Fate/betrayal   作:まーぼう

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第50話

 飛来する無数の短剣に混じって数人のアサシンが迫る。

 

「中へ!」

 

 メディアに障壁を張らせて投剣を防ぎ、舘の扉 を蹴り開ける。扉は幸いにも簡単に開き、俺は棒立ちの葉山の腕を引いて中に転がりこんだ。

 メディアが障壁でアサシンたちの進軍を妨害しつつ中に下がる。そのタイミングを見計らって扉を閉め、身体全体で押さえた。

 

「手伝え葉山!メディア!」

「5秒ください!」

「急げ!」

 

 葉山は言われるまま、俺と同じように扉に体重をかける。蹴り開けたために鍵が壊れている。なのでこうしてないと簡単に侵入されてしまう。

 扉越しに衝撃。

 森の結界に踏み込む前に身体強化をかけさせてあるので、単純な力比べならサーヴァント相手でもそうそう負けないはずだ。というかそうであってくれ。

 ガンガンと扉を蹴りつけるような感触が伝わってくるが、相手がアサシンのクラスということもあってかどうにか突破を許すことなく踏み留まる。その間にメディアの呪文が完成し

 

 

 ガスッ!

 

 

 そんな音と共に右手の親指と人差し指の間、葉山の目の前に黒い刀身が生える。

 

(あっぶねぇ……!)

 

 アサシンが扉の向こうから短剣を突き立てたらしい。運良く外れてくれたがあとちょっとで指が飛んでた。

 葉山は顔面を蒼白にしながらも、悲鳴を無理矢理飲み込んで扉を押さえ続けた。大した胆力だ。

 その直後、今度こそメディアの魔術が完成した。

 

「δщ!」

 

 メディアが扉に手を当てて聞き取り不可能な言葉を叫ぶと、そこから壁全体に波紋のような光が走る。

 それを境に衝撃が消えるが、扉を叩く音はいまだに響いている。ガン!という一際大きな音が窓から響いたが変化は見られない。

 メディアの魔術は正常に機能しているようだ。鍵の壊れた扉が開かないところをみると、強度の増強ではなく物体の位置固定だろうか。まあ敵の侵入を阻めるなら何でも良いが。もっとも……

 

「どのくらい持つ?」

「あまり長くは」

 

 だそうだ。元々魔力不足だったからな。

 時間を稼げただけでも善しとするべきなのだが、それは次に打てる手を残している場合だ。残念ながら今の俺たちは、本当にただその場をしのいだだけにすぎない。

 

「……メディア、お前の切り札はこの状況を覆せる物か?」

 

 確か宝具だったか?詳しい内容までは分からないが、メディアが以前うっかり口を滑らせたことがあった。

 その、メディアに限らず英霊が持っているという奥の手に少なからず期待する。が、

 

「…………いえ」

 

 返ってきたのは否定。

 令呪の縛りが効いている以上、今の聞き方ならば嘘はつけない。何よりこの状況で出し惜しみする意味が無い。

 つまり、現状を打破する手段は無い。

 俺は素早く考えをまとめると次の指示を出す。

 

「……この舘から感じた魔力は二階からだったな?メディア、お前はその魔力の元を手に入れろ。俺はここでアサシンを食い止める。保険はカバンから出しておけよ」

 

 選択肢が少ないというのは悪いことばかりではない。少なくとも迷う必要が無いのは間違いなく長所だろう。

 普通に考えれば無茶な指示なのだが、メディアも他に手が無いことが分かっているのだろう。反論することもなく頷くと、奥へと走り出した。

 

 

「なんだよこれ……比企谷、説明しろ!なんなんだこれは!?」

 

 

 一人だけ理解の追い付かない葉山は俺に食ってかかる。

 ひどくうざったいがこれは仕方のない反応だろう。むしろ錯乱せず状況の把握に努めようとするあたり、度を越して冷静とすら言える。

 俺は襟首を掴む葉山の手を外しながら簡潔に指示した。

 

「葉山、メディアを追え」

「俺は説明しろって言ってるんだ!なんなんだあいつらは!」

「見た通りだよ。敵だ」

「敵って……!」

「今はこれ以上話してる時間はねえ。死にたくなかったらメディアにくっついてろ」

 

 その言葉と共に葉山を軽く突き押す。

 

「……後で、話してもらうぞ……!」

 

 葉山は悔しげに呻くと、メディアを追って玄関ホールから出て行った。

 奥の廊下へと続く扉がパタンと閉まり、ホールには俺一人が残される。しかしだからといって空間に静寂が満ちるようなことはない。

 アサシンたちが扉やら窓やらを叩く音は、葉山と問答している間も絶え間無く続いていたし、今もなお大きくなり続けている。中に踏み込まれるのは時間の問題だろう。

 

(思ったより早いな……)

 

 もう少し稼げるかと思ったのだが、この様子ではあと一分も持たないだろう。なんと言うかもう音がヤバい。

 なんにしろ、贅沢を言っても始まらない。

 俺はホールの隅に置いてあった『それ』を持ち上げると、耳にに意識を集中させる。

 打撃音は、ホラーゲームの演出ならばトラウマになりかねないレベルに激しさを増している。それに混じって、ベキッという、何か決定的な音が聞こえた。

 直後、派手な音を立ててステンドグラスのような色付きの窓ガラスが砕け散る。窓を蹴破って着地したアサシンに、俺は担ぎ上げた、一抱えほどもあるクソ重い壺(花瓶?)を叩きつけた。

 壺の底がアサシンの側頭にめり込む。壺は陶器製だったが、砕けることなくアサシンを吹き飛ばした。

 確かな手応えに心の中で拳を握る。

 

 このアサシンは弱い。それもサーヴァントとしては『極めて弱い』部類に入るだろう。

 アサシンが集団で表れたことから予想してたのだが、それはズバリ当たってくれたようだ。

 おそらく複数で召喚されたことによって、聖杯から受け取った力を分配してしまったためなのだろう。全部で何人いるのかは分からないが、個々の身体能力はメディアより少し上程度らしい。これならば強化状態の俺なら倒すことも不可能ではなさそうだ。ただし……

 

 殴り飛ばしたアサシンが跳ね起きる。人間ならば即死級の攻撃をまともに食らったにも関わらず、まるで堪えた様子が無い。

 そう。倒すのが可能というのは、あくまでもそれだけの意味しか持たない。実際に倒せるかどうかは、当たり前だが別問題だ。

 

(とにかく、やれるだけやるしかねえ……!)

 

 その間にも破られた窓から二人のアサシンが入り込んでいた。

 俺はアサシンたちから距離を取り。右にナイフ、左に電磁警棒を構えて相手の出方を伺う。

 時間が経てば経つほど不利になるのは分かっている。しかし身体的なパラメーターは互角でも、技能と戦闘経験では比較にもならない。まともにぶつかるなど問題外、こちらから仕掛けるのは論外だ。防御に専念する以外にない。

 幸いアサシンは、最初の不意打ちで警戒してくれたらしい。すぐさま仕掛けてくる様子は見られない。

 ホールの広さを考えると、まともな立ち回りができる人数はあと一人というところ。大して間を置かずに四人目が現れると、アサシンたちがゆるりと間を詰めてきた。

 俺は左腕を振るい、袖に隠し持っていた催涙スプレーを投げつける。アサシンがそれを黒い短剣で切り払うと、中のガスが膨れ上がり瞬間的に煙幕の役割を果たす。俺は同時に一番右、最後に入ってきたアサシンに間合いを詰めてナイフを突き出す。

 アサシンは俺の刺突を逆手に持った短剣で受け流すと、流れるような動作で逆に切り上げてきた。俺はそれを身体を投げ出すように転がって避ける。

 倒れた俺に別のアサシンが駆け寄る。ガスに巻かれた奴のはずだが、仮面に防毒効果でもあるのか動きにはまるで淀みが無い。

 振り下ろされた短剣を電磁警棒で受け止める。直前にスタンガンの出力を最大にしたのだが、短剣かグローブが電気を通さないのか、あるいはこの程度の電撃はそもそも効かないのか、怯んだ気配も無い。くそっ!こっちの攻撃がことごとく通じねえ!

 どうにか短剣を逸らして足払いを放つが、アサシンはそれを軽く跳んで躱し、逆にその脚に短剣を突き立てる。これは脛まで覆う鉄板入りのロングブーツのおかげで防げた。

 脚を振り抜くままに身体全体を転がす。その勢いを使って身を起こすと同時、二人のアサシンが斬りかかってきた。

 一人目の短剣をナイフで受け止めーーようとして、偶然ナイフのスリットに短剣が入り込んだ。しかも捻ったことでアサシンの手から短剣を離れる。ラッキー!

 武器を無くしたアサシンを間に挟むことでもう一人の攻撃を妨げようとする。が、先に仕掛けてきたアサシンはあっさりと飛び退き、二人目の邪魔をしないようにした。その辺のチンピラと違って判断が速い。

 その二人目の斬撃をどうにか掻い潜って頭突きを見舞う。鈍い打撃音に混じって、ペキッと仮面にヒビが入る音が聞こえた。

 怯んだ隙に再び距離を取ろうとし、猛烈な悪寒に咄嗟に身を伏せる。いつの間にか後ろに回り込んでいたアサシンの一人が、俺の首があった辺りを薙ぎ払っていた。

 またしても地べたを這いずる俺。転がって逃げようとしたところを蹴りつけられる。

 爪先が綺麗にみぞおちに突き刺さり、一秒弱の低空飛行。激痛と衝撃に呼吸が止まる。が、どうにか距離を取ることには成功した。そして乱戦の中で密かに仕掛けておいた『それ』が発動する。

 

 

 カッ!

 

 

 アサシンの足下で強烈な閃光が、物理的な衝撃さえ伴って膨れ上がる。視界を灼き尽くす唐突な光の、文字どおりの爆発に、アサシンたちが怯んだ。

 

 暴徒鎮圧用のフラッシュグレネード。

 

 以前聖杯戦争に使えそうな道具を、雪ノ下を通して陽乃さんに注文したことがある。その際に、頼んだ覚えの無い物までいくつかおまけで付いてきたのだが、これはその中でも取って置きだった。

 俺は光の爆発を無視してもっとも手近なアサシンに突進する。

 メディアの魔術で閃光防御は施してある。にも関わらず視界は白くかすみ、アサシンたちの姿はまともに見えない。

 俺はほとんど勘だけで間合いを計り、ナイフを思い切り突き出す。

 手応えは、無い。白んだ視界の中、黒い影が後ろに飛び退くような姿が見えた気がした。それを認識した瞬間、ナイフの柄のスイッチを押し込んだ。

 

 スペツナズナイフ。

 

 ソ連の特殊部隊が使用していたと言われる軍用ナイフ。

 実在したかどうかは不明だが、そのあまりに特徴的な機構は都市伝説となって広まり、多くの模造品を産み出した。俺の持つこれも、そうした模造品の一つだ。

 その有名かつ突拍子もない仕様。バネ仕掛けで刃を撃ち出せるナイフ。

 

 アサシンはまっすぐ後ろに跳んでいた。

 そのためにナイフは届かなかった。

 しかしその切っ先は、まっすぐアサシンへと向いていた。

 それはすなわち、スペツナズの射線上。

 アサシンは予想だにしていなかった奇襲に、喉から血を吹いて倒れた。

 俺はそれを見届ける前に、泳いだ上体のバランスを無理矢理持ち直す。視界に破られた窓が入り込んだ。

 窓には新たなアサシンが足をかけ、中に入ろうとしていた。

 そいつの左手は、俺に向かってまっすぐ伸びていた。まるで何かを投げつけたようなーー

 

 

 俺の喉に、黒い短剣が突き刺さった。


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