Fate/betrayal   作:まーぼう

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 少年は見る間に磨り減っていった。
 自覚無き悪意は少年の心を削り取り。
 届くことのない理想は、現実という鈍器をもって少年を歪ませていった。
 舞台を新たにしてもそれは変わらなかった。
 少年自身も、心のどこかで既に諦めていた。
 そんな時だった。
 雪のような少女と出逢ったのは。


情報

 チッ チッ と、秒針が時を刻む音だけが響く。

 畳敷きの客間にて、セイバーと二人きりで、一言も交わさずに茶を啜っていた。

 学校での戦いの後、寝泊まりする場所の無かった私達は衛宮邸へと押し掛けた。衛宮士郎は迷惑がってはいたが、追い出すつもりまでは無さそうだ。

 セイバーを見ながら戦いを思い返す。

 

 本当に勝ってしまった。

 

 決着して最初に浮かんだ言葉はそれだった。正直まだ信じられない。

 無論私とて全力を尽くした。比企谷八幡と二人で作戦を練り、罠を設置し、可能な限り勝率を高めたつもりだ。

 それでも確率的には二割そこそこというところだっただろう。それを最初に拾えたのは幸運以外の何物でもない。

 もっともこんな分の悪い勝負に出られたのは保険があったからだ。それがあれば、一度だけならほぼ確実に逃げることができる。今回は使わずに済んだ為、次以降に持ち越せたのはありがたい。

 

(とは言え……)

 

 先の事を考えると頭が痛い。

 先の戦い、戦術的には勝利と言って良いだろうが、戦略的には大敗と変わらない。もっともこれは、最初の隠れ通すというプランが崩れた時点で分かっていた事だが。

 比企谷八幡との作戦会議で初めに話し合ったのは、先の事を考えて節約するか、全力をつぎ込むかだった。

 これは、自分達は出し惜しみができる程余裕は無いと意見が一致し、あっさり決まった。

 結果的にその判断は正しかったわけだが、おかげで私が召喚されてから約二週間かけて溜め込んだ魔力を、ほぼ全て使い切ってしまった。

 とにかく『サーヴァントに確実に効果のある罠』を用意する必要があった。そこで選択したのが終末の泥だったのだが、これがとにかくコストがかかるのだ。

 製法そのものはシンプルなのだが、五つの属性全ての魔力を飽和状態になるまで練り込まなければならない。それを大量に生産した為、貯蔵分の魔力はあっという間に底を着いてしまった。

 おかげで必倒と呼べるトラップは秩序の沼しか用意出来ず、そこに確実に誘い込む為に比企谷八幡が自らエサを演じなければならなかった。

 本来エサ役はサーヴァントである私が受け持つべきなのだろうが、保険が適用されるのは比企谷八幡だけだ。なので私はサポートに徹する事になった。

 一応それ以外の罠も用意してあったが、正直逃げる為の時間稼ぎ程度の役にしか立たない代物だ。

 

 アサシンの毒を入手できたのは幸運だった。自分が痛い目を見ている為、素直に喜ぶ事は出来ないが。皮膚浸透するタイプだったのも助かった。複製だけならともかく、改良してる時間はさすがに無かったから。

 一応、事前に済ませた準備の分だけで片が着いていれば少しは備蓄が残せる筈だったのだが、それも最後の錬金でパアだ。

 比企谷八幡は予定調和のように語っていたが、あれはアーチャーに結界を破られそうになって慌てて実行したものだ。

 多少なりとも時間をかけて錬金していればまだ違ったのだろうが、とっさの判断で無理矢理錬金した為、通常より余分に消耗する羽目になった。

 ガソリンのアイディア自体は事前に出ていたが、それは文字通りの最後の手段の筈だった。要は保険を使う羽目になった時に、敵を爆殺し、追撃を食い止める為の物だったのだ。

 

(それにしても)

 

 比企谷八幡。

 よくもあれだけとっさの出鱈目が湧いて出るものだ。この私が呆れるなど相当だろう。もっとも作戦は、それを見込んでという部分も少なくないが。

 比企谷八幡の交渉、と呼んで良いのかは分からないが、とにかくあの口論。

 相手が口をつむぐ場面が多かった為、こちらが終始圧倒していたと錯覚するかもしれないが、実はそんなことはない。なにしろこちらは、一つたりとも論破などしていないのだ。相手が返答に戸惑うような言葉をぶつけ、その隙に話題をスライドさせて煙に巻いただけだ。

 

 無論本来なら、マスターはともかくサーヴァント相手にそんなチャチな交渉術など通用しないだろう。当たり前だが仕掛けがある。

 まず舞台。こちらの工房内というだけである程度精神に負荷をかけることができる。

 そしてフィールド効果そのものに敵の平常心を掻き乱す効果を加えてあった。

 さらに比企谷八幡の言葉には、聴いた者の心の奥深くまで浸透する、いわゆる言霊と呼ばれる力を魔術的に付加しておいた。

 

 この三重の精神攪乱こそが、今回の戦いにおける肝だった。

 なにしろ私達には、敵サーヴァントを直接倒せる手札が無い。よって、マスターを直接狙うか、令呪を使わせてサーヴァントを自滅させるかしかないのだが、比企谷八幡が選択したのは明らかに難度の高い後者だった。

 曰く、マスターという人質を失った直後に攻撃されたら対処出来ないとの事だが、単に人殺しが嫌だというのが本音だろう。だがまあ、言い訳の方にも一理ある。一応はだが。

 

 魔術による言霊というと、耐魔力に弾かれるのではと思うかもしれないが、聖杯に与えられる耐魔力にはあるルールがある。

 防げる魔術は強度ではなく、呪文詠唱の長さで決定されるのだ。セイバーが魔術師に対して無敵と言われる理由はここにある。

 呪文というのは、実は省略出来る部分が結構ある。

 ただし、正しく理解していないと絶対に必要な部分まで削ってしまう可能性もあるし、省略部分にはサポートの効果がある為、魔力の消費効率が悪くなったり魔術の効力が落ちたりする。

 それらを回避する為には、深い知識と強大な魔力が必要になる。

 早い話が、優れた魔術師ほど短い呪文で強力な魔術を扱えるということだ。

 

 言う間でもないが、呪文、つまり魔術の使用にかかる時間は短い方が良い。戦闘ではそれが特に顕著だ。

 しかし、セイバーのクラスに与えられる耐魔力Aは「3音節以下の呪文詠唱を必要とする魔術を無効化」する。

 つまりセイバーに魔術でダメージを与えるには4音節以上呪文を唱えなければならないのだが、もとより戦闘力で劣る魔術師が、剣の英霊相手にそんな真似出来る筈がない。いいとこ2音節が限界だろう。

 また、この時代では魔術も効率化が進んでおり、体系化された魔術のほぼ全ては3音節以下で使用可能になっていて、長い詠唱を必要とするのは儀式魔術くらいである。つまり、この時代の魔術師にセイバーを傷付ける事は出来ない。

ならばどうやって言霊を通したか。

 簡単だ。4音節以上使って魔術をかけた。それだけだ。事前の準備や調査というのはこれだから重要なのだ。

 

 言霊には相手を無条件で服従させるようなものもあったが、二つの理由から相手の心を揺さぶる程度に留めた。

 一つは単純にコストの問題。

 自分で使うならまだしも、他人に、それも魔術の素人に付与するとなると効率が悪過ぎる。こちらも重要だが終末の泥をケチるわけにもいかない。

 そしてもう一つは、確実性を上げる為だ。

 強力な精神干渉は、素人相手ならともかく魔力耐性を持った相手には気付かれる可能性が高い。そしてこの手の術は、意識されてしまうと効果が格段に落ちる。魔術師相手には通用しない可能性が高いのだ。

 校舎内に張り巡らせた、違和感を植え付ける為だけのダミーを含めた無数の罠は、これらの精神攻撃を気付かせない為の物でもあった。比企谷八幡は確か「忍法 砂漠の針」と言っていたか。

 敵に捕まったシノビが武装解除させられ、取り出した武器のあまりの多さに敵が唖然としてる隙を突いて、隠し持った針で倒したという話からそう呼ばれるらしい。ソースは……忘れた。多分マンガだと思うが。

 要はフェイントにフェイントを重ねる事で、本当の狙いから目を逸らす技術の事なのだろう。実際これは上手くいったようで、攪乱をあまり受けていないアーチャーですら精神干渉には最後まで気付いていなかった。

 

 だからこそ、衛宮士郎に同盟を蹴られた時は本当に焦った。

 

 サーヴァントを殺せと命じるより、仲間になれと言われる方が、どう考えても抵抗が少ない。方針変更は、後の事はともかく、その場における交渉の成功率自体は大きく高めていた筈なのだ。

 比企谷八幡も断られるとは思っていなかっただろう。にも関わらず、返ってきたのは拒否。正直何を考えているのか分からない。

 

(分からないと言えば……)

 

 比企谷八幡もそうだ。

 彼の目的は「安全なリタイア」だった筈。あの時に出された条件は、彼にとってほとんど理想的と言っても良かっただろう。あれを聞いた時は絶対に売られると思ったのだが……。

 

「へいお待ち~」

 

 そこまで考えたところでやる気の無い声が響いた。

 視線をやると、比企谷八幡と衛宮士郎が大皿を二つずつ抱えてキッチンから出てきたところだった。昼から何も食べてなかった為、夜食をこさえていたのだ。

 

「比企谷って料理出来るんだな。なんか意外だ」

「意外たぁなんだ。こっちはこれでも専業主夫志望なんだよ。なんなら世話になる間家事を請け負ってもいいレベル」

「いや、さすがにそれは悪いだろ。普通に交代制でいいだろ?」

 

 仲睦まじくこれからの生活について語り合う男二人。私も手伝いに入るべきだっただろうか。そうすればもっと近くで見れたのに。

 

「……キャスター、何を見ている?」

「いえ、何でもありません」

 

 おっと、いけないいけない。

 

「遠坂はまだか?料理が冷めなきゃいいんだけど」

 

 衛宮士郎がそんな呟きを漏らした時だった。

 ガラガラピシャン!と玄関を乱暴に開け閉めする音がして、ドスドスと荒い足音が近づいてくる。

 スパン!と勢い良く襖を開け放った彼女に、比企谷八幡がいつも通りの軽さで声をかけた。

 

「よっ、遅かったな」

「あん……ったねぇ……!」

 

 遠坂凛はわなわなと震えながら声を絞り出した。

 右手からめきめきと何かが潰れる音がする。その、潰れて一塊になった何かを突きつけながら声を荒げた。

 

「人ん家に何してくれてんのよ!?隠しカメラ6個も仕掛けて!」

「あれ?1個足んなくね?」

「ま、まだあんの!?いつの間にそんなに仕掛けたのよ!?」

「そりゃお前らが学校行ってる間に使い魔でコツコツと」

「自慢気に言うな!それはキャスターの手柄でしょう!?つーかアーチャー!対空監視は!?」

「上空からの侵入は無かった。留守中も含めてだ」

「そりゃそうだろ。使ったのはネズミだし」

「なんでよ!?使い魔って普通空飛べるやつにするでしょ!?じゃないと不便じゃない!」

「いくら便利でも100パー発見されるんじゃ何の意味もねえだろ。空がダメなら多少不便でも地上から行くしかねえだろ?それなら障害物も多いし」

 

 ……騒がしいことだ。

 

 

 

「意外と美味しいじゃない。あたしほどじゃないけど」

「そうですね。とても美味しいです。シロウほどではありませんが」

「……んだよ。文句あんなら食うなよちくしょう。つうか考えてみたらこいつら二人とも一人暮らしじゃん。俺より家事スキル高くて当然じゃん。死ねバカ死ねよ、自信満々で飯作ってやるとか言ってた二時間前の俺……」

「おーい……」

 

 料理対決で衛宮士郎に完敗した我が主が部屋の隅でいじけていた。別に勝負はしてなかったと思うが。

 それは放っておいて、食事中に出しあった情報を纏める。

 チームを組んだ以上、情報の共有化は重要だ。もっとも、私達が保有する情報はこの二組のもののみなので受けとる一方なのだが。

 

「そちらが接触したのはランサー、バーサーカー、ライダー。ランサーとバーサーカーは真名が、バーサーカーとライダーはマスターが判明している。それで間違いありませんね?」

「ええ。アーチャーが倒したアサシンも併せて、七人のサーヴァントが全て出揃ったことになるわ」

「にしてもヘラクレスか。やっぱ強えの?俺でも知ってるくらいだし」

 

 いつの間にか復活していた比企谷八幡が口を挟む。

 

「そうですね。英霊の力というものは、基本的に知名度に比例します。勿論生前の力量にも影響されますから一概には言えませんが」

「もっとも英霊の大半は武勇がイコール知名度だから、結局有名な奴ほど強いってことになるわね」

 

 私の返答に、遠坂凛が補足する。比企谷八幡はそれを聞き、しばし考えを巡らせてから口を開いた。

 

「……なあ、それだともう勝ち目無くねえか?ヘラクレスったら、神話伝説をろくに知らん奴でも名前を知ってる正統派中の正統派だろ。元から最強の奴がバーサーカーのクラス補整で更に強化されてるとか、もうどうにもならんだろ」

「ま、確かに厄介極まりない相手ね。でも戦いっていうのは、強い方が必ず勝つとは限らないものよ。戦略や戦術次第でいくらでもひっくり返せるわ。て言うか……」

 

 遠坂凛がセリフの途中で比企谷八幡をジト目で睨み着ける。

 

「あんたがそれ言う?ついさっき自分で証明したところじゃないの。あたし達相手に」

「……なるほど。つまり又カメラを仕掛けて」

「誰が面白い事を言えと言った」

「面白かったですかスンマセン!」

 

 神速で遠坂凛に土下座する比企谷八幡。

 盗撮は余程腹に据えかねたらしく、凄まじい形相で詰め寄っていた。別にふざけたわけではなく、情報収集という意味でカメラと言ったのだと思うが。

 

「まあとりあえず、まずはライダーだろうな」

 

 比企谷八幡が身を起こして言う。

 

「そうね。いつ現れるか分からないランサーやバーサーカーより、居場所の判っているライダーを倒すのが先決でしょうね」

「ああ、いや、そうじゃなくて」

 

 否定の言葉に、それを発した本人以外の全員が疑問符を浮かべる。

 

「倒すんじゃなくて仲間に引き込めねえか?一度は向こうから誘いをかけてきたんだろ?」

 

 その言葉に部屋が静まり返る。

 どうにか口を開いたのは衛宮士郎だった。

 

「だ、だから慎二には、もう遠坂と組んでるから組めないって……」

「俺としてはその理屈がよく分からんのだが。別に三人で組んだって構わんだろ?どの道もう俺と組んでるわけだし、そこらの事情を説明すればなんとか説得出来んじゃね?」

 

 衛宮士郎は考え込んだ。

 既に敵対してしまった相手にまで友の義理を通そうとする男だ。対話で解決出来るなら一考の余地ありと踏んだのだろうか。

 話の途切れたタイミングで、遠坂凛がおずおずと手を上げた。

 

「あのー……それ、ちょっと難しいかもしんない」

「なんで?」

「えーとね、間桐慎二くんなんだけど、その、ちょっと告られまして」

 

 …………ほう。

 

「……振っちゃった。かなりこっぴどく」

「うわぁ」

 

 比企谷八幡がこめかみを押さえる。

 

「……まあ、やっちまったもんは仕方ないだろ。悪いが衛宮、ダメ元で説得してみてくれないか?四人掛かりでボコればバーサーカーもなんとかなるかもしれんし」

「分かった。やってみる。慎二とも戦わなくて済むかもしれないしな」

 

 次に接触するのはライダーに決まったようだ。

 

「ああ、そうだ。契約にちょっと追加させて貰って良いか?」

 

 比企谷八幡が唐突にそんな事を言い出した。

 

「……条件の後出しは受け付けんと言った筈だが?」

 

 アーチャーが険を深める。当然の反応だ。しかし比企谷八幡は気にせずに続ける。

 

「怖え顔すんなよ。別にお前らのマイナスになるような事じゃねえから」

「……とりあえず聞くだけ聞きましょうか」

「ああ。衛宮か遠坂、どっちかがサーヴァントを失った時で良いんだけどよ、キャスターのマスターになってやってくれねえか?」

 

 !?

 

 全員が言葉を失う。

 

「八幡様、何を!?」

「最初から言ってるだろ。安全に降りるのが目的だって。だけどそりゃ俺の都合だ。お前はお前で聖杯を求める理由があるんだろ?」

 

 どうにか問を発した私に向かって、さも当然とばかりに言い放った。……この男は、本当に……!

 私が何も言えずにいると、衛宮士郎が躊躇い勝ちに声をかけた。

 

「……お前、もしかして本当に聖杯はどうでもいいのか?」

「だから初めからそう言ってんだろ。別にいいけどよ。疑われんのは慣れてるし」

「……いや、なんか済まん」

 

 何故か謝っていた。

 今度こそ話は終わったらしく、それぞれ宛がわれた部屋へと引き上げていった。


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