球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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二十五話 灰かぶり姫

 

 歳上変態お姉さんことみくるちゃん未来ver.をあろうことか自室に置いて外出しなきゃいけないだなんて。僕としては世界なんかよりも、割と真剣に手ブラジーンズみくるちゃんと過ごす時間の方が大切なのだけれど。だって、もしもハルヒちゃんが世界を創り変えるなんてピンチが発生していなければ、あんな大人版みくるちゃんを目にする事も無かったわけでしょ? だったら、あれは世界を生贄にみくるちゃんを召喚したとも言えるよね。キョン君をスキルで消すのがフラグだったとは、恋愛SLG猛者な僕でも流石に予想外だぜ。僕の人生がどのように分岐していたのかはわからないけれど、もしも転入初日にタイムリープ出来たとすれば、初対面のキョン君を無かった事にするのが手ブラジーンズみくるちゃんを最速で発生させる条件と言えるだろうね。

 

 僕が家を出て大きな通りまで抜けると、絶対に僕の私物にGPSを仕込んでいるでしょってタイミングで古泉君を乗せたタクシーが目の前に停車した。

 

「失礼。時間も時間でしたので、僭越ながらお迎えにあがりました。球磨川さんが自らここまで来られたという事は、彼を元に戻す決心をして頂けたと思って良いのでしょうか? 昼間仰っていた、涼宮さんの能力への疑いも晴れたようですし」

 

 もうちょっとで寝る時間だっていうのに、古泉君はパリッとした制服に血色の良い顔をしている。朝の登校時から全く身だしなみが乱れず、疲れも見られないのは賞賛に値するよ。これから世界が滅ぶかもしれないのだから、今この瞬間が彼の人生で最も大事な時間なんだし当たり前っちゃ当たり前かな? 

 

『そうだねぇ。手ブラジーンズまで見せられては、流石にこの僕でもやる気を出さなきゃってところかも』

「手ブラ……ジーンズですか?」

 

 手ブラジーンズという単語に聞き馴染みが無かったんだろうね。古泉君はタクシーが出発してからもしばらく思考を巡らせて固まっちゃう。もしかして何かの隠語だと思っちゃったのかい? 三半規管も勿論弱い僕としては、会話していないとタクシーに酔ってしまいそうだから仕方なく話を振る。

 

『キョン君を元に戻せばハルヒちゃんが世界創造を中止してくれる。……果たして、そんなに簡単な話なのかい古泉君。キョン君がいればハルヒちゃんは暴走しないってエビデンスでもあったりする?』

 

 ハッと顔を上げた古泉君は、これぞまさに苦笑といった感じで眉を下げた。

 

「さて、どうでしょう。数学のように解が求められるのなら、我々もここまで苦労はしていません。ですが、彼をこのまま復活させなければ世界は崩壊する。残念な事にこちらにはエビデンスがあります。長門さんの勢力や朝比奈さんの言うことを丸々信じるつもりはありませんが……僕達機関に所属する人間に与えられた例の力も、刻限が迫るに連れて弱まってきています。涼宮さんが世界を創り変えれば当然僕達はお役御免、もう閉鎖空間なんてものも生まれない。なので力も必要無くなるといった事なのでしょうね」

 

 自分達がハルヒちゃんによって与えられた超能力。それを回収されかかっている事こそが根拠ってわけだね。

 

『僕が手伝うのはキョン君を元に……因果の外縁とやらから連れ戻すところまでだせ? その結果、世界崩壊を防げなかったとしても僕は悪く無い』

 

 僕のお茶目でキョン君を増殖させてしまったわけだけれど、オリジナルキョン君が戻ったのならもう僕に瑕疵は無いからね。偽物のキョン君だけ余分になっちゃうけど、造ったのはハルヒちゃんなんだしさ! 

 

「我々に球磨川さんを責めるつもりはありませんよ。貴方にあのような能力がある事を見逃していた我々の落ち度でもあります。それに涼宮さんは彼がいてもいなくても、遅かれ早かれ世界に絶望していたようですから。むしろ貴方が彼を消さなければ、僕達機関は宇宙人と未来人に大きくリードを許していました。涼宮さんがこの世界を見捨てた瞬間……時間にしてもう少し後になってから、ようやく僕は慌てて飛び起きていたかもしれません」

 

 情報収集能力を単純に比較されたら、そりゃ一般人の集まりな古泉君一派が宇宙人や未来人に勝てるわけないよね。だったらむしろ、僕は機関にとって追い風を吹かせたとも言える。他の勢力と足並みを揃えさせてあげたんだし、もっと感謝してくれたって一向に構わないぜ。

 

『キョン君には聞いたんだけどさ、古泉君にも一つ質問して良いかい?』

「おや。改まってなんでしょうか」

『ハルヒちゃんがこの世界に絶望したから、わざわざ新しい世界を創造するんだよね? それを妨害するのはハルヒちゃんに対してあまりに酷い仕打ちじゃないかな。自由に宇宙さえ生み出せる存在を、こんな小さな島国の高校の団長で居続けさせるなんてさ!』

 

 どうせ世界が崩壊するかもしれないのだから、僕は思い切って正義の側に立っていると思い込んでる古泉君の考えを聞いてみた。

 

「成る程……球磨川さんには、僕達がそのような存在に見えていたわけですね。我々としては、涼宮さんに与えられた使命を全うしていたつもりなのですが」

 

 イケメンがイケボ出しながらエモい表情をしていれば、何を言っても説得力を出せるのは立派なスキルじゃないかい? 

 

『それだってさぁ。君たちのスキルが弱まってきている時点で、機関はハルヒちゃんにとって不要な存在となったわけでしょ? なら、切り捨てられた今、これ以上ハルヒちゃんを制止するのは古泉君の意志ってことだよね』

 

 もはや大義名分もあったもんじゃない。かろうじて、信長を諫める平手政秀になるくらいしか道が無いと思うのだけれど。

 

「おっしゃる通りです。球磨川さん、正直に申し上げれば……僕はこの世界が好きなんですよ。なので、使命などは抜きにしても今の生活を守りたい。例え貴方の言う通り、それが涼宮さんを鳥籠に閉じ込めるが如き行いだとしてもです」

 

 借り物の思想で世界を守ろうとしていたキョン君とは違い、古泉君は高校一年生とは思えないブレなさで言い切った。ハルヒちゃんの願望を犠牲にしてでも今の世界を維持したい、ここまで真っ直ぐ僕の目を見て話す彼の言葉に、嘘成分は1ミクロンも含まれてはいなかった。恐れ入ったよ。哀れにも神様にさせられてしまったハルヒちゃんを救うって考えは微塵も持ち合わせていないだなんて。

 

『だから気に入った』

 

【身体は子供、頭脳は大人】や【マサラタウンのサトシ】ってワードに並ぶくらい有名な僕の代名詞に【弱い者の味方】がある。SOS団を取り巻く今の状況は、この僕をしても誰が弱者なのか断定は出来ずにいる。神に見捨てられた古泉君らが弱者なようでいて、視点を変えれば自由の翼を引きちぎられそうなハルヒちゃんが弱い立場にも見えてくる。

 もう少しだけ成り行きを見守ってから、最終的に僕がどっちサイドで世界の終焉を迎えるのかを選ばなきゃいけないのだけれど。ここで嘘をついたり、無価値な綺麗事を並べ無かった古泉君には素直に感心したよ。

 

「あまりにも自分本位な僕の考えに、わずかでも球磨川さんが賛同して下さって何よりです。しかし、何も涼宮さんに全ての負債を背負わせたいわけではありません」

 

 タクシーはそろそろ学校に着く頃合い。古泉君は窓の外を一瞥してから、また僕に向き直って

 

「涼宮さんは超常現象を望んでいますが、常識人的な一面もお持ちです。不思議な現象が起こらなくても、SOS団での活動を多少なりとも楽しいと感じている……。これは、僕が能力を与えられた結果、涼宮さんの精神状態を認識出来るようになったからこそ知った事実です。実際、僕達が休日に不思議探索をしたり朝倉涼子の行方を調査していた時は、その過程を非常に愉しんでおられました」

『まあ、言われてみればハルヒちゃんも結構テンション上がってはいたよね』

 

 ハルヒちゃんが不機嫌になった際に発生する閉鎖空間。その予兆を検知できる古泉君が言うなら間違いでは無さそうだね。

 

「故に。僕達がいかにも高校生らしい楽しいイベントを涼宮さんに提供出来れば、それなりにご満足頂ける筈です。少なくとも、この世界を崩壊させようとは思わないくらいにね。例えば……夏には南の島でバカンスをしたり、冬には雪の山荘で余興を楽しみながら新年を迎えるなど。涼宮さんのスケールでは物足りないかもしれませんが、彼女を蔑ろにするつもりは更々無いのですよ」

 

 世界崩壊はさせてあげられない代わりに、それなりに楽しい行事を提供してそこそこ満足して貰おうってことかい? 

 

「そうなりますね。最も、こちらとしては大いに満足して頂けるよう尽力しますが」

 

 くすっと微笑み、古泉君はシートベルトを外す。

 気がつけば校門に到着していて、僕らは料金を払うこともなくタクシーから降りる。

 

「どうでしょう球磨川さん。改めて、彼を復活させた上でこの後の世界改変を中断させては貰えないでしょうか。僕達に、涼宮さんに普通の女子高生として過ごして貰う為の努力をするチャンスをくれませんか? その結果、再度世界に絶望するような日が来れば……その時は僕達を見捨ててくれて構いません」

 

 ……古泉君の考えは、多少は理解出来たかな。共感出来たかは全くの別問題だけれど! ハルヒちゃんにとって何が幸福なのか、これは最終的なヒアリングが必要かもしれないな。

 

『もし世界改変が中断出来たのなら、それはハルヒちゃんが決めた事だからね。その場合、僕にとやかく言う権利も無いし好きにすればいいんじゃない?』

「ありがとうございます。世界を救えた場合は、涼宮さんと貴方を失望させない事を誓いましょう」

 

 決め台詞と共に校舎へ歩き出す超能力者。僕からしたら、あまりにも【強い】精神を持った強者に見えるけれど。現時点では、君は神に見捨てられた世界の住人でしか無いからね。この場で背中から螺子伏せるのは我慢しておいてあげよーっと! 

 

 校門には有希ちゃんとみくるちゃんが立っていた。

 

「あ! 禊ちゃん。来てくれたのね……」

 

 みくるちゃんが胸を撫で下ろす。それは未来の君にお礼を言ったほうがいい。

 そして、どうしたんだい二人とも。校舎に入らないわけ? こんな時間に高校生が立ち話は目立っちゃうよ。住宅街もそれなりに近いしさ。

 

「涼宮ハルヒによって敷地内が閉鎖されている。古泉一樹と、他数名の能力者が協力すれば侵入は可能」

 

 有希ちゃんが敷地内に手を伸ばすも、バリアみたいなものに押し留められた。閉鎖空間なら、古泉君は無条件で入れるはずじゃないの? 

 

 隣にいた古泉君は真剣な顔で境界に触れて

 

「どうやら、いつもの閉鎖空間とは性質が異なるようですね。僕の力が弱まっているのも相まって、確かに仲間の協力が不可欠です」

 

 ふーん。じゃあ早く連絡したら? てか、キョン君(偽)はどうしたのさ。もしかして寝坊?? 全く、自分の存在がかかったイベントだっていうのに緊張感のかけらも無いね! 

 

「彼のコピーと涼宮ハルヒの反応が、敷地内に存在する。正確には、この世界から消えている」

 

 えっと……だとすると。ハルヒちゃんは偽物のキョン君を異世界へのお供に選んでくれたって事かい? むしろ、今僕達がいるこっちの世界が偽物になりつつあるってところかな。

 

「そう」

 

 頷く有希ちゃん。

 

 なーんだ。じゃあ本物のキョン君をわざわざ復活させなくても良いんだね。ハルヒちゃんは自前のキョン君で満足したってことでしょ? だったら、コピーのキョン君にハルヒちゃんを説得して貰えば大丈夫なんだ。

 

「それは違います。新しい世界へは共に行けるでしょうが、恐らくコピーの彼に世界改変を止める事は出来ません。本物と同じように涼宮さんを説得しても、無意識で涼宮さんは彼が偽物だと理解してしまいます。そうなれば、こちらの世界へ連れ戻す事は叶いません。やはり、彼を復活させるのは必要不可欠です」

 

 メールで仲間に連絡し終えた古泉君が、やけに自信満々に言う。それも、ハルヒちゃんの心理カウンセラーがゆえの考察かい? 

 

『ハルヒちゃんの無意識って便利すぎない? なら、有希ちゃん。どうすれば本物のキョン君を戻せるのかな。生憎、僕個人じゃどうしようもないけれど』

 

 と。僕が古泉君の顔から有希ちゃんに視線を移した途端。小さな両手で、僕の右手を包み込んできた。何やら逆再生の音声みたいなものを高速で呟きながら。えっと、それを更に逆再生したら愛の告白になってたりする? 

 

「これで、貴方が閉鎖空間に侵入すると同時に彼を呼び戻せる」

 

 何やら得体の知れないデータを僕に上書きしてくれてたみたい。閉鎖空間内で本物のキョン君を復活させるには、そもそも僕が中にいないと駄目ってこと? けど、それって意味ないよね。だって僕には閉鎖空間に入る術が無いんだし。

 

 有希ちゃんは首だけで古泉君を向いて

 

「古泉一樹。貴方達の力を球磨川禊に一時的に付与する必要がある」

「そうですか。これは、いよいよ球磨川さんと彼に世界を委ねなくてはなりませんね。断ったところで、この力はいずれ消えるだけですから構いません」

「……そう」

 

 今度は古泉君と握手して、また有希ちゃんは僕の手を握る。

 

「これで貴方は敷地内へ進入可能。以降は、こちら側と意思の疎通は出来ない」

『随分とあっけないラスボス前のセーブポイントだね』

 

 手を握る。ただこれだけでスキルが譲渡出来るだなんて、やっぱり宇宙人って進んでるね。

 

「禊ちゃん。もし本物のキョン君に会えたら、白雪姫って知ってますか? って伝えてくれる?」

 

 ハルヒちゃんの説得に失敗すれば、みくるちゃんともこれが最後の会話。未来の君には監禁されたり自室に入り込まれたり、随分とお世話になったものだな。

 

『キョン君がハルヒちゃんを説得する為のキーワードかい? 承知したよ!』

「……球磨川さん。よろしくお願いします」

 

 古泉君が珍しく目を見開いていた。本当は自分が閉鎖空間に入りたいんだろうけれど、僕が行かないことにはキョン君も復活しないから渋々って感じだね。

 

 宇宙人、未来人、超能力者。風変わりな部活仲間に見送られて僕が敷地内に入れば。いつか古泉君に連れていかれた音のない空間が広がっていた。校門を振り返っても、もうみんなの姿は見られない。

 

「ここは……? 部室じゃないのか。ていうか、閉鎖空間……か?」

 

 すると。僕の数メートル先に、いきなり本物のキョン君が出現した。ドラクエのマップに沸くモンスターみたいな現れ方だねっ! 

 

『おはよう、キョン君。どうやら世界は滅ぶ一歩手前みたいだぜ?』

「球磨川!? なんでお前が閉鎖空間にいる。なら、古泉も一緒なのか? 世界が滅ぶってのは一体……」

 

 部室で僕に消されたところで記憶は終わってるみたいだな。

 

『ハルヒちゃんがいよいよ、新世界の神になるってことさ。それを阻止するかどうかは君に委ねられてるらしい』

「……ちょっと待て。何故さっきまで団活していたのに、いきなりそうなるんだ」

 

 眉間を摘み、目を瞑るキョン君。彼からしたら、場面も時間も飛んでいるようなものだからね。混乱するのも無理はない。

 

『この空間には僕らとハルヒちゃんしかいないんだ。有希ちゃんに古泉君、みくるちゃんは閉鎖空間の外で応援してくれているよ』

「まるで理解出来ん。しかし、だとしてどうすれば良い? 俺にハルヒを止めるなんて、どう考えても荷が重いんだが」

 

 確かに。僕も流れでここまで来たけど、実際に本物のキョン君がどうやってハルヒちゃんを説得するのかまでは聞けていなかったな。……いや、そう言えばみくるちゃんがヒントをくれていたっけ。

 

『みくるちゃんから君に伝言だよ。多分、ハルヒちゃんを止める為のキーワードらしいんだけど』

「朝比奈さんから? なんだって」

 

 キョン君が校門の方を見つめる。空間は違えど、その先にいるであろうみくるちゃんを求めて。

 

『シンデレラって知ってますか? だって』

「シンデレラ……? そりゃ知ってるが。朝比奈さんは他には何も言ってなかったのか」

『ハルヒちゃんに誓って、これだけだったよ』

「……そうか」

 

 知らない人の方が少ないんじゃないかって問い。これが本当に世界を救うヒントなのかな。とりあえず伝えてはみたけれど。未来人が言うことなんだから、きっとこれで大丈夫だよねっ! 

 肝心要のキョン君が全然ピンと来てなさそうなのが少し引っかかる気がしなくもないけど。

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