Fate/betrayal   作:まーぼう

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 やめてください。やめてください。


「どういうことだ、これは!」

 ごうごうと渦巻く熱気の中、夫の怒声が響く。

「誰がここまでやれと言った!これではなにもかも台無しではないか!」

 城は、炎に包まれていた。
 人も。財宝も。なにもかも。


 やめてください。やめてください。


 王女は私の贈ったドレスで式に出た。そのドレスが炎で出来ているとも知らずに。
 式の最中で魔術は解け、ドレスは炎へと戻り全てを包み込んだ。
 全て夫の指示の通りに行った事だ。
 糸の一本一本が炎で出来たドレス。その全てが一度に炎に戻ればどれ程巨大になるか。
 自明の事だとは思うのだが、夫は考えもしなかったらしい。

「美しいからと目を掛けてやった恩を仇で返しやがって!まさか嫉妬か?生意気な!」


 やめてください。やめてください。
 私から全てを奪った男なのだとしても。憎い仇なのだとしても。
 私にはもう、あなたしか残されてないのです。


「図に乗るな、薄汚い魔女が!俺は、貴様を愛した事など一度も無い!」



 ずぶり

 

 さして大きくない筈のその音は、騒音の中で、いやにはっきりと耳に届いた。
 夫は己の腹を、そこに突き刺さった剣を茫然と見下ろし、それを握る私に驚愕の表情を向け――――そのまま崩れ落ちた。

 それが夫の、誉れ高き勇者イアソンの、あっけない最期だった。


契約

「さって、フリートークタイムといきますか?」

 

 からかうように言う俺に、二対の敵意に満ちた視線が突き刺さった。うっお、超コエー!

 余裕ぶっこいてはいるが、内心では冷や汗ダラダラである。

 気取られるなよ比企谷八幡。お前の手札でコイツらに通用するのは、ハッタリだけなんだからな。

 視線は、俺の仕掛けた秩序の沼にはまっているセイバーと、三歩ほど離れた所で転がされている遠坂凛のものだ。

 その迫力は凄まじく、自分が圧倒的優位に立っているにも関わらず土下座したくなるレベル。つーか美人ってなんでこんなに怖いの?もうヤダ、戸塚が恋しい。

 ちなみに足下の衛宮は怖くもなんともない。

 なんでだろ。なんとなく同族の気配を感じるからだろうか。主に身近な女に対して頭が上がらないところとか。

 

「とりあえずはお前らにかけた呪いから説明しようか、気になってるだろうしな。内容は至ってシンプルだ。俺が死ぬと衛宮と遠坂も一緒に死ぬ。OK?」

 

 俺の言葉に衛宮とセイバーが瞠目する。しかし遠坂は動揺を押し隠し、別の事を口にした。

 

「……わたし達の事は先刻承知ってわけね。目的は何?」

 

 状況を理解してないわけでもないだろうに、むしろ挑むような目を向けてくる。口元にはニヤリとした笑みを浮かべて。へえ?

 

「俺とちょっとばかり契約を結んで欲しい」

「契約?」

 

 衛宮が訝しげな表情を浮かべる。

 

「んな警戒すんなよ。契約つっても別に魔法少女になれとか言うわけじゃねえから」

「はぁ?何言ってんの、あんた?」

 

 遠坂からバカを見るような目で見られた。

 

「俺、そもそも男なんだけど……」

 

 衛宮に素で首を捻られた。

 

(八幡様、日本人が全員アニメ好きという前提で会話するのは如何なものかと)

 

 メディアからわざわざ念話でダメ出しされた。

 あれー?おかしいなー。まどマギの視聴は法律で定められた義務だと思ってたんだけど。

 ともあれ俺は後を続ける。

 

「契約ってのはだな、お前らで俺を守ってくれってことだ」

「守る?」

「ああ。ぶっちゃけ俺達だけで生き残るのは難しそうなんでな。守ってくれる奴が欲しかったんだわ」

 

 衛宮と遠坂は俺の言葉に顔を見合わせる。そこにメディアから念話が入った。

 

(八幡様、予定と異なりますが)

(プラン変更だ。こいつらを戦力として取り込む)

(危険です)

(こいつらの力は俺が想定してたより大分高かった。他のサーヴァントもこの調子だと最後まで持たん。早い段階で手を打つ必要がある)

(しかしこの呪いは……)

(分かってる。それでもやるしかねえ)

(……了解しました)

 

 不承不承といった気配を撒き散らしつつも念話が切れる。

 当初の予定では、呪いを楯に二人に令呪を使わせるつもりだった。令呪でサーヴァントを自決させる手筈だったのだ。

 今の俺は、メディアの身体強化によってべらぼうにパワーアップしている。今ならレスラーくらいなら、比喩ではなく片手で捻り潰せるだろう。コンクリ握り潰せるとかおかしいもん。

 勿論本当に戦うつもりなど無かった。だけど保険も用意してあるし、ぶっちゃけ普通に戦って勝てんじゃね?とか思ってた時期もありました。

 その無謀な自信はあっさりと瓦解した。

 おそらくこの二組は、俺達以外の敵からも監視されてるだろう。となれば、次はその敵に襲われる事になる。

 そうやって襲ってくる相手を、罠に誘い込んで各個撃破していくつもりだったのだ。

 しかしセイバーの速さは俺の想像を超えており、それを見た瞬間に悟ってしまった。あ、こりゃ勝てねえわ、と。

 そんなわけで他のサーヴァントの戦力予想値を上方修正したんだが、これだとどう考えても途中で死ぬ。と言うか次勝てるかも怪しい。またもや計画を変えるしか無かった。

 ちなみに計画なんて上手く行かなくて当たり前とは言ったが、予備プランは必ず悪い方向に転がったパターンを想定しておくべきだ。

 お役所なんかだとこういう時、無理矢理自分側のキャパに納まるように計算し直すらしいけど、懸かってるのは自分の命。修正値を小さくする意味なんか無いし、下方修正なんて論外だ。計算だけで安心する、なんてわけにはいかない。

 ともかく戦力の補強が急務となり、呪いをかけるところまで成功したので味方に引き込むことにしたわけだ。

 こいつらとしても、生き残る為には俺を護らざるを得ない。この契約は100%成立する、筈なのだが……

 

 実はこの呪いには、一つ重大な欠陥がある。

 イモ判のアイディアを使う為に、いくつかクリアしなければならない問題があった。

 まず強度。

 呪いも魔術の一種だ。力付くで破る事も可能らしい。そうなってしまうと脅しが成立しない為、これは絶対に必要だった。

 次に、扱うのが俺だということ。

 魔術回路を持たない俺が、儀式を省略して呪いをかける為にはそれなりの細工が要る。

 その二つを同時にクリアする為には、別の何かを犠牲にする必要があった。そこで選択したのが効果期間である。

 かくして誰にでも簡単に呪いをかけられるスペシャルなイモ判が完成したわけだが、その効果は僅か二日と極めて短いものになってしまった。メディアが危惧しているのはその事だ。

 この場で倒すだけなら十分だろうが、隷属させるとなると呪いが切れてからも騙し通さなければならない。ぶっちゃけリスクが高すぎる。

 しかしそれでもやらなければならない。

 現在俺達が情報を掴んでいるマスターはこの二人だけで、次の戦いがここまで上手く行く保証など何処にも無い。

 それにこいつらを味方に付けることが出来れば、自陣のサーヴァントは7人中3人。アサシンが倒れている今、全体の戦力の半分を保有する事になり、安全度は格段に上がる。

 呪いそのものは本物だし、期間のことは上手く擬装するとメディアが言っていた。調べられても問題は無い筈だ。やってやれないことは無いとは思うが……

 

「人に何かを要求するのであれば、名くらい名乗るのが筋というものではないか?」

 

 暗い廊下に凛とした声が響く。今まで黙っていたセイバーのものだ。ぶら下がったままなので格好はつかないが。

 

「……そゆこと言える状況だと思ってんの?」

 

 セイバーは俺の言葉に答えず、真っ直ぐに睨み付けてくる。あまりに真っ直ぐすぎて、つい目を逸らしてしまう。

 怖い怖い怖い。なんでそんな真っ直ぐ人の眼見れんだよ。いや、別にいいけどさ。

 

「……比企谷八幡。予想は着いてると思うが、キャスターのマスターだ」

 

 とりあえず名乗る。今さら知られて困るもんでもないし。別に迫力に負けたわけじゃないよ?

 

「……比企谷、一つ聞かせろ」

 

 今度は衛宮だった。

 

「いやだからさ、質問とか出来る立場だと思って」

「新都の集団ガス中毒事件、あれはお前らの仕業か?」

 

 えー?人のセリフぶった切って質問してきましたよこの人?ちゃんと言葉のキャッチボールしようぜ。じゃないと俺みたいになっちゃうよ?

 

「……まあ、そうだな」

 

 とりあえず肯定する。

 正確にはメディアが無断で行った事だが、あいつの管理責任は俺にある。こいつらにしたって敵のマスターとサーヴァント間の不和など知った事ではないだろう。

 衛宮は俺の言葉を受けて、さらに質問を重ねてきた。

 

「なんであんな事をした?あの人達がお前に何かしたのか?」

「いや別に。なんでって言われると、力を蓄えるため、としか答えようがないが」

「……自分の都合の為に無関係な人間を犠牲にしたっていうのか」

「いやまあ、そう言われちまうとその通りなんだが。……え?そんな非難されるような事か?」

「当たり前だろ!何人入院したと思ってるんだ!」

「まあ確かに倒れるまで吸うのはやり過ぎだし、入院した人達には悪い事したと思うが、あれって二日くらい寝てれば回復するらしいぞ?」

「下手したら死んでたかも知れないんだぞ!」

「でも死んでないよな?あいつも死人だけは出さないように気をつけてたみたいだし、いくらうっかりがあってもそんなヘマはしないだろ」

「そういう問題じゃないだろ!?」

「んじゃどういう問題だよ?言っとくが魔力を集めてたのは身を護る為だぞ。黙って殺されろとでも言うつもりか?実際あれで集めた分の魔力が無けりゃお前らにだって負けてたしな」

 

 俺の言葉に衛宮が押し黙る。さすがに死ねとは言えないらしい。

 でも言えちゃう奴も世の中には結構居るわけで。

 

「詭弁だ!」

 

 セイバーだ。

 

「貴様が言っているのはただの結果論でしかないだろう!己の保身の為に無関係な者達に手をかけたのは事実!貴様のような姑息な男と手など組めるものか!」

 

 だから状況考えてもの言えよ……。なんつーかさすがは英霊様だ。言動がモロ主人公。

 まあ考えてみたら正真正銘の英雄なわけだしな。しかも剣の英霊とくれば物語の主人公みたいな性格してても不思議じゃない、というかむしろ主人公のモデルになる側じゃないだろうか。

 そんなセイバーから見れば、俺はさしずめ邪悪な魔女の手下Aってとこか。

 でもな?端役は端役でも、物語と違ってちゃんと生きてんだぜ?

 

「結果論はお互い様だろ?お前らだって自分の都合の為に俺らを殺しに来たんだろうが。同じ事だろ?」

「同じなものか!魔術師同士の争いは魔術師だけで片を着けるべきだろう!自身の力で堂々と戦おうとは思わないのか、卑怯者め!」

「それじゃ勝ち目が無いからこういう手を採ったんだろうが。つうか卑怯って……あのな、確かにそうなるように誘導はしたが、仕掛けてきたのはあくまでお前らだぞ?しかも二対一。それで負けたら卑怯呼ばわりってどういう事よ?何?確実に勝てる勝負じゃなきゃ納得しない人?」

「誇りは無いのかと言っている!」

「あるわけねーだろそんなもん。アホかテメーは」

 

 このセイバー、監視してる時からなんか気に入らなかったんだが、ようやくその理由が分かった。

 こいつあれだ。葉山と同じ種類の人間なんだ。

 どこまでも有能で、どこまでも正しい。そして正しいだけのアホだ。

 

「いやさ、格好良いと思うよそういうの。いや、皮肉じゃなく。命をかけて誇りを護る。尊敬するし、正直憧れる」

 

 俺はぼっちだ。ぼっちは大抵オタクだ。マンガもアニメも大好きだ。

 そしてそうした物で描かれる物語は、多くの場合、正しい人間が間違いを正す話になる。バトル物だろうが恋愛物だろうが、そうした要素が含まれる。

 だからオタクは、多かれ少なかれ正しさに憧れるものだろう。だけど現実はそんな単純じゃない。正しい程度の理由で間違った人間を踏みにじって良い筈がない。

 

「でもな、そりゃあくまでお前の価値観だろうが。世の中にゃ誇りより命の方が大事って奴の方が多いんだよ。押し付けてんじゃねえ」

「逆だ!命のやり取りであるからこそ、犯してはならない理念がある!戦士が誇りを失えば、戦場はただの地獄と化すのだぞ!」

 

 ……うん、ちょっと聞き捨てならない。今の言い方だと戦場が地獄よりマシみたいに聞こえる。

 

「なあ騎士様よ。誇りも名誉もいいけどよ、そりゃ人を殺してまで護らなきゃならん物なのか?」

「……なんだと?」

 

 それまで俺を糾弾するだけだったセイバーの声に、初めてそれ以外の色が混じる。言葉にするなら戸惑いだろうか。

 

「お前が言ってんのはよ、栄誉や栄光を護る為なら人を殺しても許されるって事だよな?」

「……我が前で騎士道を愚弄するか!」

 

 ああ、させてもらうね。

 セイバーは俺達を殺しに来た。それは聖杯を手に入れる為だろう。

 しかしセイバーは、我欲の為に他者を手にかける事を否定し、その上で自らの行いを、誇りや栄誉といった綺麗な言葉で誤魔化した。ならばそれは欺瞞だろう。

 俺はオタクだ。だから正しさに憧れる気持ちはある。

 しかし俺は、オタクである前にぼっちだ。

 ぼっちとは間違えし者。正しさから外れし者。

 ならば、正しさを振りかざし、間違いを踏みにじる者とは戦わなければならない。

 

「なぁ、one for allって言葉、どう思う?」


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