Fate/betrayal   作:まーぼう

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 その少女は美しかった。
 孤高を貫き、己が正義を貫き、理解されないことを嘆かず、理解することを諦める。
 誠実で、嘘を吐かず、依る辺がなくともその足で立ち続ける。
 少年は憧れたのだ。その、凍てつく蒼い炎のように美しく、悲しいまでに儚い立ち姿に。
 そこに自分が失ってしまったはずの理想を見出だしたのだ。
 だから、護りたかった。例え自分が泥を被ることになったとしても。
 その少女ではなく、彼女の体現する己の理想をこそ護りたいと願ったのだ。
 されど少年は思い知る。
 彼女に見出だした光もまた、ただの幻想にすぎなかったことを。


捜索

「どうだった?」

「とりあえず無事よ。……相変わらず原因はサッパリだけど」

「そうか……」

 

 居間に戻った途端の比企谷八幡の質問に、遠坂凛が答える。それに比企谷八幡はホッとしたように息を吐いた。

 

 昼間の学校での戦い。

 

 結界の基点を見つけて少しした頃、いきなり結界が解除された。

 ライダーを倒したのかと思ったのだが違ったらしく、校門まで戻ったところで校舎から閃光が飛び出していくのを目撃した。

 セイバーの話では、詳細は不明だがライダーの宝具らしい。ライダーは、それでもってマスター共々離脱したそうだ。

 衛宮士郎は酷い有り様だった。

 全身ズタボロで、怪我をしてない場所を探す方が難しいような状態、のはずだった。

 セイバーに抱えられて帰ってきた衛宮士郎は、意識を失い、服もあちこち破れてそこら中に血の染みを作っていた。にも関わらず、怪我そのものはどこにも無かったのだ。

 セイバーと遠坂凛の話では、以前にもこういうことがあったらしい。バーサーカーに身体を上下に分断された時も、二人が何をするでもなく勝手に再生してしまったそうだ。

 一応調べてはみたものの、遠坂凛には原因は解らなかったようだ。

 それもあって、治療と検査も兼ねて今度は私が診てみることになったのだが、結局私も分からないと答えていた。

 

「ま、無事だってんなら良かった。……ホントに不死身ならえらい強力な武器なんだが、理由が分からん以上当てにするわけにはいかねえな」

「そうね。衛宮くんが目を覚ますまで少しかかると思うわ。キャスターに回復効果を高める陣を敷いてもらって、今はセイバーに看てもらってる。令呪の繋がりとの相乗作用で二人共大きく回復できるはずよ」

「そうか……。俺も休んどくわ。衛宮が起きたら間桐を探しに行くとか言い出すだろうからな。遠坂、お前も休め」

「……そうね。そうするわ」

「それでは失礼します」

 

 遠坂凛に頭を下げ、比企谷八幡を追って居間を出る。

 私と比企谷八幡に与えられた部屋は、襖で区切られただけの隣同士だ。だからまず彼の部屋を通り、奥に入ってから襖を閉める。そこまでしてから念話で呼び掛けた。

 

(八幡様。ご報告が)

(……なんだ?)

 

 訝しむような思念。

 てっきり見透かされているものだと思ったのだが、どうやら純粋に衛宮士郎の身を案じていたようだ。この男も、やはり根本的な部分では甘いらしい。

 

(まず、衛宮士郎と遠坂凛にかけた共死の呪いですが、衛宮士郎のものが消滅しています)

(……あ?)

 

 これは予想のしようがなかっただろう。呆けたような返事をよこす。

 

(……期限まであと1日はあったよな。予想より効果が短かったってことか?)

(いえ。おそらく初めから効いていなかったものと思われます)

(……どういうことだ?)

(それについての報告です。衛宮士郎の内に眠る、二つの力について)

(……内に眠る力?しかも二つって……。あいつなんかの主人公とかなの?)

(そうかもしれません)

(マジか)

 

 比企谷八幡は冗談半分で言ったのだろうが、彼に隠された力の大きさを考えれば、あながち違うとも言い切れない。

 

(まず、強力な宝具が形を変えて彼の肉体と同化しています)

(強力な宝具?)

(はい。おそらくは聖剣の鞘に間違いありません。不死身の理由はこれでしょう)

(……すまん、聖剣っていわゆるエクスカリバーのことでいいのか?なんでそれが不死身に繋がるのかが分からんのだが)

(かの聖剣の鞘は、持ち主からあらゆる災厄を退け不老不死を与えると言われています。正しく使えばありとあらゆる攻撃を無効化する、絶対の防御として機能するでしょう。呪いを弾いたのもこの鞘です)

(……知らんかった。なんでそんなのが衛宮に?)

(それは分かりません。ですがこれほど高ランクの霊装を所持しているなら、サーヴァントの召喚にも確実に影響していたはずです)

(衛宮も知らない内に触媒になってたってことか。てことはセイバーの正体は……)

(騎士王アーサーに違いないでしょう)

 

 サーヴァントの召喚は、触媒を用いることである程度結果をコントロールできる。聖遺物と呼ばれる英雄の遺産を使い、呼び出したい相手との繋がりを強めるのだ。

 聖遺物が強力なアイテムであれば召喚の成功率は飛躍的に高まる。逆の言い方をすれば、召喚者との相性といったそれ以外の要素を無視して結果が限定されてしまう。また、物によってはそのままサーヴァントの武装として利用することもできる。衛宮士郎の鞘はこのパターンだ。

 

(……分かってたつもりだが、サーヴァントってホントに有名人のオンパレードなんだな。サインとか貰っとくかな)

(……スミマセンね、マイナーで)

(いや、そういうつもりじゃなかったんだが。で、既に腹いっぱいなんだがまだあるんだよな?)

(はい。こちらは判然としませんが、おそらくは固有結界ではないかと)

(……すまん。今度は聞き覚えすら無い)

(仕方ないでしょう。魔術師でもなければまず知らない単語です)

 

 固有結界とは、術者の心象世界を現実に投影し、一時的に世界の法則を上書きしてしまう大禁術である。

 努力で習得できるものではなく、純粋に素養によってのみ得られる、技術よりは能力に近い力だ。

 その効果は様々だが、おおむね術者にとって極端に有利な状況を作り出すものがほとんどになる。相性次第ではサーヴァントにも対抗しうる武器となるだろう。

 それらのことを比企谷八幡に説明した。

 

(……マジで主人公じゃねえか。なんなんだあいつ)

 

 半ば呆れたように言う。気持ちは分かる。現段階ではあくまで潜在能力にすぎないとはいえ、ただの人間としてはほとんどチート気味の力だ。

 

(…………なあ)

(何か?)

(…………)

 

 何かを躊躇うかのような思念。

 何故それを遠坂凛達に黙っているのか。それを聞くべきかどうかの判断がつきかねているのだろう。

 聞かれてしまえば私は答えざるを得ない。

 

『比企谷八幡の質問に正直に答えよ』

 

 令呪によるその枷は、いまだに私を縛ったままだ。令呪か私、どちらかが消滅するまでその枷が消えることは無い。

 しかし今回は、今まで話題にすることを避けてきた宝具という単語を使ってしまっている。聞いてしまえば私の宝具にまで話題が及ぶかもしれない。それを危惧しているのだろう。

 私の宝具、契約破りの『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』の存在を知ってしまえば、あるいは知られてしまえば、私達の関係は破綻する。が、それはあくまでも普通ならばの話だ。

 比企谷八幡は、正確にどういうものかは分からなくとも、私が令呪を無効化する手段を持っていることに感付いているし、私ももはや比企谷八幡から離れるつもりは無い。

 気付かない振りも、気付かれていない振りも、そろそろやめてもよさそうな頃合いだとは思うが。

 

(……いや、なんでもない)

 

 結局、気付かぬ振りを続けることにしたらしい。いくらなんでも露骨に過ぎると思うのだが。

 

(……そうですか。では、私も休ませていただきます)

(ああ)

 

 短い返事と共に念話が切れる。

 当人達に話さなかった理由は簡単だ。セイバーは強すぎるのだ。

 今は共闘の形をとっているとは言え、いずれ倒さねばならない相手であることは変わらない。

 ただでさえセイバーのクラスとは相性が悪いのに、マスターがあれほど強力な力を隠し持っているとなると、私では太刀打ちできなくなってしまう。

 衛宮士郎を診て判明したことは、実はもう一つある。令呪のリンクが不完全なのだ。

 通常、マスターとサーヴァントの間では、令呪を通して互いに魔力が循環している。

 しかし衛宮士郎とセイバーの場合、マスターが魔力を受け取る一方で、セイバーには魔力が流れ込んでいなかったのだ。

 現在セイバーは、元から持っていた魔力で存在を維持している状態であり、消耗するだけで一切回復できないのだ。私が敷いた回復の陣も意味をなさない。

 通常戦闘ならばとりあえずこなせるだろうが、聖剣ほどの宝具を使用すればそれだけで消滅しかねない。

 比企谷八幡は正体の分からないアーチャーをより警戒しているようだが、私にとってはやはりセイバーの方が驚異だ。聖剣で敵を道連れに自滅してくれるのが理想的だろう。

 無論それは比企谷八幡の望むところではない。戦力が落ちれば自身が生き延びる確率も低下する。

 比企谷八幡も、これを知ればさすがに無視はできなかっただろう。私に問題を解消するように命じた筈だ。

 だからこのことは気付かれていない。気付かれぬように『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を隠れ蓑にした。

 これは現状で、私がセイバーよりも有利な唯一の部分だ。

 比企谷八幡は魔術回路をほとんど持たないが、それでもわずかながらは魔力を生産する。気休め程度とはいえ、それでもゼロよりはマシだ。たった一つの優位まで手放してたまるか。

 自分もここまでに大きく消耗していたが、幸い今はライダーの結界から掠め取った分の魔力がある。しばらくは問題なく過ごせるだろう。

 基点から魔力を抜き取ることで結界の出力を落としたのだ。注文は果たしている。文句を言われる筋合いは無い。

 

(それにしても)

 

 比企谷八幡。

 彼の行動は、いつでも矛盾している。

 衛宮士郎。ライダーのマスター。結界の時もそうだった。

 口では(念話も含む)自分さえ良ければ良いような事を言っておきながら、その実、己が身を危険に晒してまで犠牲を出さない方法を模索している。そしてそれは、きっとこの私にさえも向けられているだろう。

 力も持たず、助けも求めず、他者が近寄るのを拒みながら、それでも誰かのために身を削り続ける。

 彼は衛宮士郎を主人公と称したが、私から見れば彼の方こそライトノベルか何かのヒーローに見える。

 

 まったく、本当にどこまでも――――気に入らない。

 

 目を覚ました衛宮士郎は、案の定と言うべきか、間桐慎二とライダーを捜しに行くと言い出した。

 比企谷八幡が既に予想していたこともあり、特に反対意見もなく捜索が開始された。

 その際の会話で分かったことだが、セイバーは衛宮士郎のことを、信用はしていても信頼はしてないらしい。どうも令呪の機能不全の事を、マスターにすら隠しているようなのだ。

 正直これは予想外の幸運だった。これなら私にとっての天敵とも言えるセイバーは、そう遠くないうちに勝手に自滅する。

 なお、衛宮士郎は衛宮士郎で「女の子が戦うのは賛成できない」みたいな事を言ってセイバーが戦うのに反対していたらしいが、今回の事で考えを改めたようだ。それも肝心のセイバーがこれでは何にもならないが。

 私と遠坂凛の二人で魔力の残滓を辿った結果、ライダーは橋の向こう、新都に潜伏しているらしいことが判明した。

 そこで眼の利くアーチャーが冬木市全体を監視できる橋の上から出入りを見張り、その間に私達とセイバー達が二手に分かれて街中を捜索することになった。のだが……

 

「……あの、八幡様」

「なんだ?」

「手分けして捜すのなら、もう少し離れた方が効率的だと思うのですが」

 

 私達は今、セイバー達をストーキングしていた。それも100m以上も距離を置き、隠行した上で視覚強化まで使うという徹底ぶり。

 

「まぁ捜索範囲って点で考えればその通りなんだろうけどな」

「何かあるのですか?」

「いや、俺らだけだと、もし見つけても返り討ちに遇うだけなんじゃねえかなと」

 

 ……まぁ、その通りではあるのだが、ここまでハッキリ言われるとさすがに腹が立つ。

 

「それに、わざわざ捜さなくても向こうから現れてくれるさ」

「何故ですか?」

「衛宮の話だと、間桐は俺と同じように魔術回路を持たないマスターらしい。となると、サーヴァントの存在を維持するために他人から魔力を奪わなきゃならん。お前と同じようにな」

「そうなりますね。あの結界はそのための物でもあったのでしょう」

 

 以前、私の魔力集めとは別に、魂食いの犠牲となった人間が出ていた。あれはおそらくライダーの仕業だったのだろう。それで集めた魔力を基に結界を敷き、さらに大量の魔力を獲得しようとしたのだろう。

 

「ああそうだ。だが学校の結界は潰した。間桐は別の場所で魔力を蓄え直さなきゃならん。だけどあの結界には大がかりな準備が必要だ」

 

 あの人食い結界は、起動に必要な魔力量の他にも問題点がある。あらかじめ複数の基点を設置しなければならないことだ。そして……

 

「……学校の基点を見つけたのは、ほとんどが士郎様という話でしたね」

「ああ。衛宮には基点を探して、見つけ次第魔力を抜き取るように指示してある。そうすりゃ間桐には魔力の再充填はできない。魂食いで補充すれば騒ぎになってすぐ見つかる。ライダーはもうジリ貧だ。間桐の精神状態を考えれば、そう時間をかけないうちに痺れを切らす」

 

 なるほど、合理的だ。しかし……

 

「それだと士郎様に危険が及ぶのでは?」

 

 そうなれば敵はまず衛宮士郎を叩きたいと考えるだろう。そしてライダーは機動力に優れたクラスだ。奇襲能力にかけてはアサシンやアーチャーにも匹敵する。

 

「……セイバーは白兵戦にかけては最強だ。滅多なことじゃやられたりはしない。そして本来弱点になる筈のマスターは不死身ときてる。囮としてこれ以上優秀な二人は考えられん」

 

 衛宮士郎の不死が信頼できるものと知って、最大限に活用することにしたらしい。

 根本が甘いくせにその辺りの取捨選択ができてしまうのがこの男の厄介なところだ。

 そうこうしてる間にも、セイバー達の探索は続いていた。既に三つの基点を発見して魔力を抜いてある。正直異常とも言えるペースだ。

 新都に入って半刻と少しが過ぎた頃、衛宮士郎が四つ目の基点を発見した。彼がそこに近づいたその時。

 

 ギンッ!

 

 セイバーが突然見えない剣を振るい、飛来した何かを弾き返した。セイバーの視線を追った先には――

 

「なんじゃありゃ……」

 

 比企谷八幡が唖然とした声を漏らす。

 そこには、黒く露出の高い衣装に、奇妙な目隠しを身に付けた女が、ビルの壁面に直立していた。

 直立、である。

 張り付くとかぶら下がるとかではなく、重力を完全に無視して真横に『立って』いる。

 セイバーが動いた。

 女の立つビルに向かって跳躍すると、その壁面を蹴って、ライダーとデッドヒートを繰り広げながら上へ上へと登って行く。

 心の中で「ゲームキャラか」と突っ込んでいるうちに、衛宮士郎もセイバーを追ってビルへと入って行ってしまった。

 

「……どうなさいますか?」

 

 とりあえず聞いてみる。正直割り込める気がまったくしないのだが。

 

「……とりあえず行くか。何もできんかもしれんが、何かはできるかもしれん」

 

 まぁ行くだけならタダだし。アーチャーも向かっているだろうし、負けたりはしないだろう。


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