Fate/betrayal   作:まーぼう

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帰還

「■■■■■■■■■!」

 

 形容し難い叫びと共に、また一つ、バーサーカーの命が失われる。

 一方的な戦いだった。

 セイバーがバーサーカーを正面から受け止め、その隙を突いて遠坂凛が攻撃する。

 遠坂凛を先に仕留めようとしてもセイバーに阻まれる。

 バーサーカーの防御を貫ける存在などごく限られる。だから普段なら敵の攻撃など無視すればいい。しかし今はそれが出来ずにいる。

 バーサーカーのマスターであるアインツベルンのホムンクルスも懸命に援護してはいたが、それも時間稼ぎにしかなっていなかった。

 カードゲームに例えるなら、バーサーカーは純粋なパワーデックだ。

 バーサーカーという最強のユニット。それで敵を蹂躙するのが基本戦術。故に、力で上回られることは想定されておらず、補助の手札はバーサーカーを失わない為のカードが揃えられている。

 つまり、総合力で上をいかれてしまった場合、それを覆す為の手札はそもそも組み込まれていないのだ。

 

「セイバー!」

 

 遠坂凛。

 現在、一時的に私のマスターとなっている少女。

 マスターとしての高い適性と、抜群の戦闘センスを持つ強力な魔術師。

 彼女がその手に持つは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。

 湖の精霊から授けられた、月の加護を受けし人類最強の聖剣。

 

「合わせます!」

 

 セイバー。

 絶大な戦闘力を秘めたサーヴァント。

 聖剣の主たる、騎士王アーサーその人。

 彼女がその手に持つは『転輪する勝利の剣(ガラティーン)』。

 太陽の加護を受けし、もう一つの聖剣とも呼ばれるエクスカリバーの姉妹剣。

 

 二人の少女の持つ二対の聖剣が、バーサーカーの胸を十字に切り裂く。

 

 

「「『交差せし月光と日輪(ツヴァイ・カリバー)』!」」

 

 

 二つの聖剣の同時攻撃に、さしものバーサーカーも遂に動きを止める。

 

「バーサーカー……」

 

 イリヤスフィールのか細い呼び掛けに応え、バーサーカーが振り返る。否、もはやバーサーカーの呼び名は適当ではないかもしれない。

 

「よもや半日足らずで我が命を全て奪われるとはな」

 

 バーサーカーの口から出たのは意味を為さない咆哮ではなく、いっそ穏やかとすらいえる声だった。

 バーサーカーは明らかな知性を宿した瞳をセイバーに向ける。

 

「楽しかったぞ。最後に戦えたのがお前達であったことを感謝したい」

「大英雄よ。貴方と剣を交えられたこと、誇りに思う」

 

 セイバーの言葉に満足気に頷くと、今度は私へと視線を向けた。

 

「すまなかったな、キャスター。私がアルゴー船に残っていれば、あのような非道はさせなんだが」

「貴様に謝罪されるいわれは無い。自分さえその場に居れば何かが出来たなど、戦士に特有の思い上がりだ」

「そうか……そうだな。そうかもしれん」

 

 大英雄は小さく苦笑し、続けた。

 

「あの勇敢な少年に、言伝てを頼みたい」

「何と?」

「見事、と」

「承知した」

 

 そして次に衛宮士郎へと顔を向ける。

 

「バーサーカー……」

 

 頼りなげに呟くイリヤスフィールに優しく微笑んでから、一言だけ告げる。

 

「イリヤを、頼んだ」

「ああ、任せてくれ」

 

 その返事に頷くと、バーサーカーは背を向ける。そして、

 

「さらばだ」

 

 その一言だけを残し、光の粒子となって消えた。

 同時に、イリヤスフィールがフラリと倒れる。

 

「イリヤ!」

 

 それに駆け寄る衛宮士郎には目もくれず、私は森の奥へと駆け出した。

 

 

 

「八幡様!」

 

 走りながら叫ぶ。

 

「八幡様!返事をしてください!」

 

 バーサーカーは言伝てを頼むと言った。

 あれはイアソンとは違い、その精神性も含めて本物の英雄だ。ならば下らない嫌がらせの為に、ありもしない希望を持たせるような真似はしない筈。つまり、マスターはまだ生きている……!

 息が切れるのも無視して、マスターの名を呼び続ける。

 

 パキッ

 

「八幡様!?」

 

 不意に聞こえた枯れ枝を踏む音に振り向く。

 そこに居たのは蒼き騎士だった。

 細身だが、無駄の無い、引き締まった筋肉に覆われた鋭利な肉体。

 飄々とした笑みを浮かべた美貌。

 そしてその手に携えた、深紅の魔槍。

 遠坂凛から聞いていた特徴と一致する。

 

「ランサー!?」

 

 慌てて警戒する、よりも先に、彼が肩に担いでいるものが目に入った。ズタボロであちこち赤黒く汚れたそれは――

 

「貴様ァッ!マスターに何をしたァ!?」

 

 怒りが瞬時に沸点を越え、激情のままに躍りかかる。が、当然の如く、文字通りに一蹴される。

 回し蹴りで吹き飛ばされ、樹に背中から叩き付けられた私に、ランサーが呆れたような声をかけた。

 

「魔術師が槍兵に肉弾戦仕掛けてどうすんだよ」

「……マスターを……放せ……!」

 

 それを無視して睨み付ける私に、ランサーは肩を竦めた。

 

「やれやれ、大した忠義だな。そんなに主が大事か?」

「五月蝿い!マスターを放せ!」

「誉めたつもりなんだがな。言われなくても返してやるよ、そのために連れてきたんだしな」

 

 ランサーはそう言うと、肩に担いでいたマスターを放り投げた。

 

「マスター!」

 

 力なく仰向けに転がったマスターに這い寄る。

 全身血塗れ。服もボロボロ。右腕に至っては、肘から先が完全に失われてしまっている。

 しかし、それでも生きてる。生きててくれている……!

 嬉しさに涙が滲む。が、泣くのは後だ。

 マスターを背に庇い、改めてランサーを睨み付ける。

 

 どうする?

 

 ただでさえ消耗している上に、既にランサーの間合いに入ってしまっている。彼の正体の強力さを抜きにしても勝ち目など無い。

 関係あるか。

 例え世界の理をねじ曲げてでも、この人だけは絶対に護る。

 

「……んな眼で睨むなよ。言っとくが俺は、そのボウズにはなんもしてねえぞ?」

 

 密かに死を決意していると、ランサーはあっさりと背を向けた。

 

「んじゃ、用も済んだし、俺はもう行くぜ?」

 

 そう言って本当に立ち去ろうとするランサーに、思わず声をかけた。

 

「何の真似?」

「なに、ただの礼代わりだ。お前らのお陰で俺も目的を果たせそうなんでな」

「目的?」

「こっちの話だ、気にすんな。そのボウズ、ちゃんと治してやれよ。こんなところで死なすにゃ惜しいタマだぜ」

 

 そう言って手など振りながら、ランサーは森の奥へと消えて行った。それからしばらく警戒を続けたが、戻ってくる気配も無い。

 私は改めてマスターの状態を診た。

 

「マスター……」

 

 一見酷い有り様だった。いや、実際にボロボロではあるのだが、一応は軽く治療された形跡があり、見た目ほどには酷くない。

 とは言え、悲惨な状態であることは違いない。治療を施せば助かるが、放っておけば確実に死ぬ。そういう状態だ。

 出血は止まっているが、失われた血液が戻ることはないし、あちこち骨をやられている。左腕は特に酷く、治しても障害が残るかもしれない。調べなければ分からないが、臓器にもダメージがありそうだ。それでも。

 

「マスター……!」

 

 彼の手を握り、涙する。

 反応は無い。それでも、そこには確かに温もりがある。それだけで十分だ。

 遠くから声が聞こえた。セイバー達が追ってきたようだ。

 それを聞きながら、一言だけ呟く。

 

「おかえりなさい。マスター」


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