南端泊地物語―草創の軌跡―   作:夕月 日暮

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第二章「迎撃!霧の艦隊」(長門・武蔵編)
第九条「己が納得できないことはするものではない」


 二〇一三年、一二月二四日。

 その日はクリスマス・イブということもあって、東京は大いに賑わっていた。

 家族と共に過ごす者。恋人と共に過ごす者。友人たちと共に過ごす者。一人きりで過ごす者。いつもと変わらず働き続ける者。

 様々な人々が、夜の東京で思い思いの時間を過ごしていた。

 東京湾の海上に浮かぶ船にも、そうした人々が乗っている。

 

「……ねえ、あれなに?」

 

 誰かが沖合の方を指して言った。

 ところどころ照らし出される夜の海の中に、何か大きなものが見え隠れしている。

 

「うーん、なんだろう。船かな? 生き物にしては大きいし」

 

 聞かれた者は目を凝らしてみたが、よく分からないようだった。先ほどから周囲一帯が深い霧に覆われている。そのせいで遠方があまりはっきり見えなかった。

 

「気にするほどのことじゃないさ。それよりこの後だけど――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 突然夜空が光り――その直後、彼らが乗っていた船が大きく揺れて傾いたからだ。

 

「な、なに!?」

「うわあ!?」

 

 傾いたまま揺れ続ける船上で、乗客たちはパニックになった。

 

「なんだ、トラブルか!?」

「どうなってるんだ!」

 

 ざわめく船上にあって、誰かが呟いた。

 

「……撃たれた」

「はあ!?」

「撃たれた。見えたんだよ、あっちからなんかビームみたいなのが! この船の下の方に当たったんだ!」

「適当なこと言ってんじゃねえ!」

「嘘じゃねえよ、ほ、ほら――!」

 

 そう言って指差された方に、乗客たちの視線が向けられる。

 霧に覆われた海。その中で、不気味な輝きを放つ何かがあった。

 その光はまるで巨大な目のようで、船をじっと見つめているように見えた。

 その『視線』で、乗客たちの恐怖が加速していく。

 

「ひぃっ、また撃ってくる!」

「に、逃げろ――ッ!」

 

 一人が海に飛び込むと、もう収拾はつかない。

 我先にと飛び込む者が、尻込みする者を巻き込んで次々と海に飛び込んでいく。船員の静止など耳に入らないようだった。

 そんな人間たちの様子をじっと観察するように――霧の中に潜む何者かは、じっと佇んでいた。

 

 

 

 クリスマス・イブ。仕事が一区切りした頃合いを見計らって、工廠に足を運んだ。

 少し前までは明石の個人工房と言った方が良さそうな小規模な工廠だったが、今足を運んでいるのは一から建て直した工場とも言える大きさの工廠である。秋の飛行場の件のあと、本土から「ショートランド泊地の設備も拡充すべきだ」として資金が贈られてきた。それを使って建て直すことにしたのだ。今はまだ工廠としての完成までは漕ぎつけていないが、建物自体はもう出来ている。

 

「あ、提督」

 

 明石がこちらに気づいて会釈する。工廠のために新たに雇い入れたスタッフの人と打ち合わせ中のようだった。

 

「二人ならあっちですよ」

「ありがとう。お疲れ様」

 

 明石に指し示された部屋に入る。

 

「提督、お疲れ様です」

 

 そこにいたのは夕張と古鷹だった。二人の後ろにはプレゼント箱が山積みになっている。いずれも本土から取り寄せたものだ。

 

「他の皆には気づかれてなさそうかな」

「はい、大丈夫だと思います」

「すまないな、道楽に付き合わせてしまった」

「いえ、素敵な計画だと思います」

 

 古鷹の言葉に夕張もうんうんと頷く。

 このプレゼントは島の子どもたちや駆逐艦の子たちへの贈り物だった。サンタからの贈り物というやつだ。

 ちなみに軽巡以上の子たちにも贈ろうかと思ったのだが、予算――というか私のポケットマネーが足りなかった。

 さすがに一人でこの計画をこなすのは無理があったので、古鷹や夕張、明石、そしてここにはいないが大淀にも手伝ってもらった。あとはこのプレゼントを皆が寝静まった頃に配るだけだ。

 

「問題は皆にバレずに配れるかどうかだな……。夜間の任務も多いから駆逐艦の子たちも割と平気で夜更かしするし」

 

 そのとき、ポケットに入れていた通信機が鳴った。仁兵衛からもらった、提督同士でしか使用できないというあの通信機だ。

 

「はい、こちら伊勢新八郎」

『三浦だ。あまり時間がないので手短に済ませたい。――今、時間はいいか?』

「問題ない」

 

 何かあったのだろう。通信機越しに聞こえる剛臣の声から、切迫した様子が窺える。

 

『東京まで援軍を出して欲しい。可能なら新八郎にも直接来てもらいたい』

「……東京に何かあったのか?」

 

 東京には家族が暮らしている。何かあったとすれば他人事では済まない。

 

『東京湾に正体不明の艦が現れて、民間船を何隻か沈めた。どうにかその敵艦は退けたんだが、どうも同種の敵は他にもいるらしいんだ。深海棲艦とも違う。そいつらは霧の艦隊と言うらしい』

「霧の艦隊……? そう名乗ったのか」

『奴ら自身は名乗っていないが、情報提供者がいた。そこから得た情報だ。彼女たちがいなければ奴らを撃退することはできなかっただろう』

 

 剛臣が率いているのは最強とうたわれる艦娘たちだ。彼女たちの力をもってしても撃退困難ということは、それだけ強大な敵ということなのだろう。そんな敵がまだ他にもいるという。かつてない緊急事態と考えるべきだった。

 山積みになったプレゼントを見ながら頭を振る。残念だがこれを配っている場合ではなさそうだった。

 

「事情は分かった。これから援軍用の艦隊を編成して向かうことにする」

『恩に着る。何かあれば都度連絡を入れる』

 

 剛臣との通信が切れた。

 こちらの会話を聞いていたのだろう。夕張と古鷹も険しい表情を浮かべていた。

「本土で緊急事態だ。深海棲艦以上の難敵が現れたらしい。これからすぐに援軍を編成する。……残念だけど、これはまた折を見て配ることにしよう」

 

 

 

 執務室に戻り、放送機器を使って主要メンバーを呼び出した。

 大淀、叢雲たちが顔を出す中で、金剛だけがなかなか来ない。

 

「大淀。金剛は不在だったかな?」

「いえ、泊地内にいたはずです」

「さっき演習場にいたわよ。武蔵・長門と一緒だったみたいだけど」

 

 叢雲が補足してくれた。

 金剛は戦艦組をよくまとめてくれている。援軍メンバーを決めるためには彼女の意見が欲しい。

 

「直接呼びに行く。叢雲、一緒に来てくれ」

「了解」

 

 叢雲と二人で足早に演習場へと向かう。

 

「……しかし武蔵と長門か。何か嫌な予感がする組み合わせだな」

「あんまり良さそうな雰囲気ではなかったわね」

「やっぱりか」

 

 胃が痛くなる。

 武蔵と長門はどちらも戦艦の艦娘だ。砲撃戦においては最高クラスの性能を有していると言ってもいい。

 ただ、二人の間には一つ大きな問題があった。

 演習場に着くと、そこには今にも砲撃戦を始めようとしている武蔵と長門の姿があった。

 

「その勝負、待て!」

 

 咄嗟に叫ぶ。

 二人は険しい表情を浮かべたままだったが、少しずつ主砲を降ろしていった。

 

「テ、提督ゥー!」

 

 金剛が困り切った表情で駆け寄ってくる。

 

「金剛。これはどういう状況だ?」

「武蔵と長門の決闘みたいデース……。ジャッジを頼まれて動けませんデシタ……」

「なるほど」

 

 武蔵と長門を見る。二人が身にまとっている雰囲気は戦場にいるときと同じものだ。演習場で放つような気配ではない。

 

「二人とも、演習の許可を出した覚えはないぞ」

「すまんな提督。長門がどうしてもというから断りきれなかった。なに、怪我をさせるつもりはなかったよ」

 

 武蔵の挑発するような物言いに長門の眉が吊り上がる。だが反論する言葉は出てこなかった。

 

「……とにかく、艦娘としての力はむやみやたらに行使するものじゃない。どうしても勝負をしたいなら正規の手続きを踏んで、誰にも文句を言わせないような状況を整えてからやるんだ。今日この場で戦うことは認めない。異論は?」

「ないよ」

 

 武蔵は肩をすくめて、そのまま演習場を去ってしまった。

 

「長門は?」

「……ああ。私もない。すまなかったな、提督」

 

 ちっともすまないと思ってなさそうな恐ろし気な表情を浮かべながら、長門も出て行ってしまう。

 

「まだ尾を引いてるのかしらね。あの二人」

 

 叢雲が溜息まじりで言った。

 武蔵は秋の飛行場騒動のとき、戦艦棲姫と名付けられた黒い深海棲艦が落とした艤装を依代にした艦娘だ。あの騒動の直後に契約を交わし、以降着実に研鑽を積んで、今や泊地の切り札と呼べるほどの力を身に着けている。

 長門がこの泊地に着任したのは、武蔵が既に泊地の最高戦力の一角になってからだった。

 当初、長門はやる気に満ちていた。かつての日本の連合艦隊旗艦を務め、国民から愛されたヒーロー・戦艦長門として、この艦隊を勝利に導こうと約束してくれたのだ。

 だが、教導係として武蔵をつけてから少しずつ様子が変わってしまった。

 伝え聞いた話では、武蔵は最初に演習で長門の実力を確認すると言って、完膚なきまでに叩きのめしてしまったらしい。

 武蔵は長門に現在の自分の実力を把握してもらいたかったようなのだが、その目的は完全に失敗したようで、以降長門は武蔵への対抗心を燃やすようになり、武蔵を超えるための修行と称して泊地の様々な艦娘に勝負を挑むようになった。

 

「長門の対抗心も困りものデスガ、武蔵もフォローが全然足りてないデース……。私も何度か仲裁を試みましたが、どっちも全然譲る気がありまセーン。揃ってベリーベリー頑固デース!」

 

 金剛も散々苦労しているのか、話しているうちにプンプンと怒り始めた。

 

「似た者同士なんだろう、二人とも。上手く噛み合うようになれば良いんだが」

 

 とは言えどうすればいいのかは皆目見当もつかない。

 

「そういえば提督、さっきの呼び出しは何デスカ?」

 

 忘れていた。

 執務室に向かいながら金剛に事情を説明する。

 

「敵が未知数かつ極めて強力ということなら、私と比叡の出番ネー!」

 

 話を聞いて金剛は即座に候補を上げた。金剛たち姉妹は武蔵や長門、それに陸奥と比べると単純な砲撃能力では劣るが、その分航行速度が高く艦娘としての練度も上回っていた。加えて金剛と比叡は第二改造も終えており、艤装の基本性能の底上げもされている。

 戦艦組の中の安定した戦力という意味では、確かにこの二人だろう。

 だが、さっきの演習場の件を見てから、自分の中では少し違う考えが浮かんでいた。

 

「金剛。武蔵と長門を連れていくと言ったらどう思う?」

「……今回の作戦で確実な勝利を求めるなら、私は反対デス」

 

 淡々とした言葉だった。

 

「ただ、今後のあの二人のことを考えるなら悪い考えではないと思いマス。この泊地の中でああだこうだとやってるよりも、あの二人には外の世界を見せてあげた方が良いかもしれないデース」

 

 外の世界を見せた方が良い。それはまさしく自分の考えと同じだった。

 それで具体的にどうなるかはさっぱり分からない。ただ、泊地にいても状況がなかなか変わりそうにないのは確かだった。ならば新しい刺激を与えてみるのも一つの手だろうと思ったのだ。

 

「何かあったときのために陸奥も連れていきたい。すまないが今回金剛たちには留守を頼みたい。引き受けてもらえるだろうか」

「ノー・プロブレムネー! 家を守るのも良妻賢母の務めだヨー!」

 

 金剛にはいつも助けられてばかりだ。

 いつかこの借りを返さなければと、そう心に誓う。

 

 

 

 ショートランドを離れて北に向かう。考えてみれば、ソロモン諸島を離れるのは随分と久々だ。

 母艦は初期の頃に使っていた小型の船ではなく、ソロモン政府から提供された新たな大型艦だ。さすがに長距離後悔するのにあの小型船では問題がある。

 スタッフとしてウィリアムさんたちにも乗ってもらっていた。

 なるべく時間を節約したいので、東京まではトラック泊地を経由して北上するルートで向かうことになる。

 

「司令官」

 

 甲板で北方を見ていると、下から声をかけられた。

 潜水艦の艦娘である伊168だ。通称イムヤ。うちの潜水艦組の中では最古参で、潜水艦組のとりまとめ役をしてもらっている。

 

「おおイムヤか。どうだ?」

「今のところ特に問題なし。このままトラックまで何事もなくいけたらいいね」

「そうだな。何事もなく平穏無事に。それ以上に望むことはない」

「……司令官ってたまにおじさん臭くなるよね」

「悲しいが実際オッサンだから」

「見た目はそうでもなさそうだけどなあ」

 

 伊168はそのまま海面から顔をこちらに向けながら言葉を続けた。

 

「ねえ司令官。今回はなんで私たちが選ばれたの?」

 

 今回の援軍部隊には潜水艦組も組み込んでいた。

 

「すごい強敵なんでしょ、その『霧』って。正直私たちじゃあんまり役に立たないと思うな」

「そうやって卑下する言い方をするもんじゃない。強敵の相手をするからこそ伊168たちの力は必須になるんだぞ」

「そうなの?」

「ああ。具体的なことは他の艦隊と協議して決めることになるけど、私は伊168たちに偵察を頼みたいと考えている。詳細が分からない強敵を相手にするなら、まず情報を集めないと話にならないからね」

 

 これまで何度か剛臣から連絡があったが、霧の艦隊は水上戦において艦娘を圧倒する性能を有しているらしい。海を割るようなビーム砲のようなものすら撃ってくるという。

 

「偵察機含め水上からの接近は極めて危険だ。そこで伊168たち潜水艦組の力を借りたいというわけさ」

「そんな無茶苦茶な相手だとさすがにイムヤたちも怖いんだけど」

「不安なら私も同行しよう。皆に危険を押し付けるのも悪いからね」

「いやいやいや、司令官何言ってんの」

 

 伊168に呆れ顔で注意された。

 普通指揮官は艦に乗り込んで戦うわけだし、そこまでおかしな提案ではないと思うのだが、皆からは毎度反対されてしまう。

 

「ま、怖いからって放っておくわけにもいかないし……偵察が必要なのは分かるよ。私たちがやらないといけないことなら、きちんとやるわ。潜水艦魂に賭けてね。それに運が良ければ強敵相手にだって一発お見舞いできるかもしれないし」

 

 潜水艦は当然潜航能力が最大の特徴だが、搭載している魚雷を上手く生かせば大物を仕留めることも可能だ。実際伊168はかつての戦で敵の大型艦を仕留めたこともあるらしい。

 

「期待しているよ、海のスナイパー」

 

 それは世辞ではなく本心だった。

 

 

 

 母艦の室内で本を読んでいると、ドアがノックされた。

 

「叢雲。少しいいだろうか」

「長門? ええ、どうぞ」

「失礼する」

 

 そう言って長門は遠慮がちに入ってきた。

 

「すまないな、休憩中だったか?」

「構わないわよ。本読んでただけだし。それで、どうかしたの?」

「……うむ。もし知っているなら教えて欲しいのだが、提督はなぜ今回私をこの艦隊に入れたのだろうか」

 

 神妙な顔をしているかと思ったら、そんなことを悩んでいたのか。

 

「本人の口から直接聞いた方がいいと思うけど」

「それはそうなのだが……。先日のことがあるだろう。もしかすると提督はまだお怒りなのではないかと思ってな」

 

 あのとき怒っていたのはどちらかというと長門や武蔵の方だったと思うが、それは言わないでおくことにした。

 

「あいつは滅多なことじゃ怒らないわよ。説教はすぐしてくるけど」

「そうなのか。……考えてみれば、私は提督のことをほとんど知らないな」

 

 そう言って長門は自嘲した。だがそれは仕方ないと思う。長門が着任したのはほんの少し前のことなのだ。

 

「良かったらあいつの話でもする? さして面白くもないと思うけど、これから戦場に行くってときに自分の指揮官がどういう人なのか全然分からないというのも不安でしょうし」

「……そうだな。そうしてもらえると助かる」

 

 長門が僅かに躊躇いを見せたのは、どういう心情によるものか。

 想像することはできそうだったが――やめておいた。

 着任した頃から今日に至るまでの新八郎の話を、長門は生真面目な顔でじっと聞いていた。最近泊地で問題児扱いされえているとは思えないほどの素直さだ。

 

「ありがとう。参考になった」

 

 すべてを話し終えると、律儀に頭を下げて礼を言ってきた。

 

「あえて聞くけど、武蔵からはそういう話は全然聞いてないの?」

「武蔵から? ああ、聞いてないな。何も」

 

 武蔵の名前を出すと、長門の態度は目に見えて硬化した。

 

「そんなに嫌? 武蔵のこと」

「直球だな。……実力は認めているよ。あいつは強い。だがそりは合わないな」

 

 武蔵のことは自分もよく知っている。やや取っつきにくい印象はあるし、ぶっきらぼうで言葉足らずなところはあるが、根は真っ直ぐだ。そういう点は長門にも似ている気がした。

 

「最初の演習で盛大に負けたって聞いたけど、そのせい?」

「否定はしない。あれは今思い返しても相当に腹が立つ。こちらの力不足を痛感させるような戦い方だった。それで武蔵への対抗心ができたというのは事実だよ」

「……あなたが武蔵を嫌だと思ってる理由、他にもありそうね」

 

 長門の口振りからすると、ただ負けた悔しさだけで嫌っているというわけではなさそうだった。

 

「――演習の後に少し話をしたんだ。今はまだ弱いが、これから研鑽を積んで皆のために強くなりたいと。今度こそ皆のために戦う力を手に入れたいと。そうしたら……武蔵は吐き捨てるようにそれを否定してきたよ」

 

 強さというのは己のためのものだ。

 戦う理由を誰かに求めるのは言い訳でしかない。

 誰かのために、なんていう奴にはろくな奴がいない。

 そんなのは自己満足だ。愚か者のすることだ。

 それに――価値などありはしないのだ。

 武蔵は、そう言って長門のことを否定したのだという。

 

「あいつにはあいつなりの考えがあるのかもしれない。だが私にはどうしてもそれが正しいとは思えんのだ。誰かのためでなく自分のためだけに戦う。そのために強さを得る。それこそ独り善がりで傲慢で――無意味だと思う」

 

 どちらにも言い分はあるのだろう。

 こういうことに『本当に正しいこと』はないのかもしれない。

 ただ、長門と武蔵はそういうところで互いに譲れぬものを持っている。

 

「私はまだ弱い。そんな私が何を言ったところであいつの胸には響かないだろう。だから私は強くならねばならない。強くなってあいつの強さを乗り越えて――自分の強さの証明をしたいんだ」

「……その心意気は立派なものだと思うけど、方法は少し考えなさい。皆あなたの演習に巻き込まれて嫌がってるわよ」

「なに、そうなのか?」

 

 気づいていなかったらしい。

 新八郎のところに多数の苦情が届いているということを伝えると、長門は見るからに落ち込んでしまった。

 

「そうか。私は気づかぬ間に皆に迷惑をかけてしまっていたのだな……」

 

 見ているこちらが気の毒に思うくらい意気消沈している。

 

「……私で良ければ、時間あるときは付き合うわよ。演習」

「ほ、本当か!?」

 

 ぱっと顔を上げて救世主を見るような眼差しをこちらに向けてくる。

 なんだかまずいことを言ったような気もするが、今更「やっぱなしで」とは言い難い。

 

「……まあ、時間のあるときだけね」

 

 一応、念押ししておいた。

 

 

 

 甲板を歩いていると、艤装の手入れをしている武蔵の姿が見えた。

 かなり集中しているようで、こちらには気づいていないようだった。

 せっかくなのでどんな風に艤装の手入れをするのか観察することにした。

 じっと見ていること数分間。一段落したらしく、武蔵が大きく息を吐いた。

 

「武蔵」

「……ん、提督か」

「かなり集中していたみたいだな」

「なんだ、見ていたのか。趣味が悪いな」

「気分を悪くしたならすまない。しかし、艤装の手入れも大変なんだな」

「ある意味我々の本体だから丁寧に扱わねばならんしな。それに手入れを怠って戦場で無様を晒すような真似はしたくない」

 

 武蔵は強烈な自立心を持った艦娘だった。基本的に自分のことはすべて自分でやる。人に頼ることをしないし、人のせいにすることもない。人に何かをしてもらうときはそれを『借り』と考え、必ず何か対価を払う。

 そのかわり他者の甘えも許さない。そんなところがある艦娘だった。

 

「大がかりな戦いに参加するのは私も今回が初めてだからな。念には念をというわけだ」

 

 飛行場の一件から大きな戦いは起きていない。小規模な戦いは何度かあったし、武蔵はそこで実戦経験も積んでいる。それでも大規模作戦を前にすると緊張するものらしい。

 

「今度の敵について何か続報はあったか?」

「いや、何もない。情報提供者からどれだけの情報を得られるのか、そもそもその情報提供者がどれくらい信頼できるのか……」

「不安要素だらけだな。まあ、戦というものはそういうものだが」

「そういう割り切り方ができればいいんだけどな。私は小心者だから常に不安に感じてしまう」

「上に立つ者はそれくらいでいい。指揮官の勇猛さというのは蛮勇に転じることも少なくないからな。決めるべきときに決められる者であれば不満はない」

「心掛けるようにしておこう」

 

 艤装をしまった武蔵と連れ立って食堂まで歩く。

 最初の頃は武人然とした佇まいに気圧されそうになったが、最近は慣れたからかあまり圧される感じはしなくなった。

 武蔵は意外と知識欲が旺盛で、いろいろな話を聞いてくる。彼女の艦歴は決して長いものではない。だからか意外と知らないことが多いようだった。

 

「提督。一つ前々から気になっていた点があるのだが聞いても良いだろうか」

「私に関することかな。応えられる範囲でなら答えるけど」

「……提督は、なぜ戦うことにしたのだ?」

 

 カレーをごくりと飲み込み、武蔵の質問の意味を考える。

 

「提督になった理由、ということかな」

「提督というのはなろうと思ってなるものではないだろう。提督になった理由ではなく――なぜ提督として戦い続けようと思ったのかというのが気になってな」

 

 武蔵は思案顔だった。

 何か悩んでいるのかもしれない。もしかすると、長門に関することだろうか。

 

「うーん。そうだな。端的に言ってしまうと……嫌だったからかな」

「嫌?」

「ああ。正直なところ私個人としては平々凡々な人生が理想なんだが……実際に提督としての力を手に入れて、周囲に深海棲艦のことで困ってる人がいて、一緒に戦う仲間がいる。そんな状況で戦うことをやめるのは嫌だった」

「……皆のために戦っている、ということか?」

 

 武蔵の声には若干の棘があった。

 

「別段そんな立派なものではないよ。周囲の仲間や困った人を放っておきたくないっていうのは結局自分のエゴだからね。結果として周囲の皆を助けられればそれは嬉しいけど……それは戦う理由じゃない。さっきも言ったように、嫌な思いをしたくないから戦っているというのが正直なところだ」

「そうか」

 

 武蔵は安堵したような表情を浮かべていた。

 

「……誰かのために戦う、というのが嫌なのか?」

「ああ、そういうことを言う奴は認めたくない。戦う理由を人に求めるのは逃げだ。誰かのために命を投げ出すなど愚か者のすることだ。少なくとも私はそう考えている」

「なるほど」

 

 武蔵に語ったことは本心だが、自分としては『誰かのために戦う』という人も否定する気はなかった。

 戦う理由は人それぞれでいい。大事なのは自分がそれに納得できているかどうかだ。

 だが、武蔵がそういう人を認められないのにも理由があるはずだった。

 

「武蔵」

「ん?」

「トラックや東京にはいろいろな人がいる。私だけでなく、そういう人たちの話も聞いてみるといい。私の言葉は別に正解でも何でもないからね」

 

 こちらの意図がどれくらい通じたかは分からないが、武蔵は「ああ」と頷いた。

 もうすぐトラック泊地に到着する。不安要素はいろいろあるが、いつも通りやれることをやっていくだけだと言い聞かせた。


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