Fate/betrayal   作:まーぼう

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教会

 黄金のアーチャー襲撃の後。

 メディア達と合流し、リズさんの応急手当を済ませて衛宮邸へと引き上げた。

 事情を聞いたセラさんは、リズさんを連れて城へ向かった。リズさんはやはり人間ではなかったらしく、普通の治療法では回復出来ないそうだ。

 イリヤはあのアーチャーの圧力に当てられたのか、家に着くなりまた体調を崩してしまった。「イリヤ様をお願いします」としっかり頼まれたので、イリヤに何かあったらセラさんに殺されるかもしれない。

 今はイリヤを隣の部屋で寝かせ、残りのメンバーでセイバーから話を聞いていたところだった。

 何でもセイバーは、前回の聖杯戦争でもセイバーとして召喚され、しかも衛宮の養父のサーヴァントとして戦ったのだそうだ。

 あの黄金のアーチャーも前回の戦いで召喚された英霊で、十年前から今までずっと現界し続けてきたのだそうだ。

 なお、セイバーは戦いの途中でアーチャーから求婚されたらしいが、その辺りの事は全て衛宮に任せる事にした。

 

「てことは、前回の聖杯戦争では、セイバーはあのアーチャーに負けたのか?」

「……いえ、十年前は決着を着けることはできませんでした。というのも私は、キリツグに聖剣で聖杯を破壊するように命じられ、力を使い果たして消滅してしまったのです」

「聖杯を破壊?何でまた?」

「解りません。私には、キリツグが何を考えていたのか、結局最後まで理解できませんでした」

 

 セイバーは俺の質問に、哀しげに目を伏せてそう答えた。

 

 セイバーの話によるとあのアーチャーは極めて強力なサーヴァントで、衛宮切嗣の介入が無かったとしても、勝てたかどうかは疑問だったそうだ。さらには複数回接触しているにも関わらず、未だに正体が判らないらしい。

 

「宝具を見ても分からないのか?あの魔方陣から打ち出される剣。あれって宝具だろ?」

 

 あれだけ特徴的な能力ならすぐに特定できそうだけど。そう思ったのだが詳細は別物だったらしい。

 

「いや、あれだけ色々使われると却って特定できない」

 

 衛宮の言葉にセイバーが頷く。

 俺はあの宝具を、魔方陣から攻撃を打ち出すことのできる剣だと思っていたのだが、実際はまったく違ったらしい。

 あの魔方陣から射出されていたのは一つ一つが異なる武器で、しかもその全てが本物の宝具だったらしい。となると奴は、俺が目撃しただけでも二十以上の宝具を所持している事になる。しかもまだまだ底を突いた様子はなかった。

 あれだけの数の宝具を使いこなす英霊には全員心当たりが無いらしい。勿論俺にもサッパリだ。

 

「大体宝具って、多くて一人三つくらいが限度でしょう?あんな英霊有り得ないじゃない」

「つっても実際にああして存在してる以上、該当する英雄は居なきゃおかしいだろ」

「そうは言うけど、宝具っていうのは英霊にとってシンボルでもあるのよ。だからこそギリギリまで使わないようにしてるわけだし。あんな風にドカスカ宝具を繰り出すのは、そもそも英霊としての在り方に反しているわ」

 

 ほとんど愚痴のような俺の言葉に、遠坂がやはり愚痴のように反論する。まあ確かにその通りなんだよな。

 エクスカリバーと言えばアーサー王というように、宝具が判ればその持ち主の正体も判る。それが聖杯戦争の原則の筈だった。

 正体さえ判れば、相手にまつわるエピソードから能力や弱点を探る事が可能となり、どれほど強力な敵にでも対策を立てる事ができる。

 実際俺達は、正体が判っていたからこそバーサーカーを打倒することができた。しかしあのアーチャーには、その原則が通用しない。

 

「……考え方を変えるべきかもな」

 

 原則が通用しない以上、原則に沿って考えても無駄だ。だが逆に、原則が通用しないという事実、それ自体がヒントになりうる。

 

「そうだな……例えば、宝具集めが趣味の英雄とか……いないか」

 

 弁慶とか、エクスカリパーのあの人みたいな。ビッグブリッジの死闘は個人的にFF屈指の名曲だと思う。

 

「……それだわ!」

「何が?」

 

 俺が何気なく呟いた言葉に、遠坂がパチンと指を鳴らす。

 

「かつて世界の全てを手に入れた、人類最古の英雄王ギルガメッシュ!彼の所持していた数多の武具は、彼の死後様々な者の手に渡り、その優れた性能故に後世に名を残す事になった。つまりあいつが無数の宝具を持っていたんじゃなくて、あいつの持っていた武器が宝具になったのよ!」

 

 まさかのビンゴ。そっかー、あのキャラってそういう元ネタがあったんだ。

 にしてもアーサーにギルガメッシュか……。ナム×カプでは両方味方だったんだけどなぁ。

 

「で、正体が判ったところで対策は?こっちの手札でどうにかなりそうか?」

「ええ。あいつは大量の宝具を所持してはいるけどその使い手というわけじゃない。つまり質より量で押すタイプなのよ。ならばこっちは相手を上回る物量で攻めてやればいい。幸いそれが可能なカードがあるわ」

 

 俺の質問に遠坂は、衛宮を見ながらそう答えた。なるほど、確かに可能だ。

 

「何とかなりそうか……。ただ、あいつにも切り札、いわゆる取って置きってやつがあるだろう。油断すんなよ?」

「しないわよ、これで精々互角でしかないんだから。ねえ、あんたの口車はあいつに通じそう?」

「無理だな」

 

 遠坂の言葉に即答した。

 俺の手札はハッタリだ。だからまず会話しないことには文字通り話にならない。

 しかしあのアーチャーは、言葉を話してはいても会話している様子が無い。と言うか、目が合ったとかそんな理由で殺しにくるタイプに思える。下手すりゃバーサーカー以上に話が通じる気がしない。

 遠坂は俺の答えに「そうよね」と呟きため息を吐くと、改めて俺に向き直り、こう言った。

 

 

「あなた、もうこの家に居ない方が良いかもね」

 

 

 

 

「じゃ、短い間だが世話になったな」

 

 翌日の早朝、俺は大して多くもない荷物を詰めたバッグを肩にかけ、この家の家長である衛宮士郎に別れの挨拶を告げていた。

 

 

 昨夜、遠坂が俺に言ったことは、よくよく考えれば納得のいくもの、と言うかむしろ至極当然の判断であった。

 要するに、あの英雄王の攻撃範囲は広すぎるのだ。おまけに昨日の戦闘を見る限り、目撃者や周囲の被害といった事を気にしている様子も無かった。つまりここに居座っていると、巻き添えを食う確率が高い。

 あいつには、準備を整えた上でこちらから仕掛けるつもりでいるが、その前に向こうから乗り込んでくる可能性だって低くない。そうなった場合、俺自身が危険なのはもちろん、俺を気にして他の誰かが死ぬなんて事態も有り得る。

 聖杯戦争において、俺という人間を狙う意味は既に無い。ならばいっそ、衛宮達と距離をおいてしまった方がお互い安全なのだ。

 ランサーにしろ英雄王にしろ、今の時点で建てられる対策は建てた。

 無論想定してない状況だって有り得るだろうが、メディアは残るわけだし、遠坂と衛宮だって対応力というかその辺りの能力は相当高い。大丈夫だろう。

 逆に俺は、もはや身体を張ることもできない。この家に留まったところで、役に立たないどころかマイナスしか産まない。

 

 出ていく事に反対する理由は無かった。

 しかし俺は、即座に頷くことができなかった。いや、そもそも自分でもとっくに考えていたにも関わらず、自分から言い出さなかったことがおかしかった。それどころか、残らなければならない理由を探している自分に気が付いて驚愕する始末。

 要するに俺は、こいつらに仲間意識みたいな物を感じてしまっているらしい。それで自分一人だけ戦列から離れる事に負い目を感じているのだ。

 こいつらはそんな俺を、それぞれの言葉で説得してきた。

 ここに居ると危険だとか、俺が居なくても大丈夫とか、そんなのだ。トドメはメディアだったけどな。目にいっぱい涙貯めながら「邪魔です」とか言われても説得力ねえっての。

 ま、無理言って残ったところで、今度は足引っ張る事に心苦しくなるのは目に見えてる。どちらを選らんでも同じ事なら、他人に迷惑かけない方を選択するのがボッチの道だ。

 

 

 そんなわけで一昨日話に聞いた、敗退したマスターを保護するシステムとやらを利用させてもらうことになった。今は衛宮とセイバーとに、最後の挨拶をしているところだ。

 

「いや、こっちこそ助かった。比企谷が居なかったら、俺はどこかで死んでたかもしれない」

 

 俺の世話になったという言葉を受けて、衛宮がそう返してきた。社交辞令……ではないんだろうな。こいつの性格だと。

 

「セイバー、その……悪かったな。作戦とは言え、ボロクソに言っちまって」

 

 俺が言っているのはセイバー達と学校で戦った夜のことだ。作戦だったというのも本当だが、あの時は初めての戦闘で妙なノリになっていたのも否めない。

 結果として上手くいったが、言う必要の無い事まで口走ってしまったのも事実だ。今さらではあるが、謝罪はしておくべきだろう。聖杯戦争の結果に関係なく、セイバーに会うことは、きっともう無いのだろうから。

 

「……構いません。今思えば、あの方法は貴方達にとってほぼ唯一の正解だったのでしょう。貴方は智と勇を持って困難を乗り越えただけです。それは讃えられるべきことではあっても、責められるべきことではありません」

 

 まさかのべた褒め。背中の痒みを誤魔化すつもりで、前から気になっていたことを聞いてみる。

 

「なあセイバー、あんたは聖杯をどう使うつもりなんだ?」

 

 そんなことを聞かれるとは思ってなかったのか、セイバーは少し驚いた顔をしてから答えてくれた。

 

「私は、過去をやり直したいと思ってました。選定の剣が、私よりもっと王に相応しい者を選らんでくれていれば、ブリテンは滅びずに済んだかもしれない。そう思っていました」

 

 過去の改竄か。確かに聖杯にでも頼るしかない上に切実な願いだ。だけど……

 

「なあ、セイバー」

 

 前にもどこかで思ったこと。

 過去は変えてはいけない。今の自分を形作っているのは、間違いなく過去なのだから。

 だから受け入れて、飲み干して、自分の一部として認めるしかない。消したり変えたりしてしまったら、今の自分が死んでしまう。

 きっとセイバーだって、そんなことは分かっているのだろう。俺みたいなぬるいガキなんかに言われる迄もなく。

 それでもどうにかしたいからこそ、こうして戦っているのだ。

 それを承知で、それでもあえて開こうとした口を、セイバーはそっと押し留めた。

 

「分かっています。昨日、シロウに叱られました」

 

 言われてみれば、セイバーの言葉は過去形だった。昨日ってことはデート中にか。やるじゃん衛宮。

 その衛宮が、左手を差し出しながら口を開く。

 

「聖杯戦争が終わったらまた会おうぜ。そうだ、妹さん紹介してくれよ。俺も藤ねえと桜をちゃんと紹介するから」

「だが断る」

「おい」

「いやすまん、つい反射的に。言っとくが妹はやらんからな」

「そういうつもりで言ったんじゃないんだが……」

 

 わーってるよ。本当にただの反射だ。

 そんな俺達を見てクスリと笑いながら、セイバーも左手を差し出した。

 

「お達者で、ハチマン。いずれまた」

 

 聖杯戦争が終れば、役目を終えたサーヴァントは消え去るのだろう。英雄王のような例外もあるだろうが、セイバーがそれを望むとは思えない。

 だから衛宮はともかく、セイバーとはこれが今生の別れになる筈だ。『いずれ』も『また』も、きっと無い。それでも。

 

「ああ、またな」

 

 俺はそう言って、セイバーの手を握った。

 仲間の無事を願うことは、欺瞞などではない筈だから。

 

 

「八幡様、教会に着くまでの間だけでも、私のマスターでいて下さいませんか?」

 

 メディアがそう言い出したのは、昨夜俺が出ていく事が決まった直後だった。

 ルールブレイカーを使えばマスターの組み換えは簡単に済む。遠坂を見ると、軽く肩を竦めただけだった。

 メディアが行くならと、現マスターである遠坂も同行する事になった。

 ここを手薄にするのは問題なので断ろうとしたのだが、どちらにせよ、八人目のサーヴァントについて報告と情報収集をしなければならないそうだ。だからただのついでだとか。

 

 そんなわけで、今の俺の左手には、再び令呪が輝いていた。

 もっともそれを目にする事は叶わない。メディアが俺の左腕をがっちりホールドして離れないからだ。近い近い柔らかい近いいい匂い。

 なお、そのメディアの向こう側では、遠坂が何やらブツクサ言っててすごく怖い。

 何か嫌な物を幻視してしまった。彼女が平塚先生みたいにならないことを、切に願う。

 

 そうこうしてる間に教会へと辿り着いた。

 

「綺礼ー、居るー?」

 

 大きな扉を開けて中に入ると、遠坂はそんな声を上げた。返事は無い。

 綺礼というのは、信じ難いが人名らしい。

 言峰綺礼。

 聖杯戦争の管理人として派遣されてきた神父であり、遠坂にとっては兄弟子兼師匠だそうだ。

 どんな人かと聞いたところ、胡散臭いけど腕は確かとの答えが返ってきた。いやそれ安心できる要素が一個もねえだろ。強いのに信用できないとか不安要素しかねえだろ。

 

「ちょっとー、綺礼ー?」

 

 遠坂は中に入ると、無造作にスタスタと歩いていく。俺はその背中に着いて行った。

 

 

 

 正直に言うなら、何故そんな事をしたのか、自分でも分からなかった。

 ただ気が付けば、俺は遠坂の背中に、思い切り蹴りをぶちこんでいた。

 

 

 

 遠坂は背中に靴跡を着け、声も立てずに吹き飛んだ。

 俺はその反動を使い、身体全体でメディアを押し倒すようにして反対側に飛ぶ。その間際、何か軽い、乾いた音が聞こえた気がした。

 二人揃って倒れこみ、すぐさま起き上がる。先ほどまで俺達が立っていた辺りに、黒い短剣が突き立っていた。

 

「まさか、奇襲に感付かれるとはな」

 

 それは、すぐ隣から聞こえてきた。

 重厚だがどこか空虚な声。

 いっそ穏やかさすら感じるそれに、とてつもなく不吉な何かを感じ、反対へと思い切り飛び退く。

 

「げぼぉ!?」

「ぎゃん!」

 

 同時に脇腹を襲った衝撃に吹き飛び、思った以上に距離が開いた。

 痛覚が死んでいるせいで痛みは感じないが、身体がまったく動かない。込み上げた吐き気にえづくと、シャレにならない量の血が口から溢れ出た。これ、内臓イッてるだろ絶対。

 全身から妙な汗を噴き出しながら、なんとか顔を持ち上げる。上がり切らず床しか見えなかったが、視界の端に黒衣を纏った男の脚が写りこんだ。

 その足下では、メディアが腹を押さえて悶絶している。さっき俺が打たれた時、一緒に鳩尾を踏み抜かれたらしい。

 視界を持ち上げられない為に顔は見えないが、黒衣の男は俺を見ているらしい。その男が呟くように言った。

 

「私の寸勁を受けて倒れぬか。本当に何者だね、君は?」

 

 俺が倒れてないのは、単に吹き飛んだ時に変にバランスが取れてしまっただけだ。だから『倒れられなかった』と言った方が正しい。が、そんなことはお互いどうでもよかった。

 男は静かに俺へと歩み寄り、正面で立ち止まる。胸元の十字架が光った。

 

「動きそのものは素人なのだがな。ともあれ、君にはここでご退場願おう」

 

 男の右手が動いた。

 どうにか左腕を挟み込み、ブロックした腕ごと顔面を粉砕される。

 しばし身体が浮く感覚。数瞬の後、全身に衝撃。またも吹き飛ばされ、どこかに打ち付けられたようだ。身体が完全に動かなくなった。

 

 

「八幡様ぁ!」

 

 

 そんな、悲鳴のようなメディアの叫びを最後に。

 俺の意識は、そこで途絶えた。


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