Fate/betrayal   作:まーぼう

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第63話

 無辺の闇。そこに私は浮かんでいた。

 いや、浮かんでというのは正確ではない。だって私は何も無い空間に『座り込んで』いたのだから。

 水の中とも宇宙空間ともつかない、上下の感覚も掴めぬ広大な『どこか』。

 一片の光すら射さず視界は完全に閉ざされ、自分の手すら視認する事は叶わない。にも関わらず、周りの様子が手に取るように理解できてしまう。

 ここに入れられてどのくらい経っただろう?

 それほど長い時間が過ぎたわけではないはずだが、感覚が狂ってしまってまるで想像できない。目が利かないのに『見えて』しまうこの奇妙な感覚にもいい加減慣れてしまった。

 

「比企谷くん……」

 

 顔を持ち上げれば彼の姿が見える。見えないはずなのにはっきりと。

 腹部に大きな穴の空いた痛々しい姿。まだ死んではいない、ただそれだけの状態。

 ギルガメッシュの財宝の中にもこれだけの負傷を治癒する道具は無いらしい。あるいは比企谷くんの為には使う気が無いのか。どちらであっても私には何もできないが。

 彼は透明な水晶のような何かの中にいた。

 ギルガメッシュによると、この水晶体の中では時間が流れないらしい。だから彼はまだ死んでない。死ぬ寸前で止まっている。

 

 

『本来ならこのような使い方をする物ではないのだがな。しかし他ならぬ貴様の頼みだ、これで聖杯を取り戻すまで持たせるとしよう』

 

 

 ギルガメッシュはそう言っていた。これで延命して聖杯の力で蘇生させる腹積もりのようだ。

 比企谷くんの痛ましい姿から目を背けるように、抱えた膝に顔を埋める。

 

「どうして……」

 

 思わずそんな言葉が漏れる。

 こんな事態を望んでいたわけではなかった。むしろこうした事態を避けるべく聖杯戦争に参加したはずだった。

 

 比企谷くんを守りたかった。

 比企谷くんに認めて欲しかった。

 否、比企谷くんは私を認めてくれている。私を認めてないのは私自身だ。私は胸を張って彼の隣に立てる人間になりたかったのだ。

 なのに、現実はこのざま。

 承知の上で参戦したのだから、力不足など言い訳にもならない。

 

 

「貴女は……何がしたいのですか……?」

 

 

 自己嫌悪に沈んでいると、不意に弱々しい声が投げ掛けられた。

 顔を向ければそこには鎖で縛りあげられた甲冑姿の少女。

 セイバー。剣の英霊。

 彼女は両腕を左右に広げられた姿でギルガメッシュの鎖に吊り下げられていた。

 この鎖もやはり特別な物らしく、セイバーはまったく身動きがとれずにいる。もっとも、弱っているのはメディアさんの宝具でマスターを失った影響の方が大きいだろうが。

 私は彼女の言葉に答えようとして、どう返せば良いか迷う。答えられずにいる間に、セイバーはなおも言葉を重ねてきた。

 

「そこの彼は、貴女たちの仲間ではなかったのですか? 何故攻撃を……」

「仲間?」

「違うのですか?」

「よく、分からないわ……」

 

 理由はわからないが、彼女らはそう思っていたらしい。できれば肯定したいところだが、彼をこんな事態に追い込んでおいて、恥知らずにも仲間だなどと言えるはずもなかった。

 

「この戦いを止めれば、彼を守れると思っていたのだけど」

「……つまりアーチャーの暴走ですか。悪いことは言いません、あの男からは離れなさい。あれは貴女の、いえ、誰の手にも負える存在ではありません」

 

 そうなのだろう、きっと。

 ギルガメッシュは強すぎる。あらゆる意味で。

 その力も、心も、在り方も。

 何もかもが太陽のように目映く、弱き者はただ近付くだけで灼き尽くされてしまう。

 あれは、人の形をした災害だ。

 私はそれに気付かず、その人の手には余る力を手に入れようとしてしまった。

 それでも破滅するのが自分であったならば諦めもついた。なのにその責を負わされたのは、よりにもよって比企谷くん。

 

 どうしてと、心の中でもう一度繰り返す。

 何故自分のやることは裏目にばかり出てしまうのだ。これならいっそ、何もしないでいた方がーー

 

 そこまで考えて、はたと気付く。

 ああ、そうか。これが弱い人間の思考なのか。

 何もしないのが楽なのではなく、何かすることでマイナスになってしまうのが怖いのだ。

 

(これでは比企谷くんを笑えないわね)

 

 そんなことを思い浮かべると、沈む心とは裏腹に口元が皮肉気な笑みを形作る。

 その笑みを隠すように、またも膝を抱えて丸くなる。そのまましばしの時が過ぎた。

 どのくらいそうしていたのか。

 随分の時間が経った気もするし、驚くほど短い間だった気もする。きっとどちらでも大差はないのだろう。

 ともあれ、『蔵』の中に『彼』の声が響いた。

 

 

『着いたぞ、雪乃』

 

 

 浮遊感。

 端的な言葉と共に訪れたそれに戸惑う間もなく、何処かへと引っ張られる感覚。

 思わず漏れそうになる悲鳴を無理矢理呑み込み、歯を喰いしばる。引き寄せられる方向に顔を向けると、そちらに小さな光が見えた、気がした。

 きっとそこが『外』なのだろう。

 私はその光を睨み付ける。

 

 悔いも、迷いも、懺悔も、そんなものは全て後回しだ。

 始めた以上、立ち止まることは許されないのだから。

 

 

 

 

「なんでだよ……」

 

 震える声で絞り出したのは、そんな意味の無い問いかけだった。

 

「何が?」

「なんであんたがこんなところにいるんだよ!」

 

 あまりにも平然とした態度に思わず声を荒げてしまう。

 しかし彼女は全く動じることなく、あくまで笑みを浮かべたまま軽い調子で答えてきた。いつものように。

 

「妹の部屋に遊びにくるのがそんなに不自然? 隼人こそ、どういうつもりで雪乃ちゃんの部屋に勝手に上がり込んでるわけ?」

 

 返ってきた言葉に何も言い返せず、うめく。

 セリフの内容自体はいちいちもっともなのに、感情が何一つ納得できない。

 代わりに、震える拳を握りしめたままで別のことを話す。

 

「……比企谷が死にかけてる。やったのは雪乃ちゃんだ」

「うん、知ってる。雪乃ちゃんのサーヴァントね、正確には」

「なんで彼女が聖杯戦争なんかに関わってるんだ!」

「それはこっちが知りたいところなんだけどね」

 

 そう言って彼女は冗談めかしてわざとらしく肩をすくめた。が、付き合いの長い俺には分かる。これは本当に事情が判ってない。

 

「いったい何が起きてるんだよ……。俺はどうしたらいいんだ……」

「お、おい葉山、大丈夫か?」

 

 俺は色々な感情がごちゃ混ぜになって膝から崩れ落ちた。

 心配してくれる衛宮を余所に、顔を押さえてうずくまる。

 どうやら本当に限界らしい。なんだか泣けてきた。

 そんな俺たちを一瞥して、バゼットさんが前に出て告げる。

 

「雪ノ下陽乃とお見受けします。敵対する意志が無いのであれば情報交換に応じてほしいのですが」

「もちろん。そのつもりで接触したんだしね、時計塔のマスターさん?」

 

 当然のごとく警戒を顕にするバゼットさんに対し、あくまでも軽薄な態度を崩すことなく応じる陽乃さん。

 二人ともに、己のペースを乱すことなく話を続けた。

 

「まず初めに確認しておきたいのですが、雪ノ下雪乃の行動は、雪ノ下家の意向と考えてよろしいのでしょうか」

「ぜんぜん。雪乃ちゃんは魔術のことなんて何も知らなかったし、お母さんも関わらせるつもりはまったくなかったわ。お母さん、雪乃ちゃんのこと大好きだしね」

 

 ああ。やっぱり彼女たちの家は魔術師の家系なのか。

 今さらも今さらで、とっくに想像できていたことではあるのだが、当人の口から事実を確定させる言葉が出たことに少なからぬダメージを受ける。

 しかしどうやら雪乃ちゃんだけは魔術と関わり無く生きてきたらしい。それに、ほんの少しだけ救われた気がした。

 

「……バゼットさんは、陽乃さんたちのことを知ってたんですか?」

「はい。時計塔はマスター候補に雪ノ下陽乃を想定していました。妹は魔術から遠ざけられていると聞いていたので、彼女が出てきたのは予想外でしたが」

 

 俺の問いに頷くと、彼女は陽乃さんを睨み付ける。当たり前だが疑っているらしい。

 陽乃さんはまるで意に介さずに、小さく肩をすくめた。

 

「こっちとしてもホントに想定外なのよね。私も自分が選ばれるもんだと思ってたら、雪乃ちゃんが先に喚んじゃうんだもん。それでもマスター権が比企谷くんに移ったから不干渉でいるつもりだったのに、まさか別のサーヴァントを引き連れてくるとか想像できないでしょ」

 

 ……前々からろくでもない人間だとは思っていたけど、想像以上だなこの人。

 それ要するに、犠牲になるのは雪乃ちゃんじゃなくて比企谷だから放っとく気だったってことだろ? ってちょっと待て。

 

「陽乃さん。今の言い方だと、初めから聖杯戦争に参加する気はなかったみたいに思えるけど」

「そだよ? 令呪が出たらさっさとリアイアするつもりだったの。ウチの魔術は戦闘向きじゃないし」

「……その言葉を信用しろと? 必ずしも聖杯を必要としない魔術師ならば確かにいるでしょう。ですが聖杯が有用な魔力リソースであることは、誰にとっても変わりがない。ならばとりあえずでも手に入れようとするのが自然だと思いますが」

「普通なら、ね。時計塔の魔術師なら『成り上がりの雪ノ下』の噂は聞いてると思うけど?」

「…………なるほど」

 

 ひとまずは納得した様子を見せるバゼットさん。

 どうやら陽乃さんたちの家は、魔術師の間ではそれなりに知名度があるらしい。それも悪い意味で。

 俺は意を決して聞いてみる。

 

「あの、成り上がりってどういう意味ですか?」

「雪ノ下は魔術を金儲けに利用していると聞いています。そのため魔術師の本道を忘れ、俗欲に堕ちたと蔑む者も少なくない。短期間で築いた多大な財で、時計塔でもそこそこの地位に食い込んだのを面白くないと思う者も多いのでしょう」

「ウチとしては忘れたつもりもないんだけどね。研究に必要な物をお金で補ってるだけなんだし。お金ってすごく便利なのよ」

「……えっと、それって問題とかないんですか? なんか神秘の秘匿とか、そんな話を聞いた覚えがあるんですけど」

 

 たしかメディアさんが言ってたはずだ。魔術のことが一般に浸透するのは魔術師的にはマズイらしい。

 どうも倫理観や社会通念等の問題ではなく、実際に何らかのマイナスが発生するそうだ。どういう理屈なのかはさっぱりだが。

 

「魔術を直接売り物にしているわけではなく、魔術を使って商機や政争を有利に運んでいるだけなので、罰則の対象にはなりませんね。それでも新参が名を上げるのをやっかむ者は少なくありません。それで『時計塔での地位を金で買った成り上がり』というわけです」

「下らない嫉妬はやめてほしいわよね~。自分たちだって恩恵を受けてるクセにさ。今の世の中、何するにしたってお金はかかるんだし」

 

 そう言って陽乃さんは大袈裟に肩をすくめた。いつものことだが、芝居がかった仕草がやたら様になる。

 ……まあ、どちらの言い分も理解できるし、部外者が口を挟むことではないのだろう。思うところはあるが。

 

「ところで隼人、いつの間に雪乃ちゃんと仲直りしたの?」

 

 唐突に、陽乃さんはそんなことを言い出した。

 見ればニマニマと、嫌な笑いを浮かべている。何の話なのかわからないが、絶対にロクなことではない。

 できるだけ警戒を表に出さないように意識するが、眉間にシワが寄るのを防げない。

 

「……何の話ですか、いきなり」

「いや、呼び方が昔に戻ってるからさ」

 

 言われて、とっさに口元を押さえてしまう。

 まったく気が付かなかったが、思い出してみれば確かにずっと『雪乃ちゃん』と子供みたいな呼び方をしていた。

 顔が赤くなっているのを自覚しながら睨み付けると、陽乃さんは身体ごと顔を背けて細かく肩を震わせていた。この女いつか殴る。

 少ししてこちらに向き直ると、陽乃さんは目尻を指でぬぐいながら口を開いた。

 

「さてと、そろそろ話進めよっか? 雑談する時間くらいはあるけど、それほど余裕のある状況ではないと思うんだけど」

「そうですね。まずはこちらのことをどこまで把握しているのか、そこから話していただけますか?」

 

 

 

 

 夜とは静寂の時間だ。

 人と命とが眠りに就き、次の朝への力を蓄えるための暗闇。それは命亡き者らの領域でもある。。

 夜闇に蠢くのは死者の役割であり、生者がそこに立ち入ることは、死人の列に加わることを望むのと変わりがない。

 故に、生ならざる者との繋がりを求めるのであれば、それは夜に行うのが相応しい。

 

 

「…………何用かな」

 

 

 日課である夜の祈りを終えると、不意に扉の開く音がした。

 

「すまないが、このような夜更けでは持て成しもできん。何よりも、この時間の訪問など少々非常識だと思うが」

 

 立ち上がり、突然の来客に一般的な忠告とお決まりの文句を投げる。

 

「とはいえ、神の家の扉は万人に開かれている。ようこそ。時間が時間故に茶の1つも出せはしないが、懺悔くらいであればいくらでも聞こう」

「懺悔、ね。今は間に合ってるかな」

 

 それに対し来客ーー学生服の少年は、ニヤニヤと不快な笑みを返してきた。

 

「ふむ……では、改めて何用かな? 君のような若者が遊びに来て楽しめる場所でもないと思うが」

「いやあ、昔お爺様に聞いたことを思い出してさ。教会(ここ)ってけっこうな霊地らしいじゃないか?」

 

 向き直りながら内心で警戒を高める。これは明らかに攻撃的な意思を持った訪問者だ。

 

「でもさぁ、そんなのあんたが持ってても意味無いだろ?」

 

 それを証明するかのような湿度と粘度の高い笑顔を貼り付けて、後ろに二人のサーヴァントを従えた少年は、そのシンプルな目的を口にした。

 

 

 

「だからさぁ、仕方がないから、僕が貰ってやるよ」

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