Fate/betrayal   作:まーぼう

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結界

 ひどい目にあった……

 

 女子三人から特訓という名の私刑(リンチ)を受け、気付けば既に昼をまわっていた。

 ちなみに今日は平日だが、衛宮と遠坂も聖杯戦争の間は学校を休むつもりらしい。

 衛宮は午前はセイバーとの鍛練、午後は遠坂から魔術の講義を受ける予定だったそうな。これらは昨日から始めたことらしく、遠坂は「教材が足りなくなった」と衛宮に課題を与えて自宅に戻っていた。ちなみにライダーのマスターの説得は学校が終わる頃を見計らって行うらしい。

 俺はというと、現在持ち込んだノートパソコンとにらめっこ中である。

 別に暇をもて余してpixivやハーメルンを覗いているわけではない。稼働している監視カメラの確認だ。

 遠坂邸、及び衛宮邸に仕掛けた分は撤去されたが、それで全てではない。今見ているのは自分、そして雪ノ下と由比ヶ浜の家に設置してある物の記録影像だ。

 ……言っておくが了承はとってあるぞ。というかカメラは本人にセットしてもらったものだ。

 一応家族や知人を巻き込まないように配慮はしたが、それでも何らかの形で危険が及ぶ可能性はゼロではない。何かあった時に、せめてそれを知ることができるように気を払う必要がある。幸い特に変わった事は無さそうだ。……由比ヶ浜は今日は寝坊か。

 一通りチェックを終えて廊下に出ると、衛宮が慌ただしく電話を置くところに出くわした。心なしか顔色が悪い。

 

「どうした?」

「……慎二から呼び出しがあった。今から学校に来いって」

 

 聞けば聖杯戦争について話したいことがあるから一人で来いとかなんとか。まぁ、十中八九衛宮を呼び出すための方便だろう。

 

「とにかく学校に行って……!」

「却下だ。どう考えても罠だろ」

「だけどどの道慎二とは話さなくちゃならないだろう?それにあいつ、何か様子がおかしかった。思い詰めてる感じだ」

「……」

 

 考えを巡らせる。

 こっちから呼び掛けるならともかく、向こうから声を掛けてきたなら警戒しないわけにはいかない。

 衛宮は思い詰めた感じがすると言った。

 衛宮の話では件の間桐慎二とは、マスターであることをお互いに知っていることになる。ならば衛宮達に監視をつけていてもおかしくない。というかつけるのが自然だ。

 となると、当然俺とメディアの情報も渡っていることになる。

 まず最初は衛宮に同盟を持ちかけ断られた。

 次いで遠坂に衛宮を裏切るように働きかけ、これも失敗した。

 さらにその二人が俺という未知の相手と手を組んだ。

 間桐慎二から見れば、衛宮達が俺と結託して自分を包囲しているようにも見えるだろう。

 二度にわたって同盟を持ちかけたことから考えて、間桐は自分一人で戦い抜けるとは考えていない。少なくとも慢心はしていない。

 奴は今、追い詰められたと感じているかもしれない。衛宮達に存在を知られた時の俺と同じだ。なら次はどう出るか。これも俺と同じだろう。

 殺られる前に殺れ。先手を取られる前に潰したいと考える筈だ。総合力で劣っている以上、主導権を取られてしまえばその時点で負けが確定してしまう。

 気になるのは遠坂が見つけたという学校に張られた結界。内部の人間を溶かして魔力に還元してしまうという、物騒極まりないシロモノだ。

 遠坂の話では、魔術による結界ではなく結界型の宝具らしい。だから魔術ではどうやっても解除できないとか。なんでもありだなホント。

 間桐はその結界を保険と言っていたそうだ。おそらくそれは事実だろう。

 こういう最終兵器みたいなやつは、基本的に脅しに使われるものだ。それも大抵の場合は自衛が目的になる。

 ようするに、これを使われたくなければ自分に手を出すなと、そういうことだ。もしかしたら間桐は俺と似たような思考をする奴なのかもしれない。

 だが逆に、そうした切り札は、一度でも使ってしまえば後戻りの道を絶ってしまう。間桐もそれは理解していた筈だ。

 しかし俺の予想が正しければ、奴は今、正常な判断力を失っている。諸刃の剣であっても本当に使いかねない。

 やはり衛宮を一人で行かせるのは論外だ。だが、無視してしまえばそれはそれで間桐を刺激することになるだろう。

 

「……とりあえず一人で行くのは無しだ。せめてセイバーを連れていけ」

「だけど慎二は一人で来るように言ってた。セイバーを見たら何をするか分からないぞ」

「霊体化させた上でキャスターに気配隠しを掛けさせる。それならそうそう簡単には見つからんだろ」

「……いや、悪いけどそれは無理だ」

「なんで?」

「セイバーは霊体化できないんだ」

「ハア?」

 

 遠坂の診断では、召喚時に事故があってその影響ではないか、とのことらしい。セイバー自身も言っていたので霊体化できないのは確実なようだ。そんな嘘をつくタイプではないし、そのメリットも無い。

 つーか事故率高すぎだろ英霊召喚。確かアーチャーも事故で記憶が無いとか言ってたよな。三人中三人ってどういうことよ?コペルニクスでも積んでんのか。

 とにかくセイバーが使えないなら別の手を考えなければならない。

 

「なら代わりにアーチャーを護衛に着けさせよう。遠坂の携帯に連絡入れてくれ」

「……悪い。俺、遠坂の携帯の番号知らない。ていうか遠坂が携帯持ってるかどうかも知らない」

 

 お前は俺か。共闘相手との連絡手段くらい確立しとけよ。

 

「……さすがに今どき携帯持ってないってのは考えにくいだろ」

「いや、俺持ってないぞ」

「マジか。なんで?」

「俺の場合、基本的に爺さん……親父が遺してくれた財産で生活してるからな。あんまり贅沢しないようにしてるんだ」

 

 ……まぁ、これは責められないか。とは言え困った。

 

「……仕方ない。遠坂には書き置きを残しておいて俺達だけで行こう。要求に従って衛宮が一人で先行。俺とキャスターとセイバーは隠行しつつ離れて着いていく。衛宮、これを持ってけ」

 

 ポケットから取り出した物を衛宮に放る。

 

「これは?」

「集音マイクだ。昨日遠坂に握り潰されたやつの中で一つだけ生き残ってた。これで多少はそっちの状況が伝わる筈だ」

 

 衛宮は頷いてマイクを仕舞う。

 

「衛宮。俺達は、なるべくすぐに駆け付けられる距離で待機するつもりだが、それも相手の監視の可能性を考えると限度がある。いくらキャスターの隠行でも、サーヴァント相手に通用するとは限らない。だから俺達は隠行した上で学校の外の遮蔽物に隠れるつもりだ」

 

 俺の説明を、衛宮は口を挟むこともなく聞いている。ちゃんと話を聞いてくれるのを新鮮に感じるってどういうこと。

 

「マイクから会話を拾ってヤバイと感じたら踏み込むつもりだ。だけどその前に例の結界を使われた場合、侵入できるかどうか分からん。十分に注意しろ」

 

 衛宮は俺の言葉に頷く。

 

「衛宮。自分で言ったことを覆す形になるが、今の間桐が説得に応じる確率はおそらく低い。こっちはこっちで、無理にでもセイバーをねじ込むつもりでいるが、それじゃ間に合わない可能性が高い。だから少しでもヤバイと感じたら躊躇わずに令呪を使え」

 

 令呪の強制力ならば結界も突破できる筈だ。というか、そのくらいできてくれないと令呪の存在価値が無いだろう。

 

「……分かった」

 

 衛宮は、ただ一言頷いた。

 

 ノートパソコンを小脇に抱え、鎧姿のセイバーとローブを纏ったメディアを引き連れ、十数メートル先を歩く衛宮の後を着ける。

 端から見たら何者に見えるだろうかとか思ったりもしたが、時折すれ違う通行人は、これほど異様な集団を見かけても何の反応も無い。

 メディアの隠行の効果だ。当たり前だが俺の生来のステルスとは比較にもならない。

 セイバーはしきりに周囲を気にしていたが、おそらく学校に着くまでは仕掛けてくる事はないだろう。外で仕掛けてうっかり倒されてしまったらそれまでだ。もっともそれは警戒を解く理由にはならないが。

 先行する衛宮が何事もなく穂群原学園にたどり着く。

 俺達は、校舎から直接視線が通らない位置を移動しつつ、校門にもっとも近い曲がり角から様子を伺う。

 ノートパソコンを開いてスリープ状態から立ち上げると、繋いだままのイヤホンから複数の男女の会話が聞こえてきた。衛宮とすれ違った生徒のものだろう。

 衛宮の姿が校舎内に消えて少しした頃だった。

 

 バツッ

 

「うお!?」

 

 そんな音を最後に、いきなり何も聞こえなくなった。

 

「あれを!」

 

 塀に隠れて直接様子を伺っていたメディアが学校を指す。

 校舎が、というか校庭を含めた学校の敷地全体が、毒々しい赤いドーム状の光の膜のようなものに覆われていた。

 

「やりやがった……!」

 

 呻いて歯噛みする。

 例の人を溶かす結界だろう。これが実際に使われる可能性は、実は低くないと踏んでいた。だから動揺のようなものはあまり無い。しかしまさか会話すら無い段階でいきなりやらかすとは……

 メディアが声を発した時点でセイバーは駆け出していたが、結界に阻まれて中に入れないらしい。中の人間を逃がさない為なのだろう。やはり通行を遮断する効果もあるようだ。

 俺とメディアが追い付いた頃には既に数回、結界の表面に見えない剣を叩きつけたところだったが何の変化も見られない。

 セイバーは結界を悔しげに見上げて口を開いた。

 

「キャスター、お願いします」

 

 前に出たメディアが慎重に、しかし素早く結界に手を触れる。

 

「……どうだ?」

「……やはり結界型の宝具です。解除は出来ませんが一時的に穴を開けるくらいならなんとかなるでしょう。少々お待ちを」

 

 メディアの額に汗が浮かぶ。

 備蓄分の魔力を使い切ってしまったメディアには酷かもしれないが、頑張ってもらわんと衛宮、そして無関係な人間が大勢死ぬ。

 

「……っ」

 

 セイバーが小さく身じろぎする。

 結界が発動してからまだ5分も経っていない。しかしこうした状況では『待たされる』というのが何よりも苦痛となる。それはセイバーも同じらしい。

 不意に。

 セイバーがピクリと虚空を見上げた。直後。

 

 パキン!

 

 薄いガラスが砕けるような音と共に、突如セイバーの姿が掻き消えた。

 

「な、なんだ!?」

「……おそらく士郎様が令呪を使用したのではないかと」

 

 狼狽する俺にメディアが説明を入れる。そうか、使ったか。つーか遅えよ。すぐ使えっつったろうが。

 

「それで、私達はどうなさいますか?」

 

 結界に踏み込むのか、という意味だろう。穴開けは一時中断しているようだ。

 俺は少し考えて質問した。

 

「……俺達が中に入って何か出来ると思うか?」

「いえ。私は穴を開けるだけで力を使い果たしてしまいますし、魔力耐性の無い八幡様では結界に抵抗できないでしょう」

 

 やっぱりか。

 

「ライダーとそのマスターは衛宮とセイバーに任せよう。俺達は結界そのものをなんとかする」

「解除は出来ないと申し上げましたが」

「分かってる。この結界には基点が複数あったって話だ。それ、結界の外縁部にもあると思うか?」

「あるでしょう。ある程度以上の規模の結界は範囲を指定する必要がありますから、最低でも三つはある筈です」

「ならまずはそれを探す。基点に直接干渉して魔力の流れを操ったり出来ないか?」

「……中々無茶な注文をしますね。不可能ではないでしょうが、最初にも言ったように破壊も解除も出来ませんよ?」

「機能を低下させるだけでいい。それだけでも結界に取り込まれた連中の生存率は上がる筈だ。判明している基点の位置は遠坂から聞いていたよな。それから残りの位置を割り出せるか?」

「はい。おそらくこちらです」

 

 言うが早いか、メディアが学校の敷地に沿って走り出す。

 

(……死ぬなよ、衛宮)

 

 俺は心の中で呟くと、メディアを追って駆け出した。


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