Fate/betrayal   作:まーぼう

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第59話

 爆音が夜に轟く。

 

 片腕を失って悶絶するメディアさんと、令呪の支配によって身動きの取れなかったセイバーが一緒くたに吹き飛ばされ、後にはまるでバトル漫画のような小さなクレーター。その中心には一本の槍が残された。

 

「セイバー!」

 

 衛宮が叫びを上げ、俺はそれを聞いてようやく金縛りから脱して身体の向きを変えた。その先には、黄金の鎧を纏った謎の男。

 どうやって結界で隔離されたこの戦闘フィールドに踏み込んだのかは分からないが、この圧倒的な存在感を放つ男の攻撃によって、メディアさんとセイバーは行動不能に陥ってしまった。

 二人のサーヴァントを一撃で倒した戦闘力から考えて、この男もサーヴァントであることは疑いようがない。

 常識的に考えればいまだに姿を知らないランサーかバーサーカーのどちらかなのだろうが、バゼットさんの様子を見る限りランサーとは思えないし、かといってバーサーカーにも見えなかった。

 

(どうする……逃げるか……!?)

 

 正体不明、予想外の敵の出現に判断に迷う。

 今夜の戦いでの俺の役割は衛宮の足止め、ではなかった。

 俺に与えられた役目は二つ、内一つがタイムキーパーだ。

 比企谷の用意した切り札『供犠に捧げる偽りの誓約(リバースエンゲージ)』は発動条件が厳しい。戦闘の素人である比企谷とメディアさんが互いの様子を見ながら使うのは不可能だったろう。

 バゼットさんはバゼットさんで、敵戦力の中核であるアーチャーの相手をしなければならず、他のメンバーのフォローまですると負担が大きすぎる。

 そこで俺が全体の状況を見て適切なタイミングで、あるいは吸精結界の時間切れが近付いたら合図を出す手筈になっていた。二度目の「比企谷、急げ」というセリフがそれだ。俺はそのために敵の中で最も戦力が低く、また、負けたとしても重傷を負う可能性が低いと思われる衛宮にぶつけられたのだ。

 

 そして俺のもう一つの役割が脱出装置の起動だ。

 この戦闘フィールドにはいくつもの結界が敷いてある。

 まず公園全体に張られたのと、この広場を囲む遮断結界。

 この二つは結界内外の交通を遮断するもので、戦闘領域を限定するのが目的で設置したものだ。前者をカモフラージュとして本命の後者を隠してあった。

 そしてその二つを隠れ蓑にして用意したのが冬木市全域を覆う吸精結界『冥精の寝所( ランパード・ニンフォメア)』だった。これは戦力で劣る俺達が戦うためには必要不可欠な仕掛けで、前の二つに輪をかけて入念に隠されていた。

 そして、それら三重の結界でさらに深く隠蔽してあるのが脱出用の転移結界だ。俺はその起動キーを預かっている。

 

 比企谷の想定ではここでの戦闘の結果に関わらず、最初の結界が解け次第アサシンがなだれ込んでくると予想していた。

 言峰綺礼にとって、自分の正体を知るバゼットさん、及び彼女から情報を得た俺達は邪魔者だ。何としてでも消したいと考えるだろう。

 遠坂達が言峰と組んでいるならそのまま共闘すれば良いし、そうでないなら消耗したところをまとめて葬れば良い。どちらにせよ仕掛けない理由は無い。

 転移結界はそれを見越して用意したものなのだが、今の状況では使えない。比企谷とメディアさんが取り残されてしまう。

 

 転移結界の範囲は他の結界に比べるとだいぶ狭い。比企谷達が最初に立っていた地点を中心に数メートルというところだ。

 もちろんこれには理由がある。

 アサシンの力は非常に弱い。遮断結界を力付くで破ることは不可能だ。

 ランサーならば結界を強引に突破することも可能らしいが、元マスターであるバゼットさんと契約破戒のルールブレイカーが揃っている限り、ランサーをけしかけられることは無い。だから戦闘終了後に行動不能になったメンバー(衛宮たち含む)を回収して転移する時間は充分にあるはずだった。

 また、作戦が上手く行かなかった場合の逃走用に用いるパターンも考えていた。この場合は俺かバゼットさんが戦況を見て判断することになっていたのだが、範囲が広すぎると敵を巻き込んで一緒に転移してしまうことになりかねない。それでは転移先で戦いが続行されるだけだ。

 

 どちらにせよ、転移による離脱は遮断結界が機能していることを前提に考えられていた。謎の敵を前にして、負傷者を回収しながら離脱というのは難度が高い。

 ……いや、正直に言えば比企谷とメディアさんだけなら何とかなるとは思う。だけど恐らくそれは、比企谷が認めないだろう。

 比企谷は初めから、誰も死なないことを目的に作戦を組み立てていた。これには敵として設定してある衛宮達も含まれる。

 比企谷はきっと、衛宮達を見捨てて逃げることを認めないだろう。

 比企谷は自分の都合ばかりを主張しながら、その実最初から誰一人見捨てるつもりが無いのだ。普段は『みんなが』と(うそぶ)きながら、いざとなると身内のためと言い訳して誰かを切り捨ててきた俺とは正反対の男と言える。

 

 ならば、そのための方法を考えなければならない。

 俺に比企谷の代わりが務まるなんて思わない。だけどそれが、比企谷に命を助けられた俺の責任だ。

 

 俺は駆け出した衛宮に倣い、バゼットさんと合流するべく走り出した。

 

 

 

「セイバー!」

 

 俺は謎のサーヴァントの攻撃で吹き飛ばされたセイバーに向かって駆け出していた。

 乱入してきたのは黄金の鎧を纏った男。ライダーを倒したというサーヴァントで間違いないだろう。

 そいつは腕組みして正面を向いたまま、目だけでこちらを見た。瞬間、猛烈な悪寒が走る。

 

「雑種、誰が動いて良いと言った?」

 

 不快気なその言葉と共に浮かび上がった魔方陣から光弾が放たれる。とっさに身を投げ出してなんとか回避した。が、

 

「あうっ!」

「遠坂!」

「比企谷!」

 

 遠坂の悲鳴と、俺と金髪の叫びが重なった。

 流れ弾が背後の遠坂の近くに着弾したらしい。折り重なるように倒れていた遠坂と比企谷がまとめて吹き飛ばされていた。

 黄金のサーヴァントは倒れたキャスターに向けて、またあの魔方陣を展開させている。こちらへの興味は既に失っているようだーーが、下手に動けばまた攻撃が飛んでくるだろう。そうなれば今度こそ遠坂に当たるかもしれない。

 そう考えて硬直している俺の横を駆け抜けていく影があった。

 

「ハアァッ!」

 

 鋭く気合いを発してランサーのマスター、バゼットが黄金のサーヴァントに片腕だけで果敢に飛びかかる。金ぴかは小さく舌打ちすると、盾を出現させてバゼットを弾き返した。

 

「下がれ女。貴様に用は無い」

 

 金ぴかは心底どうでもよさげに吐き捨てると、今度は四つの魔方陣を産み出し光弾を打ち出す。なんなんだこいつの能力は!?ていうかこいつら仲間じゃなかったのか!?

 バゼットは飛び退いて攻撃を躱わした。しかしそれで精一杯らしく、次々打ち出される光弾にジリジリと距離を押し広げられている。

 間合いが大きく開いたところで、黄金のサーヴァントの視線が再びキャスターに向く。未だ動けぬキャスターに攻撃を再開ーーする直前、

 

 

 

「やめなさい!」

 

 

 

 鋭い制止の声が響いた。

 声は若い女のもの。

 振り向けば黒髪の、おそらく同年代と思わしき少女が息を切らし、左右の手をそれぞれ街頭と自身の膝にかけて身体を支えていた。

 

「何を……げほっ……何をしているの、ギルガメッシュ!」

 

 その、息も絶え絶えで今にも倒れてしまいそうにも見える少女は、それでも力のこもった眼で黄金のサーヴァントを睨み着ける。

 ギルガメッシュと呼ばれたサーヴァントは、しばしその少女へと視線をやりーー彼女を無視して改めてキャスターへ光弾を放つ。その攻撃は金髪がキャスターに飛び付きどうにか凌いでいた。わずかに動きが止まった間に駆け寄っていたらしい。

 その金髪を見た少女が目を丸くする。

 

「葉山くん、どうしてあなたが……!?」

「雪乃ちゃん、君こそ何をしているんだ……!?」

 

 この二人はどうやら知り合いらしい。遠坂が言っていた雪ノ下雪乃と思わしき少女は頭を振ると、ギルガメッシュと呼んだサーヴァントに食ってかかった。

 

「やめろと言っているでしょう!一体どういうつもり!?干渉しないはずじゃなかったの!?」

「気が変わった。セイバーに手を出されては黙っているわけにはいかん」

 

 雪ノ下は責め立てるが、ギルガメッシュにはまるで堪えた様子は無い。むしろ小馬鹿にするような眼を自らのマスターに向けている。雪ノ下はそれにますます柳眉を吊り上げた。

 

「だからってマスターを攻撃するなんて!人を傷つけるなと命じたはずよ!」

「心配せずとも殺さぬように気を遣ってやっている。そうでもなければこやつらがまだ生きている説明がつくまい?」

「メディアさんを殺そうとしたでしょう!?」

「貴様は何を言っている」

 

 いきなりギルガメッシュの気配が塗り変わる。豹変したサーヴァントに、逆に雪ノ下の方がたじろいでいた。

 

「貴様の目的はサーヴァントを全て消し去り聖杯戦争を終わらせることだったはずだ。キャスターだけを例外に扱うことなど許さんぞ」

「そ、それは……!」

「その辺りの覚悟は済ませてあるものとばかり思っていたのだがな。まさかとは思うが、理解していなかったなどと言うつもりではあるまいな?」

 

 雪ノ下は反論できずに俯いてしまう。

 話の内容はよく分からなかったが、とにかくこの二人は比企谷たちと共闘してるわけではないらしい。

 ギルガメッシュは雪ノ下が沈黙したのを確認すると、またしてもキャスターに向き直る。どうあってもこの場で始末するつもりらしい。

 キャスターは金髪ーー葉山という名らしいーーに抱えられているが、完全に気を失っているようでぐったりしている。

 この状態で攻撃すればどうやっても二人まとめてになると思うのだが、ギルガメッシュはお構い無しに仕掛けるつもりのようだ。

 

「隼人、撤退を!」

 

 叫びと共に、何かが空間を切り裂く。それはギルガメッシュが出現させた盾に衝突し、やたらと重い音を立てて四散した。

 叫びはバゼットのものだった。彼女は拳大ほどもある石を三つ宙に放り、それを連続でサッカーボールのように蹴り飛ばす。石は音速を越え、衝撃波を放ちつつギルガメッシュへと飛んだ。

 ギルガメッシュはバゼットに顔を向けることすらなく盾で防いでいたが、葉山はその隙にキャスターを抱えてジリジリと後退していた。

 とは言え、ギルガメッシュは攻撃できないわけではないのだろう。

 すぐに終わらせないのは相手を嬲っているだけ。それは奴の顔に張り付いた嗜虐的な薄笑いを見ればありありと分かる。

 気絶したままの比企谷を回収したいのだろう。葉山は俺の背後へと視線をやり、そして目を見開いた。

 その表情は、端的に言えば予想だにしないものを見たような顔だった。それにつられて俺も後ろを振り向いた。

 

 そこには倒れ伏す男女。

 呪いにやられて動きを封じられた遠坂と、セイバーとの戦いで力を使い果たした比企谷。

 

 そしてその二人に覆い被さるようにして、短剣を振りかざす制服姿の男。

 

 誰かが声を発するよりも早く、その男は比企谷の胸に曲がりくねった短剣を突き立てた。

 迸った魔力の輝きが、男の左手に収束する。同時にキャスターが苦しげに呻き、その身を支えていた葉山を弾き飛ばした。

 男は続けて遠坂にも短剣を突き立て、もう一度同じように左手が輝いた。

 

「ク……クフ……クヒヒヒヒ…………!」

 

 男はゆらりと立ち上がり、己の左手を眺めて痙攣するように身体を震わせた。

 

「令呪……令呪だ……!偽臣の書じゃない、本物の令呪だぁ!」

 

 左手の甲に六つの令呪を輝かせ、間桐慎二は狂気じみた笑いを夜の公園に響かせた。


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