Fate/betrayal   作:まーぼう

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令呪

 私、雪ノ下雪乃は、つい先程怪奇現象に遭遇した。

 場所はこの奉仕部の部室。

 部員である由比ヶ浜さんの提案に乗る形で悪魔召喚の儀式を行い、お遊びのつもりだったものが、なんの間違いか成功してしまったらしい。

 部室の床に描かれた魔方陣の中心に、儀式の『成果』が佇んでいた。

 

「あ……あなた、誰!?」

 

 怯えが色濃く滲んだ声。まるで自分のものではないみたいだ。

 召喚された『悪魔』は全くの無反応。言葉が通じないのだろうか?

 

「答えなさい!あなた何な……?」

 

 ふと、視界の半分を影が覆う。

 見れば奉仕部唯一の男子、比企谷くんが私の前に立っていた。

 彼は『悪魔』から視線を外さないまま、呟くような声で告げる。

 

「雪ノ下、少し下がってろ」

 

 ぶっきらぼうだけど、優しさを感じる声。今は警戒と緊張の方が強いけれど。

 庇ってくれている……?

 その、思ったよりずっと広く感じる背中に、少しだけ落ち着きを取り戻した。

 改めて『悪魔』を観察する。

 それは人間の、それも少女の姿をしていた。

 歳は私達とさほど変わらないように見える。

 ローブというのだろうか。体つきが全くわからない、闇色のゆったりした衣装を纏っている。

 明るい、しかしどこかくすんだ色合いの、青みがかった銀髪。フードを浅く被っている為、長さはわからない。

 端正、というだけでは説明が付かない、寒気がするほどに整った顔立ち。しかしその表情には、如何なる感情も映してはいない。

 そして彼女が纏う、正体不明の不気味な気配。

 見た目だけで言えば、美の集大成のような人物だと思う。正直、あの姉さんですら彼女には及ばない。

 だけどこの、見ているだけで不安で気が狂いそうになる『何か』は何なのだ?

 

「お前はなんだ?どっから現れた?」

 

 比企谷くんが問を発する。然り気無く、彼女から私を隠すような位置に踏み出しながら。

 

「マスターの召喚に応じ馳せ参じました。キャスターとお呼び下さい」

 

 っ!? 喋った!?

 

「……日本語分かるのか?」

「はい」

 

 ……なら初めから返事しなさいよ。

 比企谷くんのお陰で、というのが気に入らないが、とにかく冷静さは取り戻した。後は状況を把握しなくては。

 

「もう一度聞くわ。あなたは何者?なんの目的で現れたの?」

 

 …………

 

 耳が痛いような沈黙。それに耐えきれなくなったのか、今まで黙っていた由比ヶ浜さんが口を開いた。

 

「え、えーと、キャスター?さん?何しに来たのか教えてくれないかなー、なんて……」

 

 …………

 

 やはり沈黙。その無表情も相まって、何を考えているのか全くわからない。

 今度は比企谷くんが話しかける。

 

「……なぁ、せめてなんの為に現れたかくらい説明してもらえんと話が進まねえんだけど」

「私は聖杯戦争において、マスターを勝利に導く為に呼ばれました」

 

 !? また!?

 

「聖杯戦争とは何?勝利って、一体誰と戦うの?」

 

 …………

 

 何なのよもう!?質問に答えたり答えなかったり!

 

「……ねえヒッキー、この娘もしかしてヒッキーの質問にだけ答えてるんじゃない?」

 

 由比ヶ浜さんがポツリと洩らす。

 言われてみれば、確かに比企谷くんの質問にのみ返答している。

 比企谷くんと目が合い、互いに頷き合う。ここは彼に任せよう。

 

「……俺の質問になら答えるのか?」

「はい」

「他の奴とは会話できないのか?」

「いいえ」

「じゃあなんで俺だけなんだ?」

「あなたが私のマスターだからです」

 

 無表情のまま淡々と、ごく端的に答え続ける少女。悪魔というよりはむしろ機械のようだ。

 なんとなく気が抜けそうになるが、比企谷くんの表情を見て気を引き締める。彼はまだ警戒を解いていない。

 

「……マスターってのはお前の主って意味か?それがなんで俺なんだ?」

「あなたが令呪を持っているからです」

「れいじゅ?なんだそりゃ?」

「その左手の痣のことです」

 

 自然、比企谷くんの左手に目が向く。その甲に、何か模様のような不自然な痣が浮かび上がっていた。

 

「比企谷くん、それ、何時から?」

「……さっきまでは無かった。多分、あの魔導書をぶっ叩いた時だ」

 

 あの時か……。

 

「……これって健康に害とかないのかしら」

「こえぇこと言うなよ。どうなんだ?」

「令呪自体が体調に影響を及ぼすことはありません」

「そりゃ良かった。んで、聖杯戦争ってのは何なんだ?」

「聖杯を手に入れる為の儀式です」

「……聖杯ってのは?」

「願望器です」

「…………お前の説明は端的過ぎて分かりにくい」

 

 比企谷くんが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

 

「……ねえ、比企谷くん」

「……そうだな」

 

 これだけで通じたらしい。察しがいいのは彼の数少ない長所だ。

 

「なあ、えーと、キャスター、でいいのか?こいつらとも普通に話してやってくれないか?まどろっこしくて敵わん」

 

 比企谷くんが私と由比ヶ浜さんを指してそう言った。それに対する彼女の答えは。

 

「了解しました」

 

 これでようやくまともな会話になりそうだ。

 

 三人がかりで質問を繰り返した結果、判明したのは次のことだ。

 

・この総武校のある冬木市には、聖杯と呼ばれる物が存在していること。

・聖杯にはあらゆる願いを叶える力があること。

・しかし聖杯は形を持たない為、人にも扱えるように器を与えてやる必要があること。

・その為には、魔術師が七人がかりで儀式を行う必要があること。

・その儀式が聖杯戦争であること。

・聖杯に選ばれた七人の魔術師は、歴史上・伝説上で多大な業績を上げた人物の化身、すなわち英霊を使い魔として与えられること。

・その英霊のことをサーヴァントと呼ぶこと。

・サーヴァントにはそれぞれ、その性質に応じたクラスが与えられるということ。

・サーヴァントを与えられた魔術師はマスターと呼ばれ、その証として令呪が与えられること。

・マスター達はサーヴァントを使い、聖杯の所有権を賭けて戦わなければならないこと。

 

「多いな……」

 

 比企谷くんがうんざりしたようにぼやく。

 確かに一度に与えられる情報量としては多すぎる。しかもまだ残っていそうだ。

 

「ていうか、なんでわざわざ戦わなきゃなんないの?せっかく協力して、儀式?してるのに……。てゆーか戦うとか危なくない?」

 

 由比ヶ浜さんが怯えたように口にする。確かに優しい彼女には縁のない言葉だったろう。

 そんな由比ヶ浜さんにキャスターさんが付け加える。

 

「問題ありません。その為のサーヴァントです」

「そう……。それで、聖杯を奪い合う理由は?やはり回数制限かしら?」

 

 私の推測にキャスターさんが頷く。

 

「聖杯によって成就できる願いには、その規模によって制限が有ります。小さな願いであれば無数に叶えることもできるでしょうが、大きな願いを叶えてしまえば聖杯はその力を失うでしょう」

「……つまり、聖杯でなければ叶えられないような願いは、一度だけしか叶えられないということ?」

「実際に一度だけかは試してみるまで分かりませんが、そのような解釈で間違いはないと思われます」

 

 私の質問に、やはり淡々と答えるキャスターさん。感情らしきものがまるで感じられない。サーヴァントというのはこういうものなのだろうか?

 それにしても、どんな願いでも一度だけ叶えられる聖杯か。まるでお伽噺だ。

 だけど目の前には、現実にキャスターなる人物が存在している。ならばもしかしたら……

 

「ねえねえゆきのん、ゆきのんならどんなお願いする?」

 

 あらぬ方向に沈みそうになった思考が、由比ヶ浜さんの声によって引き戻された。

 由比ヶ浜さんの質問の答えを考える。

 

「……そうね。全人類の意思統率かしら」

「怖ぇよ。何お前、独裁者?ヒトラーの生まれ変わりかなんかなの?」

「あいにく輪廻転生は信じていないわ。私に支配してもらえるなら幸せでしょう?」

「そのような願いを叶えることも可能です」

 

 キャスターさんの言葉になんとなく沈黙が降りる。そう、可能なのね……。

 

「じゃ、じゃあヒッキーは?ヒッキーならどんなお願いするの?」

「あ?俺はパスだ。要らねえよそんなもん」

 

 何かを誤魔化すように話を続ける由比ヶ浜さんに、比企谷くんは普段と変わらぬ腐った眼差しで答えた。

 

「え!?なんで!?もったいないじゃん!どんなお願いでも叶うんだよ!?」

 

 由比ヶ浜さんが驚愕の声を上げる。普段ならともかく、今の状況でこの反応は、私も大袈裟とは思わない。

 

「……あなたのことだから一生働かずに済むだけの大金、とでも言うのかと思っていたのだけど」

「私にも理由をお聞かせ頂けないでしょうか?」

 

 キャスターさんにとっても意外だったようだ。一応感情らしきものは持っているらしい。

 比企谷くんは呆れたようにため息を吐いてから答えた。

 

「あのなお前ら、どんな願いでも叶えるなんて謳い文句のアイテムがマトモなシロモノのわけねえだろうが。古今東西の物語を見てみろ。一つ残らずろくでもない結果になってんだろ」

 

 そして小馬鹿にしたように皮肉げに笑う。

 

「どうせ世界平和を願ったら人類を滅ぼして『これでもう戦争は起こりません』とか言い出すようなシロモノに決まってる。この手の物で一番マシなのがドラゴンボールだろうけど、あれだって奪い合いの過程で何人死んでるか分かんねえしな」

「……ヒッキーってよくそれだけ物事を悪い方に考えられるよね。なんか逆に感心しちゃった」

 

 由比ヶ浜さんが、言葉通りに感心したような声を上げた。

 

「随分疑り深い方なのですね」

「親父の教育が行き届いてるんでな」

 

 キャスターさんもやや呆れたように言う。人外の存在にまでこんな態度を取らせるというのは、もはや見事と言うしかないかもしれない。

 

「それよりよ、この令呪ってやつ、なんかサーヴァントに対する絶対命令権とか言ってたけど、具体的にどういうことだ?」

 

 比企谷くんがそんなことを聞く。

 確かにそんな話も出てきた気もする。しかし何故そんなことを今聞くのだろうか?

 不自然と言うほどでもないが、流れが少し強引な気もするが……。

 

「サーヴァントとマスターは、令呪によって霊的に結ばれています。サーヴァントは令呪を通してマスターから魔力を受け取ることで存在を維持しています」

「つまりヒッキーが居ないとキャスターさんは消えちゃうってこと?」

「はい。令呪はそれ以外にも、サーヴァントに対する安全装置の役割も果たします。令呪がある限り、サーヴァントは自分のマスターに危害を加えることは出来ません」

 

 なるほど。戦争などと言われていても、それなりにシステム化はされているわけだ。

 

「……令呪がある限りっつったな。令呪が無くなるような状況も有り得るってことか?」

 

 比企谷くんが口を開く。

 

「はい。令呪は使用することによって消費されます」

「……令呪を使用?」

「令呪は聖杯から与えられた魔力の結晶です。これを消費することで、サーヴァントに対し極めて強い強制力を持った命令を下すことが出来ます」

 

 またしても比企谷くんの左手に注目が集まる。

 よくよく見れば、令呪は三つのパーツに分かれている。

 

「……これ、三回まで使えるってことかしら」

「はい。令呪は、サーヴァントが望まない命令に強引に従わせることも出来ますが、令呪によってブーストをかけることで、能力的に本来不可能な筈の指令を達成させることも出来ます。使い方次第では戦局を覆すことも可能な、聖杯戦争の切り札です」

 

 ふむ……。勝ち抜く為には令呪の使い方とタイミングが鍵になるわけか。

 

「ふーん。んで、これどうやって使うんだ?」

「あ!ヒッキー、もしかしてキャスターさんにエッチな命令しようとしてない!?」

「するかバカ」

「そのような命令を下すことも可能ですが、あまりお薦めはしません」

「だからしねえって。で、どうやんだ?」

「基本的には念じるだけで使用可能です。ですが、集中が不完全だと効果を発揮しない可能性もある為、同時にコマンドを発声した方が良いでしょう」

「令呪を以て命ずる、とかそんな感じか?」

「はい」

 

 ふむ、と比企谷くんは考えるような素振りを見せる。そして冷めたような顔でおもむろに左手を持ち上げ、口を開いた。

 

「令呪を以て命ずる。キャスター、俺の質問に正直に答えろ」

 

 パキン!

 そんな音を立てて、令呪の一画が砕けて消える。

 

「比企谷くん、何を!?」

 

 突然の事態に頭が着いていかない。それは由比ヶ浜さんも同じようだ。そして

 

「……どういうつもりでしょうか?」

 

 キャスターさんの、やはり感情の見えない声が響く。ただしそれは今までとは違い、溢れそうな何かを無理矢理押し込めているようにも感じた。

 比企谷くんは冷めたままの表情で問う。

 

「聖杯戦争ってのは安全なのか?」

「……戦いである以上、ある程度の危険が伴うのは仕方のないことだと思われますが」

 

 キャスターさんの言う通りだ。自分の望みのために他者を蹴落とす以上、相応のリスクは覚悟して然るべきだろう。

 しかし比企谷くんは表情を変えないまま続ける。

 

「聞き方が悪かったな。聖杯戦争ってのは、命を落とす可能性はないのか?」

 

 命!?

 キャスターさんは……苦々しげに顔を歪めていた。

 

「……そう、ならない為のサーヴァントです」

 

 あえて明言を避けるような答え方。それは、暗に肯定しているのと同じだ。

 迂闊だった。何故気が付かなかったのか。さっき比企谷くんも言っていたではないか。

 

 どんな願いでも一つだけ叶える聖杯。

 

 そんな物を奪い合うとなれば――殺し合いになるに決まってる。

 比企谷くんはさらに続ける。

 

「曖昧な答え方だな。令呪は絶対命令権って話、あれは嘘か?」

「いいえ、使い方がまずかっただけです。永続的な命令になると、令呪の強制力も弱まりますから」

「なるほど、弱まるってことは効いてはいるわけだ。ちなみに同じ命令を重ね掛けした場合、縛りがより強固になったりするのか?」

「…………はい、その通りです」

「そうか。なら、令呪を以て重ねて命ずる。キャスター、俺の質問に正直に答えろ」

「ぐっ……!」

 

 令呪が再び弾けて消える。私と由比ヶ浜さんは、最早口を挟むことも出来ない。

 

「……正気ですか。令呪は聖杯戦争の切り札だと説明した筈ですが」

「あのな、俺は素人だ。魔術も使えなけりゃ戦闘の経験も無い。そんな俺が殺し合いとか普通にやらかすような連中と渡り合おうと思ったら、頭に頼る以外にねえんだよ。となりゃ情報は文字通りの命綱だ。切り札を消費してでも精度を上げるのは当たり前だろうが」

「……私の言葉は、信用出来ないと?」

「あ?何言ってやがる。命が懸かってるなんて情報、普通真っ先に知らせるのが筋だろうが。それを聞かれるまで黙ってるような奴信用するわけねえだろ。――英霊だかなんだか知らねえけどよ、あんま人のこと舐めてんじゃねえぞ」

 

 キャスターさんを厳然と見下ろす比企谷くん。彼のこんな表情見たこともない。

 

「……何故、私を疑ったのか、聞かせて頂けないでしょうか」

「お前、質問しただろ」

「は?」

 

 忌々しげに発された問に対して返された、端的過ぎる答えに、キャスターさんは呆けたような声を洩らす。

 

「俺が聖杯を要らないつった時だ。それまではそんなもんかと思ってたんだよな」

 

 確かにあった。だがそれがなんだというのだろう。

 

「使い魔って話だったしな。最初はただ命令を聞くだけのロボットみたいなものなのかとも思ったんだ。だけどそれなら疑問を抱いたりしない。感想だって言わない。それをしたってことは感情があるってことだろ」

「そ、そんなことで?」

「そんなことじゃねえだろ。最初からそういうポーズを取ってたってことは、元から騙す気満々だったってことじゃねえか。残念だったな、ぼっちってのは悪意に敏感なんだよ」

 

 さて、と比企谷くんは気をとりなおすように息を吐く。

 

「本題だ。お前の予測で良い。この聖杯戦争とやらで、俺が生き延びられる可能性はどのくらいだ?」

 

 由比ヶ浜さんが息を飲む。

 そうだった。元はそんな話だった。

 頭がいつものように働かない。こんな大事なことを忘れるなんて。

 キャスターさんは、重々しく言葉を紡ぐ。

 

「……おそらく、絶望的ではないかと」

「そんな……!」

 

 由比ヶ浜さんが立ち上がり、それを比企谷くんがたしなめる。

 

「落ち着け、由比ヶ浜」

「だって!ヒッキーなんで落ち着いてるの!?死ぬって言われてるんだよ!?」

「そうならない為の方法をこれから考えるんだよ。だから落ち着け」

 

 渋々腰を下ろす由比ヶ浜さん。他ならぬ比企谷くん本人に言われては落ち着く他ないだろう。

 

「……比企谷くん、何か考えでもあるの?」

「んにゃ、正直さっぱりだ。だからこそ情報には精度が欲しいわけだしな。その前に、一つハッキリさせておきたいことがあるんだが……キャスターってのは『クラス』の名前なんだよな?ならお前にも本名とかあんのか?」

「…………有ります」

 

 彼女はやや強張った無表情で答える。比企谷くんは、それを無視して質問を続けた。

 

「なんてんだ?」

「……サーヴァントにとって、敵に正体を知られることは極めて不利なこととなります。魔術の知識を持たないマスターが」

「答えろ」

「…………メディア、と申します」

 

 比企谷くんが私を見る。知ってるか、ということだろう。

 私は首を横に振った。

 

「んで、メディア。ハッキリさせたいことってのはこれなんだが、お前は聖杯を使って何をするつもりなんだ?」

「!?」

 

 キャスター、いや、メディアさんが驚愕に目を見開く。私の反応もさほど変わらない。

 

「比企谷くん、どういうこと?」

「ゲームとかだと自分よりも強い奴を召喚するってのは割と普通なんだけどよ、実際にこの目で見たらちょっと疑問に思ってな。仮にも英霊とまで呼ばれる存在が、その辺の高校生のガキの命令に従うってんだぞ?不自然にも程があんだろ」

 

 特に考え付きもしなかったが、言われて見れば確かに不自然極まりない。

 

「使い魔とか言う割に、サーヴァントは自我が強すぎる。無理矢理呼び出されたってよりは、召喚されるのを承諾したって感じだ。こいつはただの推測だけどな、聖杯はマスターだけじゃなくてサーヴァントの願いも叶えるんじゃないか?」

 

 比企谷くんはさらに続ける。

 

「だからサーヴァントは召喚に応じるんだ。自分にも叶えたい願いがあるから。そうでもなけりゃ、赤の他人の私利私欲の為の殺し合いに手を貸したりするかよ」

 

 世界の危機に立ち向かう為とかならともかくよ、と冗談めかして付け加える。

 比企谷くんはメディアさんに向き直った。

 彼女は変わらず仮面のような無表情。しかしその白い面はどこか青ざめて見える。

 

「つーわけでメディア。お前の願いってのはなんだ?」

 

 途端、メディアさんが頭を抱えた苦しみ出す。

 

「ど、どしたの!?大丈夫!?」

 

 由比ヶ浜さんが心配して声をかける。だがおそらくこれは……

 

「由比ヶ浜、近付くな。令呪の強制力に抵抗してるだけだ」

 

 やはりそうなのだろう。

 彼女の願いとはなんなのだろうか。これ程苦しんでまで隠したがる、聖杯などという物に頼ってまで叶えたい願い。

 何か恐ろしいことを企んでいるのだろうか。

 

「答えろ、メディア。お前は、聖杯に、何を望む」

 

 比企谷くんも同じことを思ったのだろう。彼女に対し、冷徹に命令を重ねる。

 

「わ……たし、は……!」

 

 強制力というものはやはり逆らい難いものなのか、ついにその口から声が漏れる。

 

「私……は……、幸せに……なりたい……!」

 

 沈黙。

 部室に響くのは、ぜえぜえという荒い呼吸音のみ。

 私達は気まずげに顔を見合わせる。

 突如現れ、私達を混乱に陥れ、命懸けの戦いに巻き込み、英霊とまで呼ばれる少女が、万能と言われる願望器に望むもの。

 それは、誰もがごく当たり前に望む素朴なものだった。

 

「……今日はもう解散しようぜ」

 

 比企谷君が疲れたように提案する。確かにこんな状態では、まともなアイディアなど出てこないだろう。由比ヶ浜さんも頷いた。

 メディアさんはやはり比企谷くんの家に行くのだろうか。霊体化、というのが出来るらしいから、家族の目を誤魔化すのは難しくないだろうが。

 そんなことを考えながら彼女の方に目を向ける。

 

 ぞわり。

 

 悪寒が走る。

 

「雪ノ下、どうした?」

「え?」

 

 比企谷くんに気を取られ、再び彼女に目を向けた時には、その感覚は霧散していた。

 

「……いえ、なんでもないわ」

 

 私がそう答えたのを最後に下校することになった。

 帰り道で思い出す。

 あのメディアという少女が最後に一瞬だけ見せたあの眼。

 私はあの目を知っている。そして同時に、私はあの眼を知らない。

 あれは憎しみの眼だ。私がこれまでに、何百何千と向けられてきた視線。

 だがしかし、彼女のそれは、私の知るものとは強度においてまったくの別物と呼んでもいい。

 あれほどの憎しみをぶつけられたのは生まれて初めてだ。おそらく、これまでの人生で受けたもの全てを総合したよりも大きかっただろう。

 だけど腑に落ちない。

 一体なにがそこまで憎かったというのだろう。

 私には……あの少女が、まるで理解出来ない。


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