「ふぁ……あ……」
欠伸を盛大に噛み殺して伸びをする。
朝7時。
昨日は、つか日付的には今日だが、全員ほとんど明け方まで起きていたにも関わらず、他の連中は既に起きているらしい。元気な奴らだ。
仕方ないので俺も起きることにする。
身体強化の反動であちこち痛いしホントはガッツリ寝たかったんだが、家主が起きてるのにいつまでも寝てるわけにはいかんだろう。
とりあえずトイレに行こうと居間を横切る。
「あ、おはよ~」
「おはようございます」
客間でテレビを見ていた20代前半くらいの女性と朝の挨拶を交わす。えーと、トイレどこだっけ。
フラフラと玄関まで来ると、タイミング良く戸が開いた。
「おはようござい……ま……す……?」
玄関を開けた、淡い色合いのロングヘアにリボンを着けた制服姿の女の子が戸惑いの表情を浮かべる。やべ、寝起きのままだ。でも昨日は普段着のままだしそこまでおかしくはないよな。いや、逆にマズイか?
とりあえず「どうも」と頭を下げる。女の子もつられて頭を下げ返していた。さて、トイレは、と。
「桜、おはよう。……あ」
現れた衛宮が俺を見て、しまった、みたいな顔をする。おい、失礼だろうが。
「おはようございます、先輩。あの、この人は……?」
チッ、誤魔化せなかったか。
この少女は桜。名字は分からんが監視中に何度か見かけた人物で、どうも衛宮に通い妻してるらしい。
どうやって誤魔化したもんかなと考えあぐねていると、居間から騒がしい声が近づいてきた。
「士郎士郎士郎!どうなってんの!?遠坂さんとセイバーちゃんに続いてまた新しい女の子がいるじゃない!」
「あ、あの、引っ張らないで下さい……!」
「ふ……藤ねえ、もう来てたのか!?」
「もう来てたじゃないでしょー!どういうことなの!?お姉ちゃんに説明しなさい……って男の子まで!?ダメよ!男同士なんてお姉ちゃん許しません!」
先程居間でも見かけた女性が、メディアの手を引きながらギャーギャーとやかましく現れた。
こちらは藤村大河といって、衛宮の昔馴染みで衛宮邸に日常的に入り浸っていた、筈だ。
確か衛宮と遠坂の通う穂群原の教師をしていて、衛宮の後見人である藤村組の娘さんだった筈だ。
桜の方は集音マイクで会話を拾った分の情報しか無いが、藤村先生の方は以前雪ノ下が興信所に調べさせた時にある程度のことが分かっている。まぁ、どちらも聖杯戦争には関係の無い人物だ。
さて、普通に説得するのも面倒だ。なので事前に決めておいた通りにするか。
(メディア、頼む)
(承知しました)
メディアが藤村先生に近づく。
「失礼」
「何?今士郎と話してるからちょっと待……?」
メディアが藤村先生の目を覗き込むと、捲し立てていた藤村先生がいきなりおとなしくなる。
「ふ、藤ねえ?」
「藤村先生?」
衛宮と桜(頭の中だけとは言え女子を名前呼び捨てってなんかヤダな)が様子の変わった藤村先生にギョッとする。え、この人がおとなしくするのってそんなに珍しいの?
メディアが続けて桜の目も同じように覗き込むと、やはり桜もおとなしくなる。
メディアがパチンと指を鳴らすと、二人ともフラフラと玄関から出ていった。
突如衛宮に胸ぐらを掴まれる。
「お前!桜と藤ねえに何をした!?」
「落ち着いて下さい士郎様。ただの催眠暗示です」
「……暗示?」
メディアにいなされ、少しだけ衛宮の力が緩む。それを見計らって衛宮の手を外し、襟元を直しながら説明する。
「十日ばかりこの家に近付かねえようにしたんだよ。ここに来ればあの二人と関わることになるのは分かってたからな。聖杯戦争に巻き込むわけにもいかんだろ?」
「あ……そ、そうだったのか。済まん。て言うかなんで藤ねえと桜のことまで知ってるんだ?」
「監視してたって言ったろうが」
自分の周りの人間を巻き込むとか、その辺りの事は考えてなかったんだろうか?随分のんのんびよりだな。
(八幡様)
不意にメディアから念話が届く。
(どうした?)
(先程の桜様、大河様に比べて大分暗示の効きが悪かったので、念のためにご報告を)
(……効かなかったのか?)
(それは問題ありません)
ふむ……?
暗示が効いたのなら大丈夫だとは思うが、一応衛宮に話を聞くくらいはしておくか。
「なぁ衛宮、さっきの二人の事聞いても良いか?」
「……なんでだよ?」
「念のためだ。お前の関係者ってだけで巻き込む可能性はゼロじゃねえんだ。無いよりマシ程度の情報でも、知っておけば何かあった時に役に立つかもしれんだろ」
衛宮はそういうことならと、渋々ではあるが話し始めた。
「藤ねえとは子供の頃からの付き合いだ。俺の親父と藤ねえの爺さんが知り合いで、藤ねえは親父になついてて、よく家の道場に入り浸ってた」
そういう繋がりだったか。なんでヤクザが後見人なんかやってんのかと思ってたら。
「桜は友達の妹だ。ホラ、慎二……昨日話したライダーのマスターの」
おもくそ関係者じゃねえか。
「桜は出会った頃はすごい引っ込み思案でさ、家族から人に慣れるように言われたらしくて慎二に紹介されたんだよ。それから俺が料理教えることになってな。俺も最初は怯えられてたんだけど、次第に打ち解けてくれるようになってさ。今じゃ料理の腕も追い越されちまったよ」
どこか嬉しそうに語る衛宮。
メディアの話だと魔術師は血統を重視するらしいが、魔術を受け継ぐのはあくまでも一人だけで、それ以外の兄弟は魔術に触れることさえ許されないのが普通らしい。
なんでも後継者を複数設けると、その分だけ力が弱まってしまうとか。どういう理屈なんだそれ。
だからまあ、兄貴の方がマスターをやってるなら妹は警戒しなくても大丈夫だろう。暗示の効きが悪かったのは、単に血統のせいか。
それはともかく。
「なあ、衛宮」
「なんだ?」
「折れろ」
「ホントになんだ!?」
「いやだって。歳上美人の幼馴染みに後輩の押し掛け通い妻。それに加えて学園のマドンナ(笑)に金髪美少女と一つ屋根の下とか。そんな奴見たら死んでほしいと思うだろ普通」
「どんな普通だ!?」
いや、これは普通だと思うぞ?割とマジで。
「て言うか!そんなこと言ったら比企谷だって大して変わんないだろ!?」
…………は?何言ってんのこいつ?
「遠坂から聞いたぞ?なんか凄い美人と部活同じらしいじゃないか。しかも二人も。それにお前だってキャスターと暮らしてたんだろ?」
……こっちはこっちで調べられてたんだな、やっぱ。
「いやまあ確かに同じ部活だが。俺のはそういうんじゃないぞ?部活が同じったってそれだけだし、キャスターとだって色気のある展開なんか皆無だし」
「そんなの俺だって同じだよ」
ムウ。強情な奴だ。
だが確かに周りに女が居るってだけでそういう話に結び付けるのは問題有りだな。それだと俺も、関係性を無視すればモテてる事になっちまう。ちょっと比較してみるか……?
クール系美少女対決!
毒舌ナイチチ女VS暴力ナイチチ女!
怪我しない分だけ雪ノ下の勝ち!
夢と希望の膨らみ対決!
練炭術師VS押し掛け通い妻!
比べる迄も無し!間桐桜の勝ち!
サーヴァント対決!
陰険毒蛇女VS脳筋猪女!
ドロー!
歳上美人対決!
アラサー暴力教師VS変人暴力教師!
天使対決!
戸塚の不戦勝!
妹対決!
小町の不戦勝!
っし!ギリギリ勝利!
ふう……。衛宮に妹が居たら危ないところだったぜ。
ん?どうした衛宮?」
「いや……勇気あるなぁと思って」
「は?」
衛宮の視線は俺の後ろに向いていた。
つられて振り返ると、そこにはメディアと、いつの間にかセイバーと遠坂が並んでいた。
三人とも笑顔だった。それもすっごい良い笑顔。
あえて言葉にするなら、そう…………殺ス笑み?
「……毒蛇ですか。なかなか面白い例えですね」
「雪ノ下さんって人とはなんだか気が合うような気がするわ。今度紹介してもらえるかしら?」
俺はギギギ……と衛宮に向き直る。
「……あの、もしかして口に出ていましたでしょうか?」
「おもいっきり……なんだ、やっぱり無意識だったのか」
衛宮は沈鬱な表情で首を振りながら、事実上の死刑宣告を口にした。
後ろ襟をガッシと掴まれる。セイバーだった。
「……脳筋は脳筋らしく鍛練に励もうと思います。ハチマン、付き合っていただけますか?」
「いえそのボク道場に入ると死ぬ病気なんで」
「あたしも手伝うわよセイバー。横からひたすらガンドをぶちこみ続ければいいわね?」
「いやだから無理つかイジメよくない」
「怪我をしたら私が治療いたしますので。存分に励んで下さい」
「死すら許されないと!?お、おい衛宮!助けろ!?」
懇願すると、衛宮は哀しげに目を臥せた。
「……済まん、往生してくれ」
見捨てやがったこのヤロウ!?
ジタバタと足掻くがセイバーの力に敵う筈もない。そのまま引き摺られていく……と思いきや、不意にセイバーが振り向いて口を開いた。
「何をしているのですか?行きますよ、シロウ」
「…………え?」
衛宮が呆ける。
「いや、ちょっと待って俺関係な」
「何言ってんの。早朝鍛練は元々衛宮くんのためのものでしょう?」
「いや確かにそうだけど!ひ、比企谷、なんとか言ってくれ!」
「わはははは!人を見捨てようとした報いだ!一緒に不幸になれぃ!」
「比企谷テメェ!?」
「往生際が悪いぞ!不幸は分かち合い、幸せは潰し合う!それが男の友情ってもんだろうが!」
「恨むぞ比企谷ぁぁぁっ!?」
「なんでもいいから二人ともさっさと来なさい」
「「いやあぁぁぁぁぁーーーー!?」」
昼前くらいには悲鳴は聞こえなくなりました。