Fate/betrayal   作:まーぼう

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脅迫

「なぁ、one for allって言葉、どう思う?」

 

 比企谷と名乗った目の腐った男。そいつがいきなり口にした質問に、セイバーは面食らっていた。

 無理も無いだろう。脈絡が無さすぎる。

 

「衛宮、お前はどうだ?」

 

 セイバーが固まったのを見てか、比企谷は俺に水を向けてきた。

 

「……良い言葉だと思う。一人はみんなの為に。結構好きだ」

「ま、そう思うよな」

 

 比企谷は俺の返答に、肩をすくめてあっさりと同意する。しかし何故だろう。その声にはどこか呆れのようなものが感じられた。

 

「……一体何が言いたい」

 

 セイバーもそれを感じ取ったのだろう。苛立ったように先を促す。

 

「いや、良い言葉だと思うぜ?俺も。誰かの為に率先して動ける。立派だよな」

 

 比企谷はそこで一度言葉を切る。そして冷めた声で、改めて言った。

 

「……でもよ、それを他人に押し付けんのは違うんじゃねえか?」

 

 ……いや、何言ってんだこいつ?

 

「押し付けるってなんだよ?俺達がいつそんな事したってんだ?」

 

 聞き返す俺に、比企谷は冷めた目を向けて口を開いた。

 

「お前らは俺達を『退治』しに来た。そうだな?」

「……ああ」

「なんでだ?」

「それはお前らが無関係な人達から魔力を奪っていたから……」

「さっきも言ったがキャスターが魔力を集めていたのは身を護る為だ。昨日と一昨日はやり過ぎちまったが、普段はほんの少し、疲れを感じる程度にしか奪ってない。はっきり言って動物を殺して食う人間よりよっぽど平和的だ」

 

 なんだって?

 

「ちょっと待て。しばらく前から連続してる新都の意識不明事件、あれはお前らの仕業じゃないのか?」

 

 俺が聖杯戦争に参加する事を決意したのは、その事件がサーヴァントの仕業らしかったからだ。今夜ここに来たのも犯人の尻尾を掴んだと思ったから、だったのだが……。

 比企谷は俺の質問にキョトンとすると、少し考え込んでから口を開いた。

 

「……どうもお互い誤解があったらしいな。それについては後で改めて話し合おう」

 

 どうやら別口だったらしい。いや、本当かどうかは分からないが。

 

「まあともかくだ、お前達は『他人に迷惑をかける悪者』をやっつけにきたわけだよな。これ、要するに俺達に犠牲になれって事だろ?『みんな』の為によ」

「だからそれは無関係な人が犠牲になるのを見過ごせないから……」

「でも誤解だったんだよな?」

「それは……」

 

 確かにそうだ。もしかしたらこの比企谷を、間違いで死なせていた可能性もある。

 

「ああ、別にそれは気にしなくていいぜ?逆の立場なら俺だって同じように考える。つーか疑わない方がおかしい」

 

 言葉に詰まる俺に、比企谷がそう言う。

 

「だけどな、だからって勝手に悪と決め付けて、一方的に責任押し付けるってのはどうなんだ?ま、それが正義だって言っちまえばそれまでなんだろうが」

「……」

 

 俺は押し黙るしかできなかった。

 比企谷の言う事を認める気にはならない。だけど、否定する事もできない。

 俺は正義の味方を目指していた。いや、今でも目指している。正義の味方となって、全ての人を救いたかった。

 子供の頃はそれだけで良かった。だけど成長するにつれ、自分の夢が矛盾を抱えている事に気付いてしまった。

 正義が成り立つ為には悪が要る。正義の味方が誰かを救う為には、退治される悪という犠牲が必要になる。

 正義の味方では、全てを救う事は出来ないのだ。

 

「別に自分の目的の為に他人を蹴落とすのは構わないと思うよ。そんなの誰でもやってる事だ。いや、もちろん殺されるのはゴメンだが」

 

 比企谷は軽い調子でそう続ける。

 

「だけど一方的に殺された挙げ句に正義なんて綺麗事で正当化されたら、さすがに黙ってらんねえだろ。ま、ホントに殺されたら黙るしかねえんだけどな」

 

 比企谷の立場を考えれば、激昂していてもおかしくない筈だ。それなのに比企谷は、むしろ静かに諭すような声音でこう続けた。

 

「まぁ、グダグダ語っちまったけど、あんま難しく考えんな。こっちは単に死にたくないってだけだからな。聖杯はお前らに譲るから守ってくれ」

 

 非は完全にこちらにある……ような気がする。

 自分が優位に立っているにも関わらず、利益を手放すとも言っているのだ。本当に他人に危害を加える気はないのかもしれない。

 もしかしたら、聖杯戦争には望んで参加したのではなく、偶然巻き込まれただけなのかもしれない。――俺と同じように。

 ならば、同じ境遇の者同士で助け合うべきなのかもしれない。

 俺は、比企谷の誘い――脅しではなく頼みだ――に答えた。

 

 

 

「……済まない。お前達と組むことはできない」

 

 

 

「――い……いやいや、何言ってんのお前?」

 

 僅かな沈黙の後、比企谷が慌てたような声を上げる。

 

「言った通りだ。俺達はお前と同盟を組むことはできない」

「だから何言ってんだよ。状況解ってんのかオイ」

 

 予想外の返事だったのだろう。平静を取り繕おうとしてはいるが、比企谷は明らかに動揺していた。

 

「……なぁ、ちゃんと考えろよ?つうか考える余地ねえだろ。俺が死ねばお前も死ぬんだぞ?」

「……分かってる」

 

 比企谷を護る事は自分を護る事とイコールだ。逆に比企谷を放置するのは自分の急所をさらけ出すのと同じ事だ。それは分かってる。だけど、

 

「俺はもう、他のマスターの誘いを断ってるんだ。だから、お前と組むことはできない」

 

 そう、俺は既に友人である慎二からの同盟の誘いを断っているのだ。もう遠坂と組んでいるからという理由で。

 それを差し置いて、別の相手と組むわけにはいかない。それは裏切りになってしまう。

 

「いやだから状況考えろよ!?懸かってんのはお前の命だけじゃねえんだぞ!?」

 

 比企谷はとうとう顔色を変えて声を荒げる。

 遠坂には悪いと思う。だけど……

 

「……あいつは、色々問題のある奴だけど、それでも友達なんだ。裏切るわけにはいかない」

「こ、この野郎……!」

 

 比企谷は絶句してしまった。その比企谷に、セイバーが声をかける。先程までとは違い、既に冷静さを取り戻していた。

 

「当てが外れたようだな」

「あぁ!?」

「シロウが最も与し易いと踏んだのだろう?残念だったな」

 

 ぎしり、と歯ぎしりして、比企谷がセイバーを睨み付ける。

 

「……テメェ、分かってやがったのか?こいつがこういう奴だって」

「いや。考えの足りない人間だとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった」

 

 比企谷は舌打ちすると、再び俺に顔を向けた。……あれ、俺今セイバーにバカって言われた?

 

「オイ、もっかいよく考えろ。こんなもん裏切りになんねえだろ。同盟が嫌なら手下でも保護者でも好きな言葉に……」

「その位にしておけ」

 

 矢継ぎ早に紡がれる比企谷の言葉を、セイバーが断ち切る。

 

「うるせえ、今お前とは話してねえ」

「相手の弱点を的確に突き冷静さを奪う手管、不快ではあるが見事だ。濡れ衣を着せた非礼は詫びよう。呪いを解いてシロウ達を解放しろ」

「……あ?何言ってやがる。んなこと」

「貴様の底は知れたと言っている」

 

 セイバーの一言に、比企谷が動きを止める。

 しばらくの静寂の後、比企谷は絞り出すように言葉を吐き出す。

 

「……どういう意味だ」

「その程度のハッタリはもう通じないって意味よ」

 

 答えたのは、今まで沈黙を守っていた遠坂だった。

 

「あんたは今回、一見あたし達を圧倒したように見える。けど実はギリギリだったんでしょう?だからなんとしてでもあたし達を味方に付ける必要がある。でないと後が続かないから。違う?」

 

 え、そうなのか?

 比企谷は……答えない。

 

「呪いを解いて投降しなさい。そうすればあんたの安全は保証するわ」

「……なんでそっちが投降呼び掛けてんだよ。どっちが優勢だか解ってんのか?」

「解ってないのはあんたよ」

 

 遠坂がぴしゃりと言い放つ。

 

「掛けられた呪いを調べさせてもらったわ。呪いは本物で、内容はあんたの説明した通り。呪いが効果を発揮するのはあんたが死亡した時『だけ』。なら、殺さなければいいだけの話よ」

「……逃げるって事か?他のマスターが俺を狙うとは考えねえの?」

「魔術師を舐めるなって言ってんのよ。人間を死なせないように『保管』する方法なんていくらでもあるの」

 

 遠坂の言葉に、比企谷の気配が変わる。

 

「死にたくないだけって言ってたわね。調度良いでしょう?今なら安全に聖杯戦争から降りられるわよ」

「……そりゃ、キャスターを差し出せって意味か?」

 

 なんだ……?脅しをかけられて、逆に冷静さを取り戻した?

 

「ええ、そうよ。キャスターの正体の当りはついてる。味方に引き入れる気はないわ」

 

 遠坂は構わずに続ける。だけど俺は、何か妙な不安を感じていた。

 

「令呪もサーヴァントも失ったマスターを、わざわざ捜し出してまで殺すような物好きは居ないでしょう。安心できないというのなら、聖杯戦争が終わるまであたし達で匿ってあげてもいい」

「……やっぱ無理か。慣れない事はするもんじゃねえな」

 

 比企谷は頭をボリボリと掻くと、大げさに溜め息を吐いてみせた。

 

「いや、お見事。どうにか弱味を見せないようにと頑張ったんだけどな、こんなあっさり見破られるとは思わなかったわ」

 

 ヘラヘラと笑いながら、やはり軽い調子で言う。

 それはタネを見破られた手品師のようでもあった。諦めたようにも見える。

 しかし、

 

「んじゃ、まどろっこしいのは止めだ。俺に従え。でなきゃ殺す」

「……ちゃんと聞いてた?言っとくけどあたしのはハッタリじゃないわよ」

「奇遇だな、俺もだ」

「ただの人間の力で魔術師に敵うと思ってるの?」

「試してみりゃ分かるさ」

「お……おい、落ち着け、比企谷」

 

 比企谷は俺には見向きもせずに遠坂を睨み着けている。

 

「……いい加減にしておきなさい。こっちが妥協してあげてるってのが」

「遠坂、ダメだ!」

 

 思わず止めていた。

 

「衛宮くん……?」

 

 遠坂は比企谷の変化に気付いてない。いや、気付いてはいるのだろうが、比企谷を甘く見てる。

 比企谷は俺にチラリとだけ視線を向けると、また遠坂に向けて口を開く。

 

「分かってねえのはお前の方だよ、やっぱ。忘れてんのかも知れねえが、こっちはまだキャスターを出してないんだ。ただ始末するだけなら難しい事じゃない」

 

 さっきまでとはまるで違う、ほとんど交渉とは呼べない強硬な態度。豹変した比企谷を見て、さっきの違和感の正体にようやく気付いた。

 きっとこいつの本質は敗北者なんだ。

 さっきまでみたいな相手の上に立って進めるようなやり取りは、多分こいつの苦手とするところなのだろう。それがセイバーと遠坂に追い詰められて、本来得意とする土俵に立たせてしまった。

 こいつに脅しは通じない。

 こいつはきっと、劣勢でこそ強さを発揮するタイプ。捨て身こそが比企谷のスタイルなんだ。

 このまま行けば、多分本当に殺される。負けないかも知れないが、確実に死人が出る。

 

「落ち着け比企谷。遠坂はこういう事で約束を破る奴じゃない。投降すればちゃんと助かる」

「キャスターを生け贄にしてな」

 

 その一言に、俺は固まる。

 

「さっきのone for allの話な、確かに交渉の為のブラフではあったんだけどな、まるきりの出任せってわけでもねえんだわ」

「……お前、もしかして自分のサーヴァントの正体を知らないのか?」

 

 キャスターの正体は、遠坂の予想が正しければかの『裏切りの魔女』だ。

 そうであれば、キャスターは自分のマスターに対してでも正体を隠したがる筈。比企谷が知らないということは十分に有り得る。

 

「んなわけねえだろ。味方のスペックも把握しないで戦うアホが居るか」

 

 しかし比企谷はあっさりと否定した。……俺、セイバーの真名知らされてないんだけど。

 

「……じゃあ、正体を知った上で信用してるって言うのか?」

「別に信用なんかしてねえよ。さんざっぱら引っ掻き回されてウンザリだ。こっちゃ平穏無事に生きたいだけだってのによ」

 

 本当にうんざりした様子で言う。

 

「でもまあ、なんだ。……ムカつくんだよ、お前ら」

 

 これまでで一番凄みのある声。

 要するにこいつは、自分だけではなくサーヴァントも護ろうとしているのだ。

 サーヴァントはマスターの為の駒だ。道具だ。魔術師であるならそう認識するべきだ。

 替えの利かない貴重なものではあるが、それでもサーヴァントを護る為にマスターを危険に晒すなどおかしい。間違いですらある。

 だけど、それが出来ない人間だっているだろう。それはよく分かる。俺もそうだから。

 

「……言いたい事は分かったわ」

 

 遠坂が表情を変えずに口を開く。

 

「それでも同盟は無しよ。後ろから刺される危険を犯すつもりは無いわ」

「……殺すっつったよな?」

「無理よ。マスターからも信用されないような相手を身内に取り込めるわけないでしょう。信用っていうのは自分の行動の積み重ね。ここで消えたところで自分の責任よ」

「なるほど、そりゃつまり……」

 

 比企谷は呟くと、左腕を振った。

 

「ここでお前が死ぬのもお前の責任ってことだよな?」

 

 袖から飛び出した『それ』を構えて、冷厳と告げる。

 

「お前、そんな物まで……!」

 

 比企谷が左手に持っているのは、黒い塊。人類の産んだ最凶の武器。

 

 拳銃。

 

 俺は銃には詳しくないが、前にニュースで見たトカレフというやつに似ている気がする。それを真っ直ぐ、遠坂の額に突き付けていた。

 しかし遠坂は態度を変えない。

 

「あたしは『無理』って言ったの。あんたにあたしを殺すことはできないわ」

 

 遠坂の視線は比企谷と、その足下の俺の後ろへと向いていた。

 

「要するに、時間切れよ」

 

 そこにはいつの間にか、赤い騎士、アーチャーが音も無く立っていた。


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