Fate/betrayal   作:まーぼう

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英雄

 比企谷くんが倒されるのを、私はただ見ていることしかできなかった。

 状況が理解できなかったとか、雰囲気に呑まれたとか、そんな理由ではない。身体が動かなかったのだ。

 床に刺さった短剣。

 頭上からいきなり投げつけられたそれは、比企谷くんに突き飛ばされたお陰で当たりはしなかった。

 しかしほんのわずかに脚を掠めていたらしい。ストッキングが小さく破れ、一筋血が滲んでいた。そしてそれだけで私は動けなくなっていた。

 強力無比な麻痺毒。それがわずかな時間で全身から力を奪い、私はもう声を上げることすら叶わない。そしてその間に強烈な一撃が比企谷くんの顔面を捉え、彼は壁まで吹き飛ばされて動かなくなった。

 

「……今の攻撃にもしっかり反応していたな。純粋に生まれ持った素養のみでここまで生き抜いたわけか。惜しいな、私の元で修業を積めば、面白い使い手に成長していたかもしんれのだが。そうは思わんかね?凛」

 

 比企谷くんを打ち倒したそいつは、私が口を利けないのを分かっていて、そんなことを聞いてきた。

 言峰綺礼。

 私達がここに来たのは、この男に会う為だった。

 

「貴様ァ!よくもマスターを!」

 

 その綺礼の背後から、激昂したキャスターが躍りかかる。

 彼女は比企谷くんのことを、マスターであるという以上に慕っている。彼に手を出せばこうなるのは目に見えていた。

 キャスターは両の掌に雷球を産み、綺礼に叩き付けようとした。綺礼はそれを身体を退いてあっさりと躱わし、反撃に転じる。キャスターは雷球を膜のように引き伸ばして防御壁に変化させた。

 彼女は弱体化しているとはいえキャスターのサーヴァントだ。その魔術強度は並の魔術師など比較にもならない。彼女の展開した電磁障壁も、一見脆そうに見えて相当な防御力を持っている筈だ。しかし、

 

(ダメ……!)

「ごぶっ……!?」

 

 その、おそらくはライフル弾ですら弾き返すであろう防護壁を、綺礼の左拳が易々と貫いた。

 綺礼は鳩尾に突き刺さった左腕を振るい、キャスターを投げ飛ばす。

 同時に、綺礼がいつの間にか投げ放った投剣が、彼女の左手足を教会の壁に縫い止めた。

 

「が、ああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 苦悶の悲鳴を上げるキャスターを冷ややかに見下ろし、綺礼は無感情に呟く。

 

「人間相手ならば敗北することは無いとでも思ったかね?君は代行者のなんたるかをまるで理解していない」

 

 そこまできてようやく、私は言うことを聞かない身体を動かし、自分の口に宝石を放り込む事に成功した。

 宝石を噛み砕き、その内に溜め込まれた魔力を解毒の力に変換し、身体に行き渡らせる。

 身体の自由を取り戻した私は、即座に綺礼へと飛びかかった。

 腕の力で弾けるように跳躍し、矢のような蹴りを放つ。

 綺礼はそれを肘で捌くと、その肘をがら空きの胴へと落としてきた。

 私はそれをガードして掴み、そこを軸に逆上がりの要領で身体を回転させ、綺礼の頭へと膝を放つ。

 綺礼は上体を反らすことで躱わすと、腕をスイングさせて私を放り投げた。

 私は空中で受け身をとって危なげなく着地し、不意打ちを軽くいなされた事に舌打ちした。

 

「チィッ!」

「腕を上げたな、凛。君がどこまで成長するのか、師として非常に興味深い……む?」

 

 綺礼はセリフの途中で何かに気を取られたように横を向く。私はそれと同時に跳躍した。

 

「余所見してる余裕があるわけ!?」

 

 長身である綺礼の頭よりも高く飛び上がり、空転の遠心力を乗せた踵を叩き付けた。それを体をずらすだけで躱わした綺礼に、そのままの勢いで両腕を降り下ろす。綺礼は今度は身体ごと下がって避けた。

 

「ハアァァァァッ!」

 

 私は降り下ろした手を床に着き、倒立して旋回し、両脚をカポエラのように振り回した。

 その嵐のような連撃を――綺礼はこちらに顔を向ける事すらなく、片腕だけで捌ききった。

 

「逆に聞くが、何故私に余裕が無くなると思ったのだね?」

 

 あまつさえ、攻撃を捌きながら心底不思議そうにそんなことを聞いてくる。

 

(こいつ、やっぱバケモンだわ……!)

 

 絶望的な技量差に慄然とした隙を突かれ、身体を支えていた腕を払われる。浮いた胴体目掛けて飛んできた蹴りをどうにかブロックするが、全身の骨をバラバラにされるような衝撃と共に入り口の扉近くまで弾き飛ばされた。

 ごろごろと数回転も転がってからようやく止まる。すぐさま身を起こ

 

「…………っ!」

 

 ヒヤリ、と喉元に冷気を感じた。

 いつの間にか後ろから、首筋に刃物を押し当てられている。身動きが取れない。

 最初に投げつけられた物と同じ、黒い両刃の短剣。それを握っていたのは、痩身を黒衣で覆い、ドクロの仮面を被った男。

 

「アサ、シン……!」

 

 聖杯戦争で一番初めに脱落した筈の、他ならぬ己のサーヴァントによって倒された筈の、アサシンだった。

 

「どういう、事……?」

 

 冷や汗を流しつつ口にする。危ないかもと思ったが、聞かずにいられなかった。

 幸い綺礼もアサシンも気に留めた様子は無い。言葉を話すくらいは許されるらしい。

 

「見ての通り。私がアサシンのマスターということだ」

「アサシンは間違いなく倒した筈よ!それがなんでピンピンしてるのかって聞いてんのよ!」

「説明してやっても良いのだがな。悪いが今はあちらが優先だ」

 

 答える綺礼はさっきからある一方を向いたままだ。そちらに意識を向けると、ズル……、ズル……、と何かを引きずるような音がする。

 見れば磔状態から自力で脱出したらしいキャスターが、動かない左手足を引きずりながら移動している。

 ゼエゼエと息を切らしながら這い進む先は、倒れたままピクリとも動かない比企谷くん。

 綺礼がキャスターを見つめたまま右手を小さく動かす。握った指の隙間から、音も無く三本の刃が伸びた。

 先ほどキャスターを貫いた物と同じ、代行者と呼ばれる教会の戦闘員が好んで使う、黒鍵という剣だ。

 投擲用の武器であるにも関わらず普通の長剣ほどの長さがあるのだが、実はその刃は魔力で編まれたものである。そのため本体はごく小さな柄の部分だけで、非常に携行性に優れている。

 キャスターが妙な動きを見せれば、それで即座に止めを刺すつもりなのだろう。綺礼は油断無くキャスターを見つめ続けた。

 キャスターは比企谷くんの元まで辿り着くと、その首もとにかじりつくようにして覆い被さる。

 

 それだけだった。

 庇っている、つもりらしい。

 

「フハハハハハハハハッ!」

 

 突如哄笑が響き渡る。綺礼だ。二人を見て、身を捩って爆笑している。

 

「何が……何がおかしいのよ、あんたは!」

 

 堪らずに怒鳴る。

 彼女の行為は、愛する誰かを護りたいという、とても尊い想いからなるものだ。それは断じて馬鹿にされて良いようなものではない筈だ。

 しかし綺礼は、それすらも面白いとばかりに笑い続けた。

 

「滑稽ではないか!魔術師の頂点たるキャスターのサーヴァントが!それもかの裏切りの魔女がだ!己が主を護るために身体を張るしかないなどと!それで庇っているつもりか!?その細い身体が何かの盾になるとでも!?」

 

 綺礼は笑いながらずかずかと二人に近付き、キャスターを思い切り踏みつけた。キャスターは小さく呻き、それでも比企谷くんにしがみつき続ける。

 

「止めなさいよ!」

「勘違いするな、凛。私はキャスターの願いを叶えてやっているのだぞ?主の役に立ちたいという願いをな」

 

 言って綺礼は、何度もキャスターを蹴りつける。

 

「こ……のォ……!」

 

 悔しさに涙が滲む。こいつを黙らせたいのに私にはその術が無い。

 私は昔からこの男が嫌いだった。

 初めはお父様の直弟子であることに対する嫉妬だと思っていた。

 しかし中学にあがる頃には、どうやら違うらしいことに気が付いた。

 だがそれなら何故、と考えてもずっと答えが出なかったのだが、それが今、ようやく解った。

 この男は、人の想いを踏みにじるのが何より好きなのだ。

 綺礼は一通りキャスターを痛め付けて満足したのか、その蹴撃を収めた。その間、キャスターは悲鳴も上げずに比企谷くんを護り続けた。

 

「さて……」

 

 綺礼は右手の黒鍵を構えた。

 

「残念だが私もそれなりに忙しいのでな。ここらでお開きとさせて貰おう」

「あんた、いい加減に……!」

「凛、これは慈悲だ。これだけ想い合う二人ならば、せめて同じところに送ってやるのが情けというものだろう。君は彼等のために念仏でも唱えてやりたまえ。おっと失敬、これでも私は神父だったな?フフフ……ハハハハハハッ!」

 

 額を押さえ、またしても大笑いする綺礼。

 いっそのこと、玉砕覚悟でその背中に宝石をぶち込んでやろうかと、そんな考えがよぎったその時だった。

 

 

「念仏ならテメェの分だけ唱えとけよ」

 

 

 カラン

 

 そんな軽い音が響いた。アサシンが短剣を取り落とした音だ。

 解放されて振り向くと、アサシンが光となって消滅するところだった。

 アサシンを扉ごと後ろから貫いた『それ』が、その孔から音も無く引っ込む。直後、スカカンッ、と乾いた音が響いたかと思うと、木製の分厚い大扉がバラバラに崩れ去った。

 もうもうと立ち上る埃。

 その向こうから現れたのは、飄々とした空気を纏った男。

 細いが、脆弱さは微塵も感じさせない体躯を蒼い甲冑で包み、その右手には彼のシンボルたる深紅の魔槍。

 

 

「……ランサー」

「ヒーロー参上ってな。よう、嬢ちゃん。久しぶりだな?」

 

 

「あんた……どうして……」

 

 脈絡無く現れたランサーに、呆然と呟く。

 

「なに、ただの私用だ」

 

 ランサーは以前にも見せた、人を喰ったような笑顔を見せてそう答えた。

 綺礼は先ほどまでと一転して表情を消す。

 

「ランサーか。アインツベルンの森で野垂れ死んだものだと思っていたのだがな」

「生憎と生き汚いのが取り柄でな。そう簡単にはくたばれねえのさ」

「それで?今さらノコノコと何の用だ?魔力切れが近付いて恵んでほしいなら、貴様が殺したアサシンの分を働いてもらいたいのだが?」

「ハッ!今さらはこっちのセリフだ。今さらテメェの言う事聞くとでも思ってんのかよ」

「ちょ、ちょっと待って!あんた、それって……!」

 

 聞き捨てならない内容に思わず口を挟む。ランサーは苦々しい顔で頷いた。

 

「……ああ。忌々しいことに、このクソ野郎が俺のマスターだ」

「そんな、それじゃ二重契約……!?」

「どころじゃねえよ。あの金ぴかのアーチャーもこいつのサーヴァントだ」

「な……!?」

 

 三重契約……!そんなことが可能なの!?

 種明かしをされたのが不快だったのか、綺礼が舌打ちするのが聞こえた。そしていつもの鉄面皮に戻ると、ランサーに向かって語りかける。

 

「余計な事を喋るな。ランサー、凛を殺せ。そうすれば再び私のサーヴァントとして迎えてやろう」

「嫌だっつってんだろうが。どうしても俺に殺らせたきゃ、その左手の令呪を使いな」

「……そうか、では仕方無いな」

 

 綺礼が左手を持ち上げるのを見て、私は身を固くした。

 ランサーの意思がどうあろうが、令呪の強制力には逆らえない。この間合いではどうやっても逃げ切れないだろう。

 

「令呪をもって命ずる」

 

 綺礼が唱える。

 ランサーは腕を組み、冷めた眼でそれを眺めていた。

 

「自刃せよ、ランサー」

 

 パリン、と、令呪の砕ける音が響いた。

 

「……で?」

 

 ランサーは、先ほどまでと変わらぬ姿勢で平然と笑った。

 

「……やはりか」

 

 綺礼が忌々しげに呟く。

 

「答えろランサー。何故、貴様には令呪の支配が及ばない」

 

 ランサーは肩を竦め、おどけたように答える。

 

「そこのキャスターが面白い宝具を持ってたんでな、そいつをちょいと拝借したのさ」

「……ルールブレイカーか。なるほどな」

 

 ……そうか。アインツベルンの森で言っていた礼とはその事だったのか。

 

「そういうわけで、俺にはもはや令呪は通じん。遠慮無くぶちのめさせてもらうぜ」

「……殺されるのは堪らんな。それではこうさせてもらおう」

 

 綺礼が呟くと同時、ランサーが槍を振り上げる。

 重い音。

 見ればその穂先に、先ほど倒した筈のアサシンが貫かれていた。

 

「な……」

 

 これで三度目。まさかアサシンもバーサーカーみたいな能力を持ってるの?

 ランサーはアサシンの能力の正体を知っているのか、一切の動揺もなく告げる。

 

「暗殺者風情が騎士に敵うかよ。言っとくが外のアサシンは狩り尽くしたぜ。テメェの手駒は、ここに残ってる奴らで最後だ」

「……そうか。では、もう隠しておく意味も無いな」

 

 綺礼のその言葉を期に

 

 長椅子の陰から

 

 神像の後ろから

 

 柱の上から

 

 教会の至るところからドクロの仮面が現れる。

 その数、優に二十以上。

 アサシンは復活の能力を持っていたのではなく、初めから複数いたのだ。

 数は力だ。

 多いというのは、それだけで絶対的なアドバンテージとなる。

 しかしランサーは、少しも臆することなく槍を構えた。

 

「ランサー、もう一度だけ機会をやろう。凛を殺せ。そうすれば再び私のサーヴァントにしてやる」

「寝言は寝てから言いな。ようやく掴んだテメェを殺す機会、手放すわけねぇだろうが」

「大したものだな、騎士道というものは。契約による仮初めとは言え、かつて主君だった相手をこうも簡単に裏切れるものか」

「抜かせ!テメェはマスターから奪い取った令呪で無理矢理俺を従わせてただけだろうが!」

 

 綺礼の挑発にランサーがなまじりを吊り上げ、怒りを込めて吼える。

 

「令呪さえ無けりゃ、誰がテメェなんぞに従うか……!テメェは最初(ハナ)から俺の仇敵なんだよ。騎士の忠節ナメんじゃねえぞ!」


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