古明地さとりにはある癖があった。

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寛容な心でお読みください。



覚り、覚られ、悟られて。

 さとりは、自室で本を読んでいた。

 さとりがいるのは大きな屋敷で、そこは地霊殿と呼ばれている。その屋敷の主であるさとりは、いくつかの部屋を持っていた。洋風だったり和風だったり、その時の気分によって使用する部屋が変わる。

 本を読んでいるさとりの前には、茶色のちゃぶ台、みかん、深緑の渋い湯呑みの三点があった。

 さとりは本から目を離すと、本をちゃぶ台に裏返して置いた。その横の湯呑みを手に取ると、もう片方の手で底を支え、ずずず、と中の液体をすすった。

 湯呑みをちゃぶ台の上に置くと、再び本を手に取り、

 

「犯人は、――ね」

 

 と、言った。

 自信があるらしく、その声には喜色が混じっていた。

 

「さすがは私、まだ半分くらいしか読んでないのにもう分かってしまうなんて……」

 

 手に取ったばかりの本をちゃぶ台の上に置いた。

 

「もう読むのやめて別の本を読もうかしら、いやでも、もしかしたらということもあるし……、うーん、どうしようかしら」

「――おねーちゃん何読んでるの?」

 

 聞き覚えのある声に、さとりは振り返った。

 

「あら、こいし。帰ってきてたのね」

「うん。一人でぶつぶつ言ってるのずっと見てた」

「……声かけれてくれればよかったじゃない」

「いや楽しそうだったし」

 

 さとりは微笑んだ。

 いつも心配している妹の顔が見られて嬉しかった。

 

「おねーちゃんのその癖、治る気配がないねー」

「……性分なのよ」

 

 さとりには癖があった。

 心の内をそのまま口に出してしまうという癖が。

 この癖に合わせて、相手の心が読めるという力で、他者から疎まれている原因を作っていた。

 とはいえ、あまり気にしない者もいる。代表的なのは鬼である。裏表がない鬼にとっては、心を読まれようがそれを口にだされようが一向に構わないのである。

 

 

 

 例えばこんな話。

 

「さとり様ー。お客さんでございますぜー」

 

 洋風な部屋で執筆していたさとりに、ペットの陽気な猫が来客の知らせを持ってきた。猫の名前は火炎猫燐。通称、お燐である。黒い猫の姿から人型になると、深紅の髪で作られた両サイドのおさげが特徴的な姿になる。

 お燐は黒猫姿のままさとりにすり寄った。

 さとりはお燐を撫でながら、こてんと首を傾げた。

 

「……一体、誰かしら?」

 

 さとりに会いに来る者は少ない。ほんとに少ない。

 声がした。

 

「よーぅ、私だよー」

 

 酔っぱらった声、部屋が一気に酒臭くなった。

 

「この声は、萃香さんですか」

「そーそー。暇だったからねぇ。ちょっと寄ってみたんだ」

「どうしようかしら。来客の備えをしていないのに。え? そんなのお構いなく、ですか? いえ、そんなの悪いわ。せっかく来てもらったんだもの。正直、来ようか迷ったし、ですって? 

 いえ、それでも悪いわ。あぁ、そういえば少し前にお燐が持ってきた少し珍しいお酒があったはず……。あぁ、それは飲んでみたい、ですか。そうでしょうね。鬼とはそういうものですからね。――あ、お燐。来客用の部屋……、は掃除しなきゃだから、ここにお酒と何かつまめるもの持ってきてちょうだい」

「お安い御用でー」

 

 お燐は部屋から去っていった。

 

「いやほんと悪いねぇ。代わりにっても私に出せるのは酒くらいしかないんだけどさ」

 

 萃香は酒の入った瓢箪をふらふらと揺らした。

 

「いえ、お構いなく。え? 結構いい奴だなって、……別にそんなこと言われても何も出ませんよ。いや出しますけども。その癖がなければ他の奴も今よりは寄り付いただろうにと考えられましても、別にどうだとしても変わらないと思います。

 心を読まれるだけで嫌がられるものですから。あなたや勇義さんら鬼の方は気にしないというか、基本的に鈍いといいますか、とにかく変わってますので、普通の方は私を見ればすぐさまどこかへ行ってしまいます。え? 私も別に一緒にいたいってわけじゃない、ですか? ……そうですか、まぁ、そうでしょうね……」

 

 元々小さいさとりの声が、途中からさらに小さくなっていた。

 萃香はちょっと気まずくなった。

 

「いや、悪かったって。いちいち口に出さずに済むから楽は楽なんだけど、何もかも読まれるというか自分の思ったことがそのままその場で返ってくるのに慣れないだけなんだよ」

 

 フォローしながらも、酒を飲むのはやめない。

 

「ほら、コミュニケーションってのは一方通行じゃないだろ? 相手も話したいもんなんだよ。だからほら、そう落ち込むなって」

 

 あからさまにしょんぼりしたさとりに、萃香は肩を叩きながら慰めた。

 

「先ほど読んでいた本に書かれてあったのですが、落ち込んで見せるというのは効果があるものですね」

「――おい」

 

 この後、ペットも交えて適当に酒を飲んで終わった。

 

 

 

 

 話が戻る。

 こいしはさとりを覗き込んだ。

 ちょっといじけた様子のさとりが気になった。

 さとりの口が小さく動いた。

 

「……皆よく言うけど、治らないものは治らないのよ。仕方ないじゃない」

「えー? 口開けなきゃいいじゃん」

「我慢は体に悪いわ」

「そういう問題なの?」

「とにかく治らないものは治らないの。ずっと前に外に出た時に、何も話さなかったのに皆逃げて言ったわ。そういうものなのよ」

「んー、そうだっけ?」

 

 

 

 

 かなり前、こんな事があった。

 

 

 

 さとりが旧都をぶらり気分転換に歩いてみた時のこと。

 

「げぇ、あれは……」

「おいなんだ、って、――ぇ!」

 

 地上にはいられないような荒くれ者共がさとりを見た瞬間、身を硬直させすぐさま距離を取ろうとした。

 

「…………」

 

 さとりは当然、その心の内まで分かる。さとりにはちゃんと聞こえてきていた。『やばいやばい』『何も考えるな。無になるんだ。そう俺は無駄。あ、間違った無だ』

 さとりが見渡すと、そのことごとくが恐れおののいていた。さとりに恐怖の洪水の音が次々に流れてきた。『あぁ、もうだめだ。俺はここまでだ……』『絶対にあの事は考えないからな! そう、絶対に。そうあの――、あぁ、ばやいばやい』

 

「…………」

 

 さとりの口がわずかに開いた。

 

「……ぁ」

 

 瞬間、悲鳴上げながら荒くれ者共は凄い勢いで走り逃げていった。

 

「そうよね……。私は……」

 

 さとりはその場で引き返し、とぼとぼと屋敷へときびすを返した。

 

 

 しばらくして、先ほどこの周辺にいた者が集まった。

 各々、好き勝手に話し出す。

 

「危ねぇ、危ねぇ、俺の秘密が公言されるところだったぜ」

「あぁ? それってあれだろ? この間お前――」

「え? それ知ってんの? ……嘘だろ?」

「ばか、逆に知らねーやつのがいねーよ」

 

 さとりは心の中で思ったことを口に出す。聞こえてきたことを全て話すわけではない。つまり、さとりが聞こえてきた心の声で一番心に響いたことから口に出てくるというわけである。知られたくないことなど皆持っているものである。そういうわけでさとりは歩く爆弾のように扱われていた。

 

「俺なんかバレたくないこと考えないようにしたら考えてしまうことちゃんと分かってっから、無になってたもんね!」

「はぁ? お前なんかはじめから無みたいなもんだろ」

「ああ? 俺のこと無駄みたいなこと言うんじゃねーよ!」

「お、やるか?」

「おう、やってやろうじゃねーの」

 

 ということで、いつもの感じに戻ったわけであるが、当然さとりは何も知らない。いつもより猫が可愛かった。

 

 

 

 

 

 話が戻る。

 

「こいしにはもう分からなくなってしまったことけど、この力を持ってる私が何かしたところで……」

「でもおねーちゃんのこと好きなのいっぱいいるからいいじゃん。やっぱり能力なんて関係ないよ。私もおねーちゃんのこと大好きだもん」

「こいし……」

 

 さとりの目から涙があふれた。

 抱きしめた。

 温かかった。

 前にもあった。でも、あの時とは違う。あの時はとても動揺していた。

 そう、あの時の話。

 

 

 

 

 

 

 結構前のことであった。こいしの第三の目が開いていた時のこと。

 さとりはこいしと二人、部屋で話していた。

 

「難儀な力よね。あ、そう、お燐たちと遊んでたの」

 

 こいしは心の中で返答した。

 

「そう、楽しかったのね。え? 他のとも遊んだの? それってあの鬼のこと?」

 

 思ったことを口に出すさとりだけが口を動かしている。

 本来、覚妖怪同士であるため互いに口を動かす必要はない。

 

「え? 覚妖怪でも他の妖怪と仲良くなれる、ですって? いえ、こいし、そんなことはないわ。心の声を聞けば分かるはずよ。皆、自分の心を聞かれるのを嫌がっている。こいしなら分かるはずでしょう? え? そうでもないのもいる? ……信じられないことだわ。え? でも実際に私は……、いや駄目駄目、思っちゃだめ? バレちゃう? え? こいし、どうかしたの?」

 

 こいしは顔を赤らめると顔を隠すように手をわたわたと動かした。

 

「え? 考えないようにすると考えちゃう? こいし?」

 

 さとりはこいしに近寄った。

 こいしはその分身を引いた。

 

「え? こないでって、どうして? え、なになに? 私はおねーちゃんのことが――」

 

 こいしは恥ずかしさの限界を超えた。

 

「うびゃぇぇぇぇぇ」

 

 さとりはびっくりしながらも、こいしの心の声を聞こうとした。

 

「え、なに? こいし? あ、あれ? 声が聞こえなくなって……、え? あれ、こいし!? 目が、目が!!!」

 

 こうして、こいしの目は閉じられた。

 

「え、何? ……一体何がどうなって。……こいし? お願い、何か言って?」

 

 すがるように言うさとり。

 こいしはにこやかに笑いながら、腰に手を当て、もう片方は天に上げ指を指し、言い放った。

 

「天上天下唯我独尊!!」

 

 わけが分からないままさとりは妹を抱きしめた。頬を伝う熱いものが何なのか、気づいたのは乾いてからであった。





 ひどいオチである


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