Fate/betrayal   作:まーぼう

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 その少年は独りだった。
 少年には他人がとても小さく見えた。
 人とは、優れた者をただ羨むだけ自己を高めることはせず。
 はぐれ者をよってたかって突つき回し、傲慢に見下す事で安心を得る。
 善意は見返りを得る為の代価であり。
 惰弱な己を守る為に無価値な悪意を撒き散らす。
 そんな哀しい存在だと考えていた。
 無論、世の全ての人間がそうだとは思ってない。が、少なくとも少年は例外を見たことが無かった。
 そうして他人を憐れんで少しの時間が経った頃、己の行為もまた憐れな他者と変わらないと気が付いた。
 それから少年は己を律することに腐心するようになった。
 自分は他人を愚かと、紛い物と断じた。ならば自分は本物でなければならない。それが責務だ。
 だから少年は本物で在ろうと、ただひたすらに自制し、自律し、自戒し続けた。
 その間も無数の悪意は少年の元に集まり続けたが、それもまた人の弱さ故と赦そうとし、その考えすらも傲慢と打ち消した。
 そうして他人の悪意をその身に受け続け、己の善意を否定し続けて。
 ふと気が付けば、少年は善意というものを理解出来なくなっていた。


闇闘

 少し派手に動き過ぎた。

 深夜の路上で我に返り、ようやく少しだけ悔いる。日課の魔力集めの帰りのことだ。

 今の姿はローブでも制服でもなく、やや派手目の若者風の出で立ち。傍目からは夜遊びの学生にしか見えないだろう。

 今までとにかく目立たぬ事を最優先に行動してきた。

 大きな霊脈からごく小さな支流を作って工房に繋げたり、隠蔽した結界を敷いて道行く人々から少量の魔力を吸い上げたりだ。

 効率は極めて悪いと言わざるを得ないが、それでも着実に、誰にも気付かれないように力を蓄える事に成功していた。

 だが昨日今日と、併せて数十人の一般人から多量の魔力を奪い前後不覚に陥らせてしまった。

 別に急いで魔力を集める必要があったわけではない。

 感情を制御出来ずに、ついやり過ぎてしまっただけ。要するにただの八つ当たりだ。

 死者は出ていないものの、お陰でニュースに取り上げられるなど結構な騒ぎになってしまっている。明日の朝はさらに騒がしいことになるだろう。

 一応集団ガス中毒という扱いになってはいるものの、少し勘の良い人間ならそんなものではない事などすぐに気付くだろう。

 そして気付いた者が魔術師なら、いや、魔術の存在を知る者であれば、これが魔術絡みである可能性に思い至る筈だ。おそらくは比企谷八幡も。

 

 あの男を思い浮かべ、また感情が昂る。落ち着け、失敗したばかりだぞ。

 

 高揚しかけた気を無理矢理鎮める。

 頭を振って一度深呼吸。よし、大丈夫だ。

 少し早いが今夜はもう帰ろう。無関係な他人に目撃される事は無いとは思うが、他のマスターが事件を調べている可能性は低くない。興奮していた間に出くわさなかったのは幸運とすら言える。

 そう考えて、一歩踏み出したその時だった。

 

 とすっ。

 

 そんな軽い音が肩の辺りから聴こえた。

 何事かと振り返ろうとして――膝が抜ける。

 

「――!?」

 

 受け身も取れずにうつ伏せに倒れる。が、地面に激突した痛みすら感じない。

 首をひねって自分の肩を見る。たったそれだけの事に途方もない労力を費やしどうにか目をやると、そこには一本のナイフが突き立っていた。

 

「……あ……」

 

 左の肩甲骨の辺りに刺さった、真っ直ぐな両刃の短剣。それを見て声を漏らす。

 悲鳴を上げられない。小さな呻きしか出ない。痛みどころか全身の感覚が無い。

 おそらく、いや、間違いなく毒。それもサーヴァント相手に有効な毒となると、扱う者はごく限られる。

 その最有力の候補は言う間でもない。

 首をそのままに眼球だけを動かして視界を移動させると、ほんの数歩離れたところに、黒衣にドクロの仮面を纏った痩身の男が立っていた。

 

(アサシン……!)

 

 その言葉が思わず口を突きそうになり、しかし毒によって阻まれる。お陰で聖杯戦争の関係者だとは知られなかったかもしれないが、この状況では感謝する気も起きない。

 アサシン(仮定)は何をするでもなく、こちらを見ながら首を傾げていた。

 

(何をしている……?)

 

 この状況で止めを刺さない理由が分からない。

 なぶるつもりなのかとも思ったがそんな気配もなく、ただ倒れた私を見下ろしている。

 ……もしかすると、私がサーヴァントだという確証があって襲ったわけではないのかもしれない。

 隠蔽は今だに効いているし、外観からは人間と見分けが付かない筈だ。

 だとすると、今はマスターに指示をあおいでいるのだろうか。だとすれば見逃される可能性も……

 

 アサシンを見て、ただ待つ。ほんの僅かな時間が、数十分にも感じる。

 途方もなく永い数秒が過ぎ、アサシンは一つ頷くと――――どこからともなく、右手にナイフを現した。

 アサシンのマスターは私を始末する事に決めたらしい。

 当たり前だ。無関係な相手でも、目撃者は消す。魔術師としてごく標準的な判断だ。私でもそうする。

 

「ぐ……!」

 

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ!こんなところで消えたくはない!

 

 痺れすら感じない身体を無理矢理動し、這って少しでも逃れようとする。

 しかし、当然ながらそんな事で逃げられる筈もなく。

 アサシンはゆっくりと私に歩み寄り、小さく右手を振り上げると――――

 

 

 いきなり弾け飛んだ。

 

 

 アサシンは、後方から飛来した光に胸を貫かれて吹き飛び、数回転も転がってからようやく動きを止めた。

 どう見ても即死だった。

 実際アサシンは身体を構成する魔力がほどけて、光となって溶けるように消えていく。

 慌てて後ろを確認しようとするが、またも毒に阻まれる。

 それでもどうにか振り向くが、人影らしきものはどこにも見当たらない。

 瞬時に姿を隠したのでなければ、視界が及ばぬ程の長距離からの狙撃という事になる。

 ちなみにキャスターの身体能力はほとんど人間並みではあるが、それでもサーヴァントだけあって平均よりは大分高い。特に視力に関しては比較にもならない筈だ。動体視力はともかく。

 その私に見えないとなると、下手をすれば一キロ以上離れた距離からの攻撃という可能性もある。そんな真似が出来るとなるとアーチャーくらいだろう。

 頭を働かせられるのもそこまでだった。

 私は考えながらも這い続けていた。

 状況だけ見れば助けられた形になるが、実際には驚異がアサシンからアーチャーに切り替わっただけだ。次に私が射たれないという保証はどこにもない。

 しかし匍匐前進は思ったよりもはるかに体力を消耗する。アサシンの毒も今だに効いており、意識も朦朧としてきた。

 それでも身体を無理矢理動かして、せめて物陰に入ろうとする。

 冷静に考えれば、私を始末するつもりならとっくにそうしていただろう。が、今の私にはそこに思い至る余裕が無い。

 何より『大丈夫かもしれない』では、命を預ける根拠としては弱すぎる。射界内でじっとしている理由にはならない。

 どうにか角を曲がる。そこが限界だった。

 身を起こす事も出来ずに倒れ伏す。

 意識を手放さなかったのは、奇跡ではあっただろう。何の役にも立ちはしないが。

 ヒュウヒュウという空気の漏れるような音は自分の呼吸だろうか。それすらも分からない。

 死体のように道端に転がって、どのくらいの時間が経った頃か。いや、実際にはそれほどのものではないだろうが。

 不意に、ジャリ、という砂を踏む音が聞こえた。

 頭上、もとい頭の先。つまりは進行方向からだ。

 アーチャーが止めを刺しに来たのかもしれない。

 

 ここまでか……

 

 死の恐怖を通り越し、死の覚悟が胸に去来する。

 もう疲れた。

 満足はしていないが、それでもこの時代での生活は楽しいものだった。少なくとも一度目の人生に比べればずっとマシだ。ならばもう良いかもしれない。

 心残りは……

 

「……何やってんだお前は」

 

 今まさに思い浮かべた声が実際に耳に届き、沈みかけた意識を浮上させる。

 目に飛び込んで来たのは素足にサンダル。

 そこに立っていたのは、パジャマの上にジャケットを羽織った目の腐った男だった。

 

「マス……ター……?」

 

 比企谷八幡はしゃがみこみ、血に染まった私の肩に手を触れる。アサシンが消滅した為か、抜いた覚えの無いナイフは消えていた。

 

「動けないのか?」

 

 頷こうとしたがそれも出来ない。マスターはそれを察したか、私の身体の下に手を差し入れて上体を起き上がらせた。

 

「とりあえず帰るぞ。話はそれからだ」

 

 そして動けない私を器用におぶると、立ち上がって歩き出した。

 

「……こういう……時は……お姫さま……」

「んな疲れる真似が出来るか。俺は運動神経には自信があるが筋力体力は平均だ」

「……私は……そんなに……重く……」

「いくら軽いっつっても40キロはあんだろ。そんなもん腕だけで抱えてられっか。……冗談言う余裕があんなら大丈夫だな。ちょっと休んでろ」

 

 確かにもう限界だった。その言葉に甘えさせてもらおう。

 そうして比企谷八幡の背中に頭を預け、冬場に出歩く姿として薄着過ぎる事に気が付いた。

 この男が何故ここにいるのか。

 令呪のリンクによって私の危機を察し、慌てて駆け付けたのだと今更ながら気付く。

 

「……こんな……格好で……風邪……ひきます……よ……?」

「……寝てろっつったろ。お前に言われる筋合いだけはねえよ」

 

 普段通りの会話が出来た事に安心を覚えたか、その会話を最後に。

 私は今度こそ意識を手放した。


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