Fate/betrayal   作:まーぼう

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同盟

「さ、今度こそ王手よ」

 

 遠坂が冷徹に告げる。

 比企谷は遠坂に突き付けた銃口を下ろすことなく、顔だけを背後のアーチャーに向ける。

 

「状況は令呪を通して伝えてあるわ。アーチャーならその位置から銃弾を弾く事も出来る。打つ手は無いわよ、降伏しなさい」

「……だとさ。どうすんだ?」

 

 遠坂のその言葉を、比企谷はまるで他人事のようにアーチャーへと受け流した。いや、なんで敵に聞いてるんだ?

 アーチャーは目を閉じると深く溜め息を吐く。

 

「……条件は貴様達の護衛で間違いは無いな?」

「おう、俺は生き残ることさえ出来りゃ文句はねえよ。聖杯はお前らで好きにしろ」

「キャスターはそれで納得しているのか?」

「そっちは要相談だな。後で俺の居ない所で勝手に話し合ってくれ」

「……条件の後出しは受け付けんぞ」

「んな危ない真似しねえよ。いや、話の分かる奴が居てくれて助かったわ」

 

 俺達が呆然としてる間にトントンと話が纏められていく。

 最初に我に帰り、慌てて口を挟んだのは遠坂だった。

 

「ちょっ、アーチャー!何言ってんのあんた!?」

「聞いての通りだ。この男の軍門に降る。折角見逃してくれると言うのだから聞かぬ手はあるまい」

「だからっ!なんで降伏しなきゃなんないのかって言ってんのよ!?あんたがそいつをぶちのめせば済む話でしょ!?」

「残念ながらリン、そういうわけにもいかんらしい」

「ハァ!?どういう意味よ!?」

「臭いで分かるだろう。……ああ、そう言えば鼻をやられているのだったな」

 

 アーチャーの言葉に意識を鼻に集中する。催涙ガスでマヒしていたが、少しは回復していた。

 微かに嗅ぎ取れたのは、高校生には馴染みがあるとは言い難い、しかし誰もが嗅いだ事のあるであろう臭い。

 一度でも経験すれば忘れる事は難しい、独特の刺激臭。これは……!

 

「ガ……ガソリン!?」

 

 遠坂がほとんど悲鳴に近い声を上げる。

 

「なんで……いつの間に!?」

「衛宮に断られた時からだな。悪の秘密基地なら自爆装置はつきものだろ?」

 

 遠坂のそれは質問というわけではなかったのだろうが、比企谷はおちょくるように答えてみせた。今度こそ勝利を確信したのか、ヘラヘラした笑いを取り戻している。その比企谷に問いかける。

 

「……どうして、てかどうやったんだ?そんな気配無かったぞ!?」

「錬金術って便利だな」

 

 返ってきたのはごく端的な言葉。端的過ぎて一瞬何を言っているのか分からなかった。

 

「充満していた催涙ガスを作り替えたのだろうな。そもそもあのガス自体もスプリンクラーの水を錬金した物なのだろう」

 

 状況を飲み込めていないのを見越してか、アーチャーが簡単に補足してきた。気が付かなかったが、確かにガスが消えている。

 

「あり得ない!」

 

 それを聞いて遠坂がまたしても悲鳴を上げる。

 

「あれだけ大量のガスを魔術装置も無しにこんな短時間で、しかも遠隔で錬金するなんて、並の魔術師に出来るわけないでしょう!?」

「リン、相手はキャスターで、ここは奴の工房だ」

「……っ!」

 

 アーチャーの言葉に遠坂は悔しげに押し黙る。並の魔術師には不可能でも、キャスターなら可能かもしれないということだろう。そして実際に可能なのだろう。こうして実現している以上は。

 

「正気か貴様!こんなものでサーヴァントを倒せると思っているのか!?」

 

 今度はセイバーが悲鳴を上げる。

 セイバーの言うように、ガス爆発くらいではサーヴァントにダメージは通らないのかもしれない。しかし……

 

「無理なんだろうな。サーヴァントは」

 

 比企谷の含みを持たせた声。そう、サーヴァントはともかく、マスターは無事では済まない。

 

「貴様とて無事では済まんぞ!」

「あいにくこっちは素人なんでな。お前らみたいなバケモンと張り合おうと思ったら、命くらいしか懸けられる物がねーんだわ」

 

 セイバーの言葉に比企谷が肩をすくめる。その比企谷を、アーチャーが忌々しげに睨み着けた。

 

「……白々しい事を言うな。どうせ自分だけは安全に離脱出来るような保険を懸けてあるのだろう?」

「あ、バレた?」

 

 比企谷はイタズラを成功させた子供のような表情を浮かべる。

 

「ま、お互い運が良かったよな。俺にちょっとでも傷が入ってたら校舎毎ドカンの予定だったんだぜ?」

 

 まるで世間話のような口調でとんでもないことを言う。軽い調子のその声音に、返って寒気を覚える。

 比企谷は笑みを深めて続けた。

 

「んじゃ、話の続きといくか。同盟、どうよ?」

「……お前、さっき焦ってたのは演技だったのか?」

「いや、本当だぜ?こっちは別にお前らを殺したいわけじゃねえし。さっさと味方作らねえと困るのもマジだしな」

「だったらなんで初めからそう言わない?相手を誘い出して罠まで仕掛けて、こんなの交渉なんて言わないだろう」

「おいおい、お前が言うか?ついさっき、受けて当然どころか受けなきゃマズいレベルの取り引きを蹴った奴が」

「それは……」

「逆に聞くけどな、正面から交渉持ち掛けてたら聞いたか?」

 

 俺は沈黙した。もしそうなっていたとしても、恐らく……

 

「断るよな、普通。ぶっちゃけた話、俺達は弱い。戦力的には足手まといにしかならんレベルだ。そんな相手と組むメリットなんか無いだろう?」

 

 多分そうなっていた。

 俺はそう考えるだろうし、遠坂だって首を縦には振らない筈だ。

 話し合いに来た相手に襲いかかるつもりなど毛頭無いが、それでも不戦協定が良いところだろう。確かにそれでは比企谷の望みからは程遠い。

 

「人間、格下だと思ってる相手の言う事なんざ取り合わないもんだ。そういう相手に話を聞かせる為には相応のシチュが必要なもんだろ」

「別に格下だなんて」

「戦えばまず負ける事の無い敵、そんなの格下と同義だろ。人間としてどうこうなんて言ってねえよ。いや、別にそれでも良いけどな。いつもの事だし」

 

 人として下に見られるのがいつもの事ってどうなんだ?

 

「しかし解せんな」

 

 呆れて黙ってしまった俺に代わって、アーチャーが呟きを漏らす。

 

「我々の事をかなり調べたようだが一体どうやった?警戒は怠っていなかった筈だが」

 

 何気ない疑問のような聞き方だが、サーヴァント二人の監視を潜り抜けるというのは並大抵ではないだろう。看過出来る事ではない。

 比企谷はそれに、やはり軽く答えた。

 

「ああ、それならホレ」

 

 そう言って指したのは天井の隅、意識的に見ようとしなければ目に入らないような場所。

 一見何も無いように見えた暗がりの中で、微かに光を反射していた物。それは小さなレンズだった。

 思わず呟く。

 

「……小型カメラ?」

「それと指向性集音マイクな。電池式だけど結構持つのな。たくさん頼んだせいで散財だけど」

 

 たくさん、って。

 

「……まさか、俺達の家にも仕掛けてあるのか?」

「おう」

 

 しれっと肯定する比企谷に遠坂が顔を引き釣らせる。

 

「魔術師ってのは、こういう文明の利器を軽く見る傾向があるみたいだからな。一度仕掛けちまえば見付からねえと思ったんだよ」

 

 その言葉にアーチャーはなるほどと頷く。

 言われてみれば遠坂にしろアーチャーにしろ、確かに『魔術的な監視は無い』としか言っていなかった。

 監視に限らず、気配の察知や罠の有無についても魔力を探るのが一番最初になる。

 最も効果が高く、最も危険なのが魔術なのだから、それ自体は間違いではないのだろうが、魔術を知る者はそれに偏り過ぎるらしい。実際俺も魔術以外の罠というものに無警戒だった。

 が、遠坂にとって問題なのはそこではないらしい。

 

「あ、あ、あんた!何やらかしてくれてんのよこの覗き魔!?」

「覗きって……。風呂やトイレには仕掛けてないぞ?つうか屋内はさすがに無理だ」

「トトトトイレ!?この変態!?アーチャー!そいつを取り押さえて!」

「無茶を言うな。肺にまでガスが入り込んでいる以上、引火すれば私の能力では君を護る事は出来んぞ」

「ハッタリよ!ガソリンは本来無臭、臭いだけを流してるんだわ!」

「残念ながら本物のガソリンだ。既に調べた。むしろ臭いを残してあるのはあくまで警告が目的ということなのだろう。手を出してしまえば脅しでは済まなくなるぞ」

「だったらそいつの腕を切り落として……!」

「同じ事だ。さっきその男を傷付ければ罠が作動すると言っていただろう。それにどのみち後にキャスターが控えているのだ。着火するなど造作もないだろう」

「こっ……の!」

「つーかおっかねーなこの女……」

 

 比企谷が冷や汗を垂らす。

 

「んで、いい加減話戻していいか?同盟は……」

「組むわけないでしょ!?この変態!」

「……そっか。じゃ、しゃあねえ」

 

 間髪入れずに返ってきた返事に、比企谷は溜め息を吐いた。そして銃を構え直す。

 

「……え?」

 

 零れた声は俺の物か、遠坂の物か。

 構えられた銃口は、真っ直ぐ遠坂の額に向いている。というか直撃コースに見えた。

 いや、今までも遠坂に向いていたんだけど、今度はなんと言うか、本気が感じられる。

 比企谷の表情が、これまでのどれとも違う。

 言葉にするなら諦めだろうか。では、一体『何を』諦めたというのか。

 

「おい……比企谷?」

「なんだ?」

「まさか、本当に撃つつもりか?」

「しょうがねえだろ。味方に付けられないなら倒すしかねえだろうが」

 

 しょうがない。

 そう、しょうがない。その通りだ。

 元々敵同士なのだから、決裂すればこうなるしかない。なのに何故俺は驚いているんだ?

 

「……やめろ、引火するぞ。お前だって巻き込まれるぞ」

「そこは安心しろ。そうならないように細工してある。撃つだけなら大丈夫だ。保険もあるしな」

 

 取り引き。

 そう、比企谷は取り引きを持ち掛けてきた。なんだかんだ言っても、結局のところそれは話し合いだ。

 だからだろうか。俺は、心のどこかで油断していたのかもしれない。

 

「やめろ、殺す必要なんか無いだろう」

「何度も言ってるけど俺達は弱いんだよ。今回勝てたのが幸運なんだ。次は負ける。だから今倒すしかねえんだよ」

 

 聖杯戦争を甘く見ていたつもりはない。実際、俺は既に二度死にかけている。

 だけど、それはどちらも会話の余地の無い状況だった。俺を殺しかけた相手は、どちらも自分の言いたいことを語るだけで、俺と会話をする事はなかった。

 それ以外の敵、遠坂と慎二は、まず話し合いを持ち掛けてきた。

 遠坂とは同盟を組む事になったし、慎二とだって戦いには至っていない。

 俺は、会話が通じる相手ならば、殺し合いにまではならないと考えていたのかもしれなかった。

 

「アーチャー!見てないで止めろ!」

 

 焦りを覚えてつい怒鳴ってしまう。しかしアーチャーは、静かに首を振るのみ。

 アーチャーは、自分の能力では遠坂を護れないと言っていた。

 銃弾を弾けば火花で引火。比企谷自身を攻撃しても罠が作動。そもそも共死の呪いがある以上、比企谷を殺してしまうわけにもいかず、さらにキャスターは未だに姿を見せてない。

 確かに打つ手が無いのかもしれない。だけど、

 

(だからって、遠坂が死ぬのを黙って見過ごしていい理由になるかよ!)

「やめろ比企谷!考え直せ!」

「機会は与えた。みすみす不意にしたのはお前らだ」

 

 比企谷はもはや俺に視線を向ける事すらしない。

 遠坂は緊張からか、一言も発さない。その瞳に諦めの色は無いが、それは単に彼女の信念故であって、状況を打開する何かがあるわけではないのだろう。

 

(どうする!?どうすればいい!?)

 

 自分には何も出来ない。セイバーも動けない。アーチャーは当てにならない。いっそ令呪を使うか?だけどなんて命令する?

 考えが纏まらない。

 引き金にかけられた指に、ほんの僅か、力が込められたのが分かった。その瞬間に叫んでいた。

 

「分かった!俺達の負けだ!だからやめろ!」

 

 その言葉に比企谷は、

 

「悪いが、とっくに時間切れだ」

 

 無感情にそう答えた。

 遠坂が目を閉じる。

 引き金が――――

 

 

「やめろォォォーーーーーー!!」

 

 

 ――――引き金が、引かれた。

 

 

 ぱすっ

 

「いたっ」

 

 てんっ、てん。

 そんな小さな音を立てて、遠坂の額から跳ね返った『弾』がリノリウムの床をバウンドする。

 寒々しい廊下を転がるオレンジ色のそれは――

 

「……B……B、弾……?」

「何驚いてんだよ?」

 

 比企谷が呆れたような顔で言う。

 

「いや、だって……アレ?え?」

「ここは日本で俺はただの高校生だぞ?本物の銃なんか手に入るわけねーだろが」

「いや、そうかもしれんが、なんでオモチャの銃なんて……」

「ハッタリ用の小道具に決まってんだろ。常識で考えろ常識で」

 

 ただただ呆然とする俺に、それこそ当たり前のことを諭すように言う比企谷。いや、この状況でモデルガンで脅しをかけるような奴に常識とか言われても……。

 床に頭を落として大きく息を吐き出す。脱力してしまってそれしか出来ない。遠坂とセイバーも似たようなものだった。

 誰も動かなくなったからか、アーチャーが口を開く。

 

「多少は気が晴れたか?」

「まあな。つってもこの歳で借金七桁越えは変わんねえけど。……マジでどうすっかなぁ。出世払いで良いとは言ってくれたけど」

「命の値段と思えば安いものだろう」

 

 呑気に世間話などしている。

 どうやらアーチャーは銃が偽物だと分かっていたようである。それでまったく焦っていなかったらしい。借金って例のカメラの代金のことだろうか?

 

「で、最後にもっかい誘ってみるけど、どうする?ここで断られると今度こそ殺すしかなくなるわけだが」

 

 そしてそこからまったく調子を変えずに比企谷が訊ねてきた。

 さすがにもう間違えない。これは最後通告だ。

 

「一応説明しとくと、交渉を始めるまでにお前らを殺す機会は四度あった。まず初めの催涙ガス。アレはアーチャーが言った通り錬金術で作った代物だ。つまり、代わりに致死毒や強酸を降らせる事も出来た」

 

 比企谷は、ネタばらしが済んで役目を終えたモデルガンを懐に仕舞いながら語る。

 

「それからスタンガンをぶち込んだ時、それと」

 

 右手に握った警棒――警棒とスタンガンが一体化した電磁警棒だ――を弄びつつ、懐から左手を引き抜く。

 

「手錠とイモ判の時に、代わりにコイツを使う事も出来た」

 

 そこに握られていたのは、刃渡り20cmほどのナイフ。

 軽量化と殺傷力の向上の為に刀身が肉抜きされた、護身やサバイバルではなく、あくまでも人を殺す事を目的に作られた軍用ナイフだった。

 

「今お前らが生きてる事、それ自体が俺なりの誠意だって事を理解して貰えるとありがたいんだが」

「……ああ、分かった。お前の勝ちだ」

「うし。交渉成立」

 

 もはや交渉も何も無いだろうに。

 先ほどの茶番で気勢を削がれてしまい、反発するという発想自体が出て来なかった。というか緩急が酷すぎる。もしこれが狙ってのものだとすれば、本当にとんでもない奴だ。

 遠坂も似たような状態なのか、何も言っては来なかった。

 

「では、そろそろウチのマスターを解放してやって貰えんかね?このままだと後が怖いのでな」

 

 話が纏まったのを確認し、アーチャーが口を挟んだ。

 比企谷は「あいよ」と短く答えて鍵を取り出すと、足下の俺の手錠にそれを差し込んだ。カチャリと小さな音を立てて手錠が外れる。

 

「んじゃ、ご主人様から最初の命令だ」

 

 立ち上がって手首の具合を確かめていた俺に、比企谷がそんなことを言ってきた。いやまあ、ご主人様で間違ってはいないけど……。

 何を言われるのかと警戒する俺に、ご主人様、もとい比企谷は廊下を――中程に大穴が空き、ガスからいつの間にか戻っていた水でびしょ濡れになった廊下を指してから、拝むように手を合わせて言った。

 

「後始末、手伝って?」

 

 小さく舌を出した比企谷は、うっかり殴りそうになる程キモかった。

 

 

「セイバー、待ってろ、今引き上げる」

 

 解放された俺は、まず落とし穴にはまったままだったセイバーを救出しにきた。ていうかよく作ったな、こんなの。

 セイバーは胸まで泥水に漬かったまま、済まなそうに目を伏せる。

 俺はセイバーの手首を掴み、腰を入れて引く。泥のためか、意外と重い。

 

「この、もうちょっと……って、うわぁ!?」

「シ、シロウ!放さないで下さい!」

 

 思わず手を放しそうになり、再び落ちそうになったセイバーが、俺の身体にしがみつく。

 

「わ、悪い!でもどうしたんだそれ!?」

 

 セイバーは鎧と服が溶けて半裸状態になっていた。そこに泥水がまとわりついて、なんと言うか、非常にその、アレだ。

 

「この泥は魔術を無効化する泥なのです。私の鎧は魔力で編まれた物なので、分解されてしまったようです」

「そ、そうなのか。でも説明より先に隠してほしいんだけど……」

「私の身体など、見ても面白いとは思えませんが」

 

 いや、そういう問題じゃなくて……

 

「と、とりあえず離れてくれないか?その……動けないし」

「……済みません。この廊下は私が触れると消滅してしまうので、立つ事が出来ないのです。出来れば向こうまで運んでもらえると助かるのですが……」

 

 そういや比企谷がそんな事言ってたか。くそっ、厄介な罠作りやがって。

 俺はセイバーに抱き着かれたまま苦労して上着を脱ぎ、それをセイバーに掛けてから背中に背負い直した。

 

「……申し訳ありません、シロウ……」

「別にいいよ、このくらい」

「いえ、そうではなく、あなたを護る事が出来ませんでした……」

「……まあ、それも仕方ないだろ。結局無事だったんだし気にするな」

 

 そんな会話をしながら遠坂達の所まで戻ってくる。遠坂は拘束を解かれ、俺と同じように手錠の嵌まっていた部分を擦っているところだった。

 

 ズンッ

 

 唐突に聞こえたその音は、なんと言えばいいか、ひどく重かった。

 気付けば遠坂の足下に、比企谷が腹を押さえてうずくまるようにしてくずおれていた。

 口元で月明かりを反射しているのは胃液だろうか。白眼を剥いて完全に伸びている。

 

「あ……あの……、遠坂……さん……?」

 

 状況を見る限り、遠坂が比企谷を殴り倒したのだろう。多分。

 多分というのは、俺には何が起きたのか全く解らなかったからだ。目を離していなかったにも関わらずだ。

 遠坂は俺の言葉に答える事なく、俯いたままアーチャーに向かって口を開く。

 

「……あんたは、あれが偽物の銃だって、分かってたわけよね?」

「……これでも弓の英霊なのでな。飛び道具の真贋を見誤るわけにはいかん」

「そう……」

 

 それきり、沈黙。

 アーチャーは泰然と答えていたが、その頬を一筋の冷や汗が伝っていたのを、俺は見逃していなかった。

 精神が蝕まれるような圧倒的な静寂。それがどのくらい続いただろうか。

 実際にはおそらく数秒といったところなのだろうが、俺には数分以上にも感じられた。もし本当に数分間も続いていたなら発狂していたかもしれない。昏倒している比企谷を羨ましいとすら思った。

 その沈黙を破ったのはやはり遠坂だった。

 遠坂が顔を上げる。

 背中のセイバーが息を呑む気配。

 俺は産まれて初めて本物の修羅を目撃した。

 

「令呪を以て命ずる!自刃せよ!アーチ「落ち着け遠坂ぁぁーー!!??」」

 

 

 こうして俺は遠坂に加え、比企谷八幡と共に聖杯戦争を戦う事になった――んだけど、

 

 

「離しなさいよ!あいつ殺せないでしょ!?」

「だから殺しちゃダメだろ!?」

 

 ホントに大丈夫なのか?コレ……。


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