叶わなかったかもしれないし、あったかもしれない。
意志を持っているかもしれない人形たちの休息。
口調とか安定しないかもですし、とても短いですけど
よろしければどうぞ
トポンと、水面に小さな輪っかの波が出来た。
ぷかぷかと浮かぶのは広大な青い海によく映える赤と黄色の細長い棒。流れる波に合わせてゆったりと上下するそれを見つめているのは、ゴシックロリータ調の服を着た少女のような存在。
「釣れますか、2B」
「今投げたところ」
未だそれらしい反応もない浮きから目を離さずに、彼女は端的に告げる。話しかけた方は、そうですかと上機嫌な口調でその隣に座り、片手に下げていたバケツを彼女との間に置いた。
「いやあ、言ってみるもんですね! まさか本当にデータから釣り竿を作ってもらえるとは思いませんでした」
「しばらくは落ち着いてるから、バンカーにも余裕が在るんだと思う。でもこの握り心地には驚いたけど」
「僕としては、2Bがそこまで釣りにハマったほうがびっくりなんですけど」
おかげで釣りの間は一度もこっちを見てくれませんし、とむくれた頬と台詞は心のうちに隠す少年。それでも、戦い以外で彼女の真剣な表情を、間近で見つめられるこの時間は彼にとっても安らぎと至福のひと時であることは間違いないだろう。
今は、もしかしたらが実現したほんのすこしの休息。
少年―――9Sとパートナーである2Bの活躍により、地球を脅かす機械生命体たちは一時的に麻痺状態に陥った。彼らの本拠地である「バンカー」から新しい司令も出ておらず、所属するヨルハ部隊の幾人かはこうして暇な時間を持て余しているということだ。
常に戦い、思考し、機械生命体を破壊する戦闘部隊であるがゆえに、この突然の休暇をどう過ごせば良いのかもわからず混乱する者も多い中、この二人は地上に降り立ち釣りに興じているというわけである。
『ヒット』
「…っ、きた!」
竿を引き、獲物の体に針が食い込んだ感触が伝わる。先端が強くしなり、水面の浮きは引っ張られて海中へとその身を隠した。無理な力で糸が切れないよう、竿が折れないようにリールを時には離し、時には巻きながら、獲物が泳ぐ方向に合わせて彼女は卓越した竿さばきを見せる。
(やっぱり、いいなあ……)
ひたすらに待っていたときとは違う、機械生命体を相手に戦っているときとも違う。その顔を覆うゴーグルで覆われてはいるものの、引き締められた表情は口元だけでも伝わってくる。彼女がめったに見せることのない「感情」が発露した瞬間だ。
9Sには感情を抑制しろといった注意をよくする2Bではあるが、釣りとなれば自分のことは棚に上げてしまうらしい。だが、それを咎めるつもりは9Sにはない。もっと長く、彼女の釣りに掛ける表情を見続けていたいというのと……
『報告、新鮮』
「…シーラカンス」
「型の機械生命体ですね」
これ。獲物を初めて目にしたときの一喜一憂である。ほんの僅かに震える程度。それでも、その一瞬に口元が僅かにニヤケているか、残念そうに開いているか。鉄面皮のようだからこそ、些細な一挙一動から感じられる彼女の「感情」は、9Sにとって何よりの楽しみになっているのだ。
『疑問:釣り竿を用いての釣りには不必要な時間とエネルギーが消費されると考えられる。ポッドを使用しないのは何故か』
「こっちのほうが楽しいからですよね、2B?」
「……休暇中だから」
少し悩んだ上での言葉は、彼女らしい素を隠した答えだった。ヨルハに付き従うポッドも、問いに対する正確な回答ではないことに理解しつつも、それ以上の不躾な質問は控えて黙りこくる。
その間に、第二投の準備を終える2B。ひゅーんと弧を描いて飛んでいく釣り針と、遅れて着水する浮きの部分。シーラカンス型機械生命体は9Sが持ってきたバケツの中で泳ぎ回っている。今度は少し遠くへ放ったからだろう。わずかに身を乗り出して、浮きの様子を見続ける2B。9Sは足場の沈みかけのビルに座り、彼女の横顔を見上げて足をぶらぶらさせている。
「9Sも」
「え?」
また静かな時間が始まるかと思いきや、口を開いたのは2Bだ。私事で彼女から口を開くのは珍しく、そのことに一瞬あっけに取られた9S。彼の様子を知ってか知らずか、間をあけた2Bは視線は浮きに向けたままに言葉を続けた。
「釣り竿、握ってみる?」
「……はい! 是非教えてください、2B!」
それから、水没都市では日が暮れるまで中小2つの影が海に向かって釣り糸を垂らす姿があったらしい。
覗いてみれば、とても短い一幕
それでも本当は、長い長い待ち時間