Fate/betrayal   作:まーぼう

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第52話

 グシャリッ

 

 壁に叩き付けられたアサシンが、そんな音を立てて潰れる。そのグロテスクな光景に、隣の葉山がえづいて口元を押さえた。

 その間にもスーツ姿の女は、拳でアサシンの胸を打ち砕き、蹴りで脚をもぎ取り、肘で腹に穴を開け、手で頭を握り潰す。

 

「バケモンじゃねーか……」

 

 俺は唖然と呟いた。それしかできなかった。

 恐らくサーヴァントとしては極端に弱いであろうアサシンが相手とは言え、それを生身の人間が十倍を越える数を相手に圧倒し、一方的に殺戮していた。

 無双とはまさにこのことだろう。僅か数人にあれだけ痛め付けられていたのが馬鹿らしくなってくる。

 さらに驚くべきは、この女が状態が万全ではあり得ないということだろう。

 彼女がほんの少し前まで死にかけていたのももちろんだが、それ以前に見ただけで判る身体的欠損を抱えている。左手が無いのだ。つまりこの女は、片手でサーヴァント十数名を上回っていることになる。

 やがて女が何人目かのアサシンの頭を踏み潰すと、アサシンの一人が口笛のような音を鳴らした。同時に黒尽くめの集団が、波が引くように部屋から出ていく。どうやら不利を悟って撤退したらしい。

 

「た……助かっ……た……?」

 

 葉山が呆然とした様子で漏らす。やや間抜けな絵面ではあったがそれも無理からぬことだろう。

 残心というのか、女はアサシン達が去ってからもしばらく警戒を続けていたが、やがて俺達の方へ向き直ると、スタスタと歩み寄って来た。

 それまで放心していた葉山が、ハッとして彼女に一歩踏み出す。

 

「あ、ありがとうござっ……!?」

 

 俺はその葉山の襟首を掴んで思い切り引き寄せる。バランスを崩して俺に寄りかかるように後ろに倒れた葉山の鼻先に、女の拳が突き付けられた。

 

「……っ!?」

 

 息を飲む葉山。

 なんということもないただの拳骨。しかしそれが撒き散らす惨劇を、俺達はこの目で見てしまっている。

 俺が葉山を引くのが遅かったら、あるいは女があと半歩だけ深く踏み込んでいたならば、葉山は先ほどまでのアサシン達と同じ運命を辿っていただろう。

 女は感情の見えない眼で、無機質にこちらを観察している。俺はそんな彼女に向かって、ゆっくり、できるだけ刺激しないように口を開いた。

 

「オーケイ、取り引きしよう。日本語解るか?」

「……そちらの材料は?」

「今の状況の説明と持ちうる限りの情報。おたくの怪我の治療の分は負けといてやる」

「求める対価は?」

「俺達の身の安全の保証。話の後でなんか頼むかもしれんがそっちは要相談でいこう。とりあえず今は殺されなけりゃなんでもいい」

 

 女はしばし動きを止める。どうするべきか計算しているのだろう……が、考える頭があるなら大丈夫そうだ。多分。

 

「…………いいでしょう。わかりました」

 

 女は大分考えた末にそう答えると拳を引いてくれた。……いや、ホント良かったわ。こっからこの女とバトルなんて展開だったらdead or dieだったよ。マジで。

 どうやらただの脳筋ではなさそうなことに安堵する。

 ようやく緊張から解放された葉山がズルズルとその場にへたり込み、女はそれを尻目にくるりと踵を返し、その場にパタリと倒れた。

 

 …………って、は?

 

 

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

 

 

 身を起こしたした葉山が彼女に駆け寄る。つい先ほど殺されかけた相手だというのにフェミニストの鑑みたいなやつだ。

 彼女はうつ伏せに倒れたままピクリともしない。

 俺は黙って成り行きを見守っていたメディアに目配せする。もしかしたらアサシンとの戦いのどこかで毒にやられていたのかもしれない。ならばメディアが解毒できるはずだ。

 俺が葉山の隣、頭のすぐそばに屈みこむと、彼女はギギギッと音がしそうな動きで俺達に顔を向けた。意識はあるらしい。

 彼女は青ざめた顔で、しかし表情はまったく変えずに、つまりは真顔でこう言った。

 

 

 

「すみません。何か食料を所持していませんか?」

 

 

 

 おい葉山、そんな顔すんな。失礼だろうが。

 

 

 

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。私の名だ。

 

 時計塔に所属する封印指定執行者。

 塔の依頼により聖杯を回収するべく来日し、ランサーのマスターとして第五次聖杯戦争に参加する。

 聖杯戦争の舞台である冬木市を訪れた際、戦争の監督役を務める聖堂教会の代行者、言峰綺礼の元を訪ねる。これは塔の指示でもあった。

 聖杯戦争に関するあらゆる情報が集まる監督役、さらに前回の聖杯戦争の参加者でもあったという彼の協力を得れば、聖杯の獲得はほぼ確実となる。

 言峰と個人的に面識を持っていた私は特に疑うことなく彼を訪ね、既知であることの油断から不意を討たれた。

 

 私はこうして会敵することすらなく敗退した。

 

 

 

 記憶に欠損は無い。身体も左手の損失と空腹以外は問題無し。戦闘行為に支障はない。

 私は自己診断を済ませ、サンドイッチをペットボトルの水で流し込みつつ少年達を観察する。

 私が意識を取り戻した時にこの部屋に居た者達だ。彼らはアサシンのサーヴァントと思わしき黒尽くめの集団と戦っていた。

 目覚めた私はその全てを敵と仮定し、危険度のより高いと思われるアサシン(仮)を優先的に撃退した。その後あらためて彼らを殲滅しようとしたところで交渉を持ちかけられて今に至る。

 彼らは少年二人、少女が一人の三人組だ。この内少女はサーヴァントだった。キャスターのクラスらしい。

 キャスターのマスターは腐った眼が特徴の黒髪の少年。比企谷八幡と名乗っていた。

 もう一人の女受けの良さそうな金髪は葉山隼人。

 この二人は共に魔術師の素養を持たない一般人で、聖杯戦争には偶然巻き込まれたのだという。現に隼人の方は聖杯戦争の名すら知らなかったらしく、八幡の話を聞いてしきりに驚いていた。

 対して八幡だが、彼が一般人だというのは正直疑わしい。肝が据わりすぎている。

 例えば彼に提供してもらった食料。

 コンビニのサンドイッチが二つに水。チューブ入りのゼリーに缶詰め、ブロック状の固形食料が数点。

 この内サンドイッチは別として、他は保存性と携行性を意識した物ばかりだ。つまりこの少年は、長期的な戦いを視野に入れていることになる。

 聖杯戦争という異常な状況で、素人がそんなことにまで頭が回るものだろうか?

 

「こっちの話はこんなところだ。バゼットさんだっけ?今度はあんたのことを聞いてもいいか?」

 

 あらかたの話が終わったらしい。

 一般人と言うだけあって真新しい情報は無かったものの、それでもいくつか判ったことはある。だがその前に。

 

「話をするのは構いませんが、その前に質問してもいいでしょうか?」

「なんだ?」

「あなたは民間人だという話でしたが、魔術ではなくともなんらかの訓練を受けた事があるのですか?」

「いや。なんで?」

 

 八幡は私の問いに眼をしばたたかせて疑問を返した。

 

「冷静過ぎます。平時に頭が切れるのはともかく、このような状況でこれだけ落ち着いていられる素人などあり得ません」

「まあ同感だ。だからキャスターにそういう暗示をかけさせてる」

 

 催眠暗示。魔術における初歩も初歩だが、なるほど。それなら納得がいく。

 この少年は非常時における平常心に重きを置いているようだ。そしてその判断は正しい。素人とそうでない者の差は、そこにこそあるのだから。

 普通の人間は戦闘というストレスに対し、まともな精神性を保つことはできない。そこで暗示でもって心を護るのだ。何もせずに正気を保っていられるならば、むしろそちらの方が狂っているだろう。

 そもそもの話、心を鍛えるという概念自体がある種の暗示なのだ。極論を言ってしまえば、積み上げた鍛練も、仲間との絆も、それらは全て心を護る鎧に他ならない。

 例え魔術師ではなくとも、戦いに携わる者なら自己暗示は基本的な技術だ。他にもスポーツ選手などが行うルーティングなんかも暗示の一種と言える。

 催眠暗示とは本来敵に、あるいは非協力的な相手にかけて、自分の望む行動をとらせるために使うものだ。それを味方のマインドセットに利用するというのは非凡な発想と言える。もっとも……

 

(自身の精神状態を完全に他人任せにできてしまう精神性など、そちらの方がよほど異常だと思いますが)

 

 ともあれ得心はいった。怪我の治療と食事の礼も含めて、ひとまずは彼らのことを信用してもいいだろう。

 少なくとも彼らの戦闘力の低さは本物なのだ。私を謀るつもりならば、それが判った時に潰せばいい。

 

「分かりました。まず……」

 

 私は来日した目的、そして仮死状態に陥った経緯を説明した。

 ここで嘘をつく意味は無い。それに話を聞く限り、私と彼らの利害は一致している。ならばある程度の信用を得るために、また私が彼らを信用するためにも、こちらの手札を曝しておく必要がある。これもひとつの暗示だ。

 これは一般に言われる信用や信頼とは別種のものだ。疑念は判断を鈍らせる。戦いにおいて味方を疑わないのはただの技術にすぎない。

 

「……その、言峰だったか?そいつに味方しそうな奴に心当たりとかあるか?」

 

 私の話を聞いた八幡は、難しい顔で質問を発した。すぐさまその可能性に思い至ったか。やはり相当な切れ者のようだ。

 

「……一応答え合わせをしておきましょうか。なぜそんな質問を?」

「このタイミングで仕掛けてくるのは言峰以外はあり得ない。言峰がランサーを持っているなら協力者がいることになる」

「襲撃が言峰の意図であることの根拠は?」

「この館は地理的に戦略的な拠点にはなり得ない。特に霊地というわけでもない。それでもなお仕掛けてきたということは、この館に触れてほしくない何かがあったからだ。状況から考えて、それはバゼットさん、あんたのことだろう。そしてあんたのことを知っているのは言峰か、その味方だけだ」

「……偶然あなたを発見したアサシンのマスターが、与し易しと狙った可能性は?」

「あり得ないな。さっきの話でも出たが、俺達はアサシンは倒されたものだと思って一切警戒していなかった。他のマスターもそうだったろう。少なくとも俺がアサシンのマスターなら、この利は絶対捨てない」

 

 ……百点だ。現状の情報から導き出せる答えとしてはおそらく最上のものだろう。やはりこの少年は戦力足りうる。

 

「……驚きました。あなたの分析はおそらく正しい。その上で言わせていただきますが、私はアサシンのマスターは言峰自身だと考えています」

「……二重契約ってことか?」

 

 八幡は己のサーヴァントにちらりと視線を向けた。それが技術的に可能なことなのか、確認をとっているのだろう。

 キャスターは特に否定しなかった。それを受けて、八幡は私に簡潔に質問してくる。

 

「根拠は?」

「先ほど戦ったアサシン、あれは弱すぎます。使い魔を複数持つと、その分一体ごとに分配できる魔力量が減少して個々の能力が低下します。おそらくアサシンは、初めから複数で一体として扱われるサーヴァントで単体での戦闘力は低く設定されているのでしょうが、それを考慮に入れても手応えが無さすぎました」

「……つまり、元から弱いアサシンが、ランサーとの二重契約によって更に弱体化していたと」

 

 私は首肯した。

 アサシンがいかに最弱と言えどサーヴァントはサーヴァント。二十近くも同時に相手して無傷でいられるとは考えにくい。それが現実に起きたのならば、そうなっただけの理由があると考えるべきだ。

 八幡は私の言葉に短く考えてから口を開いた。

 

「アサシンの気配遮断の能力を考えれば、あんたを襲う時にアサシンを使わない理由は無かったはずだ。だがあんたの話には、アサシンのことは出てこなかった。つまり言峰は、あんたと会った時点ではアサシンを持っていなかったことになる」

 

 だからこそ他人からサーヴァントを奪うことを考えたんだろう、と続ける。

 

「だけど単純な疑問として、既にランサーを持ってる人間が別のサーヴァントを召喚できるのか?」

 

 もっともな疑問だ。が、これについては私には、ほとんど確信に近い感触があった。

 

「言峰にとって、アサシンの召喚は意図せぬものだったのだと思います。自分でアサシンを召喚したのではなく、聖杯に選ばれてしまったのでしょう」

「……聖杯戦争開始時にマスターが揃ってなかった場合、冬木市内の人間からランダムで選ばれるってやつのことか?なおさらあり得ないと思うんだが」

「ランサーを召喚したのはあくまでも私です。なので言峰は召喚者としてカウントされなかったのでしょう。彼は聖杯に気に入られているようですから」

 

 死にかけた私を縛り付けていた呪い。

 実際に囚われていたからこそ解るが、あれは聖杯だ。

 そして聖杯に接続していたから解るが、聖杯は言峰に手に入れられることを望んでいる。この程度の贔屓があったとしても不自然さは感じない。

 八幡は私の言葉に思考を巡らせている。信じることはできないが、完全に否定する材料も無いといったところか。

 良かった。

 こんな話をあっさり信じるような人間は思慮に欠ける。かといって可能性を検証もせずにあり得ないと断ずるような者は柔軟性に欠ける。彼はその両方を持ち合わせているということだ。

 

「八幡」

 

 交渉を始める前、彼は頼みごとがあると言っていた。おそらくそれは、私が今考えていることと同じなはずだ。

 彼の推理力に敬意を表し、私から切り出すことにしよう。

 

「あなたの目的は生き残ることだと言っていた。しかしそのための力が足りない。私の任務は聖杯を持ち帰ることです。しかし私にはサーヴァントが足りない。我々は協力できる。そう思いませんか?」


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