Fate/betrayal   作:まーぼう

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第53話

 人気の無い道を、走る、走る、走る。

 息はとっくに上がっており、肺と脳は脚を止めて休めという命令を出し続けていたが、それを無視して駆け続けた。

 このまま走り続ければ深刻な障害を被る可能性もあるが、立ち止まれば死ぬ。

 

「なんだよアレ……!ちくしょう、なんなんだよアレは!?」

 

 苛立ちと共に吐き出す。そんな余裕など無いはずなのだがそうせずにいられない。疲労が蓄積した今の状態では、どのみち速度に大差は無いが。

 愚痴を言うのと同じく、振り返る事も愚かしい行為だ。しかし生物的な本能から、やはりそうせずにはいられなかった。

 振り向いた視界の端、夜の闇の彼方で何かが瞬く。直後、足下が爆発した。

 

「うわあぁぁぁぁっ!?」

 

 たまらず吹き飛び転倒する。

 転がった先で慌てて身を起こす。が、その視界の端に再び煌めきを捉えて身を竦めた。周囲の地面がまたしても、今度は立て続けに爆発する。

 

「ちくしょう!なんとかしろライダー!?」

 

 爆風と死の恐怖に曝されたこの状況で叫ぶことができたのは、実はとてつもない偉業なのではないだろうか。

 ともあれ彼のサーヴァントである眼帯の女は、主の前に立ちはだかった。

 夜のカーテンの向こうから三度の光弾。それをライダーは、渾身の力でもって弾き返す。

 

「ほう?(オレ)の攻撃を防いだか」

 

 光弾を放ってきた相手のものであろうその声には、紛れもない賞賛が含まれていた。

 闇の中から歩み出てきたその男は、一言で言えば黄金だった。金の髪に金の鎧。そして何よりその身から発せられる神気が金色を想起させる。

 しかしその表情には隠しようのないーー否、隠すつもりなど微塵も無い嘲りが浮かんでいる。

 確かにライダーは敵の攻撃を防ぐことには成功していた。しかしライダーは、ただそれだけでボロボロになっていた。

 

「慎二、逃げてください」

 

 この敵には勝てない。

 それを悟ったライダーは、主にそれだけ告げて眼帯をむしり取った。その下に隠されていた瞳が、魔力を帯びて虹色に輝く。それを見た男がその顔を喜色に染める。

 

「ほう!?これは石化の邪眼、それもこの力、宝石級か!?」

 

 男の言う通り、それは強力無比な石化の魔眼。ライダーにとっての切り札だった。

 その効果は凄まじく、周囲の樹々はおろか路肩の車のような無機物ですらも石化が始まる。しかしーー

 

 

 

「惜しいものよな。この醜悪な臭いさえ無ければ我が財宝の一つとして愛でてやったものを」

 

 

 

 男はただ、心底残念そうに頭を振るだけだった。

 ライダーが歯噛みする間も男の言葉は続く。

 

「これだけの力を持つ邪眼にライダーのクラス、そして 恐気(おぞけ)を催すこの臭気……。貴様、ゴルゴンの末妹か」

 

 ライダーは男の言葉には応えず、短剣で己の首を掻き切る。溢れ出た鮮血は地に落ちることなく宙を漂い、空中に魔方陣を描き出した。

 光輝く方円から、なおも眩い光輝を纏った『何か』が現れる。

 それは翼持つ駿馬。

 神話において、何者よりも疾く天を駆ける者。

 これぞライダーのもう一つの切り札、幻獣ペガサス。これを喚び出し自在に乗りこなすからこそのライダー。

 彼女の『石化の魔眼(キュベレイ)』は、例え石化を防いだとしてもその動きを大きく鈍らせる力がある。

 魔眼で動きを封じてからのペガサスによる突進。このコンボを躱せる者など存在しない。

 

「『騎英の (ベルレ)……!!」

「連中に運命を弄ばれたことを考えれば、貴様に同情を覚えぬこともない。が……」

手綱 (フォーン)!!』」

 

 ライダーを乗せた天馬が一筋の光と化す。

 残像を光の尾となして突き進むその姿は、さながら流星の如し。

 実際、その一撃に秘められた力は、天より墜ちし星の屑にも劣らぬものだろう。

 その、城壁すらをも容易く打ち砕く人外の一撃は……

 

 

 

「あいにくと、(オレ)は神が嫌いでな」

 

 

 

 男の前に突如として現れた楯によって、あっさりと阻まれた。

 その、人一人を完全に覆い隠してしまう巨大な楯は、誰にも止められぬはずの突撃を平然と受け止めていた。白銀に輝くその装甲には、ヒビすらも入っていない。

 

「……っ!」

 

 ライダーはなおも魔力を絞り出すが、それでも楯は揺るがない。

 

「女神の系譜たる貴様の存在を赦すことはできん。ライダー、やはり貴様はここで死ね」

 

 そんな、彼女を嘲笑うかのような言葉と共に男が指を鳴らす。同時にライダーを取り囲むように無数の魔方陣が現れた。

 ライダーはこの攻撃に全ての力を使ってしまっている。当然、男の反撃に対応する余力など無い。

 すなわち、魔方陣から吐き出された無数の武具が、ライダーとペガサスを貫いたのは必定と言えた。

 

「あ……あああ、ライダー!?」

 

 光の粒子となって消え行く自らのサーヴァントに少年が悲鳴を上げる。男はそれを聞いて、初めて彼の存在に気がついたかのような視線を向けた。

 

「ヒ……ヒィ!?」

 

 少年は尻餅を着いたまま必死に後退る。

 男は少年を退屈そうに眺めると、その指を向けて

 

「やめなさい」

 

 凛とした声が夜を切り裂く。

 涼やかな鈴の音を思わせるその声に男は動きを止め、無表情な貌を肩越しに背後へと向けた。

 現れたのは一人の少女。

 雪のような儚さと、氷のような鋭さを同時に纏った少女だった。

 夜闇よりもなお黒く、しかし決して輝きを失わぬ黒髪をなびかせて、彼女は左腕を持ち上げ口を開く。

 

「令呪をもって命じるわ。今後、人間の殺害を禁じます」

 

 その言葉と共に少女の令呪が砕ける。

 男は特に気分を害した様子はない。代わりに何かを面白がるような、試すような目を彼女へと投げ掛ける。

 

「何故止める雪乃?ライダーを駆逐しろと命じたのは貴様だったはずだぞ?」

「そのライダーはすでに倒したでしょう。マスターの命まで奪う必要は無いはずよ」

「しかしだな、そもそも貴様がライダー討伐を考えたのは、こ奴等が無関係な人間を巻き込んだからではなかったのか?あの結界を張ったのは確かにライダーだが、それを命じたのはマスターの方だろうに」

「同じことよ。サーヴァントを失った以上は何もできないのだから」

「そうとも限らんぞ?またどこぞでサーヴァントを手に入れて再び悪事を働くやもしれん。そうなったらどうするつもりだ?」

「その時はまた倒せばいいだけの話でしょう」

 

 その言葉に、男は虚を突かれたように表情を消した。

 男は顎に指を当て、内容を吟味するようにしばし瞑目する。そして身体を小さく震わせ、震えは次第に大きくなり、やがて堪え切れぬとばかりに声を上げて笑い出した。

 少女は不快さも露に男を睨み付ける。

 

「……何がおかしいの?」

「ク、クク……。いやなに、感心しておったのよ。また倒せばいいか、確かにその通りだ」

 

 渋面を作る少女とは裏腹に、男は心底愉快気笑う。

 

「気に入ったぞ雪乃。その傲慢、実に(オレ)好みだ。良い、(オレ)を使うことを許す。我がマスターとして存分に命ずるがいい」

「なにを当たり前のことを……。あなたは私のサーヴァントでしょう?」

「クカカッ、そうであったな、そう言えば」

 

「お……お前ら!何なんだよ!?」

 

 二人の会話に突如割って入ったのは、ライダーのマスターだった。

 

「いきなり現れて、人のサーヴァントを殺して!何のつもりだ!?」

 

 愚かな行いだった。

 セリフの内容もだが、少年にとっての最善は、二人に気付かれぬようにこっそり立ち去るのことだったはずだ。それは少年とて理解していただろう。

 

「……あなた、まだ居たの?」

 

 実際少女達は彼のことなど完全に忘れていた。しかし少年は、それこそが気に入らなかったのだ。

 彼は、虚栄心が極端に強い人間だった。

 

「質問に答えろよ!?」

「黙りなさい」

「っ!?」

 

 少女の静かな、しかし有無を言わさぬ一言に少年は言葉を飲み込む。少女は彼に、刃よりも鋭い視線を向けた。

 

「あなた、まさか自分が責められないと思っているのではないでしょうね?あんな非道な真似をしておいて許されるはずがないでしょう」

 

 それは人として当然の義憤。さらに言えば、少女はそうした非道を人一倍嫌う(たち)だった。

 しかし、これまた当然ではあるが少年にも言い分はある。無論、彼だけの身勝手な正義ではあるが。

 

「う……うるさいな!あんなの身を守る手段だろ!?自分の命が懸かってる時に、他人なんか気にしてられるかよ!?」

「そう……」

 

 少女が眼を細める。

 

「な……なんだよ?」

 

 そのまま無言で歩み寄ってくる少女に、少年はたじろぐ。が、気を取り直したように笑みを浮かべた。

 

「ふ、ふん。僕がビビるとでも思ってるのか?お前さっきサーヴァントに令呪を使ってただろ。サーヴァントさえ無けりゃお前なんかに……っ!?」

 

 少年は言葉を最後まで続けられなかった。いつの間にか間合いに入ってきた少女に投げ飛ばされたのだ。

 仰向けになって息を詰まらせる少年に、少女は冷たく告げる。

 

「……意外とよく見ているわね、姑息なだけはあるわ。で、サーヴァントが無ければ、何?私だけでもあなたごときを捻り潰すのはわけないのだけど」

「ヒ……!?」

「あなたみたいな人間の屑でも、死なれると迷惑を被る人がいるの。あなたを見逃す理由はそれだけよ。だから、私の気が変わらない内に失せなさい」

「ヒ……ヒィィィィッ!?」

 

 傲然と見下ろす少女に、少年は今度こそ逃げ出した。それを愉快気に見送り、黄金の男が口を開く。

 

「綺礼への義理立てか、律儀だな。事後処理は元々奴の役目だろうに」

「手間は手間でしょう。迷惑をかけるわけにはいかないわ、あの人には恩があるもの。……行くわよ」

「良かろう。精々(オレ)を楽しませろよ、マスター」

 

 こうして二人は、闇の中に消えていった。

 

 

 

 

「見付けたわよ、慎二!」

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 声をかけると、慎二は耳障りな悲鳴を上げて派手に転がった。……ちょっと驚き過ぎじゃない?今までとは別ベクトルで失礼ね。

 

「と……遠坂……?」

「……あんた、一体どうしたわけ?」

 

 慎二は汗だくで、顔も涙でグシャグシャだった。よほど必死だったのか、あたしのことも今になってようやく気がついたようだ。叩き潰すつもりで探していた相手なのに、気の毒に思えてくるほどだ。

 あたしは状況を理解できてない様子の慎二の額に指突き付け言ってやる。

 

「……何があったか知らないけど、だいぶ酷い目にあったみたいね。良いわ、今なら大人しく令呪を差し出せば、記憶を消すだけで勘弁してあげる」

「は、はぁっ!?」

「抵抗は無駄よ。衛宮くんたちもすぐに駆けつけるし、今もアーチャーが周囲を警戒してるわ。ライダーを呼んだところで封殺できる。諦めなさい」

「ふ、ふざけるな!?」

 

 慎二が叫ぶ。

 いきなり感情を爆発させたのには驚いたが、まあいつもの事と言えばいつもの事だ。だって慎二だし。

 あたしは務めて冷たく続ける。

 

「信じないのは勝手だけど、大人しく聞いておいた方が……」

「そんな事言ってんじゃないよ!ライダーならとっくに殺された!あの金ぴかに!」

「…………は?」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 殺された?ライダーが?

 

「ちょ、ちょっと慎二、どういう……」

「とぼけるな!どうせあの雪乃とかいう女もお前らとグルなんだろ!?汚いんだよ、寄ってたかって!」

「いや、だから……!」

「覚えてろよ!絶対まとめて後悔させてやるからな!」

「あ!ちょっと!?」

 

 一体どこに力を残していたのか、慎二は捨て台詞を残して逃げてしまった。つい見送ってしまったが……まあ良いか。

 ライダーが本当に倒されているのなら慎二にはもう何もできないし、あれがその場逃れの言葉ならばアーチャーが何とかする。どちらにせよ慎二は脱落だ。それよりも……

 

「雪乃、って言ってたわね……」

 

 それは比企谷ーーキャスターのマスターが言っていたのと同じ名前だ。そして『あの』雪ノ下家の下の娘とも。

 綺礼の話では、妹の方は魔術とは関わり無く生きている事になっている。だけど、もしその情報がフェイクだったら?

 

「……綺礼に確認しないとね」


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