Fate/betrayal   作:まーぼう

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第62話

 バラバラだった身体が繋がっていくよう感覚。ごく短時間のそんな錯覚を経て五感が正常に復帰していく中、最初に知覚したのは荒い息遣いだった。

 

「げほっ、ウッ……ゲェ……!」

 

 間桐慎二。ライダーの元マスター。

 空間転移に酔ったのだろう。地に両手を着いて吐いているこの男は、現在形の上では私のマスターでもある。

 その慎二は一通り胃の中身を出し終えると、傍らのキャスターを殴りつけた。

 

「この……無能!もうちょっとマシな逃げ方はなかったのか!?」

 

 キャスターは力を使い果たしたのか、反抗する気配すらなくぐったりしている。それを憐れんだわけではないが、私は慎二に制止の声を投げ掛けた。

 

「そう言ってやるな。そもそも準備も無しに空間転移を使える者など限られているのだ。それを荷物を四つも抱えて成せる者など、おそらく歴史を紐解いてもこの女くらいしかおるまい」

「確かにね……。最高位の魔術師は伊達じゃないわね」

 

 そう私に同意した赤い少女は、慎二と比べて転移の影響を受けた様子は無い。鍛え方が違うということだろう。

 

「動けるか、凛?」

「ええ。ようやくだけど」

 

 そう言って、キャスターの拘束呪術がやっと解けた凛は身を起こす。

 凛は身体の具合を確かめ、妙な影響が残っていないのを確認すると、私に向かって口を開いた。

 

「さて、とりあえず位置の確認かしら」

「おそらく郊外の森のどこかだろう。咄嗟の転移でそこまで距離を稼げるとは思えん」

「街の真ん中から街外れまでって時点ですでに常識はずれなんだけどね。にしても衛宮くん達を置いてきちゃったわね。無事だと良いけど……」

「だが逃げの判断自体は間違ってはいない。アレが本当にかの英雄王なのだとしたら、対策無しで戦うのは無謀だ」

「そうね。アーチャー、正直に答えて。貴方ならアレに勝てる?」

「……不可能とは言わん。が、勝率は高いとは言えんな」

「十分だわ。なら確度を上げるためにも衛宮くん達と合流しないと」

「そうだな。あの小僧はどうでもいいが、セイバーの戦力は無視できん」

「あんたなんでそんなに衛宮くんのこと嫌いなわけ……?」

 

 そんな軽口を叩き合いながら足を踏み出したその時、私達を呼び止める声があった。慎二だ。

 

「ま、待てよお前ら!?」

 

 顔を真っ赤にして喚く慎二に、凛は本当に今気付いた風に言う。

 

「何?あんたまだいたの?」

「ふ、ふざけるなよ!?おいアーチャー!お前のマスターは僕だろうが!遠坂の言うことなんか聞いてんじゃない!」

「あのね、サーヴァントがそう簡単にマスターを見限るわけ」

「うるさいんだよ!?サーヴァントなんかただの奴隷だろ!」

「……それ、本気で言ってるんなら本当にマスターの適性無いわよ、あんた。悪いこと言わないから命がある内にリタイアしなさい」

 

 ため息を吐く凛に、慎二は眼を血走らせてギリギリと歯を鳴らす。そして、

 

「キャスター!遠坂を黙らせろ!」

 

 パキン、と薄いガラスが砕けるような音と共に、凛がフラリと倒れた。それを地に落ちる前に受けとめ状態を確認する。どうやら眠っているだけのようだ。が、呪いの強度が凄まじい。かけた本人でなければ解けないだろう。

 

「……正気か?こんなくだらん事で令呪を消費するなど」

 

 思わず漏れた言葉は忌々しさを隠し切れていなかった。令呪の縛りを覆す手段はあるにはあるが、これでは再契約がままならない。

 そもそも凛の言葉は言い方こそ刺があるものの、真実相手の身を案じてのアドバイスだ。それを足蹴にするようなこの対応は、常識的な価値観の持ち主であれば到底容認できることではない。

 しかし慎二はほとんど錯乱に近い状態らしく、それすらも理解できていないようだ。

 

「うるさいんだよ!奴隷のクセに僕のやることに口出しするな……グッ……ゴホッ!?」

 

 激昂した慎二は私に怒鳴りつけ、その途中で突然咳き込んだ。

 

「あ……?なんだよこれ……?」

 

 口許を押さえた手の平にベットリと付着した血を見て慎二が呆然と呟く。そんな慎二に、私はため息を吐き諭すように語りかけた。

 

「……君は魔術回路を持っていないのだろう?そんな人間がサーヴァントなどという規格外を二つも抱え込めば無理が出るに決まっているだろう」

「な……ああっ!?僕が悪いってのか!?」

「悪いことは言わん。今すぐ令呪を放棄しろ。君では聖杯戦争を生き抜くことはできん」

「ふざけるな!二人掛かりで敵一人も倒せない役立たずが僕に責任を押し付けるんじゃないよ!?使えもしないクセにコストばっかり食いやがって!」

 

 口の端から血を垂らし、眼に狂気を漲らせて、慎二は肩で息をしながらこちらを睨み付けてきた。その形相に、説得は不可能だと思い知る。

 

「いつまで寝てんだ!?起きろ!」

 

 慎二は怒鳴り、倒れたまま動けずにいるキャスターを八つ当たり気味に蹴りつける。元々力を使い果たしていたところを、さらに令呪で酷使したのだから無理もないと思うのだが。

 

 そんな慎二を眺めながら、遠い記憶を探る。

 

 この少年は、果たしてこうまで歪んでいただろうか?

 過去のことは靄がかかったようにあまり思い出せないが、ここまで酷くはなかった気がする。

 彼は本来なら、多少の問題はあってもそこそこ付き合いの良い、歳相応の少年でしかなかったはずだ。それがどう間違ってこのような人物になってしまったのか。 

 無論これは、本人が元から持っていた資質ではあるのだろう。しかしそれはあくまでも資質でしかないはずなのだ。

 きっと彼の人格を歪めてしまった要因は無数にあるにちがいなく、その詳細な経緯など知る由は無い。

 だがしかし、それでも1つだけ確実に言えるとすれば、この少年の心に止めを刺したのは衛宮士郎だということだ。

 

 間桐慎二はその性格上、友人と呼べる存在をほとんど持たない。また、特殊な家柄故に肉親に対しても信を置いてない。

 そんな少年が聖杯戦争という極限状態の中で見付けた数少ない、否、おそらくは唯一信用できる人間。それが衛宮士郎だったはずだ。

 互いに歪みを抱えた者同士で共鳴でもしたのか、それは判らない。しかしこの二人の間には間違いなく友情があったはずだ。

 だが衛宮士郎は、間桐慎二を見捨てた。自分以外に頼る者を持たない人間を切り捨て、別の人間の味方をした。

 本人がどういうつもりだったにせよ、この事実は動かない。

 

「何ボケッとしてる!行くぞ!」

 

 慎二の声に、回想から引き戻される。

 慎二は上半身だけでこちらに振り返り、苛立たし気な視線を叩き付けてきている。キャスターもどうにか動ける程度には回復したのか、フラつきながら凛を背負っていた。

 

「どこに向かうつもりだ?」

「魔力が無いんだったら他所から持ってくりゃ良いだろ。一応心当たりがある」

 

 私の問いに、慎二は端的に答えた。

 

 

 

 

「悪いな、バゼット。お前らを逃がすわけにはいかねえ」

「言峰の指示ですか?」

「……ああ」

 

 バゼットさんの言葉を、ランサーは苦虫を噛み潰したような顔で肯定した。……今の表情は、事実を指摘された事にではなく、そうせざるを得ない自分の立場に対するものに見えた。

 

「待ってくれ!」

「ああ?」

 

 俺は二人に割って入った。

 彼は明らかに苦悩している。ならばもしかしたら説得できるかもしれない。

 俺は面倒くさそうにこちらに視線を向けるランサーに言葉を続ける。

 

「ランサー、バゼットさんは貴方のマスターなんだろ?なら」

「元マスターだ」

「そこは強調しなきゃならない事なのか?彼女が貴方の召喚者である事は変わらないだろう。それならマスターと同じはずだ」

「同じじゃねえよ。こっちにはこっちの都合ってものがあんだ、すっこんでろガキ」

 

 ランサーは一つ舌打ちすると、こちらを睨み付けて吐き捨てた。だけどこちらとしては簡単に退くわけにはいかない。なにしろ文字どおり命懸けなのだ。

 

「その都合というのは召喚者であるバゼットさんに刃を向けてまで優先しなければならないものなのか?貴方は騎士だと聞いていたが、騎士とはそんな簡単に主を裏切れるものなのか?」

「……痛ぇとこ突いてくれんじゃねえかクソガキ……!」

 

 俺の言葉にランサーが牙を剥いて怒りを顕にする。

 ぞんざいでいい加減な扱いに思わず責めるような物言いになってしまったが、その効果は想像以上だったようだ。メディアさんの催眠暗示が残っていなければ、多分叩き付けられた怒気に漏らしていただろう。

 しかしランサーは露骨に怒りを示しておきながら、それでも飛び掛かったりはしてこない。

 バゼットさんから聞いた通りなら、ランサーは粗野とまではいかずとも紳士的とは呼べない性格だったはずだ。

 十歩近く離れているとはいえ、白兵戦型のサーヴァントである彼にとってその程度の距離はあって無いようなもの。簡単に攻撃できたはず。にも関わらず手が出なかったのは、やはり後ろめたさが歯止めをかけているからなのだろう。

 つまり、このまま攻勢をかければ退かせることもできるかもしれない。少なくとも手を鈍らせられる。

 そう考えて言葉を連ねようとした時、俺の肩を掴む手があった。

 

「すみません隼人。そのくらいにしてもらえますか」

 

 バゼットさんのそのセリフには、静かながらも強い怒りが感じられた。無論、俺に対するだ。

 バゼットさんはそのまま俺を下がらせ、再び自分が前に出る。

 

「すみません、ランサー。貴方がこちらを気にかける必要はありません」

「別に止めなくてよかったぜ?俺がお前を裏切ってるのは事実なんだからな」

「貴方は貴方の信念に従って行動しているのでしょう。貴方がそういう人物だからこそ、私は貴方を呼んだのですから」

「……参ったね。これなら罵られた方がよっぽどマシだぜ」

「ではそれを持って報復とさせてもらいましょう」

 

 ランサーはばつの悪そうにガシガシと頭を掻いた。そんな彼を見て、バゼットさんがクスリと笑う。

 やはりこの二人には、たとえ敵対していたとしても深い信頼があるようだ。それだけに、ここでの対決は避けられないと思い知らされる。

 

 

「いつまで話しているつもりだ、ランサー」

 

 

 そんな二人に割って入ったのはアサシンの一人だった。

 ボロ切れのような黒装束にドクロを模した白い仮面は同じだが、他のアサシンに比べて一回り体格が良い。連中のリーダー格だろうか。

 そんな彼に、ランサーは心底煩そうに応える。

 

「堅ぇこと言うなよ。別に良いだろ、こんくらい」

「余裕はあるとはいえ時も無限ではない。何より我等がマスターは貴様を信用しておらん」

「ああそうかい。んなこた知ってるって言峰に伝えとけ」

「みだりにマスターの名を明かすな……!」

「今さらだろそんなもん」

「そういう問題ではない!良いか、我等はマスターから貴様の監視も仰せつかっている。くだらんお喋りでこちらの情報を流そうという魂胆なら」

 

 アサシンの言葉はそこで途切れた。

 何時の間にかーー本当に、一体いつそうなったのかまったく知覚できなかったが、ランサーがアサシンの喉元に槍の切っ先を突き付けてた。

 

「そこまでにしときな」

 

 ランサーはそのまま平坦な顔で、淡白に告げる。

 

「過程がどうあれ令呪を持っている以上、俺のマスターは言峰だ。俺は『マスター』を勝たせる。騎士としてそう誓った。そいつを侮辱するならテメェから叩き斬るぞ」

 

 その声音に先ほどのような激しさまったく無い。しかし俺は背骨が氷柱と入れ替わったかのような錯覚を覚えていた。

 きっとこれがランサーの本物の怒りなのだろう。端で見ているだけの、しかも魔術で感情を凍結させているはずの俺ですらこれだ。直接その怒りをぶつけられているアサシンのプレッシャーは想像もできない。

 結局アサシンは身動ぎ一つできず、ランサーが槍を退くことで再び場が動き出す。

 

「悪いな。待たせた」

「……いえ」

 

 応えるバゼットさん声は明らかに重い。

 今の気迫でランサーの、これから自分が戦う敵の強大さを改めて思い知らされたのだろう。

 

「衛宮」

 

 俺は口出しできずに成り行きを見守っていた衛宮に小さく声をかけた。衛宮が眼だけでこちらを向いたのを確認し、言葉を続ける。

 

「ランサーはバゼットさんに抑えてもらう。その間にあそこへ走れ」

 

 そう言ってやはり眼だけである地点、初めに比企谷が衛宮たちを待っていた街灯の下辺りを指す。

 衛宮黙って頷いた。

 

 

 

 二つの影が交錯する。

 槍とグローブが衝突する度に火花が散り、夜を刹那の時だけ明るく照らす。

 ランサーはバゼットさんを迎え撃つ形で防戦に回っていた。しかしそれは、決してバゼットさんが押しているという意味ではない。

 

「ハアァァッ!」

 

 バゼットさんが裂帛の気合いと共に攻撃を繰り出す。俺では視認すらできない、人外の領域に達したその攻撃を、ランサーは事も無げに捌いていた。

 先ほどからずっとこの調子だ。

 どんなに手数を増やしても、フェイントを入れても、ランサーはその全てを弾き返していた。なのに自分からは手を出さない。

 焦りのためか、バゼットさんの表情が歪み汗が滲む。そしてそれは、俺と衛宮も同じだった。

 ランサーには余裕があるとはいえ、バゼットさんを無視できるほどではないはずだ。だから逃げるならば今しか無い。しかしーー

 

「くそっ……!」

 

 隣の衛宮が小さくうめく。アサシン達の包囲に隙が無い。

 アサシン達はこちらを取り囲むだけで攻撃してくる事はなかった。

 恐らくランサーが事前に、バゼットさんとの決着が着くまで手を出すなとか、そんなような事を言い含めていたのだろう。特に根拠は無いが、そういうことを言いそうなタイプに思える。

 そのお陰でかとりあえずは無事でいられるが、動きを見せればさすがにこのままというわけにはいかないだろう。

 転移結界までは100メートルほど。全力で走れば十一秒とちょっと。

 言葉にすればたったのそれだけだが、その間アサシン達を凌ぎ切れるイメージがまったく湧かない。どうにか隙を見付けなければ離脱は難しいだろう。

 俺達が歯噛みしている間もバゼットさんとランサーの闘いは続いている。数分が経った頃、それに小さな変化が訪れた。

 

 

「チッ…… こんなもんかよ、バゼット?」

 

 

 何の事はない、ただの小さな舌打ち。それはランサーのものだった。

 ランサーは構えを解くと大袈裟にため息を吐く。訝しげな顔で攻撃の手を止めたバゼットさんに、ランサーは落胆したように続けた。

 

「動きが硬え。視野が狭え。今お前の前に居るのは誰だ?お前の従者か?お前が憧れた英雄か?違うだろ。ただの倒すべき敵だろうが」

 

 ランサーの指摘にバゼットさんが目に見えて動揺する。そんなバゼットさんに、ランサーは侮蔑するような顔で言葉を連ねた。

 

「敵とやりあうのにんな萎縮してどうすんだ。お前なら俺を倒せんじゃねえかと思ってたんだがな、この程度じゃ期待するだけ無駄か」

「!?」

 

 一瞬だった。

 ランサーが小さく呟いたと思ったら、瞬間移動でもしたかのように数メートルは離れていたバゼットさんの目の前へと踏み込んでいた。ろくに反応も出来ずに驚愕するだけのバゼットさんに、ランサーは冷めた眼で告げる。

 

「せめて俺の手で死なせてやる。お前はここで終わっとけ」

「くっ!」

 

 至近距離から振り上げられた槍を、バゼットさんは身を仰け反らせてギリギリで躱わす。体勢を崩して派手に飛び退く彼女を、ランサーは追撃するでもなくダルそうに見送った。

 手心を加えた、わけではない。ただ単に手を抜いている。俺にすら判るその事実に、バゼットさんの表情が屈辱に歪む。

 まずい……。戦力差がありすぎる。

 俺には強化魔術の効果が残っているが、そんな程度じゃサーヴァントには及ばない。実際比企谷はアサシン1人との戦いに敗れている。

 頼みの綱のバゼットさんもランサーには手も足も出ない。これでは本当に撤退すらままならない。

 ランサーはもはや構えを取ることすらせず、槍を肩に預けてスタスタと無造作に距離を詰めてくる。隙だらけにしか見えないのにバゼットさんは手出し出来ず、逆に後退を繰り返してとうとう俺達のところまで戻ってきてしまった。

 

「……すみません。時間を作ることもできませんでした」

「いえ……でも困りましたね。何か策とかあります?」

「残念ながら」

 

 バゼットさんは苦笑してそう答えた。確かにもう笑うしかない。

 比企谷ならどうしただろう。そんなことを思いもしたが、俺に思い付くのは玉砕覚悟の強行突破くらいだろうか。バゼットさんと視線が合い、彼女も同じ考えであることを確認する。

 そうして頷こうとしたところで、今まで黙っていた衛宮が口を開いた。

 

「葉山、とにかくあそこまで行けばなんとかなるのか?」

「? ああ」

 

 転移結界の敷かれた辺りを視線で指す衛宮に肯定の返事を返す。

 

「試してみたい事がある。合図したらとにかく走ってくれ」

 

 何をするつもりなのかは分からないが、どうせ策など無いのだ。試せる事は何でも試してやる。

 

「わかった」

「相談は終ったか?」

 

 俺とバゼットさんが衛宮の言葉に頷くのとほぼ同時、ランサーの気だるげな声が響く。

 ランサーはわざわざ待っていたらしい。しかしこれは最初の頃とは違って、ただこちらを舐めきっているが所以なのだろう。彼は己の肩を槍で退屈そうにトントンと叩きながらあくびを噛み殺している。

 

「んじゃ、そろそろ終らせるぜ。そっちの二人も覚悟を済ませな」

 

 ランサーのそのセリフにアサシン達の気配が塗り変わる。どうやらもうアサシンを待たせるつもりも無いらしい。

 ピリッ、と空気が張り詰める。そのまま数秒ほど状況が静止しーー

 

 

「走れ!」

 

 

 衛宮の叫びと共に時間が流れ出す。

 俺達は弾かれたように駆け出し、それにアサシンが殺到する。そんな中で、ランサーだけはゆったりと歩を進めていた。

 先頭を走っていたバゼットさんがアサシンと接触する。あの館の時と同様に蹴散らしていたが、今回はあの時よりも数が多く、退く気配も無い。

 

「うおおっ!」

 

 バゼットさんの背後に迫っていたアサシンの一人にタックルする。余計な真似かも、などと考えてる余裕は無い。奴等の毒はほとんど一撃必殺の代物だ。かするだけでもマズイ。バゼットさんといえどこの数を捌くのは無理がある。

 

 

投影開始( トレースオン)!」

 

 

 背後から衛宮の声が響く。

 アサシン達と入り乱れて格闘している俺に、声に反応して振り向く余裕は無かった。だから視界に衛宮の姿が入ったのはただの偶然だ。

 衛宮は左手に弓を、右手に剣を持っていた。

 弓は俺達との戦いの時に遠坂を援護する為に作り出した物。

 そして剣は、あの黄金のサーヴァントとの戦いで見せた魔術で作り出した物だった。

 その剣はまるでドリルのようなねじれた刀身をしていた。衛宮はそれを矢の代わりに弓につがえーー

 

 

「空間よ、捻れ狂え!」

 

 

 瞬間、音が消えた。間近で起きた爆音に一時的に耳が壊れたのだ。

 熱波をはらんだ暴風が吹き荒れ、衝撃を伴う閃光が全身を打つ。平衡感覚を失い受け身も取れずに地面を転がる。

 まだ治まることのない耳鳴りに顔をしかめながら身を起こすと、目の前にクレーターが出来ていた。

 

 ……いやいやいや、おかしいだろ。

 

 タイミング的にどう考えても衛宮の仕業なのだが、どう考えても人間業ではない。バゼットさんの超人的な戦闘力が霞んで見えるほどだ。

 

「今だ!走れ!」

 

 唖然としていたところに衛宮の叱咤が届き、反射的に走り出す。そうだ、今はとにかく脱出するのが先決だ。他の事は後で考えろ。

 今の爆発でアサシンは半数近くが消滅したようだ。正面にはぽっかりと空白地帯が出来ており、目標地点までを遮る物は何も無い。今なら一気に……!

 

 

「行かせねえっつったろ?」

 

 

 希望が見えた矢先に又しても立ちはだかる蒼い影。クソ、ここまで来て!

 ランサーは先ほどとはうって変わって楽し気な笑みを浮かべていた。

 

「あんな隠し玉があったのかよ。今のはさすがに驚いたぜボウズ。叔父貴の剣 ( カラドボルグ)なんか一体どこで手に入れやがった?」

 

 カラカラと機嫌良く、しかし獰猛に笑うランサーにバゼットさんが間髪入れず再び挑みかかる。

 

「ハァ!」

「カカッ!ずいぶん動きが良くなったじゃねえかバゼット!だがその程度じゃまだ俺の命には届かねえぞ!っとぉ!?」

 

 嬉しそうにバゼットさんを迎え撃つランサーが、奇嬌な声を上げて真横から弧を描いて飛んできた短剣を叩き落とした。

 

「うおおぉぉぉぉっ!」

 

 その隙を突いて身を退くバゼットさんと入れ替わるようにして、衛宮が自身の身長ほどもある大剣でランサーに殴りかかる。ほとんど真上から振りかかるそれを、ランサーは槍で受け止めた。

 衛宮の持つ剣は巨大で、どう少なく見積もっても80キロはありそうな代物だった。そんな物に重力と体重を加算して叩き着けたのだ。槍が折れなかったのが不思議なくらいだ。

 ランサーは膝と腰を折り、ほとんどしゃがみ込むような体勢で持ちこたえてはいたが、ここから逆転するのは不可能だろう。

 

 ーーーー普通なら。

 

 

 

「ハッハァ!やっぱ筋が良いなボウズ!つうかこんなバカデカイ剣どこに隠してやがった?」

 

 

 

 ランサーの下肢の筋肉が脹れ上がり、巨剣がそれを握る衛宮ごと浮き上がる。

 ランサーは己に振りかかる災禍を、暴力を、不条理を、それらの全てを抱えて立ち上がって見せた。まるで伝説の英雄のように。

 その立ち姿に見とれそうな自分に活を入れ、先ほどランサーが叩き落とした短剣を拾って切りかかる。反対からはバゼットさんが再度仕掛けーーその俺達三人をランサーは、槍の一振りでまとめて凪ぎ払った。だからおかしいだろ!三人がかりで手も足も出ないとか!

 俺達の中でただ一人、瞬時に体勢を立て直したバゼットさんが尚もランサーに挑みかかる。一方俺は、それに加わる事ができなくなっていた。

 ランサーとの攻防は、濃密ではあったが時間としてはわずかなものだった。そのわずかな間に、アサシン達が陣形を整えて俺達の包囲を完成させていたのだ。

 

「ちくしょう……!」

 

 歯ぎしりと共にそんな言葉が漏れ、諦念が心を塗り潰す。

 完全に詰んだ。もうこれ以上は手札が無い。

 俺は握り締めていた短剣を手放ーー

 

「まだだ!」

 

 すぐ隣であがった咆哮に、抜けかけていた力を込め直す。

 見れば衛宮は欠片も諦めちゃいなかった。その手に新たに剣を産み出し、アサシンを無視してランサーに切り着ける。ランサーはバゼットさんと衛宮の二人を同時に相手して、心底嬉しそうに牙を剥いていた。

 

「良い気合いだボウズ!それで良い!諦めるなんざ死んでからでも間に合う!」

 

 ランサーのその笑顔のせいか、殺し合いをしているはずの彼らが、俺には無邪気に遊んでいるように見えた。

 そんな彼らが眩しくて、つまらない計算で簡単に諦めようとしていた自分が酷く小さく思えてくる。

 そんな妄念を振り払うように頭を振り、手早く状況を再確認する。

 

 脱出地点である転移陣はもう目と鼻の先。しかしその前にはランサーが壁として立ちはだかっている。

 アサシンはこちらを取り囲むのみで仕掛けてくる様子が無い。さっきはランサーが釘を刺していたのかと思ったが、どうもそれだけではなさそうだ。恐らくアサシンとランサーの能力差のためだろう。

 投げナイフではランサーを巻き込む事になり、不用意に近寄ればもろともに蹴散らされる。だからランサーが積極的に戦い、優勢な内はこちらを逃がさない事だけに注力しているのだろう。無論、いざとなればランサーごと俺達を葬るつもりで。

 

 目下、最大の障害はランサーだ。彼をどうにかしなければ話にならない。しかしランサーは単純に強い。どうにかできる目処が立たない。よしんばランサーを押し込める事が出来たとしてもアサシンの一斉射が来る。だから先にアサシンをなんとかする必要がある。けどランサーを相手にしながらアサシンを無力化するのは不可能で……

 

 ダメだ。考えれば考えるほど絶望的な状況が浮き彫りになるだけで、プラスの要素が何一つ見付からない。というかもう既に、ひたすら足掻き続けるしかないところまで来ているのだが、どうしても『無駄な足掻き』という言葉が脳裏を掠めて出足が鈍る。クソ、ついさっきそれで自己嫌悪したとこだろうが……!

 さっきも思った通り、手持ちの札ではもうどうにもならない。出来る事があるとすれば、投了までの時間を先延ばしにする程度。比企谷の言葉を借りればドローカードに期待するしかないわけだが、そもそも山札が残っているかすらが疑問。それでも、

 

 

『諦めるのは死んでからでも間に合う』

 

 

 今しがた敵の口から出た言葉を胸に、剣を握る手に力を込め視線を上げる。

 それと同時に光の柱が現れた。

 

「!?」

 

 正面、隠蔽してあるはずの転移陣が輝き無数の光弾を吐き出していた。光弾は花火のように上空へと飛び、弧を描いてアサシン達へと降り注ぐ。

 

「何だぁ!?」

「隙有り!」

 

 いきなりの事態にさすがに戸惑うランサーに、バゼットさんが食らい付く。ランサーは危なげなくそれを捌いたが、これまでとは違ってバゼットさんに押される形で距離が開いた。そこへーー

 

「うおおぉぉ!?」

 

 例の光弾がランサーへと殺到し、ダメージこそ与えた様子はないものの、ランサーをその場に釘付けにする。

 

「隼人!」

 

 この声!?

 脈絡無く響く聞き覚えのある声。その発生源に振り向くと輝く転移陣が目に入る。

 

「飛び込め!」

 

 反射的に叫んだ。もうここしかない。

 衛宮もバゼットさんもそれは心得ていたらしく、言われるまでもなく結界に向かって駆け出していた。

 三人がほぼ同時に、転がるようにして結界に飛び込む。

 俺は周囲を確認する時間も惜しみ、袖口に忍ばせておいたアイスの棒のような小さな木の板ーー転移結界の起動キーに、服の上から拳を叩き着ける。

 キーが折れる感触と共に、結界が輝きを増しーー

 

 

 

 

 グシャ

 

 そんな音が響き、黒衣を纏った男ーーアサシンが崩れ落ちる。

 

「一人だけあの一瞬で追い付いてきたようですね。排除は完了しました。情報を送る余裕は無かったはずです」

 

 落ち着き払った様子で拳の血を払うバゼットさん。全身傷だらけのボロボロなのに息を切らした気配も無い。というかどんなに疲労してても一瞬で息を整える技術を身につけているらしい。こんど教えてもらおう。

 彼女とは対照的に、俺と衛宮はいかにも疲労困憊で肩で息をしている。その衛宮がやっとの様子で身を起こし、呟きを漏らす。

 

「……ここは?」

 

 もっともなセリフではある。衛宮が『ここ』を知っているはずは無いのだから。とはいえ俺も入るのは初めてなんだが。

 ここは比企谷が選び、メディアさんが設定した転移先。恐らくは敵方の誰もが予想しないであろう安全地帯。……まったく、他人の家を勝手に使うとかどういう神経をしてるんだ。

 心の中で比企谷に愚痴を言い、ようやく顔を上げる。

 一人で生活するには広すぎるのでは、とも思える3LDK。リビングの窓からはバルコニーを挟んで新都の夜景が広がっている。

 来客を想定していないのか、まるでビジネスホテルのように簡素で最低限の調度品。寂しい光景のはずなのに何故か温かみを感じるのは、きっと彼と彼女のお陰なのだろう。

 やや異彩を放つクリーム色のソファの正面には大型のテレビが設置され、その下のデッキにパンさんをはじめとしたディスティニー作品が並んでいる。……好きなんだな、相変わらず。

 ここはとある高級マンション。雪乃ちゃんの住む部屋だった。比企谷が「どうせ無人なんだから使わせてもらおう」とか言い出した時は呆れ果てて頭痛がしたよ。

 俺はその無人のはずの部屋を見回し、居ないはずの相手を探す。彼女は特に隠れたりもせず、堂々とその姿を晒していた。

 

 カンベンしてくれ。

 

 それが正直な感想だった。

 ここ二日の間にどれだけの事が起こった?

 雪乃ちゃんが行方不明になり、メディアさんは人間じゃなくて、比企谷はワケわからん戦いに参加していて、アサシンに襲われバゼットさんに助けられ雪乃ちゃんがサーヴァントを連れてきて比企谷が拐われて。

 もうウンザリだ。とっくに一杯々々なんだよ俺は。

 なのに、なんでこんなところでよりによってアンタが出てくるんだ。

 

 俺がほとんど恨むような気持ちで睨み着けると、彼女はいつもと変わらぬ、それこそ彼女の名前を体言するような輝く笑顔で手を振ってきた。

 

 

「ひゃっはろ~!って、比企谷くんは居ないんだっけ」




ここまで。
現在出来てるのはこれで全部です。
次の更新が何時になるかは俺が聞きたい。……マジすんません。

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