Fate/betrayal   作:まーぼう

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逃走

「アーチャー、五分でいいわ、あいつを足止めして」

 

 遠坂のその言葉に、どうとも言えない感情が沸き起こる。

 判っているのだ、他に手が無いことは。さっきの不意打ち気味の令呪が失敗した以上、少なくとも俺には全員が無事に逃げられる方法は思いついてない。

 俺も遠坂も令呪が一つしか残ってないし、セイバーは弱り切っていて、四人も抱えてバーサーカーを振り切る事は令呪のブーストがあっても難しいだろう。

 最後の令呪を使って特攻をかけたとしても、バーサーカーならばおそらく凌ぎきる。イリヤスフィールを直接狙っても同じだろう。

 となれば、誰かが残って他のメンバーが逃げる時間を稼ぐしかないのだが、それが可能なのはアーチャーだけだ。

 一瞬、この場で全員で戦うことも考えたが、それではおそらく全滅するだけだろう。さらわれる時に見たあの現象。もしあれが想像通りのものだった場合、対策無しでバーサーカーを倒すのは不可能に近い。

 今の状態ではメディアもセイバーも戦力にならない。アーチャーからすれば足手まといが増えるだけだ。

 つまるところ、これが最善手。メディアの暗示によって補強された冷静さがそう告げている。

 衛宮の固有結界とかいう力があればもしかするのかもしれないが、土壇場で隠された力が覚醒するなんてのはアニメやラノベだけだ。ついでに言えばそれがバーサーカーに通用するという保証も無い。期待するわけにはいかない。

 

「……正しい判断だ。やはり私は当たりを引いたらしいな」

 

 別の選択肢を探って思考を巡らせていると、聞こえてきたのはアーチャーの言葉だった。

 当たりとは、遠坂が優秀なマスターだったという意味だろうか。……おい、なんで過去形で考えた、俺。

 アーチャーは振り返ることのないまま、俺に言葉を投げ掛けてきた。

 

「そんな顔をするな、比企谷。別に君の責任ではない」

 

 そんなわけ無いだろうが。俺を助けに来たせいで勝ち目の無い戦いに挑む羽目になったんだぞ?

 アーチャーはいつの間にか左右の手に、それぞれ白と黒の短剣を握っていた。その双剣を見たイリヤスフィールが嘲りの笑みを浮かべる。

 

「可愛い。そんな宝具でバーサーカーと戦おうなんて」

 

 アーチャーはそれを無視して、今度は衛宮へと言葉をかける。

 

「小僧、私の言ったことを忘れるな。貴様が戦おうとしても無駄だ。貴様は戦う者ではなく創り出す者なのだから。ならば最強の力を創り出せ。何者にも負けないものを想像し、創造しろ」

 

 何の話か分からないが、俺のいないところで何かのやり取りがあったのだろう。衛宮も神妙に聞いていた。

 一方、無視されたのが面白くなかったのか、イリヤスフィールが不満気に口を挟む。

 

「ちょっと……」

「それと凛、念のために確認しておきたい。君は先ほど『アレ』を足止めしろと命じたが……」

 

 しかしアーチャーは、そんなイリヤスフィールをやはり無視して言葉を紡ぐ。

 セリフを一度切って、顔を肩越しに半分だけこちらに向け、口角を持ち上げてニヒルに笑い、そのセリフを口にした。

 

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

 かっけぇ!なんだこいつ!?

 言われた遠坂は、しばし唖然としてからニヤリとした笑みを浮かべて答えた。

 

「ええ、もちろんよ。目にもの見せてやりなさい」

「承知した。そうさせてもらおう」

 

 いや、ホントかっけぇなこいつら。

 

「……っの、バカにして……!」

 

 反して、せっかくの見せ場を奪われた形のイリヤスフィールは、頭に血を上らせている。彼女が何かを言おうと口を開く。それと同時、

 

「行け!」

 

 アーチャーが双剣の片方を頭上へと投げた。

 剣は天井をぶち砕き、瓦礫へと変えて俺達とバーサーカーとを隔てる壁となる。

 もしかしたら、何か別の手もあったのかもしれない。だがここまで来たらもう別ルートに乗り換えることはできない。

 俺達には、アーチャーを犠牲にするしかなかった。

 

 

 

 夜の森を、ただひたすら走る、走る。

 どのくらいの時間が過ぎた頃か。先頭を走っていた遠坂が、唐突に左手を押さえて立ち止まった。

 

「どうした?」

「……アーチャーが、消えたわ」

「……そうか」

 

 あの余裕のある態度から、もしかしたら、とか思ったんだがやはり無理だったか。くそっ。

 

「行きましょう。アーチャーが稼いだ時間を無駄にするわけにはいかないわ」

 

 俺達は頷き、また走り出した。

 

 

 

「遠坂!セイバーがもう限界だ!」

 

 またしばらく経った頃、今度は衛宮が声を上げた。

 俺と衛宮が両側から肩を貸しながら走っていたのだが、セイバーはもう虫の息に見える。

 

「……少し休ませよう。これ以上は無理だ」

「……そうね。あっちに廃屋があるみたい。そこに運んでちょうだい」

「分かった」

 

 衛宮が短く答える。俺はセイバーを衛宮に任せて最後尾のメディアに声をかけた。

 

「キャスター、そっちは?」

「即興の小細工ですので完全というわけには……。多少の時間稼ぎにはなるでしょうが」

「十分だ」

 

 メディアにはイリヤスフィールの追跡を遅らせるために、痕跡の抹消や偽装を頼んでいた。この辺りのことは、メディア以上に上手くやれる奴は多分いない。

 俺は廃屋の方を無言で促した。

 中ではセイバーが寝かされ、少し離れて遠坂と衛宮が座って休憩をとっていた。そこに俺達も加わる。

 

「バーサーカーを、倒しましょう」

 

 不意に、遠坂が宣言した。

 反対する者はない。ある意味当然の判断だからだ。

 例えこの森から上手く逃げおおせたとしても、イリヤスフィールは執拗に追ってくるだろう。ならばバーサーカーを倒さない限り、俺達に安息は無い。もっとも、アーチャーに感化されたというのも少なくないだろうが。

 問題はだ、

 

「具体的な策はあるのか?セイバーを回復させるのは必須だろうが」

「ええ。一応考えがないこともないわ。セイバーのことも含めてね」

「そうか。俺もいくつか考えついたことがある。それも含めて検討してみよう。メディア」

 

 俺は衛宮達の前で、初めて真名を呼んだ。衛宮達も予想はついていただろうが、まぁある種の覚悟の現れみたいなもんだ。

 

「ヘラクレスは確か、お前と同じギリシャ神話だったよな?知っている限りの情報と、そこから予想されるバーサーカーの能力を頼む。それと……」

 

 これを言うのは躊躇われたが、出し惜しみしている場合ではない。

 

「俺達の手札も。衛宮の能力や、お前の宝具についてもだ」

 

 

 

「最悪だ……」

 

 思わず呻く。

 メディアの知識。聖杯の特性。俺の目撃した現象。

 そうした諸々から互いの戦力を比較した結果、勝利不可能という結論が出てしまった。

 俺のバーサーカーの能力の予想は悪い方向へと外れていた。俺が考えた能力もチートじみていたが、それに輪をかけて凶悪なシロモノらしい。

 無論これも予想であることは変わらないが、メディアと遠坂がブレインとしてついている以上、精度は極めて高いと思われる。

 そしてこの新たな予想が正しかった場合、戦力を立て直したとしても関係なく、バーサーカーを倒し切る方法など存在しないことになってしまう。

 

「どうしろっていうのよ……!」

 

 遠坂が悔しげに漏らした。彼女の作戦はこの段階でパアになってしまったのだから無理もない。……いや、それよりもアーチャーの仇を討てないことの方か。

 メディアも衛宮も黙ったまま。バーサーカーの防御を突破する方法は思い着かないようだ。

 

「……」

 

 一応、俺には一つだけ思いついたことがある。

 今回メディアから開陳された情報と、これまでに考えたアイディアのいくつかをアレンジして組み合わせたものだ。これが上手くいけば、一見無敵に近い護りも打ち破れるかもしれない。

 ただ、これは魔術知識の無い俺が独自に考えた合体技。つまりは材木座の妄想設定と同レベル。要するに実現可能かどうかは非常に怪しいシロモノだ。

 

「……ちょっと良いか?」

 

 しかしまあ、どうせ作戦会議は行き詰まってるんだ。駄目でも俺が恥かくだけ。聞くだけ聞いてみるか。

 

 

「……ってとこだが、どうだ?」

 

 無反応。誰も何も言わない。うーむ、開いた口が塞がらないとはこういうことを言うんだろうな。やっぱ駄目か。

 

「……すまん、忘れてくれ」

 

 そう言って別の手を考える。が、そもそも何も思い着かないからこんな苦し紛れの策を口に出しちまったんだよな。ヤベェ、マジで詰んだんじゃねえか?これ。

 他の奴らが何か考え着かないかと目をやると、何か様子がおかしいことに気がついた。

 

「……どうした?」

 

 声をかけても反応がない。いや、衛宮は普通にこっちを向いたが、メディアと遠坂は顎に手を当ててブツブツ呟いている。

 

「……れが……でも………」

「……て……ダメ……いや、これなら……?」

 

 遠坂がいきなり顔を上げた。様子を伺っていた俺とバッチリ目が合う。

 

「いけるかもしれない」

「……何が?」

「あなたのアイディアよ。技術的には多分可能だわ」

 

 マジでか。何でも言ってみるもんだな。

 遠坂は意気込んだ様子で言葉を続ける。

 

「問題がいくつかあるわ。まずあなたの令呪。それから単純に時間が足りない。キャスター、どのくらいかかる?」

「限界まで簡略化して二時間ほど。セイバーの回復も合わせると数時間は欲しいところです」

 

 小さく舌打ちする遠坂に口を挟む。

 

「時間は俺が稼ぐ。令呪もそのために使うつもりだ」

「そう。なら後は引き受けるわ。それと……」

 

 遠坂は衛宮へと気まずげに視線を向ける。

 

「……俺にやれる事があるなら引き受ける」

 

 衛宮は気丈にそう言うが、その言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。

 

「……ちゃんと考えてから答えろよ。下手したらお前は」

「何もせずにやられるよりはマシだ。……それに、アーチャーだって命を張ったんだしな」

「……そうか。悪いな」

「良いさ。比企谷こそ良いのか?バーサーカー相手に時間稼ぎなんてそれこそ命賭けだぞ?」

「余ってるのが俺だけなんだ。良いも悪いもねえだろ」

 

 自分で考えた作戦にも関わらず、これには俺の出る幕がない。自然、余った役目は俺のものになる。単なる消去法だ。

 

「まずはセイバーの回復だ。遠坂とメディアは儀式の準備を進めてくれ。俺は邪魔にならんように外を警戒しとく。メディアはある程度処置が済んだら俺の方を頼む」

 

 各員に指示を出し、自分は廃屋から出ようとする。

 

「待って」

 

 その俺の背中に遠坂の声が飛んだ。

 

「こんな術式、まともな魔術師じゃ思い着かないわ。あなた、一体何者なの?」

 

 何者と言われてもな……。

 

「……ただのボッチだ。トレカってやった事あるか?」

「トレカ?」

「トレーディングカードゲーム。カード毎に色んな効果や能力があってな、複数の能力を組み合わせてより大きな効果を生み出すことをコンボっていうんだ」

 

 いきなりゲームの話を始めた俺に遠坂達はきょとんとしている。ま、そりゃそうだわな。

 

「基本的に手数が少ないコンボの方が使い勝手が良くて強力なんだ。介入する余地が少ないからな。でも対戦する相手がいないと複雑で派手なコンボばっか考えちまうんだよな」

 

 思い出すのは小学校高学年から中学始めにかけて。あの頃はすげえ流行ってた。

 オリジナルデックを複数組んで誰か対戦挑んでこないかなーと、盛り上がる輪の外で一人そわそわし続け、結局誰とも対戦できなかったのも今では嫌な思い出だ。嫌なのかよ。

 

「だからまぁ、そういうの考えるのは得意なんだよ。ボッチだからな」

 

 

 

 廃屋の外の手頃な石に腰掛け、アインツベルンの城があった方角を眺める。

 外に出てからどのくらい経っただろうか。

 令呪の不具合はすぐに解決した筈だから、今はセイバーを『回復』させているところだろう。

 メディアはその先に行う儀式の準備。遠坂はその説明を受けつつサポートだ。

 何もできることが無い俺は邪魔にならないように表に出て、せめてとばかりに見張りをしているのだが正直あまり意味は無い。

 イリヤスフィールが問答無用で殺しに来れば、俺は抵抗の余地無く死ぬしかない。警戒しようがしまいが同じだ。

 もしそうなった場合、作戦は根っこからパアで正面から戦う他ない。セイバーの回復を最初に持ってきたのはそのためだ。ま、気を張る必要が無いのは楽ではあるけどな。

 

「……」

 

 虫の声すらない森の中で、ただひたすら時が過ぎるのを待つ。その間も代案を探し続けたが、結局何も思い着かなかった。

 

 カサッ

 

 正面ではなく、背後から足音が聞こえた。

 振り返るとメディアが立っていた。

 

「そっちはもう良いのか?」

「はい。凛様に一通り説明してきました。今も準備を進めてくれています」

「そうか。なら今の内にこっちも頼む」

 

 言ってメディアの正面に立つ。俺の要求に従ってメディアが魔術を紡ぎだした。

 ただの時間稼ぎとはいえ、衛宮の言った通り命賭けだ。準備はどれだけしても足りないだろう。

 まず、毎度お馴染み身体強化。これがあるとないとでは生存率が桁違いだ。

 次いで心を平静に保つ催眠暗示。なんだかんだ言って、これまで一番役に立っていたのはこれかもしれない。これがなかったらとっくにチビっていた筈だ。

 この二つはさらわれる前にかけてもらったきりだったから、改めてかけ直してもらった。

 そして今回は、さらにいくつかの魔術をかけてもらう。それから、

 

「それと……どうぞ」

「おう、借りるぞ」

 

 ひとまずの役目を終えた『それ』を受けとる。使う機会があるかは分からないが、メディア達の方ではもう出番は無い。なら念のために俺が持たせてもらおう。

 

「こんなとこか。んじゃ、お前も戻って遠坂を手伝ってくれ」

 

 そう言って、再び森の奥へと向き直った。が、いつまで経ってもメディアが立ち去る気配はない。強化されて鋭敏になった感覚が、彼女がそこに留まり続けていることを伝えてきた。

 

「……どうかしたか?」

 

 肩越しに聞いてもメディアは答えない。ただその場に立ち尽くしているだけだ。

 そのまましばし時が流れた。

 しびれを切らし、俺の方からもう一度声をかけようとしたそのときに、メディアが口を開いた。

 

「……八幡様、逃げませんか?」


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