「ああアァぁアぁァァッ!!」
キャスターの叫びと共に無数の光弾が降り注ぐ。
「くっ!やめろ、キャスター!」
「下がってくださいシロウ!キャスターは自分を見失っています!」
前に飛び出して光弾を弾く。が、数が多すぎる。捌き切れない!
「無謀だ、キャスター!死ぬつもりか!?」
数発被弾しながら叫ぶ。
光弾を受けた腕から鮮血が流れる。レジストが働かない。やはり魔力弾か!
魔術師の攻撃手段には魔力弾、あるいは魔力砲と呼ばれる物がある。これらの最大の特徴は、魔術『ではない』という事だ。
魔力弾とはその名の通り、魔力を魔術に変換することなくそのままエネルギーの塊として打ち出す攻撃なのだが、これには対抗手段と呼べるものがほとんど存在しない。純粋な防御力以外ではダメージを軽減することが出来ないのだ。
レジストとは、魔術を構成する『式』に干渉して分解してしまう防御法の事だ。そのため『式』の存在しない魔力弾に対してはまったく意味を成さない。魔力弾は、私のような高い耐魔力を持った相手には極めて有効な攻撃手段と言える。
しかし、それほど有用であるにも関わらず、魔力弾をメインの攻撃手段として扱う魔術師はほとんど存在しない。何故なら効率が悪すぎるからだ。
例えば魔術で炎を生み出す場合、十の魔力で百の熱量を作る事が出来る。術者の力量次第では千や万になることもあるだろう。
しかし魔力をそのまま放出する場合、消費する魔力がそのまま威力とイコールになってしまう。技術が介入する余地が無いため、誰が使っても変わらない。
先ほど無謀と言ったのはそのことで、これだけの威力、これだけの数の魔力弾を放てば消耗は尋常なものではない。並の魔術師なら、今の時点で衰弱死していてもおかしくないだろう。
実際キャスターは、身体を構成する魔力がほどけて輪郭が揺らいできている。しかしキャスターは、そんな事はお構い無しとばかりにさらに十数発の光弾を生み出し、内二つを両の手にそれぞれ持って突進をかけてくる。私相手に接近戦だと!?
獣の如き咆哮を上げて、キャスターがその手の光を叩き付けてくる。私はそれを聖剣で受け止めるが、キャスターは構わず押し込んできた。
「アアアアァァァァッ!」
「やめろキャスター!私は貴女に友情を感じている!斬りたくはない!」
「黙れえェェェェッ!」
キャスターの絶叫と共に、つばぜり合いになっていた光球が弾ける。
「ぐぅっ!?」
至近距離での爆発にさすがに怯む。が、それはキャスターも同じ事の筈。むしろ聖剣を間に挟んでいた分、私はまだマシだろう。
「まだあぁッ!」
しかしキャスターの攻勢はまだ終わらない
さっき生み出した光弾の残りが一斉に降り注ぐ。
「がぁッ!?」
当然だが避けられるタイミングではない。そして、それはつまり――
(自分ごと爆撃しただと!?)
私が避けられないという事は、私より身体能力の劣るキャスターにも当然避けられない。これでは捨て身どころではない。自爆だ!
キャスターの自身を省みない猛攻に戦慄し、大きく体勢が崩れる。爆発で粉煙に包まれ視界が閉ざされる。そこに――
「獲ったァァッ!!」
粉塵のカーテンを切り裂いて、ルールブレイカーが現れた。
タイミングは完璧だった。
私の体勢を崩し、視界を奪い、すかさず必殺の一撃を叩き込む。これ以上は無いと言えるほどの不意討ち。相当な実力差のある相手であっても倒せる筈だ。それを――
「……っ!放せぇぇッ!」
私は、キャスターの手首を掴んであっさり止めていた。
「ルールブレイカーの存在は既に知っています。私が警戒してない筈がないでしょう……?」
先の不意討ちが成立するのは、必殺の牙を相手に悟られていない場合だけだ。
私が警戒してる以上、キャスターの力で私にルールブレイカーを当てる事は出来ない。例えどんな幸運が手伝ったとしてもだ。
キャスターは全身を揺すって振りほどこうとするが、彼女を掴む私の手はビクともしない。単純な力になると、私達にはそれほどに差がある。
「……すみません」
「ぐっ……!」
暴れるキャスターの鳩尾に拳を叩き込むと、彼女は小さく呻いて動かなくなった。
しかしぐったりとしながらも、ルールブレイカーだけはしっかりと握って離さない。
私は指を一本ずつ丁寧に引き剥がし、ルールブレイカーを取り上げた。
無言でシロウ達のところへ戻り、ルールブレイカーをリンに預けた。シロウが躊躇い勝ちに口を開く。
「セイバー……」
「……行きましょう。我々に出来るのは、終わらせる事だけです」
二人はやや間を置いてから私の言葉に頷いてくれた。それを確認して足を踏み出し
カツッ
小さな音に振り向くと、足下で小石がカラカラと揺れていた。
何の魔力もこもっていない、どころか私の元に届いてすらいない、ただの投石。
しかしそこに込められた意思の力は、私の足を止めるに十分にすぎた。
キャスターは意識を保つのもやっとだろうに、膝を着いたまま、身体全体で荒く息を吐きながらも、その眼光を衰えさせてはいない。どころか脚を震わせながら、再び立ち上がろうとしている。
何故そこまで――とは思わなかった。そんなこと、考えるまでも無い。
キャスターは崩れ落ちそうになる自身の膝に渇を入れながら、ブツブツと何事かを繰り返している。
「あの人は、勝てる筈のない敵にでも、平然と立ち向かって見せた……」
それは、私達にではなく、自分に言い聞かせる言葉だった。
「あの人は、自分を捨て駒に使ってでも、目的は必ず達成して見せた……」
溢れ出る涙を拭おうともせず、歯を食いしばって前を向く。
「押して駄目なら諦めろ。そんなバカな事を言いながら、本当に大事なことは、何一つ諦めなかった……!」
既に尽きつつある命を気迫だけで支え、動かぬ筈の身体を無理矢理立ち上がらせて吼える。
「比企谷八幡のサーヴァントを名乗る以上、何もせず、ただ膝を屈する事だけは許されない……!」
私は先ほどの自分の言葉を恥じた。
これほど強靭な意志に支えられて戦う者が、己を見失うなどあるものか。
キャスターはこちらの様子など構う事なく呪文の詠唱に入った。
具体的にどのような術を使うつもりかは判らないが、それが恐ろしく強力な魔術であろう事だけは解る。今のキャスターではその反動に耐えられないであろう事。そして、まともな手段では彼女を止める事は出来ないであろう事も。
それを見て、私も覚悟を決める。
「シロウ、聖剣の使用許可を」
「セイバー!?何を!?」
「彼女は否定するかもしれませんが、キャスターの忠義の心は騎士の誇りそのもの。ならば、私には受けてたつ以外の選択は有り得ません」
私はシロウの返事を待つことなく、一歩前に出て聖剣を構える。
「来い、キャスター。貴公の渾身、このアルトリア・アーサー・ペンドラゴンが、全霊を持って受け止めよう!」
宣言し、意識の全てを自分とキャスターとに集中する。
一瞬が無限に引き伸ばされ、空気の振動すらが見えるほどに感覚が研ぎ澄まされる。
私が聖剣を上段に掲げ、キャスターの呪文が完成する。
ふと、二人が同時に笑うのかが分かった。
「「ああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」
私が聖剣を降り下ろし、キャスターが極光を解き放とうとしたその刹那。
「やめろセイバー!」
「ッ!」
令呪による強制力が私の動きを封じる。
同時にキャスターも、直上から飛び掛かったリンによってその場に組伏せられていた。
リンの手には、先ほど預けたルールブレイカーが握られていて、尚も暴れるキャスターに容赦なく突き立てられる。彼女の左手に再び令呪が輝いた。同時に、
「やめなさい!」
即座に令呪を消費し、キャスターを押さえ付ける。
令呪の強制力に加え、カレイドの力まで使った上での不意討ち。キャスターもさすがに止まるしかないようだ。
私にとっては決闘を邪魔された気分だ。しかし、二人が私達を止めたい気持ちも解る。だから私は言葉にはすることなく、視線だけで抗議した。
二人はその視線に怯むことなく、キャスターへと視線を向けている。リンが口を開いた。
「キャスター。あなたが聖杯を求めるのは、比企谷くんを助けるためよね?」
キャスターは応えない。ただ、否定の気配もなかった。
リンは特に気にすることもなく続けた。
「もしこっちの条件を呑むなら、聖杯を使わせてあげても良いわ。どうする?」
「!?」
その言葉にキャスターが顔色を変える。それは私も同じだった。
「リン!?何を言っているのですか!」
事前に英雄王から聞かされていた通り、聖杯は呪いに汚染されていた。
これはきっと、厄災しか産まない。そういうモノだ。だからこそ私達は破壊することにした。きっと十年前の切嗣もそうだったのだろう。
しかしリンは、その聖杯を使わせると言う。リンに視線で説明を求めると、彼女はゆっくり口を開いた。
「さっき士郎とも話したんだけどね、英雄王の目的って何だったと思う?」
「それは……」
「あいつは聖杯がまともに機能しないことを知っていた。にも関わらず聖杯を使おうとしていた」
確かにその通りだ。
聖杯が産むのは破壊のみ。ならば破壊こそが目的であったと考えるのが順当だろう。しかし……
「あいつの目的が破壊だったとは思えない。あいつは聖杯に頼るまでもなく、世界を滅ぼせるだけの力を持っていたんだから」
そうなのだ。
戦いの中で英雄王が見せた切り札。
結局使わせる隙は与えなかったが、『あれ』の力は聖剣すらをも超えていた。下手をすれば本当に世界を滅ぼしかねないほどの代物だったのだ。
「あいつが聖杯で何をするつもりだったのかはこの際どうでもいいわ。重要なのは破壊以外の目的で聖杯を使うつもりだったということ。それが意味することは一つ。聖杯は呪いで汚染されてはいても、願望器としての機能そのものは失われていない。つまり、魔力の流れを完璧にコントロールすることさえ出来れば、願いを正しく叶えることも可能な筈よ」
「無茶だ!並の魔術師にそんなこと出来る筈がない!」
「ええ、並の魔術師には不可能でしょうね。でもね、セイバー。ここに居るのは魔術師の頂点たるキャスターのサーヴァント。それもかの、稀代の魔女メディアなのよ」
ニヤリと笑うリンに、唖然とキャスターを見る。確かに彼女ならば可能かもしれない。
「キャスター、聖杯を放置することはできないわ。でも、比企谷くんを助けたいと思ってるのはあたし達も同じよ。だからあなたが手を貸してくれるなら、一度だけ挑戦してみようと思ってる。どう?」
キャスターはしばし呆然としていたが、唇を引き結んで頷いた。
「やります」
「よし。ならイリヤには悪いけど、もうちょっとだけ頑張ってもらいましょうか。キャスターがメインで聖杯にアクセス。あたしはサポートにまわるから令呪を通して指示してちょうだい。ルビー、あんたも手伝いなさい。こういうのは得意中の得意でしょ?」
『えー?わたしその比企谷さんって人の事知らないんですけど?』
「ごちゃごちゃうっさい。セイバーは聖杯が暴走した時に備えて聖剣の準備、照準と出力の安定に集中してちょうだい」
「分かりました」
「士郎は聖杯を観測。聖剣を使うタイミングはあなたに任せるわ。ちょっとでもヤバイ気配を感じたら即座に令呪を使ってちょうだい」
「分かった。任せろ」
「こんなとこかしらね……。最後にキャスター、セイバーも。これの成功失敗に関わらず、聖杯は破壊するわ。そうなれば、聖杯の力で現界しているあなた達は消滅することになる。本当にそれでも良い?」
「構いません」
キャスターが即答する。
出遅れた事に少なからず驚きつつ、私も答える。
「元より承知」
リンは私達の答えに満足気に頷くと、自分の手のひらに拳を打ち付けた。
「OK、それじゃ行きましょうか。聖杯戦争最後の大勝負よ!」
冬木市在住のある男性(51)の話では、その日の朝は奇妙な天気だったらしい。
妙な色合いの分厚い雲が空を覆い、降りだす気配も無いのに生温い風が吹いていたそうだ。
趣味である早朝のジョギングを早めに切り上げようと顔を上げると、山の中腹、丁度柳洞寺の辺りから一条の光が伸び、暗雲を吹き飛ばしたらしい。
その日は天気予報では快晴となっており、実際、雲一つ無い非常に過ごし易い一日だった。
そのためか、彼の話をまともに聞く者はおらず、彼自身も日常の中にその記憶を埋もれさせていった。
そして時は流れ――――