通信機。先ほど試したときは繋がらなかったが、今はどうだろうか。

 手を伸ばしたとき、ボートが弾け飛んだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 身体が吹き飛び、海面に叩きつけられる。

 どうにかボートの破片にしがみついたとき、周囲はすっかり深海棲艦に囲まれていた。

 多数の砲口がこちらに向けられている。

 

「……青葉、しぶといのが取り柄だったんだけどなあ」

 

 さすがにこれは詰みだ。

 結局のところ――あの戦いでも、今回も、自分は役に立てなかった。

 生きるか死ぬかの違いがあるだけで、為すべきことを為せなかったという点では変わらない。

 そんなことはないと言ってくれる人もいるかもしれない。だが、自分ではそう思えなかった。

 後悔だらけだが――その後悔を拭い去る術がないなら、ここで沈んでしまった方が楽かもしれない。

 そんなことを思いながら、目をつむる。

 砲撃音がした。

 ――痛みはなかった。

 目を開ける。

 深海棲艦が、倒れていた。

 

「青葉ァーッ!」

 

 誰かが叫んでいる。

 目を、閉じた。

 また、砲撃音が聞こえた。

 静かにして欲しい。もう嫌だった。生き抜くことに疲れたのだ。

 あのとき、ようやく終われると思ったのに、またこんな形で呼びだされて、いい迷惑だった。

 何度も何度も砲撃音が響く。だが、それもやがて静かになった。

 力が抜けていく。ボートの破片から身体がずり落ちて、海中に引きずり込まれていく。

 全身が沈む――その直前に、引っ張り上げられた。

 

「青葉!」

 

 こちらを抱きかかえ、頬を何度も叩いてくる。やめて欲しい。眠らせて欲しい。

 

「……やめてくださいよ」

 

 嫌々ながら目を開ける。そこには、古鷹の顔があった。

 

「もう、休ませてください。青葉は、疲れたんです」

「……休ませない」

 

 力強く抱き締めながら、古鷹が言った。

 

「こんな形では休ませない。だってこんなの、嫌だよ。誰かがいなくなるのも、誰かが残されるのも、もう私は嫌だ」

「……我儘ですねえ、古鷹は」

「我儘だよ。我儘にもなるよ。ずっと我慢してたんだから……!」

 

 そういえば、古鷹と言葉を交わすのは随分と久しぶりかもしれない。

 昔は、あんなに一緒にいたのに。

 遠い記憶を遡る。あの頃は衣笠もいて、加古もいた。

 視界が少しずつはっきりしてくる。見ると、すぐ側には衣笠や加古の姿があった。吹雪や叢雲もいる。

 

「……これは、夢か何かでしょうか」

「現実だよ」

 

 衣笠が笑った。

 

「だとしたら、司令官も人が悪い」

「苦情なら直接戻って言いな」

 

 加古が意地の悪そうな表情で言った。

 どうやら、彼女たちは誰一人として自分を休ませるつもりはないらしい。

 

「青葉」

「……なんですか、古鷹」

「私はもう沈んだりしないよ。だから、青葉も沈まないで。生きることを諦めないで」

「――まったく、誰に言ってるんですか」

 

 皆がここにいるというのに、自分一人が沈んでしまっては、また一人ぼっちではないか。

 

「そのしぶとさでソロモンの狼とまで言われた青葉が、そう簡単に沈むわけないでしょう。そっちこそ、勝手に沈んだら許しませんよ」

「うん。沈まない。強くなるよ。沈まないくらいに」

「約束ですよ」

 

 古鷹が頷いたのが分かった。

「……皆さん、重要な話があります。司令官とすぐ話できますか?」

 

 

 

 青葉からもたらされた情報は作戦の前提を覆すものだった。

 見えざる敵への警戒は当然していたが、さすがに敵飛行場が本隊ではないとまでは思っていなかった。

 

『飛行場姫との戦闘は現在も継続中だ。本隊であろうとなかろうとあそこは潰しておかなければならない』

 

 話を聞いた剛臣は最初にそう告げた。

 

『周辺の敵戦力は徐々に片付きつつある。そちらからメンバーを回そう』

 

 仁兵衛が即座に断じた。確かに今打てる手はそれくらいしかない。

 

「しかし、数の上では圧倒的に不利だ。勝算はあるのか……?」

『まともに正面からぶつかっても勝ち目はないな。だが頭を叩くことならできる。まずはそこからだ』

 

 青葉から聞いた限りだと、敵は鶴翼の陣を敷いている。

 

『鶴翼ってことはこっちを囲むのが狙いだろう。迂闊に中央突破しようとしたら包囲殲滅される恐れがある』

『……ならもっと翼を広げるか』

 

 剛臣の案は、敵の陣を薄く広く伸ばしてしまおうというものだった。翼を広げてしまえば包囲されるまでの時間が長くなる。その分中央突破の成功率も上がる。

 

『まずは左翼を横合いから崩そう。左翼が崩れ始めたら今度は右翼だ。右翼への攻撃とほぼ同時に中央突破組を突入させる。三浦、新八郎。異論はあるか?』

『ない』

「ああ、ない」

 

 ないというか、他にどうすればいいか分からないのが正直なところだった。

 

『改めて戦力を整えている暇はない。近場にいる艦娘に直接行ってもらうことになる』

 

 そうなると、うちから出るのは叢雲や古鷹たちになりそうだった。

 

 

 

 青葉は護衛に吹雪を付けて帰還せよ。叢雲たちは他の部隊と協力して敵本隊を叩け。

 それが新八郎から出た新たな指令だった。

 

「大分無茶な注文ね」

『すまない。矛盾してるようだが無理はしないでくれ。帰ってきたら俺の奢りで皆にご馳走しよう』

「言質取ったわよ。言っとくけど安物だったら承知しないから」

 

 通信を切る。

 

「……すみません。後はお願いします」

 

 青葉が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「何言ってんの。青葉の情報がなかったらこっちが奇襲受けて壊滅してたかもしれないんだから、もうMVPものの働きをしたようなものよ。後は任せてゆっくり休みなさい。吹雪、青葉を頼んだわよ」

「うん、任せて!」

 

 自力航行できない青葉を抱えて、吹雪が去っていく。

 それを見届けてから、戦場に向かって発進する。

 しばらく移動すると、早速敵の大部隊が見えてきた。既に左翼側からの攻撃は始まっているようだった。

 先手を打たれたことで敵には若干動揺が見えた。数は多いが、付け入る隙はありそうだ。

 

「この位置だと私たちは中央突破組に参加した方が良さそうね」

「うげっ、マジかよ……」

 

 加古が呻く。一番危険な役割だ。嫌になるのも頷ける。

 

「あれ、叢雲たち合流したっぽい?」

 

 様子を窺っていると、夕立・大井・北上がやって来た。

 

「その様子だと青葉は見つけられたみたいだねー」

「ええ、心配かけたわね」

 

 一点突破が目的というこの状況、爆発的な攻撃力を持つ三人の合流は心強かった。

 

「あなたも調子戻ったみたいね」

 

 大井がこちらをじっと見ながら言った。

 

「そうね。あのときは役に立てなくて悪かったわ」

「別に悪いとは思ってないわよ。あなたが敵を引き付けたから私たちが敵を倒せた。そういう意味ではむしろ役に立ってたわね」

 

 素っ気なく言って大井は先に行ってしまった。

 

「大井っちなりに励まそうとしたんだと思うよ」

 

 北上が笑った。

 大井は一見するときつい印象のある艦娘だが、実際のところ気配り上手な面もある。

 

「分かってる。それより頼むわよ。今回も頼りにさせてもらうから」

「了解。んじゃ指揮は任せるねー」

 

 そう言って北上も先に言ってしまう。指揮系統をどうするか話し合おうと思っていたのだが、どうも暗黙的に自分が指揮官ということになっているらしかった。

 

「普通こういうのって大型艦の役割なんじゃないの?」

「それは艦の頃の話だし、いいんじゃない?」

「衣笠さんとしても異論はないかな」

「叢雲ちゃん、お願いね」

「夕立は敵を倒せればそれでいいっぽい」

 

 どうやら他の選択肢はないようだった。

 

「――叢雲、敵さんの右翼が動いたみたいだよ」

 

 衣笠が告げる。鷹が翼を広げてこちらを威嚇しているようだった。

 今、敵の意識は左翼から右翼に移りかけているところだろう。両方同時に攻めかかった場合は別方向からの伏兵に警戒していたかもしれない。だが時間が空いたことで、敵は右翼こそがこちらの本命だと思っているかもしれない。

 

 ……というか、思ってくれてないと困る。

 

 右翼の攻め方は苛烈だった。また、ちょうどいいタイミングで左翼の攻め手も勢いを強めている。右翼の応援にはいかせまいという気概がここからも感じ取れる攻め方だった。

 上手い攻め方だ。今のショートランドの艦隊ではこういう戦い方はできないだろう。

 

『こちら横須賀の吹雪、中央突破組に要請します』

『こちらトラックの朝潮、同じく中央突破組に要請します』

 

 通信機から二人の声が同時に聞こえた。左右の攻め手の指揮官はあの二人らしい。

 要請の内容は言われずとも分かっている。

 叢雲は手を挙げた。仲間たちに見えるように、先頭に立つ。

 

『進撃を!』

『進撃を!』

「――進撃!」

 

 三者の声が重なった。

 

 

 

 敵・味方ともに被害は甚大だった。

 飛行場姫を守っていた敵部隊はほぼ壊滅している。それで片が付くと思ったのが甘かった。

 敵艦隊が減るや否や、飛行場姫の周囲に新たな敵が現れた。宙に浮かぶ円形の深海棲艦である。横須賀やトラックの艦娘たちはそいつを知っているらしく「護衛要塞」と呼んでいた。その名の通りこちらの砲撃から飛行場姫を庇い続けている。

 

「あれでは飛行場姫を狙えないデース……!」

 

 金剛が苛立ちを見せた。

 既に戦闘を開始してから大分経過している。作戦を開始したのが深夜に入りつつある頃だったので、そろそろ夜明けが近いのかもしれない。夜が明ければ制空権を奪われ、こちらが一気に殲滅されてしまう。

 

『先に護衛要塞を潰しマス!』

 

 横須賀の金剛の言葉に異論を挟む者はいなかった。要塞を無視して飛行場姫を狙っても邪魔されてしまう。

 だが、その護衛要塞は宙を自在に動き回るため照準を定めにくい。

 確実に撃ち落とそうと近づいたトラックの榛名は、二体倒した時点で至近距離から飛行場姫の砲撃を受けて大破した。

 

「……金剛お姉様。時間がありません。榛名は接近戦をすべきだと思います」

「――それしかないデスカ」

 

 金剛が懐から時計を取り出した。もうすぐ夜が明ける。東からは別の軍勢も迫っているという。一旦撤退して立て直しを図る、というのも難しい状況だ。

 

「こちらショートランドの金剛、意見具申しマース」

 

 ショートランドとトラックの残存部隊が接近して護衛要塞を叩く。横須賀の艦隊は隙を見て一斉に飛行場姫を狙う。作戦としては至ってシンプルなものだった。

 この作戦は横須賀の艦隊にすべてがかかっている。もし彼女たちが飛行場姫を仕留め損ねたらこの場にいる全員が沈みかねない。

 

『随分とヘヴィな提案デスネー……』

「難しいデスカ?」

『ズルい質問デスネー。金剛型一番艦の金剛が、そう言われて無理と答えるかどうか、貴方なら分かっているはずデース』

「頼みましたヨ? 私たちもここで沈むのは御免デス」

 

 そう言って金剛は通信を切った。

 

「さーて、皆さん。行くも地獄退くも地獄、だったら笑って行きまショウ! オーケー?」

「オーケー!」

 

 その場に残っていたショートランド艦隊のメンバーが一斉に吠える。

 金剛は満足そうに頷くと、高く掲げた腕を振り下ろした。

「進撃デース!」

 

 

 

 脇目も振らず、がむしゃらに前へと進む。

 阻もうとする敵すら無視した。倒すべき相手は限られている。余計な弾を使う余裕はない。

 追撃される可能性はあった。それでもなお突き進むしかなかった。幸い今のところ脱落者は出ていない。ただ、無傷な者もいなかった。

 

 ……分かる。何かがいる。

 

 禍々しい気配がした。有象無象の深海棲艦とは格が違う。先日相対した泊地棲鬼をも超えるような何者かがいる。

 徐々に登りつつある陽の光の中に、その姿はあった。

 巨大で、まるでそれ自体が生きているかのような艤装。それを背負った女が一人。

 深海棲艦は強力な個体になればなるほど人型に近づいていくという説がある。その女は、艤装と額から生えている角さえなければ人間そのものに見えた。

 その周囲には、二体の姫クラスらしき深海棲艦と、三体の宙に浮かぶ深海棲艦がいた。

 

「……悪い冗談ね」

 

 勝てない。

 その言葉が喉まで出かかった。

 だが、それは口にしてはならない言葉だ。

 

「皆、あれよ」

 

 強引に唇を吊り上げて笑ってみせる。

 

「あの馬鹿でかいのを倒せば良し。至ってシンプルだわ」

「それじゃ、やっちゃいますか」

 

 この期に及んでもペースを崩さない北上が、本当に頼もしかった。

 

「古鷹、加古、衣笠は先行して旗艦から他の奴を引き離して! 北上と大井は三人の援護をしつつ隙を見てあの黒いのに残りの魚雷を全部叩きつける!」

 

 指示を出すと全員が一斉に頷いた。迷っている余裕はない。

 

「叢雲、夕立は?」

 

 真っ赤な双眸をこちらに向けて、夕立が尋ねてきた。

 

「決まってるじゃない――好きに暴れるのよ」

「了解っぽい!」

 

 夕立が満面の笑みを浮かべて突撃を開始した。仲間に見せる人懐っこい笑みではない。敵を狩るときの猟犬を思わせる笑みだ。

 急襲する夕立目掛けて敵の部隊が一斉に砲撃を放った。だが、当たらない。着弾点よりも先に夕立が進んでいるからだ。あまりに迷いのない突撃が、敵の予測を上回っている。

 

「素敵なパーティを――しましょ!」

 

 夕立はそのまま一直線に黒い深海棲艦に主砲を向けた。駆逐艦のものとしては規格外の火力を誇る一撃は、宙に浮かぶ要塞によって阻まれる。

 だが、それによって敵の陣形が乱れた。

 そこにすかさず古鷹・加古・衣笠が追撃を仕掛ける。三人の集中砲火を浴びて、姫クラスの深海棲艦が倒れた。

 だが、敵もやられてばかりではなかった。姫クラスが倒れたとほぼ同時に、黒い深海棲艦ともう一体の姫クラスの深海棲艦が加古に集中砲火を浴びせる。

 直撃する。加古の身体が宙に飛んだ。

 

「加古!」

 

 古鷹が叫ぶ。その隙を突いて黒い深海棲艦はそちらに接近し、艤装から生えている巨大な腕を振るった。

 

「っぁ……!」

 

 古鷹がこちらに文字通り飛んできた。衝撃が走る。どうにか受け止めることができたが、全身が痺れた。

 

「あいつ、速いわね」

 

 図体がでかいからと言って油断していた。旗艦だろうから自ら攻めてくることはあるまい、という思いもあった。

 だが、奴は違う。凄まじい火力で積極的に攻めてくる。

 夜明けの海に黒い深海棲艦の咆哮が響き渡る。

 

「……私が引き付ける。他の奴はいい。まずはあいつを倒さないと」

 

 古鷹に耳打ちする。

 火力不足の自分は囮になるのが一番良いだろう。そう思っての判断だった。

 

「そこの黒いの! 私が旗艦よ! 落とせるものなら落としてみなさい!」

 

 その場にいた全員の視線がこちらに向けられる。

 黒い深海棲艦が、雄叫びを上げながらこちらに向かって突っ込んできた。

 主砲で応戦するが、まったく歯が立たない。当たらないなら自分の不甲斐なさを笑えるが、当たって弾かれるという有様だった。これでは笑いようもない。

 巨大な砲口から放たれる砲弾が次々と海を揺らす。これまでの姫クラスや戦艦クラスをも凌駕する威力だ。

 命名するなら戦艦棲姫といったところか。

 戦艦棲姫の意識がこちらに向いている間に衣笠・北上・大井が攻撃を繰り返す。さすがに駆逐艦の砲撃と違い敵も無傷ではいないようだったが、決定打は与えられずにいた。

 圧倒的な火力と、驚異的な装甲。

 これまで戦ってきた深海棲艦の中でも、ダントツの化け物だった。

 頭上から嫌な音が聞こえてきた。深海棲艦の艦載機だ。残っていた姫クラスが放ったものらしい。

 戦艦棲姫の攻撃を避けるだけでも精一杯だった。艦載機まで出てこられたらどうしようもない。

 上空からの爆撃を受けて、とうとう叢雲の足が止まった。更にそこへ戦艦棲姫の一撃が飛んでくる。意識が飛びそうになるような衝撃と痛みが全身を襲った。景色がぐるぐると回る。自分が今どういう状態なのかすら分からない。

 

「叢雲ちゃん――!」

 

 古鷹の悲痛な叫びが聞こえた。同時に身体が海面に激突する。

 

「させないわよ……!」

 

 大井の叫びと、轟音が聞こえた。遅れて、戦艦棲姫のものと思しき苦悶の声が聞こえる。

 ようやく視界が定まってきた。

 見えたのは、艤装が半壊した戦艦棲姫の姿だった。

 やったか、と思ったのはほんの数秒のことだった。戦艦棲姫の前に、北上と大井が倒れている。どちらも大破していた。

 少し離れたところでは、衣笠と夕立も動きを止めていた。他の敵は大半倒したようだが、もう動ける者は残っていない。

 戦艦棲姫は半壊状態だが、まだ戦う力は残っているように見えた。少なくとも、ここにいる者を全員沈めることはできるだろう。

 思わぬ痛手を負った怒りからか、戦艦棲姫は表情を歪ませながら砲口を北上たちに向けた。

 

「やめ――」

 

 やめろと叫ぼうとした。無駄だと分かっていても、声が出た。

 だが、その声は砲声によってかき消された。

 

「――させません」

 

 砲声の後に聞こえたのは、凛とした声だった。

 北上たちは沈んでいない。戦艦棲姫の主砲が、破損していた。

 声の主を見る。

 初めて見る艦娘だった。ショートランドの艦娘ではない。

 

「……皆さん、後は私に――戦艦大和にお任せください」

 

 戦艦棲姫に匹敵するような物々しい艤装を展開させ、大和は主砲を戦艦棲姫に向けた。

 見ると、側には他にも長門型や扶桑型、伊勢型の姿がある。そのすべての砲口が戦艦棲姫を捉えていた。

 

「――参ります」

 

 それが、この戦いの終局を告げる宣言だった。

 

 

 

 甲板に立ち尽くす青葉の後ろ姿を見つけた。

 

「青葉、休んでいなくていいのかい?」

「司令官」

 

 頭上を数多の艦載機が飛んでいく。

 夜は明けていた。まだ敵の残存部隊は残っている。あの艦載機たちはそれらを掃討するためのものだ。

 まだ戦は終わっていないが、大勢は決した。

 東に控えていた軍勢はトップを失って潰走したという。飛行場姫も横須賀の金剛たちの砲撃で無力化できたとの報告があった。

 怪我をしていない者はいないというような有様だったが――どうにか勝てたのだ。

 

「私にとって、この戦いはまだ終わってないです」

「そうか。奇遇だな、私もそう思っていたところだ」

 

 水平線の彼方に視線を向ける。

 

「……司令官こそ休んでなくていいんですか? 今にも倒れそうな顔色してますけど」

「命を賭けて戦った仲間の出迎えくらいはしておきたい」

「そうですか。なら止めません」

 

 割と青葉はあっさり引き下がった。

 その表情は、どこかさっぱりしているように見える。

 

「古鷹とは、話せたか?」

「ええ。でも、まだ十分ではありません」

「……これから話せばいいさ。十分と言えるくらい」

 

 遠くに人影が見えた。

 

「司令官」

「ん?」

「ありがとうございます」

 

 青葉が頭を下げた。下げる直前、その目に涙が浮かんでいるようにも見えたが――それは見なかったことにした。

 人影がこちらに向かって手を振っている。

 青葉と二人、手を振り返した。


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