Fate/betrayal   作:まーぼう

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第58話

 何が起きた?

 

 目の前の光景が理解出来なかった。

 俺達は深夜の公園でキャスター達と落ち合い、そのまま戦闘になった。

 相手の策に翻弄され、何度か肝を冷やしたけど、それでも戦いを優勢に進めていた。あと一歩で勝利というところまで。

 それなのに。

 

 

 倒れ伏す遠坂とアーチャー。

 膝を着くセイバー。

 そして、令呪の消えた俺の左手。

 

 

 全滅。

 

 そんな二文字が脳裏をよぎる。

 

(なんでだよ……さっきまで間違いなく勝ってたはずだろ!?)

 

 どんなに否定しても現実は変わらない。

 俺は状況を把握しようと、必死に先ほどまでのことを思い出す。

 

 

 遠坂がキャスターに止めを刺そうとしたその時、轟音が鳴り響いた。

 音源はセイバーと戦っていたキャスターのマスター、比企谷だった。

 セイバーが比企谷に向かって突進し、比企谷がそれを迎え撃って地面を砕いた。その衝撃でセイバーを宙に浮かせ、そこを掌底で狙い打つ。

 セイバーは崩れた体勢を空中で立て直し、臆することなく攻撃に移る。

 セイバーの剣と比企谷の腕が交差し、ほんのわずかに早くセイバーの剣が比企谷を貫いた。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 胸を刺し貫かれて血飛沫を上げる比企谷の姿が掻き消える。同時にセイバーの背後、というかほとんど直上に短剣を構えたキャスターが現れた。

 キャスターはそのままセイバーのがら空きの背中に短剣を突き立てる。直後、俺の左手に痛みが走った。 

 それとほぼ同時に遠坂が短く悲鳴を上げた。

 見ればそこにキャスターの姿は無く、替わりにさっき消えた比企谷が。

 その姿はボロボロで、間違いなくセイバーと戦っていたのと同一の存在に思える。ただ一つ、刺されたはずの胸に怪我が無いことを除けば。

 比企谷は掌底を突き出した姿をとっていて、その足下には倒れた遠坂が苦悶の呻きを上げていた。両足が折れているらしく、自分の身体を支えられずに遠坂の上に崩れ落ちた。

 

 

「私に従え、セイバー!」

 

 

 キャスターが左手を掲げてそんな叫びを上げた。その甲に輝く令呪の一画が弾け、セイバーが苦し気に膝を着く。

 何があったかは分からないがアーチャーも倒れていた。

 

 

 

 これらの全てがほんのわずかな時間に起きた。

 遠坂もアーチャーも倒れ、俺はキャスターに令呪を奪われて、セイバーはその令呪によって支配されようとしている。今はまだ抵抗しているが、いつまで持つかは分からない。

 一瞬でほぼ全滅。唯一残った俺は、戦力的には一番格下だ。

 一方敵は、比企谷は倒れた上にブーストも切れてもう戦えないだろう。だけどランサーのマスターにキャスターが残っている上に、セイバーが敵に回る可能性だってある。

 逃げようにも自分たちとキャスターが張った二重の結界が邪魔だし、その外にはランサーと黄金のサーヴァントが控えている。はっきり言って絶望的だ。

 

(何か……何かないか!?せめて遠坂だけでも逃がさないと……!)

 

 俺は焦る心を無理矢理に抑えて、こちらに足を向けたランサーのマスターに身構えた。

 

 

 

「拘束呪術……感染型か!」

 

 動きを封じられて倒れたアーチャーが呻く。私は作戦が上手くいったことに安堵しながらその言葉を肯定した。

 

「ええ、その通りです。令呪を通してあなたの核に直接呪いを注入してますから、耐魔力も効果はありません」

 

 同時に戦場全体を見回す。

 アーチャーのマスターも倒れ、セイバーも奪った令呪によって動きを封じられている。勝敗は決したようだ。

 余裕を見せてはいるがギリギリだった。あと少し呪いの発動が遅ければ倒されていただろう。もっとも、それも作戦に折り込み済みではあったが。隼人がきちんと役割を果たしてくれて助かった。

 この呪いは八幡の連動式短縮呪文( パッチスペル)の効果だ。

 呪いを受けた者は四肢の動きを封じられ、魔力の流れも乱されるため魔術を使うこともできなくなる。さらに被術者の魔力を喰って増殖し、霊的なリンクを通して他の者に感染するという代物だ。

 アーチャーの言った感染型という言葉の通り、霊的な繋がりを介して増殖感染する呪い。ウイルスのようなものだ。マスターからの魔力供給に毒を混ぜ混む形なので、サーヴァントには防ぎようが無い。

 複数の敵を同時に無力化できる効果なのだが、本来はそこまで強力な術ではなかったりする。少なくともサーヴァント相手に効果を発揮するようなものではない。

 キャスターはそれを、デメリットを自分で設定することでどうにか使えるレベルに引き上げてしまった。

 既に完成している魔術の改良、いや、改造。そんなアイディアを思い付く八幡も充分驚愕に値するが、より驚くべきはやはりそれらを実現してみせるキャスターだろう。

 今回、魔術強度を引き上げるために犠牲にしたものは二つ。内一つが射程で、接触式にすることで同時に三騎士の耐魔力対策にもなっている。それは良い。が……

 

(上手く行くものですね)

 

 件の拘束呪術をいかにして決めるか。問題はそれだった。

 私が使ってもよかったのだが、相手はサーヴァントが二人だ。勝てる見込みは低い。結局ここでも八幡の策に頼る他なかったわけだが、これがほとんど曲芸じみた代物だった。

 もちろん行けると思ったからこそ私も策に乗ったのだが。というかフラガラックを二つも提供したのだ、上手く行ってくれなければ困る。

 

供犠に捧げる偽りの誓約( リバースエンゲージ)

 

 私が預けたフラガラックをキャスターが改造して創った宝具。

 私の『斬り抉る戦神の小剣( フラガラック)』は敵の切り札に反応し、『後より出でて先に断つもの( アンサラー)』のキーワードによって真の力を発揮する。

 その力は因果逆転の呪い。

 時間を遡り、敵が切り札を使う前に倒したことにしてしまう逆行剣。

 事実上の即死効果を持つこの剣の、因果をねじ曲げる力を利用した二つ一組の指輪は、八幡とキャスターが身に付けている。

 これはいくつかの条件を満たした状態で敵の攻撃を受けると効果を発揮する宝具で、その攻撃のダメージを無かったことにした上で、確実に敵の死角を取ることができるというものだ。

 これこそがこの戦いにおける本当の本命だったのだが、綺麗に決まってくれた。派手すぎる囮に目を奪われて、敵の誰もが本物の狙いに気付けなかったのだろう。

 ろくに鍛練も積んでいない素人にサーヴァント並の戦闘力を与える。

 この時点で既に常軌を逸しているというのに、そんな狂気じみた術を『ただの目眩まし』に使うなど、予測できてたまるものか。

 

 とにもかくにも蹴りはついた。

 拘束呪術のもう一つの弱点は効果時間だが、それでも十数分間は持つ。説得には充分すぎるだろう。

 私は敵の生き残りであるセイバーのマスター、衛宮士郎の元へ足を向ける。彼のすぐ側には八幡も倒れている。気を失っているようだし拾ってやらねば。

 隼人も拘束を解いて立ち上がる。

 セイバーはまだ令呪の支配に抵抗を続けていたが、それも時間の問題だろう。が、キャスターは少し苛立っているようだ。

 令呪をもう一つ使おうとしたのか、あるいは強制力を強めよるために魔力を流し入れようとしたのか、左手を高く掲げる。

 

 

 

 その左手が、不意に掻き消えた。

 

 

 

「あ……ああああぁぁぁぁぁぁあっ!?」

 

 

 メディアさんの悲鳴が響き渡る。

 彼女は右手で左腕を抑えて苦痛にのたうち回っている。その左腕は、肘から先が失われて鮮血が溢れ出ていた。

 

 いきなりだった。

 何かが割れるような音がしたと思ったら、彼女が掲げた左手が突然消失した。

 バゼットさんを見たが、彼女も何が起きたのか理解できてないようだ。衛宮たちも同様のようだった。

 混乱して身動きも取れずにいると、唐突に背中に氷柱を差し込まれたような感覚がした。

 いきなり感じた圧倒的としか表現しようのないプレッシャーに、全身の毛穴が開いて汗が吹き出す。

 

 

 

「今宵のところは物見に徹するつもりだったが……セイバーに手出しされたとあっては黙っているわけにはいかぬな」

 

 

 

 傲岸という言葉に形を与えればこうなる。そう言われれば納得する以外に無いような、万物を見下すかのような声。

 しかし脈絡無しに登場した謎の乱入者に、俺は振り向くことすらもできない。

 今までに感じたことの無い、否、想像すらしたことの無い感情の爆発。それがあまりにも大きすぎて、この感覚が恐怖であることを理解するのに時間がかかった。

 

 その恐怖の源たる黄金の男が、尊大に告げる。

 

 

 

「王の宝物に手を着けたのだ。当然死ぬ覚悟は済ませてあるのだろうな、雑種」

 





オリ宝具解説


名称:供犠に捧げる偽りの誓約《リバースエンゲージ》
最大捕捉:2 人
レンジ:10
ランク:C

 補足
 キャスターが斬り抉る戦神の小剣《フラガラック》を改造したもの。
 二つ一組の指輪で身代わり人形《リバースドール》の技術を流用してあり、空間転移による入れ替え、因果の逆転、切り札に反応する性質をそれぞれから受け継いでいる。
 劇中では比企谷八幡とキャスターが装備しており、複数の条件を満たすと効果を発揮する。
 その条件とは

①装備者同士がレンジ内にいる
②装備者が切り札を使用可能、及び使用待機状態にある
③装備者がそれぞれ異なる相手に対して戦闘状態にある

 以上の条件を満たした上で装備者のどちらかがダメージを受けると、『そのダメージを回避して敵の死角を取った』状態に現実を上書きしてしまう。尚、効果発動と同時に指輪は破壊される。
 ②と③の条件である切り札と敵は装備者の認識に依存するため、暗示などを利用すれば自在に切り替えることも可能。ただし失敗すると不発になるのであまりおすすめはできない。
 また、同時に複数の敵対者と対峙していた場合、発動時にもっとも意識を割いている相手の死角に転移する。この時、二人以上の相手に同程度意識を向けていた場合も不発となる。

 上記の通り因果逆転を利用して現実を書き換えるため、敵の攻撃をその威力や種類に係わらず一度だけ無効化できる。
 さらに敵の背後や頭上ではなく、あくまでも死角に転移するため必ず不意討ち判定が取れる。加えて切り札の使用待機状態で転移するため、転移直後に切り札を発動可能。事実上の必中効果と変わらない。

 発動と同時に敵を倒したことが確定してしまうフラガラックと比べて大きく格が落ちるが、敵ではなく自分の切り札に反応するためある程度能動的に使用できること。手加減の一切利かない、文字通りの必殺武器であるフラガラックと違い融通の利くことなどは利点と言える。

 八幡達は、フラガラックの情報は衛宮達に漏れていると予測していた。そのためフラガラックを使う場面は来ないだろうと考え、ならば別のことに利用できないかとキャスターが創ったのがリバースエンゲージである。
 劇中のバゼットのモノローグだと逆に思えるかもしれないが、八幡の作戦は拘束呪術ではなくこちらを基準に立てられている。

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